kirekoの末路

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第六回『知将、策知あり』

2008年04月18日 18時42分30秒 | 『英雄百傑』完全版

― 大陸南部 黄州 ―

 街道伝いに揚々と南下を続け、大陸南部、黄州(オウシュウ)入りしたミレム達三勇士を含む百騎の義勇軍は、途中、反乱を起こした頂天教軍と戦うために派遣された、官軍の部隊と合流した。

 この部隊は、俗に『猫部隊』と呼ばれ、いわゆる訓練された正規兵ではなく、各地方から別々に集められた役人や、戦の時だけ臨時で集められる腕自慢の猛者たちで編成された、互いの素性も顔も知らない5百人程度の分隊であった。俗称である『猫』というのは、あまり群れないという様子から取ったものである。

 しかし、そのような部隊のよそよそしさが幸いして、ミレム達三勇士の義勇軍が、兵の『付け足し』として入隊するのも簡単であった。

 猫部隊と供に道を進んで五日ほど経つと、義勇軍は川を挟んだ開けた森に野営する官軍の本隊と合流した。


― 黄州 四谷郡(シコクグン) 香川(コウセン) 官軍野営地 ―

 木柵の立てられた囲いの中、大河の支流、香川から流れる吹く風になびいて、多数の軍旗が一度に揺れる。その下に広がるのは、白い幔幕の海と、槍や刀、鎧などの武具、軍馬、そして屈強な兵士達の姿であった。

 官軍野営地に顕在する、万を数える兵の余りの多さに驚嘆した三勇士は、その驚きもそのままに、出会った分隊の隊長に口添いをしてもらい、この大部隊の長、信帝国南部方面軍総指揮官、将軍ジャデリンに面会を求めた。

― 野営地 幕舎 ―

 その夜。
軍儀の最中ではあったが、幕舎の主席(正面の席)についたジャデリンは、快く三勇士との面会に応じた。面会には、三勇士唯一の知恵者であり、礼儀作法も知っているポウロが、ミレムの代わりに弁舌を行った。

 「おぬし達が帝のために立ち上がった義勇軍か。ふうむ。見るところ戦慣れしている奴は、後ろの大男以外おらんようだが、大丈夫か?戦で死んでも我らは褒美は出せんぞ」
 「褒美などいりませぬ。我らは帝のために死すら厭わぬ覚悟でございます。名高きジャデリン将軍の命であれば、喜んで死地に向かいましょう」
 「はっはっは。世辞だとしても、その言、実に忠義に溢れておる。まあ、そこまで言うなら良いだろう。今、我が軍の進路は難航している。そのため兵は一人でも多いほうが良い。お主たち義勇軍を官軍の遊撃隊と認めよう」
 「ははっ…ありがとうございまする」
 「それに、その後ろの男、名前をなんと申す?」
 「自他ともに義勇軍随一の腕の者、豪傑のスワトにござりまする」
 「はっはっは!なるほど豪傑か!いや、実に屈強で頼もしいことよ。わしの部隊の者でも、立っているだけでそれほどの威圧感、力強さを見せる兵はおらん。なあそうであろう皆の者?」

 「「「ハッハッハッハッ…」」」

 方面軍の総指揮官だというのに、気さくな雰囲気をかもし出すジャデリンの言葉に、ミレム達三勇士はホッと胸をなでおろした。

 そしてジャデリンは末席に三勇士を座らせると、顔色を変え、軍儀に入った。

 「さて、新たな仲間も増えたことだ。早々に軍儀を始めようではないか」

 ジャデリン率いる官軍隊は、この時、官軍野営地の北方、香川(コウセン)を挟んでかけられた、陸と陸を繋ぐ唯一の大橋『鏃門橋(キョウモンキョウ)』の砦攻略の任についていた。

 鏃門橋は、黄州四谷郡の玄関口とも呼ばれ、鏃門橋を南方にして北、西、東に合計四つの砦が築かれていた。中でも鏃門橋の砦は、関所としての機能も兼ね備えているため、地の利を生かした難攻不落の砦に出来上がっていた。

 大河の支流である香川(コウセン)を前にし、見通しの良い丘地に建てられた砦は、西は生い茂る樹木に囲まれ、東は鋭い岩だらけの悪路であり、陸地から来る賊の侵入を許さなかった。そして、砦の四方には香川から引かれた水が、深い外堀に流れ存在し、なおかつ後方には、屈強な城塞『背兎(セト)城』が控え、もし砦に急を要することがあれば、直ぐにでも兵を送れる位置にあった。

