歴史だより

東洋と西洋の歴史についてのエッセイ

≪古文の攻略法~塩沢一平『きめる!センター 古文・漢文』より≫

2024-02-15 19:00:08 | ある高校生の君へ~勉強法のアドバイス
≪古文の攻略法~塩沢一平『きめる!センター 古文・漢文』より≫
(2024年2月15日投稿)

【はじめに】


 今回のブログでは、次の参考書をもとに、古文の攻略法および読解について解説してみたい。
〇塩沢一平・三宅崇広『きめる!センター 古文・漢文』学研、1997年[2016年版]
次回では古文総合問題を解説するとして、今回は文法的事項(識別語、解釈、敬語)を中心に、和歌に関連した問題も触れておきたい。



【塩沢一平・三宅崇広『きめる!センター 古文・漢文』学研はこちらから】

きめる!センター 古文・漢文






〇塩沢一平・三宅崇広『きめる!センター 古文・漢文』学研、1997年[2016年版]

【目次】
はじめに
センターは、こんな試験
古文編
攻略法0  センターの基本となる文法を押さえよう
攻略法1  出典タイプによって読み方を変えよう
攻略法2  傍線部解釈問題①
攻略法3  傍線部解釈問題②
攻略法4  文法問題①
攻略法5  文法問題②
攻略法6  内容説明・心情説明・理由説明問題①
攻略法7  内容説明・心情説明・理由説明問題②
攻略法8  内容合致・主旨選択問題①
攻略法9  内容合致・主旨選択問題②
攻略法10  和歌関連問題①(和歌解釈の方法)
攻略法11  和歌関連問題②(掛詞の攻略法)
攻略法12  和歌関連問題③(序詞の攻略法)

古文総合問題
古文総合問題 解答・解説
 
<コラム>目で見る古文① (平安時代の貴族の住居)
<コラム>目で見る古文② (平安貴族の服装)
<コラム>目で見る古文③ (宮中の世界)
<コラム>目で見る古文④ (平安時代の暦と季節、時刻、方位、月の名前)
<コラム>目で見る古文⑤ (平安美人の身だしなみ)
<コラム>目で見る古文⑥ (陰陽道)
<コラム>目で見る古文⑦ (夢占)
(塩沢一平ほか『きめる!センター 古文・漢文』学研、1997年[2016年版]、6頁~7頁)




さて、今回の執筆項目は次のようになる。


・「古文の力」とは?
・攻略法2 傍線部解釈問題①
・攻略法4 文法問題① 識別語
・攻略法5 文法問題② 敬語
・攻略法8 内容合致・主旨選択問題①
・攻略法10 和歌関連問題①(和歌解釈の方法)
・攻略法11 和歌関連問題②(掛詞の攻略法)








「古文の力」とは?


 駿台予備校の塩沢一平先生は、「センターは、こんな試験~古文編」において次のようなことを述べている。(共通テストにも、あてはまる点が多々あるので、紹介しておく)
【文章の長さ】
・文章の長さは、例年1500字程度。速読・即答する問題処理テクニックが求められる。
 例えば、出典別に読み方を変えるテクニックを身につける必要があるし、設問タイプ別のテクニックも必要になる。

(ちなみに、ネットによれば、2023年の共通テストの字数は1319字、2024年のそれは、1147字だったそうだ)

【出典】
・センター試験の出題ジャンルは、上代の文章が出題される可能性は低いようだ。
 中古~近世(江戸)の作品で出題されるのは、教科書に掲載されていない作品か、掲載されていてもまったくマイナーな部分だという。
 学校の授業で勉強した部分がセンターで出題されることはまずない。つまり、はじめて読む作品・部分が出ても、対応できる実力と対処法を身につけることが必要だと強調している。
 歌物語が出題されていないのは、設問を作りやすい『伊勢物語』『大和物語』が、様々な大学で既に出題されていることや、章段自体が短いものが多く、1500字の長さにならないものが多いためらしい。
・時代的には、中世・近世の文章が多い。
 その中で、特に擬古物語(平安時代のつくり物語に似せて作られた物語)の出題が多い。
 登場人物の心情をつかむため、形容詞・形容動詞をきっちり覚えておこう。
・また心情は、和歌に凝縮された形で示される。

〇出題された文章のジャンル
 中古=歴史物語・つくり物語・日記・説話
 中世=歴史物語・説話・日記・随筆・軍記物語・歌論・擬古物語
 近世=随筆・紀行・日記・擬古物語

(周知のように、2024年の共通テストの古文は、「車中雪」という江戸時代の擬古物語(平安時代の物語を模した文章)であった)

【設問タイプ】
①語句の意味
 文章構造をとらえて解く、クールで渋い論理的な思考が必要である。
②文法・敬語問題
 品詞分解・語の識別と、敬語が3対1の割合。
 敬語では、尊敬・謙譲・丁寧のどれにあたるか、本動詞か補助動詞かが問われる。
③内容説明・心情説明・理由説明問題
 どれか1問が出題される。
④内容合致(不合致)・趣旨選択問題
 これもよく出る。訳せても“言いたいこと”がわかって、しかも選択できなければ点数にならない。
⑤和歌関連問題
 和歌を含む文章が出たときは必ず設問になっている。
 攻略法10~12で和歌問題をマスターして、大きく差をつけよう。
(塩沢一平・三宅崇広『きめる!センター 古文・漢文』学研、1997年[2016年版]、10頁~15頁)

攻略法2 傍線部解釈問題① 



例題9(重要古語/現古異義語/三つの関係/同内容の言い換え・逆接)
次の文章は『栄華物語』の一節である。藤原伊周(これちか)・隆家兄弟は、藤原道長との政争に破れて、伊周は播磨に、隆家は但馬に配流されている。

北の方の御心地いやまさりに重りにければ、ことごとなし。「帥殿(そちどの)今一度見奉りて死なむ死なむ」といふことを、寝てもさめてものたまへば、宮の御前もいみじう心苦しきことにおぼしめし、この御はらからの主たちも、「いかなるべきことにか」と思ひまはせど、なほ、
いと恐ろし。

<注>
〇北の方……伊周・隆家の母。
〇帥殿……伊周のこと。
〇宮の御前……伊周の妹、中宮定子。
〇御はらからの主たち……北の方の兄弟。

問 傍線部分の解釈として最も適当なものを、次の①~⑤のうつから一つ選べ。
①不満が残ることだと存じ上げ
②体裁悪いことと自然に思われ
③つらいことだと自然と思われ
④わずらわしいこととお思いになり
⑤お気の毒なことにとお思いになり


【解答】⑤
【解説】
・「心苦し」は、「現古異義語」にあたり、「気の毒だ」という意味(現代語では、「相手に負担をかけてすまない」という意味)。
 答えは⑤
・でもこの意味を知らなくても、大丈夫。実は関係性から解ける。
 傍線部の主語「宮の御前(定子)」には、類似内容を暗示する「も」がついている。
 「御はらから…も」は、「同内容の言い換え」である。
 宮の御前も……心苦しきことにおぼしめし、
   ‖
  同内容の言い換え(プラスイメージ) ⇔「ど」(逆接)…いと恐ろし(マイナスイメージ)
   ‖
 御はらから…も、「いかなるべきことにか」と思ひまはせ
・傍線部と同内容の思いは、「『いかなるべきことにか』と思ひまはせ」の部分。
 「ど」があり、「いと恐ろし」というマイナスイメージと逆接の構造になっている。
 つまり、「『いかなるべきことにか』と思ひまはせ」はプラスイメージ。傍線部もプラスイメージ。
・マイナスイメージとなっている①・②・④は×。
 残った③と⑤を比べる。
 ③は「おぼしめす」という「思ふ」の尊敬語を「自然と~れる」という自発の訳し方をしているのである。

【解釈】
奥方(=伊周・隆家の母)の御病気はひどく重くなったので、ほかのことは(おっしゃら)ない。(ただ)「帥殿(=伊周)にもう一度お会いして死にたい、死にたい」ということを、寝ても覚めてもおっしゃるので、中宮様も非常にお気の毒なこととお思いになり、奥方の御兄弟の方々も、「(北の方の望みをかなえ伊周を入京させたならば)どうなるはずのことだろうか」と思い巡らすけれど、(対面させることは)やはり恐ろしい。
(塩沢一平・三宅崇広『きめる!センター 古文・漢文』学研、1997年[2016年版]、51頁~53頁)

攻略法4 文法問題① 識別語


品詞分解と頻出識別語の完全理解が、最短の攻略法
文法問題で問われるのは、「に」や「る」などの識別や、品詞分解、文法的説明

1.文法問題攻略の基本手順
①どこまでが一単語か判断する
 (判断できない場合は保留して、わかる部分を単語に分ける)
②助動詞・助詞は、どの活用形[=何形]に接続しているか判断する
③活用語(動詞・助動詞・形容詞・形容動詞)は、その単語自身がどの活用形か判断する

2.本動詞・補助動詞の区別をする
 本動詞……一般的な動詞のことで、ものの動作や状態を表す
 <例>御衣を給ふ。(御着物をお与えになる。)
 補助動詞……本動詞にあるような本来の意味を失い、上の文節を補助する働きのみをもつ動詞
 <例>詠み給ふ(お詠みになる。)

3. 頻出識別語の識別法をマスターする
①「れ」「る」の識別
②「ぬ」「ね」の識別
③「に」の識別
④「なむ」の識別
⑤「なり」の識別
⑥「らむ」の識別

(塩沢一平・三宅崇広『きめる!センター 古文・漢文』学研、1997年[2016年版]、70頁~75頁)

例題13(文法的説明/「れ」と「ね」の識別)
   大将、限りある宮仕へをえゆるされたまはねど(松浦宮物語)
【問】傍線部の「えゆるされたまはねど」の「れ」と「ね」の文法的説明として正しいものを、次の①~⑥のうちから一つ選べ。
①「れ」は尊敬の助動詞・「ね」は打消の助動詞
②「れ」は受身の助動詞・「ね」は打消の助動詞
③「れ」は完了の助動詞・「ね」は打消の助動詞
④「れ」は可能の助動詞・「ね」は完了の助動詞
⑤「れ」は自発の助動詞・「ね」は完了の助動詞
⑥「れ」は下二段活用の動詞語尾・「ね」は完了の助動詞


【解答】②

【解法】
・文法的説明で、「れ」と「ね」の識別を問うている。つまり、頻出識別語の「れ」と「ね」が問題になっている。
・基本手順にしたがって単語に分け、識別法で分析してみる。

【え□ゆるさ□れ□たまは□ね□ど】

(1)まず、「ね」について見る。
・「ね」は未然形に接続し、下に「ど」が連絡している。
➡これは打消の助動詞「ず」の已然形とわかる。
➡すると選択肢の④・⑤・⑥は×
(2)次に、残りの①・②・③の「れ」を見る。
 尊敬・受身の助動詞か、完了の助動詞かということ、つまり未然形接続か、已然形接続かということが問題になる。
☆「ゆるさ」は未然形なので、①か②かが正解ということになる。
(3)すると、「れ」が尊敬か受身かということを判断しなければいけない。
※問題文全体の内容を見ると、「受身」と判断することができるが、ここでは省略されている。
下に接続する「たまふ」との関係から、わかる。
➡「れ」の直後に「たまふ」があると、「れ」は尊敬にならない。
 ゆえに①は不正解。

【ポイント】
・識別では、接続のしかたに注目すること!
・尊敬の補助動詞「給ふ」を下接する
 「る・らる」の連用形「れ・られ」は尊敬にならない
 「す・さす」の連用形「せ・させ」は通常尊敬になる

(塩沢一平・三宅崇広『きめる!センター 古文・漢文』学研、1997年[2016年版]、75頁~77頁)

攻略法5 文法問題② 敬語


文法問題でもう一つ押さえる必要があるのは、敬語。
敬語問題は、仕組みの理解と単語の暗記が決め手。
 主体・客体、誰から誰への敬意を表しているかに注意。

1.敬語の仕組みを理解する。
①主体(主語)と客体(目的語にあたる人物・受け手)を見つける。
②誰から誰への敬意か判断する。
 誰から➡地の文=語り手(作者)から
     会話文=話し手から
 誰への➡a 尊敬語=動作の主体への敬意
     b 謙譲語=動作の客体への敬意
     c 丁寧語=聞き手または読み手への敬意(会話文や手紙文に用いられることが多い)

2.頻出敬語「侍り」「候ふ」「奉る」「聞こゆ」の意味をマスターする。
<合格のための+α解説>
※現代語の「ます」は丁寧の補助動詞だが、古文の「ます」は常に尊敬語。
・「おはします」は、尊敬語「おはす」(いらっしゃる)に尊敬語の「ます」(いらっしゃる)がついてできたもので、強い尊敬を表す。
(本動詞にも補助動詞にも用いられる)
<注意>
・「おはします」の「ます」を丁寧語だと思って、「いらっしゃいます」と訳してしまうと、落とし穴にはまることになる。
・「います」も、「まします」も、「ます」をもとにした語。
 意味も「ます」と同様で、「いらっしゃる」。
(塩沢一平・三宅崇広『きめる!センター 古文・漢文』学研、1997年[2016年版]、88頁~89頁、94頁)

攻略法8 内容合致・主旨選択問題①


・センター試験では、内容合致(不合致)問題や主旨選択問題が頻出したそうだ。
 これらは内容が理解できているかどうかを確かめる、とてもよい問題だった。
 内容合致の問題だからといって、文章の隅から隅まで見る必要はないようだ。
 しかし、「なんとなく」という印象や、第六感で判断してはいけない。
 次のような、もっと論理的な見方が必要となるという。

<内容合致・不合致問題の選択のポイント>


①主人公の会話・行動にチェックを入れる。
 主人公の会話・行動は、全体の内容理解に欠かせないから、選択肢になりやすい。
②選択肢と対応する部分があるハズ。
 ⇒対応部分を探し出し、内容が正しいか判断する。
③選択肢と対応する部分がなかったり、選択肢に書かれている内容に余分な表現が加わっている場合は、本文から読み取れないのだから合致しない。
 ⇒本文にないことを、「なんとなく予想できる」とか、深読みして補って、「読み取ろうとすれば、そういえるかもしれない」などと思う必要は一切ない。
④内容理解を大きく左右する重要語句の訳出が正しいかチェックする。
⑤数・月・季節の記述が正しいかチェックする。
⑥主体・客体が正しいかチェックする。
(主体・客体の入れ替えもよくある)
⑦使役「す・さす・しむ」と受身「る・らる」、尊敬「給ふ」と謙譲「申す・奉る」など、対立的語句の入れ替えに注意。
⑧不合致問題は、不合致の場合は確実に本文と異なる部分がある。曖昧な選択肢はとりあえず残す。
(塩沢一平・三宅崇広『きめる!センター 古文・漢文』学研、1997年[2016年版]、122頁~124頁)



例題24 (内容合致問題)
次の文章は『栄華物語』の一節である。

例題24(内容合致問題)
次の文章は『栄華物語』の一節である。あまりにも華美であった皇太后藤原妍子(けんし)の年始の大饗(たいきょう:正月に行われる宴会)を、兄の関白藤原頼通が咎める場面から始まっている。これを読んで、後の問いに答えよ。

関白殿(=頼通)うちに入らせ給ひて、御前(=妍子)に申させ給ふ。「今日の事、すべ
ていと殊の外にけしからずせさせ給へり。この年ごろ、世の中いとかういみじう(=ぜいた
くに)なりにて侍る。また一年の御堂の会(=法成寺金堂落成供養の法会)の御方がたの女
房のなりどもなどぞ、世に珍らかなる事どもに侍りしかど、それは夏なれば事限りありて術
なかりけり。なでふ人の衣か、二十着たるやう候ふ。さらにさらにいとけしからずおはしま
す。いま御堂に今日の事ども問はせ給はば、この女房の衣の数により、御勘当(=叱責)侍
らむずらむと思ひ給ふるこそ、いと苦しう候へ。宮々によき事候へば、うち笑ませ給ひて、
いとよしとおぼしめしたり。かやうの例ならぬ事候へば、まづ追ひたてさせ給ふに、いと軽々に候ふや。『大宮(=彰子)・中宮(=威子)は、女房のなり六つに過ぐさせ給はねばいとよし。
この御前なむ、いとうたておはします。』とこそは常に候ふめれ。」など申しおかせ給ひて、
出でさせ給ふ。女房達ゐすくみて、立つ心地いとわびし。……。
 またの日、御堂より、「関白殿、とく参らせ給へ。」とあれば、「何事にか。」とて、急ぎ参らせ給へれば、世間の御物語なりけり。……(頼通は)ありし事ども聞こえさせ給へば、(道長は)
いみじう腹立たせ給ひて「あさましう珍かなる事どもなりや。衣は七つ八つをだに安から
ぬ事と思へば、中宮・大宮などには皆申し知らせて、いみじき折節にもただ六つと定め申した
るを誤たせ給はぬに、この宮こそ事破りにおはしませ。」と過ぎたる事ののしらせ給ふ……。
                               (栄華物語)
(参考系図)
 道長(御堂)―彰子(大宮)
       ―頼通(関白殿、大臣)  
       ―妍子(御前、宮)
       ―威子(中宮)

問 本文の内容と合致するものを、①~⑤のうちから一つ選べ。
①頼通は、質素にするようにという道長の考えを理解してはいたが、姉妹たち全員に実行させるには至らなかった。
②彰子と威子は、妍子と異なり華美なふるまいをさけ、二十枚以内と決められていた女房の着物も六枚しか着せなかった。
③頼通は妍子にあらかじめ華美な服装をさけるように注意したが守ってもらえず、話を聞いた道長に叱られるはめになった。
④道長は子供の幸運を人一倍喜ぶ子煩悩な親であり、逆に彼らが言い付けを守らないような場合にはこんこんと諭した。
⑤万事が華美になっていた当時、夏の衣装が派手になるのは仕方がないとされたが、正月は地味にしているほうが奥ゆかしかった。



※内容合致問題では、対応箇所を探し吟味することがポイント!

【解答】①
【解説】
まず①から
・質素な服装を「姉妹全員に実行させるには至らなかった」は、前書きに「妍子」が華美であると書かれていることから、合っている。
 ポイント1にあるように、この主人公「頼通」の会話・行動に注目。
 妍子に対して、「今日の事、すべていと殊の外にけしからず……」と述べていることでもわかる。
・「けしからず」は重要古語
 ①異様だ・奇怪だ、②不都合だ・無差別だ、③常識外れだ、という意味。
 今回は、「不都合だ」、「常識外れだ」と訳して不自然ではない。
 ともに、妍子の服装を咎めていることになる。
・道長が彰子や威子に比して、妍子の華美な服装を常々注意していたことが分かる。
 とすると、①が正解になりそうだ。

また、③について
・ポイント6にあるように、主体・客体に注目すると、あらかじめ華美な服装を注意している主体を頼通としているので×。

②について
・ポイント5にあるように、「二十枚以内」という数に注目してみよう。
 なでふ人の衣か、二十着たるやう候ふ。
(どんな人の着物でも二十枚重ねて着ていることがありましょうか、いやありません)
 だから②は×
・この部分は、妍子が二十枚も着物を重ねるほどの、華美な服装を頼通が咎めているけれど、二十枚以内ならよいわけではない。最初に示した道長の発言の中にも、
『大宮(=彰子)・中宮(=威子)は、女房のなり六つに過ぐさせ給はねばいとよし。……』
とあるように、六枚を超えていないのでよいと述べている。ゆえに②は×

④について
・対応する部分を探すと、第二段落が対応している。
 言いつけを守らないことに対して、道長は、
「あさましう珍かなる事どもなりや。……事破りにおはしませ。」と過ぎたる事ののしらせ給ふ……
 と腹を立てている。
 ポイント4にもあるように、この部分の重要古語「ののしる」に注目すると、
 ののしる ①大声をあげる・騒ぐ、②(動詞のあとについて)大変~
 「ののしる」は④の選択肢中の「こんこんと諭した」に対応していない。
 ゆえに×

⑤について
・対応する部分を探すと、頼通の会話部分が対応している。
 「それは夏なれば事限りありて術なかりけり。」
 (それは夏なので(着重ねるにも)限度があるので仕方がなかった。)
 要するに、夏は暑いので沢山着ても限度があるが、冬はそれがなくなるから沢山着こむことになってよくないと言っている。
 ゆえに⑤も×
 結局、①が正解。

【解釈】
関白殿(=頼通)が(皇太后妍子の)御所にお入りになって、妍子様に申し上げなさる。「今
日の事は、すべてとても格別に不都合なふうになさった。この数年来、世の中がとてもこのようにぜいたくになっています。また先年の御堂の落成供養のときの皆様の女房の服装などは、
実にめずらしい(きらびやかな)事々でございましたが、それは夏なので(着重ねるにも)限度があるので仕方がなかった。どんな人の着物でも二十枚重ねて着ていることがありましょう
か(いやありません)。まったくまったく実に非常識でいらっしゃる。いま御堂(=道長)に
今日の事々をお問いになるならば、この女房の着物の数によって御叱責があるでしょうと存じ
ますことが、とても辛いことでございます。(御堂は)宮々に良いことがありますならば、微
笑みなさって、とてもよいことだとお思いになっています。このような異例なことがあります
ならば、真っ先にその場から立ち去らせなさるのに、全く軽率でございますなあ。『大宮(=
彰子)と中宮(=威子)は、女房の服装を六つ以上になさらないので実に結構だ。この御方(=
妍子)におかれましては、とても嘆かわしいことでいらっしゃる。』と(御堂は)常におっしゃっているようです。」などと申し置きなさって、(その場から)お出になった。女房達は、座ったままこわばった状態で、立ち上がる気持ちといったらとても辛い……。
 翌日、御堂から、「関白殿、はやく参上しなさい。」と(お呼び出しが)あるので、「何事で
あろうか。」と思って急いで参上なさると、様々なお話をなさった。……(頼通は)例の事々
を申し上げなさると、(御堂=道長は)ひどく立腹なさって「あきれるほど珍しい事々である
なあ。着物は七・八枚でさえ(重ねて着るのを)心穏やかでない事と思うので、中宮・大宮などには皆お知らせ申し上げて、大事な行事の時々にもただ六枚とお定め申し上げたことをお破りにならないのに、この宮(妍子)は規則違反でいらっしゃる」……と大げさに大声をおあげ
になる。
(塩沢一平・三宅崇広『きめる!センター 古文・漢文』学研、1997年[2016年版]、124頁~132頁)

