旅とエッセイ 胡蝶の夢

横浜在住。世界、50ヵ国以上は行った。最近は、日本の南の島々に興味がある。

クメールの呪い

2023年05月29日 16時25分12秒 | エッセイ
クメールの呪い

 大層なタイトルだが、なんてことはない。若いころに入ったカンボジア難民村の少年たちを思い出すのさ。モーパンやモーワット、スィーパンのことをね。栄養失調で髪の毛が赤茶け、水腹でお腹がプックリ膨らんでいても、彼らは生意気で、あけっぴろげで元気がよく明るかった。
 足首に熱帯性潰瘍で木のむろのような穴が開いた幼児は、素っ裸で小さなチンチンをふりふりして、いっぱしに大人と向き合う。夜になると、忍び寄るポルポト兵にロケット砲を撃ち込まれたりするが、ジャングルを切り開いた村には、溜池ありキャッサバ畑あり学校ありで、タイ国内の密集した難民キャンプと比べれば、自由で自然があった。

 前にも書いたが、生まれてからこの村にいる子供達は、自分のことを可哀そうとはちっとも思わない。物質的に豊かな生活を知らなければ、今日の自分は当たり前の暮らし、ただの子供だ。週に一度の援助物資の配給に並び、学校のない時は、村はずれで日本人の井戸掘りを見に行く。

 日本人の兄ちゃんをからかって遊ぶのは楽しい。自分は、その後帰国して勤め人になり、密林の村や彼らのことを忘れた。でもひょんな時に思い出す。スーパーやコンビニで高級なクッキーやロールケーキなんかを買って食べた時。「ひゃー、旨い。あっこれを今、モーパンに食わせてあげたい。目を丸くして喜ぶだろうな。」一個100円のどら焼きやシュークリームでは、彼らは現れない。滅多に買わない一個250円とかの洋菓子がとても甘くて美味しい時だけだ。

 自分一人で食べるのが後ろめたいのかな。197x年のあの村、バンサンゲーに戻って一緒に食べたい。美味しいねって。妻や子に対して、この後ろめたさは出てこない。彼らは、お金があるしコンビニにはいつでも行ける。この思いは、年に何度か、最近では数年に一度、突発的に出る。

 これがクメールの呪い、或いはおまじない。でも逆の思いもある。今働いている半夜勤、夜勤の仕事が、一回出ると5千円、1万円に相当するんだ。5千円っていったら、数年前のカンボジアのガイドさんの月給だった。一回出れば一月分、二か月分だ。もちろんこれは意味がない。物価が10倍違うんだから。でもまあ皮膚感覚のようなものだ。大して得した意識はないが、これは
クメールの恩恵なのかな。


ミャンマーであまちゃん

2022年10月25日 07時23分00秒 | エッセイ
ミャンマーであまちゃん

 6-7年前、ミャンマーのTVで"あまちゃん"が放映された。自分がカミさんと始めて訪緬した時、ヤンゴンの街で放映予告の看板が出ていた。

 あまちゃん、面白いからね。第二の"おしん"とまではいかなくても、人気が出るでしょ。これは楽しみ。NH Kだって、そう思ったに違いない。週一回、3話か4話をまとめて、夜の放映だったらしい。ところがどっこい。これが受けなかったのだ。えー、なんでー。面白いのに。

 "おしん"はアジアで爆発した。シンガポールで台湾でイランで、人々の涙を絞った。苦労しておしんの国、日本に働きにきたエジプト人青年は、ガングロ・高サンダルのやまんば娘の集団を見て仰天した。

 うん、今なら俺には分かる気がする。価値観の違いだ。ミャンマーの子供は、僧侶、両親、先生を敬い、大切にする。親の言うことには、ほぼ無条件で従う。自分の気持ちは後回し。
 自分が教え始めた或る女子生徒は、頭がよくて熱心。ひらがな・カタカナを2日で覚えた。彼女は将来、日本に行くことを熱烈に願っていた。だがお母さんに反対されると、泣きながら辞めてしまった。慟哭していたそうだ。無料で日本語を教える代わりに、日本語検定2級を取り企業で働く条件だった。応募するのはナイショだったんだろうか。でもそこまでが精一杯。彼女にお母さんに逆らう選択肢は無かった。ミャンマー人で、日本で働く若者の、両親への送金率は群を抜いているそうだ。

 で、あまちゃんは?小泉今日子演じる母親は娘に言う。「あんたは本当に。親に言うことを一つも聞きゃしない。」その母親は、おばあちゃんに反発して家を飛び出し20年も音信不通。物語のテンポが良くて、魅力ある脇役がいても、本来のところでミャンマーの人にはしっくりこないのよ。分かる?


