アイ!サラマッポ in フィリピン & ジャパン!

‐Ay! Salamat sa Pilipinas at sa Japan!‐
 フィリピン、そして日本にありがとう!

ダバオ市での思い出-ダバオ市祭の日に。 Memories in Davao City on "Araw ng Dabaw"

2015年03月16日 | ダバオ市 DAVAO CITY

Happy 78th Araw ng Dabaw!

今日は、フィリピンミンダナオ島ダバオ市の78回目の市祭『Araw ng Dabaw (The Day of Davao)』でした。久しぶりに、その軽快なFestival Music 『BAHAGHARI TAYO・虹になろう』を聴いてみようと、ネットで検索する。

POPONG LANDERO Mayor Duterte Invites for 78th Araw ng Davao
(ポポン・ランデロ / ドゥテルテ市長の78回目ダバオ市祭へ招待状)

お元気そうで…。何でドゥテルテダバオ市長と? 

このダバオのお祭りの歌『BAHAGHARI TAYO』

Bahaghari Tayo by Popong Landero

曲を作ったポポン・ランデロ氏は、今は亡きマニラの親友エドの友人で、何度かお会いしました。風格があって、しかも親しみやすいお人柄でした。

Taken on March 13, 2007 at Davao City (ポポンさん・向かって左と、介護者ボン)

当時、鍼とお灸を頼んでいた友人ベンジ(中央)は、民族音楽・ダンスのグループ『Katutubo・カトゥトボ』(土着民族)のリーダー。ポポン・ランデロさんの仲間内です。ほとんど純ベジタリアンで、いつも穏やか、怒った表情をほとんど見せない人たちでした。↓

 

「ダバオ市は、市制六十九周年の市祭の最中…。ベンジが招待してくれたカトゥトボというグループの民俗音楽とダンスのパーフォーマンスを観にいった。そのドラムを中心としたユニークな民族楽器が奏でる東洋の響きと雄叫びを間近で目にし、圧倒される思いだった。そして、両手のロープの先に炎を灯し、それをグルグル回すといった女性ダンサーの民族ダンスが、私には燃え盛る命の鼓動を表現しているかのように見えた。」

March 13, 2007


北陸新幹線「長野-金沢」間開業、おめでとうございます!

2015年03月14日 | 金沢市

北陸新幹線「長野-金沢」間開業、おめでとうございます!


「東京-金沢」間が2時間28分とは、便利になったものだ。
この「W7系」車両…。
 


7号車と11号車が車いす対応車両となっている。
(11号車はグリーン車、12号車はグランクラス)


 私の、いわゆる障がい者の自立生活は、1995年4月20日に「富山-大阪」間を走り出した「サンダーバード(元スーパー雷鳥)のお陰によるところが大きかった。4号車に車いす対応の広いドアが付いてから。それでも、金沢からは、京都で新幹線に乗り換え、東京までは数時間かかったが…。それまでの特急「雷鳥」は、出入口のドアが狭くて、車いすのまま乗車することはできなかった。
 当時、福井県の障がい者の施設にいた私にとって、運命の扉が大きく開かれた気がした。

「ちょうどその春、JR北陸線に『サンダーバード号』という特急電車が走り出した。以前の特急雷鳥では、入り口の扉の幅が狭過ぎて、電動車椅子だけでなく、私の手押しの車椅子でも乗車することができなかった。しかし、その新しい『雷鳥』、サンダーバード号には、車椅子利用者にも対応できるだけの広いドアが4号車に備えられ、車内にも車椅子利用者のためのスペースが設けられているとのことだった。『東京へ行きなさい!』という天の声が…。」
(拙著『アイ!サラマッポ』上巻)

 

サンダーバード 683系 (写真はJRお出かけネットより)

 今日の北陸新幹線「長野-金沢」間の開業により、新幹線と重複する「金沢-富山・魚津」間は廃止され、「金沢-富山」間は新幹線「つるぎ」(シャトルタイプ)、それから先の黒部宇奈月温泉駅以東は新幹線「はくたか」(停車タイプ)で代替されることとなる。