<合格のための+α解説>
内容合致・不合致問題、主旨選択問題の選択肢は、内容理解の大きなヒント

……「次の文章を読んで後の問いに答えよ」という設問を真に受けてはいけない。
なぜなら、「文章を読んで」から設問に取りかかったとしても、(問題を解くためには)また最初に戻って読まなければならないから。
 当たり前だが、まず設問を読んで、何が問われていて、何に注意して本文を読むか、見当をつけること。
 たとえば、不合致問題なら、選択肢の一つ(ないしは二つ)を除いて、内容は本文と合致しているのだから、これを読めば内容のアウトラインの七・八割は分かるはず。

 また、内容合致問題にしても、不正解の選択肢の内容のすべてが合致していないのではなく、一部分が合ってないという選択肢がほとんど。やはりヒントになるはずだ。
※内容合致・不合致問題は、設問としては難しいけれど、逆に内容理解のヒントにもなるのだ!
(塩沢一平・三宅崇広『きめる!センター 古文・漢文』学研、1997年[2016年版]、133頁)

攻略法10  和歌関連問題①(和歌解釈の方法)



まずは、和歌解釈の方法を押さえること。
1五・七・五・七・七のリズムに分ける。
2文の終わりに相当する部分を見つけ、句点(。)をつける。
 ◆一番最後につく(句切れなし)。
 ◆句切れがある場合、句点(。)は複数つく。
 ◆倒置法の場合、結句末は、読点(、)になる。
<例>
 一方に袖や濡れまし。旅衣たつ日を聞かぬらみなりせば、
3句点(。)の前後を見比べて、その関係をつかむ。
 ①句点の後が、前の理由説明になっている。
  ⇒「というのも」「なぜなら」を補うと理解しやすい。
 ②句点の前後が、順接の関係になっている。
  ⇒「だから」などを補うと理解しやすい。
 ③句点の前後が、逆接の関係になっている。
  ⇒「しかし」「けれども」などを補うと理解しやすい。
 ④句点の前後が、倒置されている。

4解釈のヒントを見つける。
 ①ヒントは和歌の近くの文章中にある。
 ⇒和歌の前後にその和歌が詠まれる契機となった事柄が示される。
 ②ヒントは和歌の近くの和歌の中にある。
 ⇒複数の人物が和歌をやりとりする場合、贈られた歌の表現や内容をうけ、返歌を詠む。

5主体を表すことばがなければ、その動作の主体は詠み手自身。
 ⇒和歌は、自らの気持ちを凝縮した表現。

(塩沢一平・三宅崇広『きめる!センター 古文・漢文』学研、1997年[2016年版]、142頁~144頁)

修辞における「知的効果」の味わい方として、黒川行信『体系古典文法』(数研出版)において、次のように記している。
①物語の文脈、詞書などから作歌意図をつかむ
②五七五七七に分かち書きして、リズムや切れ字などを把握する
③枕詞、縁語、掛詞の代表例を覚えておく

(黒川行信『体系古典文法』数研出版、2019年[1990年初版]、138頁)

攻略法11 和歌関連問題②(掛詞の攻略法)


次に、和歌の修辞問題、(1)掛詞(かけことば)の攻略法について考えてみよう。
掛詞が分からないと、和歌の意味が理解できない場合もある。
●掛詞の特徴と見つけ方
①掛詞とは、同じ部分に重ねられた同音異義語で、一つの歌の中に複数のイメージを組み込んだ技法。
②上から読んで、急に意味が理解しにくくなる部分に掛詞がある。
⇒掛けられた双方の意味を解釈に反映しないと理解できない場合が多いため。
③物(現象事象)と心(心象人事)の掛詞が多い。
 <例> ながめ(「長雨」=現象と「ながめ」=心象」
 花の色はうつりにけりないたづらに我が身世にふるながめせし間に(古今集・巻二・小野小町)
 ふる(降る・経る)
 ながめ(長雨・眺め)
【現代語訳】
 桜の花の色はむなしく色あせてしまったことだなあ、長雨が降り続いて見ることもできずにいるうちに。そのように私の容色もむなしく衰えてしまったことだ、自分が生きてゆくことで物思いをしていた間に。
 
※和歌には、<表の意味>と<裏の意味>があることが多い。二つを橋渡ししているのが掛詞である。多くの場合、
●表の意味=自然物・地名
●裏の意味=人事・人の心情となる。
上記の小野小町の歌では、「長雨―降る」が自然物で表の意味、「眺め―経る」が人事で裏の意味ということになる。

4掛詞は双方の長さが違う場合もある。
 <例>おもひ(「思ひ」と「火」)
5清音・濁音の違いは許容される。
 <例>おほえ(「大江」と「覚え」)

※掛詞は平仮名で書かれることが多い。二つの漢字をあてるとすればどうなるかを考えることが、掛詞を見つけるコツである。
※掛詞は、つまり「ダジャレ」みたいなものと考えるとわかりやすい。

(塩沢一平・三宅崇広『きめる!センター 古文・漢文』学研、1997年[2016年版]、150頁~151頁、黒川行信『体系古典文法』数研出版、2019年[1990年初版]、136頁~138頁、仲光雄『古文上達 基礎編 読解と演習45』Z会出版、2006年[2020年版]、168頁~169頁)

掛詞の例題と練習問題


和歌の修辞としての掛詞の例題をみてみよう。
  あふことをいつともしらぬわかれぢはいづべきかたもなくなくぞゆく
                         (とりかへばや)

【問】この和歌には掛詞が用いられているが、その掛詞を含む句を、次の①~⑤のうちから一つ選べ。
 ①あふことを ②いつともしらぬ ③わかれぢは ④いづべきかたも ⑤なくなくぞゆく

【解法】
①この歌をリズム分けし、文の終わりに相当する部分を探すと、結句末に句点(。)をつけることができる。つまり、句切れはないから、ストレートに上から読んでいけばよい。
②次に掛詞の特徴である「突然意味が理解しにくくなる部分」を探すと、第四句と結句、「いづべきかたも」から「なくなくぞゆく」に移っていく部分で、意味が理解しにくくなっている。
⇒それは、「いづべきかたもなく」と「なくなくぞ行く」という文脈が、掛詞によって接合されているからである。
⇒「なくなく」の部分に、「無く」と「泣く泣く」とが掛けられている。

【解答】 ⑤

(塩沢一平・三宅崇広『きめる!センター 古文・漢文』学研、1997年[2016年版]、152頁~153頁)



掛詞の練習問題


掛詞の練習問題をみてみよう。
【問】次の和歌から掛詞を抜き出し、何と何が掛けられているかを説明せよ。

①秋の野に人まつ虫の声すなり我かと行きていざとぶらはむ (古今集)

②難波江(はにはえ)の葦(あし)のかりねのひとよゆゑみをつくしてや恋ひわたるべき
                             (千載集)

【解答】
①「まつ」に「松」と「待つ」を掛ける。

②「かりね」に「刈り根」と「仮寝」を掛ける。
 「よ」に「節(よ)」と「夜」を掛ける。
 「みをつくし」に「澪標」(みをつくし:水路標識)と「身を尽くし」を掛ける。
※掛詞を三つ含む。どれも覚えておくべきものである。
 ちなみに、「難波江の葦の」は序詞である。

【現代語訳】
①秋の野に人を待つ(かのように)松虫の声がするようだ。待っているのは我かと行って訪ねよう。
②難波の入り江の葦の刈り根の一節(ひとよ)ではないが、一夜(ひとよ)の仮寝のために、あの澪標のように身を尽くして恋い続けることだ。
(仲光雄『古文上達 基礎編 読解と演習45』Z会出版、2006年[2020年版]、169頁)


≪古文の読解~元井太郎『古文読解が面白いほどできる本』より≫

2024-02-12 19:00:15 | ある高校生の君へ~勉強法のアドバイス
≪古文の読解~元井太郎『古文読解が面白いほどできる本』より≫
(2024年2月12日投稿)

【はじめに】


  今回のブログでは、次の参考書をもとに、古文の読解について解説してみたい。
〇元井太郎『改訂版 元井太郎の古文読解が面白いほどできる本』KADOKAWA、2014年[2019年版]
 とりわけ、「おすすめの勉強法!」をはじめ、『源氏物語』「薄雲」を中心に、『栄花物語』 や本居宣長の『玉の小櫛』『玉勝間』について見ておく。あわせて和歌について『更級日記』の問題を取り上げてみた。そして『兵部卿物語』の一節から、センター試験の問題を紹介しておく。

 なお、著者の元井太郎先生のプロフィールについては、次のようにある。
【元井太郎先生のプロフィール】
東京大学大学院人文科学研究科、国語・国文学専攻博士課程満期退学
専攻は『源氏物語』
代々木ゼミナール古文科講師



【元井太郎『改訂版 元井太郎の古文読解が面白いほどできる本』KADOKAWAはこちらから】

元井太郎 改訂版 元井太郎の古文読解が面白いほどできる本





元井太郎『改訂版 元井太郎の古文読解が面白いほどできる本』
【目次】
第一講 本文読解の原則
原則① 主語・目的語をたどれ!
原則② 指示語の反射神経を高めろ!
原則③ 順接・逆接は“命”!
原則④ 言葉のかかり関係(主部―述部)がきかれるゾ!

第二講 さらに得点アップ!の原則
原則⑤ セリフのカッコ
原則⑥ 敬語を読みに使え!
原則⑦ 和歌は本文との関係!

第三講 “読解”を点数に結びつけろ!
実戦① 答え本文にあり! 本文たどって、選択肢と照合!
実戦② センターの問題が解けちゃった!
実戦③ おすすめの勉強法!




さて、今回の執筆項目は次のようになる。


・おすすめの勉強法!
・和歌について~『更級日記』より
・『源氏物語』「薄雲」
・『栄花物語』 の一節
・本居宣長の『玉の小櫛』
・本居宣長の『玉勝間』
・『兵部卿物語』の一節






おすすめの勉強法!


〇「はじめに」(4頁~5頁)において、
・本書の内容をとりあえずたどって読むことをすすめている。
 通読することで、大学側が要求している古文読解のイメージと、本番で点をとるイメージをつかんでほしいという。
 (古文の苦手な方や、高一・高二の方などは、例題の全文訳をはじめに見てもかまわない)
 1か月で2~3回ほど通読してみるぐらいのペースがよい。(暗記のコツは、くり返し!)
・本番レベルの得点分析から、効率よい勉強法のイメージを自分なりにつかんでもらうのが、本書の意図することだとする。

・受験生に贈る言葉
「苦悩のあとの歓喜を」(L.V.ベートーヴェン・第九、というかシラー)
「明けない夜はない」(W.シェークスピア)
「汝は汝の汝を生きよ。汝は汝の汝を愛せ」(M.スティルナー)

〇「第三講 “読解”を点数に結びつけろ! 実戦③ おすすめの勉強法!」(309頁~318頁)において、次のように述べている。

<視点>
・本番で高得点するために、いかに古文を短時間の勉強量でこなし、他教科に時間をまわせるか!
 本番で、いかに速く正解できるか?が問われている。

<勉強法>
①各教科の基礎をザット覚える。
(反復復習が有効。ある程度わかったら、本番レベルの設問分析と並行して、基礎を引き続き定着させる。基礎だけ独立して学習しようとしない)
②第一志望レベルの問題で、得点に至る過程を分析する。
③出題のパターン性を、問題量をこなす中でつかむ。
④復習を中心に制限時間を意識し、本番で得点できるイメージを作り上げていく。

※基礎をふまえた具体的な問題から、自分なりに得点できるアプローチを作ることが大事。
 「自分なりに」つかんだ方法でないと、本番で使えない。
 他人のマネをしても、本番では得点できない。“自力本願”あるのみ。
(抽象的な方法論に走ってはいけない。具体的な問題をこなしていく中で、自然と自分なりのアプローチがつかめてくるはずである)
 
〇おすすめの学習要素
1 まずは、本番第一志望レベルの問題(過去問・受けない他学部の過去問・同レベル他大の過去問など)を、解くか解かないかの中間ぐらいで分析
・全訳があったら活用する。
 全訳を活用して、全文の主語、目的語を拾いだす。
 つまり、直訳のために全訳を使うのではなく、文脈のために全訳を活用する。
 わかった文脈で、古文の全文をザットたどる。
・設問の正解・解答を活用する。
 正解の本文根拠を、正解そのものが本文のどこにどうあるか? という視点で本文をチェックする。
・選択肢の研究
 正解の選択肢の本文根拠だけでなく、不正解の選択肢の本文根拠もさぐる。
 選択肢の現代語の言いまわしと古文の単語・文法を照合しておく。
 選択肢の横の構成ポイントを切ってみて、量をこなす。

<問題分析のガイドライン>
①全訳で文脈(主語・目的語)を通し、本文の全体的な話をつかむ。
②全訳で通した文脈を、古文の本文でたどる。
 訳的にわからないところは、すぐ全訳を見て照合する。
③設問の正解をチェック(問題を解かない)
④選択肢の分析(できたら、「出題意図は何?」とさぐる)
⑤正解・不正解の根拠を、本文でチェック
⑥本文根拠と、設問の傍線の関係を分析
(この段階で出題意図がわかることが多い)

2 復習をメインにする。(本番での“解けるイメージ”を固めること)
・まっ白い本文でなく、根拠をチェックした本文をたどり直す。
(本文の文脈を古文的に読み直しながら、対応するところでは、“目のとばし” (斜め読み)
を練習し、古文の読み慣れ、速読を心がける)
・設問にからんでいない単語・文法を、読み込みながら覚えようとする。
・一回の復習(チェックしたあとの“読み込み”)は、30分以内をメドとする。
(とにかく一回で復習し切ろうとしない。何度も反復する中で具体的につかもうとすることを心がける)
・“読み込み”のための問題の量をためる。
(慣れるまでは、数題の同じ問題をくり返す。慣れてきたらどんどん問題量を増やし、反復して“読み込む”)
・選択肢と本文根拠を、“読み込み”の中で、何度も照合する。
・メインの教科の合い間に、古文の“読み込み復習”をさし込む。
(最低一日一回は、古文の速読をやる。チェックしてある本文だから、時間もかからない)

※これらの要素に留意して、生活にとりいれること。
 初めは手ごたえがないので悩むかもしれないが、一か月は続けてみて、効果を測ってみること。
 実験心理学で「フィード・バック」という。
 「人間の記憶容量を保つには、くり返しが最も効果ある」ことは、実証されている。
 これにもとづいた復習法がよい。

(元井太郎『改訂版 元井太郎の古文読解が面白いほどできる本』KADOKAWA、2014年[2019年版]、4頁~5頁、309頁~318頁)

和歌について


和歌の勉強法
〇暗記系(縁語・掛詞・枕詞・序詞)は基本としてザットおさえておく(但し、配点は低い)
〇大学の出題意図は、「文全体の構造における和歌の対応関係」である。
(元井太郎『改訂版 元井太郎の古文読解が面白いほどできる本』KADOKAWA、2014年[2019年版]、194頁~196頁)

例題として、『更級日記』を取り上げている。
次の文章を読んで、後の問いに答えよ。

継母なりし人は、宮仕へせしが下りしなれば、思ひしにあらぬことどもなどありて、世の中うら
めしげにて、外にわたるとて、五つばかりなる児どもなどして、「あはれなりつる心のほどなむ、忘れむ世あるまじき」など言ひて、梅の木の、つま近くていと大きなるを、「これが花の咲かむをり
は来むよ」と言ひおきてわたりぬるを、心のうちに恋しくあはれなりと思ひつつ、しのびねをのみ
泣きて、その年もかへりぬ。いつしか梅咲かなむ、来むとありしを、さやあると、目をかけて待ち
わたるに、花もみな咲きぬれど、音もせず。思ひわびて、花を折りてやる。
  A 頼めしをなほや待つべき霜枯れし梅をも春は忘れざりけり
と言ひやりたれば、あはれなることども書きて、
  B なほ頼め梅のたち枝は契りおかぬ思ひのほかの人も訪ふなり
                         『更級日記』<四天王寺国際仏教大・文>

問一 A・Bの歌の句切れとして適切なものをそれぞれ次の中から選べ。
   ①初句切れ ②二句切れ ③三句切れ ④四句切れ

問二 本文中A「頼めしを」の和歌の解釈で、正しいものはどれか。
①頼みにしていた梅の花は霜枯れて、春がきたというのにまだ咲いてくれない。まだ待ちつづける
 ことになるのか。
②頼みにしていた春は忘れずに来たのに、梅は霜枯れて咲かず、待ち続けていた人もまだ訪れて
 こないのか。
③霜枯れていた梅にも春は訪れて花を咲かせたのに、約束したあなたはまだ来ない。まだ待ちつづ
 けなければならないのか。
④霜枯れていた梅の花も待ったかいあって春とともに花ひらいた。やがてあなたもたずねて来るこ
 とであろう。

【解説と解答】
大学側が求めていることは、本文の対応を、基礎をふまえてザット見抜くこと。
<問一の解説>
・Aは「や~べき」の“文中の係り結び”に注目。
・Bは「頼め」(四段活用「頼む」の命令形)の命令形に注目。
<問一の解答>
・Aは②(二句切れ)、Bは①(初句切れ)

<問二の解説>
メインの人物は、「筆者と継母(二人は仲良し)」の二人のみ。
⇒「主語・目的語のたどり」は簡単!

・選択肢の系列を見抜くこと! 
 ●①②⇒「梅咲かない」
 ●③④⇒「梅咲いた」
☆「和歌と本文との関係」として、Aの和歌の下の句「梅をも春は忘れざりけり」の本文対応をさぐると、ℓ.6「花もみな咲きぬれど」と対応していることがわかる。
 ⇒和歌A「梅」―――ℓ.6「花(=梅)」がヒントのキーワード
ここで、選択肢を、この本文対応を根拠に照合して、①②即消し。

③と④を比較すると、③の「約束」「~ならないのか(疑問)」の二点が、本文と対応している。
(1) 約束 
  選択肢 ③「約束したあなた」
   ⇕ ≪照合≫
  本文 ●ℓ.7 和歌A「頼めし」 ●ℓ.5「(継母は)来むとありし」 ●ℓ.3~ℓ.4 (継母カッコ)「これが花の咲かむをりは来むよ」(継母と筆者の約束)

(2)  ~ならないのか(疑問)
選択肢 ③「~ならないのか」
   ⇕ ≪照合≫
  本文 ●ℓ.7 和歌A「~や~べき」(疑問の係り結び)

<問二の解答> ③

【試験にでる! 単語・文法・熟語】
・「世の中」 (名)男女の仲
・「いつしか」 (副)早く~したい(~してほしい)
・「咲かなむ」<未然形+「なむ」(あつらえ 終助詞>人に~してほしい
・「頼めし」下二段活用「頼む」の連用形([人を]頼みに思わせる)+助動詞・過去「き」の連体形
・「頼め」四段活用「頼む」の命令形 依頼する

【全文訳】
継母であった人は、宮仕えしてた人が、父と結婚して上総(かずさ)に下ったので、継母が思っていたのとは違ったことなどがあって、父との夫婦仲がうまくいかず、離婚してほかのところへ行くということで、五歳ほどである子どもなどを連れて出て行くことになり、そのときに、継母は私に「あなたのしみじみと優しかった心を忘れることはありませんでしょう」などと言って、梅の木で、軒先近くて大きな木をさして、「この梅の木の花が咲くときには来ましょう」と私に言いおいて出て行ったので、私は心の中で「継母が恋しく悲しい」と何度も思っては、しくしくと泣いて、その年も明けて新年になった。新年になって私は「早く梅が咲いてほしいなあ。梅が咲いたら継母は来ようと言っていたけれど、本当に来てくれるかしら」と思い、梅の木を注意して花が咲くのをずっと待っていたが、梅の花はみんな咲いたけれど、継母からは、なんの音沙汰もない。私は、困って、梅の花を折ってその枝に次の歌をつけて、継母のところに送った。
  頼めしをなほや待つべき霜枯れし梅をも春は忘れざりけり
(あなたが私に頼みに思わせた約束を依然として待つのがよいのでしょうか。去年の冬は霜に枯れていた梅も、今では春を忘れず花を咲かせたことです)
と言いやったところ、継母は返事にしみじみとしたことを書いて、
  なほ頼め梅のたち枝は契りおかぬ思ひのほかの人も訪ふなり
  (依然として信頼しなさい。あなたの家の梅の木には約束していない意外な人[恋人]もやってくるのです)

(元井太郎『改訂版 元井太郎の古文読解が面白いほどできる本』KADOKAWA、2014年[2019年版]、198頁~205頁)

『源氏物語』「薄雲」


『源氏物語』「薄雲」
次の文章は、『源氏物語』「薄雲」の巻において、源氏がわが子明石の姫君を紫の上の養女にするために、明石の上と姫君の母子が住んでいる大堰(おおい)の山荘を訪れ、明石の上が姫君と別れるところである。これを読んで、後の問いに答えよ。

