長岡育英センター・ブログ

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育英が僕らの放課後の場所!

This is HALLOWEEN!!!!!!

2006-10-30 23:56:26 | きょうの育英
えぇ、ついにハロウィンですから。
やっちゃいました。

牛乳パックの巨大カボチャです。

え?柿?みかん?




……カボチャです。


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(↑ 希望が丘保育園作品展前日の飾り付けにて)

昨日の希望が丘保育園の作品展には大勢の
皆様よりご来場いただき、ハロウィンの世界を
ご覧いただきました。

そして、たくさん子ども達の作品にお褒めの
言葉をいただきました。

心から御礼申し上げます。


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今回のテーマは、ずばり「ハロウィン」。

日本ではまだ市民権があるようなないような
それこそ「微妙」なポジションにあると言っていい
イベントです。

「なんだか『トリックオアトリート』っていうと
お菓子くれるお祭りだよね?」
のような。


やる側も見る側も、初めて同志のような、
なんともぎこちない世界なのですねぇ。(笑

でもそこはそれ、あまり難しく考えずに楽しいところを
しっかりいただいて真似しちゃおうということで、
思い切ってやってみるってのが一番ですので、
育英センターでも挑戦してみたのでした。



子ども達の心には、どう映るのかと思いましたが、
カボチャちょうちんの彫刻といい、オバケやコウモリ、
魔女、モンスターなど、本来不吉であったり、
怖いものであったりするものを楽しんじゃおうという
部分もあり、「怖いもの見たさ」と未知の世界への
憧れからか、かなりの食い付き具合だと感じました。

---



今回の作品作りですが、ハロウィンの世界にしようと
いうのがまず先にありましたが、カボチャちょうちん以外には
何をやったらいいのか、作ったらいいのか、川上もほとんど
わかりませんでした。(笑



で、まずは向こうの人達のハロウィンの世界を見てみようと
ティムバートンの映画を見たのです。


もう10数年前の映画なのですね。
「ナイトメアビフォアクリスマス」をみんなで繰り返し見ました。


この作品は、ティムバートンの真骨頂とも言っていい
映画です。つまり、もう相当狂っています。(失礼)


「怖い」と「可愛い」、「面白い」が「怖い」、
「楽しい」けど「気持ち悪い」、「怖い」が「へんてこりん」……。

映画を見ながら、いろんな感情が子ども達の気持ちを
揺さぶるのです。

最高に面白く、大人が思っている以上に、
ティムバートンの狙った通りの面白さを
子ども達はストレートに理解し、感じていたようです。


さて、映画の中では「ハロウィンタウン」の住人=ジャックが
初めて目にした「クリスマス」の世界を、ハロウィンタウンの
みんなに伝え、真似をしてみるのですが、なかなか思う通りの
ものができません。すごくおかしいのです。

が、ふと気付くと、これは、まさしくわたし達がやろうと
している、「ハロウィン」の世界を作ろうということに
まったくかぶっている=似ているのです。

日本人が真似するハロウィンって、外国の人から見ると
こんな風にジャックの真似するクリスマスみたいに
見えるのかもしれないね、って。

いいセン行ってるんだけど、やっぱりちょっと
マネゴトであるには違いなく、一歩引いて端から見ると
どこか変かもしれないよね、っていう感じがまるで同じです。

異文化を他の文化圏にある人が、「カタチ」、「見た目」から
入っていって真似するってことがこんなにもヘンテコな結果に
なるっていうところをうまくついています。


きっとわたし達日本人が真似するハロウィンも
こういう風に向こうの外国の人には見えるんですよね。(笑


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それから、「じゃぁ、アメリカの人やヨーロッパの人達は、
ハロウィンで一体何をしてるんだろう?」って疑問が
湧いてきて、こんなのもハロウィン的だろうか?とか、
こんな飾りはハロウィンにありなのか?
ハロウィンのイメージに合うのか?
という試行錯誤の連続でした。


そのためだけに、新潟の紀伊国屋書店に行って、
洋書コーナーでハロウィン関係の本をあさったり、
ティムバートンの絵の入った本を探したりもしました。

おかげで、川上自身もとてもいい勉強になりました。


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そんな苦労があったことはまったく関係なくとも、
オレンジのカボチャとオバケとお菓子とモンスターと
コウモリとそれからそれからいろいろな怖いけど
可愛いけど気持ち悪いけど楽しそうなハロウィンの
世界は、見てくださった人には楽しく見えるようです。

