●「多選」など問題ではない
12月2日にベネズエラで憲法改正の是非を問う国民投票が行なわれる。
欧米のメディアは、憲法改正案の中の「大統領の任期制限撤廃」を取り上げて、チャベス大統領は「独裁」を目論んでいるかのような印象を与えている。
「任期制限の撤廃」とは、国民が選ぶ限り何度でも大統領職に就くことが可能というにすぎない。国民に選択権のある制度のどこが独裁につながるというのだろうか。国民の信任を得られない人物は当選できない。「終身大統領」と混同してはいけない。チャベス大統領は、公正な投票によってすでに三回も国民の信任を受けている。国民の意思で大統領に選ばれている限り「独裁」にはあたらない。回数で独裁が判定されるわけではない。
11月25日にオーストラリアで総選挙が行なわれ、現職の首相であるジョン・ハワードが落選したが、彼はすでに連続四期も首相を続けているのだ。当選していれば当然五期目に入っている。多選制が独裁だというなら、オーストラリアの制度も問題にしなければならない。しかし、メディアは決してジョン・ハワードを独裁者とは呼ばない。この違いはどこからくるのか。ハワード首相は、ブッシュ大統領の盟友であり、チャベス大統領はブッシュの天敵だからだ。つまり、メディアはチャベスのすることはすべて「悪」呼ばわりしているだけのことだ。同じことを欧米がしていても、それは善行なのだ。
「大統領の任期制限撤廃」は、欧米のメディアがチャベス大統領を攻撃するのに、ちょうどいい材料だったというだけだ。今回の憲法改正案の中には、非常に重要な項目があるのだが、メディアはあまり触れたがっていないように見える。
●タブー:中央銀行の独立性
今回のベネズエラの憲法改正案で、最も注目すべき項目は「中央銀行の独立性の廃止」だ。これこそが今回の憲法改正案の最重要課題であると言える。しかし、欧米のメディアはこの件には詳しく触れたがっていないようだ。おそらくこの問題には関心を持ってほしくないのだろう。
中央銀行は一般に政府から「独立」していることが理想であるとされている。実際、世界の中央銀行は政府や議会から独立しており、中央銀行の政策は密室の中で決定され、政府や国民に対していっさい説明責任を負っていない。国家の通貨政策や金融政策が政府や議会、国民の見えないところで決定されている。そうした制度が本当に理想と言えるのだろうか。日本銀行も1998年に法的独立を果たすと、毎月の貸出データ(業種別銀行貸出)の公表をしなくなった。
IMF(国際通貨基金)が途上国に乗り込んできたときにも、当該国政府に「中央銀行の独立」を要求する。
(アジア通貨危機に際して、IMFがタイ、韓国、インドネシアに提示した重要項目の一つは)法律を改正して中央銀行を独立させ、その行動と政策について誰にも説明責任を負わなくても済むようにすることだった。ただし、中央銀行が密な政策基調を図るべき相手がひとつだけあった。IMF自身である。p303~304
『円の支配者』 リチャード・A・ヴェルナー著
IMFは、中央銀行を厳しく監督する一方、中央銀行の構造改革に必要な財源を提供する。そして「政府のインフレーション偏向政策に対する解決策」として、いわゆる「政治権力からの中央銀行の独立性」を要求する。これが実際に意味するところは、政府に代わってIMFが通貨発行を統制する、ということである。
IMFのもう一つ重要な付帯条件は、「中央銀行が議会からも独立性を堅持しなければならない」というものである。具体的には、中央銀行の上級職員は、いったん任命された以後には、政府に対してだけでなく、議会にも業務上の責任を負わなくてもよい、ということである。p56~57
『貧困の世界化』 ミシェル・チョスドフスキー著
かくして当該国の中央銀行はIMFの「支店」と化してしまう。IMFや世界銀行の借款を直接受けている国だけでなく、たいていの途上国の中央銀行は、IMFの影響下にあり、自国の政府や議会、国民よりも、IMFに忠誠を誓っている。
相当数の途上国の場合、中央銀行の上級職員は国際金融機関や地域開発銀行出身の職員であふれている。さらに、中央銀行の役員が多国間、または二国間の金融機関から「追加の月給」をドルで支払われている場合もあるのである。p57
『貧困の世界化』
