伊勢ー白山 道

集団では無く、社会の中で心身の健康を正しく個人で目指します

余裕が無い悲しさ

2008-03-21 21:19:37 | 先祖供養について

読者より :
線香二本の後に、一本というのは理由があったはずです。
リーマンさんにお聞きします。  手順はどうでもよくなったのでしょうか?
私は覚悟があるから手順など関係ない、というのは無理がでて、長続きしないのではないかと思います。  一年以上やってみての実感です。
返答 :
先祖供養において唱える言葉は、先祖への感謝を意味する
ものならば、御自分なりの言葉への変更や追加は良いです。 
ただ出来れば、「生かして頂いて ありがとうございます」の
言霊(コトダマ)だけは、霊的な意味がありますので取り入れて
頂けたら良いと思います。 
さて、線香2本供養の後に、線香1本を捧げる。
この区切りを付けるのには、霊的な意味があります。

伊勢白山道の先祖供養では、先祖霊と供養実践者に縁有る
「その他、諸々の霊」を供養するにあたり、霊の寄り代(止まり
木)となる短冊、または位牌は、
「○○家先祖代々の霊」です。
○○の苗字は、どんな複雑な事情が有ろうとも、供養を実践
する本人
が、、使用している苗字が入ります。
苗字が変われば、○○も変更しなければ成りません。
一般的には○○の苗字は、男性ならば父方の名前に成り
ます。 結婚した女性ならば、旦那家の名前に成ります。

霊の寄り代を設けて、優先的に名乗る苗字の先祖霊を供養
する形に成ります。 この理由は1つの家系を、まず最初に
供養を進めて、安心した先祖霊を増やしてから、その他の縁
ある霊を供養する援助サポートをして頂く為です。
最初から短冊や位牌に、苗字の家系と縁ある諸霊を記入して
供養の対象範囲を大きく広げてしまうと、余りにも供養の対象
範囲が広すぎて、どの系統の霊へも半端な供養に成り、未消
化に終わる事が多いです。 何せ、苗字の先祖だけでも莫大
な数に成りますので。 
だから、有縁な他の霊には、短冊への銘記を敢えてせずに、
3本目の線香による口頭での呼びかけで供養するのが無難
であり、最終的には実践的な効果が供養者にもたらされる事
が、長い経験と霊覚が有れば分かります。

供養を必要とする霊は、悩み苦しい状態の霊が多いです。
霊にも苦しさの余り、大らかさや、心の余裕が有りません。
ここで、全く違う下世話な話をしましょう。
以前、TVの報道番組の特集でされていたのですが、刑務所
内での囚人同士の喧嘩の原因に成る1番多い事は、配膳さ
れる食事の盛り付け量の、多い少ないが原因に成るそう
です。 また、配膳される順番も大事な事だそうです。
満たされた自由な社会では理解し難い事ですが、閉鎖された
空間内では、それが命を掛けるような争いに成るそうです。
TVでは囚人の中から定期的に選出された囚人が、物差しを
持って盛り付けられた皿を全てチェックしていました。 
これは笑うことが出来ない、真剣な事だそうです。
これと似たことが、先祖霊と縁ある他の霊との間にも、存在
します。 最初に線香2本で苗字の先祖霊へ供養を捧げた後
、続けてもう1本で他の縁ある霊を供養する区切りは、大事な
ことです。 これは、霊への差別ではありません。 
縁を重視する順番に成ります。苗字の先祖霊を最初に立て、
そして縁ある他の霊を助ける手助けをして頂く事に成ります。

生かして頂いて ありがとう御座います

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92 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
供養について (初心者おやじ)
2008-03-21 21:38:21
リーマン様
毎日の更新ありがとうございます。
本昨日読破いたしました。
先祖供養についての質問ですが、今私は家内の実家にて家内の両親と同居(婿養子ではありません)しております。

短冊による供養は、自室にてしておりますが、仏壇では 家内の祖父母に線香を捧げるときに
も家内方の先祖に感謝供養しております。
また仏壇には 私の子供達も毎日朝晩お参りするようにさせておりますが、

子供達にも「生かして頂いて ありがとう御座います」だけを言うようにいってあります。このままのスタイルで問題は、ないでしょうか?

