○目標の実現は最後まで諦めないことに関する実例
この文では、成功哲学では決まり文句になっている「最後まで諦めない!」という言葉の意味を身に付けることに役立つ事例を、先日終わったばかりの北京オリンピックでの日本選手の活躍から取り上げます。
これは、潜在意識の法則/引き寄せの法則の活用法を何が何でも自分のモノにする必要性を知ることに繋がります。
○室伏選手銅メダルへ繰り上げの可能性
今日、2008年9月4日(木)の読売新聞の朝刊の第一面に、北京オリンピックのハンマー投げで5位になった室伏広治選手が、2位と3位の共にベラルーシの選手が薬物検査で陽性と判定されて、繰上げで3位の銅メダルになる可能性が高い、というニュースが載っています。
もし、こうなれば、室伏選手が、試合中に、このままではメダルには届かない、と諦めて、適当に競技をしていたら手に入らなかったはずの銅メダルを手にすることになります。
これは、この先に何があるのか、ヒトが勝手に推測し予測しシナリオを作って行動することは、特に俗に言う「取り越し苦労」をすることは、自ら勝利/成功の可能性を自ら狭め、しばしばそれと知らない内に放棄することになる、という教訓になります。
このことに関して、もっと劇的な例は、男子体操の個人総合で銀メダルを獲得した内村航平選手の例でしょう。
○内村航平選手は23位に落ちてから銀メダルへ 奇蹟が起こった!
ゆか、あん馬、つり輪、跳馬、平行棒、鉄棒の6種目の合計点で争われる男子体操の個人総合で、内村航平選手(19)は銀メダルを獲得しました。
しかし、試合の途中では、内村選手の銀メダルはまったく見えませんでした。
内村選手は、苦手としているあん馬で二度も落下し、また、平行棒でも最後は落下して演技を終えたように見えました。
このために、メダルを期待されていたのに、一気に競技に参加した選手25人中の23位にまで落ちてしまいました。
内村選手のメダルの獲得は、もう絶望的に見えました。
しかし、メダル獲得が有力視されていた外国の選手が何人もまさかの演技の失敗で順位を下げ、終わってみれば、内村選手は2位になっていました。
これは、内村選手が、あん馬や平行棒での失敗でめげず、もう23位ではメダルは取れないと勝手に判断して勝手に諦めることをせず、試技に手抜きをせずに、残りの演技に全力を尽くした結果です。
即ち、内村航平選手に、奇蹟としか言い様の無いことが起こったことになります。
○事を成す実際の知恵と力のあるところに関する自覚的な知識
「もう23位ではメダルは取れないと勝手に判断して勝手に諦めることをせず、手抜きをせずに」という意味は、目標を実現するのは、ヒトの意志の力や奮闘努力や「このままでは結果はそうなる」という推測や予言や予測によるのではない、という意味です。
ことを実際に成す力はヒトにあるのではなくて、潜在意識の法則/引き寄せの法則の活用法で「今、ここに、活きているシステムがある原理」に則って、その丸ごとを使用する、天然自然の存在の創造主である神+自然法則+エネルギ一三位一体不可分の働きが持つ全知全能の知恵と力です。
こうだと自覚的な知識として知っていることが、目標の実現が絶望的になりそうなときに、心の支えになってくれます。
○惜しくも銅メダルを逃した女子クレー射撃・トラップの中山由起枝選手の場合 奇蹟は起こらず!
女子クレー射撃・トラップの決勝の結果は、1 マケラヌメラ フィンランド(予選+決勝の総得点=)91、2 ステフェツェコバ スロバキア89、3 コグデル 米国86、4 中山由起枝 日本86、5 グジネビチウテ リトアニア86、6 ストルチャエワ カザフスタン 86でした。
この結果になる過程は、ハラハラ、ドキドキの連続でした。
決勝戦の全射撃が終わった時点で、金と銀の選手は確定していました。
しかし、三位には、グジネビチウテ、ストルチャエワ、中山由起枝、コグデルの四人が並んでいました。この内、コグデルは、最後に3位に追いついたのでした。
中山選手は、決勝戦の中で、一時は単独3位になりました。
しかし、結果としては、四人で3位決定戦が行われることになりました。
そして、最終結果は、コグデル選手が銅メダルで、中山選手は、惜しくも4位でした。
スタンドで応援していた、中山選手の6才の長女、芽生ちゃんの願いは叶わず、奇蹟は起こりませんでした。
○コグデル選手に起こった奇蹟
銅メダルを賭けたプレイ・オフ。
グジネビチウテ、ストルチャエワ、中山の順に一発ずつ撃ったのですが、皆外しました。
そして、最後に撃ったコグデルの散弾が、クレーを、直撃したのではなくて、かすったのでしたが、クレーの粉が舞って命中と判定されて、逆転で3位になりました。
これを見ていて、アメリカのコグデル選手は、イメージ・トレーニング/メンタル・トレーニングをしっかりやっているな、と思ったものでした。
中山選手は、予選段階ではこれらの選手の中では一番得点が少なかったのに、決勝戦の得点では、コグデル、グジネビチウテ、ストルチャエワを上回りました。だから、山中選手は、後1点余計に取っていれば、文句無く銅メダルを取れたのでした。
コグデル選手のメンタル・トレーニング+メダルへの執念が、中山選手を上回っていたのだ、と結論づけました。これが、最後に運を呼び込んだのだ、奇蹟を起こしたのだ、と思いました。
○奇蹟を起こす方法
「勝利を/成功を最後まで諦めない」という言い方をもっと肯定的に言い換えればーーー
内村航平選手の例のように、最終決着がついていない段階でもう絶望的と思われる失敗をしても、全てが終わってみれば銀メダルだった、という奇跡的なことが起こることがある、と北京オリンピックで知りました。
これを、成功哲学的に言い換えると、次の本に出てくる話になります。
ジョン・キーオ(1997) 片山陽子+平本かおり訳(1998) マインド・パワー 春秋社
ヒマラヤを探検したW・H・マレーの言葉 67頁。第7章 潜在意識