楽しんでいただければ、幸いです。

ちなみに、子ども達は今回全員が必ずカッターを持って
カボチャのランタン作りと、紙の切り絵に挑戦して
もらいましたが、誰一人カッターナイフで指を切ることもなく、
完成することができました。

この点も制作側としては、今回の重大なねらいでした。
安全に作業ができましたこと、またきっと心配されたことと
思いますが、じっと見守ってくださった保護者の皆様の
ご理解には、心から感謝いたします。


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ぜひ、今回希望が丘の作品展で見逃した方も、
3日の大島保育園の作品展で再びご覧ください。

また、上の写真のディスプレイはそれら制作を
皆さんにも見ていただこうというねらいで育英センターの
窓ぎわに置きました。

牛乳パック百数十本でできた巨大なカボチャは壮観です。
絵の具にまみれながら、ひと塗りひと塗りしていった
子ども達の熱い「思い」が入っています。


上のディスプレイは11月1日までの3日間限定です。
日没から午後7時頃まで電気をつけています。
ぜひご覧下さい。

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 by 川上


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ナイトメアー・ビフォア・クリスマス


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作品展開催中!!

2006-10-29 09:51:31 | きょうの育英
きょうは希望が丘保育園の作品展の日。

ぎりぎりだったビデオも完成、その他の作品も
完成しましたよ。

いよいよ10時オープン。

14時までの短時間ですので、皆様お誘い合わせの上
どしどしおいでください。
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音楽教室はお休み

2006-10-27 14:54:17 | きょうの育英
きょう27日は金曜日ですが、音楽教室は
ご案内の通り、お休みとさせていただきます。

お迎えは、育英センターにお願いいたします。


日曜日の希望が丘保育園作品展の準備のために
育英センターも作品づくりを行っており、
大詰めとなっております。

次週は祝日ですので、次回の練習は10日に
行います。

作品展には大勢の皆さんのご来場をお待ちして
おります。

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 by 川上
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ついにカボチャランタン作りスタート

2006-10-25 22:32:53 | きょうの育英
作品展まであと4日ということで、とうとう
彫り始めました,ジャック・オー・ランタン。

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ハロウィンシリーズの一連の制作の
最終段階です。

ついに本物のカボチャをみんなが一人
一つずつ彫ります。

うまく彫れるのでしょうか。
ドキドキです。

カボチャのヘタの方からくるりと後ろの方に
楕円形にまず切り込みを入れます。

人間の頭で言えば、頭頂部あたりからナイフを
入れて、ぐるりと後頭部に向けて広く楕円に
切るわけです。

この作業だけは力が入ったりすると危険なので、
大人がやることにしています。

なんと、きょうたまたま来ていた英会話の講師
ジャック先生が、その様子を見ると
「やってあげるよ。Come On!!」と言って、
素早くたちまち8個ほどを切ってくれたのです。

すごい。さすがアメリカン・スタイルです。

話を聞いたら、「今は作ることはないけど、
だいぶ前だけど、子どもの頃は作ったよ。」
と笑いながら話してくれました。英語で。

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そうしたら、それぞれ自分のカボチャの
中をくり抜いていきます。



普通のスプーンだとくり抜くのが難しいので、
計量カップの曲がり具合が良いかと思って
やってみたら、今度は力を入れて使うようには
できていないので、曲がってしまいました。




これは、「くさい、くさい!」と言っているところ。



「くさい」っていうのは、英語で「Stinky!」って
いうんだぜ!とジャック先生が教えてくれました。

もちろん英語で。



「新聞を敷くんだ。その上でやるんだよ。
 それがアメリカンスタイルだ。」

とジャック先生が教えてくれました。




中のモジャモジャの毛?繊維?と種を
ひたすらかき出しますが、なかなかコツが
いります。




かき出すというより、削り取るという感じ
でしょうか。

カボチャ内側の壁を削り取って薄くすると
あとで顔が彫りやすかったです。

くりぬき、削り取るには計量スプーンより
フルーツポンチなどに使うスイカやメロンを
丸くくり抜く道具(名前がわかりません)を
使うと便利です。

力に耐えられるよう、丈夫にできていて、
曲がることなく壁を薄く薄く削れました。



「できたよ!」
早くも完成です。

1年生でも、カッターの使い方は少し練習を
すれば上手にできました。



4年生、3年生ともなると、さすがに上手です。
飲み込みの早さはやっぱりみごとですね。



素晴らしく真剣な表情です。



顔を彫るときは、クレヨンでこんな風に
下書きをします。

さて、彫りますよ。



できあがりました。

キャンドルを入れて火をつけてみたら
かっこよくなりました。



こちらも、完成。


ちなみに、作品展当日には中にロウソクを
入れて火をつけることはできません。

火事になりますからね。

どうするかはお楽しみ。ご期待下さい。


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 by 川上
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ハロウィン・ランタン。

