鏡海亭 Kagami-Tei  ウェブ小説黎明期から続く、生きた化石?

孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン)

生成AIのHolara、ChatGPTと画像を合作しています。

第59話「北方の王者」(その1)更新! 2024/08/29

 

拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、

ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら!

小説目次 最新(第59)話 あらすじ 登場人物 15分で分かるアルフェリオン

『アルフェリオン』まとめ読み!―第54話・後編

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5.その想いで、道を切り開け!



  《地》の御子・アマリアの姿をそのまま写した思念体は、ゆらゆらと陽炎のように揺らめきながらも、虚ろな者とは思えない圧倒的な存在感でもってルキアンに語りかける。
「手を出せ、ルキアン・ディ・シーマー」
「は、はい……」
 ルキアンが恐る恐る右手を差し出すと、その上にアマリアは手を重ね、何か一言つぶやいた。実体のない手で触れられても直接的な感触はない。だが、ルキアンは掌から体中の血管の隅々に至るまで何かを送り込まれたような感覚に陥り、思わず寒気を覚え、次いで爪先から頭頂に至るまで電気が走ったかのごとく身体を固くした。そして最後に、掌の中心部に焼けつく痛みを感じる。
 ――おにいさん! 大丈夫ですか?
 ルキアンの肩にとまっていた黒と銀の蝶は――すなわち、エレオノーアの心が彼の支配結界《無限闇》の力で具現化され、結界内にとどめられた姿は――驚いたように羽根をばたつかせている。
「これは?」
 火傷に似た感覚がまだわずかに残る手のひらを、ルキアンが見つめる。麦の穂を思わせる黒い紋章が浮かび上がっていた。
「《豊穣の便り》の刻印だ。私が支配結界《地母神の宴の園》を通じて大地から吸収する魔力は、この刻印を持つ者にもいくらかは送られ続ける。楽になっただろう?」
 そう告げたアマリアの言葉ひとつひとつから、ルキアンはいわば「言霊」のような不思議な重みを感じつつ、驚いて指を何度も開いたり閉じたりしている。
「本当です! すごい……。ありがとうございます」
 失神寸前だったはずのルキアンの体中に、普段以上に力がみなぎり、朦朧としていた頭の中も心地よく澄みわたっている。背後に果てしなく広がる《ディセマの海》の水面を見据えながら、彼は、この不気味に黒々とした《虚海》に対し、今ならば立ち向かえるという自信めいたものを実感するのだった。
「闇の御子よ、君とは初めて会うという気がしないが、一応、初めてお目にかかる、と言うべきじゃな」
 アマリアの隣に、いつの間にか地面から生えてきたような、一切の気配を悟らせずに現れた者がいる。緑色の着古したローブをまとい、同じく緑色のよれよれの帽子を被った老人の姿をしたそれは、いったい幾百の年を生きたのだろうかと思わせる長い白髭を風に揺らしながら、ルキアンに語りかけてきた。
 ――この人も、パラディーヴァ……なのかな? リューヌと同じような雰囲気を感じる。
 ――そうじゃよ。地のパラディーヴァ、フォリオムと申す。以後よろしく、我らが盟主よ。
 パラディーヴァと相対したときには、向こうにその気があればこちらの心の中が筒抜けになってしまうということを思い出し、ルキアンは複雑な面持ちになった。
「いや、悪かった。契約を交わしていない者の心を勝手に覗いてしまって。わしには、わが主(マスター)と違って趣味はないからの。その、のぞきの……」
 アマリアに無言で睨まれ、フォリオムは慌てて口を閉じた。
「の、のぞきって、どういう……?」
 不可解そうに首を傾げたルキアンは、フォリオムを睨んだアマリアの目に途方もない恐怖を感じ、万が一にも、あの眼差しが自分に向けられたらどうであろうかと、苦笑いをするのだった。
 ――もう、お爺さん! おにいさんの頭の中を勝手に覗かないでください。は、恥ずかしいじゃないですか。
 ――はて。本人はともかく、そこの蝶々さんが何故にそんなに恥ずかしがるのかの。
 そしてエレオノーアとフォリオムの間で、いまそんな滑稽な念話がやり取りされたことも、ルキアンは知らないのだった。
「さぁ、二人の闇の御子よ。ディセマの深海の底にまで進み、為すべきことを為すのだ」
 アマリアが威厳のある調子で語る。もしここが、全てが沈黙し凍り付いた《虚海ディセマ》ではなく、燦々と陽の光の満ちるごくありふれた海岸だったなら、彼女の金の髪はさぞ好ましく風になびいたのであろうが。
「これは海のかたちをしているけれど、あくまでも虚像であり、実体を持たないデータの集合体だ。それに、この空間は君自身の支配結界の中でもある。本来、ここのすべては君の意思でどうにでも変えられる。見た目にとらわれず、その想いで、道を切り開け」
 そう伝えると、アマリアはフォリオムとともに精神を集中し、《虚海ディセマ》を実体化させたまま維持するため、それに必要な膨大極まりない魔力を発し始めた。
「分かりました、やってみます! 行こう、エレオノーア。君を取り戻しに」
 ――はい、おにいさん。どこまでも一緒です!!
 ルキアンとエレオノーアは、言葉を交わし、互いの覚悟を確かめ合った。
「これは海の姿をしていて、海ではない。それに、この場所では、目に見える距離や広さも実際のような意味を持たない。アマリアさんの言ったように、僕の、この想いで道を切り開く」
 あまりにも広大で、身震いするほどの水量に満ちた《ディセマの海》に対し、そこでひとつの探し物をすることが決して荒唐無稽な挑戦ではなく、自らの心の持ちようでどうにでもなるということを、ルキアンは実際に言葉にし、噛みしめるのだった。
「それに、ここが僕の支配結界の中で、今は魔法力も十分にあるのだから、だったら……」
 彼は蝶のエレオノーアを掌の上に乗せ、じっと見つめた。
 ――君の姿は、はっきりと覚えている。
 
