東京都中小企業診断士協会中央支部認定!「稼げる ! プロコン育成塾」ブログ

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卒塾される17期生へのメッセージ「“プロ”の定義」

2018-06-29 12:00:00 | 塾長からのメッセージ

こんにちは。塾長の鴨志田栄子です。
17
期生最後のブログ投稿をご指名いただきました。有難うございます。卒塾される17期生に、以下のメッセージをお贈りいたします。

独立2年目のことでした。初めてベトナムでセミナー講師として仕事をする機会を頂きました。
テーマは「マーケティング」。行ったことが無い国です。産業も文化も、まったくイメージできません。現地のオープンセミナー、すなわち、ベトナムの企業の方々が受講生です。現地の方々とコミュニケーションがとれるのだろうか??? 

仕事を依頼者してくださった方とは、日本で1度だけ、お目にかかったことがある、大先輩の診断士の方でした。
現地とのコミュニケーションは、e-mailのみ。ここで、コミュニケーションギャップが生じました。書き手の意図と、受け手の解釈がかみ合わないのです。そもそも、その方とは、名刺交換をしただけで、それ以上のコミュニケーションをとったことがありません。どのような方なのかもわからずに仕事を受けてしまったのです。その結果、当初なかった指示が次々と届きました。私は、精神的に追い詰められました。普通に飲んでいたお酒が飲めなくなりました。缶ビールを開けても、一口飲んだら、ギブアップ……という状況まで、プレッシャーがかかっていたのです。今思うと、その方も、私がどのような人なのか分かっていなかったので、私同様、大丈夫だろうかという不安の日々だったのだと思います。(誤解を招かないように補足しますが、依頼してくださった方には、とても感謝しています。今では、当時の自分の至らなさを痛感・反省しています。)

 毎日、PCを開けて、今日は、どんなe-mailが届いているのだろうかという不安とストレスの日々。ついに私は、初代塾長に、相談をしました。
・この仕事は、もう断りたい、賠償金を請求されたら払ってもよい覚悟ができている
・その理由は、最初にいただいた仕事の内容と、話しが違う、次々と新しい要求が届く


その時に初代塾長からいただいた言葉は、今の私の仕事に対する原点となっています。
「鴨志田さん、自分が言っていることがたとえ正しくても、一度受けた仕事を最後まで全うしない人の言葉に、耳を傾ける人はいないよ。言いたいことがあるなら、最後まで責任をはたしてから、言いなさい。仕事先で、罵声をあびようが、最後まで、任務を遂行する。仕事とは、約束したことを責任をもって遂行することであり、自分の評価を高めるためにするものではない。三意をもって遂行すれば、評価は必ずついてくる」


今では、当時、若かった?自分の甘さがあったと痛感しています。今振り返ると、依頼してくださった方は、私を育てるお気持ちで、「社会」知らずの私にいろいろな指示をくださったと受け止めています。当時の私は、自分の主張は正しいという理屈で仕事に向き合っていました。大事なことを全く見ていなかったのです。この時の初代塾長の教えがなければ、プロコンとしての今日までの16年と3カ月の日々は無かったと思います。 

私が相談をした時、初代塾長は、「僕が手伝えることがあれば、手伝うから、仕事は断わらずに最後まで全うしなさい」ともおっしゃってくださいました。その愛情の深さも弟子として身に沁みました。「塾長に甘えていてはいけない」、そう実感したことを今でも覚えています。

最初の都市、ハノイでのセミナーが終わりました。この時から、仕事を依頼してくださった方との関係が変わりました。後半は、ホーチミンでのセミナーです。私は、1人で移動、ホーチミンでのセミナーも無事終わった頃、ハノイにいる仕事の依頼者から電話が入りました。「無事に終わり、お疲れさま。気をつけて帰国するように。そして、次の専門家にも推薦しておくから」という主旨でした。この時、苦しかったけど、最後まで、仕事をやり遂げてよかった、初代塾長に相談してよかったという気持ちがからだ中にあふれたことを今でも覚えています。