2006-10-24 22:02:19 | きょうの育英
きょうも作品を作りました。

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カッターを持って、手を切らないように
気を付けて和紙を切ります。









はじめて挑戦する切り絵ですが、みんな
上手に切っていました。

さぁ、できあがりが楽しみですね。



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 by 川上
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地震の時の写真

2006-10-24 02:31:49 | 育英写真館
地震の時の写真で、当時はブログに
アップしなかったかもしれないものが
いくつか出てきたので、
この機会にアップします。

前の文に出てきた様子を撮ったものもあります。

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以下、
 2004.10.24撮影です。



保育園隣の公園に車で避難した人達。

もう朝になってだいぶ減っています。
寒さには車が安心だったようです。

田んぼのあぜ道、大きな駐車場、車庫の前など、
落下物の心配のないところで、みなさん
避難していたようです。

あちこちの公園にはテントが貼られていました。



体育館向かいの家の門柱がずれている。
塀も落下している。



保育園中の容器で水を貯めた様子。
アパートに戻ってからも、しばらくは
水を溜めておきました。



地震翌朝の祖父母。
朝日を浴びて、布団をたたんでいます。
積み上げられた布団は、その後クリーニングに出しました。
みんなを一晩寒さから守ってくれました。



11時過ぎ。温かいラーメンを作ってくれた先生達。
大変だったけど、みんな笑顔でした。

「キャンプみたいだよね」って言ってました。



今夜(2006.10.23-24)と違い、晴れていたので
外は陽射しで温かかったのです。

「次、いつ食べられるかわからないから、
しっかり食べておこう」と言って、人に勧めました。



大島本町5丁目付近。
塀が倒れて、電柱にもたれています。

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10/27撮影。



希望が丘コミュニティセンター。
ガラスに飛散防止のテープを貼るのは
ここで気付きました。

慌てて、保育園もマネをして、あちこちに
テープを貼りました。



電気が復旧して、まず保育園と育英センターの
人達宛に「休み」のお知らせを作り、掲示しました。

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10/30撮影。



実家裏の柿川を挟んだ向こうの住宅。
母屋と川寄りの建物が数十センチずれている。



中沢の某幼稚園そば。
建物がぐっしゃり潰れている。



悠久山プール脇、蒼柴神社の参道。
石灯籠、石の鳥居、石碑などが崩れている。

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10/31撮影。

新産周辺の道路の陥没、或いはマンホールのフタの
持ち上がった様子。

どっちが下がって、どっちが上がったのか、
こういうときはどちらを基準に見たら
いいのだろうか、誰もが考えたと思う。








一見、なんともないようだが、画面置くに向かう道の
左側が下がっている。

手前の黒いアスファルトは、応急復旧工事の跡。









マンホールの周辺は液状化現象というのでしょうか。
地面がアスファルトだけ残して、スカスカに
なっていて、団地周辺の道路では、1m超の大きな穴が
ぽっかりとあちこちで口を開けていたりしました。

子どもの頃に心配したのは、亀裂や陥没は、地面に
飲み込まれるんじゃないかとか、マグマの中に落っこちて
しまうんじゃないかという、意味不明な漠然とした
不安だったのでした。

実際に亀裂や陥没を目の当たりにして思うのは、
車やバイクで知らずに段差に突っ込んだら、
パンクどころか大事故になるということが
危険なのだとわかりました。

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 by 川上



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中越地震から2年~あの日のこと。その3~

2006-10-23 23:57:03 | 川上のひとりごと日記
地震から2年経ちました。

あの日も、きょうと同じように
子ども達と一緒にいました。

同じように、作品展に向けた
制作をしていました。

きょうは夢中になって、ランタンを
作っていて、その時間が来たのを
花火の音で知りました。

驚きました。地震の犠牲となった人を
追悼する花火でした。でも、驚きました。



「花火だ!」と興奮する子ども達とは
対照的に、川上自身はあまり嬉しくは
感じませんでした。


というのも、地震を経験してから
こわくなったものがいくつかありました。

その一つが、ゆっくりとした周期で鳴る
低周波の音です。

強く鳴る低周波の音も、不意に来ると
相当驚きます。


例えば、木の扉や柱をドスンと叩く音。

ごごごぉぅって地面が鳴る音に似ています。


最近、近所で道路を掘る工事をしていて、
掘ったところに夜は鉄板が敷いてあります。

その鉄板を車が通るたびに、低い音で
「どどん」と鳴ります。

そんな風な音が、今のところいやな音です。

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あの時、地震が来たときにはなんの音とも
つかない、低い音がしました。

