kirekoの末路

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第九回『死地にて燃ゆる』-2

2008年04月22日 22時35分36秒 | 『英雄百傑』完全版


― 鏃門橋の砦 南門前 ―

 膠着状態が続いていたエウッジ率いる砦守備兵と、ミケイ率いる官軍だったが、エウッジの目論み通り、火は止み始め、黒煙は静まりつつあった。そして、矢を休まず飛ばしたことにより、官軍歩兵の大盾が、ついに破られ始め、戦局は一気に頂天教軍に傾きかけていた。

 「耐えよ!戦線を下げるな!下げれば策は成らんぞ!」

 ミケイは長剣を抜き、耐える歩兵隊を鼓舞したが、大盾隊の半数はすでに矢の餌食となり、数を減らした兵士たちの士気は、殆ど上がらなかった。

 ヒュン!ヒュン!ヒュン!ヒュン!!

 「ふふふ、もっと矢だ!矢を射掛けて近づけさせるな!」

 南門の城壁の上では、エウッジが自ら声をあげ、守備兵たちの指揮をとっていた。
見事な統率ぶりに比例するかのように、頂天教の兵達も平静を取り戻し、火計によって起こった動揺も、徐々に収まりつつあった。

 「ふはは、見ろ。もう官軍の兵は半数も居ないぞ!やはりこの砦と、このエウッジを抜く事は適わなかったな!はっはっは!」

 エウッジは高らかに笑った。
弱まった官軍隊を見て、自分の的確な指揮ぶりを思い出し、余りある自分の才能にすっかり自惚れ、目先の勝利を思い浮かべて、危惧するという思考を忘れていた。

 そこへ、頂天教軍の伝令がやってくる。

 「伝令!北門に援軍5千の到着した模様です!」
 「ふふふ、いよいよ官軍の最後だな…ようし北門のズビッグに合図を送れ」
 「それが…」
 「ん?」
 「何度問いかけても、まるで応答がないのです」
 「馬鹿め…なにをやっておる。ええい、こうなったら私が直々に行って城門を開けさせよう!」

 エウッジの命令によって何十人かの部下が選ばれると、エウッジは指揮官である自分自ら援軍を迎えに北門へと向かった。城壁を渡る間、燃える自分の砦を目にすることも出来たが、目先の勝利に溺れたエウッジは、それを見逃した。

 そして、北門へたどり着くと、自ら5千の援軍のために門を開け、自分が部隊の陣頭指揮を執ると、弱りきった官軍が迫る、南門を開けて出陣した。

 「官軍を叩き潰す良い機会ぞ!全軍突撃だーッ!!」

 「「「 オ ー ッ ! ! ! 」」」

 ついに重く閉ざされていた砦の南門が開け放たれた!
指揮官エウッジの声を聞いた頂天教の兵士達の士気は、大いに盛り上がり、城壁の兵士たちは矢を射るのを止め、城壁から長梯子をかけて、鏃門橋に屯する官軍に襲い掛かる勢いであった。

 「ミケイ様!砦の門が開きました!」
 「なに!…それで火の手は挙がったか?」
 「いえ、今はまだのようですが…」
 「決死隊は間に合わなかったか…まあ良い!」

 暗い顔を浮かべるミケイ。
しかし、こんな絶体絶命の機会に、将が憂いた顔をしていれば兵達の士気にも関わると思った指揮官ミケイは、白銀の剣を前に後ろにやり、気丈に指揮を執り続けた。

 「隊列を交替!各自、移動せよ!」
 「み、ミケイ様!!!」
 「今度は何ですか!」
 「あ、あれを!」

 官軍の兵が指を指す。

その時だった。
砦の城壁のあらゆる場所から黒煙が上がり、曇り帳の降りた闇夜の空に、煌々と光るように燃え立つ炎が湧き上がった!

 「おお!決死隊が成功したかっ!今だ!ドラをならせーーーッ!」

 ジャーン!
 ジャーン!
 ジャーン!

大空に響く、耳がはちきれんばかりの銅鑼の音!
音は空中を舞い、橋全体を風となって駆け巡る!

