kirekoの末路

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第十二回『機智、大望を救いて』

2008年04月30日 22時58分37秒 | 『英雄百傑』完全版

― 阪州 大重郡 円城 ―

 大重郡の南方に位置するこの円城は、頂天教軍を退けたキレイ率いる多くの官軍兵が占拠していた。日夜、様々な将兵が悩ましげに頭を傾げる軍儀が開かれる冷たい石に囲われた円城の外からは、ザーザーと打ち付けるような雨粒の轟音が聞こえる。
この雨は、地方特有の劇的変化する天候不順の産物であった。
昨日すっきり晴れていた天気も、今や黒い雲が覆う豪雨の中。
城と山を覆う暗雲からは、所々に雷鳴も聞こえ始めていた。

 攻め落とした円城の宮中では、今日も将達が集められ軍儀が開かれていた。
『居なくなった』太守の席にズシリと腰を落ち着けて座るキレイは、各地方から集まった知者達を前に、いつにも増した冷徹な眼差しを浴びせていた。太守の席の近くには、彼が頼みとするオウセイの姿があった。

 「軍儀を始めよう。誰か、何か策のあるものは私の前に出て話すがよい。策良ければ取り立ててやるぞ」

冷たい視線から放たれる、傲慢に満ちた言葉。
キレイは元々、およそ武将らしくない端正な顔立ちの持ち主だった。
だが今は違う。
支配欲に満ちた大きな瞳、他人を見下すようなつり目、心の中の傲慢さが突き出したような鷲鼻、冷徹な口調に慣れ親しんだ厚い唇は、すでに野心むき出しと言った感じで、知らず知らずの内に支配者としての自分が投影されていた。

 「考えつける全ての策を言うが良い。この私の範疇を超えることは無いだろうがな」

足をだらしなく広げ、頬に手をつけ、傾げた首で語りかけるキレイは、とても戦をする武将の姿ではなかった。連戦連勝を続ける自分の才知に、すっかり驕(おご)っていたのだ。

将達は、その言葉と態度に反感を覚えた。
だが誰も、キレイには表立って逆らえなかった。
恐将キレイの前で下手な事を言えば殺されかねない…誰もが押し黙り、キレイの顔を窺う。

 「どうした?遠慮をするな。誰でも手をあげるがよい」

 緊張感に包まれた宮中の静寂は、城外から入る雷鳴と豪雨の音だけを聞こえさせる。
追随の言葉を投げかけるキレイだったが、やはり将達は黙ったままだった。耳にキレイの言葉が聞こえる度、将達のその手足、背筋には冷たい物が感じられ、次第に体は微弱な震えを始める。そこへ、あわや突き殺してしまうように差し込んでくるキレイの度々の視線は、ほぼ条件反射的に将達を怯えさせる。キレイの一挙手一投足が、いわば物言わぬ凶器であった。

 いつの間にか、本人でさえ気付かぬ内に、将達は、
 キレイの恐怖と言う鞭で調教されていたのだ。

 「誰も手をあげぬとはどういうことだ。各地から集められた知者が聞いて呆れるぞ。ふん、そなたらを選んだ皇帝陛下も、とんだ見込み違いをしたものだ」

手も上げずに、苦い顔でチラチラと自分を見る将達を見て、キレイは言葉では怒りを露にしていたが、その心中は、将達への支配が上手くいっている事に満足気だった。

 そこへ…

 「若は英才の持ち主。胸中の策はもうお考えのはず。そのように意地悪をせず、まずは若の考えを仰ってみては如何でしょうか?」

 どれも苦い顔でキレイを見ていた将達を救うように進言したのは、オウセイであった。
今現在、キレイに物怖じせず進言できるのは、配下の武将でさえ彼一人だったかもしれない。
戦傷(いくさきず)の絶えないオウセイの顔は、武に揉まれて猛々しく、短く切りそろえた顎鬚、見開いた目の黒さ、切れ長の太眉は、強い意志を表していた。

 「どうですかな、若。拙者の言うことに間違いはございましょうか?少々の『ぶれ』はあれど、ご心中の通りでございましょう。さあ、そのようにだらしの無い格好をせず、指揮官として我らにお伝えくだされ」

見張るほどでもない幾許かの長身、肉付きもそれほど良くない細身。
オウセイは武将として、決して体格が恵まれているわけではなかった。
だが戦に出れば、馬上に敵なしと呼ばれるほど強い武将であり、キレイとは違い他人を見下すような事はせず、義理堅い男であったため、他の者に好かれた。

 「おのれ、相変わらず私の胸中を勝手に語りおって。…ふふふ、だが残念ながら図星だ」

キレイは、同郷の幼馴染の彼の事を武将としても信頼していたが、親友としての絆は兄弟以上、唯一無二のものであった。彼の実直な言葉には、キレイとて甘かったのだ。

 キレイは乱れた姿勢を整えると、外から聞こえる雷鳴と雨粒の当たる音を裂くように、響く声で言った。

 「皆の者は、どう思っているか知らんが、私は妖元山攻略などは簡単極まりないもので、士気高まる今、短期決戦を仕掛ければ一気に攻め落とせると思うのだ」

 ザワザワ…
 ザワザワ…

キレイの言葉は、知と戦に長けた将達を動揺させ、宮中は先ほどまでの静寂が嘘のように、どよめきに揺れた。

 動揺、それも最もな話だった。
なぜなら、兵法において低地から高地にかけて攻めることは苦難の物であり、中でも山攻めは難解中の難解であった。敵の兵数が低いならまだしも、その兵数が拮抗していたり、敵が多く篭城しているのなら、短期決戦などもってのほか。

苦難の山道を登り、疲れながら攻める攻め手に対して、守り手は山中に兵を前もって置くことも、砦に篭って迎撃することも容易かった。見える位置から進軍する兵に矢を射掛ければ当てやすく、細い山道であれば高所から出陣し、勢いに任せて一気に敵を崩すことも出来る。
天候も変わりやすい山攻めにおいては、長期戦が当然であった。

 ざわめきの収まりきらない宮中から、一人の男が前に出る。

 「恐れながらキレイ様。このタクエン申し上げます。攻めは基本的に高地に陣を張ったものが有利と申します。しかも密偵によると敵軍の兵数は、我らと同数の5千程…短期決戦での攻略は難しいと考えまするが」

 それは、橙色の冠と青い文官着に身を包んだ、キレイと同じ京東郡出身の参謀従事(さんぼうじゅうじ)タクエンであった。参謀従事とは、いわゆる指揮官を補佐する知恵者であり、主に細かな作戦を練り上げるために従軍している者であった。

だが、キレイはタクエンの言葉を聞いて笑った。
たしかに参謀従事として、キレイも認める選りすぐりの才能を見せるタクエンの指摘は的確だったが、今のキレイの揺るぎの無い自信を打ち崩すには、少々理屈が足りなかった。

 キレイは言う。

 「タクエンよ、お主ほどのものが観念にとらわれてどうする。兵法とは観念で動くものではない。その度その度に姿を変える臨機こそ兵法の妙。それに、これを見るが良い」
 「ははっ」

キレイはタクエンを近寄らせると、一枚の地図を広げて見せた。
それは妖元山の地理が事細かに書かれたものであった。

 「妖元山は元々官軍の鉱山。高地であるが、道は鉱夫のために東西五路に切り開かれ、近くに水源も無く、兵糧を蓄えようにも降りて四方の農地まで5里(約20km)もある。まして我々は、連戦連勝を重ねておる。これがどういう意味かわかるか」
 「兵糧も無く、敵の士気が落ちていると?」
 「その通り。それに、五路の山道を守るに兵を置くなら、いかに兵数が拮抗しているとはいえ、守る層は極めて薄いものになる。大軍で押し寄せれば、臆病な民や賊が多い奴らなど、逃げ出すはず。まず負けはせぬ」
 「しかし、敵の士気が落ちているという証拠はございませぬ。それに大軍で押し寄せるとなると、敵は守りを固める恐れがありますが…」
 「それもわかっておる。だから隊を二つに分け、二軍を交互に繰り出し囲み、一方が敵を崩し、一方が本拠地を奪う。こうして一気に攻め取るのが上策よ」
 「敵の迂闊を突く、確かな攻めとは思われますが…」
 「なんだ、私の策に不満でもあるのか」
 「山道は今日から降り続く雨で悪路。それに、キレイ様にも聞こえるように外には雷鳴も轟いております。その攻めでは、兵の神速が肝要と見ますが。悪路に足を止められ、雷鳴の恐怖に進軍が遅れれば、敵の備えは完璧となり、我が軍は大敗北を喫しますぞ。少し機を待ち、ジャデリン将軍と共同で攻め込んでも、我らに損はないかと思われまするが」

 キレイは、タクエンの言葉に下唇を噛む。
大勝利もあれば、その裏に大敗北も兼ねる不安もあったからだ。
だが、キレイの驕り高ぶった心は、その憂いをかき消してしまう。

 「たしかに理はある。だがタクエン、良く考えてもみよ。ジャデリンは歴戦の猛将。互いに攻め入って勝利しても、帝は若輩の私よりも多く、ジャデリンを評価するだろう。ここで奴の株を上げるのも面白くない。ここは、我らだけで攻め落としたほうが、帝の評価も上がり、天下に我らの武威も示せるだろう」

 タクエンはその言葉の端に、性急過ぎる野望への早足と、自分の策に溺れるキレイの驕り高ぶりを見た。そして、強く言った。

 「驕り高ぶってはいけませんぞキレイ様。眼を覚ましなされ!」
 「なんだと。驕り高ぶるだと?ふん、これは確固たる自信というものだ」
 「いえ、違います。それは自信などではありません」
 「おのれ、タクエン。そう言う態度は父上の配下とて許せぬぞ」
 「参謀従事たる、私の言葉が聞こえませぬか。キレイ様」
 「おのれ!お前が役職を名に使うとあれば、私はこの軍の指揮官なのだぞ!」
 「功や名声に走り、己が策に溺れ、敗北した武将は過去に数知れずほどおりまする。キレイ様を、むざむざとここで死なせるわけにはいきません。何卒(なにとぞ)このタクエンの言を聞きいれてくだされ」

 キレイの冷徹な口調は、タクエンに捲し立てられるように怒りを露にしてゆく。

 「指揮官である私が決めたのだ!お前は細かな事を考えれば良い!」
 「いえ、無謀な指揮官に進言いたすのも私の役目。熱を冷ましなされ!」
 「くどいぞ!私は何か妙案あるものに進言は許したが、私の気を削ぎ、策も無く、軍の大功を防ぐような輩に進言を許した覚えはない!」
 「ですが、お考えなされ!必勝の約束されない戦に出陣し、5千の将兵が易々と賊軍に倒されれば、キレイ様の討伐の任においての輝かしい功績に汚点を残しますぞ!」
 「だまれ!貴様は臆病にも、机上の戦において敗戦の論を語っているに過ぎん!」
 「真の指揮官は、負けることを恐れます。だからこそ最善の手を尽して、戦に望むのです!キレイ様は、そのことがまだ解っておられぬ!」
 「ええい!黙れ黙れ!その有能さに今まで目を瞑ってきたが、指揮官である私を侮辱する、その言葉許せぬ!この恐将キレイに逆らうことが、いかに愚かなことであるか、今ここでわからせてやる!おい衛兵!!」

 ドタドタドタッ!

キレイの言葉に従って、宮中の扉近くで立っていた数人の屈強な兵士が、タクエンの周りを取り囲む。タクエンは数人の腕によって押さえつけられ、顔を床にこすり付けられた。

 「その無能者を牢に繋げ!二度と放つなッ!!」

だが、床に顔面をこすり付けられながらも、タクエンは叫ぶようにキレイに言う。

 「キレイ様!私の言葉、何卒お聞きなされませ!間違ってはおりませぬ!後悔する前に、お聞きなされ!」
 「この期に及んでまだ言うか!もうよい、その首、今すぐ叩き落してくれるわ!」

カッ!

怒りに任せて言葉も荒く、キレイは平常心を失っていた。
キレイが刀の鍔(つば)に手をかけると、屋外から雷鳴が聞こえ、雷光が宮中を照らす!

 「「「 ! ! ! ! 」」」

激昂したキレイは、今が軍議の最中である事を忘れていた。
信帝国の軍において、戦前の軍議の最中に人前で血を流すことは不吉と言われ、たとえどのような者であっても剣を抜き、宮中で争いあうことは最高の無礼、最低の不忠と呼ばれた。
そうそれは、武将として、指揮官として、何があってもやってはならない行為の一つであった。

 ゴクリ…

 将達が固唾を飲み、一瞬、氷のように冷えた空気が場に流れた。
沈黙と静寂に包まれる宮中を、雷鳴の音と光が恐将の顔と手元を照らす。
その瞬間は、将達にとって、時が止まったように感じられた。
ゆっくりとキレイの剣が抜かれようとした…

 その時であった!


 「わっはっはっはっ!!!若は、意気を高めるために剣の舞を所望しておられますな!なあに若の胸中など、拙者わかっていますとも!どれ、拙者が相手を仕ろう!見事な舞を見せてやりましょうぞ!」


 雷鳴を切り裂き、宮中に響き渡るような大きな声で含みのある高らかな笑い。
凍った時を溶かすような、その声の主は、いつの間にかキレイの傍に近づいていた、武将オウセイであった。

オウセイの言葉を聞くや否や、キレイは「はっ」と我に帰り、平常心を取り戻した。
鍔につけた手を離し、自らの声で押さえつけられたタクエンから衛兵を遠ざけた。
そして、ふとオウセイに目をやった。

 オウセイは、何も言わず。
 ただニンマリとキレイに向けて笑いかけるだけだった。

キレイはオウセイのその態度に対し、顔にも口にも出さなかったが、心の中で何度も感謝の言葉を浮かべ、オウセイという人物に益々の信頼を覚えた。

キレイは次に、倒れたタクエンを自らの手で起こすと跪き、自分が行った非礼の侘びをいれた。

 「すまぬタクエン。怒りに任せ、お前のような天下二人と居ない知恵者を失う所であった。こんな感情に流される若輩ではあるが、これからも私を支えて欲しく思う」
 「勿体無きお言葉。それでは、私の言葉をお聞きくださるのですか?」
 「いや。すまぬ。残念なことだが、岩山のように凝り固まった私の心はもう変えられぬようだ。驕り高ぶりなどと罵られても、私は名声が欲しい。お前は、我が隊の後詰めに控え、我らが大敗北せぬよう祈っておいてくれ」
 「そこまで言われては…私も言い返せませぬ。キレイ様の策ならば、兵法の理も変わりましょうや。このタクエン、今は申し上げられる事なく、キレイ様の無事を祈るばかり…」

 そう言うとタクエンは、顔を手で隠しキレイの前に跪いた。
 キレイもまた、タクエンの肩に手をかけ同じように跪いた。

例えばこれが、タクエンを口説き落とすキレイの演技だとしても、疑う者は誰も居なかった。
ただその真実を知っているのは、一人だけであった。

「…(これでよい。今タクエンという参謀を失えば、天下に轟く若の野望にも、大きな穴が出来る。若は幼少の時から聡明で、出来過ぎる。出来過ぎる故に自惚れ、他人を上手く扱えず、他人を認められんのだ。無き場所を埋めるが拙者の役目…)」

 まさにオウセイの気転が、キレイの野望に満ちた大計を救った瞬間であった。
タクエンの大事さに気づき、大将として跪いたキレイも偉かったが、臨機に応じた機知で、その場を無事に収めたオウセイも、また偉かった。

 そして軍議は終わり、出陣は明朝となった。
キレイは出陣を前に、ジャデリン軍に気付かれぬよう、5千の兵全てに命令して支度を早めさせた。

 雨はまだ強く振り続け、雷鳴は止むことを知らなかった。




― 明朝 妖元山 麓(ふもと) ―


明朝、キレイの軍5千の兵が円城を出発した。
その意気は、キレイの言う通り連戦連勝に沸き、将兵達の目はギラギラと功名に燃えていた。
部隊を二つに分けたキレイ軍の内訳は、こうであった。

 山の五路に並んだ将兵の内訳は、次のようであった。
西に位置する中央道から攻める2千5百の歩兵隊をキレイが指揮し、
東に位置する分道から攻める1千5百の騎兵隊をオウセイが指揮し、
山の麓に滞在する後詰め(後方待機)の弓兵隊1千をキレイの弟キイが、参謀従事タクエンと共に指揮した。

 「将兵たちよ!今暗雲が我らを覆うが、何も恐れることはない!これは苦難の坂だ。苦難の坂の上には、必ず大功が待っておる!我が兵の神速を敵に見せつけよ!賊軍に我が兵の強さを見せよ!歩兵隊出撃ーッ!!」

「「「 オ ー ッ ! ! 」」」

 「敵は追い込まれた敗軍の将だらけであり、士気も落ちている!皆、不本意な者もあろうが、拙者に命を預けよ!ここが我が軍の正念場!騎兵隊、参るぞ!」

「「「 オ ー ッ ! ! 」」」

 小雨が振り出す中。
キレイとオウセイの軍は、妖元山に向かって意気揚々と進軍を始めた。
将兵達は足を速め、高地に向かって重い武具を抱えながら、雨に濡れた悪路をものともせず、泥を弾く馬蹄と人の足の音は山中を行くのであった。

 行く手の山上に立ち込める、黒い暗雲の波。
 その暗雲は、時間が経つにつれ、どこかどす黒さを増していた。

 後詰め部隊を率いていたキレイの弟キイと、参謀従事のタクエンは、そのどす黒い暗雲を覗きながら、たしかな不安を覚え始めていた。

 「天候は、思われたとおりに不順。山道は水を吸ってさぞ歩きにくかろう…。さて兄上の策は、当たると思うかな?タクエンよ」
 「賊軍に何かの備えが無ければ勝てますが…おそらくは」
 「むう…兄上は、天下に名だたる龍である。こんな所で死すべき男ではない。いざとなればタクエン。お主の策を用いよ、責任はこのキイが取る」
 「私のような一郡臣に、もったい無きお言葉でございます」
 「なに、お主やオウセイのような者がおるから、兄上はああいう風に傲慢でいられるのだ」
 「…」
 「…ふふ、兄上が羨ましい。このように手伝ってくれる者がおるのだから。今さらだが、お主があの時、兄上に斬られなくて良かったと、私は本当に思っているぞ」

 キイはそういうと、暗雲立ち込める山上を見渡した。
恐将の驕りを間近で見ていた二人の胸中に去来する物は、同じであった。
天から降る小雨は、いつの間にか大粒の雨となり、暗雲は轟音を立てて鳴き始めた。


これは・・・!

2008年04月30日 18時41分51秒 | 末路話
思春期なんて過ぎたものだって気付いた時には、もうおじん@kirekoです。


>これは・・・!

http://news4vip.livedoor.biz/archives/51158749.html


木を隠すなら森の中。
昔は難しそうな小説の本棚に
それとなく入れるのが
密かな主流だった。
自分の部屋から
半径1m以内は
まさに戦場だった。
学習机の引き出しの
リールの裏に仕込むとか
そんなあざとい事は
日常茶飯事だった。
まあ、隠す必要も無くなると、
どれも懐かしい
思い出なんだがな



デジタル化が進むと、そういうことにも
頭使わなくなりそうで恐いなw

第十一回『恐将』

2008年04月29日 23時06分24秒 | 『英雄百傑』完全版

 勝利と小さな波乱に沸き立つ祝宴の夜が終わり、次の日の朝が幕を開ける。
ジャデリン率いる南部官軍とキレイ率いる北部別働軍は、それぞれの兵馬の意気もそのままに、黄州の隣国阪州を我が物顔で座巻する頂天教軍の長、賊長アカシラ討伐へと向かう準備をし始めた。

 まず、カカツの予言を聞いた総指揮官ジャデリンの命令で、その日の内に兵士たちは、隣郡の村々から多くの兵糧をかき集め、豊富な水源である香川から水を大量にくみ上げた。総計2万の兵士たちを養うために、相当量の物資兵糧を抱えた荷馬車、それを運ぶ荷駄隊は、膨れに膨れ、ざっと数えただけでも4千を超える長大な隊列となった。

 万全な準備を整えた官軍は、阪州への安全な兵站(へいたん)(兵糧を輸送するための道)を確保すると、手を降る城下の者達の声援を受けながら出発し、一路、阪州は大重郡へと進攻した。



― 阪(バン)州 大重(ダイジュウ)郡 ―

 阪州の西、大重郡は他の郡と比べると痩せた土地であった。
内陸部に面していながら、南にそびえる高山地帯に阻まれ、東西に年中吹き荒れる季節風のおかげで慢性的な天候不順が続き、地質も石混じりで栄養が少ない粗悪な土ばかりで、作れども作れども作物は一向に育たず、畑は荒れに荒れていた。地域によっては、隣接する香川の下流に位置する村々もあったが、大規模な水路も開拓されておらず、粗悪な土が水質を劣化させ、その量も質も決して良いものではなかった。

 天候不順に付け加えて、盆地ゆえの悪路、いわゆる歩くのに不便な街道が、ろくに整備もされずにあったことも問題だった。道には風雨に晒された土砂が永遠と積もり、泥道は深く、年々突き出してゆく石道は険しく、道を行く行商人や旅人達をほとほと困らせた。
そんな足の遅い行商人達を狙ってか、次第に毎年の餓えを恐れた貧しい民が変貌し、賊となって増えると、瞬く間に地には大盗賊団が出来上がってゆき、太守が気付き必死に対策を打ちたてたが、大重郡の治安は悪くなる一方であった。

 そんな痩せた地が長い間生き残れたのは、南に価値ある鉱山地帯が広がっていたからである。その中でも主峰『妖元山(ヨウゲンサン)』からは、様々な良質の鉱石が出ることが有名で、鉄から銅、果ては装飾に使う翡翠(ヒスイ)や黒曜石(コクヨウセキ)などを産出し、それを加工をする技術者や、飾り細工をする職人が多かったことから、信帝国もこれに援助し、他郡から多くの労働力を送り込むと、内陸の工都として開発を行い、大重郡は技術の都として発展し、帝国きっての工業郡となった。

