ハーバード・ケネディスクールからのメッセージ

2006年9月より、米国のハーバード大学ケネディスクールに留学中の筆者が、日々の思いや経験を綴っていきます。

Spring Exercise -医薬品の安全性について考える③-

2007年04月26日 | ケネディスクールの授業

 

 新薬の安全性審査を担当するFDA(Food and Drug Administration:連邦食品医薬品局)の審査官。新薬を手にする患者に向かって

「こいつはスゴイ痛み止めでね。(副作用で)心臓が爆発したって何にも感じることはないですよ・・・」

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 FDAによる新薬の安全性チェックを揶揄する風刺画。

 「安全な医薬品の番人」として信頼を獲得してきたFDA、そして1992年のペデューファ(PDUFA:処方箋薬ユーザー手数料法)導入以降は新薬審査時間の短縮にも順調に取り組んできているFDAにいったい何が起こっているのでしょうか?

3.ペデューファの副作用

 Bioxx(バイオックス)という薬をご存知ですか。世界4位、アメリカ2位の売り上げを誇る巨大製薬会社Merck(メルク)が開発した関節炎治療薬で、非ステロイド系でありながら従来のアスピリンよりも高い効果が得られるとして、1990年代より爆発的に売れた薬です。例えば2003年には、Bioxxはメルクの売上220億ドル(2兆6千億円、日本トップの武田製薬の2.6倍)の10%を占めているということなので、その売上の大きさは凄じいものがあります。

 しかし、FDA(Food and Drug Administration:連邦食品医薬品局)の認可後数年が経った時点でメルク社が自主的に行った市販後臨床実験の結果、18か月以上連続してBioxxを服用すると心臓麻痺や脳卒中のリスクが約5倍も高まることが判明し、2004年9月にメルク社はBioxxの自主回収に踏み切ることになります。

 問題は、メルク社が市販直後から長期服用に伴う副作用に気づいていた可能性があること、また、医師に対してBioxxのリスクついて虚偽の説明をしていた疑いがもちあがったことです。

 こうした安全性に関する大きな不安にも関わらず、2005年2月、FDAの諮問委員会は、問題となっているBioxxについて、「販売しても問題ない安全性を備えている」との結論を出したのです。 

 しかし、その半年後の2005年8月には、Texas州Angletonの裁判所で、「Bioxxの服用により死亡したのは副作用のリスクを隠していた製薬会社側の過失」だとして、原告の未亡人に2億5300万ドル(約280億円)の支払いを命じる判決が出されたため、FDAが長年培ってきた「安全な医薬品の番人」としての評判・信頼は大きく損なわれることになります。なお、Bioxxの副作用に関する訴訟は現在でも約4200件ほどあるそうです。

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 「服用の際の注意:公衆衛生局長官は、FDAの認可はあなたの健康に有害であると判断しました。」

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 さらにFDAは、世界最大の製薬会社Pfizer(ファイザー)社が開発した関節炎治療薬Bextra(ベクストラ)や、消炎陣痛剤Celebrex(セレブレックス)についても、同様の安全性に関する懸念が叫ばれる中、相次いで「販売しても問題なし」という結論を下しています。

 そして、こうした状況の背景に見え隠れするのが、PDUFA(Prescription Drug User Fee Act:処方箋薬ユーザー手数料法)の副作用の影なのです。

(1)数値目標の副作用

 FDAによる新薬審査の迅速化を図るため、PDUFAにより審査期間に関する具体的な数値目標が課されたことは、昨日の記事で紹介しましたが、これにより、審査過程で安全性が軽視されているのではないか、との疑念が高まっています。

 例えばYale大学のOlson教授が2004年10月に発表したPDUFAの効果に関する統計的な分析によると、審査終了段階では”想定外”だった副作用のため市場から回収された医薬品の数は、1974年から1993年(PDUFA導入の年)までの20年間で10種類に対して、1997年から2001年のたった4年間で同じく10種類とPDUFA導入後明らかに激増しています。

 一方で、2002年に米国議会のGAO(Government Accountability Office:政府説明責任局→日本の会計検査院のような組織)が発表したレポートによると、1985年から1992年までの安全性を理由とする医薬品の市場回収率は3.1%(6/193)に対し、1993年から2000年は3.47%(9/259)と、やや上昇しているものの、その差は統計的に一般化できるほど意味のある差ではないと結論付けられています。

 このようにPDUFAに伴い導入された審査期間に関する数値目標が「ずさんな」審査を招いた結果、深刻な副作用を伴う薬がアメリカ市場に出回ってしまっているか、という点について、因果関係を証明する統計的な研究結果は未だ出ていません。

 ただ、2002年にHHS(Department of Health and Human Service:保健社会福祉省)のInspector General(監察官)が、FDAの新薬審査官に対して行ったアンケート調査の結果をみると、66%の回答者がFDAが行う医薬品の安全性に対するチェックが不十分であると回答しており、

 「複雑な薬を“みっちりと素早く”チェックする」

 というFDAのとるべきバランスが、多くの審査官の中で“みっちり”から“素早く”のほうに大きく傾いてしまっていることを示しています。

 PDUFA導入以降、FDAは毎年、議会に対してちゃんと数値目標が守れているかどうかを報告するという義務を負っています。そして現時点では、FDAが議会に対して説明をしなければならない「Performance Goal」はこの時間制限以外にないです。

 FDAが、そしてFDAの一人ひとりの審査官が追及すべき“科学的知見に裏付けられた安全性の確認”が“議会により設定された審査時間”により犠牲にされている、そんな姿が浮かび上がってきます。

 これがPDUFAがもたらしている副作用です。しかし、副作用はこれだけでは終わりません。より深刻な副作用、「手数料の副作用」がFDAを、そして米国の消費者を触んでいるのです。


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