 そしてミケイは、この作戦を最終段階へともってゆくために、剣を振り上げ、声をあげる!

 「歩兵隊!手はず通り橋の両側二手に分かれて退却せよ!追撃する敵は、後方の弓兵隊で防ぎ!しばらくすれば、最後方の騎馬隊が援護に来る!その間に鏃門橋の南の袂まで退却せよ!」

 「「「 オ ー ッ ! 」」」

大盾を持った歩兵隊は、乱れた陣形を早足で瞬時に変えると、橋の西と東に隊を二分し、素早く隊列を整えると、一斉に退却を始めた。

 「「「 ワ ー ー ー ッ ! ! 」」」

 官軍歩兵隊の退却が行われている頃、砦の南門を抜けた頂天教軍は、退却する歩兵隊を追撃するために、喚声をあげて襲い掛かった!

 逃げる官軍、追う賊軍。
正面からくる賊軍の騎馬隊に、官軍の歩兵隊は距離をグングン追い詰められ、ついに橋の中腹で待機していた弓兵隊に差し迫った。

 迫る頂天教軍の意気は、エウッジの指揮もあり、橋を踏む馬蹄も人の足も強く、喚声も凄みのあるものであったが、ミケイは、それに対して余裕の笑みを浮かべた。

 「今です!矢を放つのです!」

 歩兵隊と供に退くミケイの号令と供に、白銀の剣が一振りされると、橋の中腹に居た弓兵隊は、短距離用(扱いやすく連射に向く)の小弓を取り出し、前面に迫る部隊に向けて無数の矢を発射した!

 ヒュンヒュンヒュンヒュン!!
 ザクッザクザクッザクザクッ!!

 水平に勢いを消さずに飛ぶ無数の矢は、両側に放れた官軍歩兵隊の隙間を縫うように、迫る頂天教軍の騎馬隊目掛けて放たれ、そして命中した!
 前面に居た頂天教軍の多くの兵達が、我先にと追撃をかけたことで、幅の狭い橋には、馬や人の死体が積みあがり、それは進路を邪魔する遮蔽物となった。

 これには頂天教軍も、流石に足を止めざる終えなかった。

その間にミケイ率いる歩兵隊は完全に退却し、一息つくと弓兵隊も退却し始めた。

 「小細工ばかりでは勝てんぞ!」

 逃げる官軍を眼にしながらエウッジは、すでに冷静な思考が出来ていなかった。数で勝る頂天教軍を見て勢いはまだ衰えていないと思ったエウッジは、官軍への迫撃を諦められず、進路を開けさせると再び追撃を始めた。

 ドドドドドドドドドドドドッ!!!!!!

 「「「 ワ ー ッ ! ! 」」」

 だがその時、橋に数百の馬蹄の音が差し迫るようにエウッジの耳に響いた。
橋の後方に、屯していた官軍の騎馬隊が、これまた官軍の弓隊と歩兵隊の隙間を縫って、突撃してきたのだ!

 ガキン!ドカッ!
 ブーン!ガスッ!
 ビュン!ガキーン!

 狭い幅の鏃門橋で一気に兵が通れないという弱点を逆に利用したミケイの作戦は、功を奏した。合戦の間中ずっと休んでいたこともあり、同じ数を相手にしているのなら、遠路を進んで疲弊した頂天教軍など敵ではなかった!

 騎馬隊が時間を稼ぐ間に、砦は見えるほど轟々と燃えてゆく。

「よし!騎馬隊!引けーっ!」

 ミケイが言葉を発するや否や、騎馬隊はサッと退却を始めた。
普通、部隊が退却するときは背中から迫撃を受けることになり、甚大な被害を被るのだが、ここでも遠路を走ってきた頂天教軍と、休んでいた官軍騎兵隊の疲弊の差が目立ち、その被害は、最小で食い止めることが出来た。



― 鏃門橋 南 森林地帯 ―


出鼻を挫いたとはいえ、追ってくる頂天教軍の勢いは驚くべきもので、橋を渡り、森林地帯に差し当たったミケイ率いる官軍の騎兵隊も、その数を百騎以下に減らし、敵から逃げるのがやっとだった。

