三重を中心に徹底訪城 検索「山城遺産」「セルフコラボレーション」 ペン画で歴史を伝承 時々徒然に

中世の城を主に訪城しています。三重県が多いです。百名城は96/100。総数で600城。新発見が4城です。

中森氏城

2019-08-07 10:38:00 | 古城巡り

 

☝ 主郭櫓台

☝ 同、愛宕神社境内

☝ 主郭

主郭南東隅の土塁と堀切道

☝ 主郭西の土塁と空堀

北曲輪の虎口

☝ 同、外から見る虎口付近 

 

城名
 中森氏城
住所
 津市美杉村太郎生
築城年 不明
形式
 山城
遺構
 郭、土塁、空堀、水場跡
規模
 東西50m×南北200m
城主
 中森数馬之助
一族
 北畠家臣。詳細は分からないことが多いが家臣帳には伊賀口の加番となっており多気に入る街道を抑えていたと考えられる。家系は弓に強かったらしく弓組に従事する者が多く見られる。(権之助、掃部佐、外記丞)
標高 480m 比高 65m
書籍
 日本城郭体系 三重の中世城館
環境
 多気から伊賀へ抜ける街道と木津川の上流名張川が北に流れるのでこれらを抑える拠点として築かれたと思われる。これらは城から眼下に一望できたはずである。
現地
 城は南の詰城の曲輪群と北の館の曲輪群に大別された縄張である。
 城の長辺側、南北の一辺、東側は急な斜面と展望を狙ってか防御の土塁が無い。西側は緩斜面となり、土塁が二重に築かれている。これらを踏まえて方形の屋敷跡が複数造られている。
考察
 山頂は防御の曲輪と館の曲輪が明確に分かれそれぞれが完成度が高く、多くの人が長年に渡って住まいしていたことが想像される。
 水場以外ほとんどの施設は郭の中に備えられ一兵卒も城外にはいなかった様子が垣間見れる。
感想
 城は街道及び名張川と平行に長く接する立地条件にあり、その東に向けて縄張りの長辺方向に土塁が無く街道と名張川の監視と村の様子をつぶさに見れるという解放感にあふれた城である。
地図

 

 

 

 



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