2010年1月24日(日) 中国蘇州市内にある寒山寺を見学した後、江蘇料理で昼食をすまし、同じ建物にあるシルクの工場を見学した。
蘇州はシルクの生産地として昔から有名で、私たちは観光客向けのシルク工場を見学した。
建物入口には、女性の像が立ち、その奥には繭(まゆ)がケースに入れられて置かれている。 その前には、蚕について、次のように書かれた石板が置かれている。
「古史籍伝によると ”漯 祖”という者が蚕の発見始祖である。
彼女は西陵氏の娘で、軒轅黄帝の正紀となるが、民に蚕を飼い、糸を取る方法を教えたという。
古くも5千年前の氏族社会により、既に自然蚕の原始的採集方法を、人工的養蚕に切り替えていたものである」 と書かれている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/51/9d/48a08c2efa61d6d1dcb7c2f844c0a170.jpg)
蘇州にあるシルク工場の玄関 漯祖像の下には上記の ”漯祖”の書かれた石板が置かれている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3d/07/a0bd664e390d648374643cd9391a8c23.jpg)
シルク工場内の繭から糸を紡ぐ製糸機械を操作している女性たち
煮て柔らかくなった繭から一本の繊維を引き出し糸を紡ぐ製糸機械、一個の繭から1000m前後の糸が取れるといわれている。
シルク工場では、繭から糸を紡ぐ作業と、繭から真綿に加工する作業がされている。
私達が見学した折には、真綿の加工が終了し、手に触らしてもらった。
シルク独特の柔らかい肌触りが伝わってくる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/69/7e/4b798cba545cebb215ca42af9a84d0d0.jpg)
繭から真綿に加工され、それを手にして肌触り抜群の感触に微笑むガイドの女性達
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1c/b3/eb77bdd7c23a13ee627eb45a002c8039.jpg)
繭から真綿に加工され、引っ張ると御覧のような大きさまで伸びてくる、布団などに使われる。
このシルク工場では、シルクの販売も行われ、日本の半値ぐらいの価格だということだった。
また、隣の会場ではシルク製品を身にまとったファッションショーも、行われているようで、私が会場を訪れた時は、残念ながら休憩の時間帯であった。
ほどなくしてシルク工場の見学を終えた私たちは、蘇州市内で古い街並みと、東洋のベニスと呼ばれ、昔ながらの水郷の風情が残る山唐街に向かって行った。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/07/2d/75a4f3bd72d3d8b47b086d10388244ea.jpg)
祭りの日なのか多くの人たちで賑わいを見せている蘇州市内の雲岩寺の門前
山唐街の横に雲岩寺という寺があり、その西北の境内に虎丘(こきゅう)という標高300mぐらいの小高い丘がある。
その丘の上には、蘇州のシンボルでもある雲岩寺塔(別称虎丘塔)高さ48mの八角七層の塔が聳え建っている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/72/a2/f685fc0f0441fc557ace457f5d3e3901.jpg)
虎阜禅寺と書かれ壁を黄色で塗られた雲岩寺の大門、奥には雲岩寺塔が見えている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7f/f2/2ab78c3bdf1e831205fb0980995540e4.jpg)
虎阜禅寺の大門を少し過ぎた所から、虎丘に建つ雲岩寺塔
雲岩寺塔は北宋年間(961年)に創建され、八角七層の古塔、中国では最も古い塔のひとつで、全国重点保護文物に指定されている。
度々の火災により塔は傾き、中国のピサの斜塔とも言われている。
私たちは虎丘に建つ塔を目にするが、時間の関係で虎阜禅寺と書かれた大門を少し行った所で引き返し、山唐街に昔から残り、水郷の風情が漂う遊覧船乗り場に向かって行った。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3c/bd/4610d6eb6ab8c0f46108606bb3fc314e.jpg)
山唐河の遊覧船乗り場
山唐街は、蘇州市の北西にあり、山唐河に沿って出来た歴史の深い古街である。
唐代に蘇州長官を務めた詩人「白居易」が825年に河を浚渫し提を築いたのが始まりだと言われている。
明清代には蘇州一の繁華街に発展していく。
近年観光街として再開発、清代に造られた建築群が整備され、多くの人々が訪れて賑わっている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0b/8e/5fffacdcb7ccc5eb0314052a5e4bb2eb.jpg)
山唐河遊覧船に乗り込むツアー一行の人たち、遊覧船は40分間、古街に沿って出来た水郷の風情が楽しめる。
古街と古街を結ぶ石で出来た太鼓橋が所々に造られ、私たちを乗せた遊覧船もこの橋を潜って行く。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/00/26/f4c4254e0d1c2115fe86a484066a9682.jpg)
山唐河には運河が所々で交差し、水運の発達していた古代都市を創造させている。アーチ型の橋上に造られた東屋が風情を一層高めてくれる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/70/45/946a8fde8b52aef7e3f60b30f6ed9851.jpg)
山唐河に架けられた太鼓橋の下をたくさんの舟が行き交い、古代から水運の発達した都市を創造さしてくれる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/71/c6/caf681d9668d704a261370a4dfe9bfd6.jpg)
