やねうら日記

~日常の中にある幸福

厳島神社

2012年07月29日 | 日記
「宮島さんの神主が、おみくじ引いて申すには、今日もカープは勝ち勝ち勝ち勝ち」

の歌で知られる?宮島、厳島神社。

卒倒しそうに暑い。推定気温38度。思考力も38%ぐらいに低下している。しかしながらすごい観光客の人々だ。外国人も目立つ。

ちょうど干潮で鳥居に歩いて行ける状態。

真夏の昼のスタジアム

2012年07月28日 | 野球
7月28日、午後3時試合開始。
マツダzoomzoomスタジアム広島。

こんな試合を組んだ主催者は少しどうかしていると思うが、それを見に行く人たちもいささか頭がおかしいのではないかと思う。おかしい人たちが約3万人集まり、大入り満員。
その中に我々もいた。

少し陽が陰り、風もそこそこある。死ぬほどではないようだ。決死の覚悟で臨んだ恒例の広島ツアー、野球観戦だった。

昨年はライトスタンド、前から10列目で、グランドにすごく近くよく見えたけれど、応援団は2階席にいるため、今ひとつ一体感がなかった。今年はその反省をいかし、応援団のいる「カープ・パフォーマンス・シート」へ陣取った。しかし、何せ遠い。チマチマしていてプレーがよく見えない。意外に狭く、そして(戦況にもよるんだろうが)一体感も薄い。昔のようにヤジもほとんどなく、おとなしい。「これだけ遠くで見るメリットがない」と、カミさんはきっぱり言った。
その通りだった。
来年はどうしようかと考えてしまう。敢えて甲子園へ飛び込んでみるか! 想像しただけでぐったりと疲れ果てる。

試合結果は2対9の不甲斐ない試合。自身観戦2連敗。


仏さまのミュージック「天台聲明の夕べ」

2012年07月25日 | 日記
アホアホしい茶番劇が終わり、なんとか体調が戻りつつある。
精神も体もくたびれ果て、そしてその後には情けなさのみが残るのだ。

さて、11月に心躍るライブイベントがある。

***

「天台聲明の夕べ~仏さまのミュージック~」
天台聲明の発祥の地 魚山(京都市左京区大原)で学ぶ「大原魚山塾」の僧侶による聲明と、現代のアーティストとのコラボレーションによるコンサートです。

2009年に開始以来今年で4度目となる今回、聲明と初めてコラボレーションするのは、世界を駆け巡るジャズピアニストのクリヤ・マコトと新進気鋭の若手津軽三味線奏者の浅野祥。

すべての「きこえ」が聲明のハーモニーと相まって幽玄な音彩を織り成す、古くて新しい癒しと祈りの音楽をお届けします。

非常に行きたいのだが、このアホアホしい茶番劇下期篇がちょうどこの頃で、行けない可能性が50%程度。チケット4,500円で、迷い中。

明日休みなのは奇跡が重なったからで

2012年07月20日 | 日記
会議前はいつも、おかしなことがおかしくなっておかしなことになる。
それがおかしくないような社内風土は全くをもって、おかしいと思う僕は、おかしいと言われているのかもしれない。


ぎっくり腰と常務の予定と個人的避けがたい用事が重なって、おかしなことにも関わらず明日は休めることになった。
ぎっくり腰より重症な腱鞘炎が痛くてたまらないが、見えないし、同情もしてもらえないのだ。この日記を書くのもかなり辛い。

明日は手を休めてゆっくりするが、
明後日からはおかしさに身をゆだね、徹夜でぼーっとする長い2日に渡る「拷問」に耐える覚悟をするのであったのであった。。。

それは確かに時を刻んでいる。

2012年07月19日 | 日記
僕らの結婚式の引き出物にした日比野克彦の小さな時計が、友人の家の時を刻んでいると写真が送られてきて、とてもうれしくなった。

僕らは、同じ時間を生きているのだ。


普通は、出席してもらった方々だけにお渡しする引き出物を僕ら夫婦もひとつもらった。
時々、僕がそれを磨く。

ぎっくり腰

2012年07月18日 | 日記
昨日、コピー機に紙を補充しようとしゃがんだときになった。

朝からだんだん悪くなり、夕方には座るのも辛くなり病院へ。
先生はきっぱりと言った。「ぎっくり腰です!」

今日は随分良いが、コルセットを外すと腰がふにゃふにゃで、上半身と下半身が連動しない。
仕事は来週の会議に向け絶望的な状況になっていくのに困ったもんだ。

時々腰を痛めるが、これが直ったら筋肉がつくよう精進しよう、と思うのだが、いつも喉もと過ぎれば何とやら、である。

ガーデンミュージアム比叡

2012年07月15日 | 日記
比叡山にある「ガーデンミュージアム比叡」のイベントで、友人がギターのライブをやるので延暦寺の参拝を兼ねて遊びに行った。


一度このブログでも紹介した「ゆあさまさや」さんは、アコースティック・ソロギタリスト。いろいろな奏法を駆使して、アコースティックギター1本で演奏しているとは思えない厚みのある演奏をして、耳も目も楽しませてくれる。

