伊勢神宮 外宮ラスト。
3つの別宮が鎮座する、正宮の向かい側へ行ってみます。
まず見えてくるのが、風宮(かぜのみや)です。
主祭神:級長津彦命・級長戸辺命
創建997年以前
どの社殿も新しくて綺麗。
清々しさ倍増ですね。
つづいて、奥の石段を上っていきます。
式内社 多賀宮(たかのみや)
御祭神:豊受大御神荒魂
478年の外宮創祀と同時に創建されたと伝わります。
さきほどの石段下まで戻ります。
土宮(つちのみや)
主祭神:大土乃御祖神(地主神)
創建997年以前。
私はこの「地主神」というものにやたら惹かれます。
一口に地主神と言ってもその性質は様々なので一概には言えないけれど、
それが新勢力がやって来る前に祀られていた地域古来の神である場合、
とくに心が持っていかれます。
ただ、新旧の勢力が争い、政権が変わったとしても、
他国のように、旧勢力が祀っていた神を完全に無きものとしてしまわないのが、
この国の宗教観のすごいところ。
関係性を有耶無耶にし、名を変えようが位を落とそうが、とにかく「祟らないように」そこに祀る。
そうやって旧勢力の心の拠り所も残しつつ、政治と精神の安定・安寧をはかる・・。
完全に排除せず、融合し受け入れて共存していくとうこの考え方は、
おそらく世界的に見れば稀有なことではないかしら。
敵の神をも崇め奉るという柔軟さが、平和にもつながる。
その柔軟さがあったからこそ、たとえば神仏習合なんてことも長く続いたのではないかなぁ。
うーん、やっぱり日本ってすごい。
ところで、外宮の社地は、内宮の10分の1ほどだそうですね。
普通にただ参拝するだけなら、所要時間は30~40分ほどかな?
私の場合、この規模の神社なら通常は最低でも2時間コースなのですが、
ここは1時間ほどで十分満喫することができました。
正宮の撮影に制限があるのと、境内社がみな同じ形状で複数枚写す必要がないのとで、
「写真をとるのにそう時間がいらなかった。」というのがその理由です。
さあそろそろバスの時間かなーと思って、休憩所に向かう途中でふと横を見ると
なにやら素晴らしい大木が・・。
神気漂う木に魅了されてフラフラ~っと寄っていく。
あ、幹が二又だ。
・・というより、完全に分かれてた!!!Σ(゜Д゜)
なんだろう。
この木は、手水のように人を清めてくれるというか、祓所みたいな役割も担っているような。
外宮に入るときは外からの不浄を祓い、出るときは宮の神気をまとわせてくれる、
とっても有りがたい存在じゃなかろーか。
外宮に出入りする際はこの木に会いにいくと良いかもしれない。
ぐるっと一周してみる。
背面は、もう訳わかんない形になってます。
後ほど調べてみると、
これは清盛楠といって、幹周9メートル、樹高10メートル、樹齢900年以上の古木でした。
この名は、平清盛が勅使として外宮に参向した際、楠の枝が冠に触れたことに怒り、
西側の枝を伐採したという伝承に基づきます。
二本に分かれているのは、伊勢湾台風の被害によるものだそうで、
幹の中央部分は台風被害で大半が無くなってしまい、幹が二手に分かれている状態なのでした。
お昼ごはん(毎度お馴染みコンビニおにぎり)でも・・と思い、手水舎の後ろにある休憩所へ。
勾玉池に浮かぶ奉納舞台が、とても素敵・・。
休憩所ですらこの美しさ。
ただし残念ながら飲食は禁止だったので、お昼はおあずけ。(T_T)
景観を損なわない、さりげない造りが見事な場所でした。
このあとバスに乗って内宮方面へ行きますが、
この時点で、もうすでにお伊勢さんの魅力にすっかりハマっております。
はるか昔の高校生の頃、
難しい教義や経典などの無い神道というものがよくわからなくて先生に聞いたことがありますが、
返ってきた答えは、「考えるな。感じなさいって事だよ。」でした。
当時は、なんじゃそらーと余計に混乱しましたが(笑)、今ならなんとなくわかる気がします。
八百万の神。
森羅万象に神が宿るという考え。
ここに日本人の国民性というか、良い部分が大いに現れているような気がする。
以前、祖霊崇拝の性質が強いこの多神教について、海外の人に説明したことがあるけれど
やっぱり理解してもらうのは容易じゃなかった。(ていうか無理だった。)
スペイン人、ドイツ人、スイス人、イギリス人、フランス人。みーんな「???」状態で・・。
「妖精みたいなもん?」とか、「いや精霊だろう」とか。
日本古来の神祇信仰と、外来宗教の仏教信仰が習合して、
神道の神と、仏教の尊格が、“同列の神さん”として受け入れられていった過程なんて、
「i increíble !」(信じらんねーー!!!!!!(゜ロ゜)) の嵐だった。
当然といえば当然の反応・・。
でも、日本人のその“信じらんない”ほどの稀有な感性が、私は大好きだったりする。
難解な教えがないから、間違った捉え方をする事もない。
だからこそ宗教の名の下に残酷な争いが起きる事もないし、さらには他の宗教を否定したりもしない・・。
それって凄いじゃん。
しかも、相容れない他者を受け入れて同等の扱いをするんだから。
教えや思想や反するものは全て悪。そんなもん排除!っていう考え方より、断然いいよ。
そんな日本でも、神代のころより政権奪取の争いは繰り返されて来て、
勝者と敗者が生まれては消えていきました。
最終的に国を総べた勢力、最高位の扱いで祀られ、同時に、
破れた側の長なども神として祀られ今に至っている。
そこには志を同じくして戦い、亡くなった人々の名は残ってはいませんが、
後世に生きる自分がその神を拝むことが、消えていった全ての人たちに手を合わせることにも
繋がるのかもしれないなぁ・・なんて思ったりもします。
では、外宮の目の前にあるバス停からバスに乗って猿田彦神社へ。
本数も多くて便利なので、利用者多し。
その④へつづく・・。