  この「サンダーバード」も、2022年に北陸新幹線「金沢-敦賀」間が開通すれば、姿を消す可能性もあるのだろう。


金沢駅東口 Taken on Nov. 27, 2009


浦島太郎?異邦人?まるで帰国子女のように…。Just like children who have returned from abroad

2015年03月12日 | フィリピン人看護師・ケアギヴァー

 日本で十分な介護者を確保できず、崖っぷちの状況でフィリピンに一時避難しようと、単身成田からマニラに渡ったのが16年前、1999年の今日だった。

ボーイング747旅客機(拙著『アイ!サラマッポ』表紙)

誰も知り合いのいない新天地へ飛び込んでいったのだから、決して楽なスタートではなかった。生きるのに必死だった。

 フィリピンで、日本人介護難民としての暮らしを15年ほど続けて、一時帰国した2013年5月の思いがけないアクシデント(大腿骨頚部骨折・Femoral neck fracture)から、フィリピンに戻れなくなってもうすぐ2年になろうとしている。
 生き得る可能性のある場所を求めて、金沢から和歌山へと移り一年間を過ごす。そして調布市へやって来て早8ヶ月。
 15年ぶりの日本での生活。大腿骨頚部骨折後は、20ヶ月余り、もがき、あがきながらも、新しいことにチャレンジし、何とか複雑な母国日本の社会に適応しようと必死に過ごした日々だった。
「日本は変わった…。」「居場所がない…。」「安らげない…。」
といった私の感覚は、きっと帰国子女が日本に抱く感覚と似ているのだろう。いつも「何とかしてフィリピンに帰りさえすれば…。」と希望を持ち続ける自分がいた。 

 そういえば、マニラへ渡った当初の自分の感覚が、日本で生き場を求めて試行錯誤を繰り返した、日本へ帰ってきてからのこの2年間と似たような感覚だったかもしれない。
「落ち着けない…。」「なじめない…。」「ヤバい…。」 

 今現在の私の感覚も、やはり普通の日本人の感覚とはズレがあるのだろう。
 例えば、先般厚労省が公表した「外国人介護人材受入れの在り方に関する検討会」の考え方(中間まとめ)にしても、フィリピンでの感覚を身につけた自分には理解するのが難しい。

 フィリピンでは、「私、今度サウジアラビアの病院へ…。」、「僕は、台湾の老人ホームに…。」、「私は、スイスの老婦人の家にステイ・インして介護を…。」といった様子が、日常茶飯事のようにあった。正規の雇用契約の下で、必要とされている所へ当たり前のように働きに行く。言葉の壁はあっても、そこは徐々にクリアされていく。そこに国家が介入して「待った!」をかける国は聞いたことがない。そういった環境の中に15年間も身を置いていたわけだから、感覚的にズレがあるのは仕方がない。いわば、日本に留まってもう2年になろうという今も、自分は「浦島太郎状態の異邦人」なのだろう。

 調布市の障がい福祉サービスを受けながら、ようやく生活が落ち着き始め、体調もボロボロだった昨年からみると、良い方向に向かっているように思う。

 選択肢の極めて少ない、管理され切った施設での生活を思い起こすにつれ、どういう選択もでき得るような「今」が、何ともかけがえのないものであることだけは確かだ。


The prayer on the 4th anniversary of the Great East Japan Earthquake

2015年03月11日 | 東日本大震災関連

The prayer on the 4th anniversary of the Great East Japan Earthquake

Gustav Mahler (July 7, 1860-1911) Symphony No.4 in G major

Gustav Mahler Symphony No.4 (Conducted by Claudio Abbado)

クラウディオ・アバド指揮 『マーラー 交響曲第4番』

 

Mozart (1756-1791) Requiem in D minor

Mozart “Requiem” (Conducted by Karl Böhm)

カール・ベーム指揮 『モーツァルト レクイエム』


 

原子力は要らねえ!電力は余ってる!忌野清志郎 『サマータイム・ブルース』

(忌野清志郎26年前に…。)

