中国ビジネスブログ「漢和塾の窓」

中国語や中国ビジネスに関連するテーマを、漢和塾の小川がつらつらと書き綴る・・・

パレスチナの国連加盟申請とアメリカの抵抗!

2011-09-24 13:09:55 | 国際
久々の土曜日、スケジュールの関係で久々の休日にもなりそうだったので、鉄道で万里の長城に久々に行ってみようかと思っています。が、完全に寝過ごして出遅れました。CCTV新聞のテレビをかけ流していますが、世界の情勢が短時間で把握できたりします。日本語では、「アラブの春」と言う言葉を使っていますが、どうやらこれは、リビアを初め中東、北アフリカの民主化の波を指すようですが、そんな綺麗な言葉では片付きません。

まずは、リビア、結局は古くはイラクへの米国侵略にしても、アメリカと欧州、さらにはロシアも含めた、中東の石油利権を巡って、民主化と言う綺麗ごとで戦争をしかけているだけで、映像だけ見ていると、子供でも戦争にしか見えないのに、民主化の革命のように語られています。語られているのは日本だけかも知れず、中国人に限らず、冷静に見れば、誰と誰が何の利権を巡って戦争しているのかは世界の人はわかっているような気がします。

イランのアフマディネジャド大統領が国連で演説している映像も見ましたが、イスラエル問題も含めてアメリカへの指摘は、9.11への疑念も含めて、普通にきいていると至極まっとうな意見に感じました。実際、欧米の数カ国が演説中に退席しましたが、退席しなかった国の多くは、同じような感覚を持っているわけで、そうでなければ、全員退席することになるはずです。新興国と先進国などと言う垣根はもはやなくなり、世界の再調整が行われているのに、アメリカを中心に最後の無様な抵抗を見せている・・・そのように感じるのは私だけでしょうか?

そんな中、パレスチナが国連加盟の申請をしました。アメリカは間違いなく拒否権を発動するでしょうが、あまりにも根が深いイスラエルとの問題ですが、これこそ、世界各国の様々な意見、考え方を表に引っ張り出して議論すべくことで、アメリカだけが2国間の間で影響力を保とうとするので解決しないわけで、逆に言えば、申請などされたアメリカの権威が凋落していくことを示しています。2012年危機説をなぜに私が唱えるか、窮鼠猫を噛むではないですが、追い詰められた、と言うよりは、面子と実力の一致しない大国アメリカが、窮地で3つのテロ(軍事・金融・サイバー)を仕掛けてくることは容易に想像できるからです。そうだ、衛星のゴミは自分で片付けて!

ふと日本の原発事故のことが気になりました。素人判断でも、今の状態は、冷温停止に至っておらず、ひたすら水を流し込んだとしても底が抜けているから地中にだだ漏れしているだけ・・・事故現場一帯はもちろん地下水脈を通じて日本列島どころか極東全体にも影響を及ぼす可能性があります。日本に限らず、原発、原爆など、結局は自らの手に負えないものを大量に抱え込み、宇宙戦艦ヤマトで見た、真っ赤な地球になってしまう日は、いつか必ず来ると思います。人間と言う60億以上の一種が、永遠に、この星の主役であり続けることもないのかも。この100年近くの発展のスピードを見ると、その、いつか・・はそれほど遠くないような気もします。


北京のタクシー事情・・・なんだかな~?

2011-09-24 02:36:11 | 中国
赴任前研修において、どうしても上海中心の情報提供が多くなり、他の都市のことが疎かになりますが、有名な都市、北京においては、私自信がいまだ慣れません。何よりタクシー、朝夕はもちろん平日に空車がつかまらない・・・さらに夜中でも行き先によって、交渉が必要と言うか、運不運の問題ですが、目的地に素直に運んでくれません。場所を言っても近くだと断られたり、地下鉄の前で乗車したら、散々文句を言われたこともあります。

上海のタクシーがいかに快適か、思い知るはめになりますが、以前言った、安徽省など地方都市においては、タクシーとは交渉事・・・そう思ったほうが正しいかも知れません。もちろん、初めて、あるいはたまに来る街に慣れてないだけで、中国各地を飛び回る駐在員の方に比べると、素人の旅行者の域をでません。

仕事とは何か?サービス業と言う言葉自体が世界でどこまで浸透しているか、たまに考えます。昔、サービスは無料だと教えられたことがあります。実際、英語の意味ではそうかもしれません。ただ、日本人には、いや、昔の日本人には奉仕の精神と言いましょうか、放っておいても、人に気を使う気持ちが宿っていたように思います。

昨今の日本の電車の中や、優先席の存在はありますが、どこまで誰に譲るべきかはたまに悩みます。60歳くらいのおばさんが前に立ち、その横に70歳くらいのお婆さんが来たらどうするか・・・60歳に譲らなかったのに、今さらジローですよね。それでも、できるだけ譲ろうとしている端で、20代の学生がイヤホンつけたまま眠りこけてる・・・そんな光景によく出くわします。結局は、他人のためにどこまで考えるかだけの話ですね。

