なぜいつも、突発的に予想外の出来事が起こるのだろうか。
逆に、さも起こりそうなことは、なぜか決して起こらない。
北朝鮮による、韓国の延坪島砲撃は、何の前触れもなく起こった。
この事態に、欧米の主要メディアによる論評が乱れ飛んだ。延坪島砲撃は、確かに歴史的事件ではあるが、果たして大騒ぎするほどの事態だろうか。超大国が弾道ミサイルを放ったわけではないのだ。小国北朝鮮が世界の脅威になるなどとは到底考えられない。過去に少しさかのぼってみればはっきりする。
脅威の捏造
かつて地球には、超大国同士の核戦争の危機が存在した。双方が何万発もの核兵器を保有し、核攻撃に対する防備を固めた。世界はいまにも壊れそうな天秤の上に乗っているようなもので、どちらかが興奮して足を踏み鳴らしただけでも天秤は折れ、核ミサイルの発射ボタンが押し込まれる。核攻撃の勃発は現実性をおびていた。
赤い『悪の帝国』ソビエト連邦は、最大45000発もの核兵器を保有していた。アメリカは24000発で、イギリスや中国を合わせると合計70000発以上の核兵器が存在していた(1986年時)。想像を絶する数字だ。現在は、ロシア12000発、アメリカ9400発、その他約1000発(内、北朝鮮6発?)。
しかし、世界に対する脅威だと思われていた超大国ソ連は、現在という高みから眺めれば、決して脅威などではなかったことがわかる。結局のところ、ソ連の脅威とは、アメリカがまんまと創り上げ、世界に振り撒いた幻想でしかなかった。第二次世界大戦後のアメリカにはどうしてもソ連の脅威が必要だった。
第二次世界大戦の勝利を確信したアメリカは、一方でジレンマに直面していた。戦争が終結して、もし世界が平和になれば、戦争で規模が拡大したアメリカの軍需産業を中心とする過剰な生産設備は縮小を余儀なくされる。つまり大規模な失業者を出す。そこへ戦線から帰還する兵士が加われば、アメリカは膨大な失業者を抱えることになる。戦争に勝っても、深刻な国内不安を抱えては意味がない。
アメリカ政府が、過剰な生産設備の維持と完全雇用を実現するための、もっとも手っ取り早い方法は強大な敵を創ることだ。アメリカは、ソ連を体よく戦後世界の脅威に仕立て上げた。
ソ連に対するデマゴーグを世界に振り撒くアメリカという超大国こそ、戦争で疲弊したソ連にとってはまさに脅威と映った。アメリカの核武装の拡大に遅れまいと、ソ連は早急に核兵器を開発し、量産するしかなかった。そしてほどなく軍拡競争となり、ついにソ連は核兵器保有数でアメリカを追い抜き、最大2倍近くの核兵器を保有するにいたった。
アメリカの倍近い核兵器を保有するソ連は、放っておいても世界の脅威と映った。アメリカ政府が戦後政策として創り上げたこの架空の脅威を、世界は微塵も疑わなかった。何万発もの核兵器を保有しても、実際には、核攻撃の脅威どころか、米ソの通常戦争の可能性さえなかった。
……そもそも本当に(ソ連の)脅威など存在したのだろうか?
「もし [ヨーロッパで米ソ戦争が起きる] 危険が現実には一度も存在しなかったとしたら、ヨーロッパにおけるアメリカ軍の第一の任務はじつはソ連の脅威を維持することにあったのだと考えることもできる。強大なアメリカ軍がソ連を攻撃する(もしくは迎え撃つ)態勢で西欧に配置されているかぎり、ソ連はヨーロッパのアメリカ軍を攻撃する(もしくは迎え撃つ)態勢ををつづけたことだろう。ソ連とアメリカの“ 脅威 ”がお互いを維持し、それによってヨーロッパ大陸でこの二重の軍事的覇権を存続させたのである」。 …… ジョージ・W・ブッシュ大統領と彼の国家安全保障担当補佐官、コンドリーザ・ライス……は「冷戦時代、とくに [一九六二年] キューバのミサイル危機以降の時期には、アメリカはおおむね現状維持派の、危険を好まない敵を相手にしていた」とのべている。
p46-47 『アメリカ帝国の悲劇』 チャルマーズ・ジョンソン
冷戦構造をでっち上げたアメリカ政府は、決して好戦的ではないソ連を、さも核ミサイルの発射ボタンに指を乗せた狂気の国家のように演出し続けた。冷戦期の西側の人々は、『悪の帝国』というプロパガンダにまんまと乗せられ、ソ連を憎悪し、恐怖することで、まったく無意味なエネルギーを費やした。
核兵器を最大45000発も保有していた超大国ソ連が、本当は世界の脅威でも何でもなかったのに、6発ほどの核を保有しているらしい北朝鮮という小国が、いったい何の脅威だと言うのか。要は、アメリカという国家の世界戦略にとって常に脅威のでっち上げが必要だということなのだ。アメリカの戦後戦略の陳腐な基本構造がいまだに継承されている。