「必ず成し遂げようと思ったときには、神も味方してくれるものだ。そうでなければ決して起きないようなあらゆることが起きて、私たちを助けてくれる。いろいろと好都合な事態が生じ、人に出会い、物質的な援助を受けるというように、誰ひとり予想していなかった一連の出来事が、その決意をきっかけに起こりはじめるのだ」(注記2)。
「これをする!」と強く堅く決意すると自動的かつ必然的に生じる、何もかも自然に回ってうまく行く、ある種の神懸り状態になる体験。
マレーの言葉の中で特に大事なところは、「誰ひとり予想していなかった一連の出来事が、その決意をきっかけに起こりはじめるのだ」という部分。これは、「これをする!」と決意すると、これに自動的かつ必然的に伴って「意味のある偶然の一致」の体験が起こる、ということです。
これは、マレー自身が実際に体験したことなのでしょう。
マレーの言葉を、あなたご自身の体験で、この通りだ、と分かる方は、幸せです。
マレーの言葉を短く言い換えると、「決意が奇蹟を起こす」ということです。
誰でも、「これをやり遂げよう!」と強く堅く決意することで、奇蹟を起こすことができる、というのが、マレーが言いたいことです。
これには、いわゆる「意味のある偶然の一致」が、とても大事な働きをします。
いや、「意味のある偶然の一致」の体験こそが、奇蹟そのものであるのです。
それも偶然にでたらめにこれが起こるのではなくて、決意して実現したい目標の実現に実際に役立つように制御されている「意味のある偶然の一致」の体験が、奇蹟を起こすのです。
「これを成し遂げよう!」と強く堅く決意して行動に出るときには、自動的かつ必然的に、奇蹟を起こす「意味のある偶然の一致」の体験が生まれるのです。
ここが、とても大事な点ですが、しかし、これを、ヒトの最初から全知全能にはほど遠い限られた知識を基にして意志の力で制御して奇蹟を引き起すことは出来ません。
○注記2 これに続く言葉
「この真実がわかれば、あなたは(あなたの決意に基づく指示・命令により無尽蔵の富と幸せをもたらす)宇宙の宝石箱(という潜在意識/無意識/天然自然の存在の創造主である神+自然法則+エネルギ一三位一体不可分の働きを発動させる)の(万能の)鍵を手にしたようなもの。潜在意識のパワーは、あなたの指示を待っている。」67頁
キーオの本の第5章は、「言い聞かせ」。41頁以下
ここでは、短い言葉を機械的に繰り返し唱える効用を説いています。
そこで、これに倣ってーーー。
「決意で奇蹟・憑いてる運が良い(いい)。決意で奇蹟・憑いてる運が良い。決意で奇蹟・憑いてる運が良い。・・・」というのは、如何ですか?!
この短い文句を、歩くときにリズム良く繰り返し唱えていたら、得したことがありました。
注記2の終わり
○「意味のある偶然の一致」の体験が発生する確率は奇跡的
このブログの中で挙げた例では、テレビで久しぶりに見掛けた女優さんに、翌日、渋谷の八公前広場で、偶然に、奇跡的に出会った例=「意味のある偶然の一致」の体験が、この例になります。
これが、如何に奇跡的であるのかは、例えば、当たらない宝くじでも、システム的には一等に大当たりする確率を一意的に/一義的にかつ客観的にかつ明確にかつ確定的に計算することができますが、「前日テレビで見た女優さんに今日街の中で偶然に出会う」という確立したシステム(注記1)が無く、このシステムを潜在意識の法則/引き寄せの法則の働きに全面的にまかせきってゼロから創造したこの例では、確率の計算がとても難しい、ということで分かります。
○注記1 確立したシステムと非確立のシステム(注記3)
例えば、健康さ。
健康雑誌をよむと、五体満足で健康であるためには、大変な努力が必要のような印象を受けます。
しかし、創造主である神が自らの化身かつ分身の存在に造ったヒト(宇宙大では宇宙人一般)は、原理的には、常に五体満足で完全に健康な心身を持つ存在として確立したシステムです。つまり、創造主である神の視点では、ヒトは病気になることが絶対無いことになっています(注記4)。だから、ヒトが間違って病気になったときには、自動的かつ必然的に自然治癒力が発動する仕組みがヒトの心身の仕組みの一部に生得的に組み込まれているわけです。
同様に、恋愛=結婚システムについても、原理的にはこう言うことができます。
また、伝統芸能の修行システムや弁護士や会計士などの資格システム。
これらも確立しているシステムということができます。
特に、伝統芸能の修行システムでは、これに則って真面目に真摯に修行に励めば、何年か後にはプロとしてデビューし活動できます。この点では、資格システムは資格を取っただけでは世の中に通用しないのに比べて、伝統芸能の方がよりよく確立したシステムだといえます。もちろん、その先、名人上手と言われるようになるには、通り一遍の修行以上のものが必要ですが・・・。
モノで言えば、テレビ受信機や携帯電話機。
テレビを見るのに、そのたびごとにいちいちテレビ受信機を組み立ててからテレビをみるという必要がありません。テレビ受信機は確立したシステムを売っていて、これを手に入れて受信アンテナを繋ぎ、電源を入れれば即テレビ番組を見ることができます。
電話を掛けるための電話機も、既に確立してあるシステムです。
しかし、会いたいヒトに電話をかけて、会う約束を取り付ける話になると、その一回一回を、確率ゼロから確率百%可能にするシステムを創造しなければなりません。
だれも、私が会いたいと決めた相手は、自動的かつ必然的に必ず私に会うようにする確立したシステムなど持っていません。これを持っていると言い、これを押し通すヒトは、ヒト迷惑な存在です。
このような場合こそ、潜在意識の法則/引き寄せの法則の活用法が出番になります。
注記1の終わり
○注記3 確率したシステムと天然自然の存在のシステムや人工のシステムとの区別
この世界の姿・形を造っている仕組み=システムには、創造主である神が直接天然自然の存在の創造主である神+自然法則+エネルギ一三位一体不可分の働きで造った天然自然の存在のシステムと、創造主である神の化身かつ分身の存在のヒト(宇宙大では宇宙人一般)が、創造主である神のやり方に倣って作った人工のシステム、言い換えると、文化・文明的な諸文物とがあります。
