10年ぶりの日銀総裁交代で「植田総裁・内田・氷見野副総裁案」がきのう、国会に提示されました。国会審議はきょうの衆議院予算委員会集中審議が初めてとなります。立憲民主党は1期生の藤岡隆雄さんが、黒田東彦・現総裁に質問します。1期生が立つというところに、アベノミクス量的金融緩和を真っ向から批判するわけではないとの意向も透けて見えます。
同党は今月、「新しい金融政策の実現に向けて」を決定し、「次の内閣」の階猛NC財務・金融担当相が発表しました。このペーパーに基づき、植田候補らの所信聴取に対する質疑にのぞむことになります。
全文を独自のルートで入手しましたので、全文紹介します。
「新しい金融政策」の実現に向けて
2023(令和5)年2月3日
立憲民主党 財務金融部門会議・新しい金融政策WT
目次
「新しい金融政策」の実現に向けた改革工程表...................................... 1
1. 日銀の金融政策への警鐘.......................................................................................................... 2
2.「異次元の金融緩和」がもたらした諸問題....................................... 4
3.「異次元の金融緩和」は修正すべき.............................................. 10
4.長短金利操作(YCC)の一層の柔軟化....................................................................................................... 12
5.政府・日銀の共同声明(アコード)の見直し.................................... 14
6.長短金利操作(YCC)の撤廃....................................................................................................... 16
7.日銀保有国債の安定的な処理..................................................... 17
8.日銀保有ETFの安定的な処理..................................................... 18
Phase Ⅰ: 正確な現状認識
1. 日銀の金融政策への警鐘
(1) 日本銀行の黒田総裁は、2013年4月4日の政策委員会・金融政策決定会合後の記者会見において、①金融市場操作目標を金利からマネタリーベースが年間約6 0兆から70兆に相当するペースでの増加に変更、②長期国債買い入れを年間5 0兆円に相当するペースで増加するよう拡大し、買い入れの平均残存期間を長期化、③ETF、J-REIT等のリスク性資産をそれぞれ年間1兆円、300億円に相当するペースで増加するよう拡大、④2%の「物価安定の目標」の実現を目指す――を打ち出し、これを「量的にみても、質的にみても、これまでとは全く次元の違う金融緩和を行う」として、いわゆる「異次元の金融緩和」を開始した。
(2) しかし、3年を経ても2%の「物価安定の目標」が実現されないことから、2016年1月、一定量以上の当座預金にマイナス金利を課す「マイナス金利付き量的・質的緩和」を始め、更に同年9月には、長短金利の操作を行う「イールドカーブ・コントロール(YCC)」と、安定的に2%の「物価安定の目標」を超えるまでマネタリーベースの拡大方針を継続する「オーバーシュート型コミットメント」を内容とする、
「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を導入することを決定した。この長短金利操作付き量的・質的金融緩和は現在に至るまで継続され、国債については20 22年9月末の普通国債発行残高993兆円の52.9%を、ETFについては市場全体の約8割、国内株式市場の約7%相当を占めるに至っている。
(3) この間日銀は、2021年3月19日の政策委員会・金融政策決定会合でYCCの柔軟な運営のため、長期金利の変動幅を「プラスマイナス0.25%程度」とすることとしたが、その後長期金利は度々0.25%を上回る事態を生じていた。これに対して日銀は、2022年3月29日から3日間連続指値オペを実行するなど国債の大量買い入れを継続して、長期金利0.25%を上限とするYCCを死守しようとしていたが、10月11日には長期金利の指標である新発10年国債の業者間取引が3営業日連続で売買未成立となり、10月31日にはこの時点での日銀の新発10年国債3 68回債の保有額が3.11兆円と同日時点の市中発行額2.88兆円程度を上回り、保有比率が108%となるなど、国債市場が日銀の大量買い入れに完全に依存し、長期金利が日本の経済状況を表す指標としては全く機能しない状態が生じていた。
