占いイベント
やったぜ。昨年末から始めた学校のカルチャーイベント、第三弾。占いで当たった。
占いがキラーアイテムだとは思っていた。でもこれほどまでに、女性たちの心を摑むとは。
このイベントの成否は、占い師次第だともいえる。最初に行った占い所は、ミンティンカの弟子を自称する所だった。ミンティンカって誰?
*ミンティンカ氏・略歴
1939年6月25日 ヤンゴン市チャウミャウン地区に6人兄弟の長男として生まれる。
ヤンゴン市内セイントポール男子高校(職場の目の前にある高校)で学び、高校を卒業。大学には進学しない。高校卒業後、ミャンマー国軍に入るが5年で中退。
その後、食用油の工場や精米所で働く。
1979年 シャン州タウンジー市で占い師の仕事を始める。
(ちょうど40歳で新たな人生を始めたことになる。)
この頃から小説家ミンティンカとして探偵小説を書き始め、探偵ニンマウンを主人公とした推理小説がヒットし、ミャンマーのシャーロックホームズと呼ばれるようになる。「マヌーサリー」という長編小説も大ヒットし、日本語にも翻訳され日本で出版される。小説家でもあり占い師としてミャンマー中で知られる存在となる。
1997年 突然仕事を辞め、霊能力を持つために武者修行に出発する。
3年間の修行の後、厄払い、占い、新生児に名前をつけるなどの仕事を無料で行い、また厄払い、占いなどを教える教室を無料で開き、多くの弟子、信奉者を集める。
霊能力者ミンティンカとして晩年は悟りを開いた教祖のような風貌になり近寄り難い雰囲気となる。
2008年8月1日 多くの信奉者に看取られながら他界。
* 「マヌーサリー」
現代ミャンマー大衆文学の邦訳。 絶世の美女をめぐるファンタジー。
1950年代とおぼしきミャンマー。
骨董屋を営む50代の独身男が、インドに幽閉されたビルマ王朝最後の王が作らせた名品、金銅合金の小壺を苦心の末に手に入れる。
そして、小壺に書かれていた古代文字を「マヌサーリー」と知ってから、その不思議に取りつかれ幻の美女「マヌサーリー」の探索、近代ミャンマーの歴史と文化の謎解きにはまりこんでいく。ミャンマーの幻想空間、超現実の世界が繰り広げられる。
近年、ミャンマーの国民に最も愛読されている作品。
現代ミャンマー大衆文学の邦訳。
絶世の美女をめぐるファンタジー。
1950年代とおぼしきミャンマー。
骨董屋を営む50代の独身男が、インドに幽閉されたビルマ王朝最後の王が作らせた名品、金銅合金の小壺を苦心の末に手に入れる。
そして、小壺に書かれていた古代文字を「マヌサーリー」と知ってから、その不思議に取りつかれ幻の美女「マヌサーリー」の探索、
近代ミャンマーの歴史と文化の謎解きにはまりこんでいく。
ミャンマーの幻想空間、超現実の世界が繰り広げられる。
近年、ミャンマーの国民に最も愛読されている作品。
話が右往左往しているねー。結局ミンティンカの弟子の占い処は、高すぎて使えなかった。一回数十ドルで15分。先生は地方出張中で会えなかったが、この占い所に特に好印象はなかった。
別のところ、看板とか出ているんだろうか。ミャンマー語では分からない。この占い師の女性は、よいお顔をしていた。こじんまりとしたワンルーム。仏陀ヤボーミンガンの像が置かれている。
先生のお話しが優しげで、一発で魅せられた。これだ。この先生に決めた。先生に学校に来ていただき、占いの部屋を決めた。
さてイベントの告知だが、予約がどんどん埋まっていった。前回・前々回のイベントの苦労がまるでない。キラーアイテム、恐るべし。
通訳を決め、備品を揃え(全てスタッフの女性先生がやってくれた。Thanks.)、いよいよ当日。先生は話し始めると止まらない。途中の休憩時間をつぶしても時間が足りないケースが出て、一部のお客さんをお待たせすることになってしまった。申し訳ございません。
休憩室
さすがの先生も最初は緊張気味だったが、ご飯を召し上がった後は、調子が出てきたようだ。先生は、お坊さんと一緒で午前中しか召し上がらないので、お客さんをまた待たせてしまった。すみません。
ということで、このイベント、大成功でした。後は先生の未来予測がどうなるか。実力が問われるところです。ずいぶんと、夢のあることを言われて喜んでいる方がいました。また近日やろうと思う。
ちなみに占い師の先生は、この日の儲けを全てシュエダゴン・パゴタに寄進されるそうです。もったいない。半分にすれば良いのに。皆さんのご健康とご活躍をお祈りします。これは外交辞令ではなく、本当に祈ってくれるんだね。