天然自然の存在のシステムは、原理的に確立したシステムです。そしてこれには、常に必ず、必要があるときには自動的かつ必然的に働き出す自己修復機能、例えば自然治癒力が備わっています。
ヒトが作ったシステムは、確立したシステムと、そのたびごとに新しく創らなければならないシステムとがあります。このいずれのシステムの場合にも、自己修復機能を持ちません。
なお、ヒトの作るシステムも、でたらめに何でも作ることが出来るのではありません。
人工のシステムも、常に必ず、自然法則的に予め決まっているそれをそれにする原理的な仕組みを発見したり、発明したりして、その原理的な仕組みを元にそのシステムを作る必要があります。この条件を満たさないと、システムとして働きませんので、役に立たない、使えない、ということになります。
これに、例外はありません。なぜならば、この世界の成り立ちと仕組みの全ては、結局、天然自然の存在の創造主である神+自然法則+エネルギ一三位一体不可分の働きを根源にして、文化・文明的な諸文物は全てここから派生して出てくるものだからです。
注記3のおわり
○注記4 病気や罪や失敗は全て人間発かつ各個人発で、社会発でもましてや創造主である神発ではない!
「神様がヒトを病気にしたり、罰を与えたり、生きることを失敗させて苦しめる。この目的は、ヒトに試練を与えてその人間性を鍛えるためだ」という主張があります。
しかし、創造主である神は、ヒトの存在を含めて、この世界の成り立ちと仕組みの全てに関する創造主である神なので、創造主である神として自他共に絶対的に肯定の立場しか採ることが出来ず、また、ヒトを創造主である神自らの化身かつ分身の存在に造って、その一人ひとりになって様々な人生を生きて楽しみたいと意図している創造主である神としては、一言に要約して言えば、潜在意識の法則/引き寄せの法則の活用法を身に付けて生きてもらえば良いようにしているので(このためには例えば恨んでいる相手が誰かがいればその人を心の中で許し和解するなどの、ヒトとしての生き方を自ら主体的に正すことをしなければ潜在意識の法則/引き寄せの法則の活用法を自動的かつ必然的に効果的に使えない仕組みが組み込まれています)、ヒトに試練を与え、苦しめる必要など何も無いし、また、自らが創造したこの世界の全てを完全完璧に造ってこそ初めて創造主である神の役割を果せるので、病気等は、創造主である神発、神様発では絶対に有り得ません。
言い換えると、ヒトを造ったときに、いわゆる「原罪」をヒトの存在の一部として創造主である神が定めた、ということは無い、ということです。キリスト教の教義でも、神様発ではなくて、原罪はアダムとイブ発、即ち人間発ですね。なお、この関連で、俗に言う「遺伝病」は神様発ではないことを確認する話については、ここで説明するのではなくて、別の文にします。
病気、生きることに失敗する、貧困、犯罪や罪等はすべて、創造主である神が自らの化身かつ分身の存在のヒトのために定めている、ヒトとしての生き方が分からず、潜在意識の法則/引き寄せの法則の活用法を知らず、学ばなかったことの因果必然の結果です。
貧困や経済格差、更には文化・文明的な格差を、社会の制度や政治の所為にする話が、現在、マスコミではやっています。→NPO法人「自立生活サポートセンター・もやい」事務局長/「反貧困ネットワーク」事務局長の湯浅 誠氏の話 読売新聞2008年9月10日(水)朝刊
古くは、貧困の根本原因は資本主義制度にあり、これを廃止すれば良いというマルクス主義=共産主義があります。この主義は、この世界の成り立ちと仕組みを創造した原理である唯心論に根拠をおく、人の生き方の原理を全く知らない、唯物論に根拠を置くもので、原理的には何の根拠を持たない妄想的な理論です。
福田総理大臣の突然の辞任表明で、近く衆議院選挙が行われる可能性が高まっていますが、貧困や経済格差を自らの政治責任にして、私に政権を担当させてくれれば、政治的に貧困や経済格差を解消できます式の嘘を言う人たちが、早速現れています。
しかし、それでも、各人が個人的にモノにして活用できるようにするしかない、人としての生き方の原理を、政治や共産主義社会制度で代用することは出来ないのです。
政治は、もちろん、色々の形で、例えば学校教育で、ヒト本来の生き方を国民一般の常識にするように働くことができます。
注記4の終わり
○オリンピックで金メダルを取る確率を高める方法
オリンピックで金メダルを取る、ということも、どの選手にとっても確立したシステムとして存在しているのではありませんね。
オリンピックで金メダルを取りたかったら、潜在意識の法則/引き寄せの法則の活用法を使って、これを可能にするシステムを創造する必要があります。
言い換えると、スポーツ選手の「心技体」の内、体と技を幾ら鍛えても、心を鍛えること抜き=潜在意識の法則/引き寄せの法則の活用法抜きでは、多くの選手の場合、金メダルを取ることが出来る確率は、とても低い、ということが出来ます。
○私達の日常生活は奇蹟で成り立っている
「意味のある偶然の一致」の体験。
私達の日常生活の中で、何かの事が成る、という場合では、ゼロからそれを可能にするシステムを創造する、という場合の方が、寧ろ一般的で、常態です。
この事実を、私がテレビでお顔とお名前だけを知っている女優さんを久しぶりにテレビの画面で見掛けたその翌日に、この女優さんと、JR渋谷駅前の通称ハチ公広場でもう絶妙のタイミングでお見掛けすることになった体験の例で説明をします。
○奇蹟をもたらす「意味のある偶然の一致」の体験の創られ方
私が前日テレビで見掛けた女優さんに、今日とてもタイミングよく街中で出会うことが出来る確立したシステムなどは存在していません。
そこで、前日テレビで私の方が勝手に一方的に見掛けただけの女優さんに、今日私が偶然にでも会いたかったら、これを可能にするシステムを私は自ら作らなければ成らないことになります。