(4) このような中で、2022年1月4日に1ドル115.4円だった為替相場は10月21日に150円を突破し、32年ぶりの円安水準を更新した。これらの事態に対して、 YCCの柔軟化の必要性が再三問われていたが、黒田総裁は9月26日の大阪経済4団体共催懇談会後の記者会見では、YCCの変動幅「±0.25%」を変更することを「利上げに当たる」として否定し、11月2日の財政金融委員会に置いて長期金利の上限を0.5%とするよう変更を求めた立憲民主党の階猛議員の質問に対しては、「2%の物価安定目標の実現が見通せるような状況になったときに、その前段階でイールドカーブ・コントロールを御指摘のような形で柔軟化していくとか
いうことは一つのオプションとしてあり得る」と留保しつつ、これを否定していた。
(5) ところが、その一月半後、突如日銀は12月19日、20日の金融政策決定会合で、
「市場機能の改善を図り、より円滑にイールドカーブ全体の形成を促していくため」として、0%という10年国債利回りの目標は維持しつつも、変動幅を従来の
「±0.25%程度」から、「±0.5%程度」へと拡大する方針を決定した。これについて黒田総裁は、金融政策決定会合後の記者会見で「利上げではない」と説明しているが、従前の説明との矛盾は大きく、国債(金利)相場と株式市場が完全に「官製相場」となって日本の経済状況を表す指標としての機能を失っている中、海外との取引で「官製相場化」が出来ない為替市場だけが、日本の経済状況と政策ミスによる日銀の金融政策破綻の危機に対して鳴らしていた警鐘に対応せざるを得なかったものと考えられる。
(6) この金融政策決定会合で日銀は、月間の国債購入額を7.3兆円から9兆円程度に増額することも決め、10年国債の利回りを抑えるために12月には月間としては過去最大の17兆円もの国債の買い入れを行ったが、12月20日から僅か2週間後の2023年1月6日、10年債の長期金利は上限とされた 0.5%に達した。
(7) 黒田日銀総裁は、12月21日の政策決定会合後の記者会見で、「日本銀行は、イールドカーブ・コントロールのもとで、賃金の上昇を伴うかたちで、2%の物価安定の目標を持続的・安定的に実現することを目指しており、その実現までになお時間を要する見通しで、金融政策の枠組みや出口戦略等について具体的に論じるのは、時期尚早である」として具体的な出口戦略を否定し、「異次元の金融緩和」継続の方針を打ち出しているが、市場の為替相場、国債相場に促される形で従来の「長短金利操作付き量的・質的緩和」の修正を余儀なくされたことはもはや否定できない状況となっている。市場から次々と政策の修正を迫られ、その対応が後手に回り続ける事態となれば、日銀、日本政府、更には円の信用が毀損し、市場をコントロールできなくなる事態を招く可能性も否定できない。我々は、市場の警鐘に真摯に耳を傾け、その信頼を失わない適切な金融政策を講じなければならない。
2. 「異次元の金融緩和」がもたらした諸問題
(1) 日本経済への影響
① 黒田日銀総裁による「異次元の金融緩和」はまもなく10年を迎える。金融緩和による緩やかな景気拡大や、円安による輸出促進効果があったこと自体は否定しないが、その成果は、アベノミクスが始まった2013 年から2021年までの9年間で、2012年に比べてGDPが実質で 10.4%(年率 1.1%)、名目で 5.05%(年率 0.55%)成長したに過ぎなかった。この間日銀は、2%の
「物価安定の目標」を最大の目標に掲げていたが、目標への到達そのものである物価高が国民生活を苦しめる最大の要因となっている。物価高の要因としてポストコロナによる需要回復やロシアのウクライナ侵攻による資源高が上げられることがあるが、輸入物価高の上昇のかなりの割合が円安によるものとなっている。現状の円安要因は大きくは2つ。1つが日米金利差。もう1つが対米貿易赤字である。
② 2020年初頭、コロナ禍で経済が冷え込む中、世界的に金融緩和策を含む景気対策が打たれた。2021年にはV字回復を果たした欧米諸国は、テーパリングに加え、金融引き締めにステージを移し、GDPがコロナ前の水準に至っていない日本との金利差が顕著になった。加えて、資源価格の高騰とあいまって円安が貿易赤字の要因となり、さらに貿易赤字が円安の要因となる悪い円安ループが現実のものとなっている。2022年は過去最大となる20兆円の貿易赤字となっている。
③ これらのことについては、コロナ対策が諸外国と比べ効果的でなかったことや、アベノミクス下の円安で輸出企業が売上や利益で過去最高を記録するもドルベースでは売上がほとんど増えていないにも関わらず、アベノミクスの成果と過大に喧伝し、成長戦略を怠り、稼ぐ力が伸びず、貿易収支が赤字基調から抜け出せていないことが一因であることも指摘しておかなくてはいけない。
④ 個人投資家の一部は既にキャピタルフライトを加速させてきている。ただ、2 022年3月末外貨性資産は未だ67.6兆円であり、個人金融資産の半分を占める現預金は1,000兆円以上あり、潜在的な円安要因として捉えておく必要がある。少子化で労働力不足に悩む日本経済であるが、円安を受け外国人労働者が日本を選ばない事例が出てきている。農業や製造業は外国人頼みの現場が多くあり、労働力の「買い負け」が日本の底力を減退させかねない。さらには日本の若者がワーカーズフライト、いわゆる海外への「出稼ぎ」に出る事例も出てきている。これは円安のみならず、この10年で実質賃金が上がってきていないことも指摘しなければいけない。
⑤ 外資による企業買収はまた、日本からの頭脳流出につながる可能性もあり、経済安全保障の観点からも懸念材料である。日本のドル建て不動産価格指数は、2010年を100とすると2022年6月が93で過去最低に迫る水準に
