東京都中小企業診断士協会中央支部認定!「稼げる ! プロコン育成塾」ブログ

東京都中小企業診断士協会中央支部認定マスターコース「稼げる!プロコン育成塾」のブログ。経営・ビジネスに役立つ情報を発信

理想のリーダーとは?

2024-07-17 12:00:00 | 24期のブログリレー

皆様、こんにちは。
稼ぐプロ!24期の中川です。

私が尊敬する歴史的偉人にアレクサンドロス3世(通称アレキサンダー大王、紀元前356年-323年)がいます。
彼の行動からは今日でも多くの学びを得ることができます。
世界の偉人シリーズから、オリバー・ストーンの映画、漫画のヒストリエなど、関連する物語に幼少時から好んで親しんできました。
最近塩野七生著「ギリシア人の物語」を手に取ることがあり(最終巻がアレクサンドロスの回です)、改めて考えさせられる内容があったのでご紹介しようと思います。

彼の功績の中心はヨーロッパのギリシアからエジプト、アジアはインドまでまたがる大帝国をほんの数年で築き上げたことですが、その成功要因の一つに率いていたマケドニア軍の圧倒的な強さがありました。
その強さの秘訣は当時中心戦力となることが一般的ではなかった騎兵隊にあり、さらにその先頭で常に総大将であるアレクサンドロス自身が愛馬ブケファロスにまたがり誰よりも速く敵陣に飛び込んでいたことにあったと言います。(余談ですが攻撃時に騎兵隊の先頭に立つアレクサンドロスのことは後世の歴史家の間で「ダイヤの切っ先(プンタ・ディ・ディアマンテ)」と称されていました。)

大将自らが戦場では常に先頭に立ち、他の誰よりも大きなリスクに身をさらして戦うという姿勢は、兵士たちの気持ちを鼓舞し、士気を大きく上げました。
アレクサンドロス自身が、麾下の兵士を危険にさらすことはできないという考えを持っていたのはもちろんですが、同時に「自分たちの大将を守らなければ!」という兵士たちの危機意識は軍の一体感を高め、結果、戦闘力の向上につながりました。


ビジネスに置き換えるとどうでしょう。
立派な会議室から一歩も出ずに現場に指示だけをするリーダーと、自ら現場に行き顧客と直接交渉して信頼を勝ち取ってくるリーダーのどちらに付いていきたいでしょうか。
もちろん企業にはゴーイングコンサーンという至上命題があり、次世代を担う人材育成が必要不可欠になるので関与の仕方にもバランスが重要になります。

成長につながるようなチャレンジの機会を部下に対してはふんだんに提供し、顧客からの厳しいクレームや部下だけでは解決が困難な問題がある場合に最前線に出て責任を取る、そんなリーダーが理想と感じます。

そういえば昔勤めていた会社で、「お客さんに謝罪が必要な時だけ呼んで」と言ってくれる上司がいて、勇気づけられたことを思い出しました。
一方で顧客に謝罪が必要な時に呼んだところすごい剣幕で叱られて怖かったことも思い出しました。
その方は最近社長になりました。
もしかしたら私にとっての理想のリーダー像に近いのかもしれません。

皆さんの理想のリーダーはどんな人でしょうか。

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私のキャリアープラン

2024-07-16 12:14:21 | 24期のブログリレー

16期生の大石泰弘です。

24期生のみなさん、ようこそ稼プロ!へ。1年間頑張りましょう。
まずはキャリアプランを作成されると思いますので、私のキャリアプランの変遷についてお話しします。

まず私の自己紹介です。1958年に鳥取で生まれ、現在64歳で千葉県松戸市に住んでいます。
55歳で早期退職し、養成課程に1年間通い、2016年に56歳で診断士になりました。

その時、再就職しようか独立しようか考えました。80歳までは現役で働きたいとなぜかその時思いました。
今もその思いは変わりません。しかし、その後男性の健康寿命は72歳だと知り、確率的には困難だ
と認識しています。

80歳まで現役でいるためにはサラリーマンではほぼ不可能なので独立しかないと考え独立しました。
稼ぎ方は漠然と経営コンサルタントとしてと考えました。しかし、その稼ぎ方がわからないので、
ゼミを見つけて入塾しました。今も実践しながら勉強中です。

とりあえず日銭を稼ぐために、いろんな仕事を診断士協会などからいただいて走り回りました。
その中で事業承継が深刻な問題を抱えているのに、経営者のほとんどは気づいていないと知り、
有償でも無償でもいいからライフワークにしようと思いました。

経営コンサルタントで稼ぐためには専門性を深めることが必須と知りました。集客にあたり、
実績がない物は説得力に欠けると知りました。サラリーマン時代にフレキシブルな生産計画で
QCDを改善したことがいいかなと思う一方で、もう生産計画はいいやという気持ちもあり、いろいろ
な分野の専門家を模索しました。その結果たどりついたのは、技能承継の環境整備の専門家です。
結局生産管理の領域に戻ってきてしまったのです。
事業承継の潜在ニーズは企業の7割くらいですが、顕在化していないので集客できません。

