いわゆる神の存在証明がもたらす意味について

創造主である神の存在証明をして、この神が造ったこの世界の成り立ちと仕組みを説明し、人類史のリセットと再構築を試みる。

日本の学者上原春男氏により海洋温度差発電の実用化が成功

2010-07-22 21:29:04 | システム
 日本の学者上原春男氏により海洋温度差発電の実用化が成功

○このブログを初めて読んでくださる方は次の文を先に読んで下さい。
 「哲学の道具箱」という本で哲学的思考の大前提を再確認する 2009-07-02 05:01 掲載
 この文は、紙に印字して良く読んでくださることを、お願いいたします。

○一般法則論の世界観の図解
 以下のものを参考に、入れ子構造の図解を、まずしてください。
 入れ子構造の描き方や記号の意味は、このブログの2008年12月3日の文をお読みください。
 この文は、紙に印字してよく読んでくださることをお願いします。

世界Ⅰ 〔世界Ⅱ「魔境  (世界Ⅲ(世界Ⅳ  (世界Ⅴ (世界Ⅵ    (世界Ⅶ)))))」〕 世界Ⅰ
         妄想
Ω神= 〔A→   ∥Z→ (B→ (C→   (D→  (H→E→F→G→(M)))))∥〕    Ω=神の国
  ∥        ↑  理法  自然   物的   俗・人・子・文歴  記憶
(心的なD)    M(記憶)        Ω人   人・生・孫・化史  ↓
唯一絶対


○この文の目的
 海洋温度差発電の原理を実用化するシステムを作ることに1973年から挑戦してきた元佐賀大学学長の上原春男氏が、遂に1994年に「ウエハラサイク」と名付けられた実用になるシステムを完成させて、今、実際に実用化されつつある、という話を紹介することです。
 話の出所 読売新聞 2010年7月22日 夕刊の記事

○海洋温度差発電の原理の発見/発明したのは、今から130年前にフランスの学者による 附 原理の実用化の話
 海洋温度差発電の原理を発見/発明したのは、フランスの学者だそうです。今から130年前だそうです。
 この原理は、太陽光で約25度に温められた表層の海水で、沸点の低いアンモニアを蒸発させて、この力で発電タービンを回し、電気を作る、いうものだそうです。
 そして、発電タービンを回した蒸気のアンモニアは、水深800メートルの約5度の深層水で冷やして、元の液体のアンモニアにもどし、再び表層の海水で蒸発させて、発電タービンを回す、という訳です。
 しかし、この原理を実際にシステム化してみると、発電効率が悪くて、実用にならないと見られていたそうです。
 
 なお、念のために、原理の実用化について説明しておきます。
 この世界の成り立ちと仕組みは、すべてΩ神=天地創造の目的を最初から持つ創造主である神+自然法則+エネルギーの三位一体不可分の存在とその働きで造られています。
 そして、実際にこの世界の成り立ちと仕組みを物質的な形あるもので造っている力は、自然法則+エネルギー一体不可分の働きです。
 具体的には、物質化したエネルギーを、何か特定の物/装置/システムを造るための素材にして、自然法則に則ってそれを特定の機能、例えば携帯電話機にする目的を果たす形ある物/装置/「携帯電話機」システムを作り、これにこの例では電気の形のエネルギーを動力源として供給して、実際に使える携帯電話機システムが作られることになります。
 この場合、自然法則が、携帯電話機の原理(的仕組み)とは何かを、客観的にかつ一義的/一意的に明確にかつ確定的に決めています。
 しかし、原理が分かっても、この原理を実際に使えるようにするには、この原理を基にして造られる/作られる「システム」/装置の形にする/システム化する必要があります。こうだと自然法則的に絶対的に決まっていて、これを誰も無視して行動することはできません。
 また、一つ同じ原理をシステム化する手段・方法は、複数あるのが普通です。例えば、お湯を沸かす原理。あなたの家の中でお湯を沸かすシステム/装置は何種類ありますか?
 実際問題では、ある原理の発見の後、この原理を使って実用になるシステムを発見/発明するには、沢山の資金と何年もの真摯な研究と努力による試行錯誤が行なわれて、幾つものノウハウの発見の末に、やっと可能になるのです。→名人/達人/天才になる原理的仕組みの話。これは、既に出来上がったシステムをコピーしているだけのヒトには、殆ど理解出来ない過程です。
 クォーツ式の腕時計の原理が発見されてから日本で初めてこれが実用化されるまで50年掛かったと聞きます。
 ウエハラサイクル式の温度差海洋発電システムが生まれるまでには、原理の発見/発明から百年以上掛かったことになります。

