5、忍び寄る殺意
「マスター。コーヒーを」
喫茶Sunrise/Sunsetのカウンター席に仏頂面で座る御山。
いつものようにバイクで乗り付けた行きつけの喫茶店で出される、濃厚な黒色と香りを放つ一杯のコーヒー。
いつものようにコーヒーの中にスプーン十杯分の砂糖を御山はぶちまけ、マスターはそれを見て苦笑いをしている。
いつもの風景。
ただ一つ違ったのは……。
「カレー、オカワリ、クダサイ。モチロン、大盛リデ」
御山に見える、柱を挟んだ四十五度対角線上の席。
同じようにカウンター席に座っている大柄の男。
独特な赤紫色のサングラスをかけ、黒いハットにクリーム色のコートに身を包んだ怪しい異国人。
だがその見た目以上におかしかったのは、食べる量だった。
「はい。だけど、お客さん大丈夫かな。もう七皿目ですよ」
マスターは困ったような声で、ペロリと平らげられた皿を下げる。
飲食店として、米もルーも決して少なくはないであろう大盛カレー。
それだけを男はペースも変わらず黙々と食べ続ける。
「ノーノー。ゼンゼン足リナイヨ。モット」
そして男の前に八皿目を出すと、男は唇の端をニヤリと歪ませて、真新しいスプーンで食べ始める。
確かに、コーヒーを売るだけの喫茶店ではないのだから、それなりのメニューは揃えてあって、それなりの味ではある。
だが、まったくペースが衰えず、しがない喫茶店のカレーだけを黙々と食べ続けるこの男は、それなりに不気味であった。
「お客さん、よく食べるね。テレビの大食いチャンピオンか何か?」
マスターが流石に気になって声をかける。
すると、カレーを頬張ろうとしたスプーンは空中で止まった。
止まったまま、男の口が動き出した。
「ワタシ、オオ喰ライ。イッパイ。イッパーイ。食ベナイト。シゴト、ナラナイ。コレカラ、シゴト、ダカラ。オワカリ。オカワリ?」
日本語を覚えたての異国人特有の、言葉を理解できたようで出来ていない返答。
「あ……、ああ。はい。ちょっと次のは時間かかるから、待っててください」
どう考えても半分以上通じていない返答を耳にしたマスターが、なくなりかけの米とカレーを心配しながら、九皿目を用意しに奥のキッチンに消えていった。
それを見て男のスプーンは空中から動き出し、カレーの皿を平らげるたびに見える不気味な口元の緩みだけが、その場を支配していた。
「サテ……」
男は綺麗に食べきったカレーの皿の上にスプーンを置いて、スッと視線を皿から真正面に向かわせた。
怪しげな赤紫色のサングラスの視線は、初めてカレーではない方向に向かっていった。
そして、その視線はキッチンに向かったマスターのほうではなく、四十五度対角線の席。
御山のほうに向けられた。
「……なんだ?」
コーヒーを一口。
カップを置いた御山が、訝しげに異国人に目をやる。
「御山サン。貴方ニ、大切ナ話ヲ、モッテキマシタ」
手と手を真ん中に組んで、御山に向かって少し強いトーンで話す男。
「……お前、どうして名前を」
突然、名前を呼ばれたが、その驚きよりも早く、御山は警戒を促すように強い視線を送った。
「オット。ウッカリト失念デシタ。貴方ノ名前ハ、ゲラオ。仮面ライダーゲラオ、デシタネ」
「……!」
イントネーションと言葉遣いは変わらないものの、異国人の男が吐くその言葉の意味を御山は理解した。
御山サクヤの二つ目の名前を知る者。
つまり相手は秘密結社Dの関係者だということを。
「表へ出ろ。ここで話をしても始まらない……『そういうこと』だろ?」
席を立ち、そのまま男を睨みつけ威嚇する強い視線で、男の近くに寄る御山。
おそらく相手はDの刺客。
ならばこの店が戦う場所になって迷惑がかかる前に、と思って、男を力づくで店外に出そうとする。
右手が、男のクリーム色のコートの肩に届く。
その瞬間だった。
「思ッタ以上ニ、好戦的デスネ」
触れる手前、男の左手がガッと御山の手首をつかんでいた。
軽く指が触れる程度だが、御山の手首からはギリギリと締め付ける音が聞こえる。
およそ常人ならば悲鳴をあげるであろう痛み。
袖ごと血管と肌がまとめて引きちぎられるような、恐ろしいほどに食い込む握力。
振り解こうと思っても、振り解けるものではない。
「ノーノー。ワタシ、Dノ決定ヲ、伝エニ来タ、ダケデス」
「何だと……」
感情や温度のない、平坦な口調で淡々と唇を動かす男。
御山の位置から覗ける、赤紫のサングラスの内側の瞳から届く、静かな殺気。
掴まれた右手の握力もそうだが、明らかに人間のものではない。
「ゲラオサン。秘密結社Dハ貴方ノ抹殺ヲ決定シマシタ」
「なるほど。ライダーシステムの過程で不要になった部品は始末するということか」
静かに言葉を浮かべてはいるが、その裏には御山の怒りと嘲りが同梱されていた。
かつて『ライダーシステム』の一部となっていた自分と、そう仕向けさせた秘密結社Dという存在に対しての怒りが。
「ソウデス。貴方ヲ倒スベキ集メラレタ。秘密結社Dノ、ニューフェイス」
「……ニューフェイス。まさか!」
「ソウ。貴方ノ弟達トモ呼ベル。ライダーシステムヲ搭載シタ。新タナ、フェイス、ライダー」
「くそッ!!」
御山は掴まれた腕に力をいれた。
拳は硬く震えだし、握る力は肉を絞め、その摩擦で切れた肌の中から血が垂れる。
「ドウシタ。同ジ、ライダーシステムヲ使ウナラ。ゲラオサンモ、相手ニ不足ハナイダロウ?」
「お前たちは、そうやって自分の気が済むまで命を弄ぶつもりか!」
「弄ブ? 勘違イシテ貰ッテハ、困ル。我々ニューフェイスハ、志願シテ、ライダーシステムヲ使ウノダ」
「秘密結社Dの……誰かの野望のための殺戮者としてか!」
「ソウダ。Dノ、鉄ノ掟ノ元ニ、コノ力ハ、アル。貴方モ、最初ハ底知レヌ力ヲ手ニ入レルタメ……ソウダッタロウ?」
言葉の最後にニヤリと笑った男の顔面に向けて、御山の力強い口調が向けられる。
「違うッ!!」
怒号にも似た、その言葉を聞いて、赤紫のサングラスの男はフフッと笑う。
すると今まで握っていた御山の手首を振り解き、勢い余って倒れる御山を前に、その場に立ち尽くして、口を開いた。
「今ニ、ワカル」
不敵に微笑みながらそう言うと、黒色のハットの位置を直し、カウンターにスッと一万円札を置き、赤紫のサングラスの男は店を出ていった。
追いかけようと御山が立ち上がってドアをあけたが、そこには男の姿は無かった。
「どうしたんだゲラオちゃん。大きな声あげて」
後ろを振り返った御山の目に写ったのは、九皿目のカレーを持ったマスターの姿だけだった。