運河沿いには商人や民家も多く、昔からの栄華盛衰を偲ばせる瓦のある建物
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/66/4b/79cb913cdf131311437abe1906dd9560.jpg)
1000年の昔から続いている山唐河の風景、河の水で洗濯しながら談笑する女性たち。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6c/1d/13c3d35af4677261c78eca292b7261e2.jpg)
古代から山唐街の発展と共に歩み、生活していた風情を感じさしてくれる運河沿いの建物、洗濯ものや肉・魚の薫製などを干している光景も見られる。
棒を持って立っている老女、私が手を振っても全く反応がなかった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1f/d3/d3be9e8b08e597b31d0cf9aebd56ef27.jpg)
肉の薫製を干している後ろで、薫製を作っている老夫婦。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/64/ce/afa28289add9965164b22de58a2bca5e.jpg)
山唐河を行き交う二人乗りの舟と子守をしている老女の姿が水郷の風情を一層高めてくれている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1a/66/f104775adaafb75df37bd824932d2523.jpg)
動力船が多くなった山唐河では、数少ない昔ながらの手漕き舟、手際良く漕いでいる姿が印象的であった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/33/62/363637c478426b8306736fcf8791e9cc.jpg)
橋の下からは五角形で反り上がった屋根のあるの建物と、景観に配慮して造られた建物が見えている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/75/42/324e7e7e89cbb250fc106f5952f3b42d.jpg)
城壁に囲まれた城の様な建物、周りは公園のようにきれいに整備されている遊覧船からの景観。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3d/2d/19cc8d1059e89eb455d264f734caaca5.jpg)
遊覧船の舟乗り場か! 2隻の遊覧船が停泊している。奥にはレストランなどのある近代的な建物が建てられている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/53/3b/316cbdd3665caf22a8bd6866ae23cdd4.jpg)
橋の下を潜り、路地の様な狭い水路を進んで行く古街ならでわの水郷の景観
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/27/be/ffba432098b50d4f411bb18030d07d9c.jpg)
中国では、赤い色は縁起が良いとされている。春節が近い為か、赤い提灯の飾り物か街中に溢れている様に感じる遊覧船停泊場近辺。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/13/23/06529638b94e4dca12f2385df8caad41.jpg)
運河と並行して建てられた白壁の建築群に赤い提灯の山唐河、停泊している茶色の数隻の遊覧船が、山唐河の風情を一層高め、異国の情緒を味わせてくれる第一の景観。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2a/66/0f002a38de9e989f9899df0826b6a4d3.jpg)
遊覧船から山唐河の風情を楽しんだ後、運河と並行して造られている山唐街に出ると、治安維持のためにか、ご覧の様な警察官を多く見かける。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2a/29/070d00efa5bdfe512c6e5fb8b282531e.jpg)
山唐街は山唐河の浚渫工事から始まって建設された古街で、数世紀にわたって蘇州第一の繁栄を誇っていた街並みが続き、現在でも多くの観光客が訪れて賑わっている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/50/a8/c04dbb9760d5e8c4abf9d48966e6f559.jpg)
山唐街で多種多様な店が出店、日本では見かけない様な商品も多い。色鮮やかな春節の飾り物などを販売している店を見かけた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/20/e8/9bcccfeb43833eead60c1ce645c8568c.jpg)
さらに商店街を進んで行くと、日本の鯛焼きのようなものを路地で焼いている。美味しいのか多くの人たちが取囲んでいる。
日本の私たちには、味わうことのできない街並みと水郷の風情が、1000年の昔から続いている蘇州の山唐街。
陸路よりも水路が発達し、交通の要所として街は栄へ、色々な生活物資などが山唐街に集まり、それが販売され、小舟で各地に運ばれていく様子が浮かんでくる。
山唐街は、河に浮かぶ水上都市で、かつて、水の都と呼ばれた「大阪」は、たくさんの沼地が浚渫されて、掘川が造られた。
それに沿って街が建設され、堀川を挟んで、街と街を結ぶ為に多くの橋が架けられ、八百八橋といわれている。
大阪は江戸時代には天下の台所「浪花」と呼ばれ、水運が発達、地方から多くの舟が出入りしていて、独特の都市景観をかもし出していた。
