2016年8月31日(水)
つい先ほど精神神経学会から会員宛のメールが届き、下記の見解を発表したことを連絡してきた。ブログの読者諸賢にも見ていただきたいので、ここに転載する。
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2016 年 8 月 29 日
相模原市の障害者支援施設における事件とその後の動向に対する見解
公益社団法人 日本精神神経学会 法委員会
2016 年 7 月 26 日、神奈川県相模原市の障害者支援施設において殺傷事件が発生し、19名の方が亡くなられ、24 名の方が負傷しました。亡くなられた方々とご家族に心から哀悼の意を表するとともに、負傷された方には一日も早く回復するようお見舞い申し上げます。
今回の事件は、障害者を社会から抹殺する意図をもって周到に計画され実行されたとされていること、そして被疑者が事件の 5 ヶ月前に精神保健福祉法第 29 条による措置入院をしていたことなど、精神医療に深く関わる学会員に衝撃を与えるとともに重い課題をつきつけるものです。
とりわけ、社会から障害者を排除しようとする思想がなお根深く残るなか、本事件を契機に精神医療が保安のための道具として強化されることを危惧しています。
今回の事件の全貌が究明されていない現時点で、この事件の背景にどのような問題があり、このような事件がふたたび起こることのないようにどのような施策を講ずべきかを軽々しく言及することはできません。
今回の事件を受けて、首相は事件の徹底究明、障害者支援施設の安全強化、そして精神障害者の措置入院後の追跡調査について検討するように指示し、それを受けて厚生労働省は 2016 年 8 月 10 日に「相模原市の障害者支援施設における事件の検証及び再発防止策検討チーム」(以下、検証・検討チーム)を設置しました。検証・検討チームにおいては、被疑者を精神保健福祉法に基づいて通報したことの妥当性、精神障害の有無や診断の妥当性、精神障害があったとした場合の障害と事件との関係、事件前の措置入院および退院判断の妥当性、退院後の支援の実態などが検証検討されると思われます。
検証・検討チームにおいて、どのような再発予防策が検討されるのかを慎重に見守る必要があります。措置入院患者の退院要件や退院手続きの厳格化、退院後の追跡の強化や強制通院命令の導入など、事件の再発防止をもっぱら精神医療に求め、精神医療が保安のための道具として強化されることが懸念されます。今回の事件によって精神保健福祉法が患者管理のための法律として再強化され、精神医療が特殊な医療へと逆戻りすることは決して許されません。また、精神障害者差別が助長されることも許されないことです。
当学会法委員会は、この事件によって精神医療のあり方が歪められ、精神障害者の地域移行が停滞してしまうことがないように、以下の見解を表明いたします。
記
一 精神保健福祉法は措置入院制度も含め、犯罪予防のためにあるのではないことを明確にしなければならない。法は第一条の目的に明示されているように、患者の医療及び保護、社会復帰を目的とし、さらには社会経済活動への参加を目指しているのである。
二 措置入院制度は、精神症状によって自傷他害のおそれのある者に対する非自発入院であり、都道府県知事または政令市長の命令によってなされる行政措置である。入院の際にも退院の際にも、精神保健指定医の診断に基づいて、当該自治体の首長によって決定されるものである。措置入院の要件である「自傷他害のおそれ」とは、現在及び比較的近い将来に見込まれる精神症状の範囲で「おそれ」が診断されるものであり、今回の事件のように、措置入院が解除されて数ヶ月後の犯罪を予測することまでを要求されてはいない。そもそもそのような予測は医学的に不可能である。したがって、この事件が措置入院制度の不備によって起きたと断ずることはできない。
三 今回の事件で特異なのは、容疑者が「障害者は不幸を作ることしかできない」ので「日本国や世界の為」(衆議院議長あての書簡)との意図で犯行に及んだ可能性が大きいことである。このような極端な優生思想は、憲法はもとより、障害者権利条約や、障害者差別解消法等に基づくわが国の障害者施策からも、到底容認できるものではない。
他方、いかに歪んだ思想であっても、精神症状としての妄想でなく、思想であるならば、精神医学・医療の営みとしての治療の対象ではありえない。ましてや、これを封じ込めるための手段として措置入院等の精神医療の枠組みが利用されることも許されない。このような思想に対しては、障害者への差別は許されないという実践によって社会全体としてたち向かわなければならないものである。
四 容疑者が今回の事件を引き起こした背景に、偏った思想的動機にとどまらない何らかの精神症状が関与していた可能性があり、事実関係の十分な解明が必要である。
五 措置入院患者の退院後の支援体制が不十分であることが従来から指摘されており、この点については異論がない。報道によれば、治安的な観点に基づく保護観察制度ないし強制通院制度の導入を提起する向きもあるが、これには断固として反対する。
措置入院の経験者は、治安対策の対象者では断じてなく、地域社会の一員として平穏に生活する権利を持つ市民である。その支援策は治安的観点ではなく、医療による支援と住民福祉の考え方に基づいて講じられるべきである。
六 今回の犯罪がナチスドイツ時代の極端な優生思想に酷似した動機によってなされた可能性があることに、私たちは慄然とする。それは一見、今日の市民の感覚からすれば極めて異常な動機である。しかし一方で、我が国が優生保護法を母体保護法に改めたのが、今からわずか 20 年前の 1996 年であったことに思いをいたさなければならない。私たちの心性は、極めて特異に見えるこの事件の動機と決して無縁ではなく、私たち自身が今なおこのような優生思想の片鱗を内包していることを否定できないのである。
私たちはこの事件の悲しみと憤りを乗り越えて、差別・偏見のない共生社会を実現しなければならないが、その営為は、私たち自身の内なる優生思想を克服することなしには達成できないことを銘記するものである。
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