北京のタクシーについて言えば、別に稼ぎの問題より、自分がいかに楽になれるか・・・以前にも申し上げた、本能に忠実なだけかもしれません。日本人が持つ気遣いや気配り、この考え方は別に世界に輸出しなくてもいいので、できれば日本で守っていきたいと思いました。

ある中国人が、北京市内で田舎から出てきている農民のことを、畑からとれたばかりのジャガイモみたい・・・と言っていましたが、やはり、教育水準の問題、家庭環境の問題、彼らの両親、そして祖父、それぞれが生きてきた時代があまりにも違い過ぎる・・・そこを理解しないと、冒頭のような中国人批判的な文章になってしまいます。

仕事として、できるだけ、多くの地方都市を回り、駐在員の方のお役に立てるようにしたいとは思いますが、全部回る頃には寿命がつきてしまいます。それでも、ピンポイントで仮説と現実の差異を知ることができれば・・・研修会社として、その努力はあまりにも当たり前のことに思える北京二日目の夜でした。


「Economic Animal」と呼ばれた時代が懐かしい・・・

2011-09-23 18:47:17 | ビジネス
もしかしたら、今の若い方にはこの言葉自体がピンとこないかも知れませんが、私が社会に出た頃、日本人は世界からEconomic Animalと呼ばれていました。今や、あえて言うなら韓国企業がそう呼んでも不思議ではないような気がしますが、Animalとはひどい言い方には違いないですね。なぜにこのような言葉を思い出したかは、「日本企業にいま大切なこと」と言う書籍の中で、遠藤功氏が、「いまこそエコノミックアニマルに立ち戻れ!」と言及していたことがきっかけです。

確かに、私たちの先輩方は、高度成長期を支え、がむしゃらに働きつつも、弛まぬ研究で繊細な技術を世界に送り出していました。社会人になったばかりの頃は、会社員は朝早くから夜遅くまで働いているイメージがあり、実際、私がいたリクルートはちょっと極端かも知れませんが、夜の11時、12時は当たり前、休日出勤と言うより、土日に日々の仕事のキャッチアップをする・・・そのような生活をしていました。「働き蜂」と言う言葉もあったような気がしますが、強制的な労働ならいざ知らず、当時は少なくとも目の前の目標や、会社の未来なども信じて、自主的に頑張っていたように思えます。ゆえに世界からも日本企業が注目されていたのでしょう。

多分、それに楔を打ったのがアメリカ主導の、日本の逆意識改革ではないでしょうか?欧米人はバカンスで休みが多いと吹き込まれ、労働時間に制限が加わり、正社員の終身雇用が企業の団結力を強めていると見るや、派遣社員の領域を拡大、会社への忠誠心を薄め、さらにコンプライアンスやJ-SOXなど、枝葉末節なことに社内の人材と時間と資金がつぎ込まれて、気がついたら世界での競争力が見劣りするようになっています。働かざるもの食うべからずでいいとは思いますが、働きたい人がとことん働けるような時代に戻さないと、日本の復活はありえないような気がします。もちろん、そんなことは制度化しなくても、やっぱり働いている人はとことん働いていますが、地震・原発事故とこれだけ追い込まれながら、相対的に危機感が欠落しているようにも感じます。

韓国人に限らず、今日お会いした北京の教育機関の副院長は、いわゆる政府系の若き役人ですが、ランチタイムも利用して商談をこなし、中国国内はもちろん、韓国、来月はアメリカと移動しながらも、合間を縫って、たとえ少人数でも留学生の修了式に出席、近い将来の事業計画も壮大で、まさに彼女はエコノミックアニマルでした。

アニマルはやめて、チャレンジャーでいいと思いますが、私自身も、中国は疲れる!などと愚痴を言わずに、中国語教育やグローバル人材育成の理想に少しでも近づくべく、「Economic Challenger」の仲間入りをしなければ・・・13年前、中国語の「ちゅ」の字も話せないのに一人乗り込んだ北京を思い出しながら、気持ちを新たにした次第です。



中国の法律・・・変化する「生き物」ですね!

2011-09-21 16:16:44 | 中国
よくある先入観で、中国は法律なんかあってないようなもの・・・と言うのがあります。確かに、法律自体は、年間でもすごい勢いで変わりますし、一見すると法律を守っていない人のほうがはるかに多くも感じますし、実際そうだったりします。日本との比較で、法整備が遅れていると伝えられていますが、私が最近思うには、中国では、法律は整備するものではなく、常に時代や権力や経済の状況に応じて変化する「生き物」ではないでしょうか?