 しかし、増えすぎた労働力を養う食料事情は?と言うと、前述の飢餓に拍車をかけるばかりであり、郡の歳入を生む職人でさえ、毎日の食事に事欠く悲惨なものであった。そればかりか、精製するために絶対必要な燃料である森林も少なかったため、基本的な物資、食料に関しては、隣郡のお目こぼしに頼らざるを得なかった。

 だが、送られてくる微々たる物資も、餓える民へは配られなかった。
私腹を肥やす太守や役人一家による争奪や、賊による物資の略奪が繰り返され、毎日過酷な山崩しをする労働者や、一睡も眠ることなく精製に研究を費やす技術者、目が見えなくなるほど働き続けた職人達は、それぞれ餓え苦しみ、太守達に抑圧され、信帝国に対する怨嗟の声は、日に日に満ちていた。

 そんな時であった。
 頂天教軍が、この地にて台頭したのは。

 ここで暫し、今回の頂天教の乱に関して説明しておこう。
頂天教の教主アカシラは、元々、鉱山の技術者として、餓え苦しむ日々を送っていた。同胞達が、餓えて死んでゆくのを目にしていた彼は、同じく苦しんでいた鉱山の職人、労働者と決起して官軍に反抗しようと思った。

 アカシラはまず、その非常に優れた頭を使って、一帯を取り仕切っていた盗賊の賊長たちを、郡の鉱物や利益をちらつかせ巧みに纏め上げると、官軍の兵糧庫を襲わせて、その兵糧を餓えた民に与え、『天を頂く教え』と銘打った頂天教を伝えた。喜ぶ民は、その教主であるアカシラを崇め、慕い、いつの間にか大重郡の平民の大多数は、教主アカシラにひれ伏すようになっていた。その中には、日ごろの政治に不平不満をもらす役人達も居た。

 そう、アカシラは、信仰心で民を支配する事を考えたのだ。

 信者達の噂は噂を呼び、次第に膨れ上がってゆく教徒達を率いるようになったアカシラは次に、各郡の野心ある信帝国の太守達に密書を認めると、帝国に対して小規模な蜂起を行った。

 アカシラは、大重郡の信者に伝令し、賊と徒党を組んだ民衆に、まず目先の利益の産出場所である妖元山を奪わせると、その勢いのまま自ら指揮をとり、大重郡の要所、候武(こうぶ)城、清(せい)城、円(えん)城、封(ふう)城、遠義(えんぎ)城の五城まで陥落させ、自らの軍を妖元山に置くと、南北に放った諸所の蜂起を待って、天下の態勢を窺った。

 大重郡の蜂起に従って、続々と寝返る信帝国の役人や太守。
 噂を聞いて頂天教軍に志願して入る民衆達は、後を絶たなかった。

 その勢いに焦った信帝国は、帝国の将兵総勢15万を動員し、乱の鎮圧に向かわせた。
だが、民衆と賊が集結し、官軍くずれの将も居る頂天教軍は侮れず、要所という要所を先取され、地の利も悪い官軍は、数ヶ月の膠着状態を続けていたのだ。

 だが、今まで均等を保っていた勢力も、一方が崩れれば脆いものである。

国中郡を出発した、ジャデリン将軍とキレイの官軍総勢2万の兵が阪州入りすると、民衆は死を恐れて逃げ出し、内部を取り仕切る者達や、各地で戦う頂天教軍も動揺を隠し切れなかった。死という動揺は信仰という統率の一角を瓦解させ、それは軍の綻びを生じさせる。

 「ジャデリン将軍。動揺した敵に大部隊は必要無いと思われるが。どうだ、ここは部隊を二つに分け、同時に敵の城を落とすがよろしいかと思われるが」
 「ふん、相変わらず若いくせに不遜な態度だ。だが、ミケイからも、同じような進言があった。それではキレイ将軍、お主の兵はあちらの街道から城攻めを行え。お主とわし、どちらが早く城を落とせるか、勝負じゃ」

 機を見たジャデリンとキレイは、相談の末、悪路の多い街道を進むにあたり、兵力を二分し、まずは本拠地、妖元山を取り巻く五城の攻略に乗り出した。

 「若。敵兵が待ち伏せしているという報告が。気をつけませぬと…」
 「ふふふ、オウセイ。あのような賊軍が野戦に出ても、思うが侭よ。将兵の質が如実に現れておるからな」

 敵勢2千を相手に、悠然と軍を進めるキレイの言葉は的確であった。
たしかに、各城から放たれた頂天教軍の野戦による抵抗も激しかった。だが、実戦において連勝に連勝を重ね、訓練統率された官軍の兵と、「官軍迫る」の報せに動揺し、結束覚束ない民衆交じりの賊軍とでは、数はどうあれ将兵の質が違った。

 「若。若の指揮で味方は被害も少なく、敵は壊滅状態です。やりましたな」
 「くだらん。この程度の敵は蹴散らせて当然だ。たとえそれが城攻めでも同じ事」

自軍の勝利に喜ぶ事も無く、自信満々なキレイの官軍は、目先の要所である候武城に歩を進めると、電光石火!敵が篭城の構えをする前に、間髪居れずに攻めて攻めて攻めまくり、その兵力を注いで襲い掛かっていった。

 盆地に建てられた堅城とはいえ、やはり士気の落ちた将兵で、キレイ率いる勇猛な軍を相手に篭城戦を繰り広げるのは難しく、守将ラトツ率いる2千の守備兵は半数の兵を失う大損害を出しながら候武城を放棄し、目と鼻の先の支城である清城に立てこもった1千の兵士と守将トキョウと共に、後方の円城に入城し、円城の主将アガルの指揮下に入った。

 「若、お喜びくだされ。二城とも我が官軍の手に落ちましたぞ」
 「喜ぶ?この程度は範疇の隅の隅。まずは城に兵を入城させ、休ませよ」
 「敵は小勢。追い詰めてしまえば良いのでは?」
 「ふふ、わからぬかオウセイ。ここからが兵法という物だ。天下名だたる恐将の名が、伊達ではないことを見せてやろう」

 二つの城を電光石火の如く素早く陥落させ、快進撃を続けたキレイ官軍は、ここで歩を緩めた。今までの素早い城攻めとは打って変わって、円城攻めは牛歩とも思われるほど、ゆるゆると時間をかけて攻めた。

 もちろんこれは、キレイの城攻めの策であった。
円城に残された兵糧を大よそで予想していたキレイは、まず戦意の元である兵糧を攻める事を考えたのだ。候武城、清城の敗残兵およそ2千を抱え、膨れた円城の守備兵5千は、毎日行われる城攻めのため、空腹で戦ってはいけないと、残った兵糧の多くを兵に配り、それは日に日に莫大な浪費となってゆく。

 「まだだ。まだ足りぬな」
 「はっ…?」
 「もっともな絶望感が足りぬ。近くにある全ての畑を焼き払い、敵に米一粒として与えるな」

 キレイは、敵が兵糧を現地から調達できないように、周りの数少ない農村や農耕地帯に、臆することなく火を放った。家を焼かれ、畑を焼かれ、住民はキレイの無慈悲さに嘆き、抵抗する者さえ現れた。だが、キレイはその眉一つ動かすことなく、自らの手で焼き討ちを続け、一帯はすぐに焦土と化した。

 「これで敵は兵糧を手に入れることはできまい。あとは反抗分子に対する見せしめだ」
 「若!やりすぎですぞ。このままでは官軍の名声が…」
 「わかっているはずだオウセイ。我らは勝たねばならぬ。常勝無敗を誇るには、どんな事をしても、常に敵に勝ち続けなければならんのだ」
 「は、ははっ…」

 キレイは民衆にとって、まさに諸悪の根源だった。
畑を焼かれても、恭順の意思があるものには兵糧を開放し、その施しを受けさせて閉口させ、いつまでも反抗するものは捕えて、その場で首を刎ねたり、およそ考え付く極刑を科したりし、未だ抵抗の意思がある全ての農民たちの見せしめとした。

 「ギャーッ!」
 「グワーッ!」

 昼夜を問わず、老若男女の悲鳴が木霊する。
天地を裂くような悲鳴と罵声を耳に聞いても、キレイの心はまったく動じなかった。
いつの間にか、犠牲となった民衆の死体の数は3百以上にものぼり、少なからず反感を覚えていた住民たちは、キレイの恐るべき政策に恐怖して、頂天教軍が立てこもる円城へと逃亡した。

 「若、ついに民衆が逃げ出しましたぞ」
 「ふふ。そうか、それは良い。これで敵の兵糧の減りも早くなるだろう」

 日に日に円城へと向かう住民達の群れを、キレイはあえて追わなかった。
これも全て、円城の兵糧を減らすためのキレイの策であったからだ。

 「あのキレイとかいう奴、なんという大将だ!民を愛してこその国であろうが」
 「風の噂に聞いたが、あの男、地の京東では『恐将』と呼ばれているらしいぞ」
 「しっ!聞こえるぞ!身振り一つ、言葉一つで極刑を科すお方という事を忘れるな」
 「ひいい…世の中、命あってこそじゃ。殺されては適わないし、黙って従うしかあるまい」

 余りに残酷で、非情すぎるキレイの動向を見ていた、官軍の将兵たちは、キレイに対して物言いをするものも多かった。

 だがキレイは、非情で残酷であり、また処世に長けた抜け目の無い人物でもあった。

 反抗する有能な将は、理論と話術で懐柔させ、それでも駄目ならジャデリンの官軍へと移動させた。また、へつらってくる無能な将は、罪を着せて官職を剥ぎ、その後周到に仕立てられた事故に見せかけて謀殺した。その噂は、瞬く間に兵士達に伝わった。兵士たちは自分もそうなるのではないかと、肝を冷やした。

 恐怖は恐怖を呼び、その内にキレイへ不満を漏らす者は居なくなっていた。

 軍は、キレイという恐将の下、恐怖で支配された。
すぐ横に迫る『死の恐怖』という強固な結束で縛られた兵は、常に緊張感を持って敵と対決するようになった。どこか毎日続けられて、戦に厭きていた兵士の顔から油断の澱みは消え、毎度の戦に対して真剣になった。

 「誰も物言わぬ圧倒的な支配、勝利への策、絶対的な統率力。これこそが、このキレイの本懐よ」

 攻め及ぶ円城を前にして、キレイは兵士たちの強張った顔を見ていた。
そして、策を弄してから十日目の今日。キレイは兵士達に号令を飛ばした。
恐怖に統率されながら進む強靭な兵達を前に、兵糧攻めで士気が下がりきった円城を守備する兵達の顔は青ざめた。

 「今だオウセイ!城門を突破せよ!」
 「ははっ!それ!騎馬隊進め!」

 3千の兵を引き連れ城門に差し掛かったキレイは、猛将オウセイに檄を飛ばした。
5百を数える騎馬隊が、城門を破壊するための丸太を持って、円城に果敢に突撃を繰り返す!

 一撃!
 二撃!
 三撃!

叩きつけられる音、衝撃に拉げる鉄の門。
間近で見ていた頂天教軍の守備兵達は、さらに顔を青くする。
その内、命助かりたいばかりの裏切り者が現れ、なんなく城門は開け放たれる!

城門を破られ、空腹で士気も上がらない兵士に守られる城ほど弱いものはなく、円城の頂天教軍5千の守備兵の指揮は乱れに乱れた!混乱した軍勢を立て直そうと、守将ラトツとトキョウがオウセイに襲い掛かった!

 「雑兵が!邪魔だ!」

 ビュウッ!ビュウッ!
 ドカッ!!ブスリッッ!!

 しかし、将オウセイは並の武将では無かった!
その恵まれない体格からは考えられないほどの槍さばきで、素早く一降りすると、差し迫るラトツの胴は馬上から横薙ぎに一刀両断され、続いてやってきたトキョウが矛を大上段へ構えると、目にもとまらぬ槍の返し刃で、その甲冑に守られた胸を一突きに突き破り、トキョウは眼を見開いたまま、馬上から鮮血を流して絶命する。

 「ひ、ひええ…!」
 「逃げるか大将!」

 オウセイに握られた双尖刀(上に曲刀、下に直刀の刃が付く槍)で軽々と命を落とした二将を見た、大将のアガルは馬を反転させると、その場から逃げ出そうとした。

 「敵に背を見せるとは、とんだ臆病者!」

 ビュウッ!ドカッ!

しかし、オウセイはこれを追い、アガルは背中から馬ごと唐竹割にされ、その握った刃を一合も交えることなく討ち取られた。

 「あっ、御大将!」
 「だ、だめじゃ。みんな逃げろ!逃げるんだー!」

 城に残った頂天教軍は、将の全てを討たれ、それぞれ退却を始めた。
だが…

 「まっておったぞ賊軍ども。天下の恐将キレイが相手だ。それっ!かかれ!」

 恐怖によって統制された兵を率いたキレイの本隊が、頂天教軍の退却を許すはずも無く、左へ右へ自由自在に動くキレイの軍を前に、抵抗する者はおらず、キレイ官軍は、無事三城を開放し、その下に大勝利を収めた。

 降伏した元官軍、頂天教軍の兵を吸収したキレイ軍の兵数は1万2千を超えた。
非情の策と、恐怖の統率術を用いたキレイ官軍の勢いは、天を突くように高く、率いるその将兵たちは、心身ともに強かった。


 一方。
キレイ官軍とは別路を行く、ジャデリン率いる南部官軍は、正攻法を持って敵と対峙していた。類稀なるミケイの用兵術と、ミレム、スワト、ポウロ達三勇士の活躍もあり、河川に面した遠義城、封城に立てこもる8千の頂天教軍を相手に、一歩も退かず、頂天教軍に打撃を与え、ついに二城を開放した。

 しかしキレイに比べてみれば味方の被害も多く、降伏するものも少なかったことから、当初1万を数えたジャデリン軍の兵は、今やその数を5千まで減らしていた。

 黄州から莫大な兵糧を得ていた官軍の部隊は、順調にその歩を進めた。
そしてついに、教主アカシラが篭る敵の本拠地、妖元山の麓まで兵は押し進められた。

 その後、ジャデリンとキレイは一度円城で落ち合った。
少なくなった両軍の兵糧を長期間十分に確保するための軍儀である。その結果、兵の半数を各郡に帰らせることに決まり、ジャデリンに対して反抗的だったキレイも、それを受け止めた。

 「それではジャデリン将軍。我ら官軍の征伐もあと一歩。必ず勝ちましょう」
 「うむ。キレイ将軍も息災でな」

気味が悪いほど素直なキレイの視線は、城へと戻るジャデリンの背筋に冷たい物を感じさせた。だが、ジャデリンを真に驚かせたのは、その後だった。キレイに率いられてきた将兵の顔を見て、思わずジャデリンは絶句した。

 どの者も大勝利したにもかかわらず、その緊張感を解かず。
 どの者も大活躍したにもかかわらず、その主張をしない。

 「ふふふ、どうされましたかな将軍」
 「い、いや。なんでも…」

背中から聞こえるキレイの低く響くような冷たい声が、ジャデリンの背を戦(そよ)いでいった。
不敵に笑う恐将の心の内にある、自分を飲み込んでしまうような支配と恐怖への誘い。
それは、歴戦の猛将ジャデリンといえど肝を冷やさずにはいられなかった。

 「ふははっ…その内…誰をも跪かせてやる。それが天下をとる者の宿命なのだから…」

ジャデリンを見送った後、空を見上げたキレイが呟く。
手綱に引かれて馬蹄が踵を返すと、空の先には黒い暗雲がたなびき、見えぬ妖気が漂う妖元山の姿があった。


給食費滞納10万人…事前申込書・給料差し押さえも

2008年04月28日 17時47分36秒 | 末路話
大の大人が子どもにこんな事で恥をかかせるのは論外@kirekoです。


>給食費滞納10万人…事前申込書・給料差し押さえも

http://www.asahi.com/life/update/0428/TKY200804270160.html

当然の事が出来ないってのは古い習慣の名残なのかもしれないが
子どもに対しての愛情が少なからずある親ならば、
払えるのに払えないなんてのは言語道断。

これによって起こる自分の子どもへの弊害を少しでも考えれば、
たとえ苦しくとも子に恥をかかせないというのが親ではないだろうか。
ここにも書いてあるが、やっていることは無銭飲食と同じこと。
やって当然の中でも、やるべき当然が出来ないというのは、
無責任な親よりも子どもが可哀想だ。

たとえ互いの関係にどれだけ慕う気持ちがあっても、
関係に値するほどの資格が無いと判断すれば、
しかるべき施設に送って真っ当な順当教育を受けさせるべきである。
ようするに、例えば手法は違えど、社会に生きているのだから
親は当然の事として子の恥を叱り、当然の事として子を守るべきだということ。
過剰な人権への配慮など無用の長物。
罪は罪、罰は罰。ある程度の引き締めは誰にでも必要だ。
信賞必罰の精神で是非教育委員会には、終始残酷なほど頑張っていただきたい。


>お口直しに

http://news.goo.ne.jp/article/gooranking/life/20080426-grnk.html?C=S

女性一位の「電話で謝る」とか、なんという俺。

大山のぶ代が心筋梗塞で緊急入院

2008年04月27日 19時33分46秒 | 末路話
いやいや、そういうニュースは俺の心臓が止まるから@kirekoです。


>大山のぶ代が心筋梗塞で緊急入院

http://news.goo.ne.jp/article/nikkan/entertainment/p-et-tp0-080427-0004.html

無理しないでくださいよ、のぶ代さん…!
でぶやのナレーションとかどうするんですか…!
声優死亡ニュースに敏感すぎる昨今、
大御所は長生きしていただきたいなぁと思ってるので
ほんと軽い心筋梗塞でよかったです。

短編『やまなし おちなし いみなし』

2008年04月27日 02時32分24秒 | 短編
「ヒャァァァァッホォォォー!」

久方ぶりの繁華街の汚れた空気!
スーツに身を包んで、満員電車に揺られ、営業先に門前払いされ、
しがないリーマン生活を退屈に浪費していた平日も、今日で終わりだ!
頭のツルピカ具合がとんでもねえ嫌味な上司におべっか使って!
態度と口のなってねえ新人の部下どもに愚痴を毎日こぼされて!
それでもデスクの係長にしがみついている俺が、蝶のようにヒラヒラと躍り出る週末!
せがまれたサービス残業を蹴ってまで手に入れた、最高のアフターファイヴ!
金曜日の夜だぜ!

「さて、今日も可愛い子ちゃんを探しに行きますか!」

街に出た俺は、早速週末を一人でエンジョイするために、手軽な女探しを始めた!
おっと、ご紹介が遅れたな、俺の名前は伊達太郎(だてたろう)!
渋みと若さの中間を保ち、そこらのガキんちょどもには絶対出せねえ味を持つ29歳!
身長182cm、体重71kg!
誰の体でも抱きとめられる長い腕に、超理想的なボディを支える長い足、
キメた黒い革靴のサイズは27cm!

「週末限定しか開かない、このショットバー。なんでだか毎回、いい女が居るんだよなぁ」

俺は、週末お決まりの出会いの場、ちょっと洒落たショットバーのバーカウンターに座って、お決まりのカクテルを頼む。

「マスター、いつもの」
「またですか?毎度毎度…もう初心者じゃないんですから、勘弁してくださいよ」

気の良いマスターがグラスに赤い液体を注ぐ。
俺の頼んだカクテルの名前は、バージンマリー。
度数の高いカクテル『ブラッディマリー』からアルコール成分のウォッカを抜いた、いわゆるバー初心者用のブラフの酒。

ま、簡単に言うと、小細工して酒のように見せたトマトジュースだ。

「へへっ、相手が見つかる前に潰れちゃ嫌だからな」
「また内に来る女の子目当てですか。よくやりますよ」

ちなみに俺は花の独身。
自由な独り身生活を満喫するフリーダム・メェン!
おおっと、そこの人。
独身だからって勘違いしちゃ困るぜ!
おめえらが思ったほど、俺は女には不自由してねえ。
馬鹿で見かけばっかりの女の一人や二人、ブラフの酒で引っ掛けるのは簡単簡単。

なんでって?そりゃおめえ…

「あら、お兄さん。カッコイイわねぇ。どう私と火傷してみない?」

これだもの。
女のほうからホイホイ声をかけてくるなんてしょっちゅう。
自惚れるわけじゃねえが、親から貰った顔のつくりにも自信がある。

「姉さんみたいな美人が声かけてくれるなんてな。でも俺との夜は火傷じゃすまないぜ」
「あらあら、それじゃ救急車でも用意しておこうかしら」
「救急車じゃダメだな、パトカーでも足りねえよ」
「あら、なぜかしら?」
「俺が姉さんを、誰も届く事の出来ない遠くに連れていっちっまうからさ。姉さんが逃れられないくらいの底なしの恋の泥沼へな」
「うふっ…それは楽しみだわ」

おまけに口もまわるほうで。
顔が良くて、体も完璧、そんでもって口説きが巧いとくりゃ、
どんな女でも、このカクテルと同じ色で頬を染めちまう。
まるで初めて…処女(バージン)みてえに恋にのぼせ上がっちまえばイチコロよ。
まったく罪作りだぜ、俺って奴はよ。

だが、そんな俺にも誤算はある。

「あれ、もうだめなの?ダメねえ。もう一杯いけるでしょ?」
「へへ…火傷が過ぎたぜ。もうだめだ」

今日捕まえた女は、たしかに涎(よだれ)が出るほど肉欲的な美人だったが、
最終的には俺の肝が冷えそうなぐらいの、ブラッディマリー(血まみれマリー)だったぜ。

「マスター、モスコミュールもう一つ」
「お客さん、もう二十杯目だよ。いやしかし強いねえ」

強ぇ…この女、俺が思ってた以上に、めちゃくちゃ酒に強ぇ…!
度数の高いウォッカベースのカクテルをガンガン飲んでも、まだ酔いの口って感じだ。
こちとらはマスターに目配せして、カクテルの度数を弱めてもらってるってのに、
この女なんだ!射撃場で参弾銃の弾丸装填してんじゃねえんだぞ!