なっている。株式等や山林も含めた不動産が海外資本により買い叩かれることも懸念される。
⑥ 以上のことも含め、長すぎる「異次元の緩和」がもたらした現状はもはや悪い円安局面と認識せざるを得ず、「異次元の金融緩和」の見直しや、現状の円安をくい止める対策が求められる。なお、対症療法的ではあるが、レパトリ減税も検討の余地はあると考えられる。
(2) 国家財政への影響
① 金利の低下は2000年頃から始まった世界的潮流だったが、アベノミクスの開始によってさらにこれが増強され、2013 年1月6日には 0.74%だった新発10年国債の利回りは、2016年6月には-0.23%をつけ、その後「異次元の金融緩和」の中で、概ね 0.1%以下で推移し続けた。この間、30年債、4 0年債の利回りも、概ね1%以下であった。これは、10年国債を発行すれば、わずか10億円の利払いで、1兆円の資金調達ができるということであり、借換債の日銀直接引き受けが財政法5条等によって許容されていることと相まって、国債発行による資金調達コストを極めて小さなものにした。
② 日本の財政は、バブル崩壊後の不況が深刻化した1992年以降、税収が低迷する中で、経済対策の名目で歳出が拡大し、大量の国債発行で穴埋めがなされるようになった。1990年代において普通国債発行残高は200兆円程度から400兆円に倍増したが、この間、概ね年間10兆円程度の利払いが必要だった。その後2000年に368兆円となった普通国債残高は2010年には6 36兆円、2022年には1000兆円規模に急拡大したにもかかわらず、世界 的な低金利と「異次元の金融緩和」が相まってもたらされた超低金利により、年間の利払いは8兆円前後で推移している。
③ 2000年代、85兆円程度で推移していた日本の歳出は、リーマンショックに対する経済対策で2009年に100兆円を超え、その後世界景気の回復と合致したアベノミクスの時代の日本国内の景気回復によって、緊急的な経済対策の必要性が減じたにもかかわらず、「異次元の金融緩和」による低金利の中で、元の水準に戻ることなく維持され、累積債務の減少への努力はおざなりにされ続けた。2020年に日本で新型コロナウイルス感染症が広がると、歳出は147兆6000万円にも膨らんだ。それ自体はやむを得ない部分もあるが、やはり「異次元の金融緩和」による低金利の中で、翌2021年、2022年も歳出を平常時に戻す努力は全く忘れ去られ、100兆円台の当初予算と、 30兆円規模の補正予算が組まれ続けている。
④ この間税収は、2009年のリーマンショック時の39.7兆円から徐々に増え 続け2022年には過去最高の68.3兆円を記録すると推定されているが、膨張したままの歳出には追い付かず、国債の新規発行額は2009年の52兆円
から2017年には33.6兆円まで減ったものの、その後増勢に転じ、2020年は108.5兆円、2021年は57.7兆円、2022年は62.5兆円と税収に 匹敵する額の国債を発行し続けている。この結果、国債発行残高は2022年度末で1026兆円に達する見込みであり、政府債務残高対GDP比は、2021年に251.6%で世界最悪となっている。なお、この水準は太平洋戦争末期 の1944年の204%を上回り、過去120年間で最悪の水準である。
⑤ 発行済みの国債の利率は借換えの時まで変わらないので、金利上昇が利払いに反映するのには一定の時間を要するが、金利が平均で1%上昇すれば一定の年限を経て利払いは年間10兆円増加し、仮に欧米並みに3~5%の金利上昇となれば、30兆円~50兆円と、税収に匹敵する額の利払いが生じ、日本の財政は現実的な破綻の危機に瀕することになる。
⑥ 市場に促されて、YCCが修正を余儀なくされた現在、もはや国債発行は、事実上ノーコストの資金調達手段ではなく、現時点で0.5%、今後さらに金利が上昇すれば、数%の利払いという当然のコストを伴うようになる。「異次元の金融緩和」の修正とともに、国債に頼った安易な財政支出もまた修正の時を迎えている。
(3) 地域経済への影響
① 上述の通り、異次元の金融緩和による景気拡大の規模は緩やかで限定的であったが、これにより前向きな資金需要の喚起や与信費用等の減少等を通じて地域金融機関の収益にプラスの影響があったこと自体は否定するものではない。また、地域銀行が保有する外債の約9割が外貨建てで、その為替変動リスクが「部分ヘッジ」となっているケースが少なくないが、現在のような海外金利上昇局面においては、債券評価損の拡大が円安による評価益で緩和されるという、技術的なプラスの影響も存在する。
② 一方で、地域経済・地域金融機関は、少子・高齢化、人口減少という構造的要因に直面している。このような資金需要が弱くなってくる状況での超低金利の長期化は、地域金融機関のリスク資産への投資を高めるなど、資産運用ポートフォリオの歪みを生じさせるというデメリットがある。これは、短期的には、地域金融機関の収益力向上につながり、金融緩和のプラス効果を生じさせるが、他方で、このような収益を求めることによる市場の歪みが長期化することは、金利正常化段階での調整コストを大きくさせるため、金融仲介機能を低下させるというデメリットを有する。
③ 関連して、与信分野においては、リバーサル・レートの懸念が呈されている。リバーサル・レートとは、金利を下げすぎると金融機関の預貸金利ざやの縮小を通じて資本バッファーが低下することで、金融仲介機能も低下、結果的に金融緩和効果がマイナスになるという概念である。このような状況は、特に預貸率