美佳先生の後ろの食器棚からは、皿が
ジャラジャラと音を立てて落ち、美佳先生の
アタマの後ろでぐらんぐらん揺れている
テレビを押さえ続けました。

ガガガガガガガガと揺れる育英センターの
喫茶室は、今思い出しても列車の中のようでした。


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あの日のこと~その3~(2004年10月23日のこと)


夢中でバイクに乗って、希望が丘保育園と
育英センター、大島保育園とを行き来しました。

大島保育園の駐車場に避難していた職員と
子どもたち、その保護者とを誘導して、
小学校の体育館に行きました。

驚いたことに、体育館を後にして希望が丘に
戻ろうとすると、近くの家の電気がついています。
「もう復旧したのですか?」と尋ねると、
「いや、ここらは最初から停電しなかったんです」と。

この後、保育園に行くと、体育館にはマットや
布団がたくさん出ていて、その上に職員と
何組かの家族が丸くなって座っています。

隅の方では、毛布にくるまって横になっている
お年寄りの姿も見えます。

川上も、奥さんの実家や自分の実家の家族が心配です。
しかし、とりあえずは全員が雨風を除けられるところに
避難できて、ひと安心でした。

水はまだ出ていました。
しかし、水が止まるのに備えて、すばやく園にある
ありったけのヤカンやポータブルポットに飲料水が
蓄えられていました。


電気はありません。
保育園中、そしてキャンプ道具の中から、懐中電灯が
集められました。

そして、お菓子、パンなどが出てきました。

意外なことですが、保育園というのは、大量に給食を
作っていますが、材料はそれほど在庫していません。
しかも、あったとしても調理をするすべがないので、
非常食というのは、あるようでないのでした。

家に行けば食べ物はあるんだけど、でも自分だけが
取りに戻るのも悪いし、自分の家のものだけで、
体育館にいる人全員に行き渡るのは無理だと判断し、
とどまりました。

「お帰りなさい。先生も、なんか食べて。」
と誰かに言われて、パンをかじりました。

この日食べたのは、このパンとお菓子だけかもです。
これから帰って夕食を食べようかと言うところで
揺れたのです。なにも、材料はありませんでした。

それよりも、時折来る大きな揺れが、食欲を
忘れさせました。

この後、大きな恐怖やショックがあるときは、
食欲は二の次になると言うことがわかりました。

夜、実家の母から携帯に電話が来ました。
保育園の体育館に避難してこないか?と電話をしたら、
はじめのうちは断っていたのが、やっぱりお願いしたいと
言ってきたのでした。

保育園の体育館には、
幸いなことに洋式トイレがあります。

足を痛めてほぼ歩けなくなっていた祖母を
2階の部屋から1階の車の仲間で父がおんぶして下ろし、
車の中で11時過ぎまで避難していました。
が、やはり厳しいと判断したのでした。

その判断は正解でした。
避難所ではその後、足の不自由な方が洋式トイレが
使えず困ったと聞きました。また混雑とトイレまでの
距離もあり、歩けない人にとっては大変なことだらけです。

祖母がもしも公設の指定避難所に行っていたとしたら、
どれだけ大変な思いをしたかと思うと、この時ばかりは
助かったと思いました。

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夜中に心配になり、父の元へ行くことにしました。

バイクを走らせ、古正寺へ。

古正寺交差点にあるセブンイレブンでは、電気が
ついています。驚きました。ここも停電しなかったようです。
今でもレシートが残っていますが、午前1:11とはっきりと
記録されていて、レジが動いていたのです。

