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日本の未来のためにご皇室を護ろう!(^_-)-☆

2021-01-03 18:26:23 | 古代史
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【日本の歴史をどれだけ深く学ぶか】
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 最終回 櫻井よしこ『週刊ダイヤモンド』 2019年6月29日号

安岡正篤氏は首相まで務めた宮沢喜一氏を「ヨコの学問はできてもタテの学問がなっていない」と評した。安岡氏は、真の教養ある日本人は欧米の事情のみならず日本の文化文明、歴史を修めなければならないと言っているのである。

その意味で近年読んだ本の中でとりわけ重要だと感ずるのが白鳥庫吉博士の書いた日本史である。当欄でも以前に少し触れたことがあるが、大正3(1914)年に開設された「東宮御学問所」で時の皇太子、裕仁親王に日本史を教えるために白鳥博士が書いた5巻に上る書である。いま『昭和天皇の教科書 国史』(以下『国史』、勉誠出版)として手にすることができる。

同書に特別の関心を抱くのは、米国の変容に始まり、国際社会が大激変する中ですべての国々が如何に国益を守り通すかに心を砕かざるを得ない時代に突入しているからだ。米中対立の日本への影響はとりわけ強い。だからこそ、日本自身が足場を固める必要がある。経済と安全保障は無論だが、その前に安岡氏のいう「タテの学問」が欠かせない。日本人は自らをどのような民族としてとらえるか、日本の歴史をどれだけ深く学ぶかによって日本の近未来を切り開く道が自ずと明らかになる。歴史の学びこそ重要だ。

『国史』は歴代の天皇を軸にして描いた歴史だ。歴代の天皇には各々特徴があるが、共通項は国柄継承の主軸を担ったことだ。遠い過去の天皇たちは国家や社会、国民の暮らしと具体的にどう関わっていたのか、周囲の国々や異民族とどう接していたのかなどが『国史』には実例に則して記されている。それは巧まずして日本の国柄をわかり易く現代に伝える結果となっている。

前述したように、世界は激しく変化し、前例が通じにくくなってはいるが、その中にあっても日本国の長い歴史や文化、即ち、国柄を構成する価値観に基づいて対処すれば大きく間違うことはないだろう。

日本の国柄の基本は、世界一長い歴史をもつ皇室をいただく伝統の国だという点にある。そこから生まれる価値観こそ大事にしたい。令和の時代のいま、社会も国も水平思考で、皇室の特別扱いには異論さえある。だが、皇室が日本人にとって特別かつ大切な存在であることに変わりはない。福澤諭吉は『帝室論』で「一国の帝王は一家の父母の如し」と書いた。皇室の力は安らぎをもたらす緩和力である。その皇室を、国民は敬愛の情でお守りしなければならないと、福澤は説いた。

『国史』には福澤の視点と対をなす、皇室の国民に対する視点が次のように書かれている。日本国の特徴は、天皇が日本国を「大きな家族」と見做し、「君と民とがおだやかに和して国の基礎を強く固め」ていることだ、と。

天皇の慈しみは日本に移り住んだ異民族にも同様に注がれる。天皇は、「(異民族を)従来の国民と同様に慈しみ、両者が溶け合って円満な国づくり」を実践したと『国史』は述べる。右の精神は第一次世界大戦後のヴェルサイユ会議で日本が人種差別撤廃を主張したこととも、対米開戦の理由ともなった米国での日本人排斥運動への憤りとも、通底するのではないか。

日本の政情が概して安定しているのは天皇と皇室が高い次元からすべての人々を公平に見て下さることにあるのではないか。ただ、歴史上、天皇や皇室発の争いも確かにあった。それを『国史』は蘇我一族の横暴な振舞いを例にして、どんな時も天皇は一氏族のみを寵愛してはならないと戒めている。

皇室と国民の絆、人種の平等、究極の公正さなどの教えが各天皇の行動に沿って綴られた本書が、いま一押しの書である。

さて、25年間にわたった連載は今回で終了する。読者の皆様には深く心からのお礼を申し上げたい。編集部の方々にも深く感謝申し上げる。


問題の深い理解のために、全文引用させていただいた。戦前では国民の結束のために明治政府が創設した国家神道に頼り、皇国史観の国史が教育された。

古来から天皇が日本の統治者とする考え方は正しいのだが、世界の征服王朝とはまるで別物なのだ。日本の本質を理解していない明治政府の神仏分離令と、庶民の廃仏毀釈運動は伝統破壊の悪しき文化大革命という側面があった。