 


外国人介護人材受入れの在り方に関する検討会「中間まとめ」 Feb.4, 2015 by 厚生労働省

2015年03月09日 | フィリピン人看護師・ケアギヴァー

2月4日、厚生労働省の外国人介護人材受入れの在り方に関する検討会が公表した『中間まとめ』。

外国人介護人材受入れの在り方に関する検討会中間まとめ(PDF:412KB)


この文頭に『検討にあたっての基本的視点』として以下のように書かれている。

「検討に当たっては、議論の対象となる各制度は、人材不足への対応を目的としているものではないことから、次のような各制度の趣旨に沿って進めていくべきである。

技能実習: 日本から相手国への技能移転

資格を取得した留学生への在留資格付与: 専門的・技術的分野への外国人労働者の受入れ

EPA: 経済活動の連携強化を目的とした特例的な受入れ

他方、2025(平成37)年に向けて、最大で約250万人規模の介護人材を確保するには、国内の人材確保対策を充実・強化していくことが基本であり、外国人を介護人材として安易に活用するという考え方は採るべきではない。この点に関し、国内人材の確保に向けた具体的方策の在り方については、現在、社会保障審議会福祉部会福祉人材確保専門委員会において検討を進めているところであり、それらを踏まえた「総合的な確保方策」をとりまとめるとともに、具体的な施策が講じられる予定である。」


『技能実習制度』による受け入れについて長々と書かれた後、『介護福祉士資格を取得した留学生への在留資格付与』についても大まかに触れてある。(P13~14)

「4 外国人留学生が介護福祉士資格を取得した場合の在留資格の付与等について

(1)具体的な制度設計等について

○今般の在留資格の拡充の対象となる者の範囲については、「日本再興戦略」改訂2014(平成26年6月24日閣議決定)において、「外国人留学生」が、「日本の高等教育機関を卒業」した場合と明記されていることを踏まえ、該当する分野の専門的な学習を行うこと及び国家資格を取得することが求められることから、介護福祉士の国家資格取得を目的として養成施設に留学し、介護福祉士資格を取得した者とすることが適当である。

○なお、在留資格を認められることとなる介護福祉士資格を取得した外国人の就労場所については、「専門的・技術的分野」の一つとして、介護分野の国家資格取得者に在留資格が付与されることを踏まえ、日本人と同様に就労を認めるべきである。

一方、単独でサービスが提供されることが基本となる訪問系サービスについては、外国人労働者の人権擁護や適切な在留管理等の観点も含め、慎重に検討する必要があるとの意見、将来的に就労を認めるべきとの意見もあった。・・・(略) 

(2)その他

「日本再興戦略」改訂2014(平成26年6月24日閣議決定)において、「介護分野での国家資格を取得した外国人留学生の活躍支援等」として、「我が国で学ぶ外国人留学生が、日本の高等教育機関を卒業し、介護福祉士等の特定の国家資格等を取得した場合、引き続き国内で活躍できるよう、在留資格の拡充を含め、就労を認めること等について年内を目途に制度設計等を行う。」とされているが、この中で、諸外国の看護師資格取得者が我が国の介護分野で就労できるようにするとすることを検討すべきとの提案があったことを踏まえ、検討を行った。

これに関しては、

・諸外国の看護師資格取得者に我が国の介護分野で就労できる在留資格を付与することを考える場合、どのような在留資格を想定するのかといった前提となる論点があること

・また、「介護」の概念や業務が国によって区々であり、未発達のことも多い現状があること、介護と看護は共通する側面もある一方で介護は生活や自立に特化した性格を持つこと

を踏まえると、各々の国における看護師資格をもって、我が国の介護分野で就労するのに必要な能力を有していることとみなすことができるかについては、各国の実態の把握等を含め、引き続き慎重に検討すべきである。」

(以上、抜粋)


外国人の日本在留資格として新たに「介護職」を追加 (出入国管理法改正案を閣議決定)