 この雪すこしとけて渡りたまへり。例は待ちきこゆるに、さならむとおぼゆることにより、胸う
ちつぶれて人やりならずおぼゆ。「わが心にこそあらめ。辞びきこえむを強ひてやは。あぢきな」と
おぼゆれど、軽々しきやうなりとせめて思ひかへす。いとうつくしげにて前にゐたまへるを(a)見た
まふに、おろかには思ひがたかりける人の宿世かなと思ほす。この春より生ほす御髪、尼のほどに
てゆらゆらとめでたく、つらつき、まみのかをれるほどなどいへばさらなり。よそのものに思ひや
らむほどの心の闇、(b)推しはかりたまふにいと心苦しければ、うち返しのたまひ明かす。「何か、かく口惜しき身のほどならずだにもてなしたまはば」と聞こゆるものから、(c)念じあへずうち泣くけはひあはれなり。
 姫君は、何心もなく、御車に乗らむことを急ぎたまふ。寄せたる所に、母君みづから抱きて出で
たまへり。片言の、声はいとうつくしうて、袖をとらへて乗りたまへと引くもいみじうおぼえて、
  末遠きふたばの松にひきわかれいつか木だかきかげを見るべき
えも言ひやらずいみじう泣けば、さりや、あな苦しと(d)思して、
  「生ひそめし根もふかければ、たけくまの松にこまつの千代をならべん
のどかにを」と慰めたまふ。さることとは思ひ静むれど、えなんたへざりける。乳母、少将とてあ
てやかなる人ばかり、御佩刀(みはかし)、天児(あまがつ)やうの物取りて乗る。副車(ひとだまひ)、よろしき若人、童など乗せて、御送りに参らす。道すがら、とまりつる人の心苦しさを、いかに、罪や得らむと(e)思す。
                           『源氏物語』<立教大・文>

(注)
・尼のほど――「尼そぎ」といって肩にかかっているぐらいの長さで切り揃えた髪型。
・心の闇――人の親の心は闇にあらねども子を思ふみちにまどひぬるかな(後撰集・雑一・藤原兼輔)を踏まえた表現。
・たけくまの松(武隈の松)――現宮城県岩沼市の旧国府の跡にあったといわれている。ふたまたの松。
・御佩刀――姫君の守り刀。
・天児――幼児の魔除けの人形。
・副車――随行者の乗る車。

問 傍線部(a)~(e)はそれぞれだれの動作・行為か。次の中から最も適当なものを選び、番号で答えよ。
 ①源氏 ②明石の上 ③明石の姫君 ④少将

【解答】
 (a)-① (b)-①  (c)-② (d)-① (e)-①

(元井太郎『改訂版 元井太郎の古文読解が面白いほどできる本』KADOKAWA、2014年[2019年版]、174頁~182頁)

【全文訳】
源氏は、この雪が少しとけてから渡りなさる。いつもは源氏の訪れを(楽しみに)待ち申し
上げるけれど、今回は、姫君をひき取るためだと思われるので、明石の君は、胸がつぶれるよ
うで、全く自分のせいでこうなったのだと思われる。明石の君は「私の心しだいなのであろう。姫君を渡すのを拒否し申し上げるのを源氏が無理に引き取りはなさらないだろう。拒否しなかったのはつまらないことだ」と思われれるけれど、今さら断るのは軽々しいことだと強いて思い返す。姫君がたいそうかわいらしく前にいなさるのを源氏が見なさるにつけ、「いいかげんには思えない明石の君との運命だな」と源氏は思いなさる。この春からのばしなさる姫君の髪は、尼そぎのほどでゆらゆらとしてすばらしく、頬のふっくらとした様子や、目つきの美しさなど、かわいらしいことは言うまでもない。他人に手ばなすことを考える母明石の君の親心を、源氏が推測なさると、たいそう気の毒なので、何度も説明しなさる。明石の君は「なんで悲しみましょうか。私のように卑しい身分でないようにさえ、姫君を扱いくださるならば(本望です)」と申し上げるけれど、明石の君ががまんできず泣く様子は、しみじみとかわいそうである。
 姫君は、何も考えず、御車に乗ることを急ぎなさる。車を近づけたところに、母明石の君みずから抱いて出なさる。姫君の片言の声はたいそうかわいらしく、明石の君の袖をつかんで引っぱるのも明石の君はたいそう悲しく思われて、
 末遠き~(生い先の遠い幼い姫君に、今別れて、いつになったら成長した姫の姿を見ることができるのでしょうか)
と言い切ることもできず明石の君がたいそう泣くので、「そうだなあ、ああ気の毒だ」と源氏は思いなさって「生ひそめし~(私と明石の君との因縁は深いので、いつかは三人で暮らせるようにしよう)だから気楽に待っていておくれ」となぐさめなさる。明石の君は「そうなることだ」と思い静めるけれど、悲しみを我慢できない。姫君の乳母の少将といって、美しい女房だけが、姫君の守り刀や人形のようなものを持って車に乗る。別の車に、まあ美しい女房や、童などを乗せて御送りに参上させる。源氏は、途中で、残った明石の君の気の毒さを「どうであろうか、私は罪をえてしまうことをしたのではないだろうか」とお思いなさる。
(元井太郎『改訂版 元井太郎の古文読解が面白いほどできる本』KADOKAWA、2014年[2019年版]、181頁~182頁)

『栄花物語』の一節


『栄花物語』
次の文章は『栄花物語』 の一節である。
藤原伊周(これちか)・隆家兄弟は、藤原道長との政争に敗れて、伊周は播磨に、隆家は但馬に配流されている。これを読んで、後の問いに答えよ。

 はかなく秋にもなりぬれば、世の中いとどあはれに、荻吹く風の音も、遠きほどの御けはひのそ
よめきに、おぼしよそへられにけり。播磨よりも但馬よりも、日々に人参り通ふ。北の方の御心地
いやまさりに重りにければ、ことごとなし。「帥殿今一度見奉りて死なむ死なむ」といふことを、
寝てもさめてものたまへば、宮の御前もいみじう心苦しきことにおぼしめし、この御はらからの
主たちも、「いかなるべきことにか」と思ひまはせど、なほ、いと恐ろし。北の方はせちに泣き恋ひ
奉り給ふ。見聞き奉る人々もやすからず思ひ聞こえたり。
 播磨にはかくと聞き給ひて、「いかにすべきことにかはあらむ。事の聞こえあらば、わが身こそは
いよいよ不用のものになりはてて、都を見でやみなめ」など、よろづにおぼしつづけて、ただ、と
にかくに御涙のみぞひまなきや。「さばれ、この身は、またはいかがはならむとする。これにまさる
やうは」とおぼしなりて、「親の限りにおはせむ見奉りたりとて、おほやけもいとど罪せさせ給ひ、
神仏もにくませ給はば、なほ、さるべきなめりとこそは思はめ」とおぼしたちで、夜を昼にて上り
給ふ。
 さて、宮の内には事の聞こえあるべければ、この西の京に西院といふ所に、いみじう忍びて夜
中におはしたれば上も宮もいと忍びてそこにおはしましあひたり。この西院も、殿のおはしまし
し折、この北の方の、かやうの所をわざと尋ねかへりみさせ給ひしかば、その折の御心ばへどもに思ひてもらすまじき所を、おぼしよりたりけり。母北の方も、宮の御前も、御方々も、殿も見奉り
かはさせ給ひて、また、いまさらの御対面の喜びの御涙も、いとおどろおどろしういみじ。上は、
かしこく御車に乗せ奉りて、おましながらかきおろし奉りける。いと不覚になりにける御心地なり
けれど、よろづ騒がしう泣く泣く聞こえ給ひて、「今は心安く死にもし侍るべきかな」と、よろこび
聞こえ給ふも、いかでかはおろかに。あはれに悲しとも世の常なりや。
                                  <センター本試>

(注)
帥殿――伊周のこと。
宮の御前――伊周の妹、中宮定子。
御はらからの主たち――北の方の兄弟。
宮の内――中宮定子の居所。
上――伊周の母、北の方のこと。
殿――伊周の父、故藤原道隆のこと。

問 傍線部「その折の御心ばへどもに思ひて」の解釈として最も適当なものを、次の①~⑤のうちから一つ選べ。
①西院の人々は、北の方が隠れ家として準備していたことを遠慮して、
②西院の人々は、道隆と北の方が住んでいたことを懐かしんで、
③西院の人々は、北の方が目をかけてくれたことに感謝して、
④伊周は、北の方が隠れ家を準備してくれていたことに感じ入って、
⑤伊周は、北の方が西院に目をかけてくれたことを思い出して、

【解答】

【解説】
・「思ひ」には敬語が使われていない。だから、「思ひ」の主語はえらくない人だとわかる。
 傍線部の前後を見てみると、直前の「西院(の人々)」が、ほぼ唯一えらくない人である。
 選択肢にもどり、主語がえらい「伊周」となっている④と⑤を即消す。
 傍線部の前後に目をとばすと、直前「この北の方の、かやうの所(=西院)をわざと尋ねかへりみさせ給ひ」が、北の方の動作として一致している。(敬語「させ給ひ」がはっきり使われている)
 ①②③で、本文に最も近いのは、③「目をかけてくれた(=「尋ねかへりみ」)」と照らし合わせて正解を導く。

【全文訳】
 はかなく秋にもなったので、あたりの様子はますますしみじみとして、荻に吹く風の音も、
遠くはなれたお二人の子どものご様子を送ってくるようにそよめいて、思わず思いが加わりな
さった。播磨からも但馬からも、日々に使いの人々が都に参上する。母の北の方のご病状はどんどん重くなったので、そのほかのことは何もなく病の心配ばかりである。「帥殿を今一度見申し上げてから死のう」ということを北の方が寝てもさめてもおっしゃるので、中宮様もたいそうお気の毒なことと思いなさり、北の方のご兄弟たちも、「(北の方の願いを実現したら)いったいどうなることだろうか」と思いをめぐらせるけれど、やはり恐ろしい。北の方は、ひたすら帥殿を泣き恋い申し上げなさる。周りで見聞き申し上げる人々も不安に思い申し上げた。
 播磨にいる帥殿も、北の方が重病で自分に会いたがっていると聞きなさって、「いったいどうすればよいのであろうか。(もし実現して)朝廷に噂が聞こえることがあるならば、わが身はますますひどいことになりはてて、都を再び見ることなく終わることになるだろう」など、帥殿はさまざまに思い続けなさり、ただもう、あれやこれやとお涙を流すばかりである。「ええい、どうにでもなれ、この身は、これ以上どうなるというのだ。このひどい状況にまさることなどない」とお考えになるようになり、「親が臨終でいらっしゃるのを見申し上げたからといって、朝廷もますます罰しなさり、
神仏も私をにくむことになりなさるならば、やはりそうなるはずの前世からの運命なのだと思おう」と決心なさって、夜に昼をついで急いで上京なさる。
 そうして、宮の内では評判が立ってしまうだろうから、西の京の西院というところに、たいそうこっそりと夜中に帥殿がいらっしゃったので、北の方も中宮様もたいそうこっそりと西院で落ち合いなさった。この西院も、殿が生きていらっしゃった頃、この北の方が、この西院のようなところを特に目をかけなさっていたので、西院の人々もその頃の北の方のお心に感謝して秘密をもらすはずのないところを、帥殿も思いつきなさったのであった。母北の方も、中宮様も、そのほかの方々も、帥殿も顔を見かわし申し上げなさって、また今さらのご対面で流す涙も、たいへんなもので悲しい。北の方は、(ご病気なので)うまく御車に乗せ申し上げて、そのお席のままだきおろし申し上げた。全く意識のないようなご病状であったけれど、何やら騒がしく泣きながら申し上げなさって、「今は安心して死にますことができるよ」と北の方がよろこんで申し上げなさるのも、人々は、並たいていの気持ちでいられようか。しみじみと悲しいといったくらいでは言いたりないほどである。


(元井太郎『改訂版 元井太郎の古文読解が面白いほどできる本』KADOKAWA、2014年[2019年版]、61頁~70頁、121頁~126頁)

本居宣長の『玉の小櫛』


本居宣長の『玉の小櫛』
次の文は本居宣長が『源氏物語』について論じたものである。
 よく読んで後の問いに答えよ。

 ここらの物語書どもの中に、この物語(源氏物語)はことに優れてめでたきものにして、おほか
た先にも後にも類なし。まづ、これより先なる古物語どもは、何事も、さしも深く、心を入れて書けりとしも見えず。ただ一わたりにて、或るは珍らかに興あることをむねとし、おどろおどろしき
さまのこと多くなどして、いづれもいづれも、もののあはれなる筋などは、さしも細やかに深くは
あらず。また、これより後のものどもは、狭衣などは、何事も、もはらこの物語のさまを習ひて、
心を入れたりとは見ゆるものから、こよなくおとれり。その他も皆異なることなし。ただこの物語
ぞ、こよなくて、殊に深く、よろづに心を入れて書けるものにして、すべての文詞のめでたきこと
は、さらにも言はず、~(略)~
                             『玉の小櫛』<上智大・文>

問 傍線部「心を入れたりとは見ゆるものから、こよなくおとれり」はどのような意味か。
①心を込めて作っているらしいから、ほんのわずかの劣り方だ。
②入念に作っているようだから、まったく劣る点がないといえる。
③気持を打ち込んで作っているように見えるが、少々劣っている。
④丹精して作っているとは思うけれども、できばえは甚だしく劣っている。

【解答】


【全文訳】
多くの物語の中で、この物語(源氏物語)は特にすぐれてすばらしいもので、全く先にも後
にも例がない。まず、源氏物語以前の古物語などは、何事においても、そんなに深く熱心に書
いているとは思われない。ただひととおりに書いているだけで、あるものは珍しくおもしろいことを中心とし、大げさなことが多かったりして、いずれも物事の情趣の点では、たいして細やかで深くはない。また源氏物語以後のものは、狭衣物語などは、何事も、ひたすらこの源氏物語の様子をまねして、熱心に書いているとは思われるけれど、この上なく劣っている。そのほかの物語も、みな大して特筆すべきことはない。ただこの源氏物語こそが、この上なく、特に深く、さまざまに熱心に書いているものであって、全く表現のすばらしいことは言うまでもなく、~
(元井太郎『改訂版 元井太郎の古文読解が面白いほどできる本』KADOKAWA、2014年[2019年版]、55頁~60頁)

本居宣長の『玉勝間』


【補足】『玉勝間』
次の文章を読んで、後の問いに答えよ。
 うまき物食はまほしく、よき衣(きぬ)着まほしく、よき家に住ままほしく、たから得まほしく、
人に尊まれまほしく、命長からまほしくするは、皆人のまごころなり。( )、これらを皆よからぬことにし、~(略)~
                           『玉勝間』<龍谷大・文>

問 (  )の中には接続語が入るが、次のうちから最も適当なものを一つ選べ。
 ①さて ②しかるに ③なほ ④しかのみならず ⑤かくして



【解答】

【解説】
〇原則~傍線・空欄の前後の+(プラス)・-(マイナス)をさぐれ!
 空欄の前後は、「~皆人のまごころなり。( )、これらを皆よからぬことにし」となっている。
 +(プラス)・-(マイナス)がハッキリと出ている。
 まごころ=+(プラス)、よからぬこと=-(マイナス)
 ⇒だから、空欄には逆接の言葉が入ることがわかる。
・設問の選択肢
 ①さて=そうして、単純接続・順接
 ②しかるに=そうではあるけれども、接続詞・逆接
 ③なほ=やはり、副詞・逆接
 ④しかのみならず=そうであるだけでなく、限定
 ⑤かくして=こうして、単純接続・順接
 本文は「強い逆接」であるから、接続詞「しかるに」のほうが妥当。

【単語・文法・熟語】
・まほしく=助動詞、希望「まほし」の連用形(未然形に接続)、~したい

【全文訳】
 うまいものを食べたいと思い、よい着物を着たいと思い、よい家に住みたい、宝を手に入れたい、人から尊敬されたい、長生きしたいと思うのは、人々の本心である。けれども、これらをみなよくないこととし、~
(元井太郎『改訂版 元井太郎の古文読解が面白いほどできる本』KADOKAWA、2014年[2019年版]、75頁~77頁)



『兵部卿物語』の一節


『兵部卿物語』

次の文章は『兵部卿(ひょうぶきょう)物語』の一節である。
 兵部卿の宮の恋人は宮の前から姿を消し、「按察使(あぜち)の君」という名で右大臣の姫君のもとに女房として出仕した。宮はそれとは知らず、周囲の勧めに従って右大臣の姫君と結婚した。
 以下の文章はそれに続く場面である。これを読んで、後の問に答えよ。

 かくて過ぎゆくほど、御心のこれに移るとはなけれど、おのづから慰むかたもある(a)にや、昼
なども折々は渡らせ給うて、碁打ち、偏継ぎなど、さまざまの御遊びどもあれば、按察使の君は
宮の御姿をつくづくと見るに、かの夜な夜なの月影に、さだかにはあらねど見し人に違ふところ
なければ、「世にはかかるまで通ひたる人に似たる人もあるにや」と思ふに、見慣るるままには、
物のたまふ声、けはひ、様体、みなその人なれば、あまり心ひとつに思ふ心もとなくて、侍従に
しかじかと語り給へば、「さればよ、我もいと不思議なることども侍り。かのたびたびの御供に
候ひし蔵人とかや言ひし人、ここに候ひて、ことさら『宮の御乳母子なり』とて、人も(ア)おろか
ならず思ふさまなり。昨日も内裏へ参らせ給ふとて、出でさせ給ふを見侍れば、たびたびの御文
もて往にたる御随身も、『御前駆追ふ』とて忙はしげなるさまにて候ひしは、かの中将は仮の御
名にて、宮にてぞおはしましけんや」と。
 いとど恥づかしく悲しくて、「さもあらば見つけられ奉りたらん時、いかがはせん。跡はかなく
聞かれんとこそ思ひしを、かかるさまにて見え奉らん、いと恥づかしきことにも」と、今さら苦
しければ、宮おはします時はかしこうすべりつつ見え奉らじとすまふを、「人もいかなることに
かと見とがめんか」と、これも苦しう、(A)「とてもかくても思ひは絶えぬ身なりけり」と思ふには、
例の、涙ぞまづこぼれぬる。
 ある昼つかた、いとしめやか(b)にて「宮も今朝より内裏におはしましぬ」とて、人々、御前にて
うちとけつつ、戯れ遊び給ふ。姫君は寄り臥し、御手習ひ、絵など書きすさみ給うて、按察使の
君にもその同じ紙に書かせ給ふ。さまざまの絵など書きすさみたる中に、籬に菊など書き給うて、
「これはいとわろしかし」とて、持たせ給へる筆にて墨をいと濃う塗らせ給へば、按察使の君、に
ほひやかにうち笑ひて、その傍らに、  
  (B)初霜も置きあへぬものを白菊の早くもうつる色を見すらん
と、いと小さく書き付け侍るを、姫君もほほ笑みつつ御覧ず。
 をりふし、宮は音もなく入らせ給ふに、御硯なども取り隠すべきひまさへなく、みなすべり
ぬるに、姫君もまぎらはしに扇をまさぐりつつ寄りゐ給ふ。按察使の君は、人より異にいたう苦しくて、御几帳の後ろよりすべり出でぬるを、いかがおぼしけむ、しばし見やらせ給ひて、かの
跡はかなく見なし給ふ人のこと、ふと思し出でつつ恋しければ、過ぎ(c)にしことども繰り返し思ほ
し出でつつ寄り臥させ給ふに、御硯の開きたる、引き寄せさせ給へば、ありし御手習ひの、硯の
下より出でたる取りて見給ふに、姫君はいと恥づかしくて顔うち赤めつつ、傍らそむき給ふさま、
(イ)いとよしよししくにほひやかなり。
 宮つくづくと御覧ずるに、白菊の歌書きたる筆は、ただいま思ほし出でし人の、「草の庵」と
書き捨てたるに紛ふべうもあらぬが、いと心もとなくして、「さまざまなる筆どもかな。誰々ならん」など、ことなしびに問はせ給へど、(ウ)うちそばみおはするを、小さき童女の御前(d)に候ひしを、「この絵は誰が書きたるぞ。ありのままに言ひなば、いとおもしろく我も書きて見せなん」とすかし給へば、「この菊は御前なん書かせ給ふ。『いと悪し』とて書き消させ給へば、わびて、按察使の君、この歌を書き添は給うつ」と語り聞こゆれば、姫君は「いと差し過ぎたり」と、(C)恥ぢらひおはす。
                          『兵部卿物語』<センター本試>

(注)
・御心のこれに移る――兵部卿の宮のお気持ちが右大臣の姫君に傾く。
・偏継ぎ――漢字の偏や旁(つくり)を使った遊び。
・侍従――按察使の君の乳母の娘。
・乳母子――乳母の子ども。
・すべりつつ――そっとその場を退いて。
・籬(ませ)――垣根。
・御硯――硯や筆、紙などを入れる箱。
・「草の庵」と書き捨てたる――按察使の君が姿を消す前に兵部卿の宮に書き残した和歌の筆跡。

問一 傍線部(ア)~(ウ)の解釈として最も適当なものを、次の各群の①~⑤のうちから、それぞれ一つずつ選べ。
(ア) おろかならず思ふさまなり
①賢明な人だと思っている様子だ
②言うまでもないと思っている様子だ
③いいかげんに思っている様子だ
④並一通りでなく思っている様子だ
⑤理由もなく思っている様子だ

(イ) いとよしよししくにほひやかなり
①実に風情があり、良い香りが漂っている
②実に才気にあふれ、魅力的な雰囲気である
③実に上品で、輝くような美しさである
④実にものものしく、威厳に満ちた様子である
⑤実に奥ゆかしく、高貴な育ちを感じさせる

