歴史だより

東洋と西洋の歴史についてのエッセイ

≪勝負師の教え~張栩氏の場合≫

2024-07-28 18:00:41 | 囲碁の話
≪勝負師の教え~張栩氏の場合≫
(2024年7月28日投稿)

【はじめに】


 7月26日、パリ五輪は、市中心部のセーヌ川を舞台に、開会式が行われた。花の都であり芸術の都でもあるパリで、100年ぶり3度目となるスポーツの祭典が開催された。
 火事からの再建が進むノートルダム大聖堂など、歴史的建造物のそばを船で行進し、トロカデロ広場に集結して開会宣言が行なわれた後は、レジェンドたちが聖火をつなぐ。最後は、ルーヴル美術館近くのチュイルリー公園に設けられた聖火台に、柔道同国代表のテディ・リネールが着火した。
 約4時間の大活劇は、難病のセリーヌ・ディオンさん(フランス語を母語とするカナダ出身の歌手)がエッフェル塔から熱唱し、最高潮に達した。エディット・ピアフのシャンソンの名曲「愛の讃歌」を力強く歌い上げる姿に大歓声が起こったそうだ。
(パリ五輪をきっかけに、タイムリーに、パリの歴史とか、7月3日の渋沢栄一を肖像とする新1万円札の発行を記念して、渋沢栄一とフランスとの関係などをテーマに、ブログ記事を書いてみたい気もする。しかし、当分は囲碁関連の記事を投稿する予定である)

 さて、今回のブログでは、張栩氏の勝負師としての教えについて、次の著作を参考にして考えてみたい。
〇張栩『勝利は10%から積み上げる』朝日新聞出版、2010年
 碁を芸の表現と見るか、勝負第一と見るか、棋士の考え方はさまざまである。そして、国によっても大いに異なる。
 秀行先生は、本のタイトル『勝負と芸』にもあるように、碁とは、勝負である前に創造であり芸術であると考えていた。そして、芸の幅を広げるには、人間の幅を広げなくてはならないとする。人間を磨いてこそ、一流の碁打ちに成長するという信念を持っておられた(藤沢秀行『勝負と芸―わが囲碁の道』岩波新書、1990年、38頁、164頁、171頁)。
 井山裕太氏は、「勝負と芸術の二兎を追って」(128頁~131頁)の中で、「囲碁に求めるのは勝負か芸術か?」と問われたら、「二兎を追います」と答えている。勝利を懸命に追い求めるなかで、盤上に自分らしさを表現したいと言い、勝負と芸術の二兎を求めることが究極の目標であるとする(井山裕太『勝ちきる頭脳』幻冬舎文庫、2018年、128頁~129頁)。

 さて、この張栩氏の著作を読むと、どうか?
「囲碁の国風」(223頁~224頁)において、日本では囲碁を「文化」「芸術」と捉え、中国と韓国では「スポーツ」として捉えているとする。この点は、日本人には意外に感じられる人が多いのではないかと思う。
 中国では、棋士は「体育局」という組織の中に組み込まれており、これは、スポーツのオリンピック選手たちとまったく同列に位置づけられていることを意味するそうだ。
 これは、単なる編成上だけの問題ではなく、その育成方法から国際大会における代表選手の選抜方法まで、スポーツ選手と同じシステムを採用している。全国各地から優秀な子供を北京に連れてきて、徹底した競争原理のもと、さらに優秀な者だけを国家チームに組み入れて、英才教育を施す。そして、情け容赦のない淘汰に次ぐ淘汰で、エリート中のエリートだけしか残れないという仕組みであるそうだ。
そして、韓国も、基本的には中国に近い感覚で、「スポーツ」として囲碁を捉えているらしい。
(張栩『勝利は10%から積み上げる』朝日新聞出版、2010年、224頁)

パリ五輪というスポーツの祭典に因んで記すわけではないが、碁の捉え方が、国によっても大いに異なることを思い知らされた著作が張栩氏の著作であった。

【張栩氏のプロフィール】
・1980年台湾生まれ。囲碁棋士。日本棋院東京本院所属。
・2009年、囲碁史上初の五冠(名人・十段・王座・天元・棋聖)獲得を達成。
 さらに史上最速、最高勝率で700勝、30タイトル獲得を達成。
※読みの深さ、正確さに裏打ちされた柔軟な発想と決断力が持ち味の最強棋士。

<プロフィールの補足>
・妻の泉美さんは、小林光一先生の娘であり、囲碁界のスター棋士を育てた木谷實先生の孫である。
 泉美さんのコラム「詰碁と張栩と私」(本書、141頁~147頁に再掲)は、『張栩の詰碁』(毎日コミュニケーションズ刊)に寄稿したものであったが、好評だったようだ。お二人の結婚前の恋愛の様子がわかる貴重なコラムでもある。交際初日、張栩さんがまず語ったのは、「地合いの正しい計算方法」であったという。また、初めての喧嘩は、詰碁が原因であったというのも、プロ棋士同士の恋愛ならではであろう。
(張栩『勝利は10%から積み上げる』朝日新聞出版、2010年、143頁、147頁、173頁)



