kirekoの末路

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第九回『死地にて燃ゆる』-2

2008年04月22日 22時35分36秒 | 『英雄百傑』完全版


― 鏃門橋の砦 南門前 ―

 膠着状態が続いていたエウッジ率いる砦守備兵と、ミケイ率いる官軍だったが、エウッジの目論み通り、火は止み始め、黒煙は静まりつつあった。そして、矢を休まず飛ばしたことにより、官軍歩兵の大盾が、ついに破られ始め、戦局は一気に頂天教軍に傾きかけていた。

 「耐えよ!戦線を下げるな!下げれば策は成らんぞ!」

 ミケイは長剣を抜き、耐える歩兵隊を鼓舞したが、大盾隊の半数はすでに矢の餌食となり、数を減らした兵士たちの士気は、殆ど上がらなかった。

 ヒュン!ヒュン!ヒュン!ヒュン!!

 「ふふふ、もっと矢だ!矢を射掛けて近づけさせるな!」

 南門の城壁の上では、エウッジが自ら声をあげ、守備兵たちの指揮をとっていた。
見事な統率ぶりに比例するかのように、頂天教の兵達も平静を取り戻し、火計によって起こった動揺も、徐々に収まりつつあった。

 「ふはは、見ろ。もう官軍の兵は半数も居ないぞ!やはりこの砦と、このエウッジを抜く事は適わなかったな!はっはっは!」

 エウッジは高らかに笑った。
弱まった官軍隊を見て、自分の的確な指揮ぶりを思い出し、余りある自分の才能にすっかり自惚れ、目先の勝利を思い浮かべて、危惧するという思考を忘れていた。

 そこへ、頂天教軍の伝令がやってくる。

 「伝令!北門に援軍5千の到着した模様です!」
 「ふふふ、いよいよ官軍の最後だな…ようし北門のズビッグに合図を送れ」
 「それが…」
 「ん?」
 「何度問いかけても、まるで応答がないのです」
 「馬鹿め…なにをやっておる。ええい、こうなったら私が直々に行って城門を開けさせよう!」

 エウッジの命令によって何十人かの部下が選ばれると、エウッジは指揮官である自分自ら援軍を迎えに北門へと向かった。城壁を渡る間、燃える自分の砦を目にすることも出来たが、目先の勝利に溺れたエウッジは、それを見逃した。

 そして、北門へたどり着くと、自ら5千の援軍のために門を開け、自分が部隊の陣頭指揮を執ると、弱りきった官軍が迫る、南門を開けて出陣した。

 「官軍を叩き潰す良い機会ぞ!全軍突撃だーッ!!」

 「「「 オ ー ッ ! ! ! 」」」

 ついに重く閉ざされていた砦の南門が開け放たれた!
指揮官エウッジの声を聞いた頂天教の兵士達の士気は、大いに盛り上がり、城壁の兵士たちは矢を射るのを止め、城壁から長梯子をかけて、鏃門橋に屯する官軍に襲い掛かる勢いであった。

 「ミケイ様!砦の門が開きました!」
 「なに!…それで火の手は挙がったか?」
 「いえ、今はまだのようですが…」
 「決死隊は間に合わなかったか…まあ良い!」

 暗い顔を浮かべるミケイ。
しかし、こんな絶体絶命の機会に、将が憂いた顔をしていれば兵達の士気にも関わると思った指揮官ミケイは、白銀の剣を前に後ろにやり、気丈に指揮を執り続けた。

 「隊列を交替!各自、移動せよ!」
 「み、ミケイ様!!!」
 「今度は何ですか!」
 「あ、あれを!」

 官軍の兵が指を指す。

その時だった。
砦の城壁のあらゆる場所から黒煙が上がり、曇り帳の降りた闇夜の空に、煌々と光るように燃え立つ炎が湧き上がった!

 「おお!決死隊が成功したかっ!今だ!ドラをならせーーーッ!」

 ジャーン!
 ジャーン!
 ジャーン!

大空に響く、耳がはちきれんばかりの銅鑼の音!
音は空中を舞い、橋全体を風となって駆け巡る!

