報道写真家から(2)

中司達也のブログ 『 報道写真家から 』 の続編です

支持者の大量死を望むタクシン

2010年05月18日 12時18分32秒 | タイ

 首都バンコクの商業中心地(ラチャプラソン)を1ヶ月以上占拠し、竹と古タイヤで作った粗末な砦に籠城し続けるという戦術は効果的とは言えない。バンコク都民の反感を買うだけで、政府に与えるダメージは小さい。そんなことはもちろんタクシン元首相(以下敬称略)もわかっている。

 支持者に占拠籠城を続けさせてきたタクシンの最終的な目的は、籠城しているタクシン支持者の大量死だ。

  タクシンは、その屍によってのみ、長い海外逃亡生活を終え、タイの政治の中枢に返り咲くことができると、信じているのだろう。そして、今度こそ王制を打倒し、自分がタイの支配者として君臨したい。「国際社会」もそれを待ち望んでいる。それを実現するための「大儀」が支持者の屍だ。タクシンは、治安維持軍にUDDのデモンストレーターをできるだけたくさん殺戮させたい。

 しかし、黙って籠城していても、治安軍はUDDを殺してはくれない。殺すようにしむけなければならない。タクシンは一度それを試みて失敗している。4月10日の衝突だ。

タクシン、4月10日の衝突で誤算

 4月10日、治安維持軍とUDDが武力衝突し、死者25人(内兵士5人)、負傷者800から1000人を出した。最初の発砲は明らかにUDD側から行なわれている。その後、治安部隊の一部が応戦した。

 タクシンの計画では、この衝突で、もっと多数のUDDのデモンストレーターが死傷する目論見だったはずだ。しかし、実際はタクシンが望んだほどの大惨事にはならなかった。死者25人、負傷者1000人は間違いなく大惨事だが、国際社会を動かし、政府を打倒するような潮流は起こらなかった。

 政府軍はまさかUDD側が軍用の自動小銃や手榴弾で攻撃してくるとは思っていなかった。単なる暴徒だと油断していたところに、多数の手榴弾を投げ込まれ、政府軍は大混乱になり、後退した。銃撃にさらされた部隊は反撃したが、それ以外の部隊は発砲せず、UDDの暴徒に銃を奪われるにまかせた。奪われた自動小銃は約800丁。

 この衝突での死傷者のほとんどは手榴弾の爆発によるものだった。治安軍は一発の手榴弾も擲弾(てきだん)も使用していない。つまり4月10日の衝突によるUDDの死傷者は、実はUDD側から投げ込まれた手榴弾によるものだ。

  これは混乱の中の偶発的な出来事とは言えない。治安軍とUDDが衝突している場面に、手榴弾を投げ込めば、双方が傷つくことは子供にでもわかる。犯人は、双方に死傷者が出てもかまわないという考えだったことになる。しかし、兵士よりもUDDにより多くの死傷者が出たということは、UDDをこそ狙ったと考えるべきだ。つまり、意図的にUDDを狙ったということだ。それは、何者か。

 この衝突時、AK47で発砲する黒づくめの人物が撮影されている。UDD幹部の一人カッティヤ・サワディポン少将(通称セーデーン、停職処分中の現役軍人)はかねてから、「黒服部隊」について言及している。彼はその正体を、ときにはレンジャー部隊、ときには軍内部の「浪人」集団と表現している。レンジャー部隊員が赤服隊の警備を行なっている、とも発言している。UDDの別の幹部は、カッティヤが地方で軍事訓練を行なっていると非難している。要するに、正体不明の黒服部隊とは、カッティヤ自らが編成したUDDの武装部隊のことだ。
発砲する黒服の映像
http://www.youtube.com/watch?v=4ql9nVH8Hyw&feature=related

 4月10日の衝突時に、多数の手榴弾を投げ込んだのは、カッティヤ率いるUDDの黒服部隊と見て間違いない。銃撃と手榴弾攻撃で、政府軍の反撃を誘発して、味方であるUDDのデモンストレーターの殺害・負傷を目論んだ、というのがこの事件の真相だと言える。ただ、治安軍は、タクシンやカッティヤが望んだほどの反撃をしなかった。それどころか、暴徒に武器を明け渡すという不名誉の方を選んだ。鎮圧部隊が800丁もの自動小銃を暴徒に奪われるというのは前代未聞というしかない。軍内部には親タクシンの部隊も存在すると言われている。そういう部隊が武器を従順に明け渡したのだという見解もある。いずれにしろ、タクシンにとっては大戦果というよりも大誤算だった。

 また、この衝突のとき、警察は衝突の現場からさっさと撤退して、死者も負傷者も出していない。800人から1000人もの負傷者を出した衝突で、現場を警備していた警官が一人も負傷していないのは不自然すぎる。銃撃や手榴弾攻撃を行なった者は、意図的に警官は狙わなかったこということだ。警察は、タクシンが長年勤めた古巣だ。カッティヤの武装部隊が警官を狙わなかったのは当然のことだと言える。

 4月10日の武力衝突は、治安維持軍に支持者を殺害させるためにタクシンとカッティヤが仕組んだものだったと見て間違いない。

 