私は、この初めてのベトナムでの仕事がきっかけで、毎年のように、海外での活動機会をいただいています。もし、あのとき、初代塾長に相談せず、仕事を断っていたら、海外での仕事というキャリアは私にはありえなかったことです。国際部長という経験もしていなかったでしょう。来週もまた海外に行きますが、この仕事もなかったでしょう。いや、海外だけでなく、国内での仕事ももっともっと少なかったでしょう。

今、私が塾長として、塾生の皆様方に、初代塾長のような大きな包容力とプロとしての厳しさをもって向き合っているだろうか? 正直、反省の日々です。

最後にもう一度、卒塾される皆様に、初代塾長からいただいた言葉を贈ります。
「プロとは、一度、約束したことは、最後まで、責任をもって行うことである。評価されるこが目的になってはいけない。三意をもって仕事をすれば、評価は必ずついてくる」

17期生の皆様、卒塾、おめでとうございます。そして、1年間、稼プロ!で共に学びの時間を共有できたこと、心から感謝申し上げます。今日からは、塾長と塾生の関係ではなく、プロコンどうしパートナーの関係です。新しい始まり、今後とも、永いお付き合いをお願い申し上げます。

 

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主体性を発揮する

2018-05-19 23:50:39 | 塾長からのメッセージ

こんにちは、塾長の鴨志田栄子です。

本日、地方創生に関連するある研究会で、結婚・恋愛心理カウンセラーの本城稔さんと初めてお目にかかりました。
本城さんの資料から、一部引用して、以下に、ショートケースを紹介します

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お見合いをして、初めてのデートとなりました。男性と女性の会話です。

男性:「今日、どこで食事がしたいですか?」

女性:「どこでもいいですよ。」

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あなたなら、続けて、女性に返す会話として、AとBのどちらを選びますか?

A:「では、○○に行きませんか?」

B:「では、△△さんの行きたいお店でいいですよ」

 

このケースを聞いて私が思ったことは、日頃のコミュニケーションでも、常に相手の心理状態を受け止めて対応することの大切さです。
たとえば、コンサルタントとしてお客様を訪問したときも、お客様から自分は何を期待されているのかということを踏まえて、主体性を発揮することが求められます。
これは、きわめて基本的であたりまえのことかもしれませんが、そのためには、本質を見極めるというセンスも必要となるでしよう。
本質を見極めることは、毎年初回の講義で、コンサルタントに求められる姿勢の一つとしてお伝えしています。
でも、決して、易しいことでありません。

上記の事例は、些細な会話ですが、その会話次第で、相手と信頼関係を構築できるかいなか、変わってくるのです。 

今日も、素敵なご縁をいただけたことに感謝の1日でした。

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中小企業診断士の資格取得から17年を振り返る

2018-04-03 12:00:00 | 塾長からのメッセージ

こんにちは。塾長の鴨志田栄子です。

私は、中小企業診断士試験は、旧制度の最終年(2000年)に合格。2001年登録です。
今月、18年目を迎えましたので、17年前を振り返り、思うままに、綴ってみます。

 

○宮本初代塾長との再会

2001年3月、診断士登録の1か月前、一緒に暮らしていた義母の末期癌の宣告を受け、私は、嫁として勤務先の会社と病院と自宅の往復の日々でした。診断士に登録し、今でいう新人歓迎イベント「スプリングフォーラム」開催の土曜日、義母の看病を夫に変わり、半日だけ参加しました。
そこで、再会したのが、稼プロ!の初代塾長であり、マンパワーで受験勉強をしていたときの恩師の宮本邦夫先生でした。
「今度、稼げる!プロコン育成塾を立ち上げるので、よかったら来ませんか?」とお誘いを受けました。チラシを受け取って、その場を離れたのですが、追いかけてきてくださったのが、この稼プロ!の創設に一番尽力をされた故長谷川和正先生でした。私に1冊の著書『管理者のための問題解決がいちばんよさしくわかる本』をプレゼントしてくださったのです。

 

○稼プロ! 1期生初日は欠席、懇親会のみ参加、でも、この時のご縁で専門を一つ確立できました!