 そしてミケイは、この作戦を最終段階へともってゆくために、剣を振り上げ、声をあげる!

 「歩兵隊!手はず通り橋の両側二手に分かれて退却せよ!追撃する敵は、後方の弓兵隊で防ぎ!しばらくすれば、最後方の騎馬隊が援護に来る!その間に鏃門橋の南の袂まで退却せよ!」

 「「「 オ ー ッ ! 」」」

大盾を持った歩兵隊は、乱れた陣形を早足で瞬時に変えると、橋の西と東に隊を二分し、素早く隊列を整えると、一斉に退却を始めた。

 「「「 ワ ー ー ー ッ ! ! 」」」

 官軍歩兵隊の退却が行われている頃、砦の南門を抜けた頂天教軍は、退却する歩兵隊を追撃するために、喚声をあげて襲い掛かった!

 逃げる官軍、追う賊軍。
正面からくる賊軍の騎馬隊に、官軍の歩兵隊は距離をグングン追い詰められ、ついに橋の中腹で待機していた弓兵隊に差し迫った。

 迫る頂天教軍の意気は、エウッジの指揮もあり、橋を踏む馬蹄も人の足も強く、喚声も凄みのあるものであったが、ミケイは、それに対して余裕の笑みを浮かべた。

 「今です!矢を放つのです!」

 歩兵隊と供に退くミケイの号令と供に、白銀の剣が一振りされると、橋の中腹に居た弓兵隊は、短距離用(扱いやすく連射に向く)の小弓を取り出し、前面に迫る部隊に向けて無数の矢を発射した!

 ヒュンヒュンヒュンヒュン!!
 ザクッザクザクッザクザクッ!!

 水平に勢いを消さずに飛ぶ無数の矢は、両側に放れた官軍歩兵隊の隙間を縫うように、迫る頂天教軍の騎馬隊目掛けて放たれ、そして命中した!
 前面に居た頂天教軍の多くの兵達が、我先にと追撃をかけたことで、幅の狭い橋には、馬や人の死体が積みあがり、それは進路を邪魔する遮蔽物となった。

 これには頂天教軍も、流石に足を止めざる終えなかった。

その間にミケイ率いる歩兵隊は完全に退却し、一息つくと弓兵隊も退却し始めた。

 「小細工ばかりでは勝てんぞ!」

 逃げる官軍を眼にしながらエウッジは、すでに冷静な思考が出来ていなかった。数で勝る頂天教軍を見て勢いはまだ衰えていないと思ったエウッジは、官軍への迫撃を諦められず、進路を開けさせると再び追撃を始めた。

 ドドドドドドドドドドドドッ!!!!!!

 「「「 ワ ー ッ ! ! 」」」

 だがその時、橋に数百の馬蹄の音が差し迫るようにエウッジの耳に響いた。
橋の後方に、屯していた官軍の騎馬隊が、これまた官軍の弓隊と歩兵隊の隙間を縫って、突撃してきたのだ!

 ガキン!ドカッ!
 ブーン!ガスッ!
 ビュン!ガキーン!

 狭い幅の鏃門橋で一気に兵が通れないという弱点を逆に利用したミケイの作戦は、功を奏した。合戦の間中ずっと休んでいたこともあり、同じ数を相手にしているのなら、遠路を進んで疲弊した頂天教軍など敵ではなかった!

 騎馬隊が時間を稼ぐ間に、砦は見えるほど轟々と燃えてゆく。

「よし!騎馬隊!引けーっ!」

 ミケイが言葉を発するや否や、騎馬隊はサッと退却を始めた。
普通、部隊が退却するときは背中から迫撃を受けることになり、甚大な被害を被るのだが、ここでも遠路を走ってきた頂天教軍と、休んでいた官軍騎兵隊の疲弊の差が目立ち、その被害は、最小で食い止めることが出来た。