やっぱり君は不思議ちゃん ー ミャンマー郵便事情

2022年10月24日 09時37分12秒 | エッセイ
やっぱり君は不思議ちゃん ー ミャンマー郵便事情

 ミャンマーへは何度も小包を送った。10回弱は送っている。Air便も船便もEMSも送った。クーデターで軍事政権に戻る前は、問題なく届いた。日数はどれもずい分とかかったけどね。ミャンマーから日本に送った葉書も着いた。

 でもクーデターのすぐあと船便で送った小包は、ついに届かなかった。大き目のダンボールで、送料が3-4千円はしたのに残念。そのうちに忘れた。しかし、ところがどっこい。一年半ほど経ったころ、それが届いたという喜びのメールが突然入った。
 あれっ、何を送ったんだっけ。同僚の女性教師たちが喜びそうな手鏡、ポーチ、髪飾り。スズキさんリクエストのポテトチップス(まだ食えるのか)。それから本とカレー粉等のレトルト食品。後は何だっけ。一人一人へのメッセージは入れたかな?
 この突然届いたお土産を、みんなに手渡すのは大変だったらしい。NGOに転職したエリ(エリザベス)は近所に住んでいるが、ナンダーちゃんは本格的に引きこもり。ニイニイさんはハンサムなタクシードライバーと結婚して、地方に越した。お金持ちのお嬢、ショーンは何をしていることやら。ティダに至っては、自分が教えていた妹ともども行方不明の音信不通だ。

 その後スズキさんが読みたがっていたビルマ戦記を、のりたま同封で送ったが、これも一年は経つのに届かない。それにしても、何人もの手を経ているのによく盗まれないものだ。郵便局の片隅で一年以上置かれていたのかな。で或る日、配達する気になったかな。このいい加減さ、律義さ。ミャンマーよ、やっぱり君は不思議ちゃん。

 小包を届けた郵便配達が言ったそうだ。「こりゃ魂消た。あんたまだ残っていたんだ。外国人はみんな国に帰ったと思っていたよ。」


五助、金玉百助

2022年10月22日 16時20分53秒 | エッセイ
五助、金玉百助

 金玉満堂。黄金や珠玉などの宝物が、家の中に満ちあふれていること。出典は老子だそうだ。
 台湾の中級以上のレストランの箸袋に、よく書かれている。これを見て、ニヤリとする日本人男子は、キンタxマンドーと読んでいる。正しくは、キンギョクマンドウだ。中国人はニヤリとしない。金玉に睾丸の意味はない。

 今は昔の朝鮮の役。加藤清正の小者で、五助という若者がいた。中間(ちゅうげん)、小者(こもの)というが、軍団で最下層の雑役夫だ。運搬や穴掘り、設営などが主な仕事だ。武士ではないから、脇差も持たない。
 その五助が、ある日災難にあった。一人でいる時に虎にさらわれたのだ。ところがこの虎、五助を林に奥にくわえこんではみたものの、腹がすいていなかったとみえ、五助を手毬のようにもてあそぶだけ。五助は大した怪我もしなかった。
 やがて虎は、それにも飽きてウトウトし始めた。五助はさすがに戦国の若者だった。横たわる虎ののどやわきをコチョコチョ触ると、虎は気持ちがよいのかゴロニャンと寝入ってしまった。凄まじいいびきだ。
 五助は辺りを見回し、木に巻き付いたつたかずらを見つけた。それを外して、近くの木にしっかりと縛り、少したるみを持たせて先端を虎の金玉に縛り付けた。そうしておいて、その場をそっと立ち去ろうとした五助だが、流石に森の王者。目を覚ました虎は、逃げてゆく五助を見た。ぐわっ、怒った虎が飛び掛かる。つるが空中でピンと張った瞬間、金玉がギュっと締まって虎は悶絶。うわっ、この痛さを想像できない男の子はいない。哀れ、虎は昇天。