その後、稼プロ!に入塾を決め、フレッシュ診断士研究会に入会を決めたものの、5月までは、義母の看病で、研究会活動に参加することはままなりませんでした(義母は5月に他界)。6月の稼プロ!の第1回目の講義日は、ちょうど、義母の四十九日の法要とバッティング。私は、講義は欠席し、夜の懇親会だけ参加しました。京橋にある居酒屋「北海道」でした。
部屋の扉を開けると、「えっ、誰が1期生で、誰が先生なの?」という状況。遅れて参加した私は、名刺交換の都度、「先生ですか? 1期生ですか?」と尋ねていた記憶があります。
この時に、初めて出会ったM先生に言われた言葉「鴨志田さんは、消費生活アドバイザーだから、多変量解析はできるよね!」でした。「えっ」と思ったのですが「ノー」と言うタイミングを逃してしまい、後日、休暇をとってセミナーを受け、多変量解析の勉強を開始。その後は、手弁当でM先生の調査結果の解析をさせてくださいとお願いしたり……。そうしたら、なんと独立直後に、実務補習で指導をいただいた先生から月刊『企業診断』で、データマイニングの連載記事を書かれていた故上田太一郎先生との出会いとご縁をいただくことになり、上田先生の元でサブ講師をしたり学び直したり……その後、「調査技法」や「解析」も私の仕事の柱の一つとなりました。

 

○名前が覚えられない⇒「毎月配れる名刺をつくろう!」

やっと、新米診断士としての活動に参加できるようになったのは、7月以降のことです。
圧倒的に男性が多い協会会員、名刺をいただいても、なかなか、顔が覚えられません。そこで、私は、毎月自分の名刺のデザインを変えることで、「この方と以前に名刺交換したような気がするけど、名前が思い出せない」というときも、月が替わると、名刺のデザインが変わったので、よかったら、受け取ってくださいといって、同じ方と、何度も、名刺交換できるようにしていました。
でも、デザインを変えるといっても、ワンポイントの花の写真とラインの色を変えるだけです。毎月、その月に庭に咲いている花の写真を使い、デザインのラインの色を花の色と合わせるだけでした。この名刺は、一部の方々には、私から出さなくても、今月の名刺は?と言われるようになり、ある意味では、効果があったようです。

 

○独立宣言とはじめての診断士としての仕事

秋には、翌年3月で21年勤務した会社を退職して独立することを決断。周囲にそれを公言することで、退路をたちました。そうしたら、受験時代に、当時、流行っていたネットの掲示板で知り合った地方(長崎県)在住の診断士の方から、「SOHOマニュアル」作成のお仕事をいただいたのです。独立後の自分の活動に参考になるだろうと……。
後述しますが、独立直後に、長崎に挨拶に伺ったときに言われたことで今でも心に残っていることがあります。「仕事で宴席に呼ばれたときは、必ず、封筒に会費を入れてポケットに入れておく」ということです。招待されることが多くても、仕事と宴席は切り離し、相手が受け取ってくれるかどうかはその時により異なるけど、タダでご馳走になることは当り前でないし、お支払いする姿勢を持つことが大事と……。私が手本とする診断士の方々のお一人です。

 

○退職と有限会社設立

診断士の資格を取得して、1年。3月末日をもって勤めていた会社を退職して独立。
有限会社を設立するために、翌日から、①商号調査に法務局に行き、②定款を自分で作成、③資本金を預けに銀行へ、④定款ほか必要書類をもって公証人役場へ、⑤法務局で登記、このステップだったと思います。もう、16年前のことです。診断士の同期の仲間と、定款のフォーマットを共有しあったり、社印は、どこに発注すると安いなど、いろいろな情報交換をしたものです。ちなみに、私の会社の創設記念日は、4月5日です。法務局で登記手続きをした日です。
ちなみに法人設立ということは、失業給付の受け取りができなくなるということを付け加えておきます。