【張栩『勝利は10%から積み上げる』(朝日新聞出版)はこちらから】
張栩『勝利は10%から積み上げる』(朝日新聞出版)





〇張栩『勝利は10%から積み上げる』朝日新聞出版、2010年
【目次】
まえがき
長い序章
 名人戦
 七歳半の重圧
 野良犬のような
 「囲碁、やめてもいいよ」
 敗者復活

1章 読みと感覚
 相手の最善手を考えることを習慣に
 「読み」と「感覚」
 直感は経験によって磨かれる
 勝負の嗅覚
 いい加減な碁は打たないという矜持
 不利はすぐさま取り返すものではない
 
2章 勝利は10%から積み上げる
 勝利は10%から積み上げていくもの
 プロならば勝ちを目指すべきです
 勝ちを目指すなら徹底的に
 勝負と覚悟
 真の負けず嫌いとは
 適切な目標設定

3章 勝ちきる力
 あたりまえのことができるのが本当の力
 あたりまえの継続が未来の力になる
 負けにくい技術
 金星狙いでは本物になれない
 言い訳をしない
 負けには必ず理由がある
 相手を尊敬することが勝ちにつながる

4章 効率を考える
 目的と手段はシンプルに考える
 時間を味方につける その1
 時間を味方につける その2
 先人の知恵に学ぶ
 脳の体力を鍛える
 脳の柔軟性と集中力を鍛える
 効率がいいと「美しい」
 詰碁について
 
5章 勝利の流れをつかむ
 ミスと向き合う
 どんな形勢でも「慌てず、奢らず」
 勝負の流れ
 成長するとは「変わること」
 尖った部分があっていい
 ライバルを持つこと
 緻密な準備が勝利を呼ぶ
 心技体の準備法
 ほんとうの自信は結果に左右されない
 とことん楽しむ

6章 支えられてきた道
 父について
 囲碁との出会い
 父の指導法
 義父三人
 師・林海峰
 勝てなくなった日本
 何が日本に足りないのか
 日本復権の条件
 日本碁界の長所と希望
 囲碁の「国風」
 教育としての囲碁
 「才能」は環境が育てる
 棋士としての責任感

あとがき




さて、今回の執筆項目は次のようになる。


1章 読みと感覚
 「読み」と「感覚」
 直感は経験によって磨かれる

4章 効率を考える
 時間を味方につける その1
 先人の知恵に学ぶ
 脳の柔軟性と集中力を鍛える
 効率がいいと「美しい」
 
5章 勝利の流れをつかむ
 成長するとは「変わること」
 尖った部分があっていい

6章 支えられてきた道
 父の指導法
 師・林海峰
 日本碁界の長所と希望
 囲碁の「国風」






1章 読みと感覚

「読み」と「感覚」


・「部分的な判断」と「大局的な判断」、いずれの場合にも着手の決定は、「読み」と「感覚」に頼って行う。
 例えていうなら、「読み」は勝ちへ続く真っ暗な道を照らす懐中電灯、「感覚」は懐中電灯なしでも自在に暗闇の中を動ける力、という感じだという。

※しかし、「読み」を磨いて懐中電灯をいくら強力にしても、すべてが真昼のように明るくなることはない。勝ちへの道を進むには、「読み」と「感覚」、両方を備えなければならない。

・その二つを具体的にいうと、
 「読み」は、論理計算と、論理的思考によって予想図を組み立てること
 「感覚」は、理屈や論理に裏打ちされた「ひらめき」と、「直感・感性」
となる。
※「直感」は、パッと見ての第一感といってもいい。
 「ひらめき」と「直感」の違いについては、脳研究者の池谷裕二先生が著書で明快に説明されていたので、それを紹介している。
・「ひらめき」とは、後でどうしてそう考えたか理由を聞かれた時に説明できる思いつきのこと。
・「直感」とは、理由を聞かれても、「ただ何となく」としか答えようがない思いつきのこと。
というものである。

※考えに考えてポンッ!と生まれるのが「ひらめき」、考えずに一瞬で思いつくのが「直感」である。「感性」はその人の性格やセンス、棋風などのことである。
 囲碁の場合、時には「気合い」という要素も加わるという。
(張栩『勝利は10%から積み上げる』朝日新聞出版、2010年、33頁~36頁)

