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平川引退試合マニアック分析

2021-07-23 15:38:17 | 浦和レッズ
平川引退試合の後半戦の印象です。現役チーム側が、後半の頭から選手を大幅に入れ替え、ジュニアユースの選手たちが主体というメンバーで来ました。OBチーム側も平川と小野伸二を除く全員が交代し、永井雄一郎と田中達也の2トップに、トップ下に小野伸二、鈴木啓太と酒井のダブルボランチに右アウトサイド岡野、左アウトサイド平川と、2007年のACL優勝時を思い出すようなメンバーで来ました。

相手がジュニアユースとなれば、手加減していた印象もあった現役チームと比較すれば、OBチームもボールを回せるようになります。この試合では小野伸二が広い範囲に顔を出して、得意なダイレクトプレーでスタジアムを沸かせていました。参加選手中、最年長の岡野はさすがに昔の運動量はなく、2度ほどスルーパスを追いかけるのが手一杯でした。それでも、2000年のJ2最終戦で、ウォーミングアップでピッチを駆けてサポを沸かせた、あのときと同じ形を見せてくれました。

平川も左サイドでも昔と同じような万能ぶりを見せており、ジュニアユースのSBに何度か仕掛け、相手DFが手を少し掛けたプレーが主審の粋な計らいでPKとなり、このPKを平川自身が決めて3-2とOBチームが1点をリードします。地域リーグとはいえまだ現役の、永井雄一郎は往年を思い出すドリブルを見せており、田中達也も味方のロングボールを全力で追う、昔から変わらない真面目なところを見せます。

GKは15分毎に3人入れ替わり、都築、岩舘、山岸が全員登場しました。最後の15分は平川の息子がFWとして出場し、父親譲りのスピードで小野伸二のスルーパスをゴール前まで追いかけて、シュートは惜しくもGK正面だったものの盛り上げました。昔から浦和を見てきた、ベテランサポの私にとっては至福の時間で、90分立ちっぱなしでも見る価値は十分あった試合でした。

試合後には、犬飼元社長から挨拶があり「2002年に私が社長になった頃、平川君が右アウトサイドでプレーしたときはスピードがあって攻撃で可能性を感じた。あの頃は浦和レッズを強くしていく時期で、三都主や相馬も取り、ポンテも取ってギド監督の要望に応えた。」みたいなことを話していました。細かいところは怪しいですが。

また、平川自身の挨拶では「1999年の浦和降格の瞬間はサポーターの一人として駒場にいました。1年でJ1に復帰できたことでこのチームの強さを感じ、のちに浦和の一員になれたときは嬉しかったです。また、引退試合の開催は迷いました。コロナ禍でどういう形で開催するか、いろいろ悩んで開催した。」と明かしています。楽しめた、真夏の90分間は、あっという間でした。


小野伸二


闘莉王








小野伸二








坪井慶介


李忠成


永井雄一郎


田中達也


内舘秀樹


都築龍太


岡野雅行




平川忠亮


堀之内聖


岩舘直


山岸範宏


平川の息子、りょうけん君


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