 

○HP作成、挨拶状の作成、会社のロゴ作成

そして、会社も設立でき、いよいよ挨拶状。葉書大の白い厚めの用紙を購入して、表面は、退職・独立のあいさつ文、裏面は私の経歴書を印刷して、封筒に入れてお世話になった方々に郵送しました。
さらに、ホームページビルダーを購入して、試行錯誤しながら、会社のHPの構築。実は、私の会社のロゴマークは、ホームページビルダーの部品を組み合わせて、角度や大きさを変えて配置したものです。16年間使い続けているロゴ、講演のスライドにも活用したりしています。

 

○独立後、初めての自分への投資は、リッツカールトンホテルのセミナー、そしてお世話になった方への挨拶

独立して、初めての自分への投資が、当時、大阪にしかなかったリッツカールトンホテルのセミナーの受講。現地集合・現地解散。大阪までの往復の交通費は別にして、セミナー料金は75000円(1泊宿泊つき)。この動機は、セミナーのコーディネートをされている方が、CS(顧客満足)の専門家でいらした故佐藤知恭氏、当時、白鴎大学の教授でした。この方にご挨拶(実は、再会)がしたくて、セミナーに参加しました。この時のご縁で、問題解決手法TTWと出会ったのです。さらに、佐藤塾にも迎えていただき、CSの専門性を高めていくことができました。佐藤先生の思い出は沢山ありますが、大切な方に出す郵便物は、必ず記念切手を貼ることでした。切手を見れば、その人の誠意が伝わるとおっしゃっていました。以来、私は、常に、記念切手を常備するようになっています。
この時、横浜に住んでいた私は、大阪まで行くなら、ついでに、上述した「SOHOマニュアル」の仕事をくださった方にご挨拶をしたいと思い、とらやの羊羹を土産に、長崎に飛び、陸路長崎から博多を経由して大阪入りをしました。みんなから、長崎は、大阪のついでに行く距離ではないと言われましたが、タイミングを逃すと、なかなか長崎に行くことができないというのが私の考え方です。

 

○それから17年……

それからは、順調に、独立診断士としての道を歩み続けてきました。気がつくと、今年は、還暦を迎えます。
2011年に、2代目塾長を継ぐ覚悟をしたのは、独立して、60歳定年を前提とするなら、折り返しポイントを過ぎていることに気づいたからです。そのとき、これからは、これまで、私自身が教わった多くのことを後輩に残していく期間という考えを持ちました。それまでも、「○○長」など、何か大事な「役」を受けるときは、これまでお世話になったお返しという気持ちで受けていました。それが、今まで、塾長を継続してきているベースになっています。

自分がこれまでに蓄積してきたもので、今後も有用なものは、今でも、後輩に引き継ぎたいという気持ちがあります。それはそれで、清々しいもの。今年は、父の逝去もあり、残された母との時間も限られていることでしょう。1年後には夫も定年退職を迎えます。何にプライオリティを置くのか、キャリアビジョンの描き直しが迫られているように感じています。

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海外のセミナーは「準備ほどほど、現場対応力が鍵」となる

2018-02-19 10:00:00 | 塾長からのメッセージ
こんにちは。塾長の鴨志田です。
今、ロシアに出張中です。「組織づくりと人材育成 ~選ばれる企業になるために~」というテーマで、アルハンゲリスク、バルナウル、オリョールの3都市で、講演をしています。最初の都市、アルハンゲリスクでのセミナーが終わりました。
※アルハンゲリスクは、天使の町という意味があり、人口約35万人、モスクワから北に1200kmのところに位置しており、白海にかなり近いところにあります

