ハーバード・ケネディスクールからのメッセージ

2006年9月より、米国のハーバード大学ケネディスクールに留学中の筆者が、日々の思いや経験を綴っていきます。

リーダーシップについて考える

2007年09月12日 | ケネディスクールの授業

 

 前の授業が終わりL140教室の扉が開くと、その前で待ち構えていた大勢の学生たちが一斉に教室になだれ込んでいきます。座席よりも学生たちの数のほうが多いのは明らかなので、僕もその波に混ざって教室に入り前方の席を確保。

 約4か月ぶりに手にする自分のName Tagを机に立てかけながら、これから始まろうとしている秋学期最初の授業に武者震いのような感覚を覚えている自分に気付きました。

 「授業を受けるのに武者震い」とは何とも大袈裟ですね。しかし、

     "Exercising Leadership: Mobilizing Group Resources"

と銘打たれたこの授業は、日本ではあまり見られない「教授と学生との対話式」が主体のケネディスクールの授業の中でも、際立って特別な-あるいは“異常な”と言ってもいいかもしれません-空間が現れることで知られています。例えば、昨年この授業をとった先輩の話では、授業中に泣く人が少なからずいるとか??

 そして、「ケネディスクールの授業の中で最も素晴らしい」と多数のケネディスクール卒業生に言わしめ、ビジネス・スクールやMITからも多数の「信者」をつくりだし、そして毎年このL140教室に実に不思議な空間を創り出してきたのがロナルド・ハイフェッツ(Ronald Heifetz)教授です。

     

 ケネディスクールで25年間リーダーシップについて教鞭をとり、Center for Public Leadershipを設立してリーダーシップの分野で中心的役割を果たしてきたハイフェッツ教授ですが、本業は実は医者でHarvard Medical Schoolを卒業した精神科医であるのです。さらに彼はプロのチェロ奏者でもあるというから驚きです。

 リーダーシップの大家であり、医者でありミュージシャンでもあるハイフェッツ教授は一体どんな授業を展開するのでしょうか?

 コースの概要が記されているシラバスに目を通すと、まず頭に「?」マークが浮かんでくるのが、通常の授業とは別に夜に数回用意されている3時間の「Music Exercise」・・・??

 チェロの弾き方でも教えてくれるというのでしょうか?

 その他にも小グループで自分のリーダーシップの失敗について共有するディスカッション・セッションや映画セッション等が用意されています。さらに、月曜日に実施されたクラス概要の説明会(ケネディスクールではClass Shoppingといいいます)の場で、ハイフェッツ教授は、

 「この授業をとろうと思っている人に一つ警告がある。心の中に未だ癒えぬ過去の傷を残している人は、この授業をとらないほうがいいだろう。何故なら、この授業は、君たち一人一人がもっている過去の傷や失敗を、大勢の前に晒すことが求め、しかも君たちのクラスメートがよってたかって、その傷をほじくり返すことを奨励するものだからだ。この授業は極めてエモーショナルな、激しい乱気流の中をくぐり抜けるフライトのような、そんなものになるだろう。」

と言い放ったのです。

 一体どんな授業が展開されるのか。それは僕の人生を経験を深く掘り下げ、これからの人生の歩み方に新しい光をあてるものとなるのか、あるいは絶望的な闇を見せつけるものなのか、それとも単なる評判倒れの授業なのか?

 100名以上の学生たちがひしめきあい、ざわつくL140教室。そしてハイフェッツ教授が姿を現しました。

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 ハイフェッツ教授は混雑した教室が完全に静寂に包まれるのを静かに待って、そして突然僕たちに問いかけました。

 「君たちの中で、こういう経験をしたことのある人はいるだろか?仕事で新しい赴任先が決まり、君はその部署を統括する権限をもつ立場として100人以上の人々と向き合うこととなった。君はそこにいる人たちのことを一人も知らないし、職場の雰囲気などもわからない。こんな経験をしたことのある人は君たちの中にいるだろうか?」

 クラスの3分の2くらいの手が上がります。

 ハイフェッツ教授は頷きながら、こう続けました。

 「それが、今まさに僕が直面している状況なんだ。100人以上の学生たち。僕は君たちのことを何も知らない。でも、「教授」というAuthorityとして学生をまとめる立場にある。経験豊富な君たちから僕へ何かアドバイスはないだろうか?」

 すぐにまた、何人かの手が上がります。

 「集団のメンバー一人一人がどのような意見や期待を持っているかの聞き出し、一対一の関係をつくるとともに、集団の特徴をデータとしてつかむことが必要だと思います。」

  「自分がどのような立場で来て、どのような経歴や性格の持ち主なのか、自分自身についてメンバーと共有すべきではないでしょうか?」

 「自分のメンバーとの間に信頼関係をつくることがまず大切だと思います。」

 中にはこんな意見も出てきます。

 「集団とどのように向き合うかは、文化的なコンテキストによって異なると思います。例えば私はフランス人ですが、ここがフランスだったら、教授は教授としての品格と権威を保ち、変に明るくフレンドリーにふるまったりするべきではありません。」