が相対的に高い地域金融機関において深刻であると捉えることが適当と考えられる。現時点で日銀は、①リバーサル・レートに該当するような状況にはない、
②金融循環を表す金融ギャップは10年にわたり拡張を続けているが、マクロ的に金融不均衡は観察されていない、③地域金融機関を全体で見ると十分な資本バッファーを有しており、相応のストレス耐性を備えている――と説明している。ただし、個別で見るとばらつきもあり、損失吸収力の低下した金融機関の金融仲介機能の低下が懸念されることや、超低金利が長期化すればするほど、資本余力のない金融機関の割合が増加するとともに調整コストも大きくなる可能性があるため、金利正常化に際しての問題のマグニチュードが大きくなるという問題が内包されていることは留意すべきである。
④ なお、政府は、構造的要因による地域金融機関の収益力低下を防ぐため、銀行の規制緩和、合併の特例、経営統合等に係るシステム経費補助を可能とする法改正を行うとともに、日銀もOHRの改善に応じた特別付利を実施し、供給面からのアプローチを行っている。他方で、需要面である超低金利政策については、基本的には変更されていない。
⑤ これらの状況から、超低金利政策による地域金融機関への影響については、以下のデメリットが考えられる
超低金利による国内預貸業務への影響 ――長引く超低金利環境によるイールドカーブのフラット化により、預貸利ざやが縮小
地域金融機関は従前から資金需要が低迷しており、貸出競争による利ざや縮小が起きていたところ、「異次元の金融緩和」により、さらにイールドカーブがフラット化することになった。預貸率が大手行と比較すると高く、預貸利ざやの縮小は収益悪化に直結すると考えられる。政府・日銀は、低金利環境が地域金融機関経営にグロスでマイナスの影響を持つことを認めている。他方で黒田総裁は、グロスのプラス効果を考慮すれば、ネットでマイナス効果とは認められないと答弁している(2022年2月2日衆議院予算委員会における階議員への答弁)。ただし、黒田総裁は、リバーサル・レートについて、「低金利環境が金融機関の経営体力に及ぼす影響は累積的なものであるため、引き続き、こうしたリスクにも注意していきたい」と述べており、低金利環境が長期化することのリスクは認識している。
低金利環境下で収益確保のために増加した有価証券投資リスク
資金需要が伸び悩む状況で、国内の低金利環境・量的な緩和環境が続き、さらにコロナ禍における預金流入が起きる中、地域金融機関は収益を確保するため、より高い利回りが期待できる有価証券での資金運用を増やしている。その中で地域金融機関は、ポートフォリオ上、国債運用を減らし、長期の国内債、外債やマルチアセット型などの投資信託(地域金融機関の多くが保有するマルチアセット型投資信託には、先進国の金利・クレジット・株価を含む、複数のインデックスが組み入れられている)の割合を増やしている。
そのため、地域銀行や信用金庫の信用リスク量と金利リスク量は上昇している。また、2022年に入り急速に進んだ海外金利上昇は、地域金融機関の有価証券の評価損を拡大させ、益出し余力を低下させている。行き過ぎると金融仲介機能の低下にもつながる懸念が生じる。更に、地域金融機関は、より高い利回りを求めて、運用ポートフォリオの国債から他の国内債券へのスイッチを行うとともに、デュレーションも長期化させてきた。そのため、以前と比べて金利リスク量は大きくなっており、金利上昇に弱いポートフォリオとなっている。そのため、金融仲介機能の低下リスクが以前よりも高まっている。なお、現時点では十分な資本バッファーが確保されているものの、低金利環境が今後も長期化した後の金利正常化の段階においては、評価損の発生に伴う金融仲介機能の低下リスクがより高まると考えられる。
iii. 低金利環境下で増加した不動産向け貸出のリスク
地域金融機関は、デメリット②で述べた、より高い利回りが期待できる運用先として、ミドルリスク先融資の拡大や不動産賃貸業や個人向け住宅ローンも拡大している。一般に低金利環境は、土地の投資を生み、地価の上昇を招くが、低金利環境下において、地域金融機関は不動産賃貸業や個人向け住宅ローンなどの不動産向け貸出を積極化してきた。(日銀「金融システムレポート」のヒートマップでは、不動産業向け貸出の対GDP比率について、金融活動の過熱を示す「赤」が2018年から点灯)。中には不動産業向け貸出比率が30%を超える地域金融機関もある。不動産賃貸業の収入は不動産取引業と比べ景気変動の影響を受けにくいとされるが、金利正常化における地価の調整やマクロ経済環境の減速は、賃貸物件の借主の減少などを通じて、地域金融機関の信用コストを増加させ、地域金融機関の収益を悪化させる。なお、最近でも賃貸物件の収益性と金融機関からみた賃貸業向け貸出の採算性は低下している。
価格転嫁が困難な中小企業における物価高による経営悪化
円安・原材料価格高騰を背景とした仕入価格の高騰は、大企業と比べ価格転嫁が難しいとされる中小企業の経営を直撃する。価格転嫁が進まないと、短期資金不足や利払い能力の低下を通じてデフォルト確率が上昇しやすくなると考えられる。特に純債務(借入金-現預金)が増加した中小企業は、デフォルト確率がそもそも高く、価格転嫁の進捗が倒産に直結しやすい傾向にある。上記のような中小企業の流動性バッファーの低下が続くと、中小企業の主な取引先である地域金融機関の信用コスト増を通じて、収益を悪化させる。