もちろん、その女優さんが進んで私に会って下さるようなシステムを造ってくださることなど、有り得ません。いや、魚心あれば水心で、お互いにあなた好みの私=私好みのあなたになって数年後に出会う奇蹟も有り得ます。
しかし一般的には、その女優さんに私が会いたかったら、私が、私だけが、これが可能になるシステムを創ることができます。
しかし、これができるようにするシステムを、前日のテレビで見た、テレビでお名前とお顔を知っているだけの女優さんと私が今日会えるシステムを、私が持つ情報と意志の力で一日以内に努力して作ることなど、最初から不可能だ、と断言しても、言い過ぎにはならないでしょう。
しかし、私のことはもちろん、その女優さんのことも全て知っている、全知全能で不可能を知らない、無意識/潜在意識/天然自然の存在の創造主である神+自然法則+エネルギ一三位一体不可分の働きにとっては、私達が出会うように取り計らうことは、いとも簡単だったわけです。
これは、嘘みたいな本当の実例です。
○これは奇蹟だ!!! ということが決意一つで日常的に頻繁に起こっている
前日テレビで見掛けただけの女優さんに、今日、絶妙なタイミングで出会う。
それにしても、これは、常識的には、奇蹟が起こった!!! としか言い様が無い出来事です。
しかし、奇跡的なことを創り出す「意味のある偶然の一致」の体験では、このようなことが、極当たり前のように、頻繁に発生しているのです。
しかも、この最初の切っ掛けは、意識的で自覚的で意図的な決意か或いはこの過程が習慣化し無意識化し自動化していて、一瞬思うだけでこう思った本人もこう思った瞬間に気が付かない、ということにあるのです。これに例外はありません。
そして、この決意の結果として、「意味のある偶然の一致」の体験が、潜在意識の法則/引き寄せの法則=天然自然の存在の創造主である神+自然法則+エネルギ一三位一体不可分の働きにより、自動的かつ必然的に生まれる、ということです。
○奇跡的なことでもいとも簡単に起こせる自然の法則がある
何をするのでも、それを常にいとも簡単にしてしまう。
これが、天然自然の存在の創造主である神+自然法則+エネルギ一三位一体不可分の働きの凄いところです。
このことを理解することが必要ですし、役立ちます。
○潜在意識の法則/引き寄せの法則の活用法を何が何でもモノにする決意を、今、ここで、直ちに!
私達の日常生活の多くが、「意味のある偶然の一致」の体験で成り立っている。
こうだと分かれば、「意味のある偶然の一致」の体験をさせてくれるこの世界の成り立ちと仕組みを身につけるのが良いことになります。
これは何かといえば、潜在意識の法則/引き寄せの法則の活用法ですでに知られています。
潜在意識の法則/引き寄せの法則の活用法は、この世界の成り立ちと仕組みを創り、私達の日々の生活、私達の人生を作ることが出来る、全知全能の知恵と力を持つ天然自然の存在の創造主である神+自然法則+エネルギ一三位一体不可分の働きを丸ごと利用する心の技術です。
そこで、潜在意識の法則/引き寄せの法則の活用法を何が何でも身に付けて自由に使えるように、潜在意識の法則/引き寄せの法則の活用法を説明している本を繰り返し読んで勉強をすことを、何をすることよりも優先させて行うのが得策、ということになる筈です。
○何事も知ったかぶりをするヒトの難題
何事も知ったかぶりをするヒトは、潜在意識の法則/引き寄せの法則の活用法など、これをよく知っているヒトから真剣に学ばなくても、既に知っている振りをして、その実、何をするのでも自分の知識と体験の範囲内で判断できるだけのことに基づいて、「自分は科学的に合理的に理性的に判断して常に行動している」つもりで、これを頼りに判断し行動したり、誰かを「先生」呼ばわりをして、この先生を頼りにして生きる、という、まったく間違ったことをします。
この結果、ヒトの裏の顔が見えずに失敗する、ということを繰り返したりします。
しかし、最初から自分がこの世界について知っていることなど、全知全能の無意識/潜在意識の持つ知識と比べたら、何も知らないも同然という「信念」を持ち、見かけでは見えないヒトの心の中まで100%知っている無意識/潜在意識の判断に任せれば、自分を騙そうとするような相手とは最初から出会わないように、無意識/潜在意識が、それと知らない内に導いてくれるものです。たびたび詐欺的な被害に遭うような人たちは、全知全能の知恵と力を持つ潜在意識の法則/引き寄せの法則の活用法を知らない人たちです。
例によって、誤記・誤字・脱字等がありましたら、気が付き次第訂正します。
書き込み後、二日くらいは、訂正や加筆を繰り返すのが習慣になりましたので、よろしくお願いいたします。
この文では、成功哲学では決まり文句になっている「最後まで諦めない!」という言葉の意味を身に付けることに役立つ事例を、先日終わったばかりの北京オリンピックでの日本選手の活躍から取り上げます。
これは、潜在意識の法則/引き寄せの法則の活用法を何が何でも自分のモノにする必要性を知ることに繋がります。
○室伏選手銅メダルへ繰り上げの可能性
今日、2008年9月4日(木)の読売新聞の朝刊の第一面に、北京オリンピックのハンマー投げで5位になった室伏広治選手が、2位と3位の共にベラルーシの選手が薬物検査で陽性と判定されて、繰上げで3位の銅メダルになる可能性が高い、というニュースが載っています。
もし、こうなれば、室伏選手が、試合中に、このままではメダルには届かない、と諦めて、適当に競技をしていたら手に入らなかったはずの銅メダルを手にすることになります。
これは、この先に何があるのか、ヒトが勝手に推測し予測しシナリオを作って行動することは、特に俗に言う「取り越し苦労」をすることは、自ら勝利/成功の可能性を自ら狭め、しばしばそれと知らない内に放棄することになる、という教訓になります。
このことに関して、もっと劇的な例は、男子体操の個人総合で銀メダルを獲得した内村航平選手の例でしょう。
○内村航平選手は23位に落ちてから銀メダルへ 奇蹟が起こった!
