kirekoの末路

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第四回『徳の者、流星に沸く』

2008年04月16日 17時27分45秒 | 『英雄百傑』完全版

―関州(地方) 楽花郡(県) 盛草村― 

 スワトと優男が脱獄し、夜空に浮かぶ星達を頼りに荒野を走っていた頃。
脱獄した牢から、およそ3里(約12km)程離れた場所にある、ここ関州(かんしゅう)楽花郡(らっかぐん)盛草村(せいそうそん)は、四方100m程を緩やかな傾斜に囲まれた農耕地帯であり、住んでいる者の殆どが百姓や農民で構成されており、役人も数えるほどしか居ない、いわゆる集落に毛の生えたような小さな田舎村であった。

 だが、この村は、とかく天災の無い温暖な気候と、豊潤かつ肥沃な土と近場の河川からの水源に恵まれ、害虫や害鳥なども他の土地に比べ沸かない事から、良い作物が出来ると評判の村であった。特に評判に拍車をかけたのが、この村の特産物の落花生だった。
 この村の落花生は、風土の関係から「一粒噛み終わるまでに十の風味が楽しめる」と言われるほど、他の物と比べ一際味が良かったため、上流階級の役人や官吏達に好んで食された。その中でも粒の良い物は、『花見落花生』と呼ばれ、刈り入れ時になると、商人たちが挙(こぞ)って遠方から買い付けに来るほどだった。

 そんな村の中央に、場違いなほど大きく立派な一軒の屋敷があり。
そこには一人の男が住んでいた。

 「おお。今宵の星空は、近年稀に見る綺麗さだ!」

 静まった夜、闇の帳の中で煌々と光る上空の星たちを見ながら、男は呟いた。
星に照らされた男の顔。痩せた頬、痩せた体、美男子とまでは言わないが、下がりきらない福耳に、垂れた太い眉、にこやかな目じり、膨らんだ唇。実に人に好かれそうな良い人相をしている。

 この男の名は、ポウロ。
目を見張るような怪力の持ち主では無かったが、百姓にしては余りあるほど知恵があり、書を尊び学もあり、この村の村長の息子であったことも幸いして、金銭的に困った村人を助けてやるような、評判の徳の者であった。

 「う~む。私もあの星のように輝きたいなぁ」

 ポウロは二、三呟きながら、再び星空を眺めた。
実は、この男。村では徳の者として知られているものの、内心は名声欲と自己顕示欲が強く渦巻いており。常に自分の置かれている立場に不満を持っていた。
 その折さえあらば、天下に躍り出て一仕事し、さらなる名声が欲しいと思うような功名に餓えた者であった。

 しかし、この男は自分から何かをするというような人物ではなかった。
村長の息子という立場から人心を得ることや、書を読み広く知恵や知識の類は持ち合わせていたが、いかんせん優柔不断で決断力に欠け、いつも心の中で欲望の火を燻らせる毎日を送っていた。

 「時があればなあ。この世をアッと驚かせるような、あの星の如き輝きを見せれるのに、未だその時が来ない。世の中には頂天教などと言う、宗教の名を借りた凡愚どもが我が物顔で暴れまわっているというのに、私のような奇才が、こんな村で生涯を終えようなど、実に残念だ!」

ヒューッ…!

「む、少し寒くなってきたな。いつまで嘆いていても仕方ない。そろそろ寝るとするか…」

ギィー…

 少しの間、浮かぶ星空を眺めながら、自分の未来像に不満をたれるポウロだったが、流石に冷たい夜風が部屋の中に吹いてくると、肌寒さのあまり、それまでの熱弁ぶりは引っ込み、トボトボと自室の戸を閉めようとした。

 その時だった。


 「むっ!?あ、あれは、なんだ」


 眼前に広がる、なんとも異様な光景。
今まで西の夜空の暗闇の合間に点々と眩く輝いていた星たちが、その光をそのままに、一つ、二つと弧を描きながら、東の空に流れてゆくのが見える!