○ウエハラサイクル式海洋温度差発電装置の全体システム
 ①海洋表面の約25度の温かな海水をポンプで汲んで「蒸発器」に送り込む。
 ②「蒸発器」で、沸点の低いアンモニアを蒸発させて気体化し、これをタービンに送り込んで、タービンを回す。
 ③タービンが回ると、これに直結している「発電機」が回り、電気が生まれる。
 ④タービンを回した後のアンモニアの蒸気は、「凝縮器」に送り込んで、水深800メートルからポンプで汲み上げた5度の冷たい海水で元の液体アンモニアに戻す。
 ⑤元の液体アンモニアに戻したものを循環させて「蒸発器」に戻す→①へ戻って再循環。

 ⑥「蒸発器」の海水は、「海水の淡水化装置」に送りこんで、気圧を下げて沸点を低くすることで沸騰化させ、蒸発させて、これから純水を作り出す。
 ⑦⑥で生まれた純水を電気分解すると、水素を作ることができる。

 ⑧「凝縮器」で使った深層水は、「海水の淡水化装置」に送り込んで、海水中のリチウムの回収、漁場肥沃化、冷房装置に利用する。
 
 以上は、新聞の図解を元に説明。

○ウエハラサイクル式海洋温度差発電装置の凄さ
 上原春男先生が実用化した海洋温度差発電装置は、発電効率を、従来システム化が試みられた物と比べて、50~70%向上させたそうです。
 これによって、海洋温度差発電装置の実用化が初めて可能になったわけです。
 これ自体、凄いことです。
 更に、発電コストも、風力発電並みの、1キロ/ワット時当り、15~20円の低コストに抑えることができるようになったそうです。
 更に凄いのは、ウエハラサイクル式による海洋温度差発電装置が生み出す副産物です。

○ウエハラサイクル式による海洋温度差発電装置が生み出す副産物
 ウエハラサイクル式による海洋温度差発電装置が生み出すのは、電気だけでなくて、これによって生まれる良い副産物があることです。
 良い副産物とは、装置につかった深層水で蒸気化したアンモニアを元に戻すと同時に、アンモニアに混ぜた表層水を冷やして純水を作り、これを電気分解して水素の製造に役立つようにしていることです。
 また、海水に含まれるリチウムを回収し、ミネラル分が豊富な深層で漁場を豊かにすることもできるそうです。

○システムが自動的かつ必然的に不可避的に生み出す副産物がある
 何かのシステムをつくると、このシステムが果たす当初の機能/目的の他に、自動的かつ必然的に不可避的に、副産物を生み出します。
 そこで、何かのシステムを作って動かすときには、必ず副産物の処理をも考えておく必要があります。
 この点で、天然自然の世界の中の、生命やエネルギーや水や空気等の循環は、とても巧みに良くできています。
 しかし、ヒトが作るシステムでは、副産物の処理が常に問題になります。
 これは、生理的に耐え難い騒音や有害物質のようないわゆる公害だけでなくて、有用な副産物もあるものです。
 ウエハラサイクル式海洋温度差発電装置の生み出す副産物はこの例になります。
 また、たとえば、何かを試みて失敗したときに、それをする正しい手段・方法を発見する手掛かりやノウハウを発見するなども、役立つ副産物になります。

○有り難いこと
 上原春男先生は、1973年から37年掛けて、石油などのエネルギー資源にもリチウム資源にも乏しい日本で、これを補う技術を開発し実用化してくださった。
 とても有り難いし、嬉しいことです。
 世界には、水も電気も無い国があります。 
 2010年2月、南太平洋のタヒチで計画されている一万キロ・ワットの海洋温度差発電施設に上原先生が発明した物の採用がきまったという話は、正に、水も電気も無い所に、直接の恩恵をもたらすことになります。

○まとめ
 今日は、実用的な海洋温度差発電装置が発明された話をしました。


 例により、誤記・誤字・脱字等がありましたら、気付き次第訂正します。
 書き込み後、二日くらいは、訂正や加筆を繰り返すのが習慣になりましたので、よろしくお願いいたします。