 そして、勢いを増す頂天教軍は、ついに橋を渡りきり、官軍野営地近くの森林地帯へと、その足を伸ばしていた。頂天教軍の将エウッジは、ここでも陣頭指揮をとり、自分が指し示す方向へと、軍を動かしていた。

 しかし…

 「ふっはっはっは!このまま官軍の野営地を焼き払ってくれるわ!」
 「エウッジ殿!あ、あれは!」
 「む…?どうした…あっ!」

 その時、エウッジは信じられない光景を見ていた。
そう、絶対に落ちることのない難攻不落の砦が、闇夜を照らすほど赤く燃えているのだ。
エウッジは、焦燥感を露にして言った。

 「ば、ばかな!ズビッグは!弟は、どうした!」
 「わかりませぬ!ですが、このままでは砦は落ちますぞ!」
 「ぬ、ぬう…ま、まさか!謀られたか!!!くそっ!全軍退却だ!」

油汗で滲む馬の手綱を握りながら、エウッジは今来た進路を戻ろうとした。
だが、その時。

 ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン!!!!!

 「ぐわーぁぁぁ!」
 「ぎゃああーっ!」
 「うわーあーー!」

エウッジが退却しようとして間もなく、森の暗闇の影から、無数の矢が飛び出した!
矢は、四方八方から頂天教軍を狙い、だれそれ構わず襲い掛かった!

 ジャーン!
 ジャーン!

 「うっ!」

悲鳴と喚きが混ざる混沌の中で響く銅鑼の音と供に、森の影から兵達の姿が現れた!
その陣頭に立っていたのは、官軍南部方面軍指揮官、猛将ジャデリンであった。

 ジャデリンは、持ち前の長い槍を持ちながら、動揺を隠し切れない頂天教軍に向かって、大きく号令をあげた!

 「夜襲陽動の策!見事だミケイ!それっ!敵は弱軍ぞ!皆の者!かかれー!かかれーッ!」

 「「「 ワ ー ー ー ッ ! ! 」」」

 号令と共に、猛将ジャデリン率いる武勇の郡将達と、およそ3千の官軍兵がエウッジの軍に襲い掛かった。

右へ左へ!東へ西へ!
辺りは、敵味方混ざっての激戦区と化した!
刀が一度光れば人の血が大地に撒き散らされ、槍が一度振られれば無数の兵の悲鳴が木霊する!

 だが戦いは、圧倒的に官軍有利だった。
たしかに数は、頂天教軍のほうが多かったかもしれないが、伏兵にあって混乱の解けない賊軍と、指揮官ジャデリンが率いる勇猛な兵では、士気が違いすぎた。

 そんな中、エウッジは冷静さを取り戻し、かかる兵に対して必死に抵抗したが、最後はジャデリンの部下が放った矢に討たれ、首をとられて絶命した。

 合戦の最中、指揮官である将を失った軍は惨めな物である。
ろくに統率も取れなくなり、兵達は闇雲に戦うことを放棄し、まるで麻のように乱れてゆく。
ある者は戦いの最中だというのに逃げだし、ある者は恐怖の余り味方を斬り殺し、ある者は降伏し、ある者は戦い、そのまま討ち死にしていった。



 夜が明け、辺りが明るくなると、橋と森林には無数の死体が、湖面には逃げ遅れた兵士が、その無残な姿を朝日に晒していた。
難攻不落の砦には、城壁に官軍の旗がたなびき、燃え屑が転がった橋の先には折れた矢が無数に刺さり、大盾が転がり、朝日に照らされて輝く草は血に濡れていて、土は朱に染まっていた。


 こうして、ミケイの策により始まった鏃門橋の砦攻略作戦は成功した。
被害は少なからずあったが、砦周辺の頂天教軍を全滅させ、背兎城を救出できた結果を見てみれば、官軍の圧勝、一夜の夜襲による大勝利であった。