 緩やかな弧を描く、白い光の軌跡が、次々に影を照らし、目に飛び込んでくる。
なんとも異様な光景に、ポウロが目を疑うのも無理はなかった。

 「お、お、おぉぉ…!帝がおわす西の空に固まっていた星たちが、東の空に弧を描いて流れる…これは吉兆か、それとも凶兆なのかっ!」

 ダッ!バタン!バタン!

 見上げた夜空の変動に目を奪われたポウロは、広い場所で眺めたいと思い、内から沸きあがるなんとも言えない衝動に駆られ、いてもたってもいられず、閉めようとした戸を開け放ち、着の身着のまま、草履も履かずに外へと飛び出した!

 ガタン!バタン!

 「ど、どうした何事じゃ」
 「どうやらがポウロ坊ちゃまが目を覚まして外で何かを・・・」
 「フアーア、夜中になんですか騒がしい」
 「うう、明るいなぁ、もう夜明けかい?まだ、ねむたいのになぁ・・・」

 ガタン!

 「うっ!あれを見てみよ!そ!空が!星が!」
 「げ、げえーっ!」
 「フアー・・・ア!?ややっ!なんたる不可思議なこと!」
 「まだ夢を見ているのかなぁ、星が流れていくよ」

 すでに寝ていた家のものが、けたたましく開け放たれる屋敷の戸の音に目を覚まし、眠気眼で灯籠に明かりをつけると、空の異変に気づく。

 真夜中だというのに、白い光を放つ星の軌跡で空が明るいのだ。

 その光景に、あるものは夢だと思い寝床に戻り、あるものは吉事だ、凶事だと右往左往に言いふらして屋敷の外で騒いだ。

 だが、夜風が肌にしみるような寒空の中。
異変に一番早く気づいた当のポウロは何も言わず、ただ目を輝かせ、口を大きく開いて、流れ行く星空を眺めるだけであった。

 「…(帝がおわす西の都の空の星が東に動くとは。もしや、これは天下乱るるという事か。ふふふ、待ちくたびれたぞ。時が来たか!)」

 夜空は、未だその光の軌跡を残していた。



― 盛草村の外れ ―

 一方、その頃。
土煙を上げて走り、3里の道をもろともせず、すでに盛草村の外れまで来ていたスワトと、スワトの脇に抱えられながら、すっかり気を取り戻していた優男は、走りながらでも確認できる夜空の異変を見て、互いに目を疑っていた。

 「西の空が沈み、東の空があんなにも輝くとは…なんと妙な…!」
 「ふふふ、我らが義という絆で出会った事、それが空をも動かしたのでござろう!」
 「ふ、ふむ、そ、そうです…だな。いや、そうだ!そうに違いない!」
 「ハッハッハ!ザンゴー殿!どうやら運も向いて参りましたぞ、あれを見てくだされ!」
 「う、うん?」

 スワトが指を差した方向を見ると、あぜ道の遥か先に、村らしき明るい灯火がついた家屋が何軒か見えるのを優男は確認した。

 「ふう。これで一息…しかし…」

 少しホッとした優男だったが、安堵の息はスワトの顔を見ると再びため息に変わった。
優男は考えていた。村らしき物が見つかって今晩は野宿をせずにすむ。だが、そんなことよりも重大なのは、この熊のような大男の手から「どうやって逃げ果せようか」ということだ。

 優男の記憶に焼きついた気絶する数秒前に見たスワトの怪力は、今や己にとって恐怖でしかなかった。大男に嘘をついて、まんまと牢を出たのはいいが、己の嘘が一度バレてしまえば、この大男は憤慨して、持ち得る全ての力で自分を殺すかもしれない。

 優男の、そんな必死さと相まって、どうにかして体をジタバタさせ、抱えられたスワトの丸太のような太い腕から離れようとするが、優男の貧弱極まりない力では、まさに暖簾に腕押し。びくともしないのは明らかであった。

 「さあザンゴー様!もう一息です!あの村まで急ぎますぞ!」

 ギュッ!ギュッ!

 「す、スワト殿!もう少し力を緩めてくだされ!こ、これでは絞め殺されてしまう!」
 「おお、これはすまぬ。どうにも急いて力が入りすぎるようでござるよ!ハッハッハッ」

 ギュッ!ギュッ!