 守勢に適した配置と、天険の一帯が、黄州を支える一種の巨大な要害として、この付近に君臨していたのだ。

 しかし、要所として存在していたこの砦も、強大となった頂天教軍の襲撃と、官軍隊の謀反を受けて早々に陥落し、今や信帝国南部方面軍最大の難所の一つとなってしまっていた。

 その中で唯一、帝国軍の中で抵抗を続けた背兎城であったが、賢明な城主ワスイの抵抗も空しく、四方にあった官軍の砦は、既に頂天教軍の1千を超える大部隊が座巻していた。陸路、水路とも、兵站が分断され孤立した城内は、物資の補給が殆どなく、城に逃げた傷ついた将兵、残された民衆達を抱え、日々少なくなってゆく兵糧を食いつなぎ、疲れや飢えを凌ぎながら、いつ来るかもわからない官軍隊の救出を待ち、未だに抵抗を続けていた。

…まさに城は一刻の猶予も許さぬ、風雲急を告げる様相であった。

 将軍ジャデリンは悩んでいた。
大軍で無理に攻めれば、守勢に秀でる砦を落とせても痛手を負うのは確実。
だが、時間をかけてゆるりと攻めれば、背兎城は陥落し、民衆は見殺しになる。
野営地に着いてからというもの、この事で何度も軍儀を重ねては、頭を抱える毎日を送っていた。

 ジャデリンは、幕舎に集められた群将達に目をやりながら、眉をひそめ、顔を強張らせて、良案が出る事を祈って軍儀を始めた。

 「もぐりこませた密偵からの情報によると、砦の賊軍はおよそ2千程。しかし、敵ながら、なかなかの精鋭が揃っておるらしく、現状見れば判る通り、我らは攻めあぐねておる。我らの総数は1万。数では勝っているが、数を有利に攻め取れる場所とも思えん…。諸侯らの中にこれを打開する案のある者、策ある者あらば、遺憾なく進言して欲しい」

 獅子を模った鎧兜をつけたジャデリンが、郡将達の前で調子の悪そうな声をあげる。
熱血漢であり、面子を大事にする彼は実際、こんな言葉を言うのは嫌だった。武勇(正面からの正攻法)に通じ、その都度大勝して、猛将と謳われた彼が、おそらく他人の知略(兵法や策知)に頼ることなど、自分の面子を潰されるようで、許せなかったのだ。

 だがそれでもジャデリンは、己の心を抑えて郡将達の返答を待った。

左右に判れた列から、郡将の一人が声をあげる。

 「陛下に上奏し、多くの援軍を頼みましてはどうでしょう」
 「それでは時間がかかり過ぎる。そのうちに城が落ちてしまうぞ」

続けて一人、郡将が声をあげる。

 「大きく迂回して、先に鏃門橋以外の三方の要所を陸路から攻略しては如何でしょうか」
 「回り道をしている間に、この野営地を落とされたらどうするのじゃ」

また一人、郡将が声をあげる。

 「雑言を浴びせ挑発をし、いぶりだしてみては如何でしょう」
 「挑発に乗るような賊らであれば、我らが困る事もあるまい。それに敵は、元官軍の武将。ちと兵法に通ずる者なら、必ず弁えておるだろう」

右から一人、郡将が声をあげる。

 「このまま睨み合い、兵糧攻めを行うのはどうでしょうか?」
 「その間に後方から敵軍の増援が来たらどうする。それに我々は人数が多い分、奴らより兵糧の減りが早いぞ。飢えて困るのはこちらのほうじゃ」

左から一人、郡将が声をあげる。

 「ここは心を鬼にして、香川に毒を流して砦の賊もろとも…」
 「馬鹿者!河川に生きるものを全てを殺せというのか!それに背兎城にも水が繋がっていることを忘れたか!このたわけが!」

ザワザワ…ザワザワ…

 「むうう。くそ!これだけ郡将がおっても、何一つ妙案が浮かばぬのか!」

 『ああでもない、こうでもない』と、うだつの上がらない郡将たちの議論を聞き、その内に頭痛さえしてくるほど、すっかりジャデリンは参ってしまっていた。

そこへ一人、郡将が声をあげる。


 「将軍。そう頭を悩まされますな。まことに僭越ながら、このミケイの妙策。頭痛に効く特効薬でございます」


 出てきたのは、郡将の中でも一際目立つ、白銀の甲冑。
見れば一際細い華奢な体と、貧弱とも思える狭い肩幅、鋭い長剣を携え、星をあしらった装飾が施された、これまた白銀の兜を被った姿。しかし特徴的だったのは、身体よりも顔だった。