 まさに、いま目の前にいる蝶のように、
 森の小道をひらひらと舞うように歩き、
 ルキアンを導くエレオノーアの姿。
 振り返って、
 いっぱいの笑みを浮かべる銀髪の少女。
 
 自分の胸、心臓の上に掌を置き、
 その上にルキアンの手を取って重ねる彼女の姿。
 
 隣に座って、目に涙を浮かべながら、
 これまでのことを語るエレオノーア。
 
 ルキアンの前に立ち、
 剣を構え、山賊たちと対峙する勇敢な後ろ姿。
 
 純白のドレスを身に着け、
 僅かに顔を赤らめながら
 その姿をルキアンに披露するエレオノーア。
 
 いま幸せであるということを
 何度も何度も口にして、
 突然に号泣し
 ルキアンの胸に伏したエレオノーア。
 
 《ヴァイゼスティアー》の白い花を差し出し、
 いつになく真剣な目で
 ルキアンを見つめるエレオノーア。
 
「まずは君の姿を呼び戻す。これから何が起こるか分からないあの《海》で、君が身を守り、一緒に戦えるように」
 ルキアンが念じると、掌の上の蝶は激しく光を放ち、輝く霧のようになって背後に流れた。それは次第に人のかたちを取り、その細部がやがてルキアンのよく知るものとなって、彼の前にたたずんだ。
「こ、これ! 私の姿、戻ったのですね」
「本物ではなく、この結界の中だけの、仮の姿だけど。でも、すぐに本当の君も取り戻す」
 《無限闇》の力でかりそめの体を得たエレオノーアは、それに気づくが早いか、精一杯の想いを込めてルキアンの胸に飛び込んだ。
「十分です! 十分です、だって、この体があれば、こうやっておにいさんに飛び込むことができますから!!」
 あまりの勢いにルキアンは後ろに倒れ、上に乗ったエレオノーアは、ルキアンの胸に頬を擦り付けてはしゃいでいる。
「あ、あ、エレオノーア、ちょっと待って。待ってよ。その、アマリアさんたちが見てるじゃないか……」
 エレオノーアは、澄んだ青い目をルキアンの同じく青い目に合わせ、悪戯っぽく微笑む。
「やりました! やっぱりお兄さんに飛び込んだときの感触は、最高です。だって……」
 彼女は瞳を潤ませ、神妙な顔つきに変わると、率直に気持ちを明かした。
「もしもまた、さっきみたいに消えて、今度こそ私が消え去ってしまって……おにいさんと二度と会えなくなったら、手遅れですから。いつそうなるか分かりませんし、いますぐにでも、こうして想いをぶつけておかなくては、と。本当に、本当に心残りだったんですよ? このまま死んじゃうのかなって。でも今のは一方的だったですね。嫌でしたか? おにいさん」
「い、いやだなんて。とんでもない。だけど、びっくりして、その、言葉が出ないよ。なんて言ったら、いいのかな。よく分からないけど、ええっと、僕も……嬉しい、の、かな? たぶん……」
 ルキアンは、自身でも意味のよく分からない言葉を伝えるのだった。
「それよりエレオノーア、その格好、早く何とかした方が」
 ルキアンに指摘され、エレオノーアは、ようやく落ち着いて今の自分を確認した。頭から湯気が出そうなほど、瞬時に赤面する彼女。
「え? え、何ですか、これ!?」