俺の誤算は、この女に眼をつけられた所から始まっていたのかもな。

「ご馳走様、火傷は程ほどにしないとね」

カクテルグラスに残ったエックスワイズィーを飲み干すと、
女は席を立って、店のドアを開ける音と供に、俺の前から去っていった。
カクテル、X-Y-Z(エックスワイズィー)。
『もう終わり』って意味だ。

「大丈夫かい?」

優しく声をかけるマスター。
だが俺の前に残ったのは飲み干されたカクテルグラスの山と、
見たくもない膨大な数字の書かれた領収書だった。
後でマスターから話を聞くと、あの女は鹿児島出身の酒豪で、
毎回酒の弱そうな奴に勝負を持ちかけては、自分の飲んだ代金を奢らせるんだと。

ちくしょう!

腕っ節も酒も強い薩摩隼人(さつまはやと)ってのは聞いたことあるが、
男と飲んで酔わねえ薩摩御前なんて聞いたことねえよ!

「マスター悪ぃが」
「わかってますよ。ツケですね。ちゃんと払ってくださいよ」
「ああ…あと」
「水ですね。はい」

俺はマスターに心を読まれてるみてえだった。
だけど、気の良いマスターの用意したキンキンに冷えたグラスの水は、
俺の頭を冷やさせるにゃ十分な代物だった。

頭の冷えた俺は、バーカウンターからチラチラと回りを確認した。
さっきみてえな『すれ』た奴とは違って、世間知らずの良い女が居ねえかなと思ってテーブルの隅々まで見た。

居た。華奢な体に、背伸びした格好でオドオドしてる羊が一匹。

奥の席に、一人っきりで。
照明が暗くてもすぐわかる。紛れもねえ綺麗な白い肌。
見れば見るほど、すげえ美女…いや、世間知らずの美少女ってとこか。
なんで世間知らずって判るんだ、って?
そりゃおめえ、姿かたちは勿論のこと、持ってるカクテルがそうだからよ。
バージンマリー。俺と同じブラフの酒さ。

「お嬢さん。誰かを待ってるのかい?」
「ボク、誰も待ってないの」
「へぇ、君みたいな可愛い子が一人?」
「ボク一人なの。お兄さんは?」
「奇遇だね。俺も一人なんだ。どう?静かに飲みたいなら無理強いはしないけど。一人同士、一緒に飲むってのも楽しいもんだぜ」
「ふぅん、そういうもんなの?」
「そりゃそうさ。若い頃は一人酒ってのも悪くないが、大人は皆誰かと飲みたいから飲むのさ。一人になることを怖がるのさ、俺みたいに」
「お兄さんも一人で寂しいの?じゃあボクと一緒に飲むの!」

おいおい、酔い覚めにしちゃあ眩しすぎるぜ。
目の前の狼さんに、こんなにアッサリついてくるとは、
親に隠れて背伸びしたい箱入り娘か?それとも計算か?
いや、計算づくで演技したとしても、こんな狼と狐が化かしあう場所じゃ
それも意味がねえ。

「お譲ちゃん、何飲む?」
「あのね、ボク。こういうところ初めてで…お酒、まるでダメなの。お兄さん、お酒で何が美味しいか教えてなの」
「別に酔わなくても。雰囲気さえ味わえればいいんじゃないの?」
「だめなの!お酒を飲みたいの!」
「ったく、しかたがないな。じゃあ、マスター。ピニャ・コラーダを一つ。あ、初心者の『お嬢さん』用にね」
「お、お兄さん。ピ…ピニャ・コラーダってなんなの?」
「飲みやすい、お酒さ。甘酸っぱい一夜のお供」
「ふ、ふぅん…なの」

ドンピシャだぜ!
この反応!この答え方!この制御できねえ無意識の大人への憧れ!
こりゃそこらのアバズレが使うような演技じゃねえ、マジもんの天然素材だ!
そりゃ俺だって最初は疑問に思ったさ。
自分のことをボクって言うのも意図的に見えたり、
「なの」っていう幼さの残る語尾がワザとっぽく見えたりもした。

だがちげえ。断じてちげえ!
運ばれてきたカクテルの飲み方を見て、俺には見えたんだ!
小さなカクテルグラスを両手でガチガチに掴みながら、
唇に何度も近づけては離す素振り。
そして真顔で飲んだ時の、隠し切れない彼女の動揺を。

「ふ、ふうう。あ、案外、お酒って甘くて美味しいの!」

俺がマスターに頼んだ代物は、本物のピニャ・コラーダじゃない。
ラムを極限まで抑えた、ノンアルコールのヴァージン・コラーダに近い物だ。
だが、彼女は酒だと思って飲んだらしく、ほのかに顔を赤くして、
背伸びしきった風に胸を張って、実に可愛いじゃないか。

俺は、自分の牙に毒を注入し始めた。
今日の獲物は、この世間知らずの天然だ。

「カクテルなんて美味しくなけりゃ誰も飲まないさ。そうだろ?…ええと」
「ボク沙織(さおり)!乙姫(おとひめ)沙織って言うの!」
「乙姫って、可愛い苗字だね。乙姫ちゃんって呼んでもいい?いや…乙姫さんかな?」
「沙織で良いの!お兄さんには、ボクの名前で呼んで欲しいの」
「わかったよ。沙織ちゃん」
「…って、お兄さんの名前はなんていうの?」
「俺?俺は伊達太郎。今はこんな風に格好つけてるけど、いつもは毎月のしがない給料で暮らす貧乏サラリーマンさ」
「じゃ、じゃあ!ボクも太郎さんって呼ぶの」
「へ?え、ああ。別にいいけど」
「太郎さんは、ここで何をしてるの?」
「誰かを待っている…ってのもおかしいか。ようは、一夜の相手を探しているのさ。寂しい俺と付き合ってくれる誰かをね。自分が格好悪いのは承知の上でね…」
「そんなことないの!ボクから見ても太郎さんはカッコイイの!」
「君みたいな可愛い子に言われると光栄だね。たとえお世辞だとしても嬉しいよ」
「お世辞じゃないの!本当にカッコイイの!」

ははっ!見ろ!
狙い通りに毒が回って、彼女のスイートハートはゲットレディ!
俺のグッドラックは、口にも回ってきたぜ!
最初は強気な感じで見せてみて、適度に相手を褒めつつ、
謙虚な自分をアピールして、ニヒルさを失わせない笑顔で見つめる。
毒蛇が相手を毒で弱らせてから食べるのと同じ、
相手を俺にのぼせさせるための得意の毒牙さ。

「沙織ちゃんは、何でこんな所に居るの?」
「えっと、ボクはね。うーん。なんでだろ?」

しかも相手は、何も知らない極上の天然だ。
俺の口説きテクニックにかかれば、これほど都合が良い女も他にいねえ。
世間知らずの小娘を口八丁手八丁に落とすのなんざ、朝飯前。
俺はマスターに頼んで、徐々にカクテルのアルコール成分を高めさせた。
男が女を落とすのには、キッカケが必要さ。
共犯が手伝ってくれる、からくり仕掛けのキッカケがな。

「あれぇ、ボク。なんだか眠たくなってきちゃったのぉ」
「仕方ないな。じゃあ今日は、さよならだね」
「ねえ太郎さん。一人じゃ立てないよ。ねえ、ボクを送っていってなの」
「いいのかい?俺だって男だぜ。狼さんに食べられて文句言っても知らないよ」
「どういう意味なの?ボクわかんなーい」
「沙織ちゃんには無理か。まあ俺も心配だし、駅まで送ろうじゃないか!」
「きゃ!」
「マスター、この分もツケといてくれ。さあ佐織ちゃん。しっかり僕に掴まってるんだよ」
「え?えええ?」

すっかり泥酔してしまった沙織の華奢な体を、
俺は本人の意思の確認もせずに負ぶさった。
顔を真っ赤にする彼女は嫌がりながらも、グッと俺の体にしがみついた。
俺は自分と彼女の荷物を片手に持つと、逆の手でバーのドアを開け、
駅に向かってゆっくり歩き始めた。
道行く風が、俺の心の中の勝利の声にも聞こえた。

道行く奴等が、負んぶした俺たちの姿をチラチラ見てくる。

「太郎さん。み、みんな見てるのぉ」
「気にするなよ。見せ付けてやろうじゃない沙織ちゃん」
「降ろしてなの、ぼ、ボクも歩けるから」
「ダメダメ。沙織ちゃんは相当酔ってるから、男の俺が送らなきゃ。そうだろ?君みたいな綺麗で可愛い子を、こんな危ない街にホッポリ出すほど、俺は薄情じゃないぜ」
「そ、そんな…」

口を交わす度に背中の沙織の鼓動が聞こえ、
赤面した顔を隠そうと俺の背中に強くしがみつく。
ふふふ、勿論これも計算通りの計画なんだな。
女というのは特殊な生き物だから、口では嫌がっていても、
羞恥心を煽る事で興奮し、その間に囁かれた自分への甘い言葉は、良く響く。
そのうちに特別な感情を抱くものさ。

そう、ここが攻め落とす最後のチャンスであり、
最大にして最高のイレギュラーポイントでもあるのさ!

「ねえ、太郎さん。ボク、重たくないの?」
「ちょっと重たいかなぁ」
「えぇ!?」
「俺には重過ぎるよ。君みたいな可憐で綺麗な女性が、俺みたいなのの背中に負い被さるなんて、考えただけで重いさ。でも、ずっと負ぶっていたい、心地良い重さなんだ」
「そ、そんな…嘘なの」
「嘘じゃないさ。今日出会ったばかりだけど、俺には見えたんだ。君が、ダイヤモンドなんだってことぐらい」
「ダイヤモンド?なの?」
「そう。ダイヤモンド。君は世界で何万分の一、いや何億分の一って確率で生まれてきた、大きくて価値のある綺麗なダイヤモンドなのさ。でも、まだ誰も見つけちゃいない。誰も触っちゃいない。何故だかわかる?君には小さな石が張り付いて、本当の光が見えないからさ」
「小さな…石なの?」
「勇気というか…まあようは誰かが側に居て、磨いてやらないといけないのさ。沙織ちゃんというダイヤモンドを輝かせるためには」
「ふーん…なの」

ここだ…!切り札…!
理論で固めた千載一遇の雰囲気…!
いわゆる口説きポイント…ッ!

「なあ沙織ちゃん。こんな時に言って悪いけど、聞いてくれるかな?」
「なんなの?」
「俺が、磨いても良いかな?沙織ちゃんを。君が好きだから。ね?」
「えっ…」
「はは、嫌だったら別に良いんだけどね。俺が君みたいな綺麗な子に一方的に恋してしまったことが悪いんだし」
「ぼ、ボクも…」
「いや、やっぱいいや!今のは聞かなかったことにしてくれよ。沙織ちゃんと俺じゃ、どう俺が背伸びしても、つりあわないよ。忘れてくれ!」
「そんなことないの!ぼ、ボクも太郎さんの事、す、好きだから!」

よっしゃあ!決まったァァァァッ!!
ここまでくれば、もうなし崩しに落ちたも同然!
帰り道を送る素振りをして、後はどこかに連れ込んでウルフになるだけ!
へへへ、ここまで来て嫌がる女なんていやしねえ!
後は俺の決まり文句でフィニッシュだ!

「じゃあ、沙織ちゃん。俺の事好きって十回言ってみて」
「え…そんなの…」
「言えるよね。俺のこと本当に好きなら、言えるよね?言ってよ」
「わかったの!言うの!」

来た!
耐えかねた羞恥心の限界を超えたときに発生する、恋愛感情の噴出し口!
世間知らずの娘の心をちょいと動かせば、耳元で大きな声で喋るのさ!

「好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き!」

いやーまったく恥ずかしげもなく大声で、良く言ってくれるぜこのお嬢さんも。
だが、俺は、ここで最後の付け足しを忘れない!
最後の詰め!いわゆるビッグバンを!

「俺も好きだよ。君が言った何百倍も」

どっひゃああああ!銀河系を脅かすビッグバーーーン!
はい。俺、苦しいです。
彼女の腕がギューッと俺の体を締め付けるわけですから、
そりゃもう苦しいったらありゃしない。
でも、もう彼女の心は俺から離れられない、
羞恥心と告白のダブルパンチを食らってすでにメロメロ!
勿論この時、ちゃっかり聞こえないように恥ずかしそうな感じを
隠し味程度のエッセンスに加えて、小声で言うのがポイント!

さて、そんなこんなで、二人は予想通り済崩されたまま、
駅近くのホテルへチェックイーン!

「だめ、ボクが先にシャワー浴びるの」

生娘にしちゃあ、なんてまあ慣れた風な語り口。
変なドラマでも見すぎたってくらい、慣れてるのが不思議だったが
まあそこは、可愛らしいということでイーブン!

「ふん~ふんふふふん~♪」

で、まあ、浴室で鼻歌なんか歌っちゃってまあ、俺の心をこの娘は良く知ってること!
まあ恐ろしいぐらいに、くすぐる、くすぐる!
もう俺の中のウルフさんは、手は届かないけど足は届く距離で、
シャワーを浴びる美味そうな羊を見て、涎だらだら。
若気の至り?慣れてない?勘違いするんじゃねえ!
誰だって初めてのこの気持ちを忘れちゃいけねえんだよ。
期待と不安が織り交ざって、ワクワクとドキドキがミキシングした、この感じ!
わかるかなぁ?わかんねえだろうなぁ!

オジン臭い?うるせえ!

それに人間、なんでも慣れて来た時が一番危ない。
たとえそれが下心丸出しの下世話な話でも、最後の詰めの大詰めで迂闊を演じて、事仕損じることもあり!つまり、誰でも初心忘れるべからず!ということ、だ。

「ねえ、太郎さーん。ボクと一緒に入ろうなの!」

おうおう、積極的でよろしい事で。
そりゃまあ可愛いあの子が、そんなに濡れ肌見せてくれるとなりゃ、
俺も男だ。据え膳食わぬは何とやら、やらいでか日本晴れ!
早速上も下も脱いで、丸裸になって、湯煙のムードの中へと洒落込もうじゃないの!

「ぐししし、沙織ちゃ~ん」

扉を開けて、某怪盗風三世風の猫なで声でうねうね動く指先を湯煙の中へ延ばす俺!
開けっ放しの浴室の戸から、煙はどんどん外に出て、だんだん彼女の華奢なシルエットが晴れてくる。

もう、手の平一つ分に見える湯を受けた柔肌が見える。
ひゃあー!もう我慢できねーぜ!うおお、今夜は寝かせないぜー!
俺は、濡れることも構わずに、彼女の肌にソッと触れた。

ムニュ

「ひゃん!」

ムニュムニュ

「ひゃぁぁん!もう、太郎さんったらやめるの!」

まったく期待通りのいい声で鳴きやがるぜ、この生娘さんはよ!
肩と二の腕の肌をちょっと触っただけで、恐ろしい感度だぜ!
それに、ハスキーボイスっていうのか?
今まで引っ掛けてきた女よりも若干低い声が、またたまらねえ。
どうやら俺は、いつにも増して、目の前の生娘にお熱をあげてるらしいぜ!
無意識の内に口から最後の武器が飛び出してた!

「君がいけないんだ。肌が、綺麗すぎるから」
「そんな…」

ムニュ!

「ああっ!」

次第に嫌がる素振りも見せなくなった彼女に、俺は執拗に攻めまくった。
腰、首筋、腿、手首、胸、尻、と、あえて唇を残して攻める。
これこそが俺のスキンシップオブジョイポイント!
そう、女の口から、最後に言わせるんだ。あの言葉を。
自分から「してください」とせがむように言われた時の、
従属感、全身が震えるほどの支配による幸福感は、何物にも変えられない!
さあ、言え、言うんだ!

「私を奪ってください」というんだ!

だが、俺は、この時気付くべきだった。
この瞬間にも、晴れてゆく湯煙の中、露になった彼女の体の一部を。


ムニュ…


「え、これ…」

気付いたのが遅すぎた。
もだえて震える彼女の体の一部。
俺の視界に見えた怒張した『モノ』が俺の手の平に触れてしまった。
そう、女であれば絶対にあってはならないものが、そこには介在していたのだ。

「沙織ちゃん…これ」
「もう、太郎さんがボクを触りすぎるからなの…」

ジーザス!ガッデム!オーマイゴッド!
へい、ガイズ!俺は、とんだクレイジーキャッツを捕まえちまったみたいだぜ!

「君!?男の子!?」
「は、はい、なの」

世間知らずのレディだと思ってたこいつは、筋金入りのナチュラルボーイだった!!
クレイジー&ミステリー!!
体といい、顔といい、声といい、こんなキュートな成りして、
股間の近くにゃ俺と同じもんが、おっ立ってるなんて、にわかにはブレイブしにくいぜ!

「どうしたの?早く続きをしましょうなの。ずっと待ってたの。太郎さんのこと」
「はははははは、う、嘘だろ。だって沙織って、女の子の名前じゃ」
「お父さんがどうしても女の子が欲しくて名前を…でも、今は感謝してるの。背も低くて体も小さいから、こうやって女装しても怪しまれないなの。だから、好きになってくれる人も多いの」
「い、いやあ…好きになってくれるって…みんな男だろ…それはどうなんだ…」

こいつ、相当の食わせモンだ!
ホテルに入ってから、なんだか慣れてる調子だったのも頷けるぜ!
こいつは最初から、誰かを待ってたんじゃない。俺の事を待ってたんだ。
俺のようなノンケを捕まえようと、あんなアルコール無しの飲み物で、
ジリジリと誘ってやがったんだ!恐ろしい奴!

「初めてなんでしょ?大丈夫。ボクが教えてあげるの」
「い、いやいやいやいやいや…」

言い寄るってくるんじゃねえ!
俺は残念ながら、そっちの趣味はねえんだよ!
ノーマルにちと飽きてたのは事実だが、
アブノーマルに手を出すほど、俺はイカれちゃいねえ!
その掴んだ手を離しやがれ!

「なんで逃げようとするの?ボクが男だからダメなの?毎週毎週あんなに女を攫ってゆくのに」
「き、君も居たのか!」
「居たよ。ずっと太郎さんのこと、見てたの」
「悪いが俺には、そんな趣味はないんだ。他の相手を見つけてくれよ」
「やなの!」

こいつ…!とんでもねえ、とんでもねえ計画性の持ち主だ。

毎週毎週、
俺は他の女に眼を光らせてたのに、
こいつは俺の尻ばかり追いかけてたわけか!

俺が週末だけ羽ばたく蝶だと知っていて、
こいつは蜘蛛のように糸を引いてたわけだ!