ゆか、あん馬、つり輪、跳馬、平行棒、鉄棒の6種目の合計点で争われる男子体操の個人総合で、内村航平選手(19)は銀メダルを獲得しました。
しかし、試合の途中では、内村選手の銀メダルはまったく見えませんでした。
内村選手は、苦手としているあん馬で二度も落下し、また、平行棒でも最後は落下して演技を終えたように見えました。
このために、メダルを期待されていたのに、一気に競技に参加した選手25人中の23位にまで落ちてしまいました。
内村選手のメダルの獲得は、もう絶望的に見えました。
しかし、メダル獲得が有力視されていた外国の選手が何人もまさかの演技の失敗で順位を下げ、終わってみれば、内村選手は2位になっていました。
これは、内村選手が、あん馬や平行棒での失敗でめげず、もう23位ではメダルは取れないと勝手に判断して勝手に諦めることをせず、試技に手抜きをせずに、残りの演技に全力を尽くした結果です。
即ち、内村航平選手に、奇蹟としか言い様の無いことが起こったことになります。
○事を成す実際の知恵と力のあるところに関する自覚的な知識
「もう23位ではメダルは取れないと勝手に判断して勝手に諦めることをせず、手抜きをせずに」という意味は、目標を実現するのは、ヒトの意志の力や奮闘努力や「このままでは結果はそうなる」という推測や予言や予測によるのではない、という意味です。
ことを実際に成す力はヒトにあるのではなくて、潜在意識の法則/引き寄せの法則の活用法で「今、ここに、活きているシステムがある原理」に則って、その丸ごとを使用する、天然自然の存在の創造主である神+自然法則+エネルギ一三位一体不可分の働きが持つ全知全能の知恵と力です。
こうだと自覚的な知識として知っていることが、目標の実現が絶望的になりそうなときに、心の支えになってくれます。
○惜しくも銅メダルを逃した女子クレー射撃・トラップの中山由起枝選手の場合 奇蹟は起こらず!
女子クレー射撃・トラップの決勝の結果は、1 マケラヌメラ フィンランド(予選+決勝の総得点=)91、2 ステフェツェコバ スロバキア89、3 コグデル 米国86、4 中山由起枝 日本86、5 グジネビチウテ リトアニア86、6 ストルチャエワ カザフスタン 86でした。
この結果になる過程は、ハラハラ、ドキドキの連続でした。
決勝戦の全射撃が終わった時点で、金と銀の選手は確定していました。
しかし、三位には、グジネビチウテ、ストルチャエワ、中山由起枝、コグデルの四人が並んでいました。この内、コグデルは、最後に3位に追いついたのでした。
中山選手は、決勝戦の中で、一時は単独3位になりました。
しかし、結果としては、四人で3位決定戦が行われることになりました。
そして、最終結果は、コグデル選手が銅メダルで、中山選手は、惜しくも4位でした。
スタンドで応援していた、中山選手の6才の長女、芽生ちゃんの願いは叶わず、奇蹟は起こりませんでした。
○コグデル選手に起こった奇蹟
銅メダルを賭けたプレイ・オフ。
グジネビチウテ、ストルチャエワ、中山の順に一発ずつ撃ったのですが、皆外しました。
そして、最後に撃ったコグデルの散弾が、クレーを、直撃したのではなくて、かすったのでしたが、クレーの粉が舞って命中と判定されて、逆転で3位になりました。
これを見ていて、アメリカのコグデル選手は、イメージ・トレーニング/メンタル・トレーニングをしっかりやっているな、と思ったものでした。
中山選手は、予選段階ではこれらの選手の中では一番得点が少なかったのに、決勝戦の得点では、コグデル、グジネビチウテ、ストルチャエワを上回りました。だから、山中選手は、後1点余計に取っていれば、文句無く銅メダルを取れたのでした。
コグデル選手のメンタル・トレーニング+メダルへの執念が、中山選手を上回っていたのだ、と結論づけました。これが、最後に運を呼び込んだのだ、奇蹟を起こしたのだ、と思いました。
○奇蹟を起こす方法
「勝利を/成功を最後まで諦めない」という言い方をもっと肯定的に言い換えればーーー
内村航平選手の例のように、最終決着がついていない段階でもう絶望的と思われる失敗をしても、全てが終わってみれば銀メダルだった、という奇跡的なことが起こることがある、と北京オリンピックで知りました。
これを、成功哲学的に言い換えると、次の本に出てくる話になります。
ジョン・キーオ(1997) 片山陽子+平本かおり訳(1998) マインド・パワー 春秋社
ヒマラヤを探検したW・H・マレーの言葉 67頁。第7章 潜在意識
「必ず成し遂げようと思ったときには、神も味方してくれるものだ。そうでなければ決して起きないようなあらゆることが起きて、私たちを助けてくれる。いろいろと好都合な事態が生じ、人に出会い、物質的な援助を受けるというように、誰ひとり予想していなかった一連の出来事が、その決意をきっかけに起こりはじめるのだ」(注記2)。
「これをする!」と強く堅く決意すると自動的かつ必然的に生じる、何もかも自然に回ってうまく行く、ある種の神懸り状態になる体験。
マレーの言葉の中で特に大事なところは、「誰ひとり予想していなかった一連の出来事が、その決意をきっかけに起こりはじめるのだ」という部分。これは、「これをする!」と決意すると、これに自動的かつ必然的に伴って「意味のある偶然の一致」の体験が起こる、ということです。