 松明の光に照らし出されたその顔は、血沸き肉踊るような逞しい男の顔ではなく、白い珠の肌に際立った顔立ちを浮かべる、一見、美女と見間違うほどに美しい、まだ顔に幼さの残る美男子の姿であった。

 この将軍の名は、ミケイ。
戦場にあって、その美しさから『併華(ヘイケ)将軍』の異名をとる、一軍の雄。
ジャデリンが信頼を置く、才気溢れる若き知将であった。

 「おう、察しがいいなミケイ。どれ、その特効薬とやらを飲ませてくれ」
 「はっ」

ジャデリンは、騒ぐ郡将達を黙らせると、静まった幕舎で、ミケイは、己の考えた策知を次のように語った。

 「敵は、いくら精鋭といえど、賊上がりの寄せ集め。我が鍛えられた官軍には劣りましょう。おそらくジャデリン将軍も考えておられるとは思いますが、平地での戦なら問題なく勝てる相手です」
 「ふむ」

 「問題なのは、安易な挑発が利かないような官軍出身の武将が敵に居る事。そして正面の橋の先にある砦です。鏃門橋は、砦へ攻めるには最短の一本道。しかし、大軍が通るには狭い上に、なにぶん長い橋ゆえ、我らの行軍は見え見え。ここに大挙して敵を崩そうとしても、守に適した砦からの反撃にあえば、我らの直接的な攻撃力は半減します」
 「分析と説明は良い。で、どうすればいいのじゃ」

 「私の策は二つ。一つは、日の出と共に全軍にて大挙し、慌てふためく賊軍の隙をつき、わざと負けたフリをして敵をおびき寄せます。出てくれば幸い。敵が調子に乗って門から出撃したら、周囲の森林に味方の別働隊を潜ませて敵を撃破する策です」
 「なるほど陽動の策か。しかし守将が優れたものであって、我々の陽動に気づき、砦から出撃しなければどうする?」

ミケイは、ジャデリンの言葉を聞いて小さく笑いながら言う。

 「ふふふ、だから先ほど『出てくれば幸い』と申したでしょう」
 「む…。そのように上官を笑うとすると、これはお前の下策か。では、上策を聞かせよ」

 ジャデリンは、若干不服そうに腕を組みながら部下であるミケイを見つめる。
ミケイは、小さな子どものように不満を露にして腕組するジャデリンを見て、笑いを堪えながら言った。

 「二つ目の策。それは少数精鋭の決死隊を作り、夜の闇に紛れ砦に侵入し夜襲を仕掛けるのです。幸い、この頃の空は月が隠れ、闇が覆うのに絶好の曇り空。進入を許したことのない砦の兵士達は、敵が城内に居るとわかれば動揺し、そこに外から火を放てば混乱するでしょう。決死隊が城門を開けると共に、別働隊の我々が、橋を渡ってなだれ込み、砦を奪取します」
 「たしかにそれが成功すれば間違いなく大勝利だ。兵達の被害も少なくできるだろうし万々歳だが…しかし、守兵の監視も厳しい。敵に夜襲に備えがあった場合どうするのだ?城壁は隙間無き石垣に守られ、登るに苦難と聞く。それに、それをやってのける度胸のある豪の者がここにおるだろうか…失敗は士気にも関わるしのう」

 言葉を聞いていたミケイは、蒼白の顔面についた黒眉をピクッと動かすと、それまで笑っていた顔を、不満げな表情に一変させた。
 稀代の猛将と謳われたジャデリンの余りにも弱気な言葉は、ミケイを怒らせた。
そしてミケイは、スゥとゆっくり息を吸い込むと、諌めるような強い口調で、言を発した。

 「それ以上言うと、私も呆れますぞ。将軍とてご存知のはず。戦は常に代償を背負うものでございます。危険を背負う故に、見合った大勝利もありえるのです。武勇ばかりで策も無く、いたずらに兵を失うことに怯えるような将に、はたして兵が預けられるでしょうか?天下が救えるのでしょうか!?郡…州…いや、信帝国にその名を刻む武勇の士、猛将ジャデリン将軍は、いつから牙の抜けた家畜になりさがったのか!」

バキィィィンッ!