「放せ!変態野郎!」
「きゃあ!」

俺は、とりあえず速攻で逃げようと、
この変態野郎に掴まれた腕を放して、浴室へ出た。

ガツッッ

だが俺は、焦った余りに浴槽の段差にケッつまずいて部屋へ音を立てて転がった。
素早く出てきた肌色の影が、転んで身動きが取れない俺の手を素早く、細縄で縛る。

そして、恐怖の夜が始まった。


「ね、ボクが教えてあげるの。一度味わったら二度と抜け出せないの。さあ、身をゆだねてなの…」


終わった。俺は新しい快感に目覚めた。


「アーッ!」


教訓:生娘(ヴァージン)より難しいものはない



【完】


============

縛りプレイ。疲れた。
もう二度と書けない。
硬いものを書くわ。
オチはタイトル参照。


■設定
・伊達太郎
強気な気障(キザ)。血液型A型。繊細で綿密。細やかな気配り。女好き。伊達男。

・乙姫沙織
ド天然の男。血液型AB型。女装癖。語尾に「なの」をつける。

第十回『もう一人の龍』-2

2008年04月25日 19時24分54秒 | 『英雄百傑』完全版
 ジャデリンは顔の赤くなった郡将達を一度覗くと、目の前のカカツに質問した。

 「ご老体。我らの征伐は上手くいくのかを占って欲しい。良くも悪くも座興であるから、占いの通りに申せ」
 「ははっ」

 ジャラ…
 ジャラ…

 カカツは目を閉じて、麻袋の中に入った何百個の賽(さい)の中に手を入れると、その中をかき回し、スッと袋から三つの賽を取り上げた。目を開くとカカツは、表が白く、裏が黒い賽に書かれた文字を読み、少し考える。

 「どうだ?我らの道筋は」

 待ちきれず、ジャデリンが聞く。
すると、カカツは落ち着いた口調で、淡々と語り始めた。

 「賽によりますと、天賽(てんさい)は全て表(おもて)を表しており、それに刻まれた字は『攻』、『易』、『苦』、と出ました。天賽の表は、合戦において勝利を意味し、これは既に頂天教軍の勢いが無く、官軍の意気が凄まじく、今は攻めることが容易いということでありましょう。ただ攻めた後に苦難が待ち受けている可能性があります。十分注意をなされますよう」

 「ほう…今は攻めるに易し…だが攻めた後に苦難ありか。ふうむ、我々にかかるその苦難がどのようなものであるか、わからぬものか?カカツよ」

 ジャラ…
 ジャラ…

 ジャデリンに質問されたカカツは、それに何も答えず、再び麻袋に手をいれ、眼を閉じ、ジャラジャラと音が出るようにかき回すと、中からまた、スッと一つ賽を取り出した。
そして、カカツは言った。

 「天賽、裏に『渇』と出ました。苦難は渇きにありということです」
 「渇きとは?」
 「天候が良すぎるということでしょう。これから攻め入れば、おそらく時期は真夏。猛暑を迎え日照りに悩まされれば、軍馬、兵が飲む水の取得が難しいと思われます」
 「ふうむ」
 「それにこれから行かれる場所は、水源の多き黄州を超え、阪(バン)州でございます。内陸の中でも、特に良き水が少なく、河川も小さい阪州では、水の取得は難しいということでしょうな」
 「なるほど、兵馬を養うにも水が無くては行軍も出来ないということか」
 「さようにご推察いただければ良いかと」
 「うむ!よき助言であった。早速軍儀を重ねて考慮いたそう」
 「もったいなき、お言葉でございます」

 ジャデリンは満足気にカカツを褒め称えた。
目の前で偉ぶることもなく、郡将達を前に頭を下げるカカツに、ジャデリンは、もう一つ質問した。

 「カカツよ、太守からの紹介で聞いたが、おぬしは人物眼を持っているというそうだな」
 「ははっ、自慢ではありませぬが、この目に適って、都の大役人になった者、一群の太守になった者、将軍となった者、その数、数十名は数えるものかと」
 「おお。では、この郡将の中で誰か輝きのあるものはおるか、全員を見てくれぬか?」
 「はっ、この老体の曇った眼でよければ…」

 そういうとカカツは主席から順々に回り始めた。
郡将達は、自分の行く末、命運、どれくらい出世できるのか興味津々で、他人の席にカカツがつくと、体は無意識に隣の席に乗り出し、それまで騒いでいた口は静まり、誰もが聞き耳を立てていた。

 郡将達がそれぞれ評される中、ついにミレム達三勇士の前にもカカツが訪れた。
しかしミレムは、まだまだ酔い足りないらしく、他の者と違って永遠と酒を煽り、顔を真っ赤にしながらカカツを迎えた。

 「おやおやこちらの方は顔を真っ赤にして盛んじゃな。どれ、先にそこの強そうな武者殿の顔を見せてもらおうか」
 「おう、それがしの顔に何かついておるか、たっぷり見てくだされ!」

カカツは、スワトの顔を見た。

 「ほう…そなたは、世に名だたる豪傑の気格がありますな。忠義に厚く、正義に燃え、おそらく世に逸材と呼ばれるほどの器じゃ。しかし融通と冷静さ、それに世を渡る気質が無い。何事も真正直すぎる。少し世渡りの気質を持てば、まさに鬼に金棒なのだがのう…」
 「はっはっは!真正直に勝る者なし。それがしは、それで十分でござるよ」

 スワトはカカツの言葉に思わず笑みをこぼした。
そして、スワトの笑いを遮るようにポウロがカカツに言う。

 「よかったな豪傑殿。ふ、ふふん。では私、ポウロも占ってもらおうか」

 ポウロは自分の行く末が、気になってしょうがなかった。
三勇士の中でも、胸に抱く野望で言えば、おそらく一番と言える彼の心中は、出世の二文字に心躍っていた。

 カカツは、絞まらないニヤけ顔を浮かべるポウロを見て言った。

 「ふむ…。そなたは器用で、世渡り上手。人を愛し、傷付けることも知っておる。それに知恵もある。一度世に出れば、きっと民衆に愛される、一流の政治家になろう」
 「ふふふ、そうかそうか。政治家。ふふふ…」

 収まらないニヤけ顔を露にするポウロ。
だが水を差すように、カカツが続けて言う。

 「じゃが、迷いの出る相じゃ。人の評判を気にし、自分の野望の余り、判断を誤り、失敗をすることも多いじゃろう。一刀に決断をするべき者が近くにおらねば、まったく役に立たぬかもしれん」
 「な、なんですと」
 「しかし、奇遇じゃ。先ほどの豪傑殿には無いものが殆どあるのというのは、天の思し召しか。まさにこれ幸いじゃな」
 「ふ、ふうむ」

喜ぶスワト、少し苛立つポウロの二人を評したカカツは、ついに顔を真っ赤にしたミレムの前に出た。

 「しかし、真っ赤な顔をしておるのう。まるで秋の夕焼け空じゃ」
 「じぃーさぁんこそぉ、俺にはぁ赤く見えるぞぉーふぇふぇ~っ」
 「な、なんたる酒臭さ。お主いったい幾つ酒を煽ったのじゃ」
 「酒ぇ?十杯ぃから先は、覚(おも)えぇるぅのが面倒になってのほほほほ…ヒック!」

 人相を見てはいるが、もはや酔いに酔ったミレムは、カカツにとって評するに値しないほどの悪態であった。凄まじい酒気漂う息を放ちながら、ろれつが回らないミレムに、カカツは内心呆れていたが、これも一興と思い顔の隅々を見た。

 「こ…!これは…!」

 ドサッ!

 その時であった。
人相を見終わったカカツが驚きの余り、その場で尻餅をつき、前に居るミレムを指差す。
ミレムは指をさされ、こう答えた。

 「ぅうん?なぁんだぁーじいさん?俺の顔に何かつぅいてぇるかあー?」

 指した指を震わせながらカカツは、場内に聞こえるほどの大声で、言い放った。

 「こ、この相!赤く染まってはいるが、とんでもない大器じゃ!今は凡才でも、時が経ては名だたる将達を抱え、天下を救う英雄の相じゃ!天下を号する鳳(おおとり)の翼を持ち、天上から見下ろす龍、そのもの!このような名相に出会ったのは、う、生まれて初めてじゃ!」

 カカツの声にざわめく場内。
だが、ミレムは慌てることもなく、ケタケタと笑いに満ちた顔と、手足をバタバタと子どものように動かして、一杯の酒を飲み干すと、こう言った。

 「へっへぇ、美酒を煽りながら、褒め言葉を肴(さかな)にするのも悪くないけどなぁ。そんなに褒められちゃ、俺の顔がもっと真っ赤になっちまうよ…グビグビ…プハァー!」

 ザワザワ…
 ザワザワ…

 酒気に帯びたミレムの息を喰らったカカツは、場内のざわめきの具合に、動じることもなく、ただ真顔でミレムの顔を見続けていた。カカツの背筋には一筋、二筋と汗が流れ、眼は見開き、口は開け放たれ、体は震えを止めることが出来なかった。

 「カカツ殿!こちらの相も頼もうか!」

静まらないざわめきの中、動かないカカツを呼ぶ声が、末席から聞こえる。
その声に、平静を取り戻したカカツは、再び次席へと人物評を始めだした。

 「やはり我らの明主は英雄でござったな。それがしも鼻が高いでござるよ」
 「いやいや、所詮は人物評。誰もがそうなるとは思いませんがね!」
 「ふわーっはっはーっ、愉快愉快。いやー酒は楽しいのう」

明主の評価に満足気なスワト、自分が認められないことに嫉妬するポウロ、ただ目の前の酒を飲みながら宴を楽しむミレム。互いに酒を煽り始めた三勇士の心の中には、少なからずカカツの評が、進んできた自分たちの背を押すような気がした。

 ザワザワ…
 ザワザワ…

 ドタッ!

 群将達のざわめきの中、再び尻餅の音がする。

 「ひ、ひええ…!」

 カカツは、末席の文官の手前に鎮座していた一人の武将の前で、再び全身を震わせ、武将の前で、ミレムの時と同じように背筋に汗を流して、大声で言い放った。

 「わ、わしは、幻をみているのか!そ、そなたも、まごう事無き英雄の相じゃ!情に流されない判断力と統治の才を持ち、意思は天を思うままに操るほど強く、戦の将才、政の智謀、処世の術、得てして全て余りある者じゃ!おお…世に龍の相…英雄が二人もおるとは…しかもこちらは、天下を飲まんとする気風さえあるではないか!」

 武将に指を指しながら、その場に倒れ込むカカツ。
末席の近くに居た武将は、震えるカカツを見て立ち上がり、言葉を軽んじるでもなく、重んじるでもなく、表情を緩ませず、郡将達が見守る中、堂々とこう言った。

 「郡将達の気分を害すのも悪いとは思うが、あえて率直に言わせて貰う。この老人の評など、当てにならんぞ。英雄たるものは、顔や、骨格、体の相で良し悪しに決めるにあらず。名実と義、才略と人あって始めて英雄となりえるのだ」

 ガタッ

 強張りの解けない武将が、杯を机に置くと、室内の出口扉へと向かう。
すると御付の武将達も同じく立ち上がり、杯を机に置き、宴の場を後にする。
赤い礼服を身に纏った武将は、扉の前で郡将達に聞こえるように、こう言った。

 「しかるべき英雄は、誰かに言われて成るのではない。英雄なりえる時、すでに成っているのだ。それもわからぬ愚かな者たちの宴に付き合うほど、私は暇ではない」

 ザッザッザッザッ…

 ざわめきと喧騒が酒宴を包む中。
赤い礼服の武将は扉を開けると、そのまま御付きの将を連れて、城内の外へと消えていった。

 残された郡将達は、口々に消えた将の悪口を並べ立て始めた。
やれ無礼だとか、やれ無作法だとか、先ほどまで酒を煽り、笑いを浮かべて悪態をついていた郡将達とは思えないほど、酒の席は冷え切っていた。

 主席のジャデリンは、この様子に腹を立てていた。
楽しむべき酒宴を邪魔され、一気に喧騒の場所へと変わった場内を見て、眉は震え、口は苦々しく、その苛立ちを露にしていた。

 そして、一滴とて飲まなかった杯を、グイッと唇に寄せて飲み干すと、近くの部下に聞いた。

 「おい、あの無礼な将は誰だ?我が南部方面の将では無いようだが?」
 「あ、あれは北方官軍別働隊の主将で…たしか関州は京東郡の太守キレツ様の息子、キレイ将軍にございます」
 「若かりし過ちとはいえ、楽しむべき宴で、なんと不遜な態度だ!諸侯の酒が不味くなるではないか。これ楽隊、演奏を始めよ。場の空気を外へと飛ばすのじゃ!」

 沸々と沸きあがる心の中の怒りが、声となってジャデリンの口から出る。
さめた空気に包まれた酒宴は、ジャデリンの指図に従って、再びにぎやかな楽隊の演奏が始められた。

 ザワザワ…
 ザワザワ…

 郡将達は、互いに杯を酌み交わしながら、脳裏には、あの強烈なキレイの言葉と態度が鮮明に焼きついていて、誰一人として思うように盛り上がれなかった。
 スワトとポウロも、キレイの話を避けて、楽しむべき宴の場を盛り上げようとしたが、宴は尻すぼみのまま閉会し、郡将達は眠りについた。

 そして官軍の中、誰一人としてキレイの事を良く思う者は居なかった。

ただ一人。
酒に溺れて眠り眼(まなこ)であったミレムを除いて。


― 根島城城外 草原 ―


 ドッドッドッドッ!

 すっかりの深い夜を迎えた根島城の城外の草原。
その中にあって、手綱を握り、馬の腹を蹴立てて走る騎馬が二つ。
深い緑を葉に宿した草を、空へと巻き上げながら、場違いな騒々しさを含んだ馬蹄の音が、闇の帳の中を、ただ陸伝いに反響させてゆく。

 「くだらん。実にくだらん宴の席だ」
 
 馬上の先、赤い肩掛けをたなびかせ、赤い甲冑を着こんだ武者が一人。
それは、宴の席で雄々しくも礼を欠いて中座したキレイであった。
走らせていた馬を一旦止めると、後ろから付いて来た御付きの武将が、声をかける。

 「若。祝いの席であれはいけませぬ。あれでは官軍の将達に恨みを買いますぞ」
 「ふん、いらぬ世話だオウセイ。小物の愚将達に恨みを買おうが、こんな小さな勝利の宴などには付き合ってられぬわ。どうせその内、帝に代わって全て私が平らげる」
 「若、そのような事を申されては、忠義に厚いお父上のキレツ様が嘆かれますぞ。せっかくお父上が帝へ上奏して兵糧と兵を下さったというのに」
 「オウセイ、貴様はわかっているだろう。私にとって、この合戦は機会に過ぎん。たまたま頂天教という邪魔な石ころが、信帝国という道端を邪魔しているだけのこと。私は石ころを利用して、この広い大陸の隅々に名を広めるだけのこと」
 「…」

 御付きの武将、オウセイは恐るべきキレイの野心の大きさに何も言い返せなかった。
そして、キレイは口調滑らかに闇夜の空へ向かって堂々と言う。

 「ふっ、それにしても、一度石ころをどかしたからと言って、宴で緊張感を解くとは、噂に聞いた指揮官のジャデリンという男も、たいした奴ではないな」
 「若!」
 「そう怒るなオウセイ。このキレイが喜ぶ時は、天下が揺るぐような大勝利があった時だけだ。千の兵で万の敵と戦う術を知っている者が、たかだか一州をとったくらいで浮かれてはならんのだ」
 「このような事が知れたら、キレツ様にどやされますぞ」
 「ふん。慣れておる。だが、お目付け役がオウセイ、お前とはな」
 「何を…?」
 「知らばっくれるな。むしろ私は喜んでいるのだ。オウセイ、お前が父上に言われて、私につき従ってくれているということをな」

 オウセイは、いわゆるこの野心溢れるキレイのお目付け役として、郡の名だたる文武百官の中から選ばれた武将の一人であった。だが、オウセイはキレイの心許せる数少ない股肱の将の一人であり、またキレイにとっては幼馴染の親友でもあった。

 心から臣従を誓っていたオウセイは、傲慢で礼を欠いたキレイに向けて、釘を挿すようにこう言った。
 
 「今回の一件、拙者の心の中に止めておきましょう。お父上には黙っておきます。ですが…若、その傲慢さを直しませんと、いざ天下に躍り出る時、他の臣がついてきませんぞ」

 キレイは、聞こえたオウセイの言葉と眼差しを背中で受け止めつつ、再び馬の手綱に手をかけて、見果てぬ草原の先へ向かって、大声で言い放った。

 「傲慢か!それが天下の足がかりに邪魔なら、このキレイとて我慢をすべき時もあろう!だがなオウセイ、俺はあの老人が言ったように天下の英雄止まりで終わる男ではない。『龍』そのものとなって時代の波を操り、幾百幾千の英雄たちを従え、この天下を龍の下に支配するのだ!ハーッハッハッ!!!!」

 ドドドドドドッ…

 長い草原を駆ける二つの騎馬が、強く草を踏み
 野望の武将、キレイの高らかな笑い声が、降りる闇の隅々に響き渡った。

 赤い肩掛けを翻し、天下をつけ狙う龍が、ここにまた一人。
キレイの野心は、乱世を迎える時代を駆け抜けることができるのであろうか。
初夏訪れ、ざわめく風も出ない闇夜には、激しく唸る馬蹄の音だけが響いていた。



第十回『もう一人の龍』-1

2008年04月25日 19時24分24秒 | 『英雄百傑』完全版
― 黄州 国中(コクチュウ)郡 根島(ネジマ)城 ―

 鏃門橋の戦いから暫し経って。
南部方面の戦況は、少し前の膠着状態が嘘のようにガラッと変わっていった。
 ジャデリン率いる1万の南部官軍は、最難関であった鏃門橋の砦を攻略すると、援軍派兵によって手薄になった北、東、西の頂天教軍の要害を突破し、風前の灯であった背兎城を開放した。

 その後、勢いをそのままに歩を北へと進めた南部官軍は、四谷郡からの兵糧の補給を受けると、黄州の北は国中郡に足早に入り、頂天教討伐、ならびに内部反乱の起きていた城下の平定に乗り出したのだ。

 国中郡は、大陸でも内陸に位置し、草原地帯が広がる農産牧畜が盛んな平地で、小さな支流の河川はあったが、比較的街道も整備されており、鏃門橋のように進むのに困難な地理も少なく、官軍隊は足早に行軍を進めることが可能だった。

 たしかにここにも、頂天教の兵達が多数存在し、要害という要害を占拠していた。

だが、各所に置かれた要害といっても、街道に建設される屈強な城塞とは程遠いほどの小さな関所のようなものばかり。それに長い間、南端の鏃門橋に守られて戦の心配の無かったこの地が、城壁や門の補強や整備をするはずも無く、どの砦も城も放置されて、住民たちからは『古城』と蔑(さげす)んで呼ばれるほど、脆い城ばかりであった。

 陸続きで行軍も容易く、城も脆く攻め易いとなれば、平地での戦に優れた兵、猛将知将を抱え、勝利に沸き立ち士気もあがる南部官軍を止めることなど出来なかった。

 ジャデリン率いる官軍1万は、破竹の快進撃を続けていた。
その中でも、群を抜く智将ミケイの用兵によって動いていた、気運のミレム、豪傑のスワト、徳者のポウロの三勇士と義勇軍は、毎度死を恐れず進んでは目覚しい活躍をし、輝かしい戦績を飾っていた。

 時が六月の半ばを迎えると、快進撃を続ける南部官軍の下へ官軍の別働隊が合流した。
合流し、膨れ上がった南部官軍の兵は、その数にして2万の大軍となった。その数を頼りに官軍は一路、国中郡の中枢都市が立ち並ぶ北西へと向かった。

 立て篭もる頂天教の部隊を次々に撃破する官軍は、兵を進め、ついに西方最大の堅城『関下(カイカ)城』を攻略した。

 翌日から「関下の堅城落ちる!」の報が郡を越えて広まると、知らせに恐れをなした頂天教軍は、別郡の部隊と合流するために退却を開始した。

官軍は、誰も居なくなった砦を次々に制圧していくと、内部反乱に徹底抗戦を決め込んでいた国中郡最後の城、ここ『根島城』を解放し、大陸の南部に位置する黄州全土を平定させるのだった。

季節は既に春を過ぎ、青々とした木々が育つ初夏七月を迎えていた。

 ワイワイ…
 ガヤガヤ…
 ワイワイ…

 城下の人々の沸きあがる声を受けながら、城へと進む将兵たち。
黄州の解放を祝う今夜は、太守の働きかけで、南部官軍のために盛大な酒宴が催されていた。

 「皆この二ヶ月の間、よく頑張ってくれた。今日は、それを祝っての祝宴じゃ、太守から美酒名酒を400樽、郡きっての楽隊(音楽演奏隊)の差し入れが届いておる。見張りをしている内外の兵士達にも酒を振舞い、皆、戦に疲れた気をほぐし、楽にして騒ぐが良い!」

 主席に立ち、乾杯の音頭をとるジャデリン。
その挨拶と共に、鼓弓(こきゅう)や太鼓を持った楽隊が、顔の見えない幕の中で演奏をはじめ、宴に招かれた将兵達は、目の前に置かれた美酒名酒を口に運ぶと、酒席は高らかな笑い声と穏やかな会話が入り混じり、誰もがその喜びに酔いしれ、戦を忘れるように互いの安らかな心を分かち合っていた。

 「グビグビ…プハァー!ウへへへ…勝利の美酒ってのはいいもんだなぁポウロよぉ…ウへへへッ」
 「ミレム様の酒癖の悪さには、このポウロ。ホトホト感服いたしております」
 「酒の席で嫌味を聞くたぁ。こりゃ耳が痛いなぁ。まあ良いから呑め呑め!ハハハハハッッ!!!!」
 「ふふふ、適いませんな。ミレム殿には、少し勝利の美酒が利きすぎているようで…しかし、我々もこのような席に呼ばれるとなるとは」
 「あの頃から比べると、たしかに偉くなったもんだなぁ。ウへヘへッ…でもまあそれなりに俺たちが頑張ったってことだろうよぉ」

 ミレムとポウロは、宴の場でも扉に近い末席に隣同士に座っていた。
グビグビと喉を鳴らしながら、杯を唇に重ねては次の酒を待つミレムは、すでに出来上がっており、隣に座りながらチビチビと酒を飲み、未だ冷静さを保っていたポウロに絡んでは、給仕に注がれた酒を胃袋へ飲み込んでいく。

 「すっかり出来上がっておりますなミレム殿」

 そんな中、杯を持ってミレムの前に現れたのは、白銀の甲冑を脱ぎ、丈の長い白い公服に、黒紐で結わった冠を付けた美男子、智将ミケイの姿があった。

 「おうこれはミケイ将軍じゃないかあ。そのように杯を持って現れたとなると、わしと勝負する気かぁ?ふっふっふっ…戦の席では負けるかもしれないが、酒の席では我が三勇士は負けんぞぉ…ヒック!」

上官であるミケイに対して、余りにも無作法な態度で迎えるミレムを、ポウロが慌てて押さえつける。

 「み、ミレム殿!ミケイ将軍になんという口を!ミケイ将軍、申し訳ありませぬ。ミレム殿は酒に滅法弱い御仁で、平素は、このような失態をするようなお方では…」
 「よいよいポウロ殿。今回の戦でミレム殿達三勇士には世話になった。私の用いた策、用兵の術、ひいては国中郡を平定するという軍略も、そなたらが居なかったら成しえなかった事だろう」
 「もったいなきお言葉!我が明主に代わりまして厚く御礼を申し上げます!」

 「ングッングッ・・うめえ、うへへへぇ、ミケイ将軍、この勝負、俺の勝ちは決まったなぁ!?ほれ!悔しかったら呑んでみろ!うはははは!」

 「あわわ…み、ミレム殿!」

悪態に悪態を重ねるミレムに、額に汗を浮かべて青ざめてゆくポウロだったが、ミケイはその度に「よいよい」と言って、小さく笑うと、ミレムの差し出した杯に手をつけ、落ち着き払った態度でこう言った。

 「ははは、たしかに酒の席ではミレム殿には勝てないな。私は酒に弱くてな。すぐ顔が赤くなって意識がなくなるのだ。ポウロ殿も、そう固くならず、私に気を使わずともよい。今宵は祝いの席の無礼講。どなたも楽しく飲むが良いことだ。それにミレム殿の仰ることもあながち間違いではない。私はあのようには飲めんよ」
 「は、はっ…?」
 「あっちを見てみよ」

 ミケイが指差した方向には、三勇士の座る席を抜け出して、大きな平たい盃を片手に掲げながら、あまたの郡将達から酒を貰い受けては飲み干す、豪傑スワトの姿があった。

 「グイッグイッ・・・フウッ、それそれ、次の酒はまだか」
 「おおお、流石は豪傑スワト殿。飲みっぷりも豪傑じゃ」
 「ハッハッハ!それがしが豪傑ぶりを示すには、こんなものじゃ足りぬ。どれ、次はそれを飲み干そうか」

 そういうとスワトは、料理を運ぶ給仕の前にあった酒樽をグイッと持ちあげると、郡将達の前に置き、一通りその大きな酒樽を見せると、グッと力をこめ、酒樽を持ち上げ、まるで大蛇が鳥の卵を飲み込むように、グイグイと大きな樽に入った酒を呑み始めた。

ゴクリ…。

 流石に無茶だと目を丸くして、息を飲む郡将達。
だがスワトは、樽の角度をさらにきつくすると、大口を一杯に広げ、流し込むように勢い良く飲んでゆくと、酒樽から溢れてしまいそうな酒を一滴残らず、息つく暇もなく飲み干してしまった!