もし問題なければ スルーされてください。

生かして頂いてありがとうございます。
返信する
それほどに大層なことでしたか (Unknown)
2008-03-21 21:38:41
それならば初めからそのように本にも明記すべきでしたね。本の手順とブログの手順は微妙に異なります。
以前にもその件でコメントがあったと記憶しています。
返信する
それほどに大層なことでしたか (リーマン)
2008-03-21 21:43:52
本の手順とブログの手順は微妙に異なります。

・・・できれば、具体的に指摘をお願いします。

誤解を招く点は、変えなければ成りませんので。
返信する
 (プチトマト)
2008-03-21 21:48:23
リーマンさん、
心からありがとう御座います。
今日のコメントを読んで、ご先祖様の線香供養に対する考えがまた深まりました。
特に後半の記述。。。
もう「早く、早くお救いしたい!」ただそれだけです。

生かして頂いてありがとう御座います。
返信する
供養について (初心者おやじ) (リーマン)
2008-03-21 21:48:40
今私は家内の実家にて家内の両親と同居(婿養子ではありません)しております。

・・・その環境ならば、現状のやり方が、無難で円満に生活できることになるので良いですよ。
返信する
浅田真央さんとチベット (joe)
2008-03-21 21:52:18
>浅田真央ちゃんは、良いですね。
顔を見たら、チベットの光景が浮かびます。
弥勒菩薩の分霊があります。(内在神への道より)

昨日、TVで浅田真央さんの演技を見ていたら
上記のリーマンさんの文章を思い出しました。
演技のときに流れていた曲が亡くなったチベット人
へのレクイエムに聞こえ彼女の舞が、彼ら彼女たち
の魂を天に運んでいるように感じました。

生かして頂いて ありがとうございます。
返信する
長い紀行文お許しください (フェアリー)
2008-03-21 21:53:32
リーマンさん、いつも有り難うございます。

お陰さまで18日から3日間、大切なパートナーと二人で白山と伊勢に行かせていただくことができました。昨夜帰宅してつくづく思ったことは、「神のご加護があって奇跡のような旅ができたのだ」ということです。

18日は自宅を早朝5時過ぎに発ち一路、白山に向かってひた走りました。青空の下、午後3時頃に砂防会館脇の白山登山口に着き、純白の雪を戴く美しい霊峰白山の姿を望むことができました。周囲の山々に護られるように囲まれた、真っ白いふんわりとした山頂を感動と共に仰ぎました。

その日は白山ひめ神社にほど近い鶴来の宿に泊まりました。花粉症の症状が酷くてほとんど眠れないまま朝を迎えましたが、他に宿泊客もないのに24時間お風呂を湧かして下さり、もてなしを有り難たく頂戴しました。街で、ひらがなで「つるぎ」と書かれた看板を見て、はっと気づいたのは、鶴来 = 剣だということでした。

翌朝は、まだ参拝の人の姿も

ほとんどない清らかな参道の石段をゆっくり登り、白山ひめ神社に参拝しました。「ここまでお導き下さり有り難うございます。生かしていただいてありがとうございます。」と何度も心のうちで念じました。

その後、伊勢に向けて出発。北陸道を走行中、福井あたりで雨が落ちてきました。おお、これこそ花粉症に苦しむ私への天の恵み、と喜びました。フロントガラスを打つ雨が次第に強まります。
止む気配も見せない雨の中、4時前に伊勢の宿に到着。その夜は恵みの雨に助けられて二日分をまとめて爆睡。
翌朝、外を見るとまだ降っています。朝食を済ませ8時半まで待機しましたが止みそうもないため、外宮参拝へと出立しました。

