交野市立第3中学校 卒業生のブログ

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皆さ~ん  お元気ですか~?

いまたくさんの情報が氾濫していますが、一番少ないのは自分に対する情報なのかもしれません

2012-06-03 16:19:05 | 徳育 人間力

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■「致知随想」ベストセレクション
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  「人生図書館」


              田中希代子(人生図書館館長)

               『致知』2012年6月号「致知随想」
               ※肩書きは『致知』掲載当時のものです


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大阪・心斎橋の一角に私が館長を務める
「人生図書館」があります。

図書館といってもマンションの一部屋を改築した、
蔵書も154冊の小さな図書館です。

蔵書のすべては心ある方からの寄贈です。
しかも不要になった図書ではなく、ご自分にとって
「人生の一冊」といえる本にご自身のメッセージを添えて
お贈りいただいているのです。

昨年、印象的なご来館者がいました。
その女性は真夏なのにお帽子を被り、
館内でも脱がないのです。

声を掛けてみるとご職業は看護師さんで、
実はこれまで自身ががんの治療をされていたといいます。

お若いので進行も早く、いろいろ転移をしたけれども、
治療の甲斐あって職場復帰できるほど回復、
復職の前に「人生図書館」で本を読みたいと
思っていたそうです。


「看護師としてがんの患者さんをたくさん看てきましたが、
 自分がその立場になって、いかに自分本位な
 接し方だったかを知りました。

 これからは同じ経験をした者として、
 違う向き合い方ができると思います」


そんな、人生の転機や自分を見つめ直したい時に
訪ねたくなる場所、それが「人生図書館」だと思っています。


もともと私はこの図書館がある
マンションの持ち主であるねじ製造会社で、
ビル管理の仕事をしていました。

空き部屋が出たことをきっかけに、
そこを使って、誰もが立ち寄れて
コミュニケーションが図れる場をつくりたいと
いう思いが湧いてきました。

根底にあったのは弟の存在です。
私が10歳の時、2歳半だった弟は
交通事故で亡くなりました。

生きたかったけれども、生きられなかった命がある――。
自殺者や引きこもり、ニートの存在が
大きな社会問題になるにつれ、
私の中でそんな思いが膨らんでいきました。

もちろん、それで自殺者を減らせるとは思いませんが、
少しの間でも立ち止まり、人生を見つめ直す場所があれば
少しは違うのではないかと思うのです。
また、地域貢献にも繋がると思いました。

ねじ製造会社のオーナーに申し出ると、
賃料は無料、改築費は私が出資することで
了承をもらいました。

企画プランナーで、映画『おくりびと』の脚本家でも
知られる小山薫堂さんにもアドバイスをいただき、
「本を媒介に人生が交錯する場所」というコンセプトで
「人生図書館」はスタートしました。

オープンは2010年の6月30日。
その数日前に、1台に数百冊もダウンロードして持ち運べる
iPadが発売されたばかり。

全部で150数冊の小さな図書館なんて、
時代に逆行しているのではないかと
友人たちに心配されました。


確かに本の数ではiPadや書店、
普通の図書館には及びませんが、
当館の特徴の一つは、思いもよらない本に出合い、
寄贈された方の人生の一端に触れることだと思います。

当館に『いいからいいから』という絵本を
寄贈してくれたのは6歳の女の子です。

子供がいない私は長く絵本を手にすることは
ありませんでしたが、読み終えた時
「こういうピュアな気持ちを忘れてはいけないなぁ」と、
不思議と癒やされている自分に気がつきました。

逆にご高齢者から頂戴したご本とメッセージからは、
これから先の心構えをいただいたような気持ちになります。


数が少ないからこそ「こんな本があったんだ」と
普段なら素通りしていた本を手に取り、
寄贈者のメッセージを見て、
「そんなに感動する本なら読んでみよう」
というきっかけに繋がると思います。


そういう意味で、私が特に心に残っている一冊は
吉村昭さんの『漂流』という、史実を基にした小説です。

江戸時代、漂流した漁師たちは
なんの生活の手段もない無人島に辿りつきます。
仲間たちが次々と倒れていくなか、
長平という船乗りは12年間の苦闘の末、
ついに生還を果たす壮絶な物語です。


この本はある中年男性からの寄贈でした。

会社経営に失敗、工事現場で日雇いや
時給数百円のアルバイトをする自分が惨めで、
生きている価値はないと思っていた時、
古本屋で巡り合ったとメッセージにありました。

考えてみれば、自分には家族もいる。
質素だけれどもごはんにもありつける。
この本の長平はただ生きるために孤独に耐え、
食うや食わずで生き延びた。


「人間は水と空気と太陽があれば、生きられる。
 そう気が付いた時、
 “なんだ、自分は社長じゃなくなっただけだ”
 と思えるようになった」


いまはそこから立ち上がり、個人事業主となって
仕事を頑張っているそうですが、
事務所にはこの『漂流』を置き、
折に触れて読み返しては、
初心を思い出していると教えてくださいました。

自分自身を振り返っても、
人生に大きく影響を与えた本を手にすると、
原点に帰り己を鼓舞することができるように感じます。

一方で、「あの時、こういう感動を覚えたんだ」
と自分を顧み、自己を肯定するきっかけになると思います。

いまたくさんの情報が氾濫していますが、
一番少ないのは自分に対する情報なのかもしれません。
「人生図書館」は本と出合い、寄贈者の思いに出合い、
そして自分が知らなかった自分に出合う。

一冊の本を通してそんな心のバトンを
繋いでいける場所にしたいと思っています



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