― 鏃門橋の砦 西門城壁 ―
「だれだ!そこにいるのは!!!」
選りすぐりの数十人の頂天教軍兵士を連れたズビッグが、すでに登りきっていたスワトとポウロ、そして城壁の下から登ってくる人影を指差して大きな声で叫ぶ。
そこには、合戦だというのに眠りこけるミレムと、それを背負うスワト、そして後続の決死隊に檄を飛ばすポウロ達三勇士と、未だ高い城壁を登りきれない100騎の決死隊の姿があった。
「さては、てめえら官軍だな!へっへっ、俺の目が良かったのが運の尽きだったなぁ!」
燃え盛る黒煙が風に乗ってズビッグの後ろを通り抜ける。
ズビッグは、配下達にもっと兵を集めるように伝達すると、自分は数十人の部下を連れて、三勇士の方へ駆け出す。
「グゴーッグゴーッ!」
「むう!見つかったでござるか!」
「なんと間の悪いこと!決死隊!死にたくなければ、早く登りなさい!!」
あと一歩という所で、敵に発見されてしまった決死隊の面々は、スワトとポウロの言葉に少なからず動揺した。城壁を登る決死隊に敵の姿や、その数は見えなかったが、『見つかってしまった』という事実に、顔面は驚愕の色に歪み、未だたどり着けない高い城壁の先を見て、決死の心で乗り込んできた義勇兵たちの心は、焦りに焦りを重ねた。
「何をもたもたしている!もっと早く登るのだ!ええい」
「ポウロ殿だめでござる。兵をどんなに急かしても、この高い城壁では…」
「豪傑殿!このままでは我らの初陣は敗北に終わってしまうぞ!」
「どうすればいいでござるか!」
「豪傑殿!お主の怪力で、時間を稼げますかな!」
「む?時間を稼ぐとは、どういうことでござるか」
「ようは迫る敵を斬って斬って斬りまくればいいのだ!」
「おお、そういうことか!それがしの得意でござる!まかされよ!」
城壁を登る決死隊に合図を送るポウロは、スワトにも檄を飛ばした。
ポウロの言う意味を理解したスワトは、体に結わいていた綱を離し、背中に背負ったミレムを城壁の側で降ろすと、綱にくくりつけていた自分の身の丈を超える武器を取った。
ズンッ!
瞬間、城壁の床に勢いよく突き刺さり、辺りに砂埃を上げて立つ、鋼色の大薙刀!
いや…おそらく人が用いる薙刀というには、余りに巨大で異形の姿!
長身のスワトの背を悠々と超える長い柄!形容しがたい威圧感さえ覚える巨大な刃!
暗雲のたなびく夜空に、照らす炎の揺らめきを受け、燦然と輝く鋼色!
「な、なんだあれは」
「で、でかすぎる…」
「人の武器じゃないぞ…!」
頂天教軍の兵士が、それを見た瞬間。
体全体を異様な緊張感が、あたかも電撃のように走ってゆく!
「さあさあ、この刀の試し斬りでござる!」
迫るズビッグ達を前に、仁王立ちで意気込むスワト。
「何をしてやがる!敵は二人だぞ!ものども、かかれかかれ!」
ビクつく兵士たちの後ろで、ズビッグが叫ぶと、血の気の多い屈強な頂天教軍の兵士数人が一斉に、槍を突き立ててスワトの間合いへと飛び込んでゆく。
ビュウッ!ビュウッ!ビュウッ!!
風を斬って進む槍筋を前に、スワトは大薙刀を握る手に力を込めると、スッと大薙刀を持ち上げ
「でぇやぁ!!!」
スワトの声と供に、ブゥン!という風を裂く音が辺りに聞こえた!
グシャアッ!!
すると、大きな音の穂先は、向かってくる兵達の槍に触れ、その瞬間、木製の柄が木っ端微塵に折れると同時に、槍を握っていた兵達の顔が、一瞬痛覚に歪むと、胴体が拉(ひしゃ)げるように空を舞い、飛ぶ流血と悲鳴が城壁を木霊する!
