三重を中心に徹底訪城 検索「山城遺産」「セルフコラボレーション」 ペン画で歴史を伝承 時々徒然に

中世の城を主に訪城しています。三重県が多いです。百名城は96/100。総数で600城。新発見が4城です。

楠原 童子谷城・向市場城

2017-08-19 21:39:48 | 日本の城

楠原 童子谷城・向市場城

城名
 楠原童子谷城
読み
 くすはらどうじだにじょう
住所
 津市芸濃町楠原
築城年
 応仁年間(1467~1469)
築城者
 山田重勝
形式
 平山城
遺構
 土塁
規模
 東西130m×南北155m
城主
 山田重勝 -- 重益
標高
 73m
比高
 17m
歴史
 南北朝の頃、北朝側の足利将軍の命を受けた山田重勝が楠原の地に入り支配した。南朝側の北畠氏に対する構えとして城を築き居住した。
 その後、子孫は織田氏に従い、重益になって近江の安土で死んだという。(勢陽五鈴遺響)
書籍
 勢陽五鈴遺響 三重の中世城館
感想
 守り堅固な城には見えない。居館風である。近辺で大きな戦は無かったのだろうか。同じように向市場城にも言える。

 

 

城名

 楠原向市場城
読み
 くすはらむかいいちばじょう
住所
 津市芸濃町楠原
築城年
 応仁期(1467~)
築城者
 山田重孝
形式
 平山城
遺構
 四方に土塁、南東部に虎口、
規模
 東西120m×南北70m
城主
 山田重孝 -- 瀬古氏
標高
 67m
比高
 14m
歴史
 童子谷城と共に山田氏の城であったとされている。一時、瀬古氏が治めていたので、楠原の南東部を「瀬古」と呼んでいる。
経緯
 山田氏の分家、後に瀬古氏を名乗る。(勢陽五鈴遺響)
書籍
 勢陽五鈴遺響 三重の中世城館
現地
 畑から刀・槍が出土した。
感想
 守り堅固な城には見えない。居館風である。近辺で大きな戦は無かったのだろうか。同じように童子谷城にも言える。
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