音楽の分からない子供もすごく楽しんでいた。文字通り目を丸くして口を開けて「どうなってるんだろうね」と。

美しいメロディとトリッキーな演奏方法、少しふざけたトークは、見て損はない。

you tube
http://www.youtube.com/watch?v=_QZs37Q5a8E

日比野克彦とアンディ・ウォーホル

2012年07月14日 | 日記
キッチンの上に好きな絵を貼ってみた。
日比野克彦とアンディ・ウォーホル。

アンディ・ウォーホルは美術館で見て衝撃を受けた。
日比野克彦はトークショーへ行ってますます好きになった。
出会いはNHKのイラスト入門か、宝島かのどちらか。

日比野さんの時計を結婚式の引き出物にしたのも、もう10年以上も前のこと。
今の我が家の時を刻んでいる。
誰かの家の時を刻んでいると良いけど。

怒らないこと2

2012年07月13日 | 
2012 BOOKS 18 ◆

「怒らないこと2」アルボムッレ・スマナサーラ

非常に感銘を受けた「怒らないこと」の続編。

印象深かったのは、「後悔も怒りのひとつである」ということ。反省は次へ繋がるけれど、後悔は罪がどんどん繁殖し培養していく。後悔していると明るい思考はできなくなる、と。
最近の毎日はまさにその通りになっている。何でこんなことになってしまったんだろう、どこで踏み外してしまったんだろう、と後悔ばかりの毎日。涙さえでそうになる。
明るい思考になれず、関係のない物までも色あせて、興味も失われていっている。

妄想で後悔する。過去は存在しない。かつてあった歴史かも知れないが、今、この瞬間はないのだから実在しない。


***
 大事な物は足あとより足そのもの

好きなうた  ~誰も僕の絵を描けないだろう <あがた森魚>

2012年07月11日 | 音楽
オリジナルは友部正人だが、僕はあがた森魚の歌うこの歌が好きだ。

せつなくて苦しくて、体が引きちぎれそうになる。
裸にされて放り出されるような気になる。


http://www.youtube.com/watch?v=DYb2Civ4o1k

「誰も僕の絵を描けないだろう」 あがた森魚 歌詞:友部正人


心臓をかすめて 通るはビルディングの直線
直線の嵐の中で 人は気が狂うだろう
大女のスカートに 男が丸呑みされるのを見たんだ
女は最後まで 男を愛せないだろう
僕は死ぬまで 道路になれないだろう

僕は北国からやって来た 
南国育ちの君の体 歯形を付けるために
長い長い旅暮らし 夜には寝袋に潜り込み
ぼーぼーって寂しい息をする

うんとうんと 重たい靴を履くんだ
歩いているのが 僕にもよくわかるように
一度始まれば もう終わりはない
地球の胸板に 顔を埋め
昨夜 ロバになった夢を見た…


誰も僕の絵を描けないだろう
あの娘はついに やっては来ないだろう
僕の失敗は 僕の引き出しの中にしかない
この砂のような夜を 君に見せてあげたいんだ
だからもう5時間も この丸テーブルの前に座り込んでる


扉を開けばそこは北国 僕の吹雪の中をさまようのは誰だ
またいつか君のところへ 帰って行く日が来たら
僕が渡った川や もぎとった取った季節の名前を
地図のように広げて 君に見せてあげるよ


***
 結局のところ、と思う。
 「僕の失敗は 僕の引き出しの中にしかない」 のだ。
 「誰も僕の絵を描けない」 のだ。

 だからこそ
 「この砂のような夜を 君に見せてあげたい」 し、
 「もう5時間も この丸テーブルの前座り込んでる」 のだ。
 
 「僕の吹雪の中をさまようのは誰だ」
 「またいつか君のところへ帰って行く日が来たら」 
 「僕が渡った川や もぎとった取った季節の名前を
  地図のように広げて 君に見せてあげるよ」 


そう、もちろんその日は来ないのだ。永遠に。

困ったこと。

2012年07月09日 | 日記
ここには、この手のネタは、なるべく書かないと決めていたのだが。

この数年、数ヶ月のモチベーションの低下に歯止めがかからない。というより意義の確認さえ困難になってきている。
毎日が茶番劇で、実態のない日々にどうしても意味が見いだせない。
彼らは意見を出せ、という。もちろんそれは「彼らの望んでいる意見」という条件付きだ。少しでも違っていれば否定する。否定する。否定する。否定する。
意見だけでなく人格を含め否定する。「だからお前はダメなんだ」と。
「お前ら固定費だ」固定費。固定費。固定費。 そう、歯車ですらない。
人格を奪う、時間を奪う、家庭を奪う、金を奪う、心を奪う、ありとあらゆるものを否定して、ありとあらゆるものを奪う。
そして我々の口から彼らの望むべくを引っ張り出す。

これでは洗脳の手口と全く同じではないか。

僕はこれについて行けない。いつからか褒められることも前に出ることも目立つことも拒むようになってしまった。しかもこの考え方が日常生活にも波及しだし、自己否定、身を潜める術がすっかり板についてしまった。


これを「実生活は別物だ。生活が充実していれば良い」と考ることももちろんできる。そう考えるように努めてきた。やるべきことをやろう、と。
でも何事にも真剣になれずやり過ごしてく毎日が苦痛であることには変わりない。むしろ興味を失えば失うほどこの苦痛は増していく。真剣に「彼らの意見を探す人々」を見るのも苦痛だし、遠い世界のことのように思える。「彼ら」だけでなく「彼らに迎合しようとする人」をも理解できなくなって来ている。

困ったことだ。
これは忌々しきことだ。

何とか持ち直さなければならない。諦めるにはまだまだ時間が長すぎる。


色即ぜねれいしょん

2012年07月07日 | 映画
◆ 2012 MOVIES 10

「色即ぜねれいしょん」 田口トモロヲ 2009

みうらじゅん原作、田口トモロヲ監督の黄金コンビ。
「アイデン&ティティ」が面白かったので期待して観たが、まぁまぁというところ。
分かる分かる! もあるが。あるある、が少し足りない。高校生物青春映画はなんかこう、もやもやとしてとても好きだ。

〓☆☆☆〓

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2012年も半年が過ぎて、本17冊、映画10本。ペースが低調だ。少し上げよう、たまには目標達成しなければ目標を立てる意味がなくなってしまう。