顧客への金融商品の販売に係る問題
低金利環境下において、銀行業は金利収入から顧客への金融商品の販売による販売手数料収入による役務取引等利益へのシフトも進めつつある。金融商品の販売において、法令違反とまではいかないものの、顧客本位の業務運営の観点からは疑義のある販売行為が行われる事例も散
見されており、金融庁も情報の見える化やモニタリングを強化するなど対応を強化している。スルガ銀行の不正融資事案やかんぽ生命の保険の不適切販売を含めて、低金利環境による本業の収益力低下の影響が、金融商品販売に間接的に影響している可能性がある。
⑥ 以上のデメリットから、超低金利政策が長期化することにより、地域金融機関における預貸利ざやの縮小に伴い資産運用ポートフォリオの構成に歪みを生じさせるなどの副作用を膨らませ、金融正常化にあたっての調整の困難さを高め、地域金融機関の金融仲介機能の低下などをもたらしていくリスクや、円安・物価高により貸出先である価格転嫁が難しい中小企業の経営悪化のリスクには十分留意しなければならないと言える。
3. 「異次元の金融緩和」は修正すべき
(1) 「異次元の金融緩和」によってもたらされた「ゼロ金利の10年間」は、企業の資金調達を容易にして緩やかな景気回復をもたらし、円安によって輸出企業の収益を拡大し、何よりも、国債発行による資金調達を容易にして財政支出の拡大を可能にした。「異次元の金融緩和」が多くの経済主体にとって「微温的心地よさ」を有するものであったこと自体は、事実であると思われる。
(2) 一方で、ファイナンスの世界でよく言われる通り、”Thereain’tnosuch thing as a free lunch” (世の中にただ飯はない)であり、当然「異次元の金融緩和」によって生じるリスクとコストが積み上がっている。その最も端的な指標が日銀のバランスシートであり、「異次元の金融緩和」を開始した2013年4月には174兆6913億円だった日銀のバランスシートは、2022年11月現在で699兆8931円と、4倍に膨らんでいる。その大半を占める国債は高値(低金利)で買い入れられているため、わずかな金利上昇で巨額の含み損を出す状態となっており、実際2022年9月の中間決算で8749億円の評価損が発生している。更に、 12月2日の参議院予算委員会では、金利が1%上昇すると28兆6千億円、5%上昇すると108兆1千億円の評価損が発生するとの試算が示された。
(3) 日銀は通貨発行権を有する中央銀行であり、国債は満期保有の簿価評価であるため、日銀保有国債の含み益それ自体が日銀の運営を直接制限するものではないが、言うまでもなく日本円は日本銀行の資産と引き換えに発行された日銀の債務証券であり、日銀のBSは日本円・日本経済の状態を移す鏡像そのものである。上記(1)(2)で述べた通り、現在の日本円・日本経済は、人為的に作られたゼロ金利の上に立脚し、日本銀行のBSと同様に、軽度の金利上昇によって大きな影響を受ける極めてリスクの高い状況となっている。また、諸外国もゼロ金利政策を続けていた間はこの「人為的ゼロ金利」を維持するコストはさほど高いものとは言えなかったが、2022年には新型コロナウイルス感染症とウクライナ戦争を契機として諸外国でインフレ率が上昇し、各国が利上げをする中で、日本円一人負けの円安という非常に高いコストを日本経済に課している。
(4) 黒田総裁は頑強にそれを否定するが、おそらくはこのコストに耐えかねて2022年12月19日、20日の金融政策決定会合で、日銀はついに、2016年9月から6年3カ月にわたって継続されたYCCの一部を突如修正し、それまで±0.25%だった10年債の変動幅を±0.5%とした。一方で、黒田総裁はこれが利上げであることを認めず、新たに設定した10年債の金利の変動幅±0.5%を死守するために大幅な買い入れによる金融緩和を継続し、2023年1月の国債買い入れ量は2 3兆円と、月間としては過去最高を更新している。2023年1月17日、18日の金融政策決定会合では、YCCの更なる修正がなされるか市場の注目が集まったが、黒田日銀総裁は「長期金利の変動幅をさらに拡大する必要があるとは考えていない」として大規模金融緩和の継続を強調し、更に共通担保資金供給オペレーシ
ョンを拡充する方針を打ち出した。
(5) 10年近くの長きにわたって「異次元の金融緩和」が続いたために、その「微温的心地よさ」が永遠に続くかのような幻想が巷間に流布しているばかりか、部分的とはいえYCCの修正を余儀なくされてなお、日銀自身がその幻想から脱することができずにいるように見えるが、それは、何らかの突発的自体が生じた時か、今なお続く「人為的ゼロ金利」のコストを日本経済が払えなくなった時に、突如崩壊する。その時、日本の財政・経済は大きな打撃を受け、戦後日本人が営々と築いてきた日本円に対する信頼が失われ、その回復には非常に長い期間と労力を要する事態となるのであり、日本の現在と未来に対する責任を負う政治は、そのような事態が生じる前に、「異次元の金融緩和」をより現実的に修正し、積み上がったリスクとコストをコントロール可能なレベルに抑える責任を負っている。
Phase Ⅱ: 新しい金融政策
4. 長短金利操作(YCC)の一層の柔軟化
(1) YCC 柔軟化の必要性
PhaseⅠで記載した通り、日銀は、2022年12月19日、20日の政策決定会合で、日銀は2016年9月から6年3カ月に渡って継続されたYCCの一部を突如修正し、それまで±0.25%だった 10 年債の変動幅を2倍の±0.5%とする柔軟化