お店は、大勢のお客さんで混んでいました。
食料品の棚は空になりつつありましたが、
みんな争う風もなく、わたしもリポビタンDを
買って、父に届けました。

こういう時って、パニックにならないんだと
不思議に思ったことを覚えています。

食べ物があったからでしょうか。

保育園にはその前だったか後だったかに、
温かい飲み物を30本くらいコンビニで買って
届けました。

それは、三ツ郷屋のセーブオンだったと思います。

「これ、買っちゃっていいですか?」
と、買い占めることを心配しつつ、買ったのを
覚えています。

暖房も何もない体育館では、温かい飲み物が
ほしくなる寒さでした。喜ばれた記憶があります。


ちなみに、この後、嗜好品を買ったり、
飲んだりするのはしばらく憚られる感じがありました。

不思議な感覚ですが、何かをみんなが我慢して
いるのだから、自分が楽しんだり、気分を開放したり
することがいけないことのように思えました。

だから、地震後にアルコールを口にしたのは、
一週間後でした。

それまでも、その後も余震はありましたが、
なんだか、酔って眠っているときに余震が来たら
逃げ損ねて、死んでしまうかもしれないという
恐怖がありました。実際。

夜、なかなか寝付けないで、まわりにいた職員と
喋り続けていたのを覚えています。

今後の地震の推測、これからの動き、
地震が来たときのこと等々。

不思議と、つまらない話をしては、クスクス
笑っていたのを覚えています。

極度の緊張の後は、人間の脳みそはリラックス、
開放を求めるのでしょうかね。

「買ったばかりの空気清浄機を起こしてきたんだよね。
今思えば、なんの意味もないんだけどね。ハハハハハハ」
とか言っては、クスクス。

誰かの話を聞いては、クスクス。

---

夜は、揺れるたびに驚いたけど、大勢の人間が
集まっているという安心感があって、楽しかったのを
覚えています。

いや、その時は楽しいどころではなかったでしょうけど。

その後の夜中に、父が結局保育園に来ました。
トイレと寒さのせいでしょうか。

ラジオをつけたままにしていました。
刻々と流れ続けるFMながおかの情報を聞きました。

○○地区の人に避難勧告・避難指示が出ているとか、
どこでどんな被害が出ているのかが放送されています。

揺れる度に、全身に力が入り、あちこちで悲鳴があがります。
そして、朝が近付いてきました。


---


眠ったか眠らないかのうちに、朝になりました。

薄暗い体育館からは、少しずつ近所の人達が持参した毛布や
布団を持って帰っていく気配がしました。

寒いのでそのまま布団や毛布にくるまって寝ていればいいのに、
「こういう時は火をおこさなくては!」という妙なことを
思いつき、外に出て、園庭で火をおこします。

確かに、いつ地震が来るかわからない状況では、屋内で
火を扱うことがまだためらわれる段階ではありましたが、
今思えば、これもテレビの見過ぎです。

やっぱり間違いでしょう。寒いですから。


寒いうちは室内で体温が逃げるのを防いでいればいいのです。
何を思ったか、外に出て燃やせそうなものを探してきて、
段ボールやら、木の切れ端などを持ってきて、火をつけます。
たき火をしようということですね。

その時、結構良い大きさの木の板が見つかりました。
何かに使うんだけど、まぁこの際だから燃やそう。
そう思って燃やした板は、雪囲いの板でした。

川「主任先生、そこの窓の雪囲いの板ってどこ行ったんでしょうね?」

主「先生が、地震の時、燃やしてしまったんですよ…」

川「あ…す、すみません。
  あ、そう…で…したね。(やっちまったぁ)」


---

その後、最もわれわれを驚かせたことがあります。

まだ青い朝の景色の中、周囲を見渡すと、体育館の
すぐ向かいの家の門柱の石が転んで崩れているのが
見えます。石の塀も崩れています。

恐ろしいことになった。これは、尋常ではないぞと
思っていたのでした。

すると、向こうからライトをつけた何かが走ってきます。

青と黄色のジャンパーを着て、バイクに乗った人がこちらに
やって来ます。

「新聞屋さん!?」

驚きました。世界は、完全に歯車が狂っていて、
自分たちは、きょうからはしばらくまともな生活ができないんだろうと
思っていたのでした。

そこへ、いつもの朝となんら変わることなく、
朝刊が配達されてきたのでした。

いや、「なんら変わることなく」するためには、新聞社の
並み外れた努力があったことを後に知るのですが、
その時には、いつもの朝が来ていることに、驚きつつも
とんでもなく大きく安心したことを覚えています。

見放されてはいないことを悟り、ほっとしたのでした。

---

その後、明るくなってから、各々が家やアパートに
帰って様子を見てきたり、家族のことを確認したり
してきました。

川上は、園内の破損状況をカメラで撮影したり
避難所をまわってきたりしました。

お昼近くに、ラーメンを食べました。
先生達が作ってくれたのでした。

その時食べたチキンラーメンは、格別でした。

---

こうして、この日から、2年が経ったのです。
もっと思い出していくと、詳細なことが
思い出されたり、忘れていることもあったりですが、
長いような、短いような2年でした。