 「な、なんじゃと!!!!」

 ジャデリンは激怒した。
部下であるミケイに、郡将達が見守る軍儀の中で、才が無いだの、家畜だの、こき下ろされる。面子を蹴ってまで尋ねたジャデリンにとって、これほどの侮辱は無かった。
怒りに怒ったその矛先は拳に込められ、それは猛烈な勢いとなって、目の前の木製の机にぶつけられた。速度を増した拳が机に当たると、木製の机は、ミシミシと軋むような音を立てて、その部分だけ、大きくめり込んだ。

 「ぬううッ!なんたる暴言!ようし!その声高を後悔するな!今の言葉、撤回することはまかりならんぞミケイ!」
 「ふふふ。元より覚悟の上。さあ、指揮官殿。私に御命じくださいませ」
 「では命ず!そなたが指揮官となり、この戦、見事成功してみせよ!期限は明後日の明朝までじゃ!」
 「誓って成功させてみせましょう。ではジャデリン将軍。お願いがございます」
 「なんじゃ!」
 「明晩、砦に火の手があがり次第、橋の近くの森林に伏兵を用意していてくだされ!」
 「おう!わかった!」
 「では、決死隊を編成するため、これにて失礼します」

 憤慨するジャデリン将軍の反応を見て、強い語調でそう言ったミケイ将軍だったが、口元は不適な笑みを浮かべていた。
 ゆっくりと他の将軍達に会釈をしながら、白い肩掛け物を翻し、幕舎を後にしたミケイ。

 後に幕舎に残ったのは、黙ったまま怒り続けるジャデリン将軍と、その場に居た郡将達のミケイに対する中傷の言葉だけであった。



 ミケイは、自分の兵舎に戻る途中、ふと曇る夜空を見上げた。
そして、その蒼白の美顔についている唇を緩ませると、こう言った。

 「これで抜かれた獣の牙も生え変わり、再び獅子のように鋭く光るでありましょう。いや、我ながら、将軍の目を覚ますのに良い策でした。実に上出来の策でした…はっはっは…」

笑い声は、野営地の風に消され、曇る夜空の暗闇に吸い込まれていった。


― 幕舎 ―

 ミケイの挑発で、早々と終わった群将達の軍儀。ジャデリンを始め、すっかり誰も居なくなったはずの幕舎の中に、外から松明の光が注がれると、三つの影が動いているのが見える。

 映る影は、ミレム、スワト、ポウロのものであった。

 「ミレム殿、あの態度、どう思われます?」
 「さあなぁ。しかしあの将軍…ミケイとかいう男。只者ではないようだぞ」
 「それがしには、てんでわかりませぬ。武で攻め、将の首をとれば、決着などすぐではござらんのか?」

疑問を浮かべるスワトに対して、ポウロは少し嘲るような笑みを浮かべながら言った。

 「ふふふ、豪傑殿。知略は武勇に劣らぬものです。兵を用い、自由自在の攻め守りによって、多数を相手に、少数で勝利を得る。どんな武に優れた者も、圧倒的妙策に陥れば、一兵よりも脆き弱者になる。その逆に、どんな弱者であっても、理に適った兵法と策さえ持ち合わせれば、強大な敵も倒せるというもの。なかなかどうして、兵法とは奥が深いものでございますよ。ま、あなたのような武勇一辺倒には、理解できるかどうか判りませんが…」

 「ふーん。何やら嫌味が聞こえたようでござるが…まあ良いでござる。しかし、腑に落ちぬ。それがしは、己の武によって敵を一人でも多くなぎ払い、武功を立てるのが本当の武将だと思うでござるが!」

 スワトは、ポウロの嫌味を聞いているようで聞いてないフリをした。
しかし、二人の会話を聞いていたミレムは、何か思いついたようにスワトの肩に手を置く。

 「いやいや流石、豪傑スワトだ。その通りやもしれんのう」
 「なんのことでござるかミレム殿?」
 「なにやら思いついたご様子で?」

 キョトンとする二人を尻目にミレムは、おもむろに手を掲げると幕舎の中で、高らかに言葉を放った。

 「スワト、ポウロ、我らは義勇軍とて、官軍に認められるものは、まだ一つも持っておらぬ。さればこそ、いち早く武功を立てるのが役目と思う。つまりだ…」

 誰も居なくなった幕舎の中で、顔を近づけ、ヒソヒソ話をしながら、野外の松明の光に照らされて浮き立つ人影は、幕舎を出ると、ミケイの兵舎へと向かった。


…そして時刻は、次の日の晩を迎えた。