 「ぐっ、ぐぐぐ・・・ぐむー」

 スワトの腕の力は、優男の言葉を聞いているとは到底思えないほど強く、優男の体はギュウギュウと音が出るほど締められ、まるで大蛇の巻きつきにも似た感覚を優男に植え付けると同時に、余りの締め付けの強さに、優男はついに抵抗する事適わず、スワトの腕の中で気絶してしまった。


―― 翌朝 盛草村 村長の家 ――


 朝鳥たちが鳴く声が、耳に聞こえると窓から差し込む穏やかな光が優男の顔を照らす。
いつの間にか優男は、見知らぬ寝室の床の上で寝かされていた。
室内には、これまた見知らぬ男が一人立っており、こちらをジッと見ている。

 「うっ・・?ここはどこだ?」
 「おお、お目覚めなされたかザンゴー様」
 「お…お主はどなたかな?」
 「私は、この盛草村の村長の息子ポウロと申す者。スワト殿という豪傑が、昨晩に我が家に訪れ。かの英雄ガムダ様の御嫡流を御連れになったと聞き及び、狭い家ではありますが、我が家にお泊めいたした次第でございます」
 「は、はあ、なるほど…それであの熊のような大男…いや、スワト殿はどこに?」
 「走って相当疲れたのでありましょうな。隣室でまだ寝ています」

 大男がまだ起きていないと聞いた優男は、ジロジロと周りを見回すと、そのまま素早く床に寝そべっていた己の身を翻し、急いで汚れた履物を履くと、目の前に居るポウロに、今まで起きた事の次第を話そうとした。

 「おやおや、もう何処かへお出かけでございますか?」
 「い、いやなに。一宿の恩、たいへん感謝する。だが、わしは…」

 バタンッ!!!

 事実を言おうとした、まさにその瞬間であった。
けたたましい音を立てて、部屋の戸が思い切り開き放たれたのだ!

 「おお!ザンゴー様!お目覚めになられたでござるか!体調のほど、いかがでござるか!」
 「げっ!げえーっ!!」
 「・・・む?」

 開け放たれた戸の近くから寄ってくる人というには余りにも巨大な物体。
昨晩、鉄の牢突き破り脱獄し、脇に抱えられては、数度その怪力で気を失うほど締められた苦い記憶が、優男の脳裏に蘇る。
 目の前に現れたのは、豪傑スワト。その人であった。

 スワトは、一晩走って土に汚れた衣服のまま、優男の所まで走ってくると、膝をグイッと曲げて、優男の眠っていた寝所の床の前におろし、手を組んで、まるで主従の関係にあるように、ひれ伏した。

 置物の石のように動じず、目の前でひれ伏すスワトに対して、ただ恐怖に近い青ざめた表情を浮かべる優男。その場の動静を見守るポウロの余裕の表情と、眼を閉じてひれ伏すスワトの張り詰めた顔の間を、泳ぐようにチラチラ見ながら、にじみ始めた冷や汗を背筋に感じていた優男は、とりあえずポウロに目線をあわせた。

 しかし、それを見て不思議に思ったのか、スワトが言う。

 「むむ?大事なお話ですかな?それとも何かそれがしの顔についていますかな?」
 「い、いや、そ、そのう。なんだ。ははは。う、うーむ。」

 優男は、今から本当の事をポウロに話そうと思っていた手前、騙されてるとも知らないスワトの疑問だらけの顔を見て、「言えばこの場で殺される」と恐怖にも似た感情が湧き上がってしまって、なかなか打ち明けられなかった。

 「…む?…おおっこれは、これは!」

 ぎこちない優男、動静を見守っているだけで困惑するポウロ。その会話の進まない二人を見てスワトは、ふと何か思い出したように、その場から二歩さがって、一言呟いた。

 「これは失礼つかまつった!はっはっは!今起きたばかりで洗顔もせず、ヒゲの手入れを忘れておりましたわ!今また顔を洗って、お見苦しくないように出直しますので、御免!」

 バタンッ!!ダッダッダッ・・・・!