北御門参道から鳥居をくぐり「火除橋」を渡ろうとしたとき、連れが「あ、鳥が啼いている」というので足を止めました。「ピロリロ、ピロロロ・・・」とでも表現できるのでしょうか、今まで聴いたこともない、それは美しい声が上の方からきこえます。傘を傾けて高い樹々を見渡しましたが姿はどこにも見えず、声もどちらの方角から来るのやら分かりません。私はその声を夢中で追いながら「これがあの迦陵頻迦なのだろうか」と思いました。この上なく嬉しいことでした。

御正殿を参拝し、左隣の遷宮の空き地の前に立ったとき、ここまで来られた不思議をしみじみ感じました。聖なる新御敷地の正面中央の小さな小屋に向かい、胸の中で長いこと「アマテラスオホミカミ」を念じお礼の言葉を申し述べました。土宮、多賀宮、風宮、再び御正殿を拝して後、志摩の伊雑宮に向かいました。

雨はまだまだ止みません。「神様ア、眼も鼻も喜んでいます。もう十分過ぎるほど恵まれています~」と笑いながら伊雑宮に到着。一組の若い男女が坐って御祓いを受けている後ろに立って、そっとお礼を申し述べました。小さな可愛い木守りもいただくことができました。

それから伊勢に戻り東名をひた走り午後9時に帰宅。
総走行距離1700KM。ひとり運転で疲労の色濃いパートナーに感謝。事故も渋滞もゼロだった奇跡の旅が一旦、終わりました。本当に有り難いことでした。恵みの雨も漸く止みかけていました。

最後に、生涯ただ一人の親友「S.Tちゃん」に心からの感謝を捧げます。私よりずっと早くに、独りで白山―伊勢に行ったあなた。あなたがいてくれたから今日まで来られました。伊勢―白山にはいつか二人でね。

リーマンさん、ありがとうございます。
ブログをお借りした長文、申し訳ありませんでした。

生かしていただいてありがとうございます。

返信する
わからないから (やまぶき)
2008-03-21 21:55:18
どれだけの人数の祖先が子孫の供養を求めているかは私には感じることができません。もしかしたらいないかもしれないし、いるのかもしれないし。今の日本人の先祖にはそんなに多くの救われないひとがいると感じておられますか。
返信する
Unknown (ck)
2008-03-21 21:55:54
リーマンさん、毎日ためになるお話を本当にありがとうございます。今回も大変興味深く読ませていただきました。

ところで、今回の記事で、リーマンさんは、先祖への感謝の気持ちを伝えるものであれば、自分なりに言葉を変えたり、追加したりしてもかまわないとおっしゃっています。
そこで、ひとつご質問したいのですが、先祖供養の際に、自分に面識のあった、特定の肉親・親族の名を呼びかけたり、あるいは、先祖供養のたびごとにその名を呼びかけるというようなことは、行ってもよろしいのでしょうか?
霊界には、霊界ならではの厳しい決まりがあるようなので、個人的な情に駆られて、勝手なことをしてはいけないのでしょうか?
今回の内容で、先祖霊と縁ある他の霊との間に区切りをつけることの大切さが、よくわかりましたが、同じ先祖霊の間にも厳しい決まりがあって、特定のご先祖様に気持ちを向ける結果になることは、やはり、良くないことなのでしょうか。
大変恐縮ではありますが、お答えしていただけると嬉しいです。

リーマンさんのご自愛をお祈り申し上げます。

生かして頂いて ありがとうございます。
返信する
供養について (初心者おやじ)
2008-03-21 21:56:13
リーマン様
早速のレスありがとうございます。
今のままで良いとのことで安心いたしました。

5%運動の輪広げるために私も淡々と供養を続けていきたいと思います。
ブログの更新大変でしょうが、楽しみにしております。

ありがとうございました。
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