市内つづき。
八事方面に鎮座する須佐之男神社へ向かいます。
途中、南山学園の講堂に遭遇。
きれいな建物だなあ。
その手前にライネルス館という、国の登録有形文化財があったのですが、
うっかり写真を撮らず・・。
この裏手には、
私立南山高校、南山中学校 男子部、南山大学付属小学校などがあります。
ちなみに、南山大学はここから北東へ1キロぐらい行ったところにあって、
そのすぐ北方には名古屋大学があります。
川名、八事、名大を結んだ三角地帯あたりは、土地的に深い縁があるので
歩いていても何となく落ち着く。(*゜▽゜)
南山高等学校・中学校 女子部
こちらも絵になる建物です。
その先にあるのが隼人池。
あーなんか久々に来たわー。
カップルでボートに乗ると・・ってのは、今も健在なんだろうか。
隼人池は、1646年に犬山城主・成瀬隼人正が開削させたということです。
ということで、さきほどの五軒家神明社から徒歩15分ほどで、到着。
松の内が明けたばかりなので、まだお正月仕様。
じつは、今回の市内(中南部)めぐりは、
舞殿型拝殿を見るのが目的だったりします。
昭和区と天白区にある上記タイプの拝殿は、ともに2軒ずつ。
それが、今回の五軒家神明社と須佐之男神社、および五社宮と菅田神社というわけです。
以前は、子取り玉取り狛さんの割合なんかも探ろうかと思ったりしてましたが、
こうも子&玉率が高いと、調べる意味もなくなってきます・・
あ、でもこのチビ狛さんは玉をくわえているじゃないですか。
これはちょっとレア。
子取りのチビさんが玉を身につけているのを見たのは、
南区石神社の玉抱きパターン以来かもしれない。
拝殿
鳥居側をふりかえる。
樹が茂っているのに加えお隣の建物で光が遮られているため、
昼間でもけっこう暗いです。
でも清らかさはしっかり保たれているので大丈夫。
明るくても足を踏み入れらない神社が結構あるなかで、
規模や暗さがまったく問題にならない、こういった神社は個人的に貴重です。
あら、ここの拝殿は竹で囲ってあるんだね。めずらしい~。
ここだけ見ると日本家屋のようだわ。
素敵。
由緒書きのガラスに景色が反射して読むの苦労しましたが、
はじまりは1773年。
当時、武家屋敷のあった市内東区水筒先町の住人であり尾張藩士の西村某が、
国家安泰祈願のために津島神社(愛知県津島市)より分霊を迎え、
水筒先の自邸に奉祀したのが始まり。
水筒先町の産土神として崇敬されたのち、明治35年に当地へ遷祀されたそうです。
渡殿の先に祭文殿。
奥に本殿チラっと。
御祭神:須佐之男命
その右手の赤茶色っぽい屋根は秋葉社。
御祭神:火之迦具土神
左手には金比羅社。
御祭神:大物主神
二社とも、八事山興正寺門前の表山(天井屋敷)にあったものを、
本社の遷祀と同日に遷宮。
拝殿---大正13年築造
大鳥居---大正13年築造
祭文殿---昭和5年築造
拝殿の手前に、山之神。
御祭神:大山祇命
静かな境内に、鳥の声が響き渡ります。
穏やかに清めてくれるというよりは、サクっとマイナスを取り去ってくれるタイプの、
すっきり系神社かな。
とても居心地のいい素敵な神社でした。
つづく・・。