直感は経験によって磨かれる


・囲碁は、脳の体力、脳の柔軟性、脳のキレを競う勝負であるから、普通に考えると、若く、瞬発力と体力を恃(たの)める二十代が一番強いとされる。
 一方で、ベテラン棋士がとてつもない力を発揮されることがある。
 実際に七大タイトル本戦のトップレベルでも、50歳を超えたベテラン棋士が多く、リーグ入りして活躍されている。その棋士を見ていると、読みを深めるというよりも、直感を頼りに打っているだけで、石が絶好点に行くことが多いように見えるそうだ。つまり、年齢を重ねれば重ねるほど、直感だけで、魔法のように石がいいところに行くように見える。

・日本囲碁界の第一人者で現在95歳(ママ)の呉清源先生に接するとその思いは新たになる。
 「昭和の棋聖」と謳われ、現役棋士にとっては神様みたいな存在である。
 実戦の棋譜(手順の記録)を見ての呉清源先生のご高察は、一線で活躍するプロ棋士たちにとって、大いなる参考になっているそうだ。
 ベテラン棋士や呉清源先生の力は、まさしく直感によるものだ、と著者は考えている。
 つまり、直感は経験によって磨かれるという。
 先生方が囲碁にかけた気が遠くなるような時間と、何十万局という実戦経験が類まれなる直感を育んでいる。
 膨大な対局をこなす中で、似たような局面を経験し、成功も失敗も積み重ねていくうちに「このような場面では、こう打つと良い結果につながり、こう打つと悪い結果となることが多かった」というデータが、自分の中にしっかり蓄積されてくる。すると、ある局面を見た瞬間、直感的に「この手はもう、その後をきちんと読まなくても、うまくいかないことが分かる」とか「きっとこの手が正解だ」といった予知能力が働く。これを囲碁界では「第一感」と呼んでいる。
(張栩『勝利は10%から積み上げる』朝日新聞出版、2010年、39頁~40頁)

4章 効率を考える

時間を味方につける その1


☆日本の囲碁界と、中国や韓国のそれとでは、時間の使い方に関して、相違が見られるという。

・日本の囲碁界には、「持ち時間を残して負けるのは恥ずかしい」と考える風潮がある。
 負けるにしても、時間をぎりぎりまで使い、最善の努力をした上で負けろ、ということである。

・しかし、中国や韓国の碁では、持ち時間3時間の碁なのに、両者とも1時間ずつしか使わずに終わってしまっている碁を見かけることがある。しかもこういうケースが結構多い。
(日本でこんなことをしたら、たちどころに「2時間も残して負けて、何をやっているんだ。勝つ気はあるのか」と非難されてしまう。最善の努力をしていない、とみなされる)

※著者は、こういうケースを見ても、違和感を覚えないそうだ。
 なぜなら、彼らは、時間の使い方を含めて勝負しているから。
 「後半で時間をたくさん使う場面が出てくるはずだ。仮に前半で時間を目いっぱい使い、それで優勢を築いても、後半で時間がなくなったら、その後を最善には打てない」と、彼らはよく理解している。
(その意味で、彼らは、勝つための最善の努力をしているといえる)

・こうした時間についての考え方は、中国・韓国の棋士は徹底している。
 一方で、日本の棋士を見ていると、過去の風潮がまだ残っているようだ。
 その良い面も多くあるが、こと勝負にこだわるならば、時間に関する考え方は甘いという。
(その証拠に、中国や韓国の棋士は、日本の棋士と対戦する時に、「少しくらい形勢が悪くても、日本の棋士は前半でたくさん時間を使うから、後半でいくらでも追い込める」と思っているという。そして実際、後半で秒読みになってから、ミスが出ての逆転負けがいかに多いことか。)
(張栩『勝利は10%から積み上げる』朝日新聞出版、2010年、113頁~117頁)

先人の知恵に学ぶ


・「定石」という囲碁用語がある。
 囲碁のみならず、一般用語にもなっている。「決まりきった手順」とか「マニュアル」という意味である。
(スポーツで言えば、「基本フォーム」のようなもの)

〇また「定石」は、先人たちが連綿と積み重ねてきた研究の結晶でもある。
➡この「定石」が今に受け継がれてきたことによって、石の筋や形、効率といったものを容易に学び取ることができる。
 定石を学ぶことは囲碁の上達において、最も有力な勉強法の一つと言える。

〇また、自分より強い人の棋譜を碁盤に並べることも、有力な勉強法である。
(スポーツで言えば、一流選手のプレーを録画して見直すようなもの)

※定石を学ぶことも、棋譜を並べることも、「先人たちの知恵をありがたくお借りすること」である。
 これを繰り返すことで、自分の中に「囲碁の良質な常識」を詰め込んでいくことができる。
 だから、弱いうちは定石を覚えることから始める。

※しかし、段々と上達していくにつれ、「覚えること」からは卒業しなければならない。
 なぜなら、定石は頼もしい存在ではあるが、川柳にも「定石を覚えて二目弱くなり」とあるように、定石の手順に固執すると碁盤全体が見えなくなり、結果として形勢を悪化させてしまうことになるから。
(「木を見て森を見ず」という状態)