「おりゃあ!!!」
再びスワトの大薙刀が振り上げられ、穂先が別の兵士の首を捉える。
例えば人間が持つとしても、巨大な鉄の塊である薙刀は重く、振れば、その一撃にしても鈍重でしかるべし…だが、スワトの太刀は違った。
重い…が、速い!
太刀筋は、およそ人智を超えた驚くべき速度であった!
その素早く襲い掛かる鋼の刃に反応できるはずもなく、兵士は、ただ命を失うしかなかった。
グシャッッ!!
鎧兜、硬い甲冑を着たはずの人間が、無残にも鮮血を放ちながら拉げ、一瞬にして物言わぬ血と肉の塊へと変化する。おそるべきは、スワトの怪力から放たれる、未だかつて誰をも放った事も無い、巨大で、重厚で、素早い、猛然たる異質の太刀筋!
「さあ!次は誰でござるか!この豪傑スワトが相手をするでござる!」
あっという間に、襲ってきた兵士を斬り殺したスワトは、悠然と刃に残る鮮血を、ビシャッ!と力強く地に叩き付けて浴びせると、頂天教軍の兵士たちを睨んだ。
「わわわ…人間ではない…」
「怪物じゃ…」
「お、おれは死にたくねえ…お前行けよ」
血生臭くなる城壁に堂々と立つ豪傑スワトを前にして、頂天教軍の兵士達は怯え、誰一人として前進することが出来なかった。
だが、そんな中、流石に武勇に長けた将ズビッグは、怖気づくこともなく、前に出てスワトを笑う。
「ガッハッハ!少々の怪力で粋がるなよ小僧!」
「なにを!お主、何者でござるか!」
「俺の名はズビッグ。断つ大斧、天下五本の指に入ると呼ばれた、当代の豪傑よ!」
「笑わせるな!お主ごとき、このスワトの前ではカカシも同じよ!」
「ガッハッハ!そう、死に急ぐな小僧!そうだ、死に急ぐお前に一つ良い事を教えてやろう。城壁を登るのに必死で、お前たちには見えなかったようだが、もうすぐここに我らの援軍が来る!おまえらのような小勢がどう動こうが、関係ないほどの大軍が来る!」
「なに…援軍だと!?」
「つまり、お前らはもう袋のねずみ。逃げる場所など無いのだ!ガッハッハ!」
「ふん!いくら来ても、それがしが全員たたっ斬ってくれるでござる!」
「死ぬ前の大口も、その辺にしておけよ小僧!」
余裕を浮かべるズビッグの言葉に、動じることなく応じるスワト。
しかし、話を聞いていたポウロは、援軍という言葉に愕然としていた。
「ガゴォォォーガゴォォォォー!」
この危機に、いびきを立てて寝ているミレムが恨めしく思ったポウロであったが、すでに時勢は、刻一刻と頂天教軍に動いているかと思うと、焦る気持ちが思考を鈍らせる。おそらく、普段冷静であっても、それが戦場であれば臆病にもなる。
そして…
「ご、豪傑殿!ここは任せたぞ!」
「むっ?」
「私は決死隊を連れて、砦の中に火を放って逃げる!豪傑殿は、ここでミレム殿を守って、時間を稼いでください!」
「お、おお!任されよ!」
ポウロは、決死隊を連れて砦の中へと進んでいった。
ミケイの作戦を遂行させるため…いや、ポウロの気持ちは別にあった。
戦場で眠りこけてしまうような明主と、忠義忠義と馬鹿正直な怪力に自分の命をかけるほど、この男は馬鹿ではなかった。
そう、自分の命が助かりたいという身勝手な一存で、明主と崇めた男を置き去りにし、いつでも逃げれる位置に自分を置くために逃げたのだ。
「…豪傑殿。死に戦に我々は来たのではない。わかってくれ。この世は命あっての物。私は自分の命が惜しいのだ。生きていたらまた会おう。たとえお前達が死んでも、私が遺志を継ぐから恨むなよ」
焦り顔でポウロは、スワトに聞こえないように心の中で呟くと、登ってきた決死隊100人を連れて、まるで逃げるように、砦内を駆けて行った。
しかし、スワトは逆にこれを、明主を守るべき人物が自分しか居ないのだ、という事なのであろうと思って、敵兵迫る砦の城壁の上で、鼻を高くした。
「ふふふ、ミレム殿の事は任されよ!それがしが命に代えてもお守りするでござる!」
上機嫌のスワトは、持った大薙刀を、ブゥンブゥンと二回、三回、片手で空に振り回したかと思うと、その場に居た頂天教の兵士達全員に聞こえるような大声で叫んだ。
「やあやあ我こそは、義勇軍三勇士の一人、豪傑スワト!皇帝に逆らう逆賊の者どもめ!死にたい奴から名乗りを上げて前に出ろ!我が大薙刀の錆にしてくれるでござる!」
ブォン!ブォン!ブォン!ブォン!