 「プファァー…さあさあ、次のそれがしの相手(酒)は誰かな?」

 「「「 ワーワーッ!ヤンヤヤンヤ! 」」」

 余りの見事な光景に、郡将達は手を叩き、場の歓声は歓声を呼んだ。
次々に酒を煽るように飲んでも、酔いすらしない豪傑スワトの酒豪ぶりは凄まじく、言うならば、まさに底なしの甕(かめ)のごときものであった。

 「なんたる頼もしき豪傑じゃ。ははは、愉快じゃのう」

 それを見ていたジャデリンの表情にも、思わず笑みがこぼれた。
だが、ジャデリン自身は、もっぱら料理に箸を伸ばし、二、三と口にするだけで、決して酒の入った杯には手を付けなかった。

 猛将と呼ばれた彼は酒が苦手であった。
総じて全ての酒が飲めないというわけではないが、やはり下戸であり、沸き立つ諸侯の中には彼に酒を勧める者もいたが、ジャデリンは、その全てを断っていた。

 酒を飲まない彼を見て、宴を催した太守が疑問そうに聞く。

 「ジャデリン様。用意した酒は、将軍のお気に召すますまいか?」
 「いや。美味しく頂いておる。しらふの内に、皆の喜ぶ顔が見たいだけじゃ」
 「ははは、では、ここらで余興の時間と致しましょう」
 「余興?」
 「ジャデリン様。城内に、人物眼と占いで有名な土地の名士カカツという者がおります。その者に、官軍のこれからを占ってもらうのはどうでしょう」

 自分の城の兵士に目配せをしながら、気を使ってくれる太守に対して、ジャデリンは申し訳なさそうに答えた。

 「いやいや酒の席で飲めずに申し訳ない。その一興。是非お願いいたそう」
 「それでは・・・カカツをこれへ!」

 パンパンッ!

手を叩く音を聞くと、室内の末席にいた文官風の男二人が立ち上がり、素早く部屋の扉を開くと、城内のどこかへと消えていく。

 …そして数分すると、文官二人は一人の初老の男を連れてきた。

太守は、右手をスッと差し出すと、幕の中に居た楽隊は演奏を止めて中座し、郡将達は給仕の者に従って自席に戻っていく。文官達は、そそくさと前へ出て、全員の前で名士であるカカツを紹介すると、自分たちも末席近くの席に座った。


 「ただいまご紹介に預かった、名をカカツと申す老いぼれにございます。先ほどまで道楽の旅をしておりましたが、官軍勝利の報を聞き、はせ参じた次第であります」
 「これはこれはご丁寧に。では早速だが占ってもらおうではないか」

殆どの郡将達は、小さな麻の袋を持ったカカツに視線を浴びせていたが、ミレムだけは違った。用意された酒を手に持った杯に手酌で注ぎ、一口、また一口と、他の者にバレないようにチビチビ飲んでいた。


たまには食べ物でも

2008年04月24日 21時42分05秒 | 末路話
食べ物ネタでも一つ@kirekoです。


>和製英語だったシリーズ

実は和製語だということを知らなかった食べ物・飲み物ランキング - goo ランキング

>以下、1位から20位まで

ハンバーグ
[英] hamburger 100


シュークリーム
[英] cream puff 95.3


デコレーションケーキ
[英] fancy cake 95.1



フライドポテト
[米] french fries/[英] chips 93.0



コンビーフ
[英] corned beef 92.8



レモンティー
[英] tea with lemon 92.4



ミルクティー
[英] tea with milk 91.7



ロールキャベツ
[英] Cabbage Roll 84.1



コロッケ
[仏] croquette 83.0



ソフトクリーム
[英] ice cream corn/[英] soft serve ice cream 81.6



アメリカンコーヒー
[英] weak coffee 81.4



ホットサンド
[英] grilled sandwich 77.1



ホットワイン
[独] gluhwein/[英] mulled wine など 74.2



ハムエッグ
[英] ham and eggs 74.0



ホットケーキ
[英] pancake 73.5



ショートケーキ
[英] cake 72.0



ロールパン
[英] roll/[英] bread roll 71.7



オムライス
[英] rice omelette 70.4



スパゲティ・ナポリタン
[英] fried spaghetti with ketchup 66.8



プリン
[英] custard pudding



だそうです。
あれ?もっと深くやってくれると思ってたんだけど
意外と浅くて、困った結果でした。
日本に暮らしてる限りは、なんとなく通じそうですが
外国に行くと通用しない的な、あれですな。

とりあえず、気になったんだけど…

ホットワインとホットサンドって何?誰か教えてつかーさい!

聞くは一時の恥、ブログに書くのは恥の上塗り。

光市母子殺害、当時18歳の男に死刑判決…広島高裁

2008年04月23日 21時14分17秒 | 末路話
宣告よりも、決着が未だつかないほうが深刻だ@kirekoです。


光市母子殺害、当時18歳の男に死刑判決…広島高裁(読売新聞) - goo ニュース

人二人殺して生きているというのは不思議だ。
また逆に、社会に生かされていた期間はあったのだから、
その内に考える事は被告にも出来たはず。
当時未成年でも、二年も経てばもう二十歳。
自分が生きることについて考えれば、
もう成熟を迎えるている年頃だ。

良くも悪くも、これは時を与えすぎた。
死刑撤廃の弁護団が人権を振りかざして上告するのも良いが、
少し考えていただきたい。
裁かれるのは他人であり、裁判の裁量をするのも他人であるのだから、
その内に訪れるべき、大事な時間を失ってしまうのではないか。
(まあ、これは、意地の張り合いとかいうレベルじゃないが)

いかんせん裁判が長すぎるのが問題なのかもしれない。
普通の…ただ一介のサラリーマンが、孤軍奮闘するには、
あまりにも長かったのではないだろうか。

そういう意味でも、二つ目の節目を迎えたことは、
原告にとっても被告にとっても、良かったのかもしれない。
ただ、時間は有限ではない。
これ以上、先延ばしすることの愚かさに気付くのは
いつのことだろうか。

第九回『死地にて燃ゆる』-2

2008年04月22日 22時35分36秒 | 『英雄百傑』完全版


― 鏃門橋の砦 南門前 ―

 膠着状態が続いていたエウッジ率いる砦守備兵と、ミケイ率いる官軍だったが、エウッジの目論み通り、火は止み始め、黒煙は静まりつつあった。そして、矢を休まず飛ばしたことにより、官軍歩兵の大盾が、ついに破られ始め、戦局は一気に頂天教軍に傾きかけていた。

 「耐えよ!戦線を下げるな!下げれば策は成らんぞ!」

 ミケイは長剣を抜き、耐える歩兵隊を鼓舞したが、大盾隊の半数はすでに矢の餌食となり、数を減らした兵士たちの士気は、殆ど上がらなかった。

 ヒュン!ヒュン!ヒュン!ヒュン!!

 「ふふふ、もっと矢だ!矢を射掛けて近づけさせるな!」

 南門の城壁の上では、エウッジが自ら声をあげ、守備兵たちの指揮をとっていた。
見事な統率ぶりに比例するかのように、頂天教の兵達も平静を取り戻し、火計によって起こった動揺も、徐々に収まりつつあった。

 「ふはは、見ろ。もう官軍の兵は半数も居ないぞ!やはりこの砦と、このエウッジを抜く事は適わなかったな!はっはっは!」

 エウッジは高らかに笑った。
弱まった官軍隊を見て、自分の的確な指揮ぶりを思い出し、余りある自分の才能にすっかり自惚れ、目先の勝利を思い浮かべて、危惧するという思考を忘れていた。

 そこへ、頂天教軍の伝令がやってくる。

 「伝令!北門に援軍5千の到着した模様です!」
 「ふふふ、いよいよ官軍の最後だな…ようし北門のズビッグに合図を送れ」
 「それが…」
 「ん?」
 「何度問いかけても、まるで応答がないのです」
 「馬鹿め…なにをやっておる。ええい、こうなったら私が直々に行って城門を開けさせよう!」

 エウッジの命令によって何十人かの部下が選ばれると、エウッジは指揮官である自分自ら援軍を迎えに北門へと向かった。城壁を渡る間、燃える自分の砦を目にすることも出来たが、目先の勝利に溺れたエウッジは、それを見逃した。

 そして、北門へたどり着くと、自ら5千の援軍のために門を開け、自分が部隊の陣頭指揮を執ると、弱りきった官軍が迫る、南門を開けて出陣した。

 「官軍を叩き潰す良い機会ぞ!全軍突撃だーッ!!」

 「「「 オ ー ッ ! ! ! 」」」

 ついに重く閉ざされていた砦の南門が開け放たれた!
指揮官エウッジの声を聞いた頂天教の兵士達の士気は、大いに盛り上がり、城壁の兵士たちは矢を射るのを止め、城壁から長梯子をかけて、鏃門橋に屯する官軍に襲い掛かる勢いであった。

 「ミケイ様!砦の門が開きました!」
 「なに!…それで火の手は挙がったか?」
 「いえ、今はまだのようですが…」
 「決死隊は間に合わなかったか…まあ良い!」

 暗い顔を浮かべるミケイ。
しかし、こんな絶体絶命の機会に、将が憂いた顔をしていれば兵達の士気にも関わると思った指揮官ミケイは、白銀の剣を前に後ろにやり、気丈に指揮を執り続けた。

 「隊列を交替!各自、移動せよ!」
 「み、ミケイ様!!!」
 「今度は何ですか!」
 「あ、あれを!」

 官軍の兵が指を指す。

その時だった。
砦の城壁のあらゆる場所から黒煙が上がり、曇り帳の降りた闇夜の空に、煌々と光るように燃え立つ炎が湧き上がった!

 「おお!決死隊が成功したかっ!今だ!ドラをならせーーーッ!」

 ジャーン!
 ジャーン!
 ジャーン!

大空に響く、耳がはちきれんばかりの銅鑼の音!
音は空中を舞い、橋全体を風となって駆け巡る!

 そしてミケイは、この作戦を最終段階へともってゆくために、剣を振り上げ、声をあげる!

 「歩兵隊!手はず通り橋の両側二手に分かれて退却せよ!追撃する敵は、後方の弓兵隊で防ぎ!しばらくすれば、最後方の騎馬隊が援護に来る!その間に鏃門橋の南の袂まで退却せよ!」

 「「「 オ ー ッ ! 」」」

大盾を持った歩兵隊は、乱れた陣形を早足で瞬時に変えると、橋の西と東に隊を二分し、素早く隊列を整えると、一斉に退却を始めた。

 「「「 ワ ー ー ー ッ ! ! 」」」

 官軍歩兵隊の退却が行われている頃、砦の南門を抜けた頂天教軍は、退却する歩兵隊を追撃するために、喚声をあげて襲い掛かった!

 逃げる官軍、追う賊軍。
正面からくる賊軍の騎馬隊に、官軍の歩兵隊は距離をグングン追い詰められ、ついに橋の中腹で待機していた弓兵隊に差し迫った。

 迫る頂天教軍の意気は、エウッジの指揮もあり、橋を踏む馬蹄も人の足も強く、喚声も凄みのあるものであったが、ミケイは、それに対して余裕の笑みを浮かべた。

 「今です!矢を放つのです!」

 歩兵隊と供に退くミケイの号令と供に、白銀の剣が一振りされると、橋の中腹に居た弓兵隊は、短距離用(扱いやすく連射に向く)の小弓を取り出し、前面に迫る部隊に向けて無数の矢を発射した!

 ヒュンヒュンヒュンヒュン!!
 ザクッザクザクッザクザクッ!!

 水平に勢いを消さずに飛ぶ無数の矢は、両側に放れた官軍歩兵隊の隙間を縫うように、迫る頂天教軍の騎馬隊目掛けて放たれ、そして命中した!
 前面に居た頂天教軍の多くの兵達が、我先にと追撃をかけたことで、幅の狭い橋には、馬や人の死体が積みあがり、それは進路を邪魔する遮蔽物となった。

 これには頂天教軍も、流石に足を止めざる終えなかった。

その間にミケイ率いる歩兵隊は完全に退却し、一息つくと弓兵隊も退却し始めた。

 「小細工ばかりでは勝てんぞ!」

 逃げる官軍を眼にしながらエウッジは、すでに冷静な思考が出来ていなかった。数で勝る頂天教軍を見て勢いはまだ衰えていないと思ったエウッジは、官軍への迫撃を諦められず、進路を開けさせると再び追撃を始めた。

 ドドドドドドドドドドドドッ!!!!!!

 「「「 ワ ー ッ ! ! 」」」

 だがその時、橋に数百の馬蹄の音が差し迫るようにエウッジの耳に響いた。
橋の後方に、屯していた官軍の騎馬隊が、これまた官軍の弓隊と歩兵隊の隙間を縫って、突撃してきたのだ!

 ガキン!ドカッ!
 ブーン!ガスッ!
 ビュン!ガキーン!

 狭い幅の鏃門橋で一気に兵が通れないという弱点を逆に利用したミケイの作戦は、功を奏した。合戦の間中ずっと休んでいたこともあり、同じ数を相手にしているのなら、遠路を進んで疲弊した頂天教軍など敵ではなかった!

 騎馬隊が時間を稼ぐ間に、砦は見えるほど轟々と燃えてゆく。

「よし!騎馬隊!引けーっ!」

 ミケイが言葉を発するや否や、騎馬隊はサッと退却を始めた。
普通、部隊が退却するときは背中から迫撃を受けることになり、甚大な被害を被るのだが、ここでも遠路を走ってきた頂天教軍と、休んでいた官軍騎兵隊の疲弊の差が目立ち、その被害は、最小で食い止めることが出来た。



― 鏃門橋 南 森林地帯 ―


出鼻を挫いたとはいえ、追ってくる頂天教軍の勢いは驚くべきもので、橋を渡り、森林地帯に差し当たったミケイ率いる官軍の騎兵隊も、その数を百騎以下に減らし、敵から逃げるのがやっとだった。

 そして、勢いを増す頂天教軍は、ついに橋を渡りきり、官軍野営地近くの森林地帯へと、その足を伸ばしていた。頂天教軍の将エウッジは、ここでも陣頭指揮をとり、自分が指し示す方向へと、軍を動かしていた。

 しかし…

 「ふっはっはっは!このまま官軍の野営地を焼き払ってくれるわ!」
 「エウッジ殿!あ、あれは!」
 「む…?どうした…あっ!」

 その時、エウッジは信じられない光景を見ていた。
そう、絶対に落ちることのない難攻不落の砦が、闇夜を照らすほど赤く燃えているのだ。
エウッジは、焦燥感を露にして言った。

 「ば、ばかな!ズビッグは!弟は、どうした!」
 「わかりませぬ!ですが、このままでは砦は落ちますぞ!」
 「ぬ、ぬう…ま、まさか!謀られたか!!!くそっ!全軍退却だ!」

油汗で滲む馬の手綱を握りながら、エウッジは今来た進路を戻ろうとした。
だが、その時。

 ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン!!!!!

 「ぐわーぁぁぁ!」
 「ぎゃああーっ!」
 「うわーあーー!」

エウッジが退却しようとして間もなく、森の暗闇の影から、無数の矢が飛び出した!
矢は、四方八方から頂天教軍を狙い、だれそれ構わず襲い掛かった!

 ジャーン!
 ジャーン!

 「うっ!」

悲鳴と喚きが混ざる混沌の中で響く銅鑼の音と供に、森の影から兵達の姿が現れた!
その陣頭に立っていたのは、官軍南部方面軍指揮官、猛将ジャデリンであった。

 ジャデリンは、持ち前の長い槍を持ちながら、動揺を隠し切れない頂天教軍に向かって、大きく号令をあげた!

 「夜襲陽動の策!見事だミケイ!それっ!敵は弱軍ぞ!皆の者!かかれー!かかれーッ!」

 「「「 ワ ー ー ー ッ ! ! 」」」

 号令と共に、猛将ジャデリン率いる武勇の郡将達と、およそ3千の官軍兵がエウッジの軍に襲い掛かった。

右へ左へ!東へ西へ!
辺りは、敵味方混ざっての激戦区と化した!
刀が一度光れば人の血が大地に撒き散らされ、槍が一度振られれば無数の兵の悲鳴が木霊する!

 だが戦いは、圧倒的に官軍有利だった。
たしかに数は、頂天教軍のほうが多かったかもしれないが、伏兵にあって混乱の解けない賊軍と、指揮官ジャデリンが率いる勇猛な兵では、士気が違いすぎた。

 そんな中、エウッジは冷静さを取り戻し、かかる兵に対して必死に抵抗したが、最後はジャデリンの部下が放った矢に討たれ、首をとられて絶命した。

 合戦の最中、指揮官である将を失った軍は惨めな物である。
ろくに統率も取れなくなり、兵達は闇雲に戦うことを放棄し、まるで麻のように乱れてゆく。
ある者は戦いの最中だというのに逃げだし、ある者は恐怖の余り味方を斬り殺し、ある者は降伏し、ある者は戦い、そのまま討ち死にしていった。



 夜が明け、辺りが明るくなると、橋と森林には無数の死体が、湖面には逃げ遅れた兵士が、その無残な姿を朝日に晒していた。
難攻不落の砦には、城壁に官軍の旗がたなびき、燃え屑が転がった橋の先には折れた矢が無数に刺さり、大盾が転がり、朝日に照らされて輝く草は血に濡れていて、土は朱に染まっていた。


 こうして、ミケイの策により始まった鏃門橋の砦攻略作戦は成功した。
被害は少なからずあったが、砦周辺の頂天教軍を全滅させ、背兎城を救出できた結果を見てみれば、官軍の圧勝、一夜の夜襲による大勝利であった。


第九回『死地にて燃ゆる』-1

2008年04月22日 22時35分09秒 | 『英雄百傑』完全版

― 鏃門橋の砦 西門城壁 ―

 「だれだ!そこにいるのは!!!」

 選りすぐりの数十人の頂天教軍兵士を連れたズビッグが、すでに登りきっていたスワトとポウロ、そして城壁の下から登ってくる人影を指差して大きな声で叫ぶ。

 そこには、合戦だというのに眠りこけるミレムと、それを背負うスワト、そして後続の決死隊に檄を飛ばすポウロ達三勇士と、未だ高い城壁を登りきれない100騎の決死隊の姿があった。

 「さては、てめえら官軍だな!へっへっ、俺の目が良かったのが運の尽きだったなぁ!」

 燃え盛る黒煙が風に乗ってズビッグの後ろを通り抜ける。
ズビッグは、配下達にもっと兵を集めるように伝達すると、自分は数十人の部下を連れて、三勇士の方へ駆け出す。

 「グゴーッグゴーッ!」
 「むう!見つかったでござるか!」
 「なんと間の悪いこと!決死隊!死にたくなければ、早く登りなさい!!」

 あと一歩という所で、敵に発見されてしまった決死隊の面々は、スワトとポウロの言葉に少なからず動揺した。城壁を登る決死隊に敵の姿や、その数は見えなかったが、『見つかってしまった』という事実に、顔面は驚愕の色に歪み、未だたどり着けない高い城壁の先を見て、決死の心で乗り込んできた義勇兵たちの心は、焦りに焦りを重ねた。

 「何をもたもたしている!もっと早く登るのだ!ええい」
 「ポウロ殿だめでござる。兵をどんなに急かしても、この高い城壁では…」
 「豪傑殿!このままでは我らの初陣は敗北に終わってしまうぞ!」
 「どうすればいいでござるか!」
 「豪傑殿!お主の怪力で、時間を稼げますかな!」
 「む?時間を稼ぐとは、どういうことでござるか」
 「ようは迫る敵を斬って斬って斬りまくればいいのだ!」
 「おお、そういうことか!それがしの得意でござる!まかされよ!」

 城壁を登る決死隊に合図を送るポウロは、スワトにも檄を飛ばした。
ポウロの言う意味を理解したスワトは、体に結わいていた綱を離し、背中に背負ったミレムを城壁の側で降ろすと、綱にくくりつけていた自分の身の丈を超える武器を取った。

 ズンッ!

 瞬間、城壁の床に勢いよく突き刺さり、辺りに砂埃を上げて立つ、鋼色の大薙刀!
いや…おそらく人が用いる薙刀というには、余りに巨大で異形の姿!
長身のスワトの背を悠々と超える長い柄!形容しがたい威圧感さえ覚える巨大な刃!
暗雲のたなびく夜空に、照らす炎の揺らめきを受け、燦然と輝く鋼色!

 「な、なんだあれは」
 「で、でかすぎる…」
 「人の武器じゃないぞ…!」

 頂天教軍の兵士が、それを見た瞬間。
体全体を異様な緊張感が、あたかも電撃のように走ってゆく!

 「さあさあ、この刀の試し斬りでござる!」

 迫るズビッグ達を前に、仁王立ちで意気込むスワト。

 「何をしてやがる!敵は二人だぞ!ものども、かかれかかれ!」

 ビクつく兵士たちの後ろで、ズビッグが叫ぶと、血の気の多い屈強な頂天教軍の兵士数人が一斉に、槍を突き立ててスワトの間合いへと飛び込んでゆく。

 ビュウッ!ビュウッ!ビュウッ!!