蘇州の山唐街も、同じような状況であったと推察される。
現代の大阪では、江戸時代の街並みを見る歴史的な景観は、残されていなくて残念であるが、蘇州山唐街は、まるでタイムスリップしたような、1000年前の街並みと、人々の匂いのある生活を、そのまま感じさしてくれる。
この山唐街は、街並み保存といった活動も行われ、石で出来た多くの太鼓橋が奇麗に復元されている。
この山唐街の見学を終え、次の目的地へ向かう、専用バスからの車窓を眺めながら、私たちの身近にある歴史的な建造物や文化に対して、敬う心と現代の新しいものや、文化との調和の大切さを感じてならなかった。
また、我々、日本人の一般的な考え方として、何でも新しい物はいいんだ。古いものは捨て、こだわらない風潮を時々感じる。
私の好きな言葉の「温故知新」の大切さを思い、改めて生活の臭いのする山唐街の景観が思い出されてくる。
蘇州はシルクの生産地として昔から有名で、私たちは観光客向けのシルク工場を見学した。
建物入口には、女性の像が立ち、その奥には繭(まゆ)がケースに入れられて置かれている。 その前には、蚕について、次のように書かれた石板が置かれている。
「古史籍伝によると ”漯 祖”という者が蚕の発見始祖である。
彼女は西陵氏の娘で、軒轅黄帝の正紀となるが、民に蚕を飼い、糸を取る方法を教えたという。
古くも5千年前の氏族社会により、既に自然蚕の原始的採集方法を、人工的養蚕に切り替えていたものである」 と書かれている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/51/9d/48a08c2efa61d6d1dcb7c2f844c0a170.jpg)
蘇州にあるシルク工場の玄関 漯祖像の下には上記の ”漯祖”の書かれた石板が置かれている。
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シルク工場内の繭から糸を紡ぐ製糸機械を操作している女性たち
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/25/95/9221bcf04d6030d006bc614096f23eab.jpg)
煮て柔らかくなった繭から一本の繊維を引き出し糸を紡ぐ製糸機械、一個の繭から1000m前後の糸が取れるといわれている。
シルク工場では、繭から糸を紡ぐ作業と、繭から真綿に加工する作業がされている。
私達が見学した折には、真綿の加工が終了し、手に触らしてもらった。
シルク独特の柔らかい肌触りが伝わってくる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/69/7e/4b798cba545cebb215ca42af9a84d0d0.jpg)
繭から真綿に加工され、それを手にして肌触り抜群の感触に微笑むガイドの女性達
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1c/b3/eb77bdd7c23a13ee627eb45a002c8039.jpg)
繭から真綿に加工され、引っ張ると御覧のような大きさまで伸びてくる、布団などに使われる。
このシルク工場では、シルクの販売も行われ、日本の半値ぐらいの価格だということだった。
また、隣の会場ではシルク製品を身にまとったファッションショーも、行われているようで、私が会場を訪れた時は、残念ながら休憩の時間帯であった。
ほどなくしてシルク工場の見学を終えた私たちは、蘇州市内で古い街並みと、東洋のベニスと呼ばれ、昔ながらの水郷の風情が残る山唐街に向かって行った。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/07/2d/75a4f3bd72d3d8b47b086d10388244ea.jpg)
祭りの日なのか多くの人たちで賑わいを見せている蘇州市内の雲岩寺の門前
山唐街の横に雲岩寺という寺があり、その西北の境内に虎丘(こきゅう)という標高300mぐらいの小高い丘がある。
その丘の上には、蘇州のシンボルでもある雲岩寺塔(別称虎丘塔)高さ48mの八角七層の塔が聳え建っている。
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虎阜禅寺と書かれ壁を黄色で塗られた雲岩寺の大門、奥には雲岩寺塔が見えている。
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虎阜禅寺の大門を少し過ぎた所から、虎丘に建つ雲岩寺塔
雲岩寺塔は北宋年間(961年)に創建され、八角七層の古塔、中国では最も古い塔のひとつで、全国重点保護文物に指定されている。
度々の火災により塔は傾き、中国のピサの斜塔とも言われている。
私たちは虎丘に建つ塔を目にするが、時間の関係で虎阜禅寺と書かれた大門を少し行った所で引き返し、山唐街に昔から残り、水郷の風情が漂う遊覧船乗り場に向かって行った。
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山唐河の遊覧船乗り場
山唐街は、蘇州市の北西にあり、山唐河に沿って出来た歴史の深い古街である。
唐代に蘇州長官を務めた詩人「白居易」が825年に河を浚渫し提を築いたのが始まりだと言われている。
明清代には蘇州一の繁華街に発展していく。
近年観光街として再開発、清代に造られた建築群が整備され、多くの人々が訪れて賑わっている。
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山唐河遊覧船に乗り込むツアー一行の人たち、遊覧船は40分間、古街に沿って出来た水郷の風情が楽しめる。
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古街と古街を結ぶ石で出来た太鼓橋が所々に造られ、私たちを乗せた遊覧船もこの橋を潜って行く。
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山唐河には運河が所々で交差し、水運の発達していた古代都市を創造させている。アーチ型の橋上に造られた東屋が風情を一層高めてくれる。