※囲碁とは、記憶力や論理力だけではなく、全局的な戦略のもとに着手を決定していくゲームである。
 そして、定石とは、あくまで「部分における模範手順」でしかないことを認識しておかなければならない。
 その点さえ押さえておけば、定石の活用は、勉強の効率を飛躍的に上げてくれる、最も手っ取り早い上達法である。

〇では、ある程度強くなったら、どのような勉強をすればいいのか?
 著者の経験を例にして述べている。

・著者も子供の頃は定石を覚えたというし、プロになったばかりの頃までは棋譜並べも多くしたそうだ。
 定石の効能は上述の通りだが、棋譜並べでは自分より強い人の碁を並べて、「なるほど、こういう場面ではこう打つものなのか」と学んだようだ。

・でも、だんだん強くなっていくにつれ、定石や常識とされているものに対して、「本当にそうなのか?」という疑問が湧いてきたという。
 囲碁の勝負は一局ごとに場面が異なるわけであるから、普段は常識とされているものでも、周囲の状況が変われば非常識となる可能性があることに気づいたそうだ。
 
※こうした考えが実感できればしめたものである。
 こうした疑問が湧いてこないということは、マニュアルに依存してしまっているということであるから、新しい可能性が広がることはない。
 常識に対する疑問が湧いてきたら、そこに自分なりの考えや解釈をプラスしていく。この段階まで来て、初めて「先人の知恵を吸収できた」と言える。
 
※弱いうちは定石や棋譜並べから得た常識を活用することから始め、強くなってきて自分の考えを持てるようになったら、定石を参考にしながら「自分なりに考えた上で」一手一手を打たなければならない。
定石や常識といった先人の知恵は、その意味を理解することが重要である。
 なぜそうなるのか、なぜそうするのか、その成り立ちが心底理解できれば、周囲のどんな状況にも、臨機応変に対応することができるようになる。
(張栩『勝利は10%から積み上げる』朝日新聞出版、2010年、122頁~125頁)

脳の柔軟性と集中力を鍛える


・著者は脳というものを、例えているなら、筋肉のようなものだと考えている。
 スポーツ選手の筋肉が強さだけではなく柔軟さも必要としているように、棋士の脳にも体力だけではなく柔軟性が必要だという。
 脳はどんな高齢になっても、使っていれば脳は磨かれるようだ。
 例えば、一局の碁でも、盤上に現れた手順を記憶しているだけではなく、盤上に現れなかった水面下の変化をも記憶している。
 対局中は盤上のことだけを考えているが、勝負を終えたら「相手がこう打ってきたら自分はこう打つつもりだ」とか「こう打たれたら嫌だと思っていた」など、現実化しなかった手順・変化をどれだけ覚えていることができるかが大切だという。

※実戦に現れた手順は、対局中に考えていたことの氷山の一角に過ぎないらしい。
 勝ったからといって「よし、いい内容の碁が打てた」と盤上に現れた手を振り返っているのでは、ただ上っ面をなぞっているだけで、真の意味で一局の勝負を研究・反省しているとは言えないようだ。
 水面下に埋もれた変化こそが何より重要であり、そうでなければ密度の濃い反省はできない。

・脳の働きを衰えさせないために、筋力トレーニングと同じように、常日頃から脳を鍛えておかなければならない。
 具体的には、特別なトレーニングは何もしていないが、トランプや将棋、チェスのような室内遊戯をしたり、パズルやクイズなどの頭を使う問題を解いたりするくらいであるそうだ。
※囲碁以外のことに頭を使うことで脳が柔軟になり、それが結果として囲碁にもプラスとなる。
 著者は、子供の頃に父から受けた教育を思い出すという。
 囲碁を教える前に、トランプやチェス、中国将棋など、様々な頭脳ゲームを教えた。
 まだ三歳くらいだったので、いきなり囲碁を教えるのは無理だと考えたようだ。
 そこでまずはトランプなどの簡単なゲームに興味を持たせ、「考える力」を身につけさせようとした。そして六歳半になってそれなりの思考能力がついてきた時に、満を持して囲碁を教えたそうだ。
 つまり、トランプや中国将棋が、囲碁を始めるにあたっての最高の準備運動、助走期間になった。

・また日本語という母語以外の言葉を使っていることも、幸運の一つだという。
※東北大学の川島隆太教授の研究で、母語を音読するよりも、外国語を音読した方が脳を活性化するという結果が出ているそうだ。
 つまり、映画を観るだけでなく、マンガを読んでも、カラオケを歌っても母語以外の言葉を使うことが脳のトレーニングになっているという。
 また、川島先生は、子供の教育や脳のアンチエイジングに囲碁が大変有効なのではないかという研究も進められている。
(張栩『勝利は10%から積み上げる』朝日新聞出版、2010年、128頁~132頁)

