鏡海亭 Kagami-Tei  ウェブ小説黎明期から続く、生きた化石?

孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン)

生成AIのHolara、ChatGPTと画像を合作しています。

第59話「北方の王者」(その1)更新! 2024/08/29

 

拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、

ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら!

小説目次 最新(第59)話 あらすじ 登場人物 15分で分かるアルフェリオン

第56話(その3)絆の力

目次これまでのあらすじ | 登場人物 鏡海亭について
物語の前史プロローグ

 


3.絆の力


 
 それは爆炎。絶大な魔法力の集中が頂点を迎えたとき、四つ首の神竜が咆哮し、瞬時に閃光が視界を呑み込み、嵐の如き爆風と灼熱の炎が牙を剥いた。そして、それは煉獄。《御使い》の化身、《始まりの四頭竜》の似姿は、自然の力を超越した炎と熱を猛り狂わせ、現世に呼び出された異界の獄炎は、ルキアンたちの姿をたちまちかき消した。それでも竜は、勢いを緩めず超高温の炎を吐き続ける。
 すべてを焼き尽くす紅蓮の激流の先、噴き上がる爆煙の向こうに、六角形の板状の光が無数に輝き、幾重にも壁を作って竜のブレスを受け止めている。その防御結界を挟んで、一方には四つの頭を持ち上げ、火力をいっそう強める御使いの竜が、もう一方にはルキアンとエレオノーア、アマリアとフォリオムの四人が互いに宿敵と対峙する。
 決死の形相で両手を突き出し、結界を内側から押すようにして魔力を注ぎ込んでいるルキアン。彼の隣ではエレオノーアが状況の変化を刻々と伝え、サポートする。
「第一防壁、第二防壁は最初のブレスで消失! 第三防壁も、損傷率85%……いま破壊されました。第四防壁の損傷率35%、おにいさん、防壁パターンを組み替え、正面に集中します!」
 結界を構成する手のひらほどの六角形の光が、エレオノーアの声に応じて移動し、特に側面からルキアンたちの正面へと集まって結界をいっそう厚くし、同時に全体として平板な形状から丸みを帯びた盾のような形状に変化していく。ルキアンが防御魔法で結界を展開し、支えている中、エレオノーアは敵の出方やこちらの被害状況に合わせて、随時、結界を最適化しているようだ。銀色の神秘的な髪、儚さと強さを宿した青い瞳、同じ《しるし》を共にもつ二人の若者が戦う姿を、フォリオムが眩しそうに見つめる。
「うむ、この見慣れぬ結界は、《旧世界》のアルマ・ヴィオによる魔法防御を思わせる。純粋な魔法というよりは、むしろ、いにしえの高度な魔法と科学の融合……《対魔光壁(アンチ・マジック・バリア)》に近いじゃろうか。《降喚(ロード)》された《聖体》が人の姿をとった者たち、真の闇の御子は、こんなものまで生身で操るのか」
「彼らの力……。フォリオム、二人の御子は我らの理解を超えている。一度は消滅したエレオノーアは、こうして蘇った。ルキアンは、二つ目の闇の紋章を呼び覚ますという奇跡によって、《あれ》の因果律を乗り越えて彼女を取り返したのだ。真の闇の御子は二人で一人。そう……」
 アマリアはしばし俯き、そしてまた天を見上げて呻くようにつぶやいた。
 