 風を斬って進む槍筋を前に、スワトは大薙刀を握る手に力を込めると、スッと大薙刀を持ち上げ

 「でぇやぁ!!!」

 スワトの声と供に、ブゥン!という風を裂く音が辺りに聞こえた!

グシャアッ!!

すると、大きな音の穂先は、向かってくる兵達の槍に触れ、その瞬間、木製の柄が木っ端微塵に折れると同時に、槍を握っていた兵達の顔が、一瞬痛覚に歪むと、胴体が拉(ひしゃ)げるように空を舞い、飛ぶ流血と悲鳴が城壁を木霊する!

 「おりゃあ!!!」

 再びスワトの大薙刀が振り上げられ、穂先が別の兵士の首を捉える。
例えば人間が持つとしても、巨大な鉄の塊である薙刀は重く、振れば、その一撃にしても鈍重でしかるべし…だが、スワトの太刀は違った。

 重い…が、速い!

太刀筋は、およそ人智を超えた驚くべき速度であった!
その素早く襲い掛かる鋼の刃に反応できるはずもなく、兵士は、ただ命を失うしかなかった。

 グシャッッ!!

鎧兜、硬い甲冑を着たはずの人間が、無残にも鮮血を放ちながら拉げ、一瞬にして物言わぬ血と肉の塊へと変化する。おそるべきは、スワトの怪力から放たれる、未だかつて誰をも放った事も無い、巨大で、重厚で、素早い、猛然たる異質の太刀筋!

 「さあ!次は誰でござるか!この豪傑スワトが相手をするでござる!」

 あっという間に、襲ってきた兵士を斬り殺したスワトは、悠然と刃に残る鮮血を、ビシャッ!と力強く地に叩き付けて浴びせると、頂天教軍の兵士たちを睨んだ。

 「わわわ…人間ではない…」
 「怪物じゃ…」
 「お、おれは死にたくねえ…お前行けよ」

 血生臭くなる城壁に堂々と立つ豪傑スワトを前にして、頂天教軍の兵士達は怯え、誰一人として前進することが出来なかった。

 だが、そんな中、流石に武勇に長けた将ズビッグは、怖気づくこともなく、前に出てスワトを笑う。

 「ガッハッハ!少々の怪力で粋がるなよ小僧!」
 「なにを!お主、何者でござるか!」
 「俺の名はズビッグ。断つ大斧、天下五本の指に入ると呼ばれた、当代の豪傑よ!」
 「笑わせるな!お主ごとき、このスワトの前ではカカシも同じよ!」
 「ガッハッハ!そう、死に急ぐな小僧!そうだ、死に急ぐお前に一つ良い事を教えてやろう。城壁を登るのに必死で、お前たちには見えなかったようだが、もうすぐここに我らの援軍が来る!おまえらのような小勢がどう動こうが、関係ないほどの大軍が来る!」
 「なに…援軍だと!?」
 「つまり、お前らはもう袋のねずみ。逃げる場所など無いのだ!ガッハッハ!」
 「ふん!いくら来ても、それがしが全員たたっ斬ってくれるでござる!」
 「死ぬ前の大口も、その辺にしておけよ小僧!」

 余裕を浮かべるズビッグの言葉に、動じることなく応じるスワト。
しかし、話を聞いていたポウロは、援軍という言葉に愕然としていた。

 「ガゴォォォーガゴォォォォー!」

 この危機に、いびきを立てて寝ているミレムが恨めしく思ったポウロであったが、すでに時勢は、刻一刻と頂天教軍に動いているかと思うと、焦る気持ちが思考を鈍らせる。おそらく、普段冷静であっても、それが戦場であれば臆病にもなる。

 そして…

 「ご、豪傑殿!ここは任せたぞ!」
 「むっ?」
 「私は決死隊を連れて、砦の中に火を放って逃げる!豪傑殿は、ここでミレム殿を守って、時間を稼いでください!」
 「お、おお!任されよ!」

 ポウロは、決死隊を連れて砦の中へと進んでいった。
ミケイの作戦を遂行させるため…いや、ポウロの気持ちは別にあった。
戦場で眠りこけてしまうような明主と、忠義忠義と馬鹿正直な怪力に自分の命をかけるほど、この男は馬鹿ではなかった。
 そう、自分の命が助かりたいという身勝手な一存で、明主と崇めた男を置き去りにし、いつでも逃げれる位置に自分を置くために逃げたのだ。

 「…豪傑殿。死に戦に我々は来たのではない。わかってくれ。この世は命あっての物。私は自分の命が惜しいのだ。生きていたらまた会おう。たとえお前達が死んでも、私が遺志を継ぐから恨むなよ」

 焦り顔でポウロは、スワトに聞こえないように心の中で呟くと、登ってきた決死隊100人を連れて、まるで逃げるように、砦内を駆けて行った。

 しかし、スワトは逆にこれを、明主を守るべき人物が自分しか居ないのだ、という事なのであろうと思って、敵兵迫る砦の城壁の上で、鼻を高くした。

 「ふふふ、ミレム殿の事は任されよ!それがしが命に代えてもお守りするでござる!」

 上機嫌のスワトは、持った大薙刀を、ブゥンブゥンと二回、三回、片手で空に振り回したかと思うと、その場に居た頂天教の兵士達全員に聞こえるような大声で叫んだ。

 「やあやあ我こそは、義勇軍三勇士の一人、豪傑スワト!皇帝に逆らう逆賊の者どもめ!死にたい奴から名乗りを上げて前に出ろ!我が大薙刀の錆にしてくれるでござる!」

 ブォン!ブォン!ブォン!ブォン!

スワトの頭上で、大きく旋回する薙刀は空を裂くと、つむじ風を呼び、それは大きなうねりとなって、頂天教軍の守備兵達を驚かせる。

 「さ、寒気がする…」
 「あの大薙刀をあのように扱うとは…」
 「ブルブル、俺はあんなのと戦うの嫌だぜ…」

 しかし、そんな怯える兵達を一喝するように、ズビッグがスワトに負けじと大声をあげる。

 「ガッハッハ!お前のような愚鈍(ぐどん)な奴を仕留めるのには勿体無いが…どれ、死に急ぎ、粋がる小僧の腕でも見てやろうか!武器を持て!小僧とはいえ、名乗ったからには一騎打ちだ!今一度言う!我こそは、頂天教軍の将、大斧のズビッグ!」
 「おう!相手がカカシでは、ちと物足りぬが!参るでござる!」

 喚声の止まぬ闇夜を震わす、武将たちの声。
ズビッグが持ち出したのは、これまたスワトの薙刀に負けない、巨大な大斧であった!
互いに、にじり寄る武将二人は、間合いをとりながら、射程を窺う…。

 「そりゃああ!」

 ダッ!!と、踏み込みも強く飛び込んだのはスワトであった。

 ブゥン!

 一合目!
力強いスワトの猛烈な薙刀の軌道に、からくも反応することが出来たズビッグは、長い柄のついた大斧を横に広げ、振り上げると、刃がかち合うように、思い切りスワトに一撃を放つ!

 ガキーン!!!

 「な、なんと速い!」
 「逆賊め、それがしの忠義の刃を受けてみよ!」

 ヒュッ!ビュウッ!!ブゥン!!

 互いに手の届く位置からの二合目!
スワトの勢いは止まることなく、鉄の共鳴を促した大斧の隙間を狙って、再び猛撃を放つ!
対するズビッグは、ジィンと震えた大斧をグッと握り、これを受け流そうと叩き降ろす!

 ガキィィィンッ!!

 再び聞こえる鉄の共鳴!散る火花!
二人の武将は、力強く刃を合わせたまま迫り合うと、詰めすぎた間合いを開けるために、一度距離をとった。

 「ふふ、カカシのズビッグとやら、その程度か!」
 「おのれ、小僧!言わせておけば、つけあがりおって!」

 ブーン!ヒューッ!
 ガッ!ガキーン!!

 間合いをあけて三合目!
長大な射程を誇る互いの武器が大上段に構えられると、その刃は時を同じくして空中に放物線を描き、切っ先は中央で重なった!

 しかし…

 「貧弱極まりないぞ!それそれっ!!」
 「ぐ、ぬおおおお!!まるで大岩を当てられるようじゃ」

 最初は、意気揚々と大斧を振り回し、スワトの猛撃に打ち返す余裕もあったズビッグであったが、六合目(斬り合いの数)以降は防戦一方だった。人間離れしたスワトの怪力が合わさった長大な薙刀から放たれる強烈な一撃は、相打つ度、腕に鉛の塊がぶつけられるような感覚を覚えさせた。
 それは、ズビッグの斧を握る腕の筋を直接疲弊させてゆく。

 ブゥン!ガキーン!!
 ブゥン!ガキッ!!

 それでも直、諦めずに三十合ほど打ち合いを重ねたズビッグだったが、その全身には、溜まっていた疲労の色が見え始めていた。
 頂天教軍の中にあって、流石に武勇際立つズビッグだったが、疲れを知らない豪傑スワトの長身から軽々と繰り出される太刀の前には、なす術が無かった。

そしてスワトが、疲れの見えたズビッグの隙を突く!

 「今だ!それっ!!!」
 「あっ!」

 ブゥーーーーーーーーン!
 ガキィィィィンッ!!!
 ドサッ…!

 スワトの大薙刀が、ズビッグの大斧の刃と柄のつなぎ目を捉えると、柄は見事に両断され、重い刃は空中に飛び、明後日の方向にある城壁に無残な鉄の固まりを見せながら、大きく音を立てて転がってゆく。

 「勝負あったでござるな!」
 「ぬ、ぬぬぬ、ま、まだだ!ええい、この兜が邪魔をする!」

 カランカランカラン…スチャッ!

 ズビッグは柄を投げ捨て、汗でびっしょりになった兜を放り投げると、怒り心頭で腰の長剣を鞘から抜き、再びスワトに襲い掛かろうとした。


 その時であった!


 「うるさいぞ逆賊ども!!少しは静かにできんのか!」


 「え・・・?なっ!!!!」

 ビュウッ!!!
 ガッ…!
 ズグシュゥゥ!!!

 叫び声と供に、小手先大の長剣がズビッグに向けて一直線に飛んだ!
そして、次の瞬間ズビッグは、兜を脱いだ頭部を長剣で貫かれ、悲鳴をあげることも出来ず、ただ鮮血を辺りに撒き散らしながら、絶命した。

 「人が寝ているというのに、まったくうるさい奴だ」

 長剣を投げたのはなんと、他でもないミレムであった。
ズビッグの大斧が壊れた衝撃で目覚めたミレムは、城壁の横からヌッと起き上がると、目の前で大声を放つズビックの後ろから、卑怯にも長剣を投げて突き刺したのだ。幸運なことに、投げた長剣の刃先は、上手い具合にズビッグの頭部を貫通した。

 「え、あ…?ミレム殿…?ば、ばかな…武将同士の一騎打ちに、な、なんという無礼をするのですか!!」
 「黙れスワト!!こやつ俺が、酒に酔って極楽を味わう、という良い夢を見ている時に、大音など出して俺を起こすからいかんのだ!成敗されて元々!だいたい賊にかける情けなど無い!お前も、そこにいる逆賊の徒を成敗せぬか!わかったな!!!」
 「は、ははーッ!」
 「うむ!ではまた一眠りするかのう……グゴーッ!グゴーッ!」

 そう言うとミレムは、再びその場で寝てしまった。
ズビッグの返り血に少し汚れた鎧など気にも留めず、しかも数秒で。

 スワトは、これを見て、この男の凄まじいほどの器の大きさを感じた。
そしてズビッグが死んだことに慌てる敵兵の前で、大きく笑い始めた。

 「ハーッハッハッ!なんという豪胆でござろうか!!将を害して、戦場で寝入るとは、前代未聞!大器足りえたミレム殿は、まさに極上の気運の持ち主でござるな!それがしが、明主と崇めただけのことは、あるわ!ハッハッハ!」

 …ボッボッボッボッ!!!!

 高笑いを浮かべた、その時。
砦の内から、小さな炎が道筋にあわせて順々に上がる。
スワトの目には、それが良く見えた。

 「お、ポウロ殿がはじめなされたな!ハッハッハ!ではそれがしもミレム殿の仰る通り、賊軍を排するとするかの!!!!」

 ブゥンブゥンブゥン!!!

 「「「 ひ 、 ひ え え ー ー ー ! 」」」

 再び大薙刀の旋回音が鳴り始めると、頂天教の兵達は、恐れ慄き、まるで蜘蛛の子を散らすように、方々の態で離散し始めた。


短編『スーパーライト三国志演義、俺流解説赤壁の戦いまで』

2008年04月21日 16時57分10秒 | 短編
短編『スーパーライト三国志演義、俺流解説赤壁の戦いまで』



 昔、中国に四百年も続いた漢っていう国があった。
劉邦(りゅうほう)っていう人が、頭がまわる天才野郎とか、
パワー馬鹿たちと一緒に、すげー頑張って築いた国だった。
でもその後、色んな事があって、王様がハブられてた。
そん時に王様の代わりに国を動かしてたのは、王様の部下だった。
そりゃもう、王様を言いくるめて思うままに操ってた。
で、ほんと、やりたい放題やってたら、国民が飢えて、不満がボンバーして、国が傾きかけた。
そしたら張角(ちょうかく)っていう新興宗教が反乱をおこした。

 これには国もぶちきれて、本気出して張角をぶっ潰そうとした。
そん時に出てきた曹操(そうそう)とか、劉備(りゅうび)とか言う奴らも
「俺らもやってやろうじゃねえか」って喧嘩に加わって、
色んな人が集まって新興宗教をボッコボコにした。
はい、張角死亡。新興宗教滅亡。

 でも、そんなことがあっても王様は、やっぱり政治の世界ではハブられてた。
そのストレスのせいで、王様は毎日晩酌三昧。
そんな無茶な生活がたたって、王様が死んだ。

 で、王様の息子が新しい王様になる予定だったんだけど、王子は二人いて、
一人は、何進(かしん)っていう肉屋あがりの将軍の妹、
何后(美人だけど性格が超悪い)が産んだ弁王子と、
もう一人は、王美人(イギリスのダイアナ元妃的な奴)の産んだ協王子だった。
で、王様選びでもめて、すったもんだの末、
それまで国の甘い汁を吸ってた全員は死んだ。
とりあえず王様は、何后の産んだ弁王子に決まった。

 で、涼州(りょうしゅう)っていう荒地出身の董卓(とうたく)って人が
時代の尻馬にのって上手い具合にのし上がってきた。
とりあえず気にくわなかったから、自分が偉くなるために、
王様を弁王子から協王子に変えてみた。
そしたら丁原(ていげん)って言う奴が「なに王様勝手にかえてんだよ」とマジギレした。
でも、そんな丁原も、息子の呂布(りょふ)が董卓の部下に言いくるめられて、
可愛がってた自分の息子に裏切られて死んだ。

 今度は董卓が、王様にかわって色んなことやった。
そんなこんなで董卓に逆らう奴らが多くなって「調子のってんじゃねえぞ董卓」的な感じで
劉備とか曹操とか、色々な不平不満があった人が集まって、
ボンボン育ちで調子に乗りやすい袁紹(えんしょう)を『とりあえず』ボスにして
董卓をぶっ倒そうと、同盟軍を起こした。

 でも董卓は「とりあえず呂布とか使ってみようかな」って思って
前線守らせてみたけど、見事に馬鹿丸出しちゃんは突破されやがって、
これにマジギレして、今住んでる都会を燃やししつつ、昔の王様の墓を荒らしつつ、
小銭をためながら、自分の近くの田舎に引っ越した。

 都会が燃やされてショックを受けた同盟軍は、「もう董卓とかよくね?」って
やる気なくして、皆、田舎に帰った。
これで董卓は、うっしっし、鼻高々、もう田舎でやりたい放題。
「俺って最強じゃね?」って感じでヤンチャしてたら、
司徒(副総理)の王允(おういん)って奴の娘の貂蝉(ちょうせん)に騙された呂布が、
恩があるはずの董卓を、思わず殺しちゃった。

 呂布は強かったけど、女に甘いお馬鹿ちゃんだったので、
部下は凄い仕える奴が揃ってたけど、色々判断ミスやってるうちに、
ドサクサに紛れて王様を救って力をつけてきた曹操に追い込まれて、
最後は部下に裏切られて死んだ。

 で、今度は曹操が、世の中を動かそうとした。
スルーされがちだった王様の一族の劉備は、曹操に嘘ついて、
秘密裏に王様に媚売って曹操を殺そうとした。
でも曹操は頭が良かったから、劉備は逆に殺されそうになった。
とりあえずヘタれな劉備は、部下がバラバラになりながら逃げて逃げて逃げまくって、
荊州(けいしゅう)にいる同属の劉表(りゅうひょう)さんとこにお世話になった。

 で、「まあ逃げる奴追ってもしかたねーべ」と思った曹操は、
自分家の近くで暴れまわってた友達の袁紹ちゃんと戦って
最初は頑張ってた袁紹ちゃんだったけど、最後は半べそかきながらストレスの病にかかって死んだ。
袁紹ちゃんの領地は、全部曹操のものになった。

 あ、そういえば、言ってたなかったけど、
南のほうで力を増してた孫策(そんさく)って言うパワー野郎が死んで
弟の孫権(そんけん)っていう奴が呉(ご)という国を造って一大勢力を築いてたらしい。

 そんなこんなで、荊州でやる気ねー毎日を送ってた劉備は、
劉表の部下の蔡瑁(さいぼう)って言ういじめっ子に会って、
殺されるまがいのイジメにほとほと困ったので、とりあえず街に出て友達集めしてた。

 で、街中で徐庶(じょしょ)っていう奴に会った。
頭がキレる奴で、曹操ちゃんが大軍で攻めてきた時には、頭使って超頑張って追い返した。
でも徐庶はマザコンだったから、囚われた母親のために曹操ちゃんの所に向かった。
帰り際に、
「この近くに孔明(こうめい)っていう天才ニートが居るから訪ねてみな」
って劉備に言った。

 劉備は、
「徐庶がそこまで言うなら、その孔明ちゃんを部下にしようじゃねえか」
と思って、家に押しかけた。

 でも孔明ちゃんは、
「ニートなので働きません」の一点張りで、頭下げてる劉備に向かって、
めんどくさそうに、言い訳して二回も追い返した。

 劉備の義兄弟、
パワーに定評のあるオヒゲの関羽(かんう)と、
パワーだけの猪野郎の張飛(ちょうひ)は、兄貴が馬鹿にされてマジギレした。
そんで「もうこのままじゃ我慢ができねえぜ」といって
ニート孔明の家に火をつけようとした。

 でも偽善者劉備が止めた。
「とりあえず人の目もあるし、もう一回こようぜ」
って言って、弟達をなだめた。

 ニートの家に頭下げに行く事、三回目。
ついにニート孔明は、田舎から上京した。

 ニートを脱却した孔明は、徐庶が言うように頭が良かった。
曹操ちゃんの自慢のパワー馬鹿たちを、手の上で躍らせるように
ホイホイホイっと頭を使って退けた。
 劉備は、『すげー出来る奴』孔明にぞっこんだった。
関羽と張飛はジェラシーな毎日を送ってたけど
とりあえず頭の良い奴だったので信頼した。

 そしたら今まで劉備たちを囲ってくれていた同属の劉表が死んだ。
荊州は、すったもんだの裏切りの連続で、曹操に降伏した。
いじめっ子の蔡瑁は、曹操に取り入って偉い出世した。

 劉備に何度もやられて、怒っていた曹操は、劉備を殺そうと動いた。
でも逃げるのに定評のある劉備は、逃げた。
なんか世間体を気にして民衆も連れて逃げた。
孔明には「民衆は置いてけ」って否定はされたけど、
これまた幸運にも、パワー馬鹿の趙雲(ちょううん)とかのおかげで
なんとか安全地帯の江夏(こうか)って所まで逃げ切った。

 曹操は「孔明怖ぇーから、先に孫権倒せばよくね?」って思って
軍勢を率いて、孫権の住んでる呉(ご)ってところに、宣戦布告した。
孫権ちゃんは、キレやすいけど優柔不断野郎だったので、迷いに迷った。
孫権の部下たちは「曹操と戦うべきだ」って奴と、
「いやもう降伏でよくね?曹操強いし」って奴が半々ぐらいで毎日ミーティングしてた。

 そんなときに、呉で大人気の魯粛(ろしゅく)って人が、
スピリチュアルカウンセラーとして有名だった孔明の噂を聞いて江夏に来て、
「これから呉はどうすりゃいいんだ?とりあえず国に来てアドバイスくんね?」
って感じで勧誘に来た。

孔明は
「この話にのって、孫権と同盟すりゃ、曹操を倒すチャンスじゃね?」
と思って、魯粛の口車にのって呉に行った。

 呉に入った孔明は、いきなり呉のディベート会に呼ばれた。
とりあえず船旅でストレスが溜まった孔明は、誰それかまわず毒舌を振りまいて、
真面目なディベート会を荒らして荒らしまくって、皆をドン引きさせた。

 んで、魯粛の紹介で、気難しくて吐血癖のあるイケメンの周瑜(しゅうゆ)に会った。
周瑜は、呉の国で一人スマップ的なくらい人気がある国民的アイドル将軍だった。
この人は、孫権の兄孫策とも仲が良くて、
この人が「戦争YES」といえばYESだし、「戦争NO」といえばNOとなるぐらい
影響力の強い人だった。

 突然だが、孔明は、頭もキレるが、口もすげー上手かった。
すったもんだ色んな言葉で、周瑜ちゃんの痛いところをついて、
周瑜ちゃんの口から「戦争YES」と言わせた。

 孫権ちゃんは、ついに曹操ちゃんと大喧嘩することを決めた。
濡須口(じゅしゅこう)の先、赤壁という場所に兵隊を進めると、曹操ちゃんとのガチンコ対決に臨んだ。
孫権ちゃんの国は、すげー栄えていたけど、戦争はあんまり慣れてなかったし兵隊も少なかった。
それに比べて曹操ちゃんは、戦争続きで、もうそれはやる気満々な兵隊揃いで、数も多かった。