(ウ) うちそばみおはする
①ただ寝たふりをしていらっしゃる
②ちょっと横を向いていらっしゃる
③近くの人と雑談をしていらっしゃる
④内心不愉快な思いでいらっしゃる
⑤何かに気を取られていらっしゃる

問二 波線部(a)~ (d)の「に」の文法的説明の組合せとして正しいものを、次の①~⑤のうちから、一つ選べ。
①(a) 接続助詞 (b)格助詞  (c)完了の助動詞  (d)断定の助動詞
②(a) 接続助詞 (b)格助詞  (c)断定の助動詞  (d) 断定の助動詞
③(a) 格助詞 (b) 形容動詞の活用語尾 (c)完了の助動詞  (d) 断定の助動詞
④(a) 断定の助動詞  (b) 形容動詞の活用語尾 (c) 断定の助動詞 (d) 格助詞
⑤(a) 断定の助動詞 (b) 形容動詞の活用語尾 (c) 完了の助動詞  (d) 格助詞

問三 傍線部(A)「とてもかくても思ひは絶えぬ身なりけり」とあるが、按察使の君がそのように嘆く直接の原因の説明として最も適当なものを、次の①~⑤のうちから一つ選べ。
①宮に自分の存在を知られないよう気を遣いながら、女房たちに不審がられないよう取り繕わなければならないこと。
②宮への思いを捨てられないにもかかわらず、右大臣の姫君の信頼を裏切らないようにしなければならないこと。
③宮に自分の苦悩を知ってほしいと願いながら、二人の関係を誰にも気づかれないようにしなければならないこと。
④宮が身分を偽っていた理由をつきとめたいと思う一方で、宮には自分の存在を隠し通さなければならないこと。
⑤宮の姿を見ないよう努めながら、宮と自分の関係を知る侍従に不自然に思われないようにしなければならないこと。

問四 傍線部(B)「初霜も置きあへぬものを白菊の早くもうつる色を見すらん」という和歌の説明として最も適当なものを、次の①~⑤のうちから一つ選べ。
①兵部卿の宮に夢中になっている新婚の姫君に対して、「初霜もまだ降りないのに、どうして白菊は早くも別の色に染まっているのだろうか」と、冷やかして詠んだ。
②宮仕えで気苦労が絶えないことを姫君に打ち明けたくて、「初霜もまだ降りないけれど、白菊は早くもよそに移りたがっているようだ」と、暗示するように詠んだ。
③描いた白菊を姫君がすぐに塗りつぶしてしまったことに対して、「初霜もまだ降りないのに、どうして白菊は早くも色変わりしているのだろうか」と、当意即妙に詠んだ。
④白菊を黒い色に塗り替えた姫君の工夫を理解して、「初霜もまだ降りないけれど、庭の白菊は早くも枯れそうな色に染まってしまったようだ」と、臨機応変に詠んだ。
⑤色を塗り替えられた白菊から容色の衰えはじめた女性の姿を連想して、「初霜もまだ降りないのに、どうして白菊は早くも色あせたのだろうか」と、冗談半分に詠んだ。

問五 傍線部(C)「恥ぢらひおはす」とあるが、この時の姫君の心情の説明として最も適当なものを、次の①~⑤のうちから一つ選べ。
①宮に会うのを嫌がっている按察使の君の様子が気の毒なので、長々と引き止めてしまった自分を恥じている。
②按察使の君の見事な筆跡に宮が目を奪われているのを見て、自分の描いた絵のつたなさを恥ずかしく思っている。
③白菊の絵をめぐるやりとりを童女が進んで宮に話してしまったので、自らの教育が行き届かなかったと恥じている。
④配慮を欠いた童のおしゃべりのせいで、自分たちのたわいない遊びの子細を宮に知られて恥ずかしく思っている。
⑤白菊の絵を置き忘れた按察使の君の行動が不注意にすぎるので、自分の女房として恥ずかしいと思っている。

問六 本文の内容に合致するものを、次の①~⑥のうちから二つ選べ。ただし、解答の順序は問わない。
①按察使の君は、右大臣の姫君の夫である兵部卿の宮が自分のもとに通っていた「中将」と同一人物らしいこと気づいた。しかし、以前の関係に戻るつもりはなく、できるだけ宮の目を避けようとした。
②兵部卿の宮は、かつて按察使の君に対して身分を偽っていたが、侍従は、そのことを見抜いていた。そこで、按察使の君が宮と再会できるように、宮の妻である右大臣の姫君への出仕を勧めた。
③右大臣の姫君は、按察使の君が兵部卿の宮の目を避けようとしていることに気づき、二人の関係を知りたいと思った。そこで按察使の君に和歌を書かせ、その筆跡を見せて宮の反応を確かめようとした。
④按察使の君は、兵部卿の宮が自分のもとに通っていた「中将」と同一人物であることを、侍従から知らされた。そこで、右大臣の姫君の目を避けながら宮に自分の存在を知らせるため、和歌を詠んだ。
⑤兵部卿の宮は、右大臣の姫君と結婚してからも姿を消した恋人を忘れてはいなかった。そんなとき、偶然目にした和歌の筆跡が恋人のものと似ていることに気づき、さりげなく筆跡の主を探り出そうとした。
⑥右大臣の姫君は、新たに出仕してきた按察使の君を気に入り、身近に置くようになった。しかし、親しく接するうちに彼女が夫の兵部卿の宮と親密な間柄であったことを察し、不安な思いにかられた。



【解答】
問一 (ア)~④ (イ) ~③ (ウ)~②
問二 ⑤
問三 ①
問四 ③
問五 ④
問六 ①・⑤

【解説】


【全文訳】
こうして(月日)が過ぎていくうちに、(兵部卿の宮の)お気持ちがこれ(=右大臣の姫君)
に移るというわけではなかったが、自然と心が慰められるということもあるのであろうか、昼
なども時々は(姫君の許に)おいでになって、碁を打ったり、偏継ぎ(をしたり)など、さまざまな遊びをなさるので、按察使の君は宮のお姿をよくよく見ると、(以前)あの夜ごとの月明かりに、
はっきりとではないが見た人に異なるところがないので、「世の中にはこうまで(昔)通っていた人に似ている人もいるのであろうか」と思うが、(その姿を)見慣れるにつれては、何かをおっしゃる声、雰囲気、姿形(など)、すべてその人(そのもの)なので、(按察使の君は)あまり自分一人の心だけで思い込むのも不安で、侍従に「こうこう」とお話しになると、(侍従は)「やはりね、私もとても不思議なことがありました。あのたびたびのお供としてお仕えしていた『蔵人』とか言った人が、ここにおりまして、特別に『宮の乳母の子どもである』と言って、(周りの)人も並ひと通りでなく思っている様子です。昨日も宮中へ参上なさると言って、お出でになるのを見ますと、(昔)たびたびのお手紙を持っていった随身も、(ここでは)『先払いをするぞ』と言って忙しそうな様子でおりますのは、あの『中将』は仮のお名前であって、(実は)宮でいらっしゃったのでしょうか」と(言う)。 
 (按察使の君は)ますます恥ずかしく悲しく思って、「もうしそうであるならば(私が宮に)見つけられ申し上げたとき、どうしたらよいだろうか。(自分は宮の前から)姿を消したと(宮に)聞き知られようと思ったのに、(よりによって)このような状態で(宮に)見られ申し上げることは、とても恥ずかしいことでもあるよ」と、改めてつらく思うので、宮がいらっしゃるときはうまくそっとその場を退いては(宮に)見られ申し上げないようにしようと(その場の状況に)あらがうのを、「(まわりの)人もどういうことなのだろうと不審に思うだろうか」と、これも(また)苦しく、「いずれにしても(つらい)思いは絶えない身であることよ」と思うにつけても、いつものように、涙がまずこぼれた。
 ある(日の)昼頃、とても静かな様子で、「宮も今朝から宮中にいらっしゃいました」と言って、
人々は、姫君の前でくつろぎながら、遊び興じなさる。姫君は物に寄りかかって横になり、習字、絵などを気分にまかせてお書きになって、按察使の君にもその同じ紙に書かせなさる。いろいろな絵などを描き興じた中で、(姫君は)垣根に菊などをお描きになって、「これはあまりによくないわ」と言って、お持ちになっている筆で墨をとても濃くお塗りになったので、按察使の君は、華やかな美しい様子で笑って、そのそばに、
 初霜も~(初霜もまだすっかり降りていないのに、どうして白菊は早くも色変わりしているのだろうか)
と、とても小さく書き付けましたのを、姫君も微笑なさりながらご覧になる。
 ちょうどそのとき、宮は音も立てずにそっとお入りになると、(今まで使っていた)硯なども取り隠すことのできる時間的余裕さえなく、みなそっと退出したので、姫君も(その場を)紛らわそうと扇をいじりながら物に寄りかかってすわりなさる。按察使の君は、(ほかの)人よりも特にはなはだしくつらく思って、几帳の後ろからそっと退出したのを、(宮は)どのように思われたのだろうか、しばらくそちらをご覧になって、あの失踪したと思いなさった人のことを、ふと思い出しなさりながら恋しく思うので、過ぎ去った昔のいろいろなことをくり返し思い出しになりながら物に寄りかかって横におなりになるときに、硯(の箱)が開いているのを、引き寄せなさると、先ほどの習字(の跡)が、硯の下から出ているのを手に取ってご覧になるので、姫君はとても恥ずかしく思って顔を少し赤らめながら、脇のほうに背を向けなさる様子は、実に上品で輝くような美しさである。
 宮はよくよくご覧になると、白菊の歌を書いた筆跡は、たった今思い出しなさった人が、(姿を消す前に)「草の庵」と書き残した(和歌の筆跡)に見間違えるはずもない(ほどそっくりな)のが、とても気がかりで、「さまざまな筆跡があるなあ。(それぞれ)だれのものだろう」などと、何げないふりをしてお聞きになるが、(姫君はそ知らぬふりをして)ちょっと横を向いていらっしゃるので、姫君に仕えている小さな童女を(つかまえて)、「この絵はだれが描いたのか。ありのままに言うならば、とても趣深く私も描いて見せよう」とだましなさるので、「この菊(の絵)は姫君様がお描きになりました。(ところが)『非常に下手だ』と言って(自ら墨で)書き消しなさったので、困惑して、按察使の君が、この歌を添えなさった(のです)」としゃべり申し上げるので、姫君は「とてもでしゃばりなことだ」と、恥ずかしそうにしていらっしゃる。

(元井太郎『改訂版 元井太郎の古文読解が面白いほどできる本』KADOKAWA、2014年[2019年版]、278頁~308頁)

≪古文の入試問題に挑戦~山村由美子『図解古文読解 講義の実況中継』より≫

2024-02-07 19:00:13 | ある高校生の君へ~勉強法のアドバイス
≪古文の入試問題に挑戦~山村由美子『図解古文読解 講義の実況中継』より≫
(2024年2月7日投稿)

【はじめに】


  今回のブログでは、次の参考書をもとに、古文の入試問題を見ておこう。
〇山村由美子『図解古文読解 講義の実況中継』語学春秋社、2013年[2019年版]
 前回のブログでは、古文読解のためのワザ85個の一部を紹介したが、今回の入試問題は、そのワザを使って、解いてゆくことになる。
 出典としては、『平家物語』『大鏡』『更級日記』『十訓抄』である。
 興味のある人は、問題に挑戦してもらいたい。





【山村由美子『図解古文読解 講義の実況中継』(語学春秋社)はこちらから】
山村由美子『図解古文読解 講義の実況中継』語学春秋社










山村由美子『図解古文読解 講義の実況中継』語学春秋社、2013年[2019年版]
【目次】
山村由美子『図解古文読解 講義の実況中継』
【目次】
はじめに
本書の特徴と使い方
第一章 主語発見法
テーマ1 「は・が・を・に」は補ってよし!
テーマ2 本文にある「は・が・の」に騙されないで!
テーマ3 主語にあたる部分が丸ごとない場合
テーマ4 敬語もヒントに使おう!
テーマ5 男の子ワードと女の子ワード
テーマ6 お役立ち! 天皇ご一家専用ワード

第二章 人物整理法
テーマ1 埋もれた人物の発見法
テーマ2 主人公発見法
テーマ3 人間関係を整理する

第三章 状況把握法
テーマ1 舞台を意識せよ!
テーマ2 位置関係を意識せよ!
テーマ3 異空間を意識せよ!
テーマ4 場面の変わり目をつかもう!

第四章 具体化の方法
テーマ1 まずは正確に訳すこと
テーマ2 場面に応じた意味把握①~曖昧ワード編~
テーマ3 場面に応じた意味把握②~恋愛ワード編~
テーマ4 古文特有の比喩表現
テーマ5 指示内容の具体化
テーマ6 省略内容の補い
テーマ7 発想パターンと行動パターン

第五章 本文整理法
テーマ1 カギカッコ「 」をつけよ!
テーマ2 挿入句にまどわされないで!
テーマ3 内容を整理する
テーマ4 主題発見法

第六章 和歌読解法
テーマ1 5/7/5/7/7で区切って直訳!
テーマ2 和歌修辞
テーマ3 和歌の構造
テーマ4 和歌に情報をつけ足す
テーマ5 和歌の贈答
テーマ6 引き歌の処理法

第七章 入試問題ヒント発見法
テーマ1 出題者が示すヒントのありか
テーマ2 本文が示すヒントのありか

巻末付録
読解のワザ・チェックリスト
用言活用表
助動詞一覧表
助詞一覧表
主な敬語動詞一覧表
主な文法識別一覧表




さて、今回の執筆項目は次のようになる。


・古文の入試問題に挑戦~『平家物語』より<立教大[改]>
・古文の入試問題に挑戦~『大鏡』より<東京女子大[改] >
・古文の入試問題に挑戦~『更級日記』より<中央大[改]>
・古文の入試問題に挑戦~『十訓抄』より<日大[改] >






古文の入試問題に挑戦! 『平家物語』より



入試問題に挑戦! 『平家物語』より<立教大[改]>

次の文章は、天皇(君・主上)が大事にしていた紅葉の落ち葉を、下役人が掃除の際にかき集めて酒をあたためるためのたき火にしてしまった後の場面です。
(天皇専用ワード満載である。特に主語に注意しながら、読んでみよう)

これを読んで、後の問いに答えなさい。

 奉行の蔵人、(ア)行幸より先にと急ぎ往いて見るに、跡かたなし。「いかに」と問へば、しかしかといふ。蔵人大いに驚き、「あなあさまし。君のさしも執し思しめされつる紅葉を、かやうにしけるあさましさよ。知らず、汝らただ今禁獄流罪にも及び、わが身も(イ)いかなる逆鱗にかあづからんずらん」と嘆くところに、主上いとどしく夜の御殿を出でさせ給ひもあへず、かしこへ行幸なつて紅葉を(A)叡覧なるに、なかりければ、「いかに」と御たづねあるに、蔵人奏すべき方はなし。ありのままに(B)奏聞す。(ウ)天気ことに御心よげにうち笑ませ給ひて、「林間煖酒焼紅葉といふ詩の心をば、それらには誰が教へけるぞや。やさしうも仕りけるものかな」とて、かへつて御感にあづかつし上は、あへて勅勘なかりけり。 (平家物語)

(注)
奉行の――係の
勅勘――天子からのとがめ。

問一 傍線の部分の(ア) 「行幸」、(ウ)「天気」の意味を、十字以内で記しなさい。

問二 傍線の部分の(イ)「いかなる逆鱗にかあづからんずらん」を、二十字以内で現代語訳しなさい。

問三 傍線(A)「叡覧なる」、(B)「奏聞す」の主語を記しなさい。
                            <立教大[改]>


【解答】
問一  (ア)天皇のお出まし(天皇のお出かけ)(7字)
(ウ)天皇のご機嫌(6字)

問二 
(イ)どのような天皇のお怒りをこうむるだろうか(20字)

問三 
(A)天皇(主上)
(B)(奉行の)蔵人

【解説】
問一 ワザ12 専用ワードで主語を見抜くワザ
   天皇ご一家専用ワードを覚えて、天皇がらみの行動を把握!

問二 
・「いかなる」は、「どのような」
 「あづかる」は、「こうむる・受ける」
 「逆鱗にあづかる」で、「天皇のお怒りをこうむる(受ける)」という意味。
 「んず(=むず)」は推量、「らん(=らむ)」は現在推量の助動詞。
 ⇒「んずらん」と続けて用いられる場合は、「~だろう」と訳せばよい。
 ※「か……らん」で成立している係り結びを見逃さないように。
 (「か」は疑問の係助詞)

問三
(A)「叡覧」は「天皇・もと天皇が御覧になること」
 この文章には「もと天皇」は登場していないので、主語は「天皇」

(B)「奏聞す」は「奏す」と同義語。
  「天皇に申しあげる」と訳す「言ふ」の謙譲語。
 誰が「天皇に申しあげる」のかは、本文に書いてないが、前文と同じ主語の「蔵人」が主語と判断すること。

【現代語訳】
係の蔵人が、天皇のお出ましより先にと急いで行って見ると、(紅葉は)跡形もない。(蔵人が)「どうした」と尋ねると、(下役人が)これこれこういうことですと答える。蔵人はたいそう驚き、「あああきれた。天皇があれほどまでにご執心になっていた紅葉をこんなふうにしたとはあきれたことよ。知らないぞ、おまえたち(=下役人)は即刻禁獄流罪にもなり、この私自身もどのような天皇のお怒りをこうむるだろうか」と嘆くところに、天皇がいつも以上に早く夜の御殿(=寝室)をお出になるのももどかしそうに、その場所(=紅葉の所)へお出ましになって紅葉を御覧になると、(紅葉はすっかり)なかったので、(天皇は)「どうした」と尋ねなさるが、蔵人は天皇に申しあげようがない。(しかたなく蔵人は)ありのままに天皇に申しあげる。(すると天皇は)ご機嫌が特別よさそうにほほえみなさって、「『林間に酒をあたためて紅葉を焼く』という漢詩の心を、その者たち(=下役人)にいったい誰が教えたのか。(下役人は)風流にも振る舞い申しあげたなあ」と言って、逆に天皇のおほめの言葉をいただいた以上は、いっこうにおとがめなどはなかった。

(山村由美子『図解古文読解 講義の実況中継』語学春秋社、2013年[2019年版]、46頁
~51頁)

古文の入試問題に挑戦! 『大鏡』より



入試問題に挑戦! 『大鏡』より<東京女子大[改] >

次の文章は『大鏡』の中で夏山繁樹が語った昔話の一節です。二重傍線部の主語は誰か、それぞれ答えなさい。

延喜の御時に『古今』抄せられし折、貫之はさらなり、忠岑や躬恒などは、御書所に召されて候ひけるほどに、四月二日なりしかば、まだ忍び音の頃にて、いみじく興じおはします。貫之召し出でて、歌つかうまつらしめ給へり。
   ことなつはいかが鳴きけむほととぎすこの宵ばかりあやしきぞ無き
それをだにけやけきことに思ひ給へしに、……(後略)

(注)
延喜――平安前期の醍醐天皇時代の年号。
古今――古今和歌集のこと。
御書所(みふみどころ)――宮中で書籍の管理などをした役所。
【答】
①召し出で~醍醐天皇
②思ひ~夏山繁樹(語り手)

【現代語訳】
醍醐天皇の御治世に(天皇が)『古今和歌集』をお作りになった際、貫之は言うまでもなく、忠岑(ただみね)や躬恒(みつね)などは、御書所にお呼び出しを受けてお控えしていたときに、四月二日であったので、まだ時鳥の初音(はつね)の頃で、(天皇はその初音を)たいそう楽しんでいらっしゃる。貫之を(天皇が)お呼び出しになって、歌を詠ませ申しあげなさった。
  他の夏はどのように鳴いていたのだろう。ほととぎすがこの宵ほど不思議な(ぐらい素敵に鳴くのを聞いた)ことはない。
そのことでさえ異例のことだと(私は)思いましたのに、……

(山村由美子『図解古文読解 講義の実況中継』語学春秋社、2013年[2019年版]、67頁
~70頁)

古文の入試問題に挑戦! 『更級日記』より


第三章 状況把握法
次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。

入試問題に挑戦! 『更級日記』より<中央大[改]>

夜中ばかりに、(1)縁に出でゐて、姉なる人、空をつくづくとながめて、「ただ今行方なく飛び失せなばいかが思ふべき」と問ふに、なまおそろしと思へるけしきを見て、ことごとに言ひなして笑ひなどして、聞けば、傍らなる所に、前駆おふ車とまりて、「荻の葉、荻の葉」と(2)呼ばすれど答へざなり。呼びわづらひて、笛をいとをかしく吹きすまして、過ぎぬなり。
   A 笛の音のただ秋風と聞こゆるになど荻の葉のそよとこたへぬ
と言ひたれば、「げに」とて、
   B 荻の葉のこたふるまでも吹きよらでただに過ぎぬる笛の音ぞ憂き
 (更級日記)

(注)荻の葉――隣家の女性の名前

問一 傍線部(1)「縁」とあるが、本文中「縁」にいるのは誰か。次の選択肢の中からすべて選びなさい。
 ア作者 イ姉 ウ車の主 エ車の主の従者 オ荻の葉

問二 傍線部(2)「呼ばすれど」とあるが、誰が誰に「呼ばすれど」か。問一の選択肢の中から、それぞれ選びなさい。

問三 和歌A・Bはそれぞれ、誰が誰に詠んだものか。問一の選択肢の中から、それぞれ選びなさい。
                                 <中央大[改]>