効率がいいと「美しい」


・囲碁というゲームは、盤上に一手ずつ交互に着手し、相手より多くの陣地を囲うゲームである。より少ない石数で地(陣地)を囲うなど、効率を求めていくゲームともいえる。

・打った石が無駄なく配置されていく様には、とても美しいものがある。
 美的感覚も囲碁では大切である。
 石が同じ箇所に固まっていて、働きが少ない姿は悪い形である。
 (囲碁用語では「愚形」という)
 その反対の「美形」という言い方はしないが、効率の良い石の形は自然と美しく見える。

・また、「石」には強弱がある。
 強弱の判断には感覚的な要素に拠るところも大きいが、簡潔にいうと、眼形のある形(絶対に取られない石)は強い石、眼形のない石は弱い石となる。

・さらに、軽い石、重い石、という感覚もある。
 石がいくつも固まってしまうと自然と重い石となり、責任も重くなる。
 働きが悪いが、かといって捨てるにはダメージが大き過ぎて難しい。

 石数が少なければ、当然軽くなる。
 責任が小さくて捨てやすい状態だが、それではと打った石から順に捨ててしまっては、いつまで経っても実がない。

 その中でも、例えば相手の石を攻めるのに貢献したり、何か役目を終えたりした石は、(石の数や状況にもよるが)特に軽い石となる。
 これからの局面であまり働かないと判断すれば、いつでも「捨て石」にしてしまう。
 つまり、他に大きくなりそうな陣地、大事な場所があれば、そちらを優先して打ち、相手がその石を取りに来ても、あえて助けには行かない。

・「軽い」というのは決して悪いことではない。
 その軽さを武器に、相手を悩ます手を打ったり、相手の出方を見る「様子見」ができたりする。
(戦場で例えるなら、偵察兵のように、情報を集めるような働きができる)
※軽さは弱さにもつながるが、軽いからこそできる役割もある。
※世の中の変化と同じように、盤上は一刻一刻変化し続けるもので、先を予測することは困難だが、その時その時の状況をしっかり判断して、過去の目的だけにこだわり過ぎずに、臨機応変に変化していく必要もある。

・最後は石の「厚み」と「薄み」について。
 石が多いところは自然と石が厚くなってくる。
 石が厚いというのは眼形が厚いということだから、基本的には良いことが多くある。
 将来、この厚みを使って相手の石の攻めに利用したり、陣地を作ったりする。
 ただ、注意したいのは、働きのない厚い石は効率の悪い愚形にもなり得るということである。
 薄い形は、状態によっては相手にどこをつかまれても、ボロボロになってしまう時もあり、盤上に自分の陣地はない上に「薄い」場合などは絶体絶命と言ってよい。

・ただ、「薄い」ということが必ずしも悪いわけではない。
 効率を追求し、より少ない石で最大限に働かせようとすると、自然と薄くなってしまうものである。

※著者も、自分の石が薄くなってしまう傾向があるという。
 将来働くかどうか分からない厚みに力を溜めるよりも、目の前の利益(陣地など)を得る方が魅力的に映りやすいからであるそうだ。
 著者の碁の棋風は、「スピード重視」の部分もあるようだ。
 序盤で打ちにくくしたり、中盤で形勢を損じたりする場合は大抵、この薄さが原因であるという。
 無理に一つの石を働かせようとして、相手に隙を突かれたり、相手の厚みを軽視して、巨大な陣地を作られたりする。

※だから、もっと「厚み」を意識して打たなくてはいけないと思ってはいるが、もともとの性格も影響するのか、将来を見越して力を溜める手というのは、なかなか打ちにくいという。
(「今、目的がはっきりしている手」の方が、確実に信頼できるような気がする)
➡そういう意味では、囲碁は「性格」が出るゲームである。

※囲碁においても、効率のいいものが美しい。
 美しさが強さになることは気持ちのいいことであるという。
 今あるものを生かしつつ、無駄をなくして効率を追求する囲碁というゲームには、人間が求める、美しさの芯棒のようなものが内包されているのかもしれないとする。
(張栩『勝利は10%から積み上げる』朝日新聞出版、2010年、132頁~137頁)

5章 勝利の流れをつかむ

成長するとは「変わること」


・囲碁とは、人がその一生を賭けて追究しても、決して究め尽くすことのできないゲーム。
 だからこそ、江戸時代から現在に至る400年以上も、棋士という職業が続いてきた。

・自信を持つと同時に、「自分はまだまだ未熟だ」という謙虚な姿勢を持つことが大切。
 「自分はもう充分に分かっている。だからこれ以上学ぶことはない」などと思ったら、その瞬間に成長は止まり、それどころかひたすら下降の道を辿ることになるだろう。