 陣屋に戻った五助は、小者仲間を引き連れて、虎の死がいを担いで持ち帰る。これを聞き、虎を見た大将の清正は言う。「あっぱれ、五助よ。おぬしを士分に取り立て名を授ける。これより金玉百助を名乗るがよい。」百石もらった。大したものだ。
  日本軍は散々だったが、侍となった金玉百助は、素手で虎を殺した勇者として凱旋帰国した。清正の娘の八十姫が、紀州御三家55万5千石に嫁入りする際、金玉百助は、漆で固めた虎の首と共に隋従した。代々金玉百助の名で紀州家に仕え、家禄は三十石にまで落ちたが、長い江戸時代を生き延びた。

 嘘じゃない。この話は『神坂次郎氏著、"千人斬り"新潮文庫』から取りました。金玉家は昭和58年、鹿児島の家庭裁判所に改姓を訴えた。

 よく耐えたよ、金玉一族。江戸時代なら良かった。あの家は、元をただせば清正公の。人の出入りが少なかった明治の中頃まではまだしも、近代になっては、金玉家の息子がいかに好青年でも、嫁入りには勇気がいる。本日はお日柄もよく、金玉家と佐藤家の婚姻がーーーー。控室には、金玉家ご一行様。
 予約をお願いします。今月のx日から2泊、シングルで金玉なにがし。転校生を紹介するよ。金玉満江さん。金玉さん、お友達にごあいさつ。この満江さん。いかに優秀なお嬢さんでも。採用担当者は考えちゃう。「はい、営業一課、金玉です。」「金玉さん、保留3番に電話。」清正も罪なことをしたもんだ。改姓が成されたことを祈念する。

*番外編

 「もーイヤ!この町出ていく。」「どーしたの、いい町じゃない。」「また聞かれたのよ。よりによって田中君から。しってってどういう字を書くの?」「-----武蔵小杉から南武線に乗って五つ目の駅です。ご自分で調べて下さい。」「田中君に言えるわけないじゃない。お尻に手。尻手なんてさ。」


イスラム社会のダルビッシュ

2022年10月22日 15時45分13秒 | エッセイ
イスラム社会のダルビッシュ

 サマルカンドで、ウルグ・ベグの天文台の脇に建つ博物館を見学していた。ウルグ・ベグと学者・学生、チムールと彼の将軍、イブン・バテュータの肖像等を、ガイドのアリ君の説明を聞きながら見ていた。
 そこに変わった画が一枚。若いのか老人なのか?長いコブのついた杖とお椀を持ち、おかしな帽子をかぶった男が荒野を歩いている。これは道化?それとも旅芸人か?はたまた魔法使いなのか?小男のガンダルフ?旅慣れた男なのは間違いない。
 「アリ君、これは?」「あーそれは、ダルビッシュです。」「えっ、ダルビッシュ!」ダルビッシュは、イスラム社会(少なくともトルコ・ウズベグ系とイラン・ペルシャ系)の虚無僧、或いは遊行僧といった存在らしい。もちろんイスラムの中には、出家・在家の別はないのだが。彼は語り部なのかな。女性や子供たちが、その訪問を心待ちする存在なのかな?それとも気味の悪い異邦人なのか?
 「ダルビッシュは日本の有名な野球選手で、アメリカのメジャーリーグ
に行って活躍しているんだ。」と説明しても、アリ君はベースボールもメジャーリーグも知らないからな。あいまいにうなずいていた。ダルビッシュ有は、ユウともアリとも読めるんだがな。

 ダルビッシュってそんな意味があるんだ。イスラムの社会に、放浪僧のような人がいたんだ。長老や学者のような厳しい教育者だけではつまらない。ダルビッシュは、イスラームの神秘主義思想にあたるスーフィズムの修行者なんだって。13世紀になって、托鉢行や乞食行を行いながら、各地を放浪する修行者集団がイラン高原や各地に出現し始めたそうだ。

 もっと詳しく、出来れば実体験を含めてダルビッシュのことを知りたいけれど、ムスリムの友達が近くにいないのが残念。読者の方、どなたか知りませんか?

 メジャーリーグのダルビッシュは今年は16勝。ポストシーズンに入っても好調だ。まだ球も速いし、11種類ともいう変化球で三振の山を築くのは痛快だ。大谷もダルビッシュも、ハンサムで背が高くてガタイが良い。日本人男子のイメージupに貢献度大なのは、間違いない。
 彼の名前の由来を知って、ますます好きになったよ。