【解答】
問一 ア・イ
問二 ウがエに
問三 A アがイに  B イがアに

【現代語訳】
夜中ぐらいに、(姉と私は)縁側に出て座って、姉である人が、空をしみじみともの思いに沈んで眺めて、(姉が)「今すぐ(私が)どことも知れず飛んでいなくなったならば、(あなたは)どう思うだろう」と尋ねるので、(私が)なんとなく恐ろしいと思っている様子を(姉が)見て、(姉は)別のことで紛らわすように言って笑ったりして、(ふと外の様子を)聞くと、隣にある家に、先払いをする牛車(ぎっしゃ)が止まって、(車の主が従者に)「荻の葉、荻の葉」と呼ばせるけれど(荻の葉は)答えないようだ。(車の主は)呼びあぐねて、笛をとてもすばらしく澄んだ音色で吹いて、過ぎて行ってしまうようだ。
  笛の音がまさしく秋風のように(ステキに)聞こえるのに、どうして荻の葉は秋風にそよぐように「そうよ」と答えないのでしょう。
と(私が姉に)言ったところ、(姉は)なるほどと言って、
  荻の葉が答えるまで吹いて言い寄りもしないで、そのまま過ぎて行ってしまう笛の音(の主)が冷淡だ。

(注)
歌の「そよ」
――掛詞
①風に吹かれて葉が「そよそよ」音をたてる意
②「荻の葉さん!」と呼ばれて「其(そ)よ(=そうよ)」と返事をする意

(山村由美子『図解古文読解 講義の実況中継』語学春秋社、2013年[2019年版]、106頁
~111頁)

古文の入試問題に挑戦!~『十訓抄』より


入試問題に挑戦!~『十訓抄』より<日大[改] >

 最後に、今までのワザを駆使して、入試問題に挑戦してみよう! 
 次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。

 大納言行成卿、いまだ殿上人にておはしける時、実方中将、いかなる憤りかありけん、殿上に参り(A)会ひて、いふ事もなく、行成の冠を打ち落として、小庭に投げ捨てけり。行成少しもさわがずして、主殿司(とのもりづかさ)を召して、「冠取りて参れ」とて、冠して、守刀より
笄(かうがい 注1)ぬき取りて、鬢(びん)かいつくろひて、(B)居なほりて、「いかなる事にて候ふやらん、たちまちにかうほどの乱罰にあづかるべき事こそ覚え侍らね。その故を承りて、後の事にや侍るべからん」と、ことうるはしくいはれけり。実方は、しらけて逃げにけり。
 折しも小蔀(こじとみ)より、主上、御覧じて、「行成は(C)いみじき者なり。かくおとなしき心あらんとこそ思はざりしか」とて、そのたび蔵人頭(くらうどのとう)あきたりけるに、
(D)多くの人を越えてなされにけり。実方をば、中将を召して、「(E)歌枕見て参れ」とて、陸奥国(みちのくに)の守(かみ)になしてぞつかはされける。やがてかしこにて失せにけり。実方、蔵人頭になられでやみにけるを恨みにて、執とまりて雀になりて、殿上の、小台盤(注2)に居て、台盤をくひけるよし、人いひけり。一人は不忍によりて前途を失ひ、一人は忍を信ずるによりて褒美(ほうび)にあへるたとへなり。(十訓抄)

(注)
1 笄――髪をかきあげるのに使った道具。男子の場合、刀の鞘にさしておく。
2 小台盤――食器を乗せる小さな台。

問一 本文中から挿入句を抜き出しなさい。
問二 傍線部A、Bの主語は誰か。本文中から抜き出しなさい。
問三 傍線部Cを現代語訳しなさい。
問四 傍線部Dは誰がどのようにしたことか。その説明として最も適当なものを次の中から一つ選びなさい。
① 帝が、蔵人頭をやめさせて代わりに行成を任命した。
② 行成が、空席となった蔵人頭の地位を帝に願い出た。
③ 蔵人頭が、みずからの後任として行成を推薦した。
④ 帝が、欠員のあった蔵人頭の地位に行成を抜擢した。
⑤ 行成が、蔵人頭の地位を他人に譲ろうとした。
問五 傍線部E「歌枕見て参れ」とあるが、そこには帝のどのような意図が込められているか。その説明として最も適当なものを次の中から一つ選びなさい。
① 和歌を学ばせよう
② 左遷しよう
③ 遠くでかくまろう
④ 骨休みさせよう
⑤ 昇進させよう

問六 この逸話を通して編者が最も言いたいことは何か。
<日大[改] >

【設問解答】
問一 いかなる憤りかありけん
問二 A実方中将 B大納言行成卿
問三 とてもすばらしい人物である。
問四 ④
問五 ②
問六 忍耐することは大切だ。

【解説補足】

問二
A:第一段落は、行成と実方が争っている場面だから、事実としてはこの2人が「会ふ」ことを言っている。
 問題はここでの書き方。
 事実は同じでも、「2人が会う」「行成が実方に会う」「実方が行成に会う」、いずれでも言える。ここでは誰が主語になって書いてあるかの把握が大事。
 直前に挿入句「いかなる憤りかありけん」がある。挿入句は本筋から離れた内容なので、「いかなる……けん」までを本文からいったん退ければ、「実方中将、殿上に参り会ひて(実方中将が、殿上の間に参上し会って)」となる。これで実方が主語だと判明できる。

問三
・ワザ40と81を使用。
 「いみじ」は曖昧ワードだけど、「 」内の残りの部分に注目すると、「かくおとなしき心あらんとこそ思はざりしか(¬=このように思慮分別のある心があるだろうとは思わなかった)」と褒めているから、「いみじ」も「すばらしい」「立派な」など、プラスの方向で訳せばいいことがわかる。

問五
・ワザ82「着眼箇所発見のワザ 「 」の後の行動をチェックしてウソを見抜け!」を使用。
 このセリフは言葉どおり受け取っていいのか、がポイント。
 歌枕(=名所のこと)を見るだけなら、陸奥国の守にわざわざ任命しなくてもいいはず。
 つまり、セリフと直後の行動とが食い違っているということ。
 一般的に、地方職は中央職に比べて、当時は格下。ここは、カッとなりやすい実方の欠点を目撃した天皇が、実方を左遷させようとしているところ。

問六
・ワザ85「着眼箇所発見のワザ 読解系問題の答えは、必ず本文中に書いてある!」を使用。
⇒ここは、最後に注目。
 「不忍(忍耐力がない)」か「忍を信ずる(忍耐の大切さを信じる)」かによって、幸不幸がわかれたたとえ話だ、というのだから、要するに、「忍」の大切さを言いたかった。

【現代語訳】
大納言行成卿が、まだ殿上人でいらっしゃったとき、実方中将は、どのような怒りがあったのだろうか、殿上の間に参上し(行成に)会って、何も言わずに、行成の冠を打ち落として、小庭に投げ捨てた。行成は少しも騒がずに、主殿司をお呼びになって、「冠を取って参れ」と命じて、(主殿司が取って来た)冠をかぶり直して、守刀から笄を抜き取って、鬢を直して、居ずまいを正して、(行成は)「どのような事でございましょうか、突然これほどの乱暴な罰を受けなければならない事は(身に)覚えがございません。(罰するにしても)その理由をお聞きして、その後の事であるべきでしょうか」と、理路整然とおっしゃった。実方は、きまりが悪くなって逃げてしまった。
 ちょうどそのとき小蔀から、天皇が、御覧になって、「行成はすばらしい人物である。(行成に)このように思慮深い心があろうとは(私は)思わなかった」とおっしゃって、その頃蔵人所の長官(の役職)が空席になっていたので、(天皇は行成を)多くの人を飛び越えて任命なさった。実方を、中将の官職をお取り上げになって、「歌枕を見て参れ」とお命じになって、陸奥国守にして左遷なさった。(実方は)そのままそこ(=陸奥国)で亡くなってしまった。実方は、蔵人所の長官になれずに終わってしまったことを恨みに思って、執着がとどまって(生まれ変って)雀になって、殿上の間の小台盤にとまって、台盤(の食物)を食べていたということを、人は言っていた。一人(=実方)は忍耐がなかった事によって前途を失い、一人(=行成)は忍耐(の大切さ)を信じる事によって褒美にめぐりあったというたとえ話である。(十訓抄)

※何となく雰囲気で解くやり方から、確実な解き方へとステップアップでき、解き方をイメージできれば大成長。
 あとは、本文や問題に応じて、最も有効なワザをパッと思い出せるように、「読解のワザ・チェックリスト」を使って、ワザをしっかり身につけ、そして、身につけたワザを、他のいろんな文章でもどんどん使って、さらに読解力アップをめざしてください。
(山村由美子『図解古文読解 講義の実況中継』語学春秋社、2013年[2019年版]、285頁~
~292頁)

≪古文読解のワザ~山村由美子『図解古文読解 講義の実況中継』より≫

2024-02-04 18:00:20 | ある高校生の君へ~勉強法のアドバイス
≪古文読解のワザ~山村由美子『図解古文読解 講義の実況中継』より≫
(2024年2月4日投稿)

【はじめに】


 今回のブログでは、次の参考書をもとに、古文の読解について解説してみたい。
〇山村由美子『図解古文読解 講義の実況中継』語学春秋社、2013年[2019年版]
 この参考書では、古文読解のためのワザが85個記してある。
 その中から、『源氏物語』を出典とする問題を中心にみてゆきたい。
その他に、『枕草子』『徒然草』『蜻蛉日記』『大和物語』『平家物語』『宇治拾遺物語』などの出典の問題も加えてみた。




【山村由美子『図解古文読解 講義の実況中継』(語学春秋社)はこちらから】
山村由美子『図解古文読解 講義の実況中継』語学春秋社







山村由美子『図解古文読解 講義の実況中継』語学春秋社、2013年[2019年版]
【目次】
山村由美子『図解古文読解 講義の実況中継』
【目次】
はじめに
本書の特徴と使い方
第一章 主語発見法
テーマ1 「は・が・を・に」は補ってよし!
テーマ2 本文にある「は・が・の」に騙されないで!
テーマ3 主語にあたる部分が丸ごとない場合
テーマ4 敬語もヒントに使おう!
テーマ5 男の子ワードと女の子ワード
テーマ6 お役立ち! 天皇ご一家専用ワード

第二章 人物整理法
テーマ1 埋もれた人物の発見法
テーマ2 主人公発見法
テーマ3 人間関係を整理する

第三章 状況把握法
テーマ1 舞台を意識せよ!
テーマ2 位置関係を意識せよ!
テーマ3 異空間を意識せよ!
テーマ4 場面の変わり目をつかもう!

第四章 具体化の方法
テーマ1 まずは正確に訳すこと
テーマ2 場面に応じた意味把握①~曖昧ワード編~
テーマ3 場面に応じた意味把握②~恋愛ワード編~
テーマ4 古文特有の比喩表現
テーマ5 指示内容の具体化
テーマ6 省略内容の補い
テーマ7 発想パターンと行動パターン

第五章 本文整理法
テーマ1 カギカッコ「 」をつけよ!
テーマ2 挿入句にまどわされないで!
テーマ3 内容を整理する
テーマ4 主題発見法

第六章 和歌読解法
テーマ1 5/7/5/7/7で区切って直訳!
テーマ2 和歌修辞
テーマ3 和歌の構造
テーマ4 和歌に情報をつけ足す
テーマ5 和歌の贈答
テーマ6 引き歌の処理法

第七章 入試問題ヒント発見法
テーマ1 出題者が示すヒントのありか
テーマ2 本文が示すヒントのありか

巻末付録
読解のワザ・チェックリスト
用言活用表
助動詞一覧表
助詞一覧表
主な敬語動詞一覧表
主な文法識別一覧表




さて、今回の執筆項目は次のようになる。


・はじめに
・前後で主語が変わりやすいパターン
・「奏す」または「啓す」で主語判別~『枕草子』より
・場面に応じた意味把握①~曖昧ワード編~
・状況把握法~『蜻蛉日記』より
・主語発見法~『大和物語』より
・状況把握法 位置関係を意識~『源氏物語』より
・本文整理法~『源氏物語』より
・和歌読解法~『源氏物語』より
・入試問題ヒント発見法~『源氏物語』より
・恋愛ワード ~『大和物語』より
・「いみじ」という古文単語 ~『徒然草』より







はじめに


・この本は、「古文の読解力を身につけたい」「正しく読解できるようになる方法を知りたい」という人のために書いたものだという。
 みなさんは、古文を「何となくこんな感じの意味かなあ」などと、「雰囲気」で読んでいないだろうか。言い方を変えると「文脈」だけを頼りに読んでいないだろうか。
 しかし、これだと文脈把握が間違っていたら、読解も間違うことになる。
 そこで、本書では、「はじめて見る本文でも読めるようになる確かな『読解力』を身につける」ために、「読解のワザ」を紹介しているという。
 入試のほとんどが、受験生にとっては「はじめて見る本文」であるから、これはまさに入試に直結する読解力養成のための本といえるとする。
 「古文のプロ」が時間と労力をかけて導き出した、正しく読解するためのいわば“一般公式”が「読解のワザ」であるそうだ。すべての「ワザ」」は、プロの感覚と知恵と経験に基づいたものである。
 また、本書は、読解の最も根底的な部分を中心に話している。
 言い方を変えると、どんな文章にでも適用するような読解力を身につけてもらおうと思って話している。どんな文章にでも使えるように説明しているので、学んだワザを、他の文章にも使って、自分のモノにしていってほしいという。
(山村由美子『図解古文読解 講義の実況中継』語学春秋社、2013年[2019年版]、ii頁~iii
頁)

例えば、「読解のワザ」には、次のようなものがある。
ワザ29 舞台特定のワザ
 働く女性が作者のノンフィクション作品(日記・随筆)なら、職場が舞台!
ワザ31 位置関係から状況をつかむワザ
 登場人物の位置関係をチェックして、“見える”範囲を特定せよ!
ワザ75 本文周囲にあるヒント発見・活用のワザ
 「注」には、本文読解のヒントだけでなく、問題を解くヒントもある!
ワザ76 本文周囲にあるヒント発見・活用のワザ
 「設問文」にさりげなく含まれる、主語のヒントを見逃さないで!
(山村由美子『図解古文読解 講義の実況中継』語学春秋社、2013年[2019年版]、99頁、103頁、248頁~249頁)

前後で主語が変わりやすいパターン


ワザ6 接続助詞に注目するワザ②【パターン的中率70%】
☆前後で主語が変わりやすいパターン
 Aさんは……を、(に、ば、)(Bさんは)……

・接続助詞「を・に・ば」が出てくると、多くの場合、そのタイミングで主語が変わる。
 それまで「Aさん」が主語だったとしたら、「を・に・ば」の後は、普通「Aさん以外の誰か」が主語になる。
※古文では、一つの場面にはたいてい2~3人ぐらいしか登場していない。
※<ちょっと注意>
 助詞の「を」・「に」には接続助詞の他に格助詞も存在する。
●助詞「を・に」の識別
①……名詞(または連体形)+を、(に、)……→格助詞
 このまま「を」(または「に」)と訳しても、ヘンではない場合
②……連体形+を、(に、)……→接続助詞
 「を」(または「に」)のままだとヘン。
 「のに」「ので」「~すると」だと自然な場合
※つまり、「を」と「に」の訳を変えるときは主語も変わりやすい!
(山村由美子『図解古文読解 講義の実況中継』語学春秋社、2013年[2019年版]、18頁~20頁)

【練習問題】
次の傍線部の主語を答えなさい。
 帝、篁(たかむら)に、「読め」と仰せられたりければ、「読みは読みさぶらひなむ。されど恐れにてさぶらへば、え申しさぶらはじ」と奏しければ、「ただ申せ」と、たびたび仰せられければ、……                  (宇治拾遺物語)

(1) 仰せられたりけれ
(2) 奏しけれ
(3) 仰せられけれ

<注>
・「篁」は、小野篁という人の名前。
・誰かが勝手に立てた立て札の、暗号めいた言葉について話している場面である。
・仰せられたりけれ(おっしゃった)
・恐れにてさぶらへば、(おそれ多いことでございますので)
・奏しけれ(申しあげた)

【読解のヒント】
・「仰せられたりければ、」の接続助詞「ば」の前後で主語が変わることに注意せよ。
・「奏しければ、」の接続助詞「ば」の前後で主語が変わることに注意せよ。

【答】
(1) 仰せられたりけれ~帝
(2) 奏しけれ ~篁
(3) 仰せられけれ~帝

【現代語訳】
・帝が、篁に、「読め」とおっしゃったので、(篁は)「読むことは読みましょう。でも、おそれ多いことでございますので、(口に出して)申しあげることはできそうにありません」と(帝に)申しあげたところ、(帝は)「かまわないから申しあげろ」と、何度もおっしゃったので、……
(山村由美子『図解古文読解 講義の実況中継』語学春秋社、2013年[2019年版]、21頁~22頁)

「奏す」または「啓す」で主語判別~『枕草子』より


天皇や天皇ご一家が目的語にある専用ワードがある。
古文単語 意味
奏す 天皇・もと天皇に申しあげる
啓す 天皇の正妻(中宮)・皇太子(東宮)に申しあげる
※「奏す」も「啓す」も「言ふ」の謙譲語
 「奏す」「啓す」は天皇や天皇ご一家に言うときだけに限定される。

【練習問題】
次の傍線部の主語を答えなさい。
 村上の前帝の御時に、雪のいみじう降りたりけるを、様器にもらせ給ひて、梅の花をさして、月のいと明きに、「これに歌よめ。いかがいふべき」と兵衛蔵人に賜はせたりければ、「雪月花の時」と奏したりけるをこそ、いみじうめでさせ給ひけれ。(枕草子)

<注>
・村上の前帝の御時――第六十二代村上天皇の御治世
・兵衛蔵人(ひやうゑのくらうど)――村上天皇に仕えた女房
・「雪月花の時」――『白氏文集(はくしもんじゅう)』の漢詩句を引用した言葉。
・いみじう(とてもたくさん)
・もらせ給ひて(盛りなさって)
・いかがいふべき(どのように詠むだろうか)
・賜はせたりけれ(お与えになった)

【解説】
☆最初は「雪を器に盛りつけたのが、村上天皇の治世の誰なのか、はっきりしない。
・「様器にもらせ給ひて」の「せ給ひ」に尊敬の助動詞「す」と尊敬の動詞「給ふ」を重ねて用いた二重尊敬(または最高敬語)と呼ばれる表現がある。
⇒これは「一つの尊敬表現では足りない!」と作者などが思ったときに用いる表現であるから、普通、かなり高い身分の人に対して用いる。
※でも、だからといって、主語を「村上の前帝だ!」と決めつけてはいけない。
 「村上の前帝の御時」には、村上の前帝だけでなく、天皇ご一家の方々など他にもたくさん身分の高い人はいるのだから。
※「て」があるから、その後もずっとその同じ人物が主語だとわかるのであるが、でも、それが誰なのかが特定できない。

〇そこで、「奏す」が登場
・「奏す」は「天皇・もと天皇に申しあげる」という意味である。
⇒ここでは村上天皇のこと。
・「謎のAさんが兵衛蔵人に様器をお与えになったところ、兵衛蔵人が村上天皇に『雪月花の時』と申しあげた」と、ここで兵衛蔵人と村上天皇が会話していることが判明する。
※兵衛蔵人と村上天皇の2人以外には登場人物はいないようであったから、後は、ここから逆算して、謎のAさんは村上天皇だったことが明らかになると、山村先生は解説している。

【答】
村上天皇(村上の前帝)

【現代語訳】
村上天皇の御治世に、雪がとてもたくさん降っていたのを、(村上天皇はその雪を)様器に盛りなさって、(それに)梅の花を挿して、月がとても明るいときに、「これについて和歌を詠め。どのように詠むだろうか」と(おっしゃって)兵衛蔵人にお与えになったところ、(兵衛蔵人が)
「雪月花の時」と(『白氏文集』の漢詩句を引用して)天皇に申しあげたのを、(村上天皇は)たいそうおほめになった。
(山村由美子『図解古文読解 講義の実況中継』語学春秋社、2013年[2019年版]、42頁~45頁)

場面に応じた意味把握①~曖昧ワード編~


意味がたくさんあり、正反対の意味がある単語がある。
たとえば、「あはれなり」≪形容動詞≫
①しみじみと心を動かされる。
②しみじみとした情趣がある。
③さびしい。悲しい。つらい。
④かわいそうだ。ふびんだ。気の毒だ。
⑤かわいい。いとしい。
⑥情が深い。愛情がゆたかだ。
⑦尊い。すぐれている。
などである。

困るのは、「かわいい・いとしい」などのニッコリするような心情や状態を表す意味と、「悲しい・かわいそう」などの泣きたくなるような心情を表す意味、いわばプラスの意味とマイナスの意味が混在していることである。

他にも、「いみじ」でも、そうである。
いみじ≪形容詞≫
①(不吉なほど)はなはだしい。
②すばらしい。よい。嬉しい。
③ひどい。恐ろしい。悲しい。
(「ゆゆし」という形容詞も、だいたいこれと同じような訳が載っている)
これらはいずれも入試頻出重要単語である。

このように、意味に大きな幅のある単語は、訳だけ覚えていても、実際にはなかなか最適なものを選べない。入試では、辞書に載っているいくつかの訳を選択肢にあげている場合も少なくないから、暗記だけでは不十分。

ワザ40 意味の特定法①
 意味に大きな幅がある単語は、まずはプラス(+)の意味かマイナス(-)の意味かを荒づかみ!