〇「自分にはいくらでも学ぶべきことがある」。こう考えることができれば、その人は今後も成長を続けることができるが、その際に重要なことが、「自分が変わることを恐れない」ことであるという。もし「さらに成長したい」と思っているなら、自分が変わることを恐れてはいけない。
 変化することはリスクを伴うが、自分を変えることによってしか、自分を成長させることはできない。
※リスクにあえて挑戦し、過去の自分に打ち勝つことのできた人だけが、さらなる成功をつかむことができる。 
 囲碁界でも歴史に名を残してきた名棋士たちは、常に進化を求めて自らの古い殻を打ち破り、自分の碁を創り上げてきた。

・著者の場合はどうか?
 王銘琬先生との第56期本因坊戦七番勝負が、大きな転機だったという。
 著者は3勝4敗で敗退したが、今の自分から見ると、技術的な面で未熟な部分があったと振り返る。
 早く強くなるために、「答えの出る中盤および終盤での能力を鍛えよう」とそちらに力を注いできたので、序盤構想の分野で劣っている面があったそうだ。

・七番勝負は2日制で持ち時間が8時間という、いちばんの長丁場。
 そして持ち時間が長くなれば長くなるほど、序盤が重要になってくる。
 著者はそういう碁に対する勉強をしてこなかったので、この面での弱さが出た。
 序盤、自分のパターンにはまらないとうまくいかないという偏りがあった。

・また、王銘琬先生の碁が、他に類を見ないほど独特で、厚みや模様を重視する、著者のいちばん足りない部分を得意とする碁であった。
(このシリーズから得たものは大きく、以降の著者は王銘琬ファンになった)

※著者は、それまで極端な勉強の仕方をしてきて、「ここはこう打つ一手」と決めつけてきたが、碁に対する考え方の幅が格段に広がったとする。
 決めつけもそれはそれで一つの強さなのだろうが、視野が狭かったことは間違いない。
「色々な考え方がある」ということが分かっただけでも、大変な「気づき」だったようだ。
 ただし、何の迷いもなく、自分の碁を変えられたわけではない。
 著者自身、変化を恐れる気持ちがなかったと言えば嘘になる。
 しかし、王銘琬先生に負かされたことで、自分の実力の足りなさを痛感した。
 このままでは自分の碁に成長はないと考え、変わることを選んだ。
(その結果、2年後には本因坊に再挑戦して、加藤正夫本因坊からのタイトル奪取も果たせた)
〇現状に満足することなく、絶えず成長のための新しい変化を求める姿勢を、著者はこれからも変えないという。
(張栩『勝利は10%から積み上げる』朝日新聞出版、2010年、164頁~167頁)

尖った部分があっていい


・今の世の中は、何か一つのことに秀でていることが評価される時代。
 色々なことを広く浅くという平均タイプではなかなか厳しく、そのマルチな才能を「一つのこと」として、まとめ上げる必要があるのかもしれない。

※囲碁においても、まったく同じことが言えるようだ。
 序盤・中盤・終盤のすべてが平均点であるよりは、例えば「序盤の構想力は今一つだけれど、中盤の戦闘力は誰にも負けない」という一点に秀でているタイプの方が、成績も良く、将来的にも可能性を秘めている。
 もちろん、全体的なバランスが取れているのがベストであることは確かだが、だからといって、必ずしも「丸くなる」必要はなく、「尖った部分」があっていい。

・例えば、若い頃の山下敬吾さん。
 プロ入り直後から大変な勝率を挙げていたから、すべての面で優れていたが、その中でもその戦闘力のすさまじさは群を抜いていた。
 そして、この最大の長所が、今も山下敬吾さんの強さの核となっている。

・また、高尾紳路さんの厚みに対する独特の感性も、若い頃から際立っていた。
 ともすれば、「甘い碁」になってしまいかねない危険性がある中で、自分の感性を信じて、誰にも真似のできない碁を創り上げた。そして、名人・本因坊にまで駆け上がった。

※丸くなることを目指し過ぎた結果、自分の能力をつぶしてしまってはもったいない。
 人真似は嫌だ、と言って、つっぱるような勘違いをしてもらっては周りが困ってしまうが、ここぞという自分の信じるところに矜持を持って、その能力を大切にすることは必要。
 物事には常に二面性がある。
 短所には長所が隠れている。それなのに、闇雲に短所を消そうとすると、せっかくの長所まで消してしまうことになりかねない。

・子供の頃の著者の囲碁は、「冒険をしない」、「堅実すぎる」と言われたようだ。
 それはいわば短所とされていたが、今は長所と呼ばれている能力につながっている。
 僅差であっても確実に勝ちきる力、「正解が存在する分野で、確実に正解を出すことができる能力」に磨きをかけることにつながったとする。
(張栩『勝利は10%から積み上げる』朝日新聞出版、2010年、167頁~169頁)

6章 支えられてきた道

父の指導法


・囲碁教室や碁会所に行く時には、父親が必ずつき添ってくれたそうだ。
 父親は碁も分かるので、帰り道の会話で頭の中での反省会が始まる。
 この頃から頭の中に仮想碁盤を描く訓練が始まっていたという。
 碁を本当に真剣に見ていて、中盤戦に弱いと見れば手筋や詰碁の本を、終盤が弱いと見ればヨセの本を買ってきて、「これを勉強してみたらどうだ」と提案してくれた。