スワトの頭上で、大きく旋回する薙刀は空を裂くと、つむじ風を呼び、それは大きなうねりとなって、頂天教軍の守備兵達を驚かせる。
「さ、寒気がする…」
「あの大薙刀をあのように扱うとは…」
「ブルブル、俺はあんなのと戦うの嫌だぜ…」
しかし、そんな怯える兵達を一喝するように、ズビッグがスワトに負けじと大声をあげる。
「ガッハッハ!お前のような愚鈍(ぐどん)な奴を仕留めるのには勿体無いが…どれ、死に急ぎ、粋がる小僧の腕でも見てやろうか!武器を持て!小僧とはいえ、名乗ったからには一騎打ちだ!今一度言う!我こそは、頂天教軍の将、大斧のズビッグ!」
「おう!相手がカカシでは、ちと物足りぬが!参るでござる!」
喚声の止まぬ闇夜を震わす、武将たちの声。
ズビッグが持ち出したのは、これまたスワトの薙刀に負けない、巨大な大斧であった!
互いに、にじり寄る武将二人は、間合いをとりながら、射程を窺う…。
「そりゃああ!」
ダッ!!と、踏み込みも強く飛び込んだのはスワトであった。
ブゥン!
一合目!
力強いスワトの猛烈な薙刀の軌道に、からくも反応することが出来たズビッグは、長い柄のついた大斧を横に広げ、振り上げると、刃がかち合うように、思い切りスワトに一撃を放つ!
ガキーン!!!
「な、なんと速い!」
「逆賊め、それがしの忠義の刃を受けてみよ!」
ヒュッ!ビュウッ!!ブゥン!!
互いに手の届く位置からの二合目!
スワトの勢いは止まることなく、鉄の共鳴を促した大斧の隙間を狙って、再び猛撃を放つ!
対するズビッグは、ジィンと震えた大斧をグッと握り、これを受け流そうと叩き降ろす!
ガキィィィンッ!!
再び聞こえる鉄の共鳴!散る火花!
二人の武将は、力強く刃を合わせたまま迫り合うと、詰めすぎた間合いを開けるために、一度距離をとった。
「ふふ、カカシのズビッグとやら、その程度か!」
「おのれ、小僧!言わせておけば、つけあがりおって!」
ブーン!ヒューッ!
ガッ!ガキーン!!
間合いをあけて三合目!
長大な射程を誇る互いの武器が大上段に構えられると、その刃は時を同じくして空中に放物線を描き、切っ先は中央で重なった!
しかし…
「貧弱極まりないぞ!それそれっ!!」
「ぐ、ぬおおおお!!まるで大岩を当てられるようじゃ」
最初は、意気揚々と大斧を振り回し、スワトの猛撃に打ち返す余裕もあったズビッグであったが、六合目(斬り合いの数)以降は防戦一方だった。人間離れしたスワトの怪力が合わさった長大な薙刀から放たれる強烈な一撃は、相打つ度、腕に鉛の塊がぶつけられるような感覚を覚えさせた。
それは、ズビッグの斧を握る腕の筋を直接疲弊させてゆく。
ブゥン!ガキーン!!