技能承継のニーズは顕在化しているので、これを看板にして企業と接点をつくり、その延長で事業承継も支援しようと考えました。さらに事業承継の中でも親族内承継と従業員承継の支援に絞る
ことにしました。

以上の動きと並行して、社員の幸せを第一にしながら、事業に関係するすべての人を幸せにし、
黒字を継続する企業がたくさんあると知りました。自宅の近くにもそういう企業があることを知り
あと5社育成しようと考えました。その勉強をするために、今年は経営者の勉強会にも通っています。

以上をまとめると、80歳まで経営コンサルタントとして稼ぎ続けると決め、具体的な方法は、
技能承継で困っている企業の悩みを解決しながら、事業承継の悩みを解決したり、社員をもっと
幸せにしたい会社を支援しようと思っているということです。

このあとも変わっていくかもしれませんが、何か役に立っていたいとは思い続けるでしょう。

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ジャネーじゃねー!

2024-07-15 12:00:00 | 24期のブログリレー

皆さんはじめまして、24期生の寺岡裕晃です。
中小企業診断士登録をしてからもう10年が経ちました。

今年、税理士事務所を開業したことをきっかけに、中小企業診断士としてステップアップするべく、「稼げる!プロコン育成塾」に入塾させていただきました。どうぞよろしくお願いいたします。

私は今年の4月に税理士事務所を独立開業したのですが、これまでのサラリーマン生活とは生活が一変しました。
開業してからというもの、初めての体験、初めての生活リズム、初めて会う人、などなど、「初めて」ばかりの新鮮な毎日を送っています。

そんな中、ある日ふと気づいたのは、「え!?まだ水曜日??」という具合に時間を長く感じるようになったことです。

皆さんも経験があるかと思いますが、年をとるたびに、1日が早い、1週間が早い、1か月が早い、1年が早い、と感じることが多くなりました。
45歳の今になって、まさか、逆に時間の経過を長く感じる時が来るとは意外でした。

そこで、少し調べたところ「ジャネーの法則」という有名な法則がありました。

この法則を要約すると「生涯のある時期における時間の心理的長さは年齢に反比例する」というもので、その主な理由は、「主観的に記憶される年月の長さ」が年をとるごとに短くなるためとのことです。

つまり、子どもの方が毎日新鮮なことに接するので、1日のうちに記憶することが多いために1日を長く感じます。しかし、大人になるにつれ新しい体験がなくなって記憶することも減り、1日を短く感じる、ということでした。

おお、確かに独立して毎日、新鮮な体験をしているから、まさにジャネーの法則に当てはまってるじゃねーか!ジャネーだけに!

しかし、6月になって突然、この感覚がなくなり、「え!?もう木曜日??」と、1週間を早く感じるようになりました。

確かに2か月たって新鮮味が減ったのかもしれませんが、稼プロも6月から始まったし、まだまだ新鮮な毎日は続いています。
あまりにも急速な体感の変化に、なんだ、ジャネーの法則もあてにならないじゃねーか!ジャネーだけに!と思ってしまいました。

そこで振り返ってみたのですが、6月からの大きな変化として、経営者のビジネス交流会に参加するようになり、毎週金曜日にその定例会に参加するようになりました。

そうか、決まった時間に決まったことをする習慣ができると、極端に時間の経過を早く感じるようになるのかも!
1週間のサイクルが決まることで時の流れを早く感じる、これはジャネーの法則の新説じゃねーか!ジャネーだけに!

というわけで、出来るかどうかは別にして、定例ミーティングなどをあえて、1日ずつとか1時間ずつとかずらして設定することで、時間の体感を長くできるか実験してみてはどうでしょうか。

やってみようじゃねーか!せーの、ジャネーだけに!

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商工会議所青年部(YEG)

2024-07-14 12:00:00 | 24期のブログリレー

読者の皆様こんにちは。17期の渡邉と申します。

24期の皆様、入塾おめでとうございます!
稼プロ!を選ばれたのは間違いないと思いますので1年間しっかり楽しんでください。

簡単に自己紹介させてください。私は2017年に診断士登録をして
稼プロ!17期で学んだ後、2019年に家業を継ぐために故郷の岡山県に戻りました。
昨年に事業承継を終え、倉敷市水島で工場の保全業務を行う会社を経営しております。

一方診断士としても活動しており、岡山県よろず支援拠点のコーディネーターや
コンサル会社からの下請けで補助金申請支援等を行っています。

本日は商工会議所青年部(以下YEG)でのお話です。
私は地元である倉敷YEGに加入して様々な活動を行っています。会員同士の交流や学びの企画
をしたり、朝市や夏祭り等地域のイベントの手伝いをしたりしています。

また、YEGは都道府県単位や中国地方等のブロック単位、また全国の連合会等もあり、各地での
イベントへも参加したりしています。

昨年は山口県の柳井市や岩国市等、普段行かない様な所にも行きました。
そんな時に感じるのは、地方の過疎化の深刻さです。私の住んでいる倉敷市も田舎だと思っていましたが、
まだまだ恵まれている方で、地方へ行くと本当に人がいません。