 ハイフェッツ教授が面白そうに、

 「なるほど。じゃぁ、ここがフランスだったら、僕がいきなりジャケットを取って、腕まくって、「Hi! guys!! How are you doing? (ヤァ君たち、元気かい?)」とやったら効果的なリーダーシップは振るえない、ってことだね?」

と尋ねると

 「その通りです。アメリカだったらよいかもしれませんが、フランスだったら「すごくヘンな人がボスになった」と思われるだけで誰もついてきません。」

 一同爆笑。

 そして一通り意見が出ると、ハイフェッツ教授は「信頼」「情報の共有」「絆」「調和」、「集団の把握」、「目的の共有」等の学生から出されたキーワードを黒板に書き、その優先順位についてまた学生から自由に意見を求めます。

 そんな感じで30分程が過ぎた頃、ハイフェッツ教授は今度は全く別の問題を僕たちに提起しました。

 「では、授業がはじまってから約30分が経ったけれど、今から君たちには、大勢の学生が活発に議論するこのダンスホールのような教室をいったん離れて、バルコニーから観察すると、何が見えてくるのかちょっと考えてほしい。」

 突然の問題提起にやや戸惑う僕たち。暫くの沈黙の後、一人の学生が手をあげて意見を述べようと教壇をみると、

   教授が消えた!

 先ほどまで教壇で学生を名指し、議論の主導役だったハイフェッツ教授の姿が見えません。

 すると、もう一人の学生が、

 「教授はここにいるよ。何だかこんな所に座り込んでる・・・」

 何と、ハイフェッツ教授は教室の隅の床に座り込んでしまっていて、無表情で僕たちを見つめています。さらに戸惑う僕ら。きっと何か意図があるに違いない。

 なぜ教授が黙って座り込んでいるのか、その意味するところは何か、このクラスに何を期待しているのか・・・一人一人が思い思いに意見を述べ始めました。

 20分以上経ってもまだ教授は消えたまま。そんな中、

 「でも、こうして教授がいなくても、あまり混乱することなく色々な人がリーダーシップについて意見を言っているし、皆しっかり聞いているじゃないか。印象付られるなぁ。」

と感想を述べる学生。すると、

 「そんなことはない。何にも意見を言っていない人も大勢いるじゃないの。まだ20分位しかたっていないけれど、もしもこんな感じで、この秋学期中やるんだったら、正直私はこの授業はとらないわ。他に色々勉強しなければならないことがあるんだから。」  

という意見が後ろから飛んでくる。

 次第に高まる教室内の当惑。

 時間が過ぎ去ること40分近く、ようやくハイフェッツ教授が教壇に戻ってきました。

 「どうだろう、僕が戻ってきてホッとしている人もいるんじゃないか?そう、沈黙や消滅は、Authority(権威)が集団の自分への依頼心を高めるために使う、最も効果的な方法の一つだ。政治家が市民の恐怖心や不安、危機感を煽るために警告めいたことを発信するのも、自分への依頼心を高め、集団を動員しやすくるすためのテクニックであることが多い。」

 「一方で、権威が一時的に姿を消すことで、その集団が持つ潜在的な特徴やダイナミズムを浮かび上がらせることもできる。」

 「権威がいなくなった後、集団の中心、即ち、人々の注意がどこに集まるのか、その中心は複数あって動き回っているのか、そうでないのか、どのような力学が中心の移動に影響を与えているのか浮かび上がってくるのだ。」

 「そして大切なのは、権威(Authority)とリーダーシップとは別物であるということだ。これからこのクラスでは、リーダーシップについて、頭の上と下(both above and below the neck)をつかって考えてほしい。」

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 初回から予想通り「異常な」展開となった、二年目最初の授業であるリーダーシップ論。

 リーダーシップという明確な答えのない目的地に向け、約100名の乗客を乗せて離陸をしようとしている“L140号機”。そのパイロットであるハイフェッツ教授はこれからどのような航路をたどるのか。どんな乱気流や印象的な風景の中を通り抜けていくのか?

 そして恐らく、激しい乱気流や息を呑むような風景を創り出すのは、乗客である僕たちがこれまでに歩んできた人生のワン・シーンなのでしょう。

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2 コメント

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Unknown (nori)
2007-10-04 10:55:57
はじめてお邪魔させて頂きました。

とてもわかりやすく久しぶりに
興味のそそられる内容でした!!笑

感じるものも沢山あり、勉強になりました。

さらなる授業の展開記事を楽しみにしております。

いろいろな困難があるようですが
頑張ってください!!

応援しております!!


のり
(シンデレラの宝箱
       http://yesnorinori.seesaa.net/)
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>Noriさん (ikeike)
2007-10-24 07:18:34
はじめまして。コメント・応援ありがとうございます。またお返事が遅くなってしまってごめんなさい。
このLeadershipの授業ではその後も興味深い事が次々と起こっており、いろいろ深く考えさせられているので、また記事にしたいと思っています。
これからも宜しくお願いいたします。
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