ブゥン!ガキッ!!
それでも直、諦めずに三十合ほど打ち合いを重ねたズビッグだったが、その全身には、溜まっていた疲労の色が見え始めていた。
頂天教軍の中にあって、流石に武勇際立つズビッグだったが、疲れを知らない豪傑スワトの長身から軽々と繰り出される太刀の前には、なす術が無かった。
そしてスワトが、疲れの見えたズビッグの隙を突く!
「今だ!それっ!!!」
「あっ!」
ブゥーーーーーーーーン!
ガキィィィィンッ!!!
ドサッ…!
スワトの大薙刀が、ズビッグの大斧の刃と柄のつなぎ目を捉えると、柄は見事に両断され、重い刃は空中に飛び、明後日の方向にある城壁に無残な鉄の固まりを見せながら、大きく音を立てて転がってゆく。
「勝負あったでござるな!」
「ぬ、ぬぬぬ、ま、まだだ!ええい、この兜が邪魔をする!」
カランカランカラン…スチャッ!
ズビッグは柄を投げ捨て、汗でびっしょりになった兜を放り投げると、怒り心頭で腰の長剣を鞘から抜き、再びスワトに襲い掛かろうとした。
その時であった!
「うるさいぞ逆賊ども!!少しは静かにできんのか!」
「え・・・?なっ!!!!」
ビュウッ!!!
ガッ…!
ズグシュゥゥ!!!
叫び声と供に、小手先大の長剣がズビッグに向けて一直線に飛んだ!
そして、次の瞬間ズビッグは、兜を脱いだ頭部を長剣で貫かれ、悲鳴をあげることも出来ず、ただ鮮血を辺りに撒き散らしながら、絶命した。
「人が寝ているというのに、まったくうるさい奴だ」
長剣を投げたのはなんと、他でもないミレムであった。
ズビッグの大斧が壊れた衝撃で目覚めたミレムは、城壁の横からヌッと起き上がると、目の前で大声を放つズビックの後ろから、卑怯にも長剣を投げて突き刺したのだ。幸運なことに、投げた長剣の刃先は、上手い具合にズビッグの頭部を貫通した。
「え、あ…?ミレム殿…?ば、ばかな…武将同士の一騎打ちに、な、なんという無礼をするのですか!!」
「黙れスワト!!こやつ俺が、酒に酔って極楽を味わう、という良い夢を見ている時に、大音など出して俺を起こすからいかんのだ!成敗されて元々!だいたい賊にかける情けなど無い!お前も、そこにいる逆賊の徒を成敗せぬか!わかったな!!!」
「は、ははーッ!」
「うむ!ではまた一眠りするかのう……グゴーッ!グゴーッ!」
そう言うとミレムは、再びその場で寝てしまった。
ズビッグの返り血に少し汚れた鎧など気にも留めず、しかも数秒で。
スワトは、これを見て、この男の凄まじいほどの器の大きさを感じた。
そしてズビッグが死んだことに慌てる敵兵の前で、大きく笑い始めた。
「ハーッハッハッ!なんという豪胆でござろうか!!将を害して、戦場で寝入るとは、前代未聞!大器足りえたミレム殿は、まさに極上の気運の持ち主でござるな!それがしが、明主と崇めただけのことは、あるわ!ハッハッハ!」
…ボッボッボッボッ!!!!
高笑いを浮かべた、その時。
砦の内から、小さな炎が道筋にあわせて順々に上がる。
スワトの目には、それが良く見えた。
「お、ポウロ殿がはじめなされたな!ハッハッハ!ではそれがしもミレム殿の仰る通り、賊軍を排するとするかの!!!!」
ブゥンブゥンブゥン!!!
「「「 ひ 、 ひ え え ー ー ー ! 」」」
再び大薙刀の旋回音が鳴り始めると、頂天教の兵達は、恐れ慄き、まるで蜘蛛の子を散らすように、方々の態で離散し始めた。
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