を発表した。これにより 12 月19日には 136.88 円だった為替相場は一気に
131.70円に修正され、0.25%に張り付いていた10年債の金利は午後には
0.46%に急騰した。黒田総裁は、この YCC 柔軟化の目的を「市場機能を改善することで、イールドカーブ・コントロールを起点とする金融緩和の効果が…より円滑に波及していくようにする」為、「イールドカーブの歪み…を是正する」為(12月 20日記者会見)と言っているが、1月27日現在のイールドカーブは、YCC柔軟化前のイールドカーブが全体に0.25%上昇しただけで、歪みは是正されていない。同時に、10年債の金利は12月20日のYCCの柔軟化後わずか2週間後の1月6日には上限の 0.5%に達し、1月15日、16日、17日には 3 営業日連続で上限の0.5%を突破した。日銀は、この状況下で、新たに設定した変動幅±0.5%を死守する為に大幅な買い入れによる金融緩和を継続し、2022年12月の国債買い入れ量は17兆円、翌1月は23兆円と、過去最高を更新し続けている。2023年1月17日、18日の金融政策決定会合では、YCCの更なる修正がなされるか市場の注目が集まったが、黒田日銀総裁は「長期金利の変動幅をさらに拡大する必要があるとは考えていない」として大規模金融緩和の継続を強調し、更に共通担保資金供給オペレーションを拡充する方針を打ち出した。このような状況から、日銀のYCCによって押さえつけられていた国債市場には、より一層の金利上昇の圧力がたまっており、現在の10年債の変動幅±0.5%を長期間に渡って維持することは現実的に非常に困難で、今後一層のYCCの柔軟化が必要となることはほぼ明白である。
(2) YCCの一層の柔軟化による影響予測
12月20日の突然のYCCの柔軟化は、円安の進行に歯止めをかけ、YCCが2022年に急激に進んだ円安の主因であったことが証明された。一方、我が国では「異次元の金融緩和」を10年にわたって行ってきたことから、YCCの一層の柔軟化による悪影響に留意すべきであり、以下、考えられる主な悪影響について検討する。
① 日本銀行の財務問題
現在、日本銀行は約500兆円もの日本国債を保有していることから、時価評価を行えば少しの金利上昇でも含み損が発生することとなる。ただし、日本銀行では日本国債を満期まで保有することを原則としていることから時価評価は行わない(簿価で評価)。したがって、会計上、含み損が直接の問題になることはない。一方で、仮に時価評価を行うとすれば、金利上昇が「1%の場合マイナス28
兆6千億円、2%の場合マイナス52兆7千億円」と試算されている(12月2日参院予算委員会 雨宮副総裁)。2022年11月28日に発表した2022年4~9月期の決算で日銀には既に8749億円の含み損が発生しているが、日本銀行の純資産は4.7兆円(2021年度末)、税引前当期剰余金は1.6兆円(2021年度)であることから、今後一層のYCCの柔軟化に伴って拡大する含み損に対応するために、損失繰延制度(FRBが採用)などの手法を検討すべきである。
② 日本政府の債務問題(利払い)
日本国債の金利上昇による最大の懸念は、政府の利払い費の増加である。ただし、平均残存期間は9.0年であり、借り換え債を含めて国債の金利が上昇後の金利に入れ替わるのには時間的猶予がある。現在の 0.25%上昇に留まれば5年後の利払い増加は、0.8兆円程度だが、YCCの一層の柔軟化で1%金利が上昇した場合は、2025年時点で利払いが3.7兆円増加すると試算されている。日銀は、突如そのような事態を招かないように細心の注意を払うとともに、政府はそのような事態に備えた新しい財政政策を講じておく必要がある。
③ 民間金融機関の財務への影響
日本国債の金利が上昇した場合には、民間金融機関が保有する日本国債に評価損が発生する。民間金融機関は時価評価が原則であり、含み損は損益に計上しなければならない。0.1%上昇(=0.35%)であれば、民間金融機関全体で1.0兆円程度の含み損だが、0.25%上昇(=0.5%)であれば 2.4 兆円
の含み損、更に 0.5%の上昇で 5 兆円、1%の上昇では 10 兆円もの含み損が生じると見積もられる。全国の銀行110行の経常利益は約3兆円(2021年度)であることから、日銀は突如そのような事態を招かないように細心の注意を払うとともに、民間金融機関はそのような事態に備え、日本政府はそのような事態を回避する対策を講じるとともに、仮にそのような事態が生じた場合の対応策を立案しておく必要がある。
④ 民間部門への貸出金利への影響
2021年3月19日に日本銀行は長期金利(10年物国債金利)の変動許容幅を±0.1%から±0.25%への拡大を決定した。しかし、短期プライムレートは変動せず(3メガバンクは1.475%)、TIBORも全く変動しなかった。したがって、2021年3月のYCC柔軟化による貸出金利への影響はなかったものと考えられる。YCCの一層の柔軟化が生じると、短期プライムレート、TIBORへの影響も考えられ、注意が必要である。
⑤ 経済全般への影響
金利上昇によってGDPにはマイナスの影響があるが、0.1%上昇でマイナス 0.01%、0.25%上昇でマイナス 0.03%と推定され、ここから一層のYCCの柔軟化が進み、金利が 0.5%となれば 0.06%、1.0%となれば0.12%程度のマイナスの影響が出ると推定される。この影響は毎年積み重なることに留意が必要である。