 エレオノーアがまとっているのは、美しくも勇猛なワルキューレを彷彿とさせる、戦乙女風の衣装だった。ルキアンが《無限闇》の力で《想像し創造した》その服装自体は凛々しいものだとしても、問題はエレオノーアの振る舞いである。衣装の裾やあちこちがかなり短めであるにもかかわらず、彼女は慎みも何もない格好でルキアンの上に被さっているのだ。それをアマリアたちの方から見たら、多分、あられもない姿態が目に入るのだろう。
「お、お、おにいさん? この衣装のこと、先にひとこと言ってください! ところでその、これ、おにいさんの好みなんですか?」
「いや、好みかどうかは……。何というか、頭に浮かんだのがそれで。ごめん。でも、教える間も無く、いきなりエレオノーアが飛び込んでくるから……」
 そんな二人の姿を横目で見ながら、フォリオムが高笑いする。
「ほっほっほ。惨めな少年少女を助けに来たと思ったら、あんな幸せそうな二人組は、なかなか見たことがないのぅ。まったく、《もう君たちに、これ以上の悲しい涙は一滴たりとも流させはしない》と、誰かさんがすまして言っておったが、ちょっと格好つかんかったかの?」
「良いではないか。私が流させないといったのは、あくまでも《悲しい涙》だ。うれし涙なら、いくらでも流せばよいであろう」
 アマリアも微かな笑みを目に浮かべ、フォリオムの言葉に同調する。だがすぐに、彼女の表情が再び厳しくなった。
「しかし、この《海》を代わりに支えるとは言ってみたものの……。これは相当だな。闇の御子は、たとえわずかな間ではあろうと、本当に独りでこんなものを支えていたのか。信じられない」
 そう言いつつも、彼女は何の問題もないかのように頷くのだった。
「もっとも、だから私は、自らここに来るのではなく、思念体を送ったのだがな。他の御子の支配結界の中に干渉するのは、たとえ御子であろうと《通廊》を通さないと無理だ。だが《通廊》を使える御子は、今のところ私とルキアンのみ。それで不足するような事態になったら……」
「それはつまり、魔力が足りない場合、他の御子の力も借りようと?」
「そうだ、フォリオム。私が支配結界の外にいれば、他の御子たちの魔力を私に集約してもらい、私がそれを結界内に送ればよいのだから。ただ、そのためには、それぞれの御子のパラディーヴァの役割が重要になるだろう」
 これからの大きな試みに向け、アマリアは、いったんは緊張感をもって口元を引き締め、しかし次の瞬間には、今度はわずかに唇を緩めた。今の状況を半ば楽しんでいるかのように。
 
「《あれ》の《御使い》たちと《御子》との長きにわたる戦いの流れが、ここで少し変わるかもしれない。《あれ》の因果律を万象の生成流転へと具現化する、この世界の歴史の筋書きに、ほころびが生まれるかもしれない。たとえそれが、蟻の穴のようにささやかなものであったとしても。一度でも亀裂ができることは、つまりゼロがもはやゼロでなくなることは、決定的な変化だ」
 
 必ず的中するという彼女の占いが、そのことをすでに予見したとでもいうのだろうか。


【第55話に続く】

※2023年8月に本ブログにて初公開。

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