― 鏃門橋 南 森林地帯 ―


出鼻を挫いたとはいえ、追ってくる頂天教軍の勢いは驚くべきもので、橋を渡り、森林地帯に差し当たったミケイ率いる官軍の騎兵隊も、その数を百騎以下に減らし、敵から逃げるのがやっとだった。

 そして、勢いを増す頂天教軍は、ついに橋を渡りきり、官軍野営地近くの森林地帯へと、その足を伸ばしていた。頂天教軍の将エウッジは、ここでも陣頭指揮をとり、自分が指し示す方向へと、軍を動かしていた。

 しかし…

 「ふっはっはっは!このまま官軍の野営地を焼き払ってくれるわ!」
 「エウッジ殿!あ、あれは!」
 「む…?どうした…あっ!」

 その時、エウッジは信じられない光景を見ていた。
そう、絶対に落ちることのない難攻不落の砦が、闇夜を照らすほど赤く燃えているのだ。
エウッジは、焦燥感を露にして言った。

 「ば、ばかな!ズビッグは!弟は、どうした!」
 「わかりませぬ!ですが、このままでは砦は落ちますぞ!」
 「ぬ、ぬう…ま、まさか!謀られたか!!!くそっ!全軍退却だ!」

油汗で滲む馬の手綱を握りながら、エウッジは今来た進路を戻ろうとした。
だが、その時。

 ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン!!!!!

 「ぐわーぁぁぁ!」
 「ぎゃああーっ!」
 「うわーあーー!」

エウッジが退却しようとして間もなく、森の暗闇の影から、無数の矢が飛び出した!
矢は、四方八方から頂天教軍を狙い、だれそれ構わず襲い掛かった!

 ジャーン!
 ジャーン!

 「うっ!」

悲鳴と喚きが混ざる混沌の中で響く銅鑼の音と供に、森の影から兵達の姿が現れた!
その陣頭に立っていたのは、官軍南部方面軍指揮官、猛将ジャデリンであった。

 ジャデリンは、持ち前の長い槍を持ちながら、動揺を隠し切れない頂天教軍に向かって、大きく号令をあげた!

 「夜襲陽動の策!見事だミケイ!それっ!敵は弱軍ぞ!皆の者!かかれー!かかれーッ!」

 「「「 ワ ー ー ー ッ ! ! 」」」

 号令と共に、猛将ジャデリン率いる武勇の郡将達と、およそ3千の官軍兵がエウッジの軍に襲い掛かった。

右へ左へ!東へ西へ!
辺りは、敵味方混ざっての激戦区と化した!
刀が一度光れば人の血が大地に撒き散らされ、槍が一度振られれば無数の兵の悲鳴が木霊する!

 だが戦いは、圧倒的に官軍有利だった。
たしかに数は、頂天教軍のほうが多かったかもしれないが、伏兵にあって混乱の解けない賊軍と、指揮官ジャデリンが率いる勇猛な兵では、士気が違いすぎた。

 そんな中、エウッジは冷静さを取り戻し、かかる兵に対して必死に抵抗したが、最後はジャデリンの部下が放った矢に討たれ、首をとられて絶命した。

 合戦の最中、指揮官である将を失った軍は惨めな物である。
ろくに統率も取れなくなり、兵達は闇雲に戦うことを放棄し、まるで麻のように乱れてゆく。
ある者は戦いの最中だというのに逃げだし、ある者は恐怖の余り味方を斬り殺し、ある者は降伏し、ある者は戦い、そのまま討ち死にしていった。



 夜が明け、辺りが明るくなると、橋と森林には無数の死体が、湖面には逃げ遅れた兵士が、その無残な姿を朝日に晒していた。
難攻不落の砦には、城壁に官軍の旗がたなびき、燃え屑が転がった橋の先には折れた矢が無数に刺さり、大盾が転がり、朝日に照らされて輝く草は血に濡れていて、土は朱に染まっていた。


 こうして、ミケイの策により始まった鏃門橋の砦攻略作戦は成功した。
被害は少なからずあったが、砦周辺の頂天教軍を全滅させ、背兎城を救出できた結果を見てみれば、官軍の圧勝、一夜の夜襲による大勝利であった。


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