「死すらも彼らを分かてなかった。これが、《絆》というものか」
 
 アマリアたちの告げたことを省みる余裕も勿論ない中、闇の御子二人は神竜のブレスになおも立ち向かう。
「おにいさん、第八防壁の損傷率50%を超えました。もうすぐ突破されます!!」
 ルキアンたちを竜の炎から護る最後の障壁が、いまにも失われようとしている。だがエレオノーアの真剣かつ落ち着いた表情は、彼女が何ら勝負を諦めていないことを物語っている。彼女はルキアンに体を寄せ、小声でささやいた。
「《盾》は《鏡》に。おにいさんは、さらにその次の呪文を」
 ルキアンは、平然とした彼女の姿に目を見張りつつ、対照的にかなり動揺している自身の気持ちを表に出さないよう、黙って頷いた。エレオノーアと言葉を交わしたことで、ルキアンは少し落ち着いたようだ。彼の瞳には、エレオノーアに対する絶対的な信頼が漲っている。それは、これまで彼が、自分自身も含めて、この世界のどんな人間に対しても心からは向けられなかった思いだった。
 そんなルキアンの瞳を見つめ、エレオノーアも嬉しそうに一度頷いた。
 ――わたしは《失敗作》なんかじゃない。おにいさんと一緒なら、おにいさんの《アーカイブ》になれたのだから、わたしだって……。
 彼女とルキアンを囲む複合立体魔法陣が――それぞれに文字や記号が細部までびっしりと書き込まれた光の円陣が、大別して約6層に積み上がり、高さは彼らの背丈を超えている――その複雑怪奇な機構が動き出し、各層が入れ替わって形を変え始めた。
 今にも砕け散りそうなルキアンたちの結界を前にして、四頭竜は、とどめとばかりに火勢を一気に強めた。残された結界に亀裂が走る。だが、そのとき。
「鏡に映る汝を見たか。それは今際の顔……闇に消えゆくその目に、焼き付けよ……」
 ルキアンが詠唱する。いや、それは呪文ではなく、すでに詠唱済みの呪文を発動させるための鍵となる言葉だった。
 小さく息を吸い込んで、彼は一言ずつ刻み込むように言った。
 
「《影の魔鏡(ツァウバーシュピーゲル・イム・シャッテン)》」
 
 ルキアンの前の空間が歪み、陽炎のように揺らぎながら、見上げるほどの高さの《魔鏡》が顕現した。いばらのツタと骸骨の手足の装飾で埋め尽くされた禍々しい鏡は、これが《闇》属性の高位魔法であることを無言のうちに告げている。結界が全壊したのはその瞬間だった。これと入れ替わりに、魔鏡の表面に不気味な人影が浮かんだような気がした。その影が口を吊り上げて冷笑すると、影の魔鏡は、あたかも亡者の肌の色のような、呪わしき青白い光に満ちた。
 そのとき何が起こったのか、簡単には把握できない。少なくとも、津波のごとくルキアンたちを呑み込もうとした竜の炎が、確かに逆流したように見えた。実際、その通りだった。気が付くと、四頭竜は自身が敵に吐き出した火焔に取り巻かれ、体中が火だるまになっている。
「おぉ、魔力反射(リフレクション)の類か!? 結界の後ろにそんなものを隠していたとは」
 フォリオムが声を上げ、その驚きも覚めやらぬ次の瞬間、二人の御子が動いた。
「今です、おにいさん!」
 ルキアンの左目に闇の紋章が浮かび上がる。
「冥府の川を渡せ……」
 なおも炎に包まれ、くすぶる御使いの竜の背後に、にわかに黒雲が湧き上がる。そこから稲妻とともに現れたのは、風に翻る空っぽの黒衣の下に、骸骨の顔だけをのぞかせた死神のような、あるいは練達の死霊術師が己自身を不死の術者(リッチ)に変えたような――いずれにせよ、それはおそらく幻影であろう冥界への導き手は、四頭竜に比べるとさすがに小さいものの、神話の巨人さながらに大きい。
 
「《シャローンの鎌》!」
 
 ルキアンの言葉とともに、死神の手に握られた大鎌が四頭竜に向かって振り下ろされる。
 だがその一撃は、竜の鉄壁の鱗や、それ以上に何か、不可視の護りの力に弾かれただけだった。
 ――天の系譜に属する者だけあって、即死系の魔法はやはり効かないですか。でも二撃目が本命です、おにいさん!
 エレオノーアの言った通り、ルキアンがすかさず次の力の言葉を発した。
「地の底に落ちよ!!」
 死神の鎌が竜の背に打ち下ろされる。刃の先端と竜の背の間で火花が散り、耳をつんざくような激しい音、そして大気を揺らして体の奥底にまで伝わってくる振動が、周囲に走り、さらに広がっていく。特に外傷はないようだが、それにもかかわらず竜の体に異変が起こった。宙に浮かんでいた四頭竜が突然に姿勢を崩し、地面に向かって落下しかけたのだ。再び浮かび上がるものの、竜の動きが遅く、見るからに鈍重になったように思われた。
 