病気はヒトの身心が本質的に持つ健康さ/正常性/健全性を失った状態です

2010-04-05 02:55:29 | システム
 病気はヒトの身心が本質的に持つ健康さ/正常性/健全性を失った状態です

○このブログを初めて読んでくださる方は次の文を先に読んで下さい
 「哲学の道具箱」という本で哲学的思考の大前提を再確認する 2009-07-02 05:01 掲載
 この文は、紙に印字して良く読んでくださることを、お願いいたします。

○一般法則論の世界観の図解
 以下のものを参考に、入れ子構造の図解を、まずしてください。
 入れ子構造の描き方や記号の意味は、このブログの2008年12月3日の文をお読みください。
 この文は、紙に印字してよく読んでく
ださることをお願いします。

世界Ⅰ 〔世界Ⅱ「魔境  (世界Ⅲ(世界Ⅳ  (世界Ⅴ (世界Ⅵ    (世界Ⅶ)))))」〕 世界Ⅰ
         妄想
Ω神= 〔A→   ∥Z→ (B→ (C→   (D→  (H→E→F→G→(M)))))∥〕    Ω=神の国
  ∥        ↑  理法  自然   物的   俗・人・子・文歴  記憶
(心的なD)    M(記憶)        Ω人   人・生・孫・化史  ↓
唯一絶対


○「治りませんように べてるの家のいま」という本 ヒト本来の状態は健康さにあるのを知らない例
 斉藤道雄 「治りませんように べてるのいま」 みすず書房
 この本の紹介が、2010年4月4日の読売新聞の朝刊に載っています。
 この紹介文を読んで、Ω神の化身かつ分身の存在のヒト本来の状態は、絶対的な健康さにあることを知らず、これに反するトンでもないことを信じ込んでいる人たちがいるものだ! と思いました。
 このことを確認します。

○何が問題になっているのか
 「本書は北海道浦河にある精神障害やアルコール依存などを抱える人たちの共同住宅「べてるの家」を舞台にしたノンフィクション」だそうです。
 以下は、この本の紹介者の河合香織氏の言葉どおりに、ここで話をするのに関連する文を書き写します。

 「治さない」ことを標榜する精神科医は七夕の短冊に「治りませんように」と書き、患者は「病気は宝だ」と断言し、ケースワーカーは「しあわせにならない」と心に誓う。
 ある人は、両親が住宅ローンを支払い終わったばかりの自宅に火をつけ、べてるでも共同住宅の自室に放火。それでも、仲間は彼と共に暮らそうと決断する。
 回復したと安心すると病気が再発し、多くの人々が亡くなり、殺人事件もおきた。
 だが、べてるは姿勢を変えなかった。絶望を受け入れた先に見えるものがあるはずだと。
 病気の苦労と、仕事や子育ての苦労はそんなに違うのか。どちらが混乱し、絆を失っているのか。
 読み進めるうちに、障害者と健常者の輪郭が溶けだしていく。
 主題は精神障害ではなく、人が悩み、苦労し、弱いところをさらけ出し、それでも生き続けるということだ。
 全編を通じて見えるのは「あなたはそのままでいい」というシンプルだれけど強いメッセージ。
 前作と併せて障害のない人にこそ読んでもらいたい。

○何が間違っているのか
 何が間違っているのでしょうか?
 精神科医が、病気は「治りませんように」と考えること、患者が「病気は宝だ」と断言すること、ケースワーカーは「しあわせにならない」と心に誓うことが絶対的に間違っています。
 全ての人の身心に生得的に=自然法則(+エネルギー一体不可分の働き)的に備わっている全ての病気からの「自然治癒力/自然回復力」を否定する考え方だからです。
 また、家や自室に放火することは、ヒトの正常で健康な行為とは絶対にいえません。
 病気が回復したと安心すると病気が再発することについても、殺人事件についても、同様です。
 これらが変だと気がつかないのも、心が正常で健康な状態には無く、病んでいる証拠です。
 「だが、べてるは姿勢を変えなかった。絶望を受け入れた先に見えるものがあるはずだと。」
 絶望を受け入れた先にあるのは、希望ではなくて、同じく絶望です。
 蛙の子は蛙です。瓜の蔓に茄子はならないのです。
 どうしてでしょうか?
 理由は、因果必然の法則がこの世界の成り立ちと仕組みを造り、支配しているからです。
 ここでも、山に向かって叫んだとおりに山彦が返って来る「山彦の法則」が働いています。
 因果必然の法則の絶対支配の下では、いま電話を掛けている携帯電話機が突然にスリッパになったり、豆腐になったりすることは絶対に無いのと同じで、絶望は絶望しか生み出さないのです。