アメリカ政府と軍部はいささか迷ったあとで、ヨーロッパの冷戦はたしかに終わったが、東アジアやラテンアメリカの同じように憎悪に満ちた冷戦を終わらせるわけにはいかないという結論に達した。ソ連にかわって、……「悪の枢軸」 ── イランと北朝鮮 ── が新しい敵の役目をつとめなければならないだろう。
p30 『アメリカ帝国の悲劇』 チャルマーズ・ジョンソン
……(アメリカ)軍部は世界の治安を維持するという新しい壮大な計画に乗り出すことで、冷戦の終結に対抗しようとしたのである。
p31 同上
冷戦構造を失ってしまったアメリカは、なけなしの脅威を強引に大きく見せかけた。北朝鮮を追い詰め、核開発に手を染めさせたのはアメリカの戦略だ。北朝鮮を何をしでかすか分からない狂気じみた国家と描き、、『核拡散の脅威』などと宣伝して、世界に恐怖と憎悪を振り撒いている。同様の陳腐な例はいくらでもある。
……敵の大将を「悪魔」に仕立てる戦略は、ごく最近もあらゆる敵対関係において使われている。
イスラム色が濃厚なイランに対し、非宗教的路線をかかげるサダム・フセインは、西側よりの指導者として欧米で評価が高かったが、湾岸戦争が始まるやいなや、第二のヒトラーと言われ、その容貌についても揶揄された。
フセインの髭に修正を加えて短くし、ヒトラーそっくりに見せかけた写真が雑誌「ニューズウィーク」の表紙を飾ったのだ。
p62 『戦争プロパガンダ10の法則』 アンヌ・モレリ
敵のリーダーを悪魔に仕立てあげる戦略は、効果的であり、きっと今後もことあるごとに使われるだろう。
p64 同上
アメリカはソ連やイラクにしたように、北朝鮮を追い詰め、過度な自衛に走るように仕向けている。北朝鮮が自衛すると、悪辣な攻撃の準備をしているのだ、と難癖をつけ、さらに追い込む。仕掛ける側の方が圧倒的に有利なのだ。北朝鮮のような小国に打つ手は限られている。
メディアの役割
北朝鮮が延坪島を砲撃したとき、北朝鮮が領海だと主張している海域で米韓合同軍事演習が行われていた。そんなところで大規模な実弾演習を行えば、北朝鮮を刺激することは目に見えている。何らかの実力行使に打って出ることは予想できたはずだ。それを誘うことがこの演習の目的だったと考えることもできる。
われわれが知らされているのは、断片的な情報にすぎない。メディアの報道を真実のすべてなどと勘違いしたら、まともな思考はかなわない。メディアの役割は、われわれの判断力を奪うことだ。事件が起こるとすかさず、主要メディアの論評が矢継ぎ早に繰り出される。考える材料を提供するためではなく、考える余裕を与えず、感情を乗っ取るためだ。読者や視聴者は考えたつもりになるだけで、感情は体よくメディアに誘導される。
1990年8月、イラクがクウェートを侵攻し、油田を破壊して海洋環境を汚染し、原油にまみれた真っ黒な水鳥の映像がテレビ画面に映し出されると、世界はサダム・フセインへの憎悪を掻き立てた。世界の世論はフセイン打倒一色に染まった。しかし、油田を破壊したのは、実際は米軍の爆撃だ。メディアは都合の悪いものには、突然、取材能力を失うようだ。そして、すべてが手遅れになったあと、あれは誤報でした、とそ知らぬ顔で伝えるのだ。
メディアは「現実」を加工編集することで、われわれの感情を誘導する。メディアとはそうした技術的ノウハウに長けた専門機関だ。真実の報道など、電子顕微鏡レベルでも見つけることは難しい。
あと数十年経って過去を振り返った者が、われわれの時代を眺めたとき、「北朝鮮の脅威」など、腹を抱えて笑いたくなるほど陳腐極まりないアメリカンジョークと映るだろう。そんなオチが丸見えの出来の悪いアメリカンジョークが、堂々と世界に通用してしまうのも、メディアの巧みな手法のなせる業なのだ。
北朝鮮は、冷戦の脇役として存在したあと、冷戦の終結とともに役割を終えるはずだった。しかし、アメリカにとって、世界は憎悪と恐怖に満ちていなければならない。南北和平や朝鮮半島統一など悪夢以外の何ものでもない。北朝鮮は役を降ろされるどころか、主役級へと抜擢された。
ソ連を『悪の帝国』と信じ、長年にわたって憎悪や恐怖を抱き続けた人々は、いわば壮大なエネルギーの無駄使いをしたことになる。「冷戦」から「テロの世紀」へとバトンタッチされただけで、まったく同じ構造が現在も進行している。われわれは、決して同じ愚を犯すべきではない。筋書きはとても単純なのだ。
北朝鮮は本当に脅威なのか : 資料編
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