これは、マレー自身が実際に体験したことなのでしょう。
マレーの言葉を、あなたご自身の体験で、この通りだ、と分かる方は、幸せです。
マレーの言葉を短く言い換えると、「決意が奇蹟を起こす」ということです。
誰でも、「これをやり遂げよう!」と強く堅く決意することで、奇蹟を起こすことができる、というのが、マレーが言いたいことです。
これには、いわゆる「意味のある偶然の一致」が、とても大事な働きをします。
いや、「意味のある偶然の一致」の体験こそが、奇蹟そのものであるのです。
それも偶然にでたらめにこれが起こるのではなくて、決意して実現したい目標の実現に実際に役立つように制御されている「意味のある偶然の一致」の体験が、奇蹟を起こすのです。
「これを成し遂げよう!」と強く堅く決意して行動に出るときには、自動的かつ必然的に、奇蹟を起こす「意味のある偶然の一致」の体験が生まれるのです。
ここが、とても大事な点ですが、しかし、これを、ヒトの最初から全知全能にはほど遠い限られた知識を基にして意志の力で制御して奇蹟を引き起すことは出来ません。
○注記2 これに続く言葉
「この真実がわかれば、あなたは(あなたの決意に基づく指示・命令により無尽蔵の富と幸せをもたらす)宇宙の宝石箱(という潜在意識/無意識/天然自然の存在の創造主である神+自然法則+エネルギ一三位一体不可分の働きを発動させる)の(万能の)鍵を手にしたようなもの。潜在意識のパワーは、あなたの指示を待っている。」67頁
キーオの本の第5章は、「言い聞かせ」。41頁以下
ここでは、短い言葉を機械的に繰り返し唱える効用を説いています。
そこで、これに倣ってーーー。
「決意で奇蹟・憑いてる運が良い(いい)。決意で奇蹟・憑いてる運が良い。決意で奇蹟・憑いてる運が良い。・・・」というのは、如何ですか?!
この短い文句を、歩くときにリズム良く繰り返し唱えていたら、得したことがありました。
注記2の終わり
○「意味のある偶然の一致」の体験が発生する確率は奇跡的
このブログの中で挙げた例では、テレビで久しぶりに見掛けた女優さんに、翌日、渋谷の八公前広場で、偶然に、奇跡的に出会った例=「意味のある偶然の一致」の体験が、この例になります。
これが、如何に奇跡的であるのかは、例えば、当たらない宝くじでも、システム的には一等に大当たりする確率を一意的に/一義的にかつ客観的にかつ明確にかつ確定的に計算することができますが、「前日テレビで見た女優さんに今日街の中で偶然に出会う」という確立したシステム(注記1)が無く、このシステムを潜在意識の法則/引き寄せの法則の働きに全面的にまかせきってゼロから創造したこの例では、確率の計算がとても難しい、ということで分かります。
○注記1 確立したシステムと非確立のシステム(注記3)
例えば、健康さ。
健康雑誌をよむと、五体満足で健康であるためには、大変な努力が必要のような印象を受けます。
しかし、創造主である神が自らの化身かつ分身の存在に造ったヒト(宇宙大では宇宙人一般)は、原理的には、常に五体満足で完全に健康な心身を持つ存在として確立したシステムです。つまり、創造主である神の視点では、ヒトは病気になることが絶対無いことになっています(注記4)。だから、ヒトが間違って病気になったときには、自動的かつ必然的に自然治癒力が発動する仕組みがヒトの心身の仕組みの一部に生得的に組み込まれているわけです。
同様に、恋愛=結婚システムについても、原理的にはこう言うことができます。
また、伝統芸能の修行システムや弁護士や会計士などの資格システム。
これらも確立しているシステムということができます。
特に、伝統芸能の修行システムでは、これに則って真面目に真摯に修行に励めば、何年か後にはプロとしてデビューし活動できます。この点では、資格システムは資格を取っただけでは世の中に通用しないのに比べて、伝統芸能の方がよりよく確立したシステムだといえます。もちろん、その先、名人上手と言われるようになるには、通り一遍の修行以上のものが必要ですが・・・。
モノで言えば、テレビ受信機や携帯電話機。
テレビを見るのに、そのたびごとにいちいちテレビ受信機を組み立ててからテレビをみるという必要がありません。テレビ受信機は確立したシステムを売っていて、これを手に入れて受信アンテナを繋ぎ、電源を入れれば即テレビ番組を見ることができます。
電話を掛けるための電話機も、既に確立してあるシステムです。
しかし、会いたいヒトに電話をかけて、会う約束を取り付ける話になると、その一回一回を、確率ゼロから確率百%可能にするシステムを創造しなければなりません。
だれも、私が会いたいと決めた相手は、自動的かつ必然的に必ず私に会うようにする確立したシステムなど持っていません。これを持っていると言い、これを押し通すヒトは、ヒト迷惑な存在です。
このような場合こそ、潜在意識の法則/引き寄せの法則の活用法が出番になります。
注記1の終わり
○注記3 確率したシステムと天然自然の存在のシステムや人工のシステムとの区別
この世界の姿・形を造っている仕組み=システムには、創造主である神が直接天然自然の存在の創造主である神+自然法則+エネルギ一三位一体不可分の働きで造った天然自然の存在のシステムと、創造主である神の化身かつ分身の存在のヒト(宇宙大では宇宙人一般)が、創造主である神のやり方に倣って作った人工のシステム、言い換えると、文化・文明的な諸文物とがあります。