それによって戦前までは荒唐無稽な記紀神話にさえ異論をはさむと不敬罪という重大な罪に問われた。

このことがあり、厳しい言論統制を受けてきた歴史学者たちは戦前の「国史」への反発から、とにかく記紀神話を無視して、信用できそうなところから実証主義で考えようとする、学問として当然の流れになった。

ところが、戦前の教育を受けた方々などからすると、戦後の教育が愛国心のない唯物論者・共産主義者の主導によって行われたために、それへの不満と反発から、上の記事のように戦前の「国史」復活の流れを作ろうと頑張っておられるのも当然の流れのように見える。日本という国柄を考えると現在までのところ、正史に書かれた神話抜きには語ることが出来ないわけだから仕方ないのだが、最近の世論調査における女系天皇容認論の国民の支持の大きさが危惧される。

愛子内親王殿下を天皇にする動きこそ万世一系の天皇家を破壊する行為です。

つまり伝統国家日本そのものの崩壊につながるものです。

大きな過ちを犯す可能性が高まっています。

日本の始まりは女神なのだから、

愛子内親王殿下がアマテラス女神になってもらえばいいじゃないか?

この考えは虚偽の産物なのです!

日本建国の歴史と天皇の本来の役割を、

政治的な意図で創作された正史に基づき理解していることが間違いなのです!


アマテラス女神の神託に基づく神武天皇の東征神話は政治的な創作なのですから!

ハッキリ言うとウソ・デタラメなのです!


天武天皇の後に、本当の皇太子だったと思われる大津皇子を謀略で自殺させ、優秀な皇子たちを抑えて皇位を簒奪した皇后鵜野讃良(うののさらら)持統天皇の正統性を主張するために当時の権力者藤原不比等がアマテラス女神を創作したのです!「日本書紀」は藤原氏の権力を子々孫々維持する目的ですから、天皇家さえ貶める内容になっているのです。

ですから、先例を偽造するために作った歴史上最初の女帝推古天皇も次の皇極(斉明)天皇も実際には存在しない天皇です(注1)。

持統天皇のあとに即位したとされる元明・元正・孝謙(称徳)天皇も虚偽に基づく女性天皇です。孝謙天皇の時代に宇佐八幡神託事件が起こり、天照大神尊ニギハヤヒの子孫である物部支族の弓削道鏡に皇位を譲ることは失敗しましたが、重祚した称徳天皇の後に中大兄(天照大神尊の子孫)の孫の光仁天皇に皇位を譲ります(次の桓武天皇から今上天皇まで天照大神尊の子孫)。江戸時代の明正・後桜町天皇も天皇の役割を完全には果たせませんでしたので、Wiki「女性天皇」「皇室の菩提寺・泉涌寺は、江戸期の天皇14人のうち12人の肖像を所蔵しており、仏事の際に掲げていたが、女帝の肖像だけが存在しない[9]。」とあり、天皇とは認知されていなかったということです。

つまり、天皇の本当の意味(ヤマトの祭祀王)で女性天皇は存在しないのです!

未婚の内親王または女王(皇族)には、斎王制度がありました。
斎王(さいおう)または斎皇女(いつきのみこ)は、伊勢神宮または賀茂神社に巫女として奉仕した未婚の内親王(親王宣下を受けた天皇の皇女)または女王(親王宣下を受けていない天皇の皇女、あるいは親王の王女)です。


この説明の通り、伊勢神宮と賀茂神社は同格です。賀茂神社の御祭神賀茂別雷命の父は松尾大社の大山咋神ですから大物主神(大国主命)です。謡曲「三輪」では 「思へば伊勢と三輪の神、一体分身の御事今更なにと磐座や・・」と暴露していますから、伊勢神宮内宮の真のご祭神は三輪の大物主大神なのです。ですから外宮に女神である豊受大神を呼び寄せて祀っているのです。伊勢神宮へは持統天皇から明治天皇までの間にどなたも行幸・参詣されていないとのことです。近場の賀茂神社で祀っているからでした。でも、伊勢神宮には特別な霊力があるから現在でも尊崇されているのです。