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第九回『死地にて燃ゆる』-1

2008年04月22日 22時35分09秒 | 『英雄百傑』完全版

― 鏃門橋の砦 西門城壁 ―

 「だれだ!そこにいるのは!!!」

 選りすぐりの数十人の頂天教軍兵士を連れたズビッグが、すでに登りきっていたスワトとポウロ、そして城壁の下から登ってくる人影を指差して大きな声で叫ぶ。

 そこには、合戦だというのに眠りこけるミレムと、それを背負うスワト、そして後続の決死隊に檄を飛ばすポウロ達三勇士と、未だ高い城壁を登りきれない100騎の決死隊の姿があった。

 「さては、てめえら官軍だな!へっへっ、俺の目が良かったのが運の尽きだったなぁ!」

 燃え盛る黒煙が風に乗ってズビッグの後ろを通り抜ける。
ズビッグは、配下達にもっと兵を集めるように伝達すると、自分は数十人の部下を連れて、三勇士の方へ駆け出す。

 「グゴーッグゴーッ!」
 「むう!見つかったでござるか!」
 「なんと間の悪いこと!決死隊!死にたくなければ、早く登りなさい!!」

 あと一歩という所で、敵に発見されてしまった決死隊の面々は、スワトとポウロの言葉に少なからず動揺した。城壁を登る決死隊に敵の姿や、その数は見えなかったが、『見つかってしまった』という事実に、顔面は驚愕の色に歪み、未だたどり着けない高い城壁の先を見て、決死の心で乗り込んできた義勇兵たちの心は、焦りに焦りを重ねた。

 「何をもたもたしている!もっと早く登るのだ!ええい」
 「ポウロ殿だめでござる。兵をどんなに急かしても、この高い城壁では…」
 「豪傑殿!このままでは我らの初陣は敗北に終わってしまうぞ!」
 「どうすればいいでござるか!」
 「豪傑殿!お主の怪力で、時間を稼げますかな!」
 「む?時間を稼ぐとは、どういうことでござるか」
 「ようは迫る敵を斬って斬って斬りまくればいいのだ!」
 「おお、そういうことか!それがしの得意でござる!まかされよ!」

 城壁を登る決死隊に合図を送るポウロは、スワトにも檄を飛ばした。
ポウロの言う意味を理解したスワトは、体に結わいていた綱を離し、背中に背負ったミレムを城壁の側で降ろすと、綱にくくりつけていた自分の身の丈を超える武器を取った。

 ズンッ!

 瞬間、城壁の床に勢いよく突き刺さり、辺りに砂埃を上げて立つ、鋼色の大薙刀!
いや…おそらく人が用いる薙刀というには、余りに巨大で異形の姿!
長身のスワトの背を悠々と超える長い柄!形容しがたい威圧感さえ覚える巨大な刃!
暗雲のたなびく夜空に、照らす炎の揺らめきを受け、燦然と輝く鋼色!

 「な、なんだあれは」
 「で、でかすぎる…」
 「人の武器じゃないぞ…!」

 頂天教軍の兵士が、それを見た瞬間。
体全体を異様な緊張感が、あたかも電撃のように走ってゆく!

 「さあさあ、この刀の試し斬りでござる!」

 迫るズビッグ達を前に、仁王立ちで意気込むスワト。

 「何をしてやがる!敵は二人だぞ!ものども、かかれかかれ!」

 ビクつく兵士たちの後ろで、ズビッグが叫ぶと、血の気の多い屈強な頂天教軍の兵士数人が一斉に、槍を突き立ててスワトの間合いへと飛び込んでゆく。

 ビュウッ!ビュウッ!ビュウッ!!

 風を斬って進む槍筋を前に、スワトは大薙刀を握る手に力を込めると、スッと大薙刀を持ち上げ

 「でぇやぁ!!!」

 スワトの声と供に、ブゥン!という風を裂く音が辺りに聞こえた!

グシャアッ!!

すると、大きな音の穂先は、向かってくる兵達の槍に触れ、その瞬間、木製の柄が木っ端微塵に折れると同時に、槍を握っていた兵達の顔が、一瞬痛覚に歪むと、胴体が拉(ひしゃ)げるように空を舞い、飛ぶ流血と悲鳴が城壁を木霊する!

 「おりゃあ!!!」

 再びスワトの大薙刀が振り上げられ、穂先が別の兵士の首を捉える。
例えば人間が持つとしても、巨大な鉄の塊である薙刀は重く、振れば、その一撃にしても鈍重でしかるべし…だが、スワトの太刀は違った。

 重い…が、速い!

太刀筋は、およそ人智を超えた驚くべき速度であった!
その素早く襲い掛かる鋼の刃に反応できるはずもなく、兵士は、ただ命を失うしかなかった。

 グシャッッ!!

鎧兜、硬い甲冑を着たはずの人間が、無残にも鮮血を放ちながら拉げ、一瞬にして物言わぬ血と肉の塊へと変化する。おそるべきは、スワトの怪力から放たれる、未だかつて誰をも放った事も無い、巨大で、重厚で、素早い、猛然たる異質の太刀筋!

 「さあ!次は誰でござるか!この豪傑スワトが相手をするでござる!」

 あっという間に、襲ってきた兵士を斬り殺したスワトは、悠然と刃に残る鮮血を、ビシャッ!と力強く地に叩き付けて浴びせると、頂天教軍の兵士たちを睨んだ。

 「わわわ…人間ではない…」
 「怪物じゃ…」
 「お、おれは死にたくねえ…お前行けよ」

 血生臭くなる城壁に堂々と立つ豪傑スワトを前にして、頂天教軍の兵士達は怯え、誰一人として前進することが出来なかった。

 だが、そんな中、流石に武勇に長けた将ズビッグは、怖気づくこともなく、前に出てスワトを笑う。

 「ガッハッハ!少々の怪力で粋がるなよ小僧!」
 「なにを!お主、何者でござるか!」
 「俺の名はズビッグ。断つ大斧、天下五本の指に入ると呼ばれた、当代の豪傑よ!」
 「笑わせるな!お主ごとき、このスワトの前ではカカシも同じよ!」
 「ガッハッハ!そう、死に急ぐな小僧!そうだ、死に急ぐお前に一つ良い事を教えてやろう。城壁を登るのに必死で、お前たちには見えなかったようだが、もうすぐここに我らの援軍が来る!おまえらのような小勢がどう動こうが、関係ないほどの大軍が来る!」
 「なに…援軍だと!?」
 「つまり、お前らはもう袋のねずみ。逃げる場所など無いのだ!ガッハッハ!」
 「ふん!いくら来ても、それがしが全員たたっ斬ってくれるでござる!」
 「死ぬ前の大口も、その辺にしておけよ小僧!」

 余裕を浮かべるズビッグの言葉に、動じることなく応じるスワト。
しかし、話を聞いていたポウロは、援軍という言葉に愕然としていた。

 「ガゴォォォーガゴォォォォー!」

 この危機に、いびきを立てて寝ているミレムが恨めしく思ったポウロであったが、すでに時勢は、刻一刻と頂天教軍に動いているかと思うと、焦る気持ちが思考を鈍らせる。おそらく、普段冷静であっても、それが戦場であれば臆病にもなる。

 そして…

 「ご、豪傑殿!ここは任せたぞ!」
 「むっ?」
 「私は決死隊を連れて、砦の中に火を放って逃げる!豪傑殿は、ここでミレム殿を守って、時間を稼いでください!」
 「お、おお!任されよ!」

 ポウロは、決死隊を連れて砦の中へと進んでいった。
ミケイの作戦を遂行させるため…いや、ポウロの気持ちは別にあった。
戦場で眠りこけてしまうような明主と、忠義忠義と馬鹿正直な怪力に自分の命をかけるほど、この男は馬鹿ではなかった。
 そう、自分の命が助かりたいという身勝手な一存で、明主と崇めた男を置き去りにし、いつでも逃げれる位置に自分を置くために逃げたのだ。

 「…豪傑殿。死に戦に我々は来たのではない。わかってくれ。この世は命あっての物。私は自分の命が惜しいのだ。生きていたらまた会おう。たとえお前達が死んでも、私が遺志を継ぐから恨むなよ」