 とりあえず孫権は、「このままじゃ勝てないけど、どうすんべ?」って思って、
色んなこと考えた末に、周瑜をリーダーにして、魯粛ちゃんと孔明ちゃんをアドバイザーに添えた。
周瑜は、出来すぎる天才の孔明を嫌ってたけど、魯粛が「まあまあ仲良くしろよ」と
その仲を取り持って、結局、一時的に手を組んだ。

 作戦会議の末、「火」で燃やすのが一番効率が良かったと思ったので、
火を使いたかった二人だったけど、今の季節は風が逆向きで、
例えば火をつけたら、こっちがアッチッチのボォボォで
焼き鳥ならぬ焼き軍隊になっちゃう感じだった。

 周瑜が悩んでたら、孔明が
「俺、風変えれる術知ってるぜ?だから風向き変えればよくね?」
って意味不明の言葉を言い出した。
「なんだこいつ」と思った周瑜だったが、とりあえずやらせてみようと思った。

 その間に、周瑜は曹操の部下に偽手紙を持たせて、いじめっ子の蔡瑁を濡れ衣で曹操に殺させた。
次に周瑜は、国一番の粋なオッサンである黄蓋(こうがい)さんに、火付け役を頼んだ。
最後に周瑜は、ホウ統(ほうとう)っていう人に頼んで、曹操の陣地を燃えやすくしてもらった。
これで、風向きが変われば、火付けに必要な準備は全部整った。

 そして孔明が妖しげな術を使い始めて日にちが経った。
孔明ちゃんは、やる気をなくして祈ってた祭壇から降りると、見守ってた兵士達に
「そろそろ風吹くから、おまえらも周瑜のところいきな」っていって
江夏から劉備ちゃんの命令を受けて、迎えに来ていた趙雲と一緒に、江夏に逃げた。

 そしたら風向きが変わってた。
もう周瑜ちゃんは大喜びで、部下に命じて、燃えやすい曹操の陣に向かって、
黄蓋さんの燃えやすい船を突っ込ませて、曹操ちゃんの陣を燃やした。
もうそりゃ、ありえないぐらいにボォボォ燃えて、曹操ちゃんは涙目で逃げ出した。

 これを見て、曹操の前で逃げてばっかりだった劉備ちゃんは、
「ここで仕返ししなきゃ、いつ仕返しできるかわかんねえから、とりあえず嫌がらせしようぜ」
って言って、調子に乗って曹操を追いかけて、イジメられた報復を、これでもかとした。

 苛め抜かれた曹操ちゃんは追い詰められて、命乞いをしてまで逃げていった。
実は内なるドSだった劉備ちゃんと孫権ちゃんは、勝利したことに笑いがとまらなかった。
こうして、赤壁の戦いは終わった。でも実はまだ、三国志は始まってない。


【終】



―――――――――――――――

■あとがき

ライトなものがやりたかった。
桃尻語訳なんたらなんたらを三国志でやるということしか
念頭に無かった。歴史観に関しては間違っているかもしれない。

第八回『鏃門橋の陽動作戦』

2008年04月21日 00時51分56秒 | 『英雄百傑』完全版
― 鏃門橋 ―

 川を挟む長い鏃門橋を、砦に向かって足早に駆けるミケイ率いる1千の陽動部隊は、長大な黒い雲が覆う光無き闇夜の中、砦の敵の矢が届かない橋の中間まで来ると、一時その行軍を止めた。

 「もっと上に松明を掲げよ!もっと喚声を上げよ!」

 部隊は、若き指揮官ミケイの指揮により、暗闇の中で煌々と燃える松明を一糸乱れず掲げると、川に波紋を浮かばせるような大きな喚声をあげた。攻城戦に詳しいものであれば、大体理解はつくと思うが、敵に対して少ない兵数で挑む夜襲戦法は、敵のふいを突く奇襲と同じで、見つからず、情報が伝わる前に素早くやるからこそ勝ち目がある兵法なのだが、ミケイがとったのは、わざわざ敵に発見されるような奇妙な行動であった。
 そう、それはあたかも自分達の位置を砦の敵兵に知らしめるようなものであった。

 「よし、そろそろ良いだろう。皆、隊列を整えよ!」

 この行動を数度繰り返すと、ミケイは部隊の指揮を始めた。
実は、このミケイ部隊の奇怪な行動。それは敵を誘う、陽動作戦の一つであった。
陽動…つまり、作戦の要であるミレム達の決死隊が、川下りの最中、万が一にも発見されないように、砦の敵の目を釘付けにする必要があった。そのため、わざと見え見えの位置から光と声をあげさせたのだ。

 ヒュン…ヒュン…!

 次の瞬間、届かぬ距離から放たれる敵の矢が部隊の前に刺さる。
砦の兵が放った矢だろう。ミケイはこれを見てニヤリと笑った。
 視界の悪い暗闇の中で、迫る敵が目の前に居るのを見せられれば、どうしても飛びついてしまうのが普通の将兵の性(さが)である。そう、ミケイの作戦の第一段階は、見事に敵の視線を捉えていた。

 「良し!歩兵隊は大盾を構えよ、工作隊は鉄の傘の中に隠れよ!」

 ミケイは、馬の手綱を握り、その場でくるりと反転すると、率いた部隊の兵達に指揮を飛ばした。
 ミケイの号令が飛ぶと、ザッ!という足踏みの音と供に、人一人が悠々隠れられそうな横長の鉄の大盾を持った歩兵隊が、一斉にその大盾を天にかざす。それは、瞬く間に兵達の姿を覆うと、天へと延びる一面の鉄の壁となった。

 そして、歩兵隊の隊列の合間には、燃料と火付け道具を持った工作隊が、僅かな歩ける隊列の隙間を見つけて、一人、また一人と盾の影の中へともぐりこんでゆく。

 「騎馬隊は後方にて待機せよ!砦の門が開くまで、決して突撃してはならん!弓隊は中間で私の指示を待て!」

 ミケイは声高に号令を続けた。
そして再び、馬の手綱を強く握ると、隊列が整った歩兵隊の後方に移動した。

 矢筒と小弓を携えた弓兵達の前に座陣したミケイの周りには、兵はいたが、将軍らしい将軍は一人も居なかった。それもそのはず。総指揮官のジャデリン将軍の逆鱗に触れ、大口を叩いたミケイ将軍の作戦に手を貸すような郡将は、官軍の中に一人も居なかったからである。

 「…やはり兵1千を分けるとこうなりますか。私一人で、分かれた全部隊へ上手く指揮を飛ばすことが出来ましょうか…」

 ミケイは、ふと呟いた。
最後尾に並ばせていた騎馬隊を、弓隊の後ろに少し離すように配置すると、橋の中腹を境目に、歩兵工作隊、弓隊、騎馬隊の三つの隊に別れた陽動部隊は、目に見える難攻不落の砦を攻略するには、余りにも少なかった。

 「しかし、勝てない戦ではないはず。たとえ指揮する将が、私一人でも」

 だがミケイは、遠巻きに消えてゆく僅かな騎馬隊と歩兵隊の影を追いながら、あくまでも自信満面な表情を浮かべた。それは若き知将の絶対の自信であった。

 「歩兵隊!行くぞ!ゆるゆると前進だー!」

 「「「 オ ー ッ ! 」」」

ゆっくりと歩兵隊が動き始めた。



― 鏃門橋の砦 ―


 「はっはっは!見ろ兄貴!なんじゃあれは!少ない兵が更に少なくなって突っ込んでくるぞ。それになんだ、あの光は。まるで自分の場所を教えているようなもんじゃないか!」

 鏃門橋の砦の城壁に構える守将ズビッグは、2千の兵が守備するこの砦へと突っ込んでくるミケイの部隊の数を見て笑い、すっかり侮りきっていた。

 「最初の勢いと比べて、なんと鈍足な夜襲だろうか。あのように兵数を少なくして、かかってくるとは、兵法を知らぬ奴だな。ふふふ、率いている将は余程の兵学者と思ったが、どうやら勘違いだったようだ」

 始めは罠ではないかと多少の用心をしていたエウッジであったが、余りにも鈍足過ぎる前面の歩兵隊を見て、その気持ちは一変していた。

 「用心するまでもなかったな!後方の援軍が来れば、あのような小勢、蟻のようなもの。いくらでも蹴散らせるわ…」
 「へへへ、兄貴。その前に、ちと奴等に戦を教えてやろうぜ」
 「わかっておる。さあ、ズビッグ!あの阿呆どもに矢の雨を浴びせよ!」
 「任せとけ兄貴!よーし!矢を用意しろ!よーく狙えよ!」

キリキリキリ…!!!

 砦の城壁に沿うように横列で守備する頂天教軍の兵士達は、ズビッグの号令に従って、前方に向かって、軋む弦の音が聞こえるほど強く弓を構えた。

 「放てーッ!!」

ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン!!!!!!

 ズビッグの号令と供に、兵士達の指が離れる!
ビィンと小気味良く弾かれる弦の音が聞こえると、兵士たちが構えた矢は一瞬にして夜空を裂き、砦の城壁から、速度を増した無数の鋭い鉄の矢の雨が官軍に向かって放たれた!

 「上から矢が来るぞ!踏ん張れ!歩兵隊!」

 歩兵隊の最後方で指揮をとるミケイが、城壁の動きを察知すると、スッと手を動かし、兵士達に号令をする。

 バッ!!

 すると、工作隊を含む歩兵隊は、その場で強く足を踏ん張ると、それまで掲げていただけの鉄の大盾を両手に握ると、強く頭上に押し上げるように腕に力を入れた!


 ガッガッガッガッ!!カツン!カツン!カツン!カツン!


 その刹那!まさに瞬間の出来事であった!
大盾により一面を覆う力強い鉄の壁へと変わった歩兵隊は、城壁から迫り来る、威力を持った弓矢を難なく弾き飛ばすことに成功した!大盾に防がれて威力を無くした矢は、歩兵隊を捉えることもできず、兵士達の横に、斜めに、後ろに、前に無残に散った!

 「後続部隊は火を絶やすなよ!歩兵隊、進めー!」

 ミケイの号令によって、ジリジリと迫るように大盾を持った歩兵隊が移動する。
矢を放った砦の兵士達は驚き、慌てて数度矢を放ってみたが、その度に矢は鉄の大盾に弾かれ、まるで利かない様子だった。
まさにこれは、文字通り鉄壁の行進であった。

 城壁に居たズビッグは、この光景に苛立ちを露にした。

 「おのれ!あのように矢が何度も弾かれるとは…!ええい、こうなれば俺が出て…!」
 「慌てるなズビッグ。あのように煌々と松明を照らすような凡将に対して、お前が慌てる事はない」
 「いや、兄貴!ここは俺に行かせてくれ!あんな奴ら、俺の大斧で引き裂いてやるぜ!」
 「良く考えろ。お前は鉄の盾が、矢を何度も防いでくれると思うか?」
 「え…?」
 「いいから、次の矢だ。弾かれても良いから、矢を絶え間なく放つのだ!」
 「わ、わかった。おい!次の矢だ!」

 慌てて打って出ていこうとするズビッグの肩を強く掴み止めると、エウッジは鋭い眼でズビッグを見た。ズビッグは指示に従い、守備兵達に矢を構えさせると、再び矢の雨が官軍を襲った。

 しかしやはり、ミケイ率いる鉄壁の行進を止める事は適わず、矢は使い物にならないほど四散していった。

 「あ、兄貴!」
 「…ふふ、落ち着け」
 「だけどよぉ!敵はもう橋を渡りきっちまうぜ!?」
 「武勇一辺のお前も、そろそろ気付くかと思ったが…まあよい。ズビッグ!まずは頭を真っ白にして、大盾の構造を想像してみろ」
 「う…ううん…?」
 「外側表面は鉄といえども、大盾の内側は木。例えば数百の矢が一斉に弾かれたとしても、その衝撃と威力は木造部分に軋み、外側部分の鉄は剥げるであろう?すると表面は矢傷が残り、鉄の表面に小さな溝が出来る。そこに勢い良く次の矢が放たれれば、どうなる?傷の溝は深くなり、軋んだ内側の木造を貫き、敵兵の胸へと刺さるのだ!」
 「と、いうことは!」
 「そう、あれほど重く、硬い大盾を用いても、何度も矢を防ぐことは難しいはず。しかもその持ち手が同じ人間なら、なおさら!体の疲労という劣化もある」
 「な、なるほどな!流石兄貴だ!」
 「わかったら次々に矢を放て。敵が自分の位置を知らせてくれている内にな」
 「よぉし!あのウスノロどもに一泡吹かせてやるぜ!」

 兄の言葉を聞いて納得したズビッグは、次の矢を放つ号令を兵士達に聞こえるように高らかに放った。無数に飛ぶ矢の影を見据えながらニヤリと笑うエウッジ。たしかに、この時のエウッジの推察力は見事であった。


 だが…


 「よし、今だ!全軍!全ての松明の明かりを消せ!工作隊!全速で砦の前へ進み、城壁に井草を投げ込め!」

 ミケイは声と供に前後の部隊に手を振って号令を飛ばした!
すると、陽動部隊を照らしていた煌々と光る松明の火は、一瞬にして消され、その姿は夜の闇へと消えてしまう。

 そして、ミケイの作戦通り、歩兵隊の隊列に隠れていた工作隊が、大盾を構える歩兵隊の横を素早く通り抜け、足の続く限りの全速力で砦の前に向かった!
 素早く駆ける工作隊の手には、火打ち石が握られ、背中には一つに纏められ、良く燃える油の滲み込んだ井草が背負われていた。

 一方、城壁に居たエウッジ、ズビッグ兄弟は明かりが消えたことに対して冷静だった。

 「ふふ、今さら火を消してどうなる。闇に紛れて城壁を登るとでも言うのか?愚かな奴め…ズビッグ!やれい!」
 「おう兄貴!任せておけ!弓隊ッ!もっと矢を放って敵を近づけさせるな!」

ヒュンヒュンヒュンヒュン!!

 守備兵達に号令を飛ばすズビッグだったが、矢は闇に動くミケイの部隊を捕えることは出来なかった。

 そう、弓矢を持った敵の守備兵は、矢の狙いを定めるために、今まで煌々とついていた官軍の松明の明かりを長時間見続けていたため、焦点が呆け、網膜には光の残像が見え、明暗の差で錯覚を起こし、視界が悪くなっていた。

 「どうした!矢が弾かれる音が消えたぞ!敵はおそらく前進し、城壁の下にいるのだ!下を狙え!」

 矢を放つ音だけが空に聞こえ、たまらずエウッジが怒声をあげる。
号令に従い、守備兵たちは城壁の下の闇に向けて、一斉に矢を放つ!

ヒュンヒュンヒュンヒュン!

 しかし、ドサッドサッと土に刺さる音ばかりで、まるで手ごたえがない。
おそらく居るであろう、ミケイの歩兵部隊に当たっていないのだ。

 「おのれぇ!ウスノロ官軍め!どこだ!どこにいる!」

 高い城壁の上から、官軍の影を追い、唸りをあげるズビッグ。
しかし、矢が当たらないのには、眼の錯覚以外、もう一つの理由があった。
難攻不落と呼ばれた、この砦の城壁の高さが災いしていたのだ。

 元来、弓を下に向けて、直角に近い角度で敵を射るというのは相当難しい技術であり、ろくに訓練も積んでいない賊上がりや、平民上がりの百姓上がりの兵で構成された頂天教軍に、そのような高等な射撃術が出来るはずはなかった。


 「まんまとかかりましたね…さあ!工作隊!火を放つのです!」


 ミケイの号令と供に、砦の前に突出していた工作隊が城壁の下に設置した井草の前で、火打ち石で火をつける。

カチッ、カチッ、ボォォォォォ!ボォォォォ!

 小さな燻りの点滅から、次第に轟々と燃え始めた井草!
メラメラと燃える火は、砦の前のあらゆる物を焦がし、炎は高い城壁を立ち上り、焦げる井草からは、特有の匂いと供にもくもくと黒煙が舞い上がった!

 「火!火だ!」
 「ゲホッ!ゲホッ!煙で前が見えねえ」
 「砦が燃えちまうー!誰か水を持ってくるんだ!」
 「たすけてくれー!焼け死んでしまうー!」

ゴォォォォ!ゴォォォォ!!

 良く燃えるように油をしみこませた井草の火は、城壁の前面を徐々に囲むようにして燃え盛り、平地の塵や木の葉に引火すると、大きな炎のうねりが城壁を登ってゆく。河川から流れる強い風も影響し、それはすぐに黒い消し炭となって、焦げた匂いと供に上昇し、弓を持って構えていた砦の守備兵の喉と鼻に入る。余りに早い火の回りに驚く者、大きく咳き込む者、逃げ惑う者。

 いつしか砦の周囲が、炎と黒煙に包まれると、それまで正気を保っていた者まで動揺しはじめた。それもそのはず、守備兵たちは、今まで近づかれたこともない不落の砦でだからこそ、戦を前にしても余裕であった。それが官軍の接近を許し、火をかけられたのだ。動揺しないはずがなかった。

 今まで安全だと思っていた位置が、危険と感じると、人間というのは不思議なもので恐怖が倍増してしまうのだ。だから、たとえいくら士気の高い精兵だとしても、その不安と恐怖は、独りでに伝染してしまう。

 一人騒ぎ出せば、また一人騒ぐ。

些細な混乱が、大きな混乱へと変わっていく。
中には、並んだ隊列を乱して右往左往し、逃げ出そうとする者も居た。

 逃げ惑う兵士の中、砦の守将エウッジは違った。
混乱する守備兵達の平静を取り戻すため、手振りと大声を交えて、右へ左へ指揮を飛ばす。

 「兵達よ!落ち着け!隊列を乱すな!砦を焼けるほどの火ではないわ!ただのこけおどしだ!おい、お前!逃げる兵を落ち着かせよ!」
 「だめです!なにせ火に慣れるものが少なくて…」
 「言い訳はいい!一人でも早く、部隊を纏め上げるのだ!」
 「は、はい!」

 だが、そんなエウッジの声もむなしく、炎と煙に怯え、隊列を乱す兵は後を絶たず、守備兵2千のうち、半数以上が既に前面の戦列から抜け、火の届かない北門の城壁へと移っていた。

 「むうう…おのれ、やはり敵は相当の兵学者か。こちらの心理まで突くとは、なんたる大胆な火計よ」

 そこへ、兵を纏めていたズビッグが駆け込んでくる。

 「兄貴!このままじゃだめだ!動ける兵で打って出て、全体の士気を回復させよう!」
 「馬鹿者!それこそ敵の術中にはまるようなものだ!ここは守備し!援軍と総力をもって敵に当たれば、何も恐れることは無い」

 砦の守備兵達を指揮するエウッジの将才は、冷静沈着で確かなものだった。
たしかに城壁の一部が燃えているものの、炎のうねりは風に煽られて大きく見えるだけであり、恐怖を煽ったものの、兵達に直接危害が及ぶという事ではない。それに、この砦の正面の門は分厚い鉄で出来ていたため、ちょっとやそっとの火では、打ち破れないほど強固なものである事をエウッジは知っていた。

 「使える兵だけを前面に出し!煙を吸い込ませぬよう、水で布を濡らして口に挟むように伝えよ!動揺した兵たちは、ズビッグに指揮させ、下がらせよ!」
 「はっ!!!」

 この戦略を易々と行ってしまうミケイも凄かったが、敵とはいえ砦の守将エウッジは流石の勇士であり、判断力に長けた有能な指揮官だった。

 指揮系統を乱したまま、平地で戦うことが多くの消耗を招くことを知っていたエウッジは、武に頼る弟ズビッグの進言を素早く諌め、まだ士気のある兵を纏め上げると、すぐに砦の隊列に戻すように指示した。

 「官軍が、いくら攻めてこようと、ここは難攻不落の鏃門橋!そうそう落とせるものではないわ!皆のもの!矢を放つ手を止めるな!火の隙間から矢を射掛けろ!今は撃つのだ!敵を撃って撃って撃ちまくれ!!」

 エウッジの号令は、守備兵達の平静を取り戻させるには、十分なものであった。
怯えていた守備兵達は、力をなくした弓を取り、城壁の炎と煙の隙間を見ては、闇雲に矢を放った!

 ヒュンヒュンヒュンヒュン!!!
 ガン!ガン!ガシッ!ドスッドスッ!