 スワトは、素早く立ち上がると大きな音を立てて、自分の開けた戸を閉じ、顔を洗いにどこかへ行ってしまった。

 「ふぅ…なんとかなったか…」

 噴出す汗を腕で拭いながら、一息つく優男。
その様子を見て、ポウロが言う。

 「ふふ、何やらまだまだお忙しいご様子。お二人で募る話もありましょう。我が家も今は収穫の時期では無いので暇ですし…どうでしょう?幸い空き部屋も余っていることですし、お二方が良ければ今晩も…」
 「え!?いや、それがその実は・・・」

 大男スワトが去ったことだし、ポウロに事情の説明をしようとした優男であったが、それをさえぎる様にポウロの声が室内にこだまする。

 「はは、遠慮など無用ですぞザンゴー様。我が家も英雄の一族が泊まるとなれば、それこそ一族の誉れでございます。たとえ幾日経っても構いません。幾らでもお休みくだされ」
 「いや、そうではなくて・・・あ・・」

 バタンッ!

 ポウロは、言い終わると供に、どこか意気揚々と立ち去り、別室へと向かった。
言うべき時を失った優男は何も言えず、そのまま流されるように、村長の家に厄介になってしまった。


 …それからの毎日は、今までの優男の生活と比べると天と地ほどの差があった。
毎日が贅沢に贅沢を重ね、酒は飲み放題、飯は食べ放題。酒に溺れ、良い音楽と良い女に囲まれ、まるで甘い蜜の中に漬けられるような生活を送った。
 毎朝、毎昼、毎晩、小さな農村では決してお目にかかれないような肉魚料理の数々が出された。優男が、それまで見たことも無い御馳走が宴を飾り、夜ともなると、これまた一つ注ぎ千金の値がつくような上質の酒がならべられ、飲めや謡えの盛大な酒宴が開かれた。
 もちろん、村の一族の女達が無礼の無いように卒なく給仕をし、選び抜かれた村の美女達が、毎晩のように宴に飛び入り、田舎者にしておくのが勿体ないほどの素晴らしい舞を踊っては、酒が尽きるまで宴は終わらない。

 小さな村だと言うのに、まさにこの世の極楽と思われるほどの生活。
だが、嘘をついている優男にとっては、良くされればされるほど、豪華に振舞われれば振舞われるほど、石畳を抱え、針のむしろに座るような気持ちであった。

 そして、滞在して三日目の夜。

 晩の酒宴も終わり、寝室へ戻り少し考え事をしながら、優男は自身の嘘に対して悩んでいた。牢を逃れるためについた自分の虚言が、思わぬ大事になってしまい、その良心の呵責に苛まれていた。

 元来この優男は、人間としては矮小の部類で、盗人としても、悪党としても中途半端。生きるための日銭を人様からの施しを受けて生きるような小心者で、ただ調子の良いだけの小人だった。

 この三晩の間、不思議と英雄の嫡流ということに関して質問される事は無かった。このままいけば、真実を告げなくても、このまま英雄の嫡流として蜜付けの生活に甘んじる事も出来た。だが、そのうちに嘘をついているという罪悪感が優男の心をビクつかせる。

 嘘をつき続けることに対しての自信が無い。そればかりか、この男には、誰かを押しのけるような驚くべき怪力や、機転を利かせるような知恵も、嘘を言い通せるような度胸も無い。

 優男は、寝所で嘆きの声をあげた。

 「ああ、俺はどうしたらいいんだ。本当の事を言えば殺されるだろうし、言わなくても何れバレて殺される。どうあっても死は目に見えてる。うう…俺に嘘をつき通せる程の度胸があれば…あの大男を説き伏せれるような知恵があれば…誰かに媚びへつらわなくても生きれる権力があれば…。ああ、どうすれば・・・」

 コン、コン。

 優男が嘆いていると、自室の戸が軽く叩かれるのが聞こえた。
そして、

 「ならば、死ぬつもりで三つを手になされ。私がお手伝い申そう」

戸の奥から、誰かの声が聞こえた。