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山唐河に架けられた太鼓橋の下をたくさんの舟が行き交い、古代から水運の発達した都市を創造さしてくれる。
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運河沿いには商人や民家も多く、昔からの栄華盛衰を偲ばせる瓦のある建物
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1000年の昔から続いている山唐河の風景、河の水で洗濯しながら談笑する女性たち。
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古代から山唐街の発展と共に歩み、生活していた風情を感じさしてくれる運河沿いの建物、洗濯ものや肉・魚の薫製などを干している光景も見られる。
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棒を持って立っている老女、私が手を振っても全く反応がなかった。
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肉の薫製を干している後ろで、薫製を作っている老夫婦。
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山唐河を行き交う二人乗りの舟と子守をしている老女の姿が水郷の風情を一層高めてくれている。
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動力船が多くなった山唐河では、数少ない昔ながらの手漕き舟、手際良く漕いでいる姿が印象的であった。
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橋の下からは五角形で反り上がった屋根のあるの建物と、景観に配慮して造られた建物が見えている。
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城壁に囲まれた城の様な建物、周りは公園のようにきれいに整備されている遊覧船からの景観。
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遊覧船の舟乗り場か! 2隻の遊覧船が停泊している。奥にはレストランなどのある近代的な建物が建てられている。
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橋の下を潜り、路地の様な狭い水路を進んで行く古街ならでわの水郷の景観
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中国では、赤い色は縁起が良いとされている。春節が近い為か、赤い提灯の飾り物か街中に溢れている様に感じる遊覧船停泊場近辺。
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運河と並行して建てられた白壁の建築群に赤い提灯の山唐河、停泊している茶色の数隻の遊覧船が、山唐河の風情を一層高め、異国の情緒を味わせてくれる第一の景観。
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遊覧船から山唐河の風情を楽しんだ後、運河と並行して造られている山唐街に出ると、治安維持のためにか、ご覧の様な警察官を多く見かける。
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山唐街は山唐河の浚渫工事から始まって建設された古街で、数世紀にわたって蘇州第一の繁栄を誇っていた街並みが続き、現在でも多くの観光客が訪れて賑わっている。
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山唐街で多種多様な店が出店、日本では見かけない様な商品も多い。色鮮やかな春節の飾り物などを販売している店を見かけた。
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さらに商店街を進んで行くと、日本の鯛焼きのようなものを路地で焼いている。美味しいのか多くの人たちが取囲んでいる。
日本の私たちには、味わうことのできない街並みと水郷の風情が、1000年の昔から続いている蘇州の山唐街。
陸路よりも水路が発達し、交通の要所として街は栄へ、色々な生活物資などが山唐街に集まり、それが販売され、小舟で各地に運ばれていく様子が浮かんでくる。
山唐街は、河に浮かぶ水上都市で、かつて、水の都と呼ばれた「大阪」は、たくさんの沼地が浚渫されて、掘川が造られた。
それに沿って街が建設され、堀川を挟んで、街と街を結ぶ為に多くの橋が架けられ、八百八橋といわれている。
大阪は江戸時代には天下の台所「浪花」と呼ばれ、水運が発達、地方から多くの舟が出入りしていて、独特の都市景観をかもし出していた。
蘇州の山唐街も、同じような状況であったと推察される。
現代の大阪では、江戸時代の街並みを見る歴史的な景観は、残されていなくて残念であるが、蘇州山唐街は、まるでタイムスリップしたような、1000年前の街並みと、人々の匂いのある生活を、そのまま感じさしてくれる。
この山唐街は、街並み保存といった活動も行われ、石で出来た多くの太鼓橋が奇麗に復元されている。
この山唐街の見学を終え、次の目的地へ向かう、専用バスからの車窓を眺めながら、私たちの身近にある歴史的な建造物や文化に対して、敬う心と現代の新しいものや、文化との調和の大切さを感じてならなかった。
また、我々、日本人の一般的な考え方として、何でも新しい物はいいんだ。古いものは捨て、こだわらない風潮を時々感じる。
私の好きな言葉の「温故知新」の大切さを思い、改めて生活の臭いのする山唐街の景観が思い出されてくる。
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