天然自然の存在のシステムは、原理的に確立したシステムです。そしてこれには、常に必ず、必要があるときには自動的かつ必然的に働き出す自己修復機能、例えば自然治癒力が備わっています。
ヒトが作ったシステムは、確立したシステムと、そのたびごとに新しく創らなければならないシステムとがあります。このいずれのシステムの場合にも、自己修復機能を持ちません。
なお、ヒトの作るシステムも、でたらめに何でも作ることが出来るのではありません。
人工のシステムも、常に必ず、自然法則的に予め決まっているそれをそれにする原理的な仕組みを発見したり、発明したりして、その原理的な仕組みを元にそのシステムを作る必要があります。この条件を満たさないと、システムとして働きませんので、役に立たない、使えない、ということになります。
これに、例外はありません。なぜならば、この世界の成り立ちと仕組みの全ては、結局、天然自然の存在の創造主である神+自然法則+エネルギ一三位一体不可分の働きを根源にして、文化・文明的な諸文物は全てここから派生して出てくるものだからです。
注記3のおわり
○注記4 病気や罪や失敗は全て人間発かつ各個人発で、社会発でもましてや創造主である神発ではない!
「神様がヒトを病気にしたり、罰を与えたり、生きることを失敗させて苦しめる。この目的は、ヒトに試練を与えてその人間性を鍛えるためだ」という主張があります。
しかし、創造主である神は、ヒトの存在を含めて、この世界の成り立ちと仕組みの全てに関する創造主である神なので、創造主である神として自他共に絶対的に肯定の立場しか採ることが出来ず、また、ヒトを創造主である神自らの化身かつ分身の存在に造って、その一人ひとりになって様々な人生を生きて楽しみたいと意図している創造主である神としては、一言に要約して言えば、潜在意識の法則/引き寄せの法則の活用法を身に付けて生きてもらえば良いようにしているので(このためには例えば恨んでいる相手が誰かがいればその人を心の中で許し和解するなどの、ヒトとしての生き方を自ら主体的に正すことをしなければ潜在意識の法則/引き寄せの法則の活用法を自動的かつ必然的に効果的に使えない仕組みが組み込まれています)、ヒトに試練を与え、苦しめる必要など何も無いし、また、自らが創造したこの世界の全てを完全完璧に造ってこそ初めて創造主である神の役割を果せるので、病気等は、創造主である神発、神様発では絶対に有り得ません。
言い換えると、ヒトを造ったときに、いわゆる「原罪」をヒトの存在の一部として創造主である神が定めた、ということは無い、ということです。キリスト教の教義でも、神様発ではなくて、原罪はアダムとイブ発、即ち人間発ですね。なお、この関連で、俗に言う「遺伝病」は神様発ではないことを確認する話については、ここで説明するのではなくて、別の文にします。
病気、生きることに失敗する、貧困、犯罪や罪等はすべて、創造主である神が自らの化身かつ分身の存在のヒトのために定めている、ヒトとしての生き方が分からず、潜在意識の法則/引き寄せの法則の活用法を知らず、学ばなかったことの因果必然の結果です。
貧困や経済格差、更には文化・文明的な格差を、社会の制度や政治の所為にする話が、現在、マスコミではやっています。→NPO法人「自立生活サポートセンター・もやい」事務局長/「反貧困ネットワーク」事務局長の湯浅 誠氏の話 読売新聞2008年9月10日(水)朝刊
古くは、貧困の根本原因は資本主義制度にあり、これを廃止すれば良いというマルクス主義=共産主義があります。この主義は、この世界の成り立ちと仕組みを創造した原理である唯心論に根拠をおく、人の生き方の原理を全く知らない、唯物論に根拠を置くもので、原理的には何の根拠を持たない妄想的な理論です。
福田総理大臣の突然の辞任表明で、近く衆議院選挙が行われる可能性が高まっていますが、貧困や経済格差を自らの政治責任にして、私に政権を担当させてくれれば、政治的に貧困や経済格差を解消できます式の嘘を言う人たちが、早速現れています。
しかし、それでも、各人が個人的にモノにして活用できるようにするしかない、人としての生き方の原理を、政治や共産主義社会制度で代用することは出来ないのです。
政治は、もちろん、色々の形で、例えば学校教育で、ヒト本来の生き方を国民一般の常識にするように働くことができます。
注記4の終わり
○オリンピックで金メダルを取る確率を高める方法
オリンピックで金メダルを取る、ということも、どの選手にとっても確立したシステムとして存在しているのではありませんね。
オリンピックで金メダルを取りたかったら、潜在意識の法則/引き寄せの法則の活用法を使って、これを可能にするシステムを創造する必要があります。
言い換えると、スポーツ選手の「心技体」の内、体と技を幾ら鍛えても、心を鍛えること抜き=潜在意識の法則/引き寄せの法則の活用法抜きでは、多くの選手の場合、金メダルを取ることが出来る確率は、とても低い、ということが出来ます。
○私達の日常生活は奇蹟で成り立っている
「意味のある偶然の一致」の体験。
私達の日常生活の中で、何かの事が成る、という場合では、ゼロからそれを可能にするシステムを創造する、という場合の方が、寧ろ一般的で、常態です。