前夜の打ち合わせで、「造船業がこの町にはある」「観光政策にも力を入れている(インフラをどう活用するか?)」ということを知りました。さらに10時~17時の予定が、15時~19時(または20時)に変更になることも伝えられました。ところが、会場につくと、「15時から、3時間連続、休憩なしで対応できますか? 終わり時刻は18時を多少回ってもよい」と言われました。このように、海外(途上国や新興国など)でセミナーをするときは、常に、現場対応力が求められます。日本では、十分な情報が得られないまま、準備を進めます。海外でセミナーをする際のの私の方針は「ほどほどの準備と現場対応力」です。ガチガチに準備をしても、このように変更が生じたり、現地に来てから、いろいろな情報を得ることが多いので、組立てなおすこともしばしばです。

……ここで、セミナー開始です。
休憩なしで3時間、話しをする私は問題ないが、聞く側がつらいだろうし、受講生の集中力が続かないのではないかと日本側の関係者は心配していましたが、まずはチャレンジです。2時間が回ったあたりで、一部の受講生の方の疲れが見受けられました。

後半、どのように受講生のモチベーション維持をしたのか、下記に紹介します。

(1)ここで5分ほど、休憩をいれました。
実は、講義をしていて、こんな写真も皆さんに見せるとよいかもというひらめきが前半の講義の中でありました。その写真を取り出す時間が私にも欲しかったのです。

(2)再開後は、流れをがらりと変えました。少し、疲れが出始めた空気を変えることが狙いです。写真を沢山みせて、セミナーのテーマと結びつけるまとめに切り替えました。実は、前日の打ち合わせを受けて、朝のうちに、テキストスライドの他に、活用できるであろう写真だけを集めたスライドを準備しておきました。たとえば、以下の対応です。

・造船業がある
 ⇒ 先週、国内出張の際に視察した佐世保造船所の写真が使えそう!
・観光インフラの活用
 ⇒ 造船所を観光コースに組み込んだ観光ルートを走るバスに乗った体験談とそのバスの写真
 ⇒ 昨年秋の、燕三条の工場の祭典の写真、普段は閉鎖されている地域の工場が、一定期間観光インフラとして集客力を発揮し地域に経済効果をもたらしている話
・地域の資源は、見せ方次第で観光インフラとした活用できるほかの事例など

(3)最後のまとめは、ホスピタリティ
今年、ロシアでワールドカップが開催されます。国外からも多くの観客が見込まれます。それを前提に、ホスピタリティについても触れてほしいというリクエストが事前にありました。
「日本のホスピタリティをどう伝えるか」
 ⇒ バスツァーで和倉温泉加賀屋旅館に泊まった時の写真、仲居さんのお迎え/お見送り、支配人のお見送り
 ⇒ 旭山動物園が、どうして、日本一集客できる動物園になったのか、動物園に行った時の写真を見せながら説明
 ⇒ 茨城県の着物店が、移動着付車を設備投資して、海外からの観光客が和装で鹿島神宮をお参りするサービスを実現、着物店から観光サービス業への進出事例(過去に仕事で、同行したときの写真をお見せできました)

などなどです。

このようなホスピタリティを具現化する役割を担っているのは、組織で働く人達であり、お客様に喜んでいただけるサービスを提供できるのは、組織で大切にされ、育成されている証であると、やや、強引なまとめにしてしまいましたが……。

アルハンゲリスクでは、チェス祭りもあるとか、それなら、先月、将棋の町、山形県天童市に出張したので、将棋の駒を橋の欄干に取り付けて灯りとしている街づくりの写真も活用できそうと思いました。

海外でセミナーをするようになってから、カメラをいつも持ち歩く習慣がつきました。いつ、どこで、この写真が役にたつか分からないこと、文字情報より、ビジュアル情報が伝わりやすく関心ももってもらえることなどの効用があります。
過去の講演データや写真は、財産であり、常に、持ち歩いています。クラウドを活用するという手段もあると思います。私がfacebookでマメに発信するのは、1つは、地域情報を発信したいということもありますが、ある程度、撮った写真の整理にもなり、すぐに取り出しやすくなることが多いことも理由の一つです。最近は、スマホから発信することもありますが、原則、デジカメで撮った写真をディスクに整理して保存して、それを発信するようにしています。