大物主大神は大国主狗古智卑狗で、豊受大神は神功皇后台与です。

二人の間の子がヤマトの初代祭祀王である応神天皇ですよ(注2)。

宇佐神宮をはじめとして八幡大菩薩として全国で最も数多くの神社で祀られています。しかし、八幡神社の真のご祭神は大国主なのです。応神天皇を祭祀王にするようにニギハヤヒ大王の子孫の纏向狗(旧)奴国王の卑弥弓呼崇神天皇に神託を与えたのが大物主大神なのです。ヤマトによって滅ぼされた大国主と台与の祟りを朝廷は最も畏れたのです。ですから日本中の神社で名前を色々と変えて祀っているのです。

日本建国の真相を隠す目的です。

今上天皇は天照大神尊ニギハヤヒの直系の子孫ですが、ニギハヤヒは第17代奴国王伊弉諾尊の子でスサノヲの弟です。二世紀初頭の弥生時代後期後半に始まる首長霊信仰(首長がその先祖と霊的に一体となる信仰、天皇即位の大嘗祭に見られる真床追衾)が現代まで続いているのです。

皇祖神の男系の男子だけが霊力を引き継げるという信仰なのです。

もしも、虚偽の女系天皇によって新たな王朝ができると日本はシナ大陸と同じ易姓革命の国となり、

日本国民は戦乱で疲弊して絶えるまで永遠に混乱が続きます。

天皇には皇祖神の直系の子孫以外に誰でもがなれないのが重要なのです。

天皇は人類が発明した最高の叡智なのですよ!

全ての日本国民は建国の真相を正しく理解する必要がありますよ(^_-)-☆。


(注1)渡辺康則「聖徳太子は天皇だった」大空出版 2014 参照。蘇我馬子が用明天皇でその子の蝦夷が聖徳太子で豊浦天皇として即位し、中大兄・鎌足らに殺されたと推理しています。その子の入鹿はダミーという推論です(*^▽^*)。最近の研究でも大化の改新は「日本書紀」の記述とは異なり、むしろ蘇我氏が天皇に権力を集める政策をしており、中大兄らが反動勢力だと分かってきています。恐らく半島政策での対立のようです。中大兄・鎌足は親百済、蘇我本宗家が大王家であり、武内宿祢つまり新羅明神=大国主狗古智卑狗の後裔ですから親新羅か全方位の政策だったようです。

(注2)「日本書紀」では応神天皇の父は仲哀天皇となっていますが、仲哀天皇はその父ヤマトタケルが薨去して三七年後に生まれた計算になりますから実在しないダミーの天皇です。刮目天は卑弥呼の死後に倭国に侵入した狗奴国軍の主将で尾張王と推理しました。ニギハヤヒ大王の直系卑弥弓呼王が倭国に対抗するために旧奴国に繋がる勢力を各地から纏向に呼び寄せたと推理しました。纏向の外来土器を見ると東海のものが半数近く占め、次に山陰・北陸のものです。ですから倭国追討軍の副将を出雲・丹波王狗古智卑狗とし、卑弥呼の死後、狗奴国軍が倭国を蹴散らし、尾張王が倭王に立とうとして狗古智卑狗と対立し千人が殺し合う内戦になり、結局尾張王が殺されたと推理しました。その史実を「日本書紀」では仲哀天皇が住吉大神の神託を疑って神によって殺された話になっていますが、住吉大神こそ神功皇后を常に助ける神であり、常に皇后の傍らに居て皇后を助ける武内宿祢と重なります。住吉大社の伝承でも応神天皇の本当の父は仲哀天皇ではなく、住吉大神だとほのめかしています。神功皇后はムナカタ海人族の姫巫女台与、武内宿祢が狗古智卑狗と推理しています。

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2 コメント

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こんにちは (light77g)
2021-01-05 12:48:41
少し前にどちらかのHPで
天皇の遺伝子…Y染色体がどうのこうの…
を読んだ記憶がよみがえりました。

今日の記事を読んで脳トレになりました。
ありがとうございました☘️
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Re:こんにちは (刮目天 一(はじめ))
2021-01-05 13:47:08
こんにちは(*^▽^*)
日本民族とその周辺民族の父系のルーツ!
https://blog.goo.ne.jp/katumoku10/e/2be94a5dfd9d8fb0351ca5fd8f76a492
で記述しました。天皇は中国神話の伏羲です。天皇が万世一系ならば原始夏人系(C1a)ですよ。

そうですよ。ほとんどの方はご存知ない話ですから、ホント脳トレになると思います。実はある証拠を発見したわたし自身もショックを受けたほどでしたから。伝承どおりだと(@_@)

ご指摘、有難うございます。説明が長くなりそうなので、詳しくはブログにしましょう。
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