この事実を、私がテレビでお顔とお名前だけを知っている女優さんを久しぶりにテレビの画面で見掛けたその翌日に、この女優さんと、JR渋谷駅前の通称ハチ公広場でもう絶妙のタイミングでお見掛けすることになった体験の例で説明をします。
○奇蹟をもたらす「意味のある偶然の一致」の体験の創られ方
私が前日テレビで見掛けた女優さんに、今日とてもタイミングよく街中で出会うことが出来る確立したシステムなどは存在していません。
そこで、前日テレビで私の方が勝手に一方的に見掛けただけの女優さんに、今日私が偶然にでも会いたかったら、これを可能にするシステムを私は自ら作らなければ成らないことになります。
もちろん、その女優さんが進んで私に会って下さるようなシステムを造ってくださることなど、有り得ません。いや、魚心あれば水心で、お互いにあなた好みの私=私好みのあなたになって数年後に出会う奇蹟も有り得ます。
しかし一般的には、その女優さんに私が会いたかったら、私が、私だけが、これが可能になるシステムを創ることができます。
しかし、これができるようにするシステムを、前日のテレビで見た、テレビでお名前とお顔を知っているだけの女優さんと私が今日会えるシステムを、私が持つ情報と意志の力で一日以内に努力して作ることなど、最初から不可能だ、と断言しても、言い過ぎにはならないでしょう。
しかし、私のことはもちろん、その女優さんのことも全て知っている、全知全能で不可能を知らない、無意識/潜在意識/天然自然の存在の創造主である神+自然法則+エネルギ一三位一体不可分の働きにとっては、私達が出会うように取り計らうことは、いとも簡単だったわけです。
これは、嘘みたいな本当の実例です。
○これは奇蹟だ!!! ということが決意一つで日常的に頻繁に起こっている
前日テレビで見掛けただけの女優さんに、今日、絶妙なタイミングで出会う。
それにしても、これは、常識的には、奇蹟が起こった!!! としか言い様が無い出来事です。
しかし、奇跡的なことを創り出す「意味のある偶然の一致」の体験では、このようなことが、極当たり前のように、頻繁に発生しているのです。
しかも、この最初の切っ掛けは、意識的で自覚的で意図的な決意か或いはこの過程が習慣化し無意識化し自動化していて、一瞬思うだけでこう思った本人もこう思った瞬間に気が付かない、ということにあるのです。これに例外はありません。
そして、この決意の結果として、「意味のある偶然の一致」の体験が、潜在意識の法則/引き寄せの法則=天然自然の存在の創造主である神+自然法則+エネルギ一三位一体不可分の働きにより、自動的かつ必然的に生まれる、ということです。
○奇跡的なことでもいとも簡単に起こせる自然の法則がある
何をするのでも、それを常にいとも簡単にしてしまう。
これが、天然自然の存在の創造主である神+自然法則+エネルギ一三位一体不可分の働きの凄いところです。
このことを理解することが必要ですし、役立ちます。
○潜在意識の法則/引き寄せの法則の活用法を何が何でもモノにする決意を、今、ここで、直ちに!
私達の日常生活の多くが、「意味のある偶然の一致」の体験で成り立っている。
こうだと分かれば、「意味のある偶然の一致」の体験をさせてくれるこの世界の成り立ちと仕組みを身につけるのが良いことになります。
これは何かといえば、潜在意識の法則/引き寄せの法則の活用法ですでに知られています。
潜在意識の法則/引き寄せの法則の活用法は、この世界の成り立ちと仕組みを創り、私達の日々の生活、私達の人生を作ることが出来る、全知全能の知恵と力を持つ天然自然の存在の創造主である神+自然法則+エネルギ一三位一体不可分の働きを丸ごと利用する心の技術です。
そこで、潜在意識の法則/引き寄せの法則の活用法を何が何でも身に付けて自由に使えるように、潜在意識の法則/引き寄せの法則の活用法を説明している本を繰り返し読んで勉強をすことを、何をすることよりも優先させて行うのが得策、ということになる筈です。
○何事も知ったかぶりをするヒトの難題
何事も知ったかぶりをするヒトは、潜在意識の法則/引き寄せの法則の活用法など、これをよく知っているヒトから真剣に学ばなくても、既に知っている振りをして、その実、何をするのでも自分の知識と体験の範囲内で判断できるだけのことに基づいて、「自分は科学的に合理的に理性的に判断して常に行動している」つもりで、これを頼りに判断し行動したり、誰かを「先生」呼ばわりをして、この先生を頼りにして生きる、という、まったく間違ったことをします。
この結果、ヒトの裏の顔が見えずに失敗する、ということを繰り返したりします。
しかし、最初から自分がこの世界について知っていることなど、全知全能の無意識/潜在意識の持つ知識と比べたら、何も知らないも同然という「信念」を持ち、見かけでは見えないヒトの心の中まで100%知っている無意識/潜在意識の判断に任せれば、自分を騙そうとするような相手とは最初から出会わないように、無意識/潜在意識が、それと知らない内に導いてくれるものです。たびたび詐欺的な被害に遭うような人たちは、全知全能の知恵と力を持つ潜在意識の法則/引き寄せの法則の活用法を知らない人たちです。
例によって、誤記・誤字・脱字等がありましたら、気が付き次第訂正します。
書き込み後、二日くらいは、訂正や加筆を繰り返すのが習慣になりましたので、よろしくお願いいたします。