これから、海外で活躍される方の参考になれば幸いです。


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元旦に思うこと

2018-01-01 17:35:29 | 塾長からのメッセージ

稼プロ!(稼げる!プロコン育成塾)のブログ読者の皆様、新年、あけましておめでとうございます。
塾長をしております鴨志田栄子です。
本年も、引き続き、本ブログをよろしくお願いいたします。 

2018年最初の発信となりますので、少しだけ抱負を述べたいと思います。
「やりたいことは、公言し、そして、夢は持ち続けよう」……です。

私は、本当は、どんな仕事がしたいのか? どんな活動がしたいのか?
今年は、還暦を迎える節目となるので、いろいろと考えてみました。

◎仕事で取り組みたいこと

私の会社のキャッチフレーズにしている「~風土づくり、人づくり、仕組みづくり~」のフレームワーク化に取り組みたいと考えています。昨年は、ベトナムの企業さんの人財育成支援に携わりました。そして、人を大切にする経営学会に入会し、診断士協会の研究会活動にも参加しました。暮れには、ベトナムの企業さんで、「社員を大切にする経営」の手ごたえを感じることができました。長年取り組んできた活動ですが、そろそろ一つの形にできないかという気持ちが生まれています。社員に笑顔あふれる会社、同時に、利益が生まれる会社、その実現に、今年も、尽力したいと考えています。

◎将来やりたいこと その1

日本は、南北に長く、四季もあることから、豊富な種類の野菜があります。そんな野菜を楽しむ生活をしてみたいと考えています。家庭菜園で野菜を育て、野菜の美味しさを楽しめるレシピを考えるのも楽しいひと時だろうなあと、空想を膨らませています。食に関することは、器やお酒にまで、関連が広がりますね。そのこだわりを、また復活したいなぁという夢を描いてします。
独立して16年間、地方都市での仕事の多い私は、各地の自然観光資源、食資源などに触れる機会を沢山頂戴しました。漠然と、地方創生に関心を持ち、同時に食文化(農業、食材、料理、お酒)への関心を高めてきました。仕事というよりライフワークを、食文化に関わる方向にスイッチングしていきたいなぁという想いを強めています。

◎将来やりたいこと その2

筆をもちたいです。
1つは書道です。会社時代、書道部に在籍していましたが、退職と同時に、書道から離れてしまっていました。それにさかのぼること、中学から高校時代も、近所でお習字を習っていました。一度だけ、中学生の時、日書展で賞をいただいたことがあります。
私が会社で書道部に入部した理由は、大和仮名を覚えたかったからです。中途半端に終わってしまっているので、ふたたび、再開のきっかけを見つけたいと考えています。
そして、もう一つの筆は、はがき絵です。絵てがみと表現した方がイメージしやすいかもしれませんが、私が習っていたお教室は、はがき絵と言い、筆だけでなく、サインペン、クレヨン、ボールペンなどを使い、色を付ける時に、筆を持っていました。その筆です。会社時代は、よく、葉書にスケッチ絵を描いて、投函していました。日曜日になると、庭の草花を題材にしたり、青果品を題材にしたり、時には山頂でスケッチをしていたころもありました。
そんな、心にゆとりのある生活を再び楽しみたいという気持ちが年々、復活してきています。 

趣味については、あまり、他言することはありませんでしたが、ここで公言することで、そして、いつかは、時間を捻出し、一歩、夢の実現に近づくのではないかという想いです。このお正月休みも、仕事を沢山抱えています。どうしても、趣味より仕事の締切を優先せざるを得ません。

独立をすると、この時間管理がとても難しくなります。仕事のやりがいを手に入れられると同時に、自分の時間の捻出がしにくくなります。この16年間の反省も込めて、今年は、今年は、第3の人生へのキャリア・チェンジの準備を始める年にしたいと考えています。

皆様にとっても、意義のある1年となりますよう、お祈り申し上げます。

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