 「うわーーー!」
 「ギャアーッ!」
 「ぐうう、た、盾が持たん!」

 炎の城壁越しに、無数の矢がミケイの部隊めがけて飛んでくる!
ミケイの歩兵隊は、とっさに大盾を構えるが、何人かの兵士が勢いに負けて、あるものは勢いに負け大盾ごと河に吹っ飛ばされ、あるものは耐え切れずその場に倒れ、次に来襲した無数の矢に射られ、無残な死体を陸に晒した。

 「混乱をこれほど早く纏め上げるとは…敵の将もなかなか…!くっ、歩兵隊!ここが正念場ぞ!ひるまず大盾を構えて、この場を死守せよーッ!誰か!後方の弓兵にも伝えよ!城壁に向かって威嚇射撃の用意をせよと!」

 降りかかる矢に臆する兵士達を見て、ミケイが指揮を飛ばす!
万が一として予想していたことながら、これほど早く敵の体勢が立ち直ると思っていなかったからである。敵ながら天晴れ、と少し感心しながらも、ミケイの心の中は、徐々に焦りが沸いていた。今は炎と煙が邪魔をして、敵の攻撃もまばらだが、時間が経ち炎が消えれば、一転して不利になる現状。


 「…(この勝負、長引けば我が軍に攻略の余地は無い。まだか…決死隊!)」


ミケイは白銀の剣を振りながら、指揮を執り続けた。




― 鏃門橋の砦 西門城壁 ―

 一方その頃、三勇士率いる決死隊百人は、鏃門橋の砦の西に位置する、川沿いの森林に筏をつけると、一路砦の西門へと向かった。兵士達は、先ほどのミレムの鼓舞が利いているのか、目はギラギラとし、足は力強く大地を踏む。顔にはやり遂げるという意思が見え、どの者も意気に満ちていた。

 そして、その勢いもそのままに、ミケイの陽動作戦にかかり、殆ど敵の兵士の居ない西門の城壁を三勇士と百人は登り始めた。

 スワトを先頭にして、その横をポウロ、後を続けとばかりに進む決死隊は、城壁に縄杭(太い縄を巻いた杭を城壁に引っ掛けて、足場を作りながら登る道具)をつけて、高い城壁をするすると登っていく。高い城壁を登るのは、一苦労だったが、南門で起こる陽動作戦のおかげで、音を立ててもまったく勘付かれずに登れるのが救いだった。

 「あのミケイとかいう将軍。大口を叩くだけのことはあるでござるな!敵兵は前面に集結し、それがし等は楽々城壁を登れる、なんと見事な陽動でござろうか」
 「うむうむ。しかし…それに比べて我が大将ときたら…」

 スワトとポウロが、ミレムを見る。
すると、戦場に場違いな音が聞こえる。


 「ンガーー!!ンゴーーー!」


 さっきまで意気揚々だったミレムは、余りに強い酒を飲みすぎたのか、すっかり熟睡していた。戦場で、自分達の明主をそのままにするわけにもいかなかったポウロとスワトは、苦肉の策として、とりあえずスワトの背中に落ちないように綱を巻き、まるで乳飲み子のように背負いながら城壁を登ることにした。

 「グゴーッ!グゴーッ!」

 「まったく。うちの御大将は図太い精神でござるな。この大薙刀を持ちながら人一人を背負って城壁を登るのは大変だというのに!」
 「騒がない騒がない。我々は隠密、それに敵を前にしてこれほどの高いびきをかけるものは他には居ないでしょう。ははは」

 内心、なんとも緊迫感の無い男なんだと思ったスワトとポウロであったが、唸るような高いびきで眠るミレムの顔は、なんとなく憎めない子どもにも似た清々しいものがあった。



― 鏃門橋の砦 南門 ―

 未だ官軍と頂天教軍の間に、圧倒的な意気の差は出ていないものの、ミケイの心中の不安は、その通り的中しつつあった。
 一刻、また一刻と時間を重ねるうちに、城壁では着々と意気の高い兵士の纏め上げと、後方の援軍を迎え、迎撃する準備が出来上がっていった。

 「やっと兵が落ち着いてきた。ズビッグ!お前に頼みがある」
 「なんだい兄貴!」
 「お前は、ここの兵を数十人連れて、後方の援軍のために北門を開け!援軍が来たら、南門を開け、前の敵軍を討ち果たすのだ!」
 「へへっさすがは兄貴!じゃあ早速行って来るぜ!」

 命令を言い渡されたズビッグは、大手を振って兵をかき集めた。
そして、兵達を連れ、城の北門に向かって西の城壁沿いに走り始めた…



 その時であった。




なんと城壁を登りきった、三勇士率いる決死隊と遭遇してしまったのだ!

第七回『三勇士、初陣』

2008年04月19日 17時47分23秒 | 『英雄百傑』完全版

― 香川上流のほとり ―

 難攻不落の『鏃門橋』の砦攻略のために、官軍の若き知将、ミケイの唱えた夜襲作戦は着々と進んでいた。夜襲の要である砦に火を放つ決死隊には、武功を立てるためミレム、スワト、ポウロの三勇士を含む100騎の義勇軍が名乗りを上げた。

 作戦の指揮官であるミケイから承諾を得て、三勇士はその下知を賜ると、意気揚々と野営地から2里半(約10km)ほど離れた香川の上流に息を潜めて待機した。

 ここは鏃門橋の西の丘陵に位置し、雄々しく群生する背の高い木々に囲まれ、人家も無く、隠れて行軍し、敵に気付かれず川を降るのには、まさに絶好の場所であった。

 三勇士と決死隊は、日が昇りきる頃に到着すると、野営地から持ってきた丈夫な植物の弦(つる)や、何重にも巻かれた太い編綱(あみづな)を、周辺でスワトが斧を使って切り取った丸太と繋ぎ合わせ、人間三人と武具が乗るほどの小さな筏(いかだ)を作り上げた。

 ポウロの号令によって、少ない人数をより効率的に動かすための分担作業が功を奏し、日が沈む夕方頃には、およそ百人が悠々に乗れる五十隻程度の筏が出来上がっていた。

 そして日が沈み、辺りに夜の帳が降り始める。
すると決死隊は、バシャバシャと音を立てて敵に気付かれないように、慎重に川に筏を浮かべ、川に流されないように大きな重い石に縄を張り、筏と結びつけて、自分達の武具や城壁を登るための道具、矢に火を灯すための燃料を運んだ。

 リーリー…
 ホーホー…
 ザワザワー……

 夏を前にして盛んになる夜行虫や猛禽類の鳴き声、川から吹きあげる風に木々が揺られる音は聞こえたが、河川は流れも穏やかで静寂を保ち、辺りはこれから夜襲が始まるというのに、不気味なまでの静けさに包まれた。

 しかし、それはまさに嵐の前の静けさであった。

 一帯の雲が闇夜に沈み、黒い幕を天に張ると、漆黒が辺りを包み、木々を揺らしていた穏やかな風は止んで、ビュウビュウと寒気がするような強い風が川べりから吹いた。

 穏やかな河川は、一気に殺気立った空気に包まれた。

 頃合の好機と見た決死隊は、筏に乗り込み甲冑や剣を纏い、鏃門橋の南端の官軍の動きを覗き込む。作戦の指揮官であるミケイ将軍自ら、陽動部隊の先頭を駆ることを知らされていた三勇士は、夜襲をすべき頃合、その合図を待っていた。

 「ミレム殿、いよいよでござりますな!はっはっは!それがしも腕がなりまする!」
 「…」
 「どうか致しましたでしょうかミレム殿?顔が青ざめておりますが…」
 「…」

 筏に乗りながら、夜襲作戦を前に意気揚々のスワトやポウロを尻目に、ミレムの体は震え、ミケイの決死隊に名乗りを上げた時とは、まるで逆で、血の気が引いた様に顔は白く、青ざめていた。

 「ハッハッハ、ミレム殿!我らが慕う明主が、それではいかんでござるよ」

 その様子に気づいたスワトは、高らかに笑うと、ミレムの肩を叩きながら言った。

 「戦場の臆病風に吹かれましたかな!しかし、心配無用!それがしが決してミレム殿から離れず、横についているでござる。まかり間違っても、ミレム殿の体に敵の手を触れさせるようなことは、誓って致さんでござる」

 スワトが動くと、筏が川に波を立てるほど強く揺れる。
スワトが一緒に乗るため、一際分厚い丸太と、強い縄で作った筏であったが、やはりスワトのような巨体が動くと、浮力の平均が崩され、筏が傾いてしまう。

 「豪傑殿、やめないか。あなたが笑うと筏が沈んでしまう」

 筏を漕ぐために必要な櫂(かい)(…今で言うオールのような物)を掴みながら、ポウロがスワトに言う。

 「はっはっは、これはすまんでござる。少しそれがしの明主が臆病すぎるのを見かねてな」
 「豪傑殿。ミレム殿にとっては、これが初陣なのです。もちろん私もですが」
 「いや、それを言うならば、それがしも初陣でござるよ」
 「あなたのように、命をいつ失ってもおかしくないような『場慣れ』している初陣とは、訳が違います。ミレム殿は元々気の優しいお方。少々臆病になるのも無理はありませんよ」
 「ふうむ。そんなものかのう」

言葉の意味が理解できず、不思議がるスワトに若干幻滅しながら、ポウロは、それでもなお沈み続けるミレムを心配し、話しかけた。

 「しかしミレム殿。豪傑殿の言うように、合戦を前にしてその顔はいけませんな。集まった兵達も、初陣のほうが多いのです。大将がそれでは、皆、不安がりますぞ」
 「そ、それは、わかっているのだが…」
 「いや、ミレム殿はわかっておられぬ。砦内の敵は2千に対し、こちらはたった100騎。そのような不利な状況で夜襲を仕掛けるのです。どの者も決死の気持ちで臨んでおるのに、大将だけ臆病顔では余りにも…」
 「ふ、ふうむ…」
 「夜襲成功のため、決死の覚悟を決めた兵のため、もっと心を強くもちなされ」

 大将としての気構えを説く、ポウロの的確な叱咤激励。
だがミレムは、聞けども聞けども、その臆病顔と体の震えを解く事は無かった。

 ポウロは少し様子を見た。
すると、今度はミレムが口を開けた。

 「ふ、ふふ…どんなに臆病と罵られても、心を強く持てと言われたとしても、どうしても震えがとまらんのだ。大将がこれでは、皆笑いたかろう。笑いたければ隠せずに笑えばいい。私は戦を前にして無力であることを自覚しているのだから」

 自分達の命を預かる大将であるミレムのこの言葉に、兵士達は動揺した。
ミレムの言葉によって不安が増幅し、全体の士気が徐々に落ちてゆく。流石にこれはまずいと思ったポウロは、すかさずミレムに言った。

 「ミレム殿、では臆病に利く特効薬を差し上げましょうか?」

 ポウロは、筏の前に座るミレムに素早く近寄ると、懐から皮製の水筒をミレムに差し出した。

 「なんじゃ、これは」
 「蓋を開けて御飲みなされ、特効薬が入っておりまする」

 半信半疑でミレムが、水筒のフタをあけると、開けた途端、良く熟れた果物の匂いというか、酸味のある柑橘類の匂いというか、なんとも言い難い不思議な甘い香りが、ミレムの鼻腔を刺激した。

 ミレムは、その良い香りに不安で一杯だったはずの胸が弾むような気がした。
そして、手に持った水筒をチャポンと震わすと、ポウロに尋ねる。

 「嗅いだ事の無い実に良い香りだ。これは本当に特効薬か?」

 ミレムの表情は、未だ半信半疑であった。
だがポウロは、その態度を見抜いていたかのように、一度その場を下がり、両足と両手を正して礼をすると、冷静にミレムに言った。

 「これは我が家に伝わる霊験新たかな神水。一滴飲めば、たちまち万力を得、二滴飲めば、浮かぶ迷いは千切れ雲のように消え、三滴飲めば、俊英の如き冴えが、一瞬にして体中に渡りまする。ささ、騙されたと思って御飲みなされ」

 商品を捌く口上のように流暢な調子で、ミレムを安心をさせるポウロ。
スワトのような怪力の豪傑も必要だが、こういうところにも知恵が回るポウロのような人物と出会ったことも、ミレムにとっては幸運だった。

 「躊躇などしている時ではないか…今はこれに頼るほかない!」

 ミレムは流され、鼻腔に充満する香りを放っている水筒に手を当てると、グイッと一気に唇に持っていった。

 ゴクッ…

 「くわああぁぁッ!!!!!!!!!!!!!!!」

 瞬間、甘味のような酸味のような鮮烈な果実の匂いと供に、キリりと舌に立つ一本気な辛口が、激流となって焼くように口内を通過し、食道に入り、胃に収まる。すると胃の中から、脳が目覚めるような強烈な刺激が全身を駆け抜け、鼻腔に残る果実の甘い匂いが、沈んでいたはずのミレムの心を弾ませる。

 ミレムは、刺激と風味にすっかり安心し、手元の水筒をまるで水でも煽るようにグビグビと飲んだ。

 ゴクッ…ゴクッ…!
 ゴクッ…ゴクゴクッ…!
 ゴクゴクッ…ゴクリッ…!

 唇の先で、喉の奥で、胃の中で、沸き立ち踊るような祭囃子が聞こえたかと思うと、たわわに熟れた果実の香りが、鼻腔を通って胸を透く。そして訪れる好奇心を満たして溢れる、刺激的な悦楽の胎動!続く快楽を求めるため、ミレムは戦の前だという事を忘れ、水筒を手放せず、次から次へと口へ運ぶ。

 「うおおおーーーーーッ!!!か、体が熱くなってくるぞぉぉぉぉ!あははっはっはっは!うはははははははっ!ウヒョヒョヒョヒョッ!こ、この特効薬!まさしく特効じゃのう!うははは!これは利くな!ポウロよぉ!」

 余りに衝撃的な中身のせいか、ミレムの脳内には抱いたことの無い高揚感が駆け巡り、いつの間にか臆病な心や、体の震えなどは消え、先ほどまで恐怖の余り血の気が引いていた顔も、赤みを増しては熱を帯び、いつの間にかミレムの全身は紅潮しはじめていた。

 ポウロはすかさず、上機嫌なミレムに言った。

 「それは良かった。では戦の前に我ら決死隊の士気をあげるため、大将自ら声を上げ、兵達を励ましてくだされ」
 「おう、まっかされーよ!」

 高揚に高揚を重ねて今や幸福の絶頂を迎えたミレムは、すっかりポウロの言葉に乗せられていた。力強く歩を進め、筏の中央に立つと、後ろの筏に不安げな表情を浮かべる百名の兵に向けて、大きく声をあげた!

 「聞けぇ!我が決死の義勇の軍団よ!敵多くとも、恐れることなかれ!敵は所詮どこぞの賊に毛の生えた烏合の衆!邪教に狂い、己のためには帝の領土を略奪するような逆賊ぞ!そんな者達に、我ら義によって集まった精鋭が負けるはずあるまい!我らの前では奴らの剣なぞ柔らかな羽毛の如く!矢は蚊虫の一撃の如く!高くそびえた城壁は、葦の如く!奴らの鎧などは、その辺の泥も同じじゃ!葦に住む泥毛虫の兵で、我らに立ち向かう頂天教軍なぞ、何するものぞー!!」

 「「「 オ オ オ ー ッ !!」」」

 ミレムの声と手が高々にあがると、兵士達のまだ消えていなかった不安げな顔も消え、鬨の声を上げると同時に、決死隊は天を突くような意気を得た!これまた幸運だったのは、吹き始めていた川の強い風が、ミレムと兵士達の声を消してくれたことだった。

 様子を見ていたスワトは、少し驚いてポウロに言う。

 「な、なんたる妙薬。あの臆病に怯えていたミレム様だけでなく、兵達の意気をも飲み込んでしまうとは!むむむ、ポ、ポウロ殿!お願いでございます!景気をつけるために、それがしにも神水を一杯くれませぬか!?」

必死に頼むスワトに対して、ポウロは笑って答えた。

 「はっはっは!豪傑殿には必要ないでしょう」
 「な、なぜじゃ?決死の作戦の前でござるというのに。そのように、もったいつけず、分かち合うのが仲間ではないか!」

ポウロは一度フフッと笑うと、スワトの耳に近づき説明した。

 「…いえいえ、豪傑殿。神水と申しましたが、あれは私の村で一番度数の高い蒸留酒に上物の梅酒と上物の杏酒を混ぜた、ただの酒でございます」
 「なんじゃと…!」
 「臆病者の気付けに特効薬として重宝しますが、度数の高い酒をあれだけ飲めば、どうなるか…豪傑殿も私もそれほど馬鹿ではないはずなのでわかりましょう?いやぁ、寒い寒い。ミレム殿の翌日の朝の事を考えると、実に身震い致しますな。ワッハッハッハッ!」
 「夜襲前だというのに、な、なんという…!」

 耳打ちされた事実に驚いたスワトは、思わず筏につんのめった。
筏が揺れ、バシャッと水が跳ねる音がすると、スワトは視界の先で異変を感じた。
スワトの視線の先には、うっすらと鏃門橋が見える。

 ボッボッボッボッ!

 鏃門橋の南から、幾数もの松明のかがり火!
うすらと風になびきながら掲げられる、官軍の兵達の旗!旗!旗!
ミケイ将軍の指揮する、陽動部隊が動き出したのだ!

 「あれは!ミレム殿!合図ですぞ!」

 スワトの報告に気付いたミレムは、再び高らかに声をあげた。

 「おう、わかったぞスワト!聞こえたか!我ら決死隊の義勇の士達よ!この初陣を、官軍の大勝利で飾るのだっ!いざ!鏃門橋の砦に向けて出陣じゃーっ!!」

 「「「 オ ー ッ ! 」」」

 手に持った櫂(かい)を上げて、進む三勇士の筏を先頭に意気盛んな百人の決死隊は、留めた関を切ったように、緩やかな香川の流れに乗って、勢い良く下っていった。

 「…(む、むう。しかしあれほど利くとは私も思わなんだ…)」

 夜襲を前にして、ミレムの突き抜けるような高揚の姿を見て、勧めたポウロの心中は複雑だった。しかし、一度流れた川の流れは、もう誰も止めることは出来なかったのである。


― 同刻 鏃門橋 南端 ―


 夜の闇に煌々と照らされた松明の光の下。
目の前に広がる鏃門橋の前で、剣と大盾を持った歩兵、小弓を持った弓兵、馬に乗り槍を構える騎兵、道具や旗を持った工作兵で構成された乱雑とも思える陽動部隊は、合わせて1千を数えた。

 その前面に立ち、各部隊に指揮をする若武者が一人。
隠しきれず出てしまう鋭気を光らせ、輝く白銀色の甲冑を着た、細身で華奢な武者の姿。
それは、南部方面軍が誇る、若き知将ミケイ。その人であった。

 ミケイは指揮すべき兵達の前で細身の剣を抜くと、手をスッと前に出し、兵達に号令した。

 「よいか!今から難攻不落の鏃門橋の砦に向かう!しかし我らは、砦の兵をひきつけるための陽動部隊である!無理攻めはせず、このミケイに従い、時間を稼ぐことだけ考えよ!その内に決死隊が城に火を放つ!その時が我らの勝負の時である!皆のもの、覚悟はよいな!砦に火の手があがるまでの辛抱だが、勝てば我が官軍全ての誉れぞ!進めーッ!」

「「「 ワ ァ ァ ァ ー ッ ! ! 」」」

 兵達の喚声が上がると供に、幅の狭い橋を渡り、砦へと軍を走らせた!
ミケイのとった陣形は、不思議な物であった。まず機動力の低い歩兵、工作兵が前に行き、狙われやすい弓兵は陣形の中間に置かれ、機動力の高い騎兵は後部という隊列。
平地の戦闘では、まずなされない奇妙な陣形で、ミケイは夜襲作戦を始めた。



― 同刻 鏃門橋 砦 ―


 鏃門橋の砦の高い城壁の上には、頂天教の兵2千が、すでに配置を終えていた。
対岸で上がる無数の松明の明かりを見て、その意気すさまじいと思った砦の守将、エウッジとズビッグ兄弟は、互いに敵軍の動きを見つめ、守備兵たちを動かすと、進む官軍兵を前にして迎撃の準備を万端にしていた。

 「兄貴!エウッジの兄貴!わたわたと官軍の兵が進んでくるぜ!どうする?俺が行って蹴散らそうか?」
 「まあ待て弟よ。力において天下五本の指に入ると言われたお前が、つまらぬ戦に出ることもあるまいて」
 「へへへ、そう褒められるとなんか恥ずかしいな。いやぁしかし、さすがは俺の兄貴だぜ!見張りの兵を増員しておいたことに、こんな意味があったなんてな」
 「ふふ、ズビッグ。攻めあぐねて虚を突いての夜襲など、実に頭の足りぬ南部官軍の愚かな将が考えそうなことだ」

 このエウッジ、ズビッグという武将は、元は官軍の有能な将達であった。
しかし、余りある才能を郡の太守に煙たがられ、今の世を恨み、少なからず野心もあったため、そそのかされる形で頂天教に入信すると、砦の守将に任じられるや否や謀反に参加した者たちであった。

 兄のエウッジは知恵者であり、兵達の統率に優れ。
 弟のズビッグは勇猛な将であり、巨大な斧を軽がると振り回すほど武勇に優れた。

 「ややっ?兄貴。あのかがり火を見るに、奴ら思ったより数が少ないぞ」
 「ふむ。あの様相…指揮官は誰だ。1千程の兵が、万にも見える意気だ」
 「ハッハッハ!兄貴、だがこの強固な鏃門橋の砦は、早々抜けまい!」
 「ズビッグよ。例え勝てる戦にも念には念をいれんといかんぞ。獅子狩る時全力にて当たる、ということだ」
 「むう??どういうことだ」
 「クックック。獅子は例え弱き獲物を狩るときでも、いつも全力という事だ。すでに北、西、東の三つの要害に居る、我が軍の援軍を頼んでおいた。これでこの勝負、勝利以外はあるまいて」
 「さすが兄者!冴えるな!」
 「ふっふっふ。それだけではない。この期に一機に官軍の本拠地である野営地を焼き払い、次の攻略の布石にしようと思ってな」
 「あ、兄貴!じゃあ敵陣への斬り込み隊長は俺に任せてくれよ!」
 「わかっている、わかっている。それにはまず、敵の気勢を挫くのが大事だぞ。それズビッグ!城壁の弓兵を正面に固めさせろ!官軍を矢の雨で強撃するのだ!」
 「わかったぜ兄貴!」

 エウッジ、ズビッグ率いる頂天教軍の守備兵2千が大挙して砦の城壁に構える。
そこに今まさに襲い掛かろうとする、ミケイ将軍率いる陽動部隊1千。
そして川を降り、夜襲を成功させ、初陣を飾ろうとするミレム達三勇士の決死隊1百。


 今まさに、香川を境にして、官軍と賊軍の戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。
果たして勝利の軍配は、どちらに上がるのか?
天をも知らぬその答えは、ただ静かに揺れる、川の流れだけが知っていた。

「「「 ワ ァ ァ ァ ー ッ !!!」」」

鏃門橋の戦いの始まりである。