 焦り顔でポウロは、スワトに聞こえないように心の中で呟くと、登ってきた決死隊100人を連れて、まるで逃げるように、砦内を駆けて行った。

 しかし、スワトは逆にこれを、明主を守るべき人物が自分しか居ないのだ、という事なのであろうと思って、敵兵迫る砦の城壁の上で、鼻を高くした。

 「ふふふ、ミレム殿の事は任されよ!それがしが命に代えてもお守りするでござる!」

 上機嫌のスワトは、持った大薙刀を、ブゥンブゥンと二回、三回、片手で空に振り回したかと思うと、その場に居た頂天教の兵士達全員に聞こえるような大声で叫んだ。

 「やあやあ我こそは、義勇軍三勇士の一人、豪傑スワト!皇帝に逆らう逆賊の者どもめ!死にたい奴から名乗りを上げて前に出ろ!我が大薙刀の錆にしてくれるでござる!」

 ブォン!ブォン!ブォン!ブォン!

スワトの頭上で、大きく旋回する薙刀は空を裂くと、つむじ風を呼び、それは大きなうねりとなって、頂天教軍の守備兵達を驚かせる。

 「さ、寒気がする…」
 「あの大薙刀をあのように扱うとは…」
 「ブルブル、俺はあんなのと戦うの嫌だぜ…」

 しかし、そんな怯える兵達を一喝するように、ズビッグがスワトに負けじと大声をあげる。

 「ガッハッハ!お前のような愚鈍(ぐどん)な奴を仕留めるのには勿体無いが…どれ、死に急ぎ、粋がる小僧の腕でも見てやろうか!武器を持て!小僧とはいえ、名乗ったからには一騎打ちだ!今一度言う!我こそは、頂天教軍の将、大斧のズビッグ!」
 「おう!相手がカカシでは、ちと物足りぬが!参るでござる!」

 喚声の止まぬ闇夜を震わす、武将たちの声。
ズビッグが持ち出したのは、これまたスワトの薙刀に負けない、巨大な大斧であった!
互いに、にじり寄る武将二人は、間合いをとりながら、射程を窺う…。

 「そりゃああ!」

 ダッ!!と、踏み込みも強く飛び込んだのはスワトであった。

 ブゥン!

 一合目!
力強いスワトの猛烈な薙刀の軌道に、からくも反応することが出来たズビッグは、長い柄のついた大斧を横に広げ、振り上げると、刃がかち合うように、思い切りスワトに一撃を放つ!

 ガキーン!!!

 「な、なんと速い!」
 「逆賊め、それがしの忠義の刃を受けてみよ!」

 ヒュッ!ビュウッ!!ブゥン!!

 互いに手の届く位置からの二合目!
スワトの勢いは止まることなく、鉄の共鳴を促した大斧の隙間を狙って、再び猛撃を放つ!
対するズビッグは、ジィンと震えた大斧をグッと握り、これを受け流そうと叩き降ろす!

 ガキィィィンッ!!

 再び聞こえる鉄の共鳴!散る火花!
二人の武将は、力強く刃を合わせたまま迫り合うと、詰めすぎた間合いを開けるために、一度距離をとった。

 「ふふ、カカシのズビッグとやら、その程度か!」
 「おのれ、小僧!言わせておけば、つけあがりおって!」

 ブーン!ヒューッ!
 ガッ!ガキーン!!

 間合いをあけて三合目!
長大な射程を誇る互いの武器が大上段に構えられると、その刃は時を同じくして空中に放物線を描き、切っ先は中央で重なった!

 しかし…

 「貧弱極まりないぞ!それそれっ!!」
 「ぐ、ぬおおおお!!まるで大岩を当てられるようじゃ」

 最初は、意気揚々と大斧を振り回し、スワトの猛撃に打ち返す余裕もあったズビッグであったが、六合目(斬り合いの数)以降は防戦一方だった。人間離れしたスワトの怪力が合わさった長大な薙刀から放たれる強烈な一撃は、相打つ度、腕に鉛の塊がぶつけられるような感覚を覚えさせた。
 それは、ズビッグの斧を握る腕の筋を直接疲弊させてゆく。

 ブゥン!ガキーン!!
 ブゥン!ガキッ!!