いきなり細かい感情の違いまでつかもうとせず、まずは、だいたいの方向性を文脈からキャッチせよ。その上で、選択肢があれば、それをヒントに、細かいところまでつめていけばいい。

(山村由美子『図解古文読解 講義の実況中継』語学春秋社、2013年[2019年版]、134頁~135頁)

主語発見法~『大和物語』より



練習問題 『大和物語』より
次の文章中にある波線部の主語は誰か、答えなさい。

先帝の御時に、右大臣殿の女御、上の御局にまうでのぼり給ひてさぶらひ給ひけり。
「おはしましやする」とした待ち給ひけるに、おはしまさざりければ、
    ひぐらしに君まつ山のほととぎすとはぬ時にぞ声も惜しまぬ
となむ聞こえ給ひける。

(注)
先帝(せんだい)――醍醐天皇。
上の御局(うへのみつぼね)――宮中の清涼殿にある部屋。

【答】 醍醐天皇(先帝)

【現代語訳】
醍醐天皇の御治世に、右大臣殿の女御が、上の御局に参上なさって控えていらっしゃった。
「(天皇が)いらっしゃるか」と(女御が)心待ちにしていらっしゃったが、(天皇が)いらっしゃらなかったので、(女御が)
  一日中、醍醐天皇を待つ私は、(天皇が私を)たずねてくれないときには、松山のほととぎすのように、声も惜しまず泣くことです。
と申しあげなさった。

(山村由美子『図解古文読解 講義の実況中継』語学春秋社、2013年[2019年版]、59頁
~61頁)

主語発見法 主語がかわる 「に」「ば」の具体例~『枕草子』より


ワザ18 作品別人物整理のワザ② <枕草子>
 何も書いていなくても、中宮定子はいます!
・『枕草子』は、清少納言が、女房として中宮定子にお仕えする中での出来事や感じたことなどを書き綴った平安時代の随筆(エッセイ)である。
・「女房」は「妻」のことではない。
 身分の高い人にお仕えし、身の回りのお世話やお客様への応対などをする女性の家来である。
・『枕草子』の中で入試頻出なのは、いわゆる「日記的章段」と呼ばれる箇所。
 “日記的”な箇所には、作者自身はもちろん登場する。
 でも『枕草子』では、清少納言は、女房として定子のもとに、24時間住み込みで働く中で起こった出来事を書いているので、そこには、必ずといっていいほど、中宮定子もいるわけである。
 ⇒作者に加えて、中宮定子もレギュラーメンバーとして登場していることをしっかり覚えておくこと。

例題 『枕草子』より
次の文章中にある「 」はそれぞれ誰の発言か、答えなさい。

五月ばかり、月もなういと暗きに、「女房やさぶらひ給ふ」と声々して言へば、「出でて見よ。例ならず言ふは誰ぞとよ」と仰せらるれば、「こは、誰そ。いとおどろおどろしう、きはやかなるは」と言ふ。(枕草子)

【解答】
「女房やさぶらひ給ふ」~複数で来訪した誰かが
 (「声々(=口々)なので複数の人達、作者でも定子でもないということ」

「出でて見よ。例ならず言ふは誰ぞとよ」~定子様が
 (作者に命令。尊敬語使用もヒント)
「こは、誰そ。いとおどろおどろしう、きはやかなるは」~私(=作者)が
 (尊敬語不使用もヒント)

【現代語訳】
五月ぐらいのこと、月もなくとても暗い夜に、(来訪した誰かが)「女房はお控えしていらっしゃるか」と口々に言うので、「(あなた=作者が)出て見よ。いつもとは違って言うのは誰か?と思うのよ」と(定子様が)おっしゃるので、「これは、誰ですか。とても仰々しく、目立つ声で言うのは」と(私が来訪者に)言う。

(山村由美子『図解古文読解 講義の実況中継』語学春秋社、2013年[2019年版]、64頁
~66頁)

状況把握法~『蜻蛉日記』より


第三章 状況把握法
次の文章中にある傍線部の主語は誰か、それぞれ答えなさい。

練習問題 『蜻蛉日記』より

かくありきつつ、絶えずは来れども、心のとくる世なきに、荒れまさりつつ、来ては気色悪しければ、「倒るるに立山」と立ち帰る時もあり。

(注)
「倒るるに立山(たちやま)」――「倒る」には「閉口する」意がある。険しい立山(現在の富山県にある立山(たてやま))は登る人が倒れてもなお立っていることから、閉口して立って出て行くことを戯(たわむ)れ半分に言ったもの。

【答】
「来れ」も「立ち帰る」もともに、主語は「兼家」(作者の夫)

※『蜻蛉日記』は“専業主婦”藤原道綱母が作者。作者の自宅が舞台。
 そこに住んでいる人は、自宅に「来る」という言い方はしない。
では、誰が来たのか。「絶えず」来るということに注目すること。作者と相当親密な関係の人であるはず。この人物は夫兼家(かねいえ)と考えるのが自然である。
作者と兼家は夫婦であるが、同居婚ではなく通い婚なので、夫兼家は「来る」なのである。

【現代語訳】
(兼家は)このように(他の女性のもとに)出かけつつも、(兼家は)絶えず(私のもとにも)来るけれども、(私は)心がうちとけるときはないので、(2人の関係は)ますます荒れていき、
(兼家が私のもとに)来ては(私は)機嫌が悪いので、「倒れても立山」と(冗談を言いながら、兼家が)帰るときもある。

(山村由美子『図解古文読解 講義の実況中継』語学春秋社、2013年[2019年版]、100頁
~101頁)

状況把握法 位置関係を意識~『源氏物語』より


第三章 状況把握法 テーマ2位置関係を意識せよ!

ワザ31 位置関係から状況をつかむワザ
 登場人物の位置関係をチェックして、“見える”範囲を特定せよ!

・舞台を意識することに加えて、わかる範囲で、登場人物の位置関係も意識してみよう。
 特に姿が見えているのか、見えていないのか、はポイントである。

例題 『源氏物語』より

次の文章は、光源氏がある邸に初めて泊まった夜の場面です。

(源氏は)やをら起きて立ち聞きたまへば、ありつる子の声にて、A「ものけたまはる。いづくにおはしますぞ」と、かれたる声のをかしきにて言へば、B「ここにぞ臥したる。客人は寝たまひぬるか。……」と言ふ。寝たりける声のしどけなき、いとよく似通ひたれば、妹と聞きたまひつ。
(源氏物語)

(注)
妹――古語の「妹」は、男の子から見た女のきょうだいのことで、姉にも妹にも用いられる。

【解説】
・A、Bの会話文を「源氏に話している」とか、「源氏が話している」などと誤解したりしなかっただろうか。
 冒頭にあるように、源氏は「立ち聞き」しているところである。
 周囲の人間に気づかれては、「立ち聞き」にならない。したがって、会話をしている人達は、源氏が立ち聞きしていることに気づいていないと考えるのが自然。
・Bで「ここにぞ臥したる(=ここで横になっている)」とあるのも、源氏のことではない。
 なぜなら、続く「客人(まらうど)は寝たまひぬるか」の「客人」こそが源氏のことで、「客人(=源氏)はお休みになったのか?」と聞いているのであるから、源氏がどこで何をしているか分かっていない人の発言だと判断できる。

・また、源氏がBの会話主でもない。
 「ボクはここにいるよ」と言ってしまったら、「立ち聞き」の意味がなくなるから。

【現代語訳】
(源氏は)そっと起きて立ち聞きなさると、先ほどの子の声で、(先ほどの子が姉に)「もしもし。(あなたは)どこにいらっしゃるの?」と、かすれた声のかわいらしい声で言うと、(姉が先ほどの子に)「(私は)ここで横になっている。客人(=源氏)はもう寝なさったか。……」と言う。寝ていた声のしまりのない所が、(先ほどの子と)とてもよく似通っているので、(先ほどの子の)姉だと(源氏は)お聞きになった。

(山村由美子『図解古文読解 講義の実況中継』語学春秋社、2013年[2019年版]、103頁
~105頁)

本文整理法~『源氏物語』より


第五章 本文整理法
テーマ1 カギカッコ「 」をつけよ!

ワザ56 カギカッコの補いのワザ③
 「とて」「など」の直前にも、終わりのカギカッコをつけよ!

例題 『源氏物語』より

次の文章は、『源氏物語』の一節で、お仕えしていた主人を亡くした女の様子を、源氏の家来である惟光が源氏に報告している場面である。
 本文中に適宜「 」と『 』をつけなさい。

 添ひたりつる女はいかにとのたまへば、それなんまたえ生くまじくはべるめる。我も後れじとまどひはべりて、今朝は谷に落ち入りぬとなん見たまへつる。かの古里人に告げやらんと申せど、しばし思ひしづめよ、事のさま思ひめぐらしてとなん、こしらへおきはべりつると語りきこゆるままに、いといみじと思して、我もいと心地なやましく、いかなるべきにかとなんおぼゆるとのたまふ。(源氏物語)

【ヒント】
・「と」や「我」をヒントに使う。
【図解】
「添ひたりつる女はいかに」(源氏が)とのたまへば、(惟光は)「それ(添ひたりつる女のこと)なんまたえ生くまじくはべるめる。『我(添ひたりつる女のこと)も後れじ』と(女が)まどひはべりて、今朝は『(女が)谷に落ち入りぬ』となん(私[惟光]は)見たまへつる。(女が)『かの古里人に告げやらん』と(私[惟光]に)申せど、(私[惟光]が)『しばし(あなたは)思ひしづめよ、事のさま思ひめぐらして』となん、こしらへおきはべりつる」と(源氏に)語りきこゆるままに、(源氏は)「いといみじ」と思して、(源氏は)「我も(源氏のこと)いと心地なやましく、『いかなるべきにか(あらむ)』となんおぼゆる」と(惟光に)のたまふ。

【現代語訳】
「付き添っていた女(の様子)はどうだ?」と(源氏が)おっしゃると、(惟光は)「その女が
またもう生きていられそうにないように見えます。『私も後を追って死にたい』とうろたえて
おりまして、今朝は『(女が)谷に飛び込んでしまった』と私は思いました。(女が)『あの(ご
主人様の)古里の人に(ご主人様の死を)知らせにやろう』と申しますけれど、(私は)『し
ばらく気をしずめよ。事態をよく考えて』と、なだめておきました」と(源氏に)語り申し
あげるにつれて、(源氏は)「実に大変なことだ」とお思いになって、(源氏は)「ボクもとて
も気分が悪く、『(この先)どうなるのだろうか』と思われる」と(惟光に)おっしゃる。

(山村由美子『図解古文読解 講義の実況中継』語学春秋社、2013年[2019年版]、180頁
~182頁)

本文整理法~『源氏物語』より


第五章 本文整理法
テーマ2 挿入句にまどわされないで!
・「挿入句」は、話の本筋とは別に、ちょっとした感想や一言コメントのようなものを、文の途中に入れ込んだフレーズのことである。
 現代語であれば、聞いた瞬間に、「それは前置きで、この後に言いたいことが出てくるぞ」などとわかるが、古文の場合、訳すのに必死だから、そこまで判断できず、話の本筋と挿入句が混乱してしまいがちである。


例題 『源氏物語』より

次の文章中から、挿入句を抜き出しなさい。

(出家してしまった女の子を)うち見るごとに涙のとめがたき心地するを、「まいて心かけたまはん男はいかに見奉りたまはん」と思ひて、さるべき折にやありけむ、障子の掛け金のもとにあきたる穴を教へて、紛るべき几帳など引きやりたり。(源氏物語)

(注)掛け金――鍵のこと。

【解答】
・さるべき折にやありけむ
 ※疑問の係助詞「や」と過去推量の助動詞「けむ」で係り結びが成立し、一つのまとまったフレーズになっている。

※話の本筋は、出家してしまった女の子に好意を抱く男の子に同情した人が、「障子」に穴があいている所を教えて、邪魔な物を取り除いて女の子の姿をのぞき見(こういうのを「垣間見(かいまみ)」と言う)させてあげるというもの。
 人目もあるから、普通はそんな機会はなかなかないはず。そこで、「さるべき折にやありけむ(=それにふさわしい機会であったのだろうか)」というフレーズを挟み込んでいる。
・古文の挿入句は、読者が疑問に思いそうなことを先回りして言うケースが多いようだ。
 「そういう機会であったのだろうか」とか「どうしてだろうか」などと、答えにならないことを言いながらも、読者の疑問に配慮することで、突然の展開にも読者がついて来られるようにする一面がある。
・ちなみに、先ほどの問題文中の「いかに見奉りたまはん」のところも、「疑問語~推量」の形であるが、文末に位置しており、文の途中ではない。内容的にも話の本筋にあたる箇所であるので、挿入句ではない。

【現代語訳】
・(出家してしまった女の子を)ちらっと見るたびに涙が止めがたい気持ちがするので、「まし
て(その女の子に)好意をよせなさる男の子はどのように(女の子のことを)拝見なさるだ
ろうか」と思って、それにふさわしい機会であったのだろうか、障子の鍵の近くにあいた穴
(があるの)を(男の子に)教えて、(女の子の)姿を紛らわすはずの几帳などを、(のぞき見しやすくなるように)取り除いておいた。
(山村由美子『図解古文読解 講義の実況中継』語学春秋社、2013年[2019年版]、185頁
~187頁)

和歌読解法~『源氏物語』より


第六章 和歌読解法
テーマ6 引き歌の処理法
ワザ72 和歌攻略のワザ⑨
 和歌の一部の引用は、和歌一首丸ごとの引用と同じ!
・古文の文章では、和歌の一部を引用することがよくある。
 中でも、昔の有名な歌の一部を引用したものを「引き歌」という。
 入試では、引き歌を用いているところを問うこともかなりあるので、処理方法をおさえておこう。

例題 『源氏物語』より
 次の文章中の傍線部の意味として、最も適当なものを次の①~④の中から選びなさい。

「すべてつれなき人にいかで心もかけ聞こえじ」と思し返せど、「思ふもものを」なり。
 (源氏物語)
(注)思ふもものを――「思はじと思ふもものを思ふなり言はじと言ふもこれも言ふなり」を踏まえた表現

①あの人のことを思うまいと思っているのも、あの人のことを思っているからだ。
②他人がどう思っているかと気に病むのは、自分に自信がないと思っているからだ。
③自分に猜疑心を持つのは、ものの道理を理解しようと思っていないからだ。
④あの人が私のことを思っていてくれるかどうかを考えるのは、あの人を大切に思っているからだ。

【解答】①
【解説】
・ここでは、「思ふもものを」の部分が、「思はじと思ふもものを思ふなり言はじと言ふもこれも言ふなり」の引用であることが、(注)によってわかる。
・その歌を丸ごと訳してみよう。
 思はじと……「思うまい」と
思ふもものを……思うことも物を
思ふなり……“思う”(ということ)である。
言はじと言ふも……「言うまい」と言うことも
これも言ふなり……これも“言う”(ということ)である。
※「もうあの人のことなんか考えないことにする」と思っている時点で、その人のことを実は考えていることであろう。「あの人のことを考えない」ということを考えているわけだから。
 同様に、「もうこれ以上口にすることはやめる」と言うということは、「もう言わない」ということを口にしているわけだろう。本当に「言わない」のは、話題にもしないことだから。
 つまり「もう考えない」「もう言わない」と思ったり言ったりしているうちは、まだふんぎりをつけられないでいるということだよね、というのが歌の内容。
⇒この歌の内容を正しくふまえているのは、選択肢①のみ。

【現代語訳】
・「もういっさい薄情なあの人に(私は)どうしても心もおかけするまい」と思い返しなさるけ
れど、(まさに)「思ふもものを[=『(もう)思うまい』と心に思うことも(実は)物を(=その人のことを)思っているということである。また、『(もう)言うまい』と口に出して言うことも、これも言っているということである]」(と同じ状態)である。

(山村由美子『図解古文読解 講義の実況中継』語学春秋社、2013年[2019年版]、240頁
~243頁)

入試問題ヒント発見法~『源氏物語』より


第七章 入試問題ヒント発見法
テーマ2 本文が示すヒントのありか
ワザ80 着眼箇所発見のワザ②
 傍線部前後にあるカギカッコ「 」に着眼せよ!


例題 『源氏物語』より
次の文章は、『源氏物語』の一節で、須磨でさびしく過ごす源氏のもとに、京から使者が手紙を届ける場面である。
 読んで後の問いに答えなさい。

 折からの御文、いとあはれなれば、御使さえ睦ましうて、二三日据えさせたまひて、かしこの御物語などせさせて聞こしめす。若やかに、けしきある候ひの人なりけり。かくあはれなる御住まひなれば、かやうの人も、おのづからもの遠からでほの見奉る御さま容貌(かたち)を、「いみじうめでたし」と涙落としをりけり。

問 傍線部「涙落としをりけり」とあるが、誰のどのような心情のあらわれか、説明しなさい。

【解答】
使者の、とてもすばらしい源氏の様子や容貌に対する感動のあらわれ。
【解説】
・「泣いているんだから、悲しいんだよな」と決めつけてはいけない。
 悲しくて泣くときだけでなく、嬉し泣きだって悔し泣きだってあるから、きちんと本文に書いてあることから、心情を考えていくことが大切。
・傍線部の訳は「涙を落としていた」だけであるから、ここからは心情を特定できない。
 新しく着眼箇所を探そう。
 ここは直前の「 」に着眼せよ。
(直前だけでなく、直後にも注目し、「 」があったら、必ず着眼すること)
 “「 」と言ふ”“「 」と思ふ”などに代表される「 」内には、口に出して言ったり、心の中で思ったりする具体的な“セリフ”がある。
・さて、着眼箇所「いみじうめでたし」を訳すと、「とてもすばらしい」となる。
 何を「すばらしい」と思っているのかは、さらにその直前に「ほの見奉る御さま容貌(=
かすかに拝見する御様子・容貌)」とある。
 この場面には、前書きより、源氏と使者がいることがわかる。
 源氏の動作には尊敬語が使用され、使者の動作には尊敬語は使用されていないことは、冒頭文からも判明する。
 この尊敬語の有無情報をここの着眼点に適用させると、謙譲語のみで尊敬語のない「ほの見奉る」の主語は使者、「御」という尊敬語を作るパーツのある「御さま容貌」は源氏の様子、となる。
 つまり、「(使者が)かすかに拝見する(源氏の)御様子や容貌」となるわけである。
 傍線部にも尊敬語はないので、主語は使者である。
⇒傍線部+直前「 」+さらにその直前部分をドッキングさせてみよう。
 (使者が)かすかに拝見する(源氏の)御様子・容貌を、(使者は)「とてもすばらしい」と(思って)涙を落としていた。
※源氏は本来、使者が間近に見ることなどできないほど高い身分の人物である。
 しかし、ここは須磨でさびしく過ごしている場面であるから、「かやうの人(=使者)も、おのづから(=自然と)もの遠からで(=遠くではなくて)ほの見奉る(=かすかに拝見する)」ことができるわけである。
 このように、着眼箇所をきちんと設定した上で解くこと。

【現代語訳】
ちょうどそうした折のお手紙が、とてもしみじみとするので、(手紙だけでなくそれを届けて
くれた)御使者までもを慕わしく感じて、(源氏は使者を)二三日(須磨の邸に)おとめ置き
になって、(使者に)あちら(=京)のお話などをさせて(源氏は)お聞きになる。若々しく
て、雰囲気のあるお仕えの人であった。このようにしみじみとした思いになる(源氏の須磨
の)御住まいであるので、このような人(=使者)も、自然と(源氏との距離が)遠くはな
くてかすかに拝見する(源氏の)御様子や容貌を、(使者は)「とてもすばらしい」と(思って)
涙を落していた。

(山村由美子『図解古文読解 講義の実況中継』語学春秋社、2013年[2019年版]、260頁
~263頁)

恋愛ワード ~『大和物語』より


【テーマ3】場面に応じた意味把握②~恋愛ワード編~
「会ふ」「見る」「知る」などの言葉は、そんなに現代語との違いがないように見える。でも、これらの言葉は、男女がメインの恋愛のお話の中で用いられると、特別な意味になる重要語である。

ワザ41意味の特定法②[パターン的中率80%]
 男女の恋のお話では、「会ふ」「見る」「知る」などは恋愛ワードに変身!
古文単語 意味
会ふ(逢ふ)・見る ①デートする。②おつきあいをする。③結婚する。
見ゆ 女性が結婚する。
知る ①おつきあいをする。②結婚する。
通ふ・住む ①男性が女性のもとに通う。②おつきあいをする。③結婚する。
呼ばふ ①言い寄る。②プロポーズする。
もの言ふ ①言い寄る。②プロポーズする。③デートする。
こころざし 愛情
世(の中) 男女の仲
<プラスアルファ>
〇現代人感覚では、「デート」と「おつきあい」と「結婚」には大きな差を感じるが、入試で出題される古文の世界には現代のような戸籍がなかったので、婚姻届を提出する手続きがなかった。
⇒だから、おつきあいをする時点で、普通は結婚を意味することになる。
〇また、当時の女の子は非常にガードがかたく、迷ったり悩んだりさんざんした上で、決意してデートをした。
⇒だから、基本的に、デート=おつきあい=結婚、となる。
(山村由美子『図解古文読解 講義の実況中継』語学春秋社、2013年[2019年版]、138頁
~139頁)

【練習問題】
〇次の文を読んで、後の問いに答えなさい。

 さて、この男、「女、こと人にもの言ふ」と聞きて、「その人と我と、いづれをか思ふ」と問ひければ、女、
  花すすき君が方にぞなびくめる思はぬ山の風は吹けども
となむ言ひける。
 よばふ男もありけり。「世の中心憂し。なほ男せじ」など言ひけるものなむ、この男をやうやう思ひやつきけむ、この男の返り事などしてやりて……
                            (大和物語)
(注)
ものなむ――ここは「けれども」の意。

問一 傍線部「もの言ふ」、「よばふ」の意味として最も適切なものを、次の選択肢の中から、それぞれ一つずつ選びなさい。
 ア言いつける イ仲良く言葉を交わす ウ噂になる エ言い寄る
問二 傍線部「世の中」の意味として最も適当なものを、次の選択肢の中から一つ選びなさい。
 ア世間 イ俗世 ウ男女の仲 エ現世

