散日拾遺

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分子進化の中立説に表敬と感謝

2017-01-19 22:47:59 | 日記

2017年1月19日(木)

 木村資生(きむらもとお)先生はもう20年以上前に他界しておられたのだった。愛知県岡崎市出身、1924年11月13日-1994年11月13日、つまり満70歳のお誕生日に転倒しそのまま亡くなられたのだ。僕は、そうか、アメリカに渡った年の秋だから知らなかったのだな。故人ではノーベル賞の対象にならないが、日本人で唯一のダーウィン・メダル受賞者とある。

 僕の理解は浅いもので到底正確に書けないが、要はダーウィン流の進化論に対する年来の疑問二つのうち、小さい方を見事に払拭したのが「分子進化の中立説」ということになる。突然変異と自然選択のセットでは、進化は説明できても退化が説明できない。光のない環境に代々住み続けるうちに魚の眼が退化したりするのは、「眼をもたないほうが生存上有利だから」でなければならないが、特段そうは言えないであろう、退化に関しては用不用説のほうがよっぽど説明力に富んでいるという指摘があった。ところが数学的に導出された「分子進化の中立説」の系として、「生存に関わりない中立的な形質ほど変異のスピードが速い」ことが論証された。「眼があろうがなかろうが生存に関係ない」状況に置かれたからこそ、急速に眼という器官の退化が起きたということになる。一発KO・・・僕が正しく理解していれば、といういかにも怪しい前提のもとで、だけれど。

 小さい方は消去した方が話がすっきりする。大きい方はまるっきり片づかない。たとえば地上型の哺乳類がコウモリに進化するとした場合、個体のシステムのあらゆる部分で空中生活に適合的な変化がきわめて大量かつ急速に、しかも秩序正しく整然と起きなければならない。個々の遺伝子の偶然の変異と自然選択の組み合わせで、いったいこれが説明できますかという例の件である。

 木村先生自身がこの問題にどう答えるか、是非とも聞いてみたかった。

Ω


彼は聞き我は読みたる泰斗逝く

2017-01-19 21:34:13 | 日記

2017年1月19日(木)

 W君からメールが来て、「君がいいかな、こういう情報の共有は」と問わず語りにいきなりおしゃべりが始まる。

 その昔、医学部めざして浪人していた頃、高校生物の教科書を離れて発生学や分子生物学の本を読んだり、教育TVの放送を視聴したり、けっこう楽しんでいた。中村桂子、木村資生などと並んで、岡田節人という先生の話が面白くて記憶に残っているが、その岡田氏が亡くなったとの報道に接して往時を思い出した。御尊名を「おかだ・ときんど」と読むことを、今になって知った等と述懐している。

 「大物の発生学者でいらしたようです」と、W君が教えてくれた web site から御真影を拝借する。

  http://brh.co.jp/s_library/interview/30/

 生命誌研究館 館長、京都大学名誉教授とあるが、肩書きはともかく大物でいらしたことは間違いない。僕も岡田先生の本に学び、17日に他界されたことにも気づいていた。ブルーバックスに『細胞の社会 ~ 生命の秩序をさぐる』という一書があり、僕が読んだのはこれである。その後、副題を「生命秩序の基本をさぐる」とマイナーチェンジして版を重ねたようだが、今は絶版らしい。僕は1973年の初版第2刷を購入しているので、W君が放送を聞いたよりは少し早かったことになる。当時いちおうは文系志望だったから、こんな本も読んでいたのが不思議な感じである。

 その数年後、たぶん医科大に入ってからだと思うが、優生学をめぐるちょっとした論争の中で、岡田先生のかなり微妙なコメント新聞に載り、考えさせられたことがあった。その時あらためて紙面から伝わる論者の「権威」について知ったのでもあった。

 「かつては生物学に時代のイデオロギーが深く関わった」との岡田先生の言葉に、「イデオロギーのない時代に青春をむかえた自分には、このコメントが面白かった」とW君の感想。う~ん、そこはちょっと難しい。当然僕もW君と同時に青春を過ごしたわけだが、個性ゆえか環境ゆえかイデオロギーが「ない」時代とは言い切れず、むしろ先行するイデオロギー過剰な時代の風の名残をたっぷり吸った感じがする。

 ちょっと考えてW君に返した言葉:

 「確かに僕らはイデオロギー終焉の時代に属するかもしれませんが、最初に通った大学の教室内外にはまだまだそう考えていない手合いや論客が多く、けっこう鍛えられました。その影響でしょうか、生物学に限らず学問のイデオロギー性とか党派性とかいったものは、決して消え失せていないと石丸は思っています。ただ、人がそのように見たり語ったりしなくなっただけのことで、それが進歩とも言えない気がします。」

 さらに付け足し:

 「思想の方向性はともかく、昭和2年生まれは父と同年、そんなことも手伝って何となく学問上の「父親たち」の一人のような感じがしていたから、訃報はやっぱり残念でした。ついでに貴兄が言及された木村資生先生、『分子進化の中立説』はすごい発見だと思うんだけど、あれはノーベル賞に値しないんですかね?」

Ω