シネマ歌舞伎を観に行きました。
今回も 歌舞伎役者 玉三郎の素晴らしい演技に魅了されました。
あらすじ
葛木は早くに両親を失い、貧しい幼年時代を過ごします。姉はひとの妾になる決心をしたある晩、京人形を俎に載せて包丁で首を刎ねようとします。その人形は姉に活き写しだったわけです。妾になることが、死に値するというわけでしょう。姉と人形が同一視されるのですが、もちろんそれ以前に姉は母の身代わりでもあるわけです。姉のおかげで葛木は医学を学ぶことができます。
妾となった後の姉は葛木に一切会おうとせず、葛木が医学士になってからは何処かへ失踪してしまいます。姉を求める葛木は姉そっくりの芸者清葉に恋をします。清葉は姉の身代わりです。清葉には決まった旦那がいて、いろいろな義理に縛られているために、葛木の思いを受入れることは出来ません。
お孝はこれまで清葉が拒んだ男ならすべて、まさに清葉が拒んだ男であるという理由で自分のものにしてきました。赤熊という男もそうでした。そしてこんどは葛木が赤熊にとって代わるというわけです。通常のライバル意識ならば、むしろ清葉の旦那をこそお孝は征服すべきはずなのに、少し妙です。お孝は清葉に憧れているのでしょう。清葉になりたいのですね。
清葉を諦めた葛木に対し、お孝は清葉の身代わりになろうと申し出ます。お孝が葛木を誘惑するときの口説き文句は「人形が寂しい事よ」というものでした。お孝は自分を人形になぞらえるのですが、どことなく淫らなものを感じさせます。お孝は自分が清葉の身代わりであり葛木の姉の身代わりであるだけでなく、人形そのものにさえなろうとしているかのようです。
葛木は清葉からもお孝からも遠ざかるために、そして失踪した姉を探すために、僧形となって旅に出ます。彼はこの旅に携えて行く姉の京人形を、預けておいたお孝から返してもらいますが、お孝はその時「清葉さん、----然(さ)ようなら」と人形にささやきます。お孝は葛木という男のエロスを正確に理解しているようです。
たまたま葛木が日本橋に舞戻ってきた日に、清葉が店を張る「瀧の家」という芸者置屋が火事になり、その騒ぎの中、赤熊はお孝を殺そうとします。しかしお孝の妹分の千世という抱妓(かかえ)が、お孝と同じ着物を着ていたために人違いで切りつけられてしまいます。千世はお孝の身代わりになります。
葛木に去られたのち気がふれていたお孝は、赤熊を殺して自ら毒を仰いだあと、清葉に遺言を残します。その内容はよく分りませんが、ただ清葉がそれに対して「身に代えまして、清葉が、貴女に成りかわって」とこたえます。結末の部分にはこう書かれています。
葛木が生理学教室に帰ったのは言うまでもない。留学して當時獨逸にあり。瀧の家は、建つれば建てられた家を、故(わざ)と稲葉家のあとに引移った。一家の美人十三人。
稲葉家というのはお孝の持ち物であった芸者置屋です。清葉の置屋が火事で焼失したため、お孝の置屋に移ってそこを瀧の家とした、つまり最後にいたって清葉がお孝のいた位置を占めることになるという結末であり、葛木のことを「身に代えて」引き受ける、ということであるのです。それがお孝の遺言なのに違いありません。身代わり願望の女であったお孝が死んで、身代わりの身代わりを奇しくも清葉が引き受けることになります。
清葉
お考、赤熊
お孝の哀れな最後 は観ていて胸がつまる想いでした。
※ 画像、あらすじはネットよりの引用です。