・また父親は大変なアイデアマンであった。
 「ただ漠然と棋譜並べをするだけでは今一つ身につかないから、五十手ごとに形勢判断をするように」といって、手製の書き込み式ドリルのようなものを作ってくれた。
ある日「これから一カ月間は三連星だけを打つようにしろ」と言ってきた。
そして一カ月が経つと今度は「では今度は中国流だ」という具合である。
(三連星とか中国流とは、序盤における戦法の名前で、どちらも力戦志向という傾向がある)
※その頃の著者の碁は堅実志向だったそうで、その点を父親は気にして、戦いの碁も経験させようとしたようだ。
 この勉強法は効果があり、三連星や中国流の長所や短所を自分なりに理解することができたと回想している。
※父親には「コーチとしての才能」があったようだ。
 技術的には著者より弱くても、「何が足りないのか」を的確に見抜き、それを克服するために「何をさせたらいいのか」を導き出す能力があったという。

・もう一つ、囲碁とは直接の関係はないが、父親が姉や著者に繰り返しさせていた訓練がある。
 食事の時に父親が10分くらいの話をして、その後に「今の話を簡単にまとめてみろ」という。
 「たとえどんな分野であっても、人間が成長するための基本は、他人の話をきちんと聞き取り理解する能力である」という信念を父親は持っていた。その能力を身につけさせようとした。

※著者は子供の頃から内向的で、コミュニケーション能力が高くなかったらしく、最初は苦労したようだ。この訓練の効果は抜群で、やがて人の話がすぐに頭に入るようになり、要点を押さえることができるようになったという。
➡これが囲碁にもプラスの効果をもたらし、囲碁の先生に言われたこともきちんと理解できるようになり、同じミスを二度することはなくなったとのこと。
(張栩『勝利は10%から積み上げる』朝日新聞出版、2010年、193頁~197頁)

師・林海峰


・師の林海峰先生は、日本の囲碁界で数々のタイトルを獲得して、子供の頃の台湾囲碁界における英雄だった。
 先生が40年ほど前に名人や本因坊のタイトルを取った時には、台湾でも一大囲碁ブームが起こったそうだ。

・著者が囲碁を覚えて3年ほどが経ち、10歳になった頃、著者は台湾の囲碁界ではかなり注目される存在となった。二人の義父などの推薦で、林先生の内弟子となり、お宅に住み込むことになる。

・林先生は、本当に優しい先生だったという。
 自主性を重んじる指導法で、弟子のやりたいようにさせてくれていた。
 「勉強しろ」とも、ほとんど言われた記憶がない。
 囲碁についても、一緒に検討することはあっても、技術面で「こう打ちなさい」と考えを押しつけるようなことは一切なかった。
(ただ、それでも貫禄というか、無言の威圧感のようなものがあるから、弟子としては師匠の顔色を窺う。)

・囲碁界の頂点にいるにもかかわらず、弟子よりも、遥かに勉強されていたそうだ。
 家のあちこちに碁盤があって、ふと思い立った時にすぐ石を持てるようになっていた。家中のあらゆる所から碁石の音が聞こえてくる。
 先生が手合(囲碁の試合)を終えて家に帰ってくると、必ず碁盤に向かって反省をする。
 そのまま朝になっても続けていることが多々あった。弟子たちが朝起きても、まだ石音が響いている。子供心にも「日本一の先生が、こんなに勉強しているんだ」とびっくりしたそうだ。
➡こうした先生の生き方を、子供の時に間近で見ることができたというのは、著者にとって何物にも替え難い財産となっているという。

※子供の頃「なぜ先生は何も教えてくれないのだろう」と不満を覚えたことがあったそうだが、先生は自分の生き様を見せることで、弟子たちに何かを盗んでほしかったのだと、今になれば分かったとする。

・無口な先生だったが、だからこそ先生の言葉には千金の重みがある。
 今でも忘れられない言葉が二つあるという。
①最後と決めたプロ入り試験の時に、「人生が懸かっている勝負なのだから、死にもの狂いで打ちなさい」と言ってくださったこと
②「頭の中に碁盤を入れておけば、いつどんな所でも勉強できる」と、普段の勉強の大切さを教えてくれた。
(張栩『勝利は10%から積み上げる』朝日新聞出版、2010年、203頁~206頁)

日本碁界の長所と希望


・ここまで、「日本碁界の問題点」を指摘し続け「韓国・中国碁界の良い点」ばかりを取り上げてきた。
 しかし、日本碁界に良い点はないのか? そんなことはなく、捨てたものではない。