「闇の御子たちよ、よく防いでくれた。おかげで私の方の準備も整ったぞ」
 涼しげな顔で告げるアマリアだったが、彼女にとっても、内心、二人の若き御子のここまでの働きは想定外だったようだ。
 ――たった二人だけでも、闇の御子は《御使い》相手にこれほど戦えるのか。まず結界でブレスの威力を削り、それでも受け切れない分は《魔鏡》の術で跳ね返す。もしいずれか一方だけだったなら、今ごろ我々は灰になっていただろう。そのうえで、なまじの攻撃は通らない敵を無駄に攻撃せず、重力魔法で動きを鈍らせるとは良い判断だ。しかもあれは《闇》の《地》の属性魔法。私の支配結界《地母神の宴の園》の中では、《地》属性と同様に効果が飛躍的に高まる。
 アマリアはエレオノーアの方を横目で見た。正確には、エレオノーアの作り出した精緻かつ大規模な立体魔法陣を改めて見ていた。
「先ほどの結界、失われた旧世界の科学道士の術に近い系統だな。恐らくアルフェリオンの《ステリア》の力と同様、《無属性》か。そこから闇属性の魔力反射に、闇の地属性の重力魔法の連撃……。そのために必要な魔法陣、これほど高度なものを、あのわずかな時間でどうやって構想して描いたのやら」
 深刻な状況のもと、エレオノーアは意外なほどにあっけらかんとした調子で答える。
「はい! おにいさんの《紋章回路(クライス)》を介してアルフェリオンのコア・《黒宝珠》にアクセスし、そこから周回軌道上の支援衛星のうち、《マゴス・ワン》とのデータリンクを復旧しました。それをこちょこちょと」
「こちょこちょ、か?」
「そうです。《マゴス・ワン》の《メルキア》さん、人間ではなくて、《えーあい?》とかいう種族の方らしいのですが、この方とお話して、《マゴス・ワン》の霊子コンピュータというのをこちょこちょと、触ってみたのです。それで、この魔法陣の設計と描画に必要な演算をお願いしました。頼んだ瞬間に、もう全部完了していましたが。すごいです!」
 エレオノーアが無邪気に語っている内容に、アマリアは寒気すら覚えた。彼女ほどの魔道士が、いや、彼女ほどの魔道士だからこそ、エレオノーアの行ったことの真価を理解できるのだ。
 ――正直、恐ろしいな。《あれ》に抗うためだけに、地を這う者たちの怨嗟が天を落とそうと、世界の摂理に背いて人間が人間を創る、しかもそのために多数の同胞、自分たちと同じ人間を生贄にするという……何重もの禁忌を犯して召喚された《聖体》の化身。
 
 ――彼らは、定められた因果の鎖を断ち切る刃。自らを《主》から閉ざそうとする世界が歪みの果てに呼んだ、《ノクティルカの鍵》の器。
 
 いつも白日夢の中にいるような面持ちをしているアマリアが、不意に右目を大きく見開いた。瞳に浮かぶのは大地の紋章。
「そして我ら御子は、彼らと共に戦う。今ここに心を集わせよ、自然の四大元素を司る御子たち」
 アマリアとその隣に従うフォリオムの足元から、地面を這うように一筋の光が走る。さらにもう一筋。次々と光が行き交い、彼らの立ち位置をひとつの頂点にして星を描き、続いて五つの頂点を光が結ぶ。古の時代より、数知れない術者に用いられ、基本にして最奥にまで至る魔法陣、五芒星の陣だ。
 そこに、いくつかの影が――アマリアと同じく、本人ではなく思念体が――姿を現した。
 
【第56話(その4)に続く】
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