5. 政府・日銀の共同声明(アコード)の見直し
(1) 現行のアコードの帰結
アベノミクスにおいては、「デフレは貨幣現象」(安倍晋三元総理)との前提で「異次元の金融緩和」がスタートした。アベノミクスの「異次元の金融緩和」の10年の結果が、輸入物価上昇によるコスト・プッシュ・インフレであるが、「物価が上昇すれば、賃金も上昇する」(黒田東彦日銀総裁)とはならなかった。すなわち、賃金が上がれば物価は上昇し得るが、物価が上昇したからといって賃金が上がるとは限らないのである。因果関係を逆に捉えてはならず、アベノミクスの失敗でいわゆるデフレは貨幣現象ではなかったことが証明された。デフレの原因としては、イノベーションの欠如、正規雇用から非正規雇用への流れなどによる賃金の下落、新興国の工業化が考えられる。つまり、デフレ脱却のためには賃金上昇が必要だが、賃金を引き上げるのに金融緩和だけでは不十分であると言える。金融緩和による円安等により、人手不足が生じ、企業収益も好調だったが、実際には、賃金引上げは進まなかった。その背景には、労使双方に、円安等による高収益は一時的なものであるという認識があり、また、将来の企業の競争力に自信がないため、賃上げよりも将来の雇用維持が優先されたことがあると考えられる。人々は所得に明るい展望が持てない中で、物価が上がり、実質賃金は下がると予想した。そうではなく、賃金上昇を金融政策の目標にすることで、賃金の先高感が広まり(フォワード・ガイダンス)、賃金上昇に引きずられて物価も上昇するものと考えられる。生産性向上こそが実質賃金を引き上げるはずであるが、日本では賃金と生産性の連動性が極めて低く、生産性はそれなりに向上しているにも拘わらず、賃金上昇につながっていない。その背景には、日本では賃金上昇よりも継続雇用が重視されていることがある。したがって、政府において賃上げに繋がる具体的な政策が必要である。
(2) 実質賃金をアコードの目標とする必要性と合理性
物価がマイナス(=デフレ)では実質金利が高止まりするなど、経済において様々な問題が生じることから、物価はプラス(=インフレ)にする必要がある。したがって、金融緩和が必要となる場面があることは否定されない。しかし、物価上昇に賃金が追い付かない状況では、物価上昇は国民生活を貧しくする。したがって日銀は、金融政策においては賃金上昇を超えないような物価上昇に留める義務を負う。一方で、日本銀行は賃金を引き上げる手段をほとんど持ち得ない。黒田総裁は、2014年3月に行った「なぜ『2%』の物価上昇を目指すのか」と題した講演の中で「賃金が上昇せずに物価だけが上昇するということは普通には起こらない」と述べ、この9年間物価上昇による賃金上昇を実現しようとしたが、現実には8年間物価上昇を実現できず、9年目に外生的要因も相まって物価上昇が実現したら賃金上昇は物価上昇に追いつかなかった。日銀の役割は、物価の(プラスでの)安定と、好景気の実現・維持であるという原則に立ち返るべきである。そのようにして、安定した物価上昇率の下で好景気が実現したにもかかわらず実質賃金が上
がらないー好景気が実質賃金に反映しないのであれば、その障害となっている原因を見定め、これを取り除く対策を講じることが出来るのは政府である。したがって、政府と日本銀行とのアコードおいて、日本銀行は賃金上昇率に配慮しながら物価の調整を行うとともに好景気を実現・維持する義務を負い、政府はその好景気を賃金引き上げに反映させる政策を実施する義務を負うとすることが必要であり、かつ合理的である。したがって我々は、
①日銀は、適切な金融政策で好景気を実現・維持する。
②日銀は、物価安定の目標を消費者物価の前年比上昇率でプラスの領域とする。
③政府は、機動的なマクロ経済政策運営による需要の創出、競争力と成長力の強化により、労働生産性を引き上げ、それを実質賃金の上昇につなげることを目指す。
④政府及び日銀は、実質賃金について、コロナ禍以前の水準を回復した上で、労働生産性の向上に見合う伸び率を実現すべく、一体となって取り組む。
ことをアコードとして公表し、政府と日銀の役割分担を明確にしつつ、強固に連携して日本経済を持続的に発展させることを提案する。なお、アコードの実現に向けては、日銀の独立性を十分確保した上で、政府、日本銀行の連携が適正に機能し、日本経済の持続的な発展に向かっているか否かを定期的に分析・検証し、政策の改善に繋げる制度の整備も併せて提案する。
(3) 中央銀行の金融政策における賃金の扱い
アメリカFRB(連邦準備制度理事会)は、デュアル・マンデートとして「雇用の最大化 maximum employment」と「物価の安定 stable prices」を課されている。FRBが「雇用の最大化」としてどのような統計・指標に着目しているかは定かでないものの、雇用者数や失業率だけでなく賃金上昇率にも着目しているとの見方がある。ECBやBOEのマンデートには雇用は明示されていないが、オーストラリア、ニュージーランドの中央銀行には、マンデートに雇用を含んでいる。中央銀行のマンデートに雇用を含めることは、奇異ではなく、雇用の要素としての賃金を含めることも問題はない。
Phase Ⅲ: 金融政策の正常化
6. 長短金利操作(YCC)の撤廃
