江戸文化史の評価変更を迫るものであり、その迫る中心概念が「雅」と「俗」というダイナミズムなのだと指摘する。評者が評価するのは著者の依拠する構図の壮大さという。その構図とは何か。江戸文化は前期は元禄、後期は文化・文政に花開いたというのが一般的見方だが、著者はそれは文化の表層しか見ない浅薄な見方と断じる。江戸文化の粋は享保から寛致にかけての中期(18世紀)なのだと。その主張は「雅の文化」と「俗の文化」で構成されている近世文学の2大柱を据えることにある。
この雅俗が見事に均衡を保ったのが中期にほかならないというのだ。「雅は公家や武士の、俗は庶民の文化と思えばいい。高みに憧れるのは人の常。俗が雅を目指し、雅が俗を吸いあげて均衡に達しだのが江戸中期であり、それがそのまま絶頂期になった」と評者の三浦さんはいう。具体的文学的表現は何か。雅は詩歌、俗は散文。これが象徴的かつ代表的ジャンル。雅は漢字、俗は仮名になる。すると和歌は「雅」に、連歌、俳諧となって「俗」になる。評者は「和歌に俗を盛って狂歌となる。これが荻生胆侠から大田南畝へといたる過程」になるのだが、ここで表題になっている「狂者」は孔子、孟子の教えから観ると中庸を得た聖人に次ぐ存在という。「進取の精神に富み、志も高く、功小津の度はずれな所がありバランスがとれない」、つまりロマン主義者なのだが、著者があげる12人は『日本古典文学大辞典』に項目がある蘭陵、天愚、秋圃がでてくるが、これは名前だけであとは不明、名前さえわからない亀齢軒斗遠などが出てくる。雅が俗を取り込む過程が狂なのだという。
「中村幸彦の近世比較文学論以上、島田虔次の近世中国思想史に続く」と評価されるこの本。雅俗のダイナミズムはさしずめどう展開されているのか。ケイタイ小説はさしずめ「俗」、純文学は「雅」というおとか。それが「俗」が「雅」を取り込んでいくのか。現代も解ける有効なキーワードだ。
この雅俗が見事に均衡を保ったのが中期にほかならないというのだ。「雅は公家や武士の、俗は庶民の文化と思えばいい。高みに憧れるのは人の常。俗が雅を目指し、雅が俗を吸いあげて均衡に達しだのが江戸中期であり、それがそのまま絶頂期になった」と評者の三浦さんはいう。具体的文学的表現は何か。雅は詩歌、俗は散文。これが象徴的かつ代表的ジャンル。雅は漢字、俗は仮名になる。すると和歌は「雅」に、連歌、俳諧となって「俗」になる。評者は「和歌に俗を盛って狂歌となる。これが荻生胆侠から大田南畝へといたる過程」になるのだが、ここで表題になっている「狂者」は孔子、孟子の教えから観ると中庸を得た聖人に次ぐ存在という。「進取の精神に富み、志も高く、功小津の度はずれな所がありバランスがとれない」、つまりロマン主義者なのだが、著者があげる12人は『日本古典文学大辞典』に項目がある蘭陵、天愚、秋圃がでてくるが、これは名前だけであとは不明、名前さえわからない亀齢軒斗遠などが出てくる。雅が俗を取り込む過程が狂なのだという。
「中村幸彦の近世比較文学論以上、島田虔次の近世中国思想史に続く」と評価されるこの本。雅俗のダイナミズムはさしずめどう展開されているのか。ケイタイ小説はさしずめ「俗」、純文学は「雅」というおとか。それが「俗」が「雅」を取り込んでいくのか。現代も解ける有効なキーワードだ。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます