手話通訳者のブログ

田舎の登録手話通訳者のブログです。

聴覚障害理由に入店拒否

2016-07-30 16:06:02 | 手話
京都新聞記事
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160730-00000000-kyt-soci

当事者の怒りは当然。俺が当事者やったら、店側と喧嘩したやろな。

ただ・・・
店側に同情する気持ちもある。
手話通訳者派遣制度のこと、知っていたんやろか。

例えば、当事者たちの怒りは当然としても、自分たちで手話通訳者派遣申込をするとか、店側にそれをさせるとか、対応できんかったんやろか。

こういう記事を見ても、
「もっともっと手話通訳者派遣制度を活用して欲しい」
と思う。




四知と三知

2016-07-30 11:35:31 | 手話
今日は長文なんで、忙しい方は読まないでくれや。


昔むかしの中国。
三国志の時代より、さらに昔の話。
その博識をたたえられ「関西(かんせい)の孔子」とよばれた楊震という男は、実に硬骨にして高潔な人物だった。

その楊震が東莱郡というところの太守になったときのことである。
赴任の途中、昌邑という町に宿をとったとき、楊震を王密という者がたずねて来た。頼みごとにきたのだ。
夜中になって王密は懐から金・十金を取り出し楊震に贈ろうとした。
つまり、賄賂である。
楊震がそれを拒絶したところ、王密は、
「誰も見ていません。お納めくださいませ」
と持ちかけた。

この時、楊震は言った。
「天知る。地知る。我知る。汝(なんじ、と読むが、あなたという意味)知る」
これが四知である。

現代語訳をすれば、
「天が知っている。地神もご覧になっている。あなたが知っている。そして何より、私自身が知っているではないか」
というところだろう。

これを聞いた王密は恥じ入って引き下がったそうな。

楊震、実に立派ではないか。



手話通訳者がモチベーションを持ち続けるのは、なかなか大変である。
現実問題として、アホらしくなって(?)やめてしまう人が後を絶たない。

手話通訳者は三知でよい。
天知る、地知る、我知る。

俯仰天地に恥じず、という言葉がある。
まず、それを意識の奥深くに持とう。

そして、自分が積み上げてきた努力、多くの悲しみや怒りなどをたくさん経験したきたことを知っているのは他でもない、自分自身なのだ。


上述の楊震は晩年に政争に敗れ、自決に追い込まれてしまった。楊震70歳の時。
努力は必ず報われるとか、頑張っていればいつか認められる、なんてのは、綺麗事である。
現実は厳しく、人は冷酷なものだ。

報いられることを期待して、努力するのではない。
人に非難されるのが嫌で、自分を律するのではない。
楊震は死の瞬間まで、後悔などしなかっただろうと思う。
自分は、どうありたいか。
どう生きて、どう死ぬか。
それが、すべてだ。



手話通訳者のみなさん、三知を大切に、続けていこうではないか。

リタイアは、なしやで。



参考サイト

http://www.asahi-net.or.jp/~bv7h-hsm/koji/tensiru.html




手話通訳者なんて、ろう者の支持がなければ、三流ピエロだ

2016-07-28 07:55:11 | 手話
道化、という存在は実は尊く貴重なものや。
だから、「三流ピエロ」という書き方をした。
地元の手話通訳者で、この世界では有名な人がいる(注:カリスマ手話通訳者ではない)が、ろう者たちに嫌われている。
ろう者に対して上から目線でモノを言うからである。
嫌われて当然。
どんなに手話がうまくても、ろう者たちから支持されない手話通訳者など、観客を楽しませることができない三流ピエロのようなものだ。



どうやって手話を普及させるか

2016-07-27 12:59:33 | 手話
これ、全通研の分科会でも常にテーマになる。
いろんな考え方があっていい。一人ひとりの考えは尊重されるべきだ。

俺の考え。
手話通訳者派遣制度をもっといいものにする。

新しいアイデア、斬新な発想も大歓迎だが、もっとも現実的なのは、現在あるものをよりよいものにしていくことではないだろうか。
わしらの地元では、高松市の裁判の影響もあり、手話通訳者を派遣できる範囲が格段に広がった。
公序良俗に反しない内容なら、派遣してもらえる、と考えて差し支えない。

ろう者のみなさんが、もっと積極的に制度を利用する。
例えば買い物。
実際、私的通訳でスマホの新規契約につきあったこともある。

例えば観光。
バスツアーなどでガイドさんがついて、観光地の説明をしてくれるケースがあるよね?
歴史好きのろう者なら、お城めぐりなんかにいって、現地の歴史について詳しいガイドさんに説明してもらえば、旅行の楽しさは倍増するだろう。

残念ながら、まだまだ、手話通訳者は「珍しい」存在なのだ。

いつでも、どこでも、手話通訳者がいるのが当たり前になって欲しい。



無礼者!

2016-07-26 12:45:21 | 手話
俺は地元手話世界の嫌われ者。
嫌われる理由はいくつかある。反省すべき点も多々ある。
しかし、どんなに嫌われても絶対に曲げない主張がある。

手話通訳の現場で、手話通訳者に対し、
「あなた、手話、下手」
というろう者がいる。
相手の通訳者と人間関係ができているのなら、問題ない。
しかし、初対面の手話通訳者にいきなりこういうことを言うろう者には腹が立つ。
なんという無礼者だろうか。

聴覚障害者が手話通訳者派遣制度を利用しても、利用料金は発生しない。
公費だから。

ろう者本人が通訳者手当を負担しているなら、上記の態度もアリである。
むしろ、当然である。

手話の勉強を開始した人が、手話通訳者として資格をもらえるようになるまで、およそ10年である。
自分の時間を使い、お金を使い、研鑽を積んで手話通訳者になるのは、なぜか。
私利私欲のためではない。

手話通訳者に対し、厳しい指摘をするのはよい。通訳者として、大歓迎や。
しかし、厳しいことと無礼であることは、全く別のこと。

「あなた、手話、下手」
これ、俺に直接言うろう者は少ない。危険だから(笑)
俺に直接じゃなくても、他の通訳者に対してでも、こういうことを言っている極ろう派を見ると、そいつに向かって、
「無礼者!」
と言ってやる。もちろん手話で。