山陽道(西国)第67回目(ひめじ別所~加古川)
2019.11.28(木曜日)晴
ハローキティ仕様の新幹線に乗って、10時20分 姫路駅に到着。JR神戸線に乗り継ぎ10時40分 ひめじ別所駅到着。前回の終点 ひめじ別所駅北より歩き始める。
キティちゃん装飾 ひめじ別所駅 駅北
正面に2塔の常夜燈を見て右折し、右手に石柱、左手に延命地蔵尊を見て、大池沿いを歩く。
常夜燈 地蔵尊 大池
道なりに10分程行くと、左手に「六騎塚」がある。この「六騎塚」は南北朝時代の延元元年(1336年)児島高徳の父範長主従六人の自害を弔って建立したと伝えられている。亀趺(きふ)とよばれる亀形の台上に建てられている。10分程歩くと姫路市と高砂市の市境である阿弥陀町豆崎水路に出る。
六騎塚 市境
山陽本線、国道2号線と並行して5分程行くと、左手に地蔵尊があり、さらに5分程行くと国道に出る。国道を渡り、大日池(かつては約24,000㎡以上あったが、県道新設や鹿島中学校用地となり、現在は7,449㎡)沿いを南下する。
地蔵尊 国道を渡る 大日池
右手に曽根駅を見て歩くと、高架下に集められた5基の石標があった。左折すると左手に石造五輪塔、石仏がある。五輪塔は南北朝時代、暦応5年(1342年)のもので、一結講衆が建立した供養塔である。児島範長の墓とも伝えられる。石仏は室町時代後期、永正4年(1507年)に、一結衆が建立したもので、阿弥陀仏立像が彫られている。背面には石材を加工した際の矢穴跡が残る。共に竜山石製との説明書きがあった。10分程行くと、北向地蔵尊が右手にあった。
5基の石標 五輪塔、石仏 北向地蔵尊
石標と地蔵院を見て5分程歩くと、左手に薬師堂が、ほどなく右手に稲荷神社がある。2号線に出て、お昼休憩。蕎麦が美味しいと評判の和食店に入ったが、だれも蕎麦を食べず、あくまでマイペースの4人。
薬師堂 稲荷神社
13時、阿弥陀南交差点に戻り、395号線を横切って、直進する。10分程歩いて2号線の魚橋西交差点を渡り、少し行って脇道に入る。5分程行くと、右手に旧印南郡々役所跡がある。
阿弥陀南交差点 脇道 (旧)印南郡々役所跡
さらに5分程行くと、左手に童謡作曲家 佐々木英先生(「月の沙漠」「お山の杉の子」等を作曲)の石碑がある。「正蓮寺」を過ぎて行くと、左手に有形文化財の「土田家住宅」がある。郵便制度の変遷が土田家住宅旧魚橋郵便局舎・土田家住宅離れを介して顕著に表わされており、時代背景や建設された当時の面影を色濃く残した、この地域では稀少な建築物と判断される。と記されている。
佐々木英先生石碑 正蓮寺 土田家住宅
左手に八坂神社入口を見て10分程行くと、法華山谷川に出る。橋を渡るとすぐ左手に「魚橋東地蔵」がある。バイパスの高架下をくぐり抜けて、387号線を行く。
法華山谷川 魚橋東地蔵 高架
左手に「五輪塔」、右手に「覚正寺」を見る。少し行くと右手に石標がある。ばんとう通りを歩き、山陽本線を渡り、石標を見て「宝殿駅」に出る。
五輪塔 覚正寺 石標 尉と姥
山陽本線 石標 宝殿駅
15分程行くと「妙見宮」鳥居が左手にある。ほどなく「平津交番前」に出て2号線を10分程歩き、右の脇道に入り5分程歩く。
妙見宮 2号線 脇道に
再び2号線加古川橋西詰に出て加古川を渡る。加古川橋東詰から左の小道に入ると左手に地蔵尊がある。
2号線へ 加古川 地蔵尊
加古川一番街じけまち(寺家町)に入り、陣屋跡を見て抜ける。10分程歩いて16時、今日の宿「スーパーホテル加古川」に着く。夕食は隣の和食屋さんで済ます。
加古川一番街 加古川市マンホール 宿泊ホテル
今日のコース 9.5km (兵庫県の計 63.7km、総計 486.8km)
参加者 M夫婦、S夫婦の4人