旅つづり日々つづり2

旅のような日常と、日常のような旅の記録と記憶。

お母さんと保育士の間で

2018年04月09日 15時23分12秒 | 日々のこと
つばさが保育園に通い始めた。一番慣れるのに時間がかかる1歳クラス。
保育園に到着するまでは大張り切りでニコニコしているのに、いざ到着すると号泣している。
「かあちゃん、かあちゃん、かあああーーちゃん」と大絶叫する声を背中で聞きながら車に戻る私。

受け入れてくれる保育士さんは全員誰かをおんぶしている。園長先生も主任先生も朝は総出。
床に座っている保育士さんは私とつばさの存在を認めつつも、今自分がその場から立ち上がると
ようやく遊び始めた目の前の子どもが泣くことを分かっているから座ったまま「いってらっしゃい」と
見送ってくれる。きっとどの先生の背中も腕も袖も子どもたちの涙と鼻水とヨダレでカピカピに
なっているんだろうな。ポケットには鼻水をふいたティッシュが何枚も入っているんだろうな。
子どもたちの泣き声と、どれが誰のものかわからない新年度特有のドタバタと、緊張感と、休まるひま
なんてどこにもないはずなのに、笑って子どもたちに「大丈夫」「おいで」「お母さん大丈夫。
いってらっしゃい」と言ってくれる。改めてすごい仕事だなーと思う。

ベテラン保育士さんは知ってるんだ。子どもは必ず泣き止んで遊び始める力があることを。こんな日が
いつまでも続くわけではないことを。あと何か月かしたらここが昼間の居場所となって子どもたちの
笑顔がはちきれることを。お母さんにはなれなくても子どもの唯一の存在になることを。子どもが
自分に向かってその手を伸ばす日が来ることを。だから子どもの力を信じて待つことができるんだ。

新人保育士さんの「ああ、もうどうなるの・・・私じゃだめなの・・・まさかずっとこのまんま?」と
いう不安そうな表情もそれはそれで大切だと今は思う。現場にいるときは「堂々としてなきゃダメだ」と
思い込んでいたし、それを強要してしまっていたけれど、泣いている子どもの気持ちに本当に寄り添うことが
できる保育士は実はこの新人保育士さんかもしれない。

毎朝この保育室から「お母さん、大丈夫、いってらっしゃい!」と見送られるたび
「ああ、もっとここにいたいなー。あの子を抱っこしたいなー。」と別の意味で名残惜しむ私がいる。
「いやいや、自分の子泣いてるし」と心の中でツッコミつつも、母ではない保育士としての自分が
全く別のところから別の見方で心の中にいることをギュッと押さえて家に戻る。

子どものために何かをあきらめているだなんてこれっぽっちも思わないけれど、保育士の仕事は
やっぱり素晴らしい仕事だな、と思う4月はじまりの一週間だった。

後輩や仲間からは「何歳クラスの担任になりました!」「もう一度保育士に戻りました」「育休終わりました」
「腰が痛い」「肩こりがひどい」「忙しすぎる」「組んだ相手が・・・」「新しい保育園が・・・」
なんて話もたくさん聞くけれど、それでもみんなそれぞれの場所で最前線で子どもを受け止めていることに
変わりはない。給料は相変わらず低いし、激務だし、遊んでるだけとかいまだに言われるし、理不尽な目に
あうことも多いけれど、それでもやっぱり保育士バンザイ!!って私は思う。

子どもを預けて仕事に戻るお母さん。大丈夫。保育園はいいところだよ。そして先生たちはなんやかんや
いうてもこの立ち上げの4月が大好きな人たちばかりだよ。忙しすぎて保育室に入るのに靴をそろえたり
できてないかも知れないし、給食をもぐもぐ食べながら片手で日誌書いたりしてるかも知れないけれど、
見ている方向はいつでも子どもと保護者のちょっと先の未来だからどうかそれを信じて大切な子どもの
命と時間を預けてくださいね。