今の2年生の子ども達が、当時の年長でした。
当時1歳クラスだった我が娘は、今は年少3歳クラスです。
当時の記録に出てくる3年生達は、今は5年生。

子ども達が、地震について、どんな記憶を胸に
大きくなっていくのかわかりません。

しかし、地震を単なるマイナスの記憶として
背負っていくのではなく、みんなが一致団結して、
助け合って、文字通りに肩を寄せ合って
暮らしたんだということも誇りに、
ぜひ忘れずにいてほしいと思います。

地震を通して学んだことの一つは、
間違いなく助け合うことの大切さです。
そして、家族や仲間の大切さでした。

苦しいときもあったけど、こわいときもあったけど、
どっこい人間はそんなに弱くないってことが
わかっただけでも、良かったねって思えます。

まだまだ厳しい生活を続けている皆さんの
生活と心の一日も早い復興と、犠牲となった方々の
冥福をお祈りしています。

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 by 川上
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ハロウィン第3弾?

2006-10-23 20:23:08 | きょうの育英
ハロウィンの制作、第3弾です。
3弾でしたっけ?

いや、まぁ何弾でもいいんですけど、
だいたい第3弾くらいってことで。

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今回のは空きビンと和紙で作る
「ペーパーランタン」。

じゃじゃーん。いい感じでしょう?



それでは用意するモノです。

・空のビン
・紙(白系と色付きの2種類)
・カッターなど。


《作 り 方》

1.白い紙と色の紙をビンのまわりに
 ぐるりと巻けるように、大きさをそろえて
 適当に切ります。

2.色の付いた紙に顔を切り抜きます。



 カッターを使う場合は、指や机を切らないように。




  ↑
近付くと、カッターの刃が危険ですから、
切っている人のまわりには近付かきません。

3.ビンのまわりに巻いて、のりかセロテープでとめます。



4.ビンの中にロウソクを入れて、火をつけます。



 紙に火をつけないように注意します。
 (小学生のみんなは大人にお願いしよう。)

---

今回の材料ですが、
・白い和紙は、障子紙の厚めの和紙タイプ。
・色の和紙は100円ショップ=ダイソーで
 55cm×80cmで100円でした。(これで8人分とれます)

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Change!! IKUEI!!
 by 川上
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作品作りな一日。

2006-10-21 20:16:39 | きょうの育英
ジャック・オー・ランタンは、彫った日から
10日経って、すっかりひからびました。

目の回りが色が付いてきて、怖さが増しました。

部屋の中に置いておきたくはないですが、
もともとは外に置くべきものでしょうから、
これはこれで充分まだ通用するのでしょうね。

が、こわいです。


いよいよ次週からみんなで彫ります。
おたのしみに。

---


さて、作品作りです。

昨日の音楽教室の時にも、待っている曲の
人達が牛乳パックに色塗りをしていました。



ちょっと不思議な光景です。


が、みんなの作業のおかげで、かなり進みました。
人海戦術はやっぱり効果てきめんです。

ちなみに集まった牛乳パックは100本を超えて
いるようです。

ははは。すごいですね。

どうなるんでしょう。



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きょうの作業風景です。



引き続き、牛乳パックに色を塗ります。

一方その隣では、貼り絵の作業。



だいぶ全容が見えてきました。



ジャック・スケリントンとサリーは、
服がほぼ完成です。

ティム・バートンの映画
「ナイトメア・ビフォア・クリスマス」の世界が
少しずつ姿を見せてきました。


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きょうのみんなのいい顔です。




食器洗いも自分たちでします。



充実した、いい顔しています。



4人娘。きょうはがんばりました。


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Change!! IKUEI!!
 by 川上
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ハロウィンに間に合うか!?

2006-10-19 22:43:11 | きょうの育英
ハロウィンに間に合うのでしょうか。

作品展に展示する貼り絵のパネル。
徐々に進んでいますが、ドキドキしてきました。


智江子先生、由香莉先生と、

「4割から5割くらいは完成かな?」

と言っていました。

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明日は音楽教室です。
気持ちを切り替えて、合奏をしましょう。

お迎えは午後6時以降にお願いします。




さぁ来週は、いよいよ彫りますよ。カボチャ。

ワクワクします。

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Change!! IKUEI!!
 by 川上

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