支持者の屍なくして終われないタクシン

 4月10日の計画が失敗したタクシンとしては、そのままでは終われない。世界が震撼するほどの死傷者が出なければ、「国際社会」も動かない。タクシンの復帰実現には、何が何でも、UDDの大量の死体が必要なのだ。

 4月10日の衝突後、首都の各所を占拠していたUDDのデモンストレーターは、商業中心地ラチャプラソンの交差点に集められた。交通を遮断し、交差点一体を占拠した。のちに竹と古タイヤで砦を作り籠城した。バンコクで最も人の集まるエリアのすべての高級デパートやホテル、レストラン、商店は営業を停止した。経済的損失は700から1000億バーツ(約2100-3000億円)とも試算されている。

 バンコクの顔ともいうべき地区を占拠し続ければ、政府は面目を失う。いずれ、政府は籠城者の排除に乗り出さざるを得ない。そのときが、タクシンにとっての最後のチャンスとなる。4月10日のような失敗は許されない。そのためにタクシンは1日1億円という占拠維持費を使ってでも、大勢の支持者を砦にとどめた。籠城組の人数は5千から1万人。

 したがって、政府との「和解」などタクシンの念頭にはない。しかし、あろうことかUDDの一部の幹部は、政府の提示した「和解交渉」に応じてしまった。和解派の幹部はタクシンにとって裏切り者でしかなかった。UDDの強硬派幹部カッティヤ少将は、この件に関して、タクシンと電話連絡をとったと発言した。タクシンは、和解派の幹部を下し、新たに幹部を指名したと、カッティヤは述べた。UDD議長のウィーラ・ムシカッポンと和解派幹部はUDDを去った。彼らはようやくタクシンとカッティヤのおぞましい魂胆に気付いたのかもしれない。

 武装部隊を率いるカッティヤの指導力が増したため、政府軍との武力衝突は確実となった。今度こそ、世界が驚愕するほどの犠牲者を出すつもりだった。

 ところが、政府が籠城解散の最後通牒を突きつけた5月13日の夜、カッティヤ少将は、インタビュー中に頭部を狙撃され、重態に陥った(5月17日死亡)。カッティヤの狙撃によって、治安軍とUDDとの市街戦がはじまった。

 18日正午時点で36名の死亡が報告されている。UDD幹部は、「軍人は一人も死んでいない。これは一方的な殺戮だ」と発言しているが、治安軍は土嚢で守りを固めているので、UDD武装部隊による銃撃やM79での擲弾攻撃も今回は効果がないだけだ。治安軍は、攻撃されない限りは発砲しない。ただし、「発砲地区」は除く。UDDの武装部隊がいくら銃撃で挑発しても治安軍は陣地から出て攻めていくこともしない。UDDを兵糧攻めにして戦意の喪失と消耗を待つ持久作戦だ。タクシンにとっては、またもや大誤算というしかない。

 UDDの支配地域では、政府軍のユニフォームを着たグループが市民に銃撃を加えていることが確認されている。目撃者は、治安軍が撃ち殺したと証言するだろう。単純だが、効果的な戦術だと言える。

 最終的には、こうした軍を装った武装部隊が砦に攻撃を加えることも考えられる。M79で擲弾を次々と撃ち込めば、砦から群集が飛び出してくる。そこに銃撃を加えれば、大量の死傷者を出せる。

 タクシンに限ってはそのくらいの作戦は十分ありえる。麻薬撲滅作戦の三ヶ月間に2500人もの命を奪った男なのだ。しかも、そのうちの1400人は麻薬とは無関係の人々である可能性が高い。タクシンは、こうしたおぞましい作戦を実行できる下地を保有している。今回も同じことをさせればいいだけの話だ。武装部隊が貯えている武器弾薬は、治安維持軍に対する攻撃用ではなく、UDDの砦内で籠城する女性や子供への攻撃用だ。

 政府や赤十字、NGOは、籠城中の女性や子供、高齢者に砦から出るよう説得している。しかし、応じる者はそれほどいないようだ。砦に隣接する寺院に避難している者もいるが、そこも安全とは言えない。彼らは、自分たちが支持してきたタクシンの攻撃に晒されようとしていることを知らない。

 タクシンとUDD幹部は、「人命尊重」を口にし、国連に仲介の要請をしているが、それは単なるポーズにすぎない。人命を尊重する気があるなら、いますぐ解散して、砦から参加者を出せばいいだけの話だ。それですべては解決する。それをしないのは、人命が奪われることを望んでいる証しだ。タクシンはいずれ支持者への攻撃を指示するだろう。それをどう防ぐかが、政府と治安軍の早急の課題だ。

 

 この戦いは、決して、タイの新旧国内勢力の覇権争いなどではない。
 貧困層と中間層との反目でもない。
 これは、タイ王国の存亡をかけた戦いだ。
 「国際社会」の支援を受けたタクシンが勝てば、タイ王国の歴史は終わり、抜け殻だけが残る。
 この戦いにはいっさいの妥協はない。



資料編: カッティヤ少将

http://blog.goo.ne.jp/leonlobo2/e/35e85ac9890d001f91fc7722d7de6521
資料編: UDD
http://blog.goo.ne.jp/leonlobo2/e/18ca593c040d766863ba2acf6b0d3914
資料編: UDDおよびタクシン元首相
http://blog.goo.ne.jp/leonlobo2/e/d9cae4677c8598c67806227e2a6c87ec

 



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