したがって、政府や議会がいくらがんばってももはや国家経済にほとんど何の影響もおよぼすことができなくなる。こうしてIMFの影響下にある国の経済は次々と破壊されていった。アジア通貨危機において、IMFの融資を受け、言いなりになったタイ、韓国、インドネシアの経済はよりいっそう悪化し続けた。しかし、IMFの融資を拒絶し、正反対の政策を取ったマレーシアの経済は順調に回復していった。
旧ブログの『タイ:効果のないバーツ高対策』という記事で述べたが、政変後から現在まで続いている不自然なタイのバーツ高は、タイ中央銀行が関係していると考えられる。暫定政権にダメージを与えたい欧米の金融資本の意向をタイ中央銀行が代弁しているのではないか。90年代の日本の不可解な円高に日本銀行が陰で中心的な役割を果たしていたのと同じ仕組みだと考えている。したがって、タイ暫定政府が成すべき一番の政策は、「中央銀行の独立性を廃止」し、金融政策の決定権を政府や議会に取り戻すことなのだ。
http://blog.goo.ne.jp/leonlobo/e/21882c723a35c1dc7600d21f98d68798
しかし、それは国際金融資本やIMF、アメリカ財務省に宣戦を布告をするようなものであり、タイという国柄を考えるとそういう対決は考えにくい。12月23日にタイで総選挙が行なわれるが、旧勢力の巻き返しを許す結果になれば、タイ王国の経済的主権はまたも大きく損なわれることになる。
チャベス大統領は、今回の憲法改正案で、まさにその宣戦布告を行なったと言える。今後は、ベネズエラの中央銀行は、国際金融資本や多国籍企業の利益のためではなく、ベネズエラ国民のための金融政策を行なうということである。
2005年にチャベス大統領は、外貨準備の中の米国債を売却して欧州の複数の銀行に預けた。今後は、アメリカの財政赤字の補填をする気はないということである。また、IMFと世界銀行からの脱退を宣言し、国際金融機関による監視や支配を完全に払拭した。そして最後に、「中央銀行の独立性を廃止」し、金融政策の決定権を政府と議会に奪い返すことによって、ようやく通貨政策、金融政策の主権が確立される。
あとは、石油決済通貨をドル以外の通貨にシフトして、ドルと縁を切れば完成だ。アメリカ政府は、フセイン大統領が石油取引通貨をドルからユーロにシフトしたことによってイラクを爆撃した。他国がドルを基軸とした国際金融秩序を変更することは絶対許されないのだ。したがって、チャベス大統領の一連の政策は、ドル秩序を防御する側から見ると万死に値する大罪と映っていることだろう。
●ドルという紙切れ
11月18日のOPEC首脳会議で、イランのアフマディネジャド大統領は、アメリカドルを「紙切れ」と表現し、「価値のない紙幣を我々に与えて原油資源を獲得している」と発言した。
多くの産油国が同じ認識であることはほぼ間違いない。原油輸出で得たドルは、アメリカ国債などの購入により、もときたアメリカに還流せざるをえない。しかも、投資したドル資産は、ドル安でどんどん減価していく。産油国は、限りある貴重な資源を、無限に印刷できる「紙切れ」と交換している。結局、石油を奪われているに等しい。
イラン政府は、外貨準備のドル比率を20%にまで引き下げ、ベネズエラ同様具体的にドル離れを実行している。石油の買い手には代金をユーロで支払うよう要請している。イランは日本に対して、石油代金の支払いを「円」に切り替えるよう要請していた。そして日本は今月からイランの石油代金を「円」で支払うことに踏み切った。アメリカへの遠慮よりも、イランの圧力の方が勝ったと言える。
他の産油国は、ドルに対するイランやベネズエラの挑戦をひそかに注視しているところだろう。おそらく大方は失敗すると見ているに違いない。しかし、もし両国がうまくいけば、そのときは、おなじようにとっととドルと縁を切ろうと思っているに違いない。
12月2日のベネズエラの憲法改正を問う国民投票は、多選云々などという小さな問題が焦点になっているのではない。全世界を半世紀以上も牛耳ってきた国際金融体制に対する挑戦がおこなわれているのだ。
参考資料
Tens of Thousands Protest Chavez Proposals, Is CIA Fomenting Unrest to Challenge Referendum?