<解法>
☆問の言葉はすべて恋愛ワード。ずいぶんモテモテの女の子の話。
〇「女」と「こと人」(他の人、別の人)がデートしている・愛の言葉を交わしているの意味だと理解しよう。
〇「よばふ男」の「よばふ」は、「つきあおうよ!と言い寄る」意味。
〇「世の中心憂し。なほ男せじ」
 この「世の中」は男女の恋のお話なので、恋愛ワードとして処理。「男女の仲」
 「心憂し」は「つらい」という意味の形容詞。
 「男す」は、「男性とつきあう、男性と結婚する」意味のサ変動詞。
 「じ」は打消意志の助動詞。
⇒「『世の中』(男女の仲)がつらいから、もうつきあいたくない」と

【答】
問一 (1)イ (2)エ
問二 ウ

【現代語訳】
さて、この男は、「女が、別の男と仲良く言葉を交わしている」と聞いて、「その人とボクと、どちらを愛しく思うのか」と(女に)尋ねたところ、女は、
  花すすき(=私)はあなたの方になびいているようです。思いもよらない山風(=別の男からのアプローチ)が(私の方に)吹いているけれども。
と言った。
 (さらに他に、この女に)言い寄る男もいた。(女は)「男女の仲というものはつらいものです。やはり男の人とはおつきあいしないでおきましょう」などと言っていたけれども、この(言い寄る)男のことをだんだん心ひかれていったのだろうか、この(言い寄る)男からの手紙に返事などを書いて送って……

(山村由美子『図解古文読解 講義の実況中継』語学春秋社、2013年[2019年版]、140頁
~143頁)


「いみじ」という古文単語 ~『徒然草』より


【練習問題】
〇次の文中にある傍線部を現代語訳しなさい。

 御室(おむろ)に、いみじき児(ちご)のありけるを、「いかで誘ひ出だして遊ばん」と企(たく)む法師どもありて…… (徒然草)

(注)
御室――京都市右京区にある仁和寺(にんなじ)のこと。
<解法>
・「いみじ」は、「すばらしい」意味でも、「ひどい」意味でも使える。
 「忌まわしい過去」「忌み嫌う」などと使う現代語の「忌まわしい」「忌む」と、語源的には同じで、本来「不吉だ・縁起が悪い」といった意味の語である。
 しかし、古文ではもっと幅広く、悪い意味だけでなく、「とてもいい」の意味でも用いられる。
・頭の中の整理法としては、
①不吉だ・縁起が悪い(マイナス)
②とても~だ(プラス/マイナス)➡「よい」のか「悪い」のかは文脈判断!
こうしておくと、多少覚える分量が少なるし、実用的。

☆『徒然草』の傍線部は、直後に注目。
「いかで誘ひ出だして遊ばん(何とかして誘い出して遊ぼう)」とする法師たちが登場する。
「一緒に遊びたい」と思うから、「いみじ」をプラスの意味で取り、「とてもすばらしい・かわいらしい・かわいい」と訳すこと。

<プラスアルファ>
・一言で「古文」といっても、実は千年分ほどの言葉を一手に扱うわけである。
たとえば、現代語で「ヤバイ」という言葉は、もともとはよくない意味でしか使わなかったが、いつの頃からか、「ヤバイ(ぐらいにおいしい)」などと、良い意味でも使うようになった。
・言葉は、私たちが生きている短い間にも、これほどの変化をするわけであるから、千年のうちに意味に幅が出てくるのは、むしろ当たり前である。
※中心的な意味を暗記した上で、そこではどういう意味なのかを見抜く力を養うことが大切であると、山村由美子先生は強調している。

【答】とてもかわいらしい子

【現代語訳】
仁和寺に、とてもかわいらしい子がいたが、「何とかして(その子を)誘い出して遊ぼう」と考えをめぐらす法師たちがいて……
(山村由美子『図解古文読解 講義の実況中継』語学春秋社、2013年[2019年版]、136頁
~137頁)



武田博幸/鞆森祥悟
『読んで見て覚える 重要古文単語315[三訂版]』桐原書店、2014年[2004年初版]
にみえる「いみじ」の意味はどうなっているのか?

No.75 いみじ シク活用
①とてもよい・すばらしい
②とても悪い・ひどい
③<「いみじく(う)」の形で副詞的に用いて>とても・はなはだしく

四段動詞「忌(い)む」が形容詞化した語。
対象が神聖、または穢(けが)れであり、決して触れてはならないと感じられる意から転じて、善し悪しを問わず程度がはなはだしい様子を表すようになりました。
入試では善し悪しを具体化したものを選ぶ場合がよくあります。
 いみじ➡とても+か-
(武田博幸/鞆森祥悟『読んで見て覚える 重要古文単語315[三訂版]』桐原書店、2014年[2004年初版]、82頁~83頁)

それでは
山村由美子『GROUP30で覚える古文単語600』語学春秋社、2020年[2017年初版]ではどのように記載されているのか?

No.521 いみじ
①とても~だ。
ただ、このように記す。
とてもイメージ(「いみじ」)が大事だ(「とても」と「だ」が赤字)

「とてもすばらしい」意味でも「とてもひどい」意味でも使う。良い意味か悪い意味かは、文脈から判断。
そのポイントは、次の2点。
(1)何が「いみじ」なのか。
(2)それは、その文章ではプラスに捉えられているものなのか、マイナスに捉えられているものなのか。
※特に「いみじ」の直前直後に注目すること。
 プラス/マイナスをつかんだら、「とても良い」「とてもすばらしい」など、つかんだ方向性にあう表現を訳に補って、完成。
(山村由美子『GROUP30で覚える古文単語600』語学春秋社、2020年[2017年初版]、252頁)

≪紫式部と『源氏物語』に関連して~富井健二『富井の古文読解をはじめからていねいに』より≫

2024-01-31 19:00:02 | ある高校生の君へ~勉強法のアドバイス
≪紫式部と『源氏物語』に関連して~富井健二『富井の古文読解をはじめからていねいに』より≫
(2024年1月31日投稿)

【はじめに】


 今回のブログでは、次の参考書の中から、紫式部と『源氏物語』に関連した部分を抜き出して、古文を解説してみたい。
〇富井健二(東進ハイスクール講師)『富井の古文読解をはじめからていねいに』株式会社ナガセ(東進ブックス)、2004年[2019年版]

 執筆項目をみてわかるように、『源氏物語』の文章 と文法事項をはじめ、『紫式部日記』の一節からの試験問題を解説する。また、紫式部が和泉式部、赤染衛門をどのように見ていたのか、藤原道長の姉・超子と庚申待ちの関連など、エピソード的なことも盛り込んだ。
そして本居宣長による『源氏物語』論についても触れてみた。
 少しでも、興味をもって古文を勉強してもらえたらと思う。



【富井健二『富井の古文読解をはじめからていねいに』はこちらから】

富井の古文読解をはじめからていねいに (東進ブックス―気鋭の講師シリーズ)




富井健二『富井の古文読解をはじめからていねいに』
【目次】
ステージⅠ 「センテンス」の森
1 省略とその対策
2 主語同一用法
3 主語転換用法
4 心中表現文を区切れ
5 会話文を区切れ
6 挿入句を区切れ
7 地の文の尊敬語
8 尊敬語と特別な尊敬語
9 「 」の中の尊敬語
10 「 」の中の謙譲語
11 「 」の中の丁寧語
12 文法と読解~主語をめぐって
13 文法と読解~感覚をみがく

ステージⅡ 「常識」の洞窟
14 男女交際の常識
15 生活の常識
16 官位の常識
17 夢と現
18 方違へと物忌み
19 病気・祈祷・出家・死

ステージⅢ 「ジャンル」の海
20 「説話」の読解
21 「物語」の読解
22 「日記」の読解
23 「随筆」の読解

ステージⅣ 「実戦」の鬼ヶ島
FINAL ビジュアル古文読解マニュアル




さて、今回の執筆項目は次のようになる。


・古文読解について
・男女交際② ~究極の伝達方法、それは和歌~
・『源氏物語』の文章 と文法
〇古典屈指の名作『源氏物語』の一節(「STEP6 挿入句を区切」より)
〇『源氏物語』の「夕顔」の巻の一節(「STEP10 「 」の中の謙譲語」より)
〇『源氏物語』の「桐壺」の一節(「STEP12 文法と読解~主語をめぐって」より)
〇『源氏物語』の「若紫」の一節(「STEP12 文法と読解~主語をめぐって」より)
〇『源氏物語』の「明石」の一節(「STEP17 夢と現」より)
・『紫式部日記』の一節からの試験問題
・紫式部と和泉式部
・藤原道長の姉・超子と庚申待ち
・本居宣長と『源氏物語』
・『大鏡』について
・『大鏡』の一節からの試験問題






古文読解について


古文を攻略するには、どうすればいいのか。
まっさきに浮かぶのは、古文単語と古典文法を身につけることという答えだろう。
しかし、単語と文法を一通り暗記しただけでは、スラスラと古文を読解することはできない。
なぜならば、古文単語も古典文法も「文脈」を理解して、はじめてその知識が生かされるからである。
例えば、古文単語の意味には色々あり、その文脈に合った意味をあてはめなければならない。古典文法、例えば、助動詞の意味の決め方にはテクニックが存在するが、最終的には文脈を考慮して、その意味を決定しなければならない。
だから、「読解法」を学ぶ必要がある、と富井健二先生はいう。

受験生を見ていると、単語や文法の知識を身につけるための時間は多く割いているが、実際の古文を読みながら、その知識を使って確認していく時間が少ないらしい。
単語や文法の意味をある程度チェックしたら、どんどん古文読解をしてゆくのがよいようだ。
定着と実践の同時進行、それが古文の上達するポイントであると説く。

古文は本当に楽しく、奥の深い教科である。古文読解の力がついてくるうちに、この教科の本当の魅力に気づくそうだ。真の実力とは、真の興味のもとに宿ると力説している。

(富井健二『富井の古文読解をはじめからていねいに』株式会社ナガセ(東進ブックス)、2004年[2019年版]、2頁~3頁)

プロローグ


古文の読解法には、2つの中心がある。
A その古文問題の「ジャンル」を決定する
B 主語を補足しながら文章を読んでいく
  (地の文と「 」の文に分けて、それぞれの補足方法を駆使する)

※これに「古典文法・古文常識・作品常識」などの知識をプラスして読解していく
⇒STEP 1~19で、Bの読解法を学ぶ
 STEP 20~23で、Aの読解法を学ぶ
 つまり、古文は、Aジャンルを決定し、B主語を補足しながら読んでいけばいいようだ。
(富井健二『富井の古文読解をはじめからていねいに』株式会社ナガセ(東進ブックス)、2004年[2019年版]、10頁~11頁)



男女交際② ~究極の伝達方法、それは和歌~


和歌には古くから不思議な力が宿っていると思われていた。
『古今和歌集』の「仮名序(かなじょ)」という部分に、紀貫之(きのつらゆき)が和歌のその不思議な力を次のようまとめている。
力をも入れずして天地(あめつち)を動かし、目に見えぬ鬼神(きじん)をもあはれと思はせ、
男女の中をも和(やは)らげ、猛(たけ)き武士(もののふ)の心を慰むるは歌なり。
(古今和歌集)
【現代語訳】
(格別)力を入れなくても天地の神々を感動させ、目に見えないあの世の霊魂をも感激させ、
男女の間柄をも親しくさせ、勇猛な武士の心をなごやかにするのは和歌である。

【解説】
・和歌が究極の伝達手段であったことは事実である。
 和歌(歌道)のことを古語で、大和歌(やまとうた)、言の葉、敷島(しきしま)の道などとよぶ。(重要語なので覚えておこう)
・男女が和歌を詠む合う場合、一部の例外を除いて、男が先に和歌を詠む。
 そして、その詠んだ和歌を、男は自分の従者に託す。で、その男側の従者が女側の従者に和歌を渡し、女に届く。返歌はこの逆のルートをたどる。
・和歌はときに口伝えの場合もあるが、そのほとんどが書式、つまり手紙形式をとる。
 手紙のことを、文(ふみ)・消息(せうそこ)・懸想文(けさうぶみ)という
 「懸想文」とは文字どおり、ラブレターのこと。
 手紙はよく季節の草花を添えたり、その枝に結びつけて渡したりする。
 草花の代わりに、香をたきしめた衣類に手紙を添えて送る場合もある。
・女が男の和歌を読み、気に入らければ、返事をしない。
 返事がない場合はアウト。ただ、女性がじらすためにわざと返事を出さない場合もある。
・とにかく、女が男の和歌を読み、返歌(返事の和歌)をすれば、一応、脈アリと考えてよい。
 返事や返歌のことを古語で、答(いら)へ・返しという。
 その場にピッタリとマッチした和歌を即座に詠んで返す、つまり「当意即妙」の技がベストだった。
・女君が和歌を詠むと、女側の従者が男側の従者に手紙を渡す。
 その和歌を男が読んで、どう返事をするかを考える。この女性と自分を結ぶ仲介者(取次ぎ)のことを古文では、頼(たよ)り・ゆかり・よすが・由(よし)とよぶ。
 「取次ぎを頼む」ことを古語では、「案内(あない)す」という。
※このように、和歌は究極の意思伝達手段。手紙形式でとり行われる。
 
●【補足】小式部内侍(こしきぶのないし)の即詠伝説
  大江山 生野の道の 遠ければ まだふみも見ず 天の橋立
 これは、『小倉百人一首』の名歌。
 この歌は、和泉式部の娘である小式部内侍が、「和歌の名人である母に代作を頼む使いを出したのか」と人にからかわれたとき、即座に詠んだ歌であった。
 あまりの早業に、からかった人は驚愕して、返歌もできず逃げ去ってしまったとという。
(富井健二『富井の古文読解をはじめからていねいに』株式会社ナガセ(東進ブックス)、2004年[2019年版]、113頁~115頁)
※山村単語、214頁にも言及~『古今和歌集』の「仮名序(かなじょ)」

『源氏物語』の文章 と文法


〇古典屈指の名作『源氏物語』の一節。(「STEP6 挿入句を区切」より)
 主人公光源氏の生誕のシーン。父の桐壺帝と桐壺更衣は非常に愛し合っていた。
 
 前(さき)の世にも御契(ちぎ)りや深かりけむ、世になく清らなる玉のをのこ御子(みこ)さへ生まれたまひぬ。
※これは読点(、)ではさまれていない形なのだが、「前の世にも御契りや深かりけむ、」が挿入句である。
 この前に、「二人は」を補足するとわかりやすい。
 「二人」とは、桐壺帝と桐壺更衣の二人である。
 「二人は、(前の世にも御契りや深かりけむ、)世になく……」と、読点にはさまれる挿入句だとわかる。
(富井健二『富井の古文読解をはじめからていねいに』株式会社ナガセ(東進ブックス)、2004年[2019年版]、44頁)

『源氏物語』の文章 と文法


〇『源氏物語』の「夕顔」の巻の一節。(「STEP10 「 」の中の謙譲語」より)
(警備の者が光源氏に)「(惟光朝臣は)さぶらひつれど、仰せ言もなし、
暁に御迎へに参るべきよしなむ申してなむまかではべりぬる」(源氏物語)

【現代語訳】
「(惟光朝臣はここに)お仕えしていましたが、(光源氏様の)ご命令もないし(何もすることがないので)、夜明け前にお迎えに参上すると申して退出してしまいました」

※傍線部の「さぶらひ」「参る」「申し」「まかで」の主語は、全部その場にいない「惟光朝臣」なのである。ということは、主語は一人称ではなく、三人称。
※「 」の中にある謙譲語の主語は、一人称か三人称。
 この場合の三人称とは、「(あなたの所にいる私の召使いが)参る」のように、高貴ではない主語である場合が多い。
 謙譲語の主語が二人称になる例外というのは、高貴な人が身分の低い人に向かって、「(こちらへ)参れ」などというように、命令形で使うケース以外はあまりない。
 これも天皇の「自敬表現」に多い。



<恋する気持ちは物の怪と化す?>
・光源氏の恋人の一人である六条御息所は、源氏を恋するあまりに、その精神が物の怪(生霊)と化して体から抜け出し、源氏の他の恋人(夕顔・葵の上・紫の上など)にたたっていく。
 夕顔の死は、本文には直接触れられてないが、この人の生霊の仕業だと考えられている。
(富井健二『富井の古文読解をはじめからていねいに』株式会社ナガセ(東進ブックス)、2004年[2019年版]、78頁~79頁)


『源氏物語』の文章と文法



〇『源氏物語』の「桐壺」の一節。(「STEP12 文法と読解~主語をめぐって」より)

会話文の中に次の表現が出てきたら、必ず主語は一人称になるので、「私は」という主語を入れるようにしよう。
 願望の終助詞の「ばや」
 謙譲の補助動詞「給ふ」(下二段活用)
⇒主語は私(一人称)
※なぜかというと、「ばや」は、「~したい」と訳す、自己の願望を表す終助詞だから。

※願望の表現=終助詞の「なむ」「ばや」「がな」
 「なむ」(~してほしい)は他への願望。
 「ばや」(~したい)は自己の願望。
 「がな」(~してほしい[したい]なあ/~があればなあ)は詠嘆願望。
 文の終わりにこれらの語があったら、願望を表していると思って、しっかり区別すること。

 例えば、次の『源氏物語』の「桐壺」の一節を見てほしい。

 「かかる所に、思ふやうなる人を据ゑて住まばや」(源氏物語)
【現代語訳】
「このような(立派な)場所に、思いどおりの女性を置いて(私は)住みたい」

〇次に、謙譲の補助動詞の「給ふ」
 この語がある文も、主語は必ず一人称。
 この敬語の特徴は、「 」の中でしか使用されないというところ。
 古文では、「 」が入るべきところであっても省略されていたりする。
 ただ、仮に「 」が省略されていても、この表現を見つければ、「 」を補足することも可能。
※ちなみに、この謙譲の「給ふ」は下二段活用なのだが、原則的に「給へ・給ふる・給ふれ」の三つのカタチでしか出てこない。
 「思ひ・覚え・知り・見・聞き」の五つの動詞の下にしか付かない。
 つまり、次のようなカタチでのみ現れるわけである。
 ⇒「(私は)思ひ(覚え・知り・見・聞き)+給へ(ふる・ふれ)」

では、次の例文を参照してほしい。
〇これも『源氏物語』の「若紫(わかむらさき)」の一節。(「STEP12 文法と読解~主語をめぐって」より)

⇒下二段の「給ふ」が使用されている。

 「ここにものしたまふは、たれにか。尋ねきこえまほしき夢を見たまへしかな」(源氏物語)
【現代語訳】
「ここに住んでいらっしゃるのは、どなたか。(このお方を)訪ね申し上げたいという夢を(私は)見ましたよ」

※確かにこの「見たまへ」の主語は一人称(私)である。
 「ばや」と下二段の「給ふ」の主語は絶対に一人称。忘れないこと。

(富井健二『富井の古文読解をはじめからていねいに』株式会社ナガセ(東進ブックス)、2004年[2019年版]、93頁~95頁)

【夢で遭えたら】
〇『源氏物語』の「明石」の一節。(「STEP17 夢と現」より)
 追い詰められて須磨に退去した光源氏の夢について
(夢に出てくる人物はどんな人が多いのか、知っておくと話がよく見える)

 心にもあらずうちまどろみたまふ。<中略>故院、ただおはしましし様ながら立ちたまひて、
 <中略>「住吉の神の導きたまふままに、この浦を去りね」とのたまはす。
 (源氏物語・明石)
【現代語訳】
(光源氏は)気持ちとは裏腹にうたた寝をなさる。<中略>(するとその夢に)今は亡き桐壺院が、生前そのままのお姿でお立ちになって、<中略>「住吉の神のお導きになるのに従って、この浦を去ってしまいなさい」とおっしゃる。

・源氏の敬愛する、死んだ父上が夢に現れたのである。故人は夢に出てきやすい。
 このあと光源氏は都に戻り、政界に復帰。一気に頂点まで上りつめていく。
 夢と現実は表裏一体である。
 夢に現れる人は、「恋人・親しい人・亡くなった人・神・仏」が多い。
※光源氏の夢に現れた藤壺女御
 『源氏物語』の主人公光源氏が、生涯にわたって憧れた女性である藤壺女御。
 彼女は、死んだあと光源氏の夢の中に現れ、「なぜ、(冷泉帝は、実は源氏と藤壺の子であるという)秘密を漏らしたの」と恨みごとを言う。好きな人が夢に現れたからといって、ロマンチックな内容ばかりだとは限らない……

(富井健二『富井の古文読解をはじめからていねいに』株式会社ナガセ(東進ブックス)、2004年[2019年版]、139頁)

【参考】
〇光源氏のモデルとされる源融(みなもとのとほる)
 『古本説話集』の一節
 宇多天皇が夜おやすみになっていると、そこに源融の左大臣の幽霊が変な格好で現れる。
 この場合の「ぬりごめ」とは、宇多天皇の寝室を指す。

 よなかばかりに、西のたいのぬりごめをあけて、そよめきて、ひとのまゐるやうに
おぼされければ、みさせ給へば、日のしゃうぞくうるはしくしたるひとの、
たちはき、しゃくとりて、二間ばかりのきて、かしこまりて、ゐたり。(古本説話集)
【現代語訳】
夜中頃に、西の対の寝室を開けて、衣(きぬ)ずれの音をさせて、人が(こちらへ)参るようにお思いになったので、(宇多天皇が)御覧になると、日の装束をきちんと着用した人が、太刀を身につけ、笏を手にとって、二間ほど退いて、恐縮して、座っている。

