「西南役伝説」 石牟礼道子著
御一新から十年、下野した西郷隆盛のもとに集結した士族たちが決起した西南戦争。その戦場となった九州の中南部で当時の噂や風雪を知る古老たちの生の声に耳を傾け、支配権力の伝える歴史からは見えてこない庶民のしたたかな文化を浮き彫りにする。百年というスケールでこの国の「根」の在処を探った、名作「苦海浄土」につらなる石牟礼道子文学の代表作。
あらゆる権力の盛衰は、百姓たちの手の内で自在に物語化されるのだ。民話は権力だって喰らう、といってみる。「想うてさえおれば、孫氏の代へ代へときっと成る」という。それこそが、社会の下層を生きる文字を知らぬ百姓たちの思想だ、そう、石牟礼さんこそが頬笑んでいる。体制の思想をゆるやかに鉄鍋で煮て溶かしながら、まさしく「縄抜けの技を秘得」しているかのように、百姓はやさしく頬笑むのだ、と。 (赤坂憲雄「解説」より)