日本は小学生の頃に社会の授業で、日本国憲法について学びました。戦後、どころか私が生まれてからでも46年も経っている日本ですが、細則は別にして、原則的に憲法がドラスティックに変更されたとのニュースを聞いたことがありません。自衛隊派遣の時に、憲法9条がひたすら話題になりましたが、どうやって解釈を変えようかという試みはあっても、時代に即して憲法を見直す動きはご法度のようにも感じられます。

一方、中国においては、法律は年間何万本も改変され、わずか数年前の法律に詳しい専門家でも、現在の事情についていけなくなります。常にキャッチアップしなければならないわけですが、これも法律は完璧を期してから施行されるものではなく、仮施行と言う、仮免許みたいな段階があって、一部の反応を見ながら本格的な施行が1年後に来る・・・そのようなケースが多いのが現実。法典や規律表みたいな守るべきものと言うよりは、守ったほうがいいかどうか考えるための指標とでも言えましょうか?ただし、施行された限りは、仮施行の段階でも捕まれば罰則がありますし、後々緩和されたとしてもその時は運が悪いとあきらめざるを得ません。さらに、何年後かに遡って追徴される場合も少なくありません。法律はまさに、生身の人間と同じ、変化する「生き物」ですね。

そのような実態が理解できないと、法律や5ヵ年計画なども単なるお題目みたいに思えるかも知れませんが、どっこい、その運用は厳しいものがあります。特に所得倍増計画などの5ヵ年計画。日本のマニフェストには何ら実行責任が伴いませんが、5ヵ年計画に書かれた以上は、必ずそうなります。5年で倍、つまり毎年15%程度の賃金アップになるわけですが、政府が決めたことなので、必ずそうなります。また、偽者や水商売系の取り締まりにおいては、国慶節前など、期間限定でキャンペーンが始まったりします。昨日まで堂々と営業していたお店がいきなり閉鎖になったり、日本的感覚では理解しがたいかも知れませんね。

随分前に、トップダウンとボトムアップのバランスが中国のキーワード的なことを書きましたが、上からの目標設定、法律などの強制力は強固なものがありますが、実際の運用場面では、それぞれが抜け道など探しながら柔軟に対応する・・・そんな反応を見ながらトップが判断して新たな法律が生まれる・・・アンテナの張り方次第で、天国にも地獄にもなりますね。


1ヶ月ぶりの上海・・・乗り遅れず!されど焦らず!

2011-09-20 02:03:21 | 中国
8月16日に日本に帰国して、整然と計画通りに物事が進む日本の生活にすっかり慣れてしまいましたが、9月18日、久しぶりに上海に戻ってまいりました。戻りましたと書きましたが、1ヶ月も日本にいたら、これはただの出張ですが、今回は、上海・北京・山西太原と12日間の滞在になります。引きこもり系の私には、久々の上海はやはり精神的なハードルが高く、早くテンションを上げて前を向かなければと感じました。

そんな街中には、「辛亥革命」の映画の上映告知が派手に飾られ、先週土曜日の中華民国100周年記念の会合を思い出しましたが、あらためて多用な中国について考えさせられることになりました。70年代生まれの中国人と食事する機会もありましたので、中国の政治についても色々聞いてみました。私がかねてから、なぜ天安門にいつまでも写真が飾ってあるのか些か疑問な毛沢東については、七三理論とでもいいましょうか、功績が七、罪悪が三と言う評価をしていました。昨今、大躍進や文化大革命の研究をしているステレオタイプの私には、彼の行いは罪悪にしか思えませんが、軍人としても優秀な建国の父の評価は変にバランスがとれているのかも。さらに尊敬する政治家は周恩来、経済の立役者は小平とのことでした。

話は突然代わりますが、最近購入したガイガーカウンターを持参しましたが、噂で放射能が高いと言われる飛行機の機内は、実際に銀座の事務所の数値の3倍を示し、漢和塾の事務所のある虹橋は銀座とほぼ同じでしたが、化学工場の跡地と言われる天山路にある私が宿泊しているホテルは銀座の倍の数字を示していました。もちろん、μSV(マイクロシーベルト)の小数点の数字に一喜一憂するつもりはありませんが、それなりに興味深い数値に変に納得してしまいました。日本政府が当てにならないと報道する市販の放射線計ですが、数字は数字として理解することも重要だと思いました。

そんな上海に以前にも増して日本人が溢れたように感じます。私もそのうちの一人ではありますが、最近は友人からも「こらからは中国だよね!」「まずは上海に進出しよう!」と言った声を聞きますが、町の風景、物静かになった地下鉄やバスの社内、禁煙の徹底などを見ていると、GDP(中国平均の半分程度)の通りにあきらかに成熟してきている感があります。日本の新聞には相変わらず「これからは中国を強化!」「向こう○年で○倍の売上を見込む」との記事が踊りますが、一部ブランド浸透企業、技術力・政治力のある大手を除いて、ここ上海で勝ち上がるのは至難の業、実際、大手企業とて長年の赤字はなかなか解消されないところも少なくありません。

1ヶ月のブランクは想像以上に大きく、この数日、私はほとんどお客さんですが、中国(上海)の流れに乗り遅れないように・・・との焦りと同時に、あらためて、日本企業、日本人としての強みを再発見して研鑽しなければ・・・そんなことを思った上海の夜でした。