伊勢崎市議会議員 多田稔(ただ みのる)の明日へのブログ

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政治の貧困 国民の無関心 日常性への埋没

2011-06-11 21:38:56 | 政治・政策・経済
昨日のブログで、
国の財政が危機的状況になっていることを伝える
上毛新聞の記事をご紹介しました。

本当にこうなるのかは定かではありません。
しかし、国債の格付けは下がり、
GDPに対する借金の割合は先進国の中ではダントツです。

長かった自民党政権の時代に
国の借金は膨らみました。
民主党政権に変わった後も、
劇的な改善はありません。

ここまで国の財政が悪化したのは、
政治家の責任です。
そして、そのような政治家を選び続けた
国民の自己責任だと思います。

「政治の貧困」という言葉があります。
日本の国会議員のレベルが、
先進国の政治家レベルに比べて
あまりに見劣りするということではないでしょうか。

そして、これは同時に、
日本国民の政治レベルの低さを表しています。
多くの国民が、行政のことはお役所に、
政治のことは政治家に、思考停止して
丸投げしてきた結果ではないでしょうか。

国民一人ひとり、
公務員一人ひとりの力で、
社会や政治が変わるわけではありません。

しかし、
国民一人ひとり、
公務員の一人ひとりが、
現在の政治や社会の状況、問題点、
あるべき姿、改善の方法などについて

「自分のこと」として議論を始めなければ、
日本における「政治の貧困」は、
改善しないのではないでしょうか。
このように考えます。

全ての国民が、立候補して政治家を目指せ、
というような主張ではありません。

昨日のブログに書いた
国家財政の危機的状況について、
「自分には手の届かない出来事」、
「自分には関係ない」という気持ちになってしまえば、
政治は変わっていかないと思います。

日本人はまじめな人が多いと思います。
大方の公務員も、まじめに、一生懸命、
自分の職務に取り組んでいます。

しかし、もし、万一、
昨日のブログに書いたように、
国の財政が破綻してしまったら、
どうなるか。

公務員がいくら一生懸命、
自分の与えられた仕事、自分の守備範囲の仕事を
今までどおりに遂行しようとも不可能です。

国も地方も含めて、
公務員の仕事の土台に、根底に、
国の財政があるのです。

責任を持って住民のために
自分の職務を遂行しようという気持ちがあるなら、
公務員の皆さんにとって、国家財政の問題は
無関係ではありません。

もちろん、
一人ひとりの公務員が
どうこうできるレベルの問題ではありません。
しかし、人事ではなく、
「自分の問題」として関心を持ち、
議論することの集大成が、
日本の政治の貧困を変えていく力になるのだと思います。

どうして、国も地方も含めて公務員の皆さんが
国の財政問題について
真剣に心配したり、議論を起こさないのか不思議です。

もしかしたら、公務員はまじめゆえに、
悪意ではなく、無意識のうちに、
自分の今の仕事や環境に
一生懸命没頭することで、「国家財政破綻」という
重大な問題から目をそらしてしまっているのではないか
という疑念がふと浮かびました。

「日常性への埋没」という言葉を思い出しました。

この言葉は、私のオリジナルでなく、
日本一の赤字公立病院だった坂出市立病院を、
日本一の公立病院へと再建された、
塩谷泰一さんの言葉です

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