2015年03月07日 | フィリピン人看護師・ケアギヴァー

 6日、在留資格に「介護」を設けることなどを柱とした出入国管理法改正案を閣議決定。
 一歩前進だろうか。ハードルは極めて高く、介護の担い手の補充という点では、その効果が見えにくいものだろう。
 また、合わせて、今後「介護」の分野にも適応されることとなる「外国人技能実習制度」の見直し(受け入れ期間を現行の最長3年から5年に延長する、新たな監督機関を設置して受け入れ先への指導を強化する、実習生への人権侵害行為に対し罰則を規定することなど)に向けた新たな法案も閣議で決定された。

 現在進行中、そして今後ますます深刻になる介護者不足の実態と、行政側の対応策、進捗状況にかなりのズレがある気がする。こんなにのんびりとした、しかも小手先のような対応策ばかりでは、今の介護を必要とする人たちの窮状は悪化するばかりではないか。

外国人技能実習制度の対象に「介護」の分野も…。外国人に「介護」の在留資格が…。 門戸開放???
(Jan. 27, 2015) 

 もっと柔らかな発想で、正々堂々とした受け入れの表明をすべきではないかと思う。ただ、それを待たずに、今後、民間レベルでの介護者養成の動きがより活発になってくるだろう。
 以前群青ブログが語っていた…。フィリピンで、日本への介護者養成学校を兼ねた日本人要介護者受け入れ施設「ケア付きハウス」のようなものが作られていくとか…。 

入管法改正案:「介護」在留資格に…専門職扱い 閣議決定
(3月7日 毎日新聞)

在留資格一覧表(入国管理局HPより)


(参考)
個人の雇用契約でのフィリピン人ケアギヴァー(Caregiver・介護士)に、日本の就業ビザ(在留資格)を…。 ( June 17, 2012 )

フィリピン人看護師・ケアギヴァー(介護士)の現状…フィリピン・バギオ発 ( June 22, 2012 ) 


イカすぜ、東京タワー!(港区芝公園)

2015年03月06日 | マイ・ライフ in 調布市

昨日は、用事で六本木のフィリピン大使館へ行ってきた。

用事をすませての帰り、大通りへ出ると…、思いがけず「東京タワー」!


Taken on Mar. 5, 2015 @ 11:46

見上げると、雲が流れていて、東京タワーがこちらに向かって落ちてきそう…。
 

展望台に上って360度のパノラマを楽しむ。
 

東京タワーは、中学校(金沢市)の修学旅行で来たきり…。当たり前だけど、40年余り前の遠い記憶にある風景と、ずい分様子が変わったものだ。展望台の人もまばら…。

1階下の展望台にあるLook down window・下が見える窓からの景色。
 
 
重さ1トンまで乗れる、ということで、私も乗って度胸試し…。スーッとした。 

帰り道、早咲きの桜と東京タワーが青空に映える。
 

芝公園の一角から見た東京タワー。美しい…!「イカすぜぃ!」(当時の流行語)
Taken on Mar. 5, 2015 @ 13:55

私が生まれた同じ年1958年に完成したこの東京タワー、やはり愛着を覚える。
昭和33年に333mの高さで…。長嶋さんが、背番号3でジャイアンツに入った年でもある。

東京タワー TokyoTower オフィシャルホームページ

また、昭和33年は、日清の即席ラーメン(チキンラーメン)が初めて発売され、日本式バレンタインデーが始まった年。(おまけ)

帰り、大江戸線から京王線への連絡もスムーズで、心地よい外出だった。


バギオ・フラワー・フェスティバル生中継(フィリピン・バギオ市) "Baguio Flower Festival 2015" Live!

2015年03月01日 | バギオ市 BAGUIO CITY

Baguio "Panagbenga Flower Festival 2015" Live!"

             

Live | The Official Website of Panagbenga 2015

Panagbenga Flower Festival 2015 Live!
(ABS-CBN BAGUIO)

バギオ市の第20回フラワーフェスティバル"Panagbenga 2015"のライブ(生中継)です。

現在、Grand Float Parade(花で飾られた大きな山車)がメインストリートを街宣中!