(1) 「4.YCC の一層の柔軟化の必要性」で述べた通り、YCC は限界を迎えている一方で、その修正によって金利が更に上昇した場合、日銀のバランスシート、日本の財政、更には日本経済が、少なからぬマイナスの影響を受ける。その根本的原因は、「異次元の金融緩和」と「長短金利操作付き量的・質的金融緩和(YCC)」によって、日銀、民間金融機関が大量の国債を保有し、民間の経済主体が多額の債務を抱え、その状況下で日本政府が多額の国債発行に依存する財政運営に傾いてしまったことにある。本来金融政策は、その時々の経済状況、特に物価に合わせてタイムリーに金利を変動させるべきものであるにもかかわらず、0.25%程度の金利上昇で日本経済全体に大きな影響が出る為に、インフレが生じても、円安が生じても金利を動かすことが困難な状態となっていること自体が、「YCCによる自縄自縛」ともいえる異常事態である。そもそも金融政策は短期金利のみを対象とするのが通常であり、長期金利と短期金利の双方、更にはイールドカーブ全体を操作することは極めて異例で、市場機能を歪めるものである。同時にYCCによって日銀が金利のすべてにコミットすることで、政策変更のコストと影響が極めて大きくなり、その時々に応じた柔軟な対応をむしろ困難にしてしまっている。現時点でYCCの維持には多大なコストを要しているが、そのコストに見合う成果がなかったことは9年間のアベノミクスの実験で実証されており、日本が、正常な金融政策の自由度を取り戻すためにも、債券(金利)市場のひずみが蓄積して破局的事態を避けるためにも、どこかのタイミングで撤廃することは必須である。
(2) ただし、YCCを撤廃することは、元々金融政策の対象ではなかった長期金利の急上昇に繋がる。よって、そのタイミングを計ることは難しい作業であるが、上記
「5. 政府・日銀のアコードの見直し」によって、日銀が突発的な金利上昇を招かないように細心の注意を払いながら徐々にYCCの柔軟化を進めると共に、政府は金利上昇に対応した現実的財政政策を講じ、プラスの安定したインフレ率の下で持続的な好景気と実質賃金の上昇が見越せる局面を実現し、日本経済と財政に対する影響を最小限に抑えながら、長短金利操作(YCC)の撤廃を行う必要がある。なお、現在我々は「新しい財政政策」についても検討を進めており、長短金利操作(YCC)の撤廃により金利が上昇した場合でも財政が持続可能となるように、必要な方策を併せて提示する。
7. 日銀保有国債の安定的な処理
(1) 令和4年3月末の日銀が保有する長期国債の残高(簿価ベース)は511兆円、「連続指値オペ」による追加購入を行った結果、現時点では540兆円を超える。また、平均残存期間は6.6年、利回りは0.23%である。ちなみに、「異次元の金融緩和」が始まる直前の平成25年3月末時点では、保有残高91兆円、平均残存期間は3. 9年、利回りは0.72%であった。
(2) このように「異次元の金融緩和」が10年近く続いた結果、日銀は収益性、流動性が低い資産を膨大に抱えることとなった。それでも日銀の収益が悪化していないのは、日銀の債務の大半を占める当座預金への支払利息が極めて低い水準に留まっているからである。すなわち、これも「異次元の金融緩和」によるマイナス金利政策等により、令和4年3月末時点で563兆円の当座預金残高に対し、支払利息(コロナオペによる付利分を除く)は1802億円に過ぎず、調達金利は0.03%である。
(3) ただし、今後金融政策を見直し、仮に調達金利が1%になったとすると、支払利息は約5.5兆円に急増する。他方で、保有長期国債から得られる利益は1.2兆円程度であるから、年間で4兆円以上の逆ザヤとなってしまう。もちろん、保有国債のうち償還期限が到来したものから順次同額の新発債に入れ替えていけば、新発債の利回りにも金融政策の見直し後の金利が反映されるため、徐々に逆ザヤは解消に向かうであろう。
(4) しかしながら、入れ替えが完了するまでに約7年かかり、その間は収益の悪化が続く。しかも、新発債に入れ替えても保有国債の残高に変化がない以上、政策金利を引き上げる都度、日銀は逆ザヤのリスクを負う。逆に、このようなリスクを回避するために、物価上昇が急激に進んだ場合でも金融引き締めを見送るようなことがあれば、「物価の安定」という金融政策の目的を犠牲にすることとなり、本末転倒の事態となる。
(5) そこで、日銀が保有する大量の国債から生じるリスクを日銀本体から切り離し、運用収益の改善を図るための方策を検討・実行するなど、日銀が適時適切な金融政策を行い得る状況を作るべきである。
8. 日銀保有ETFの安定的な処理
(1) 令和4年3月末時点で日銀が保有するETFの簿価は36兆円、時価は約50兆円で含み益が約14兆円に上る。この巨額の含み益は日本銀行の会計処理において、利益と認識されることはない。他方、万一ETFの時価が著しく下落し、含み損が生じた場合には「減損処理を行う」こととなる。要は、日銀がETFを保有し続ける限り、株価変動によるリターンを得ることはなく、リスクのみを負う。
(2) また、ETFを構成する上場株式の発行会社からすると、株価下落の際に日銀が買い支えをし、平時には実質大株主でありながら「物言わぬ株主」でいてくれる安心感から、コーポレートガバナンスは緩みがちである。これにより、日本の株式市場は、投資先として魅力のないものと評価される可能性がある。
(3) そこで、日銀が巨額のETFを保有するリスクを回避し、株式市場を健全に発展させるために、例えば、ETFを日銀のバランスシートから切り離し、国民に有益な形で移転することを検討・実行すべきである。