手話通訳者のブログ

田舎の登録手話通訳者のブログです。

日本国憲法

2015-01-05 18:28:01 | 日記
憲法に関する見識を持たない手話通訳者は半人前である。
言うまでもなく、日本国憲法は最高法規である。

手話世界の歴史を振り返っていただきたい。

かつて、重度の聴覚障害者は自動車免許を取得することができなかった。
なぜか。
道路交通法で、重度の聴覚障害者は運転免許を取得できないように定められていたからだ。

さらに、聴覚障害者は、民法で「準禁治産者」とされていた。
だから、資格取得や契約行為などを大きく制限されていたのだ。

後に民法は改正されたし、聴覚障害者は自動車免許を取得することができるようになった。
なぜ、民法は改正されたのか。
裁判所が、聴覚障害者を差別していた民法条項を「違憲である」と判決を出したからだ。

民法という法律であっても、裁判所が「違憲」という判決を下せば、改正されるのだ。
憲法が最高法規である、というのは、こういうこと。

手話通訳者派遣制度に関して、手話世界の主流派たちが作っている様々なルールがある。
俺はいつも、
「従えるルールと、従えないルールがある」
と公言している。

派遣者や地元主流派手話通訳者たちは、
「定められたルールが守れないたいしは、手話通訳者失格」
と言う。
俺に言わせれば、ルールに盲従するあの人たちこそ、失格や。
「ルールだから従う」なんて馬鹿なことを言っていたら、上記のように民法を改正することはできなかった。

現行のルールはこれでいいのか、を常に考えることは、手話通訳者の責任である。
責任を放棄している馬鹿どもの批判など、聞く価値はない。



ヤングたいし/Kとの思い出

2015-01-05 05:48:24 | 日記
大学を卒業後、数年、一人暮らしをしていた。
学生時代に知り合い、親友となったK(ろう者)は、隣町の有名企業に就職して、やはり、一人暮らしをしていた。
お互いに一人暮らしだから、週末には互いのアパートに交互に泊まりに行ったりしていた。

Kとはなぜか気が合った。
若さ故か、今なら恥ずかしくてできないような、若者ならではの話も、よく、した。


なあ、K、人を愛するって、どういうことだと思う?


しばらく考えて、Kは、
「信じること」
と答えた。


なるほど・・・信じること、か・・・


黙って考えている俺にKが痺れを切らして、聞いてきた。
「たいしは? どう思ってるんだ?」


許すこと。
「許す・・・なるほど・・・たいしらしいな。その通りかもしれない・・・」
信じることも大切だけどね。
「信じる、ということなら、男同士の友情でもそうだろう。でも男女の愛となると、ちょっと違う。たいしの思考は優れている」
おいおい・・・改まって褒められると、気色悪いな。
「素直に褒めてるんだよ。他意はない」


Kは若い時から、非常に頭がいい。
大変な勉強家で、難しい本をたくさん読んでいる。
その上、頭の回転が速く、多くを語らなくても、ちゃんと理解してくれる。

つくづく、思う。
Kに出会わなかったら、絶対に、手話を身に付けることはできなかった。
Kという人物の魅力に惹かれたからこそ、手話を学んだ。
もし、Kが聴者で韓国人だったら、俺は手話を学ぶことはなく、韓国語の勉強をしていただろう。

手話は言語である。
一つの言語を身に付けるのは、容易ではない。
まず、勉強を続ける動機付けがないと、凡人には言語習得は難しい。
凡人以下の俺が、曲がりなりにも手話通訳者になれたのは、Kのお陰である。

もっとKと話したい。
そういう欲求が強かったからこそ、手話を身につけることができた。