風が休みなく吹いていく、青く暗い海の上を、キクラデスの島々の間を、白い家の前の角を曲がりながら吹き抜けていく・・・・、風の音で夜中にふと目覚めたら、見慣れた自分の家だった。目を開ける前の数秒間、ナクソス島にいるのだと思っていたのに。風の音と思ったのは上空を飛ぶジェット機の音だった。
今年の夏、まだ梅雨が明けない雨の日本を飛び立って、長い長いフライトの後アテネに辿り着き、友人とナクソス島へ行った。
前日にアテネから電話で予約したホテルはナクソスの旧市街の細い石畳を上り詰めた城壁の突端にあった。その名をパノラマという。私たちの部屋は小さなホテルの最上階の一番端にあり、目の前にパノラマという名に恥じない景色が広がっていた。ベランダに座って巨大なポルターラの向こうに夕陽が沈んでいくのを毎夕眺めたものだ。
隣には建物がなく、目の下に岩場が広がっている。私たちはこのホテルの建物を一目で気にいったが、ホテルの老女主人も建物に劣らず良かった。美容院できちんとセットした髪に、上質のブラウスとスカートを身につけ背筋がすっと伸びている。
手作りのバラ水で香りをつけたルク−ミを薦めてくれる彼女にホテルの建物の 歴史をたづねたら、「私の家族はこの建物を400年前から所有しています」と答えた。この上品なオーナーの為に働いているのがマルコと呼ばれるアルバニア人の青年だ。マルコというのはもちろん彼の本名ではない。しかし、この島にやってきた移民の青年が新しく名乗るとしたらマルコよりも良い名前などありえない。13世紀の始め、この島を支配しベネチアの城を建設した人物こそがマルコ・サヌードMarco Sanudoなのだから。
港まで私たちを迎えにきてくれたのも、鞄を最上階まで運びあげてくれたのも気のやさしい働き者のマルコで、もうひとり部屋を掃除する陽気な女性がいた。それが風と波に抱かれたこの清潔で小さなホテルのメンバーの全員。いや、目を奪う赤いブーゲンビリアの花々も忘れてはならない。
私たちがナクソスについたその夜からキクラデス諸島に強い風が吹き始めた。東京からの長いフライトとアテネの喧噪に疲れていた私は、そうそうにベッドに入って 灯りを消した。
キクラデスの風は不思議だ、その音を聴いていると、まるでどこか空の高みを飛んでいるような気になる。私たち人間が聞き慣れた風の音ではないような気がする。風の音に併せて重低音で聞こえてくるのが窓の下の切り立つ岩を打つ波の音。
おわりなくドーン、ドーンと繰り返す波の音が、永遠という時間を保証してくれるかのように安心して私は深く眠った。この音を聞くだけでも、キクラデスに旅をする価値がある。
風と波の音を聞くのは自分の心の声をきくことだと教えてくれたのも30数年前の冬の風の中のキクラデスだった。一度風が吹き始めると、それは2日で終わるかもしれないし、1週間続くかもしれないのだ。
その冬ミコノスで出会った老人は、3週間も風が吹きつづけ島に閉じ込められることもあるのだと私に語った。今年の夏のナクソスで私は、風が吹きやまなければ良いと願っていたのだが、夏の気ままな風は翌朝にはキクラデスを通り抜けてしまっていた。
晴れ上がったその日ポルターラの向こうにアポロン神殿のあるデロス島が見えた。東にティノス島、シロス島がかすむように見え、西にミコノス島 そしてナクソス島とパロス島寄り添い小さなデロス島を中心にぐるりと円を描いて取り囲んでいる。ここがキクラデス諸島(円をなす島々)と呼ばれる所以なのだ。
風は生まれると同時に永遠にさまよい始めるのだという。ゆりかごのようにその腕に私を抱いて眠らせてくれたあのキクラデスの風は今地球のどのあたりを吹いているのだろうか。
私も今年の夏入れ違いで(笑)ナクソスに行きましたが、キクラデスの風を最近はずいぶんと忘れて過ごしていたなあと、はっとしました。城塞の博物館から見た、風でカタカタと震える窓ガラス、その向こうに広がる日没前の海と空、ナクソスの街並み。
自分にとって大事な感触を、おかげで思い出しました。
さすがに別の(でも近いと思う...)宿ですが、女主人が持たせてくれたバラのルクミ、美味しかったなあ~。
今年の夏は本当にタッチの差で残念でした。一日違いなんてね。
私たちは来年はイドラとめているのですが、いつからいくかはまだ未定です。
来年こそギリシャでお会いできますように。カラ・クリストゥヤナ、カレス・ヨルテス!