●まずは、韓国・中国について。
・次から次へと優秀な棋士を輩出する現在の勢いは、素晴らしく、日本も見習うべき点がある。
 しかし、その徹底した教育方針、確立された勉強方法によって、棋士の個性が失われている。
・あまりに研究が進んでしまっているためか、若手を中心に「定石中毒」のようになってしまっている。自分の考えではなく、「記憶力で碁を打っている」ように思える。

※でも、それが本当の強さなのかどうかは分からない。今は記憶力と瞬発力だけで結果を残せているが、将来はそれほど伸びないのではないかという気もする。
 記憶力だけで碁を打っていては、「容量」「幅」が出てこない。
 やはり「詰め込み過ぎ」は良くない。

〇その点で、日本碁界には、「自分で考え、自分で強くなる」という考え方が、昔から浸透している。
 日本の碁には「幅」がある。
 決して他人のコピーではない。日本の一流棋士の碁の多くは、「自分で創り上げた思索の結晶」である。

〇棋士寿命という点で考えると、日本の棋士の活躍年齢は、韓国・中国の棋士を遥かに凌駕している。
 韓国・中国の棋士は20代がピークで、30代に入るともう下り坂。
 日本では50代でも、なお第一線の舞台で戦えている。

※囲碁はやはり心技体を総合した勝負であるから、スポーツと同じで若い方が有利であるが、日本碁界のベテラン勢は、すごい層の厚さを誇っている。
 50代以上にしてなお第一線で活躍している棋士が多い。
 趙治勲、小林光一、大竹英雄、林海峰、武宮正樹、石田芳夫、王立誠、小林覚と、枚挙にいとまがない。
(もし日本、韓国、中国でシニアの団体戦を行なったら、おそらく日本が勝つだろうという)

・年齢によって衰える部分は当然あるが、その一方で、経験を積むことによって強くなる部分もある。
 その点を踏まえて、韓国・中国の碁を見ると、記憶力と瞬発力という「若さ」に頼った碁が全盛となっている。だから棋士としての活躍の寿命が短い。
(そのスタイルで若くて優秀な棋士を生み出し、世界戦を勝ちまくっているのだから、碁界全体としてはそれでいいのだろうが、棋士個人のことを考えると少々複雑)

・日本の棋士は、自らの鍛錬によって日本碁界を盛り上げ、大切にしていくべきことはもちろん、支えてくれるファンに心より感謝しなくてはならないという。
 そのことが、世界戦で戦える若い棋士の育成につながるとする。
(張栩『勝利は10%から積み上げる』朝日新聞出版、2010年、219頁~222頁)

囲碁の「国風」


・現在の世界囲碁勢力地図は、韓国と中国が二強で、日本は三番手、そこからやや離れて台湾が四番手。
 囲碁が最も普及しているのがこの4カ国だが、囲碁というゲームに対する捉え方という点では、それぞれの国で違いがあるという。

〇日本について
・プロ棋士制度が確立されてすでに400年という歴史があることからも分かるように、「文化」「芸術」として定着している。
・だから、日本の棋士は、ファンやスポンサーから社会的な敬意も払ってもらえるばかりではなく、タイトル戦ともなれば一流の旅館やホテルといった立派な対局場で、囲碁にだけ集中できる環境を用意してもらえる。
 棋士のことを「先生」と呼んでもらえるのも、その表れ。

●韓国・中国について
・一方、韓国・中国では、棋士のことを「ギャンブラーまがいの存在」と見る傾向もあるそうだ。
 中国や韓国における棋士の立場は、「スポーツ選手」という扱いである。
 
※中国では、棋士は「体育局」という組織の中に組み込まれている。
 これは、スポーツのオリンピック選手たちとまったく同列に位置づけられていることを意味する。
 これは、単なる編成上だけの問題ではない。
 その育成方法から国際大会における代表選手の選抜方法まで、スポーツ選手と同じシステムを採用している。
 全国各地から優秀な子供を北京に連れてきて、徹底した競争原理のもと、さらに優秀な者だけを国家チームに組み入れて、英才教育を施す。
(情け容赦のない淘汰に次ぐ淘汰で、エリート中のエリートだけしか残れないという仕組み)

・韓国も、基本的には中国に近い感覚で、「スポーツ」として囲碁を捉えているらしい。
 中国ほど国家的なシステムは整っていないものの、「世界戦で優勝するなどの結果を残したら兵役免除」といった、スポーツ選手と同様の優遇措置がある。
 このことからも「囲碁はスポーツの一種目」と位置付けられていることが分かる。

※このように、日本では囲碁を「文化」「芸術」と捉え、中国と韓国では「スポーツ」として捉えている。
 そして、近年、文化、スポーツに続く「第三の要素」が注目を集めるようになってきたという。それが「教育としての囲碁」である。発信源は著者の故郷・台湾である。
(張栩『勝利は10%から積み上げる』朝日新聞出版、2010年、223頁~224頁)