 前文にも引用した、サンリ能力開発研究所代表 西田文郎氏の話も、このことを説明しています。
 驚くほど効く「心のギアチェンジ」~前向きな脳をつくる「かもの法則」
 プレジデント4月 4日(日) 10時 0分配信 / 経済 - 経済総合

 「何が正常で健康であるのかは誰も分からない」と言い、こういうことも有り、というあなたは、既に健康で健全な常識を失い、心が酷く病んでいます。
 Ω神が造ったこの世界の成り立ちと仕組みの中では、ヒトがあれこれ議論する前から、何が完全完璧であり何が不完全であるのか、何が正しくて何が間違っているのか、何が健康で健全であり、何が不健康で不健全であるか、何が正常で何が異常であるかについても、客観的にかつ一義的/一意的に明確にかつ確定的に決まっています。
 また、「病気の苦労と、仕事や子育ての苦労はそんなに違うのか。どちらが混乱し、絆を失っているのか。」という考え方も、常識外れです。
 仕事や子育ての苦労は、正常なシステムの中の正常な体験です。
 病気の苦労は、本来健康であるべき身心のシステムが故障していることに伴うもので、これで苦労する事は本来無いのが望ましいのです。
 「読み進めるうちに、障害者と健常者の輪郭が溶けだしていく。」というのも、味噌と糞との区別が出来ないか、この違いを拒否し否定する常識が無いヒトの間違った考え方です。
 「主題は精神障害ではなく、人が悩み、苦労し、弱いところをさらけ出し、それでも生き続けるということだ。」という考え方も、ヒトの生き方の原理の存在を全く知らない、間違っているという前の、無知・蒙昧の考え方です。
 「全編を通じて見えるのは『あなたはそのままでいい』というシンプルだれけど強いメッセージ。」というのも、個人の存在とその思考/思いを間違って絶対化する間違った考え方です。
 ヒトは、誰でも、この世に生まれる手間を掛けただけで、何でも思い通りに、なに不自由無く自由に思い切り生きていける、のではありません。
 躾と教育と自らの体験と修行を通して自覚的に意図的に学んで、初めて、ヒトは本来の自分自身となるヒトになれます。
 また、この過程の、今、現在の自分の状態が絶対的に正しくて最高の自分自身の姿であり、この今の状態の私をありのままに認めて受け入れてくれるのが、私に対する正しい接し方であり、私への理解と信頼と尊敬と愛情の証だ、ということでもありません。
 全てのヒトは、本物のヒトになる/真面目躍如の本当の自分自身になるための修行の過程を一生涯生きています。
 「前作と併せて障害のない人にこそ読んでもらいたい。」というのも、何がヒトにとって健康で健全であるかを学ぶことには何の役に立たないことを薦めるトンでもない考え方です。

○ヒトの身心が勝手に病気になることは無い!
 そもそも、病気は、そのヒト自身の思い/信念/世界観と人間観や身体観や健康観/哲学などとこれに基づいた生活習慣とは一切関係なく、身心が、不運や偶然や誰か他人の所為や世の中の所為や資本主義体制や市場経済の所為や、自分では無い他人が自分よりも金持ちだったり、社会的な地位が高かったりしたことが原因で、勝手に病気になった結果ではありません。
 全ての身心の病気は、突き詰めれば、そのヒト自身の思考習慣が生み出したものです。
 だから、病気のヒトは、自らの間違った思考習慣を自ら正しくすることで、全て治せる、というのが、ヒトの生き方の原理であり、潜在意識の法則の活用法/引き寄せの法則の活用法/病気や誤った信念や思い込みを癒す原理の活用法の眼目です。
 こういう仕組みを、この世界の成り立ちと仕組みを造ったΩ神が、Ω神自身の化身かつ分身の存在のヒトのために用意して与えてくれています。
 一般法則論は、このことを説明しようとしています。

