西光寺を出て大谷道へ出てきて、先の庚申塔のある道を入って行くと、尾根筋になっている。大谷道は坂を下っていく形になっている。その右手の尾根の中に入っていくと、氷川神社がある。今は大谷口周辺も完全に住宅街になっているのだが、そのせいもあってか、裏に神社がある事に気付かないほどだった。
由来などはよく分からないようだが、大谷口村の鎮守であったという。境内にある狛犬の台座には、天保十一年と刻まれている。
参道の前から見ると、大谷道へ向けて下っているのが分かる。
面白いのは、境内が中々広くて、一歩足を踏み入れると、大谷口村の時代の雰囲気を感じ取れること。西光寺も趣のある寺でいいところだと思ったが、この神社もこの土地の過去の雰囲気を遺している様だ。
奥に長い敷地の境内で、参道が延びている。
石の鳥居に掛けられた変額。
境内には神楽殿もある。
手水舎。神社の右手、大谷道と反対側の道も下っていく。神社のあるところが尾根の稜線上。そして神社の裏で尾根が途切れる地形になっている。
歴史が長いだけあってなのか、境内社がいくつも祀られている。
御嶽神社、稲荷神社、榛名神社、おろち社と札が立てられている。
稲荷社が中心になっている様だ。
社殿は銅葺きの木造。城北地区らしい、シンプルな造作。
氷川宮の扁額が掛けられている。
鈴にも歳月を感じる。
天保時代の狛犬。願主には、金二両 大伝馬藍町 大和屋喜兵エ内 きく、金壱領 神田明神下 西宮勘七、金二歩 湯島天神下同朋町 大野屋喜右エ門と彫られている。
社殿から境内を振り返って見たところ。
社殿。渋い風合い。
社殿前から門扉を開くと階段を下りて、神社右手の道に出られるようになっている。
板橋の農村の面影。
由来などはよく分からないようだが、大谷口村の鎮守であったという。境内にある狛犬の台座には、天保十一年と刻まれている。
参道の前から見ると、大谷道へ向けて下っているのが分かる。
面白いのは、境内が中々広くて、一歩足を踏み入れると、大谷口村の時代の雰囲気を感じ取れること。西光寺も趣のある寺でいいところだと思ったが、この神社もこの土地の過去の雰囲気を遺している様だ。
奥に長い敷地の境内で、参道が延びている。
石の鳥居に掛けられた変額。
境内には神楽殿もある。
手水舎。神社の右手、大谷道と反対側の道も下っていく。神社のあるところが尾根の稜線上。そして神社の裏で尾根が途切れる地形になっている。
歴史が長いだけあってなのか、境内社がいくつも祀られている。
御嶽神社、稲荷神社、榛名神社、おろち社と札が立てられている。
稲荷社が中心になっている様だ。
社殿は銅葺きの木造。城北地区らしい、シンプルな造作。
氷川宮の扁額が掛けられている。
鈴にも歳月を感じる。
天保時代の狛犬。願主には、金二両 大伝馬藍町 大和屋喜兵エ内 きく、金壱領 神田明神下 西宮勘七、金二歩 湯島天神下同朋町 大野屋喜右エ門と彫られている。
社殿から境内を振り返って見たところ。
社殿。渋い風合い。
社殿前から門扉を開くと階段を下りて、神社右手の道に出られるようになっている。
板橋の農村の面影。
私は大谷口の住人ではないのですが、小さい頃から知っているところで、好きな町です。