 それでも直、諦めずに三十合ほど打ち合いを重ねたズビッグだったが、その全身には、溜まっていた疲労の色が見え始めていた。
 頂天教軍の中にあって、流石に武勇際立つズビッグだったが、疲れを知らない豪傑スワトの長身から軽々と繰り出される太刀の前には、なす術が無かった。

そしてスワトが、疲れの見えたズビッグの隙を突く!

 「今だ!それっ!!!」
 「あっ!」

 ブゥーーーーーーーーン!
 ガキィィィィンッ!!!
 ドサッ…!

 スワトの大薙刀が、ズビッグの大斧の刃と柄のつなぎ目を捉えると、柄は見事に両断され、重い刃は空中に飛び、明後日の方向にある城壁に無残な鉄の固まりを見せながら、大きく音を立てて転がってゆく。

 「勝負あったでござるな!」
 「ぬ、ぬぬぬ、ま、まだだ!ええい、この兜が邪魔をする!」

 カランカランカラン…スチャッ!

 ズビッグは柄を投げ捨て、汗でびっしょりになった兜を放り投げると、怒り心頭で腰の長剣を鞘から抜き、再びスワトに襲い掛かろうとした。


 その時であった!


 「うるさいぞ逆賊ども!!少しは静かにできんのか!」


 「え・・・?なっ!!!!」

 ビュウッ!!!
 ガッ…!
 ズグシュゥゥ!!!

 叫び声と供に、小手先大の長剣がズビッグに向けて一直線に飛んだ!
そして、次の瞬間ズビッグは、兜を脱いだ頭部を長剣で貫かれ、悲鳴をあげることも出来ず、ただ鮮血を辺りに撒き散らしながら、絶命した。

 「人が寝ているというのに、まったくうるさい奴だ」

 長剣を投げたのはなんと、他でもないミレムであった。
ズビッグの大斧が壊れた衝撃で目覚めたミレムは、城壁の横からヌッと起き上がると、目の前で大声を放つズビックの後ろから、卑怯にも長剣を投げて突き刺したのだ。幸運なことに、投げた長剣の刃先は、上手い具合にズビッグの頭部を貫通した。

 「え、あ…?ミレム殿…?ば、ばかな…武将同士の一騎打ちに、な、なんという無礼をするのですか!!」
 「黙れスワト!!こやつ俺が、酒に酔って極楽を味わう、という良い夢を見ている時に、大音など出して俺を起こすからいかんのだ!成敗されて元々!だいたい賊にかける情けなど無い!お前も、そこにいる逆賊の徒を成敗せぬか!わかったな!!!」
 「は、ははーッ!」
 「うむ!ではまた一眠りするかのう……グゴーッ!グゴーッ!」

 そう言うとミレムは、再びその場で寝てしまった。
ズビッグの返り血に少し汚れた鎧など気にも留めず、しかも数秒で。

 スワトは、これを見て、この男の凄まじいほどの器の大きさを感じた。
そしてズビッグが死んだことに慌てる敵兵の前で、大きく笑い始めた。

 「ハーッハッハッ!なんという豪胆でござろうか!!将を害して、戦場で寝入るとは、前代未聞!大器足りえたミレム殿は、まさに極上の気運の持ち主でござるな!それがしが、明主と崇めただけのことは、あるわ!ハッハッハ!」

 …ボッボッボッボッ!!!!

 高笑いを浮かべた、その時。
砦の内から、小さな炎が道筋にあわせて順々に上がる。
スワトの目には、それが良く見えた。

 「お、ポウロ殿がはじめなされたな!ハッハッハ!ではそれがしもミレム殿の仰る通り、賊軍を排するとするかの!!!!」

 ブゥンブゥンブゥン!!!

 「「「 ひ 、 ひ え え ー ー ー ! 」」」

 再び大薙刀の旋回音が鳴り始めると、頂天教の兵達は、恐れ慄き、まるで蜘蛛の子を散らすように、方々の態で離散し始めた。

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