○ヒトの健康さについてテレビや電話機の場合に単純化して考える
 ヒトの身心を、ヒトが発明して作ったテレビや電話機に話を置き換えて、ヒトの身心の正常性や健康さや健全さを、常識的に考えてみます。
 それがテレビならば、音声が出ない、映像が出ない、テレビの中で何か異常な音がしたあと、煙が出て燃え出す、という現象が起こったら、このテレビは、故障し、壊れ、それ本来の完全完璧さを失い、正常ではないことは明らかです。
 この場合には、直ちに修理に出して、元通りの完全完璧で正常なシステムの状態に直す必要があります。
 これをしないで、「腐っても鯛は鯛」と言うとおりに、仮令故障し壊れてテレビとして全く使えなくなっても、「テレビはテレビだ」、テレビとしてはもう使えない壊れたままのテレビで「そのままでいい」というでしょうか?
 壊れてテレビの用を成さなくなったテレビを、修理せず、破棄せず、壊れたテレビのままでそのテレビに寄り添って生きるのが、そのテレビの「物の冥利」を尽して大切にすることになるのでしょうか・・・。
 普通の健全な常識を持つヒトならば、こうは考えないでしょう。
 そして、直ちに修理に出すか、壊れたテレビを破棄して、テレビとして正常に使える新しい完全完璧なテレビを入手するでしょう。
 これが、常識というものです。
 テレビが、電話機に替っても、冷蔵庫に替っても、自動車に替っても話は同じです。
 しかし、話が、ヒトの身心の健康さとなると、テレビや電話機や冷蔵庫や自動車に通用した健全に常識が全く働くかなる人たちが現れることになります。
 この実例が、上記の本の著者と、この本の紹介者です。

○まとめ
 本を書くヒトやこれを紹介する人たちが、健康で正常な常識を必ずしも持っているのでは無いことに、要注意の話をしました。
  
 
 例により、誤記・誤字・脱字等がありましたら、気付き次第訂正します。
 書き込み後、二日くらいは、訂正や加筆を繰り返すのが習慣になりましたので、よろしくお願いいたします。

このブログをお読みくださるみなさんへ ご迷惑にならないようにより一層注意をします

2008-03-26 17:38:56 | システム
このブログをお読みくださっているみなさんへ

 YAHOO! JAPAN の2008/03/26のトピックスに、以下のようなニュースがありました。
 その頭の部分のみを、ここにコピーしました。
 全文は、ぜひそこに当たってご確認ください。
 このブログの書き込みやトラックパック等については、今後とも、より一層警戒をします。
 以下の文は、ヤフーかのらの引用。 17:29 2008/03/26

 「ブログの4割は「迷惑ブログ」――ニフティ調査
  3月26日14時19分配信 ITmediaエンタープライズ
 ニフティは3月26日、国内のブログ記事の4割が『迷惑ブログ』に分類されるという独自調査の結果を公表した。アフィリエイト広告収入や特定サイトへの誘導が目的で、同社では『無意味なコンテンツ』と定義している。・・・・・」
               このブログの主


追記
 もちろん、あなたは、ウイルス対策ソフトやファイヤーウォールソフトを、お使いのパソコンに入れて使っておられますよね。
 また、ウインドウズの欠陥を補正するアップ・デートも、必ずしておられますよね。
   以上、念のために確認。

枝廣淳子+内藤 耕 「入門!システム思考」を読む

2007-12-08 00:34:43 | システム
○枝廣淳子+内藤 耕 「入門!システム思考」を読む
 今日12月7日の夕方、仕事帰りに立ち寄った本屋さんで、次の本を買いました。
 枝廣淳子+内藤 耕(2007) 入門!システム思考 講談社 現代新書1895

 この本を、夕食後拾い読みしました。
 読んだ範囲内で理解した内容を、一般法則論的に再構成してみます。
 枝廣+内藤氏の本に書いてあるのは、システム的な思考で私たちの身の回りで起こっている問題を解決するためのハウツーの話。この為の目の付け所がとても良いです。

○上位互換性
 本来ならば、この本に書いてあることは、枝廣+内藤氏の説明通りに理解して、その理解の通りにここに説明をする筈の所です。
 しかし、一般法則論は、枝廣+内藤氏の本に説明されているシステム的な思考の上位互換性のあるシステム的思考法の積もりなので、ここでは、この本を、一般法則論的に再説明しようと言う訳です。
 その通り一般法則論に上位互換性があるのかは、あなたにも判定して頂けます。
 まず、一般法則論的に見たシステムについて、簡単に説明します。