http://www.democracynow.org/2007/11/30/tens_of_thousands_protest_chavez_proposals
CIA Venezuela Destabilization Memo Surfaces
http://www.counterpunch.com/petras11272007.html
憲法改正めぐり緊張高まる 衝突多発のベネズエラ
http://sankei.jp.msn.com/world/america/071110/amr0711101638003-n1.htm
ベネズエラ、憲法改正に反対する学生デモ隊と治安部隊が衝突
http://www.afpbb.com/article/politics/2302298/2276423
ベネズエラ:投票と弾丸の狭間で
http://agrotous.seesaa.net/article/67159852.html#more
民主主義に対する米国の戦争
http://agrotous.seesaa.net/article/42269426.html#more
ベネズエラ、米国から外国通貨備蓄引き出しへ
http://agrotous.seesaa.net/article/7651134.html
IMF・世銀、ベネズエラが脱退表明するなか、衰える権威に直面
http://agrotous.seesaa.net/article/41544884.html#more
OPEC首脳会議、 非ドル通貨に関心高まる
http://jp.ibtimes.com/article/biznews/071119/14140.html
イラン大統領、下落する米ドルを「紙切れ」と
http://www.cnn.co.jp/business/CNN200711190012.html
湾岸各国、ドル安に懸念・ペッグ廃止論活発
http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20071123AT2M2202322112007.html
OPEC諸国はドル安に不満、イラン大統領
http://www.afpbb.com/article/economy/2314174/2367718
外貨準備、ドルから移動と米に警告…イラン中銀総裁
http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20060916i412.htm
外貨準備のドル比率を20%に引き下げ=イラン中銀総裁
http://jp.reuters.com/article/forexNews/idJPnTK311327820070327
Iran Asks Japan to Pay Yen for Oil, Start Immediately
http://www.bloomberg.com/apps/news?pid=20670001&sid=aLaColVYu5LA
【円・ドル・人民元 通貨で読む世界】原油高騰…裏に米欧通貨代理戦
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071104-00000057-san-bus_all
ドル対ユーロ、イランで代理戦争 ツケは消費者に
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/economy/worldecon/96096/
ドル帝国防衛――もうひとつの戦争
http://www.nikkei.co.jp/neteye5/tamura/20030725n167p000_25.html
米国のイラク侵攻の本当の狙いは何か
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200510201134024
EUとアメリカの対立 ― 富をめぐる攻防
http://www.kokuminrengo.net/2004/200406-aizw.htm
ハワード首相が落選…現職で78年ぶり
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071125-00000087-mai-int
総選挙敗北のハワード首相が議席失う、オーストラリア
http://www.cnn.co.jp/world/CNN200711270022.html
タイ:効果のないバーツ高対策 (旧ブログ『報道写真家から』)
http://blog.goo.ne.jp/leonlobo/e/21882c723a35c1dc7600d21f98d68798
『円の支配者』 リチャード・A・ヴェルナー
http://www.amazon.co.jp
『貧困の世界化』 ミシェル・チョスドフスキー
http://www.amazon.co.jp