YEGの会員数で見ても、倉敷は200人位いて全国でも上位の方ですが、少ないところは20~30人しかいない
様です。地方の過疎化という言葉はよく聞きますが、YEG活動をしていて本当に実感をするようになりました。

昨年山口県柳井市に行ったのは中国ブロック大会と言って、中国地方の各YEGのメンバーが集まるイベントで、
2000人近くのメンバーが集まったのですが、主催者の柳井YEGのメンバーは「こんなに多くの人がこの街に
来てくれた」と言って涙を流して喜んでいました。

私の会社が成り立っているのも倉敷市に産業が発展しているからであり、当然ながら街がさびれてしまうと
会社も存続できないし、生きていくのも難しくなります。
改めて自分の住んでいる街への感謝の気持ちを持って、地元経済の活性化に少しでも貢献していきたいと
思うようになりました。

YEG活動をしても直接的に会社の仕事につながるわけではないし、飲み会も多く時間ばかり取られて面倒だと
最初の頃は思っていましたが、今は少しでも地元商工業の発展につながるようにメンバーと一緒に切磋琢磨して
いきたいと思っています。

ちなみに来週7/19~21はYEGの全国サッカー大会が藤沢で開催されます。何千人という人が集まる大会で、
私も倉敷YEGの選手として出場予定です。
もうすぐ42歳ですが、この歳になってもサッカーやっているとは想像していませんでした。今年はメンバーにも
恵まれているので、優勝目指して頑張りたいと思っています。

コメント (7)
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東京に出たけれど

2024-07-13 12:00:00 | 24期のブログリレー

皆さまはじめまして、稼プロ!24期生の田村研太と申します。

 

今後ともよろしくお願いいたします。

 

何を書くか迷ったのですが、私は5年程努めた前職を退職した後、東京に出てきてフリーターとして3年程フラフラしていますので、そのことについて書こうと思います。

フリーターというのはネガティブな印象が強いですが、東京や大阪の大都市ではそこまで経済的に困窮した存在という訳ではありません。

人手不足の世の中ですから、職歴や学歴にもよりますがアルバイトや派遣でも時給1300~1500円前後の仕事ならすぐ見つかってしまいます。大体、1日で10000~12000円ぐらいは貰えますから月に20日働いて20~24万円になり、税や社保を引かれるので手取りは80%とすると16~19万円ぐらいです。結婚やマイホームを考えなければ一人生きていくのには十分な額になります。さらに、これを派遣社員に限れば時給1600~1800円程度も難しくは無いですから貯蓄も可能になります。

私の場合は、社会見学がてらに短期の派遣やアルバイトで暮らしていたので、そこまで余裕があったわけではありませんが、そこそこ充実していました。前職程の収入はありませんが、自由気ままな生活を楽しんでいたのです。

もちろん、根無し草のような生活ですし、ボーナスも無いので思い切った贅沢はできません。ただ、嫌なことには嫌と言えますし、長時間労働を強いられることも無く夜はゆっくり眠ることが出来ます。前職では、考えられないことでした。もし、地元に帰るという選択肢が無かったら、もっと長々とフリーターとしてダラダラしていたかもしれません。

しかし、私自身はもともと九州から東京に出稼ぎ感覚でやってきた節があり、何某かの食い扶持を手にしていずれは地元に帰ろうと考えていました。一度、東京へ出てきたのは地元では一人暮らしをしつつ何かの目標を持つことが難しかったからです。

そもそも仕事が少ないことはもちろんですが、地元では時給1000円程度でも高い方で月16万円ぐらいの収入しか得られません。ここから税や社保が引かれ手元に残るのは13万円程度でしょう。ここから家賃を引かれ、光熱水費や通信費が引かれ、自動車が必需品である為にその維持費がかかります。実家に住めば何とかなりますが、今度は仕事を選ぶことや時間的な融通を効かせることが非常に難しくなります。

これでは、生活に手一杯で何かに向けて努力する余裕など持てるはずもありません。絶対無理とは言いませんが、少なくとも5年務めた仕事を辞めたばかりでどうしようか迷っていた状況の私には厳しい環境でした。

その点、東京というのは何某かの目標を持ってフリーター生活をするのに完璧な条件がそろっています。東京は物価が高いとはよく言いますが、高いのは家賃ぐらいで他は地場産品以外変わりません。どうせ、どこであってもその地方で取れないものは他所から輸送されているのです。それに、家賃もあれこれ条件を付けなければ安い物件は幾らでもあります。結局、東京は江戸時代から出稼ぎ労働者を受け入れて大きくなった街ですから、地方からやってくる人間を受け入れる体制が整っているのでしょう。

そのおかげで、資格の取得という段階には到達することが出来ましたが、今はまだ食い扶持というには心許ない状況ですので、今年稼プロでの1年を通して次の段階へと進めればと考えています。

コメント (9)
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