※当時の衣類を知っておくことも、古文読解においては良い武器になる。
 真夜中に日中身につける日の装束を着ているのは、奇妙なのである。
 この「日のしゃうぞくうるはしくしたるひと」のどこがおかしいのかという問題を、早稲田大学は出題したという。古文常識を知らないと解けない問題である。こういった角度でも、入試は出題される。

※源融は自縛霊の元祖!?
光源氏のモデルとされる源融が建てた河原院は、寝殿造を代表する超豪華だった。
 融はそこに霊となって留まったとされている。
 『古本説話集』の一節も、そんな融の幽霊が宇多天皇の寝室に出現したシーンを扱ったものである。
(富井健二『富井の古文読解をはじめからていねいに』株式会社ナガセ(東進ブックス)、2004年[2019年版]、124頁~125頁)

【一口メモ】『方丈記』と『源氏物語』
※『方丈記』の全文を400字詰め原稿用紙に換算すると、実はわずか23枚に満たない。 
 対して、『源氏物語』はざっと2500枚。
 しかしながら、この23枚が2500枚の作品と肩を並べ、対等のレベルの作品として現代まで論じられてきたというのは、考えてみるとスゴイことである。
(富井健二『富井の古文読解をはじめからていねいに』株式会社ナガセ(東進ブックス)、2004年[2019年版]、195頁)

『紫式部日記』


次の古文は『紫式部日記』の一節である。これを読んであとの問に答えなさい。
(なお、設問の都合により本文を少し改めたところがある)

 左衛門の内侍といふ人侍り。あやしうすずろによからずに①思ひけるも、②え知り侍らぬ心うきしりうごとの、多う聞こえ侍りaし。
 内の上の、源氏の物語、人に読ませ給ひつつ聞こしめしけるに、「この人は、日本紀をこそ
読み給ふべけれ、まことに才(ざえ)あるべし」と③宣はせけるを、ふとおしはかりに、「いみじうなむ才ある」と殿上人などに④言い散らして、日本紀の御局とぞつけたりbける。いとをかしうぞ侍る。(『紫式部日記』)

※左衛門の内侍……宮中で天皇にお仕えしている女官の一人。
※内の上……一条天皇のこと。
※この人……作者である紫式部のこと。
※日本紀……日本書紀。漢文で記述されている史書。

問一 傍線部①~④の主語として、適当なものを次の中からそれぞれ選びなさい。
 ア 左衛門の内侍 イ 内の上(一条天皇) ウ 作者(紫式部) エ 殿上人

問二 傍線部②「え知り侍らぬ」を口語訳しなさい。

問三 傍線部a・bの品詞説明をしなさい。

【解答解説】
問一 ①ア ②ウ ③イ ④ア
▶地の文では、天皇にだけ尊敬語を使用している。
 傍線部③「宣はす」は「おっしゃる」と訳す尊敬語だから、③は高貴な主語イになる。
・その他の人物には尊敬語が使われていないが、作者か左衛門の内侍かの区別は、「き」と「けり」の性質を利用すればわかる。
 ①「ける」=内侍。②文末の「し」=作者。④文末の「ける」=内侍

問二 知ることができません
▶「え…打消」は「不可能」(…できない)の意味。
  「ぬ」は打消の助動詞。
  「~侍り」は「~です・~ます」と訳すと丁寧の補助動詞。

問三 a(直接)過去の助動詞「き」の連体形
   b(間接)過去の助動詞「けり」の連体形
 (bは係り結びのため連体形)
【現代語訳】
左衛門の内侍という人がおります。(その人は私のことを)むしょうに嫌だと思っていたそうで、(私が)知ることができません辛い陰口が、多く聞こえてきました。
 宮中の一条天皇が、『源氏物語』を、人にお読ませになりながらお聞きになっていたところ、(天皇は)「この人(紫式部)は、(なんと、あの漢文で表記されている)日本書紀を読んでおられるようだ、まことに学才があるようだ」とおっしゃったが、(それを左衛門の内侍は変に)あて推量して、「たいそう(漢学の)才能があるんだって」と殿上人などに言いふらして、(私のことを)日本紀の御局と名づけたそうだ。(それは)大変(的はずれで)おかしなことでしたよ。

<ステージⅠのポイント>
●古文は主語が省略される⇒主語を補足する必要がある。
●地の文と「 」の文では、主語を補足する方法が違う⇒両者を区別できるようにする。
●地の文と「 」の文、それぞれの主語の補足方法を身につける。

<天才紫式部が認めた女性、赤染衛門>


・赤染衛門(あかぞめゑもん)は、藤原道長の娘である中宮彰子に仕えた女房で、あの紫式部が絶賛した女性である。
 『紫式部日記』に、赤染衛門は「はづかしき口つき」、つまり「こちらが気後れしてしまうほどのすばらしい歌人」であると紹介している。

また、『古今著聞集』に次のような説話がある。
 式部の権の大輔大江挙周朝臣、重病を受けて、たのみすくなく見えければ、母赤染衛門
住吉に詣でて、七日籠りて、「この度たすかりがたくは、速やかにわが命に召しかふべし」
と申して、七日に満ちける日、御幣(みてぐら)のしでに書きつけ侍りける。
  かはらんと 祈る命は惜しからで さても別れん ことぞかなしき
かくよみて奉りけるに、神感やありけん、挙周が病よくなりにけり。母下向して、喜びなが
らこの様を語るに、挙周いみじく嘆きて、「我生きたりとも、母を失ひては何のいさみかあ
らん。かつは不孝の身なるべし」と思ひて、住吉に詣でて申しけるは、「母われに代りて命
終るべきならば、速やかにもとのごとくわが命を召して、母をたすけさせ給へ」と泣く泣く
祈りければ、神あはれみて御たすけやありけん、母子共にゆゑなく侍りけり。(古今著聞集)

【現代語訳】
式部の権の大輔大江挙周(たかちか)朝臣が、重い病にかかって、助かりそうもなく見えたので、母の赤染衛門が住吉大社に詣でて、七日間こもって、「この度(息子が)助かり難いのならば、即座にこの私の命と引き換えに息子をお助けください」と申し上げて、七日目に達した日、(神に奉る)御幣に付けた紙に書き付けました(和歌)。
 子供の命と引き換えにと祈るこの命など惜しくはないが、それでも子供と死に別れることは悲しいことです。
このように詠んで(神に)差し上げたところ、神が感動なさったのであろうか、挙周の病気は良くなったのであった。母が(住吉から)下向して、喜びながらこの様子を(挙周に)語ると、挙周はたいそう嘆いて、「私が生きていたとしても、母を失ってしまったら何の生きがいがあるでしょうか。それにしても親不孝なこの身であることよ」と思って、住吉に詣でて申し上げたのは、「母が私に代わって命が終わることになっているのなら、即座にもとのように私の命をお召しになって、母をお助けください」と泣く泣く祈ったところ、神が哀れんでお助けになったのであろうか、母子共に無事であったということです。

※すばらしい和歌を詠んだために願いが叶うという説話(歌徳説話)も、数多く出題されるようだ。
 説話は基本的に短編完結型なので問題も作りやすく、入試に頻出する。
 この読解法をマスターして、「説話」というジャンルを攻略しよう。
【説話の読解法】
●「今は昔・昔・中頃・近頃」で始まり、文末には「けり」が付く。
●章末にまとめの部分がある⇒最初にチェックすること。
●説話の話の展開はたいてい決まっている⇒話のパターンを覚えておくと効果的。

(富井健二『富井の古文読解をはじめからていねいに』株式会社ナガセ(東進ブックス)、2004年[2019年版]、100頁~104頁、164頁~165頁)

紫式部と和泉式部


・和泉式部は、敦道(あつみち)親王に死なれたあと、藤原道長の娘である中宮彰子(しょうし)に仕えるが、同じ彰子に仕えていた先輩の紫式部は、自らの日記の中で、次のように和泉式部を評している。

和泉式部といふ人こそ、おもしろう書きかはしける。されど、和泉はけしからぬかたこそあれ。うちとけて文(ふみ)はしり書きたるに、そのかたの才(ざえ)ある人、はかなき言葉の、にほひも見えはべるめり。(紫式部日記)

【現代語訳】
和泉式部という人は、実に趣き深く手紙をやりとしたものです。けれど、和泉式部には感心しない所があります。(しかし)自由に手紙を走り書きした場合に、その(手紙のやりとりの)方面の才能がある人で、ちょっとした言葉に、魅力が見えるようです。

【解説】
・紫式部だけではなく、当時の人々の中には和泉式部を非難する人は多い。
 非難するどころか、「男性をかどわかした罪で地獄に落ちた」とか言ったりする。一応、慎み深い女性が理想とされた時代のことだから。でも、日記としての出来は本当にすばらしく、和歌もさりげない中にもズシンと心の奥に響いてくる。
(数多くの男性の心を惑わした罪で地獄に落ちた女性、として昔話によく語られるのが、和泉式部と小野小町。確かに和泉式部の私生活にはたくさんの男性の影が見え隠れするけど、小野小町にはそのような具体的な醜聞はこれといってない。多分、美人で和歌も妙に色っぽいから、そこから様々な話が勝手に作られて後世に広まったのだろう)

(富井健二『富井の古文読解をはじめからていねいに』株式会社ナガセ(東進ブックス)、2004年[2019年版]、186頁~187頁)

藤原道長の姉・超子と庚申待ち


●超子(ちょうし)は庚申待ち(かうしんまち)で「調子」を崩して死亡!?
藤原道長の姉である超子は、庚申待ちのときに亡くなったとされている。
夜が明けたとき、眠るように死んでいたというのだ。
次の『栄華物語』の例文は、その事件のときのシーンを描いている。
 体調が悪い日に徹夜するのは体に良くない。寝ると病気になるから、とか言うけれど、寝なくても病気になるのだ。

※当時は、縁起の悪い日(庚申の日)の夜に寝ると、病気の原因になる「さんし」という虫が体内に入り病気を引き起こすなどといって、一晩中寝ない風習があった。
 その風習を「庚申待ち」とよぶ。
 徹夜は体に悪いのに大変である。

『栄華物語』の例文
 はかなく年もかへりぬ。正月に庚申出で来たれば、東三条殿の院の女御の御方にも、
梅壺の女御の御方にも、若き人々「年のはじめの庚申なり。せさせ給へ」と申せば、
「さは」とて、御方々みなせさせ給ふ。(栄華物語)

【現代語訳】
これといって何もなく年が明けた。正月に庚申待ちが出てきたので、東三条殿の院の女御(超子)の御方にも、梅壺の女御(詮子)の御方にも、若い女房達が「年の初めの庚申の日です。(庚申待ちを)なさいませ」と申し上げると、「それでは(しましょう)」と言って、どの方々も皆(庚申待ちのための徹夜を)なさる。
(富井健二『富井の古文読解をはじめからていねいに』株式会社ナガセ(東進ブックス)、2004年[2019年版]、143頁)

本居宣長と『源氏物語』


・古代文学の中に、これからの日本人の生き方を模索しようという動きが「国学」といわれる。国学の代表的な人に本居宣長がいる。
 その著、『玉勝間(たまかつま)』を読んでみよう。師匠の賀茂真淵とのエピソードである。

 宣長、三十あまりなりしほど、縣居の大人のをしへをうけたまはりそめしころより、古
事記の注釈を物せむのこころざし有りて、そのこと大人にもきこえけるに、さとし給へり
しやうは、「われももとより、神の御典をとかむと思ふ心ざしあるを、そはまづからごこ
ろを清くはなれて、古のまことの意をたづねえずはあるべからず。然るに、そのいにしへ
のこころをえむことは、古言を得たるうえならではあたはず。<以下省略>
                         (玉勝間・二の巻)
『玉勝間』とは、宣長の歌論や芸術論。彼の博学ぶりや、真剣な学問に対する姿勢を知ることができる。

【語句】
縣居(あがたゐ)、大人(うし)、御典(みふみ)、古言(いにしへごと)
【現代語訳】
私宣長が、三十余歳になった時、県居の大人(賀茂真淵先生)の教えを承り始めた頃から、『古事記』の注釈をしようという志があって、そのむねを先生にも申し上げたところ、(先生が)さとしなさったことは、「私ももともと、神様のことを述べた書物(=『古事記』)を解釈しようと思う意志があったのだが、それにはまず中国思想からきっぱりと決別して、古代の真の精神を究明しなかったら(それは)できるはずがない。けれども、その古代の精神を理解することは、古代の言葉を習得した上でないとできないのだ。」

【解説】
・宣長やその師匠の賀茂真淵がどうして国学を始めようと思ったのかが、わかりやすく表現されている。

<松阪の一夜~一度きりの師弟の出会い~>
・本居宣長は、自分の住む松阪に賀茂真淵が宿泊すると聞くと、早速そこに押しかけ、その夜、師弟の契りを結んだ。これが師弟関係の始まりだったが、宣長と賀茂真淵が会ったのは、生涯このたった一度だけだったといわれている。それからの二人の学問研究のやりとりは、手紙で続けられた。

※宣長はその著『源氏物語玉の小櫛(をぐし)』において、日本文学における物語の本質を、「もののあはれ」にあるとした。
 この概念は、「人間が何かに触れたときに自然と心の中に沸き起こってくるしみじみとした感情」のことである。
 それは人間らしい情愛にもあてはまるし、自然を見ていてジーンときたときの気持ちにも使用される。
・清少納言の『枕草子』に表現されている「をかし」という感性は、華やかな情趣や滑稽な笑いが広がるという点で、「(ものの)あはれ」とは異なる。
『枕草子』をどこか明るく、『源氏物語』をどこかさびしく感じるのはそのためであろう。



・ここで「評論(歌論)で説かれる文学理念」について目を通しておこう。
【歌論で説かれる文学理念】
ますらをぶり▶『万葉集』に見られる男性的な力強い歌風。
たをやめぶり▶『古今和歌集』に見られる優美・繊細な歌風。
もののあはれ▶本居宣長が名付けた、『源氏物語』に見られるしみじみとした奥深い情趣。
をかし▶明るい知性美を表した概念。景色を客観的・主知的に表現する用語。『枕草子』以外でも和歌の是非を判断する用語として使う。
長高し(たけたかし)▶雄雄しさ、崇高さを表す用語。「もののあはれ」「をかし」と並ぶ重要な用語。
幽玄(いうげん)▶言葉の奥に漂う余情美をいう。表面的な表現を嫌うこの考え方は、芭蕉の「さび」などの理念に影響を与えた。
有心(うしん)▶幽玄を継承した理念。幽玄と同じように余情の美を重んじるが、より技巧的で色彩美を好む。
無心(むしん)▶有心に対する概念。初めは連歌における滑稽な表現のことを言ったが、室町時代になると、世阿弥の能楽論における精神を超越した無我の境地の意味になった。

(富井健二『富井の古文読解をはじめからていねいに』株式会社ナガセ(東進ブックス)、2004年[2019年版]、199頁~201頁および別冊26頁~27頁)

『大鏡』について


・『大鏡』という作品は、「歴史物語」というジャンルである。
 190歳の大宅世継(おおやけのよつぎ)と180歳の夏山繁樹(なつやまのしげき)とその妻が、30歳ぐらいの若い侍を相手に昔語りをし、そのそばで作者が筆録したという設定になっている。
・この『大鏡』は、1100年頃に成立した歴史物語。
 そして、その中で扱っているのは、850~1025年の出来事。つまり、250年前からの話をとりあげている。
 時代の生き証人として、190歳の老人を語り手に設定することで、この歴史物語の信憑性を高めようとしたようだ。
 『大鏡』には、実際の体験者、経験者の生々しい「語り」の効果がいかんなく発揮されているといわれる。この「語り手」が登場したら、「主語のない心情語・謙譲語の主語は語り手自身(私)」であると考えよう。

〇『大鏡』の例文
 傍線部が心情を表す語(心情語)である。

 いづれの御時(おんとき)とはたしかにえ聞き侍らず。
 ただ深草の御ほどにやなどぞおもひやり侍る。(大鏡・上巻)
【現代語訳】
 どの天皇の御治世とは確かに聞いたと答えることはできません。
 ただ深草天皇の御治世の頃であっただろうかと(私は)はるかに思い返しております。

※この傍線部の主語は「語り手」である。
 この作者は、老人たちの話をただ書きとめていただけという設定だから、「思ふ」「知る」
といった感じの心情語の主語は、「作者」ではなく「語り手」の老人である可能性がすごく高い。

〇『大鏡』の例文
 村上の帝、はた①申すべきならず。「なつかしうなまめきたる方は
 延喜にはまさりまうさせたまへり」とこそ人②申すめりしか。(大鏡・下巻)
【現代語訳】
 村上天皇(の優秀さ)は、何かと(私が)申し上げるまでもありません。「親しみやすく優雅でいらっしゃる方面は醍醐天皇にもまさっていらっしゃる」と(世間の)人が申すようでした。

※傍線部①は謙譲語で、主語は省略されているから、主語は「語り手(私)」。
 傍線部②も謙譲語だけど、主語は省略されていない。「人」が「申す」とある。

※このように、「主語のない心情語」だけでなく、「主語のない謙譲語」があった場合にも、その主語は「語り手」である可能性が高い。
 (もう一つの歴史物語の『今鏡』には、こんなに露骨に語り手は登場しないが、語り手の存在は意識しておいてほしい)

・主語のない心情語・謙譲語の主語は語り手であるというのは、大切な読解法であるが、次のような文章の主語には注意してほしい。
〇『大鏡』の例文
 大臣(おとど)の位にて十九年、関白にて九年、この生きはめさせたまへる人ぞかし。
 三条よりは北、西洞院より東に住みたまひしかば、三条殿と申す。(大鏡・上巻)
【現代語訳】
・(太政大臣の頼忠は)大臣の位で十九年、関白で九年、この世の栄華を極めて一生を過ごしなさったお方ですよ。
 (京都の)三条よりは北、西洞院より東に(お邸があり)住んでおられたので、(人々は)三条殿と申し上げる。

※このような場合の謙譲語(申す)の主語は、あえて訳すなら「(まわりの)人々」である。
 文脈を考えても、「語り手」ではない。
 こういった場合は要注意。
 主語を補足する際には、できる限り文脈も考慮しよう。

【補足】『栄華(花)物語』と『大鏡』(別冊22頁より)
〇『栄華(花)物語』(正編→赤染衛門/続編→出羽弁(いでわのべん))
宇多天皇から堀河天皇までの約200年間の歴史。
 藤原道長の栄華を賛美。
 敬語に注意して人間関係を掌握、一気に読解すること。
 <藤原氏の系図>
 ・藤原兼家
  その子道隆、道兼、道長、詮子(せんし)
 ・道隆の子として、伊周(これちか)、隆家、定子、原子
 ・道長の子として、彰子(しょうし)
 ・詮子の子として、一条天皇
 ・一条天皇は、定子、彰子と結婚。

〇『大鏡』(未詳)
・文徳天皇から後一条天皇までの歴史とその他30人の列伝。
 『栄華物語』と違い、藤原道長の栄華を批判的に語る。
 語り手(大宅世継と夏山繁樹)が若侍に語った言葉を作者が書き残したという設定がなされている。
 (尊敬語の文以外の)主語のない文の主語は、語り手であることが多い。

(富井健二『富井の古文読解をはじめからていねいに』株式会社ナガセ(東進ブックス)、2004年[2019年版]、169頁~172頁および別冊22頁)

『大鏡』の一節


清涼殿の建築様式をふまえて、『大鏡』の一節を読解してみよう。
「延喜(えんぎ)」・「帝」とあるのは、醍醐天皇のことである。
「この殿」は藤原時平のこと、「内(うち)」は内裏(の清涼殿)のこと、「殿上」は清涼殿にある殿上の間のこと。


延喜の、世間の作法したためさせ給ひしかど、過差をばえしづめさせ給はざりしに、
この殿、制をやぶりたる御装束の、ことのほかにめでたきをして、内に参り給ひて、
殿上にさぶらはせ給ふを、帝、小蔀より御覧じて、御けしきいとあしくならせ給ひて、
職事を召して、「<中略>便なきことなり。はやくまかり出づべきよし仰せよ」
と仰せられければ、
(大鏡)
出題
立教大学の社会学部

【読み方】
・過差(くゎさ) ・殿上(てんじゃう) ・小蔀(こじとみ) ・職事(しきじ)
※小蔀とは秘密ののぞき窓みたいなもの。

【現代語訳】
醍醐天皇が、世間の風俗をとり締まりなさったが、贅沢をやめさせることがおできにならなかったところ、この藤原時平殿が、決まりを破ったご装束で、格別にすばらしいのを着て、内裏(の清涼殿)に参りなさって、殿上の間にお仕えなさるのを、天皇が、小蔀よりご覧になって、ご機嫌が非常に悪くおなりになって、(秘書官の蔵人である)職事をお呼びになって、「<中略>不都合なことだ。すぐに退出するように命じよ」とおっしゃったところ、

【場面】
天皇の居場所は、「昼(ひ)の御座(おまし)」。藤原時平は天皇が見ているとも知らず、派手な格好をして殿上の間に登場した場面。

この文の続きにあるように、この事件は時平と醍醐天皇が世間のゼイタクを鎮めるためにわざとやったらしい。
(また、あの当時の最高権力者であった藤原道長とその子供の頼通が、力を合わせてゼイタクをとり締まったという話も出てくる)

【参考】藤原時平VS菅原道真
醍醐天皇の頃、藤原時平は左大臣であった。右大臣はあの有名な菅原道真。
道真をやっかんだ時平は、陰謀により道真を失脚させ、大宰府に流してしまう。
その後、時平に関係する藤原氏に道真が祟ったとする伝説が数多く生まれ、以後、道真は学問の神様としてあがめられるようになった。

(富井健二『富井の古文読解をはじめからていねいに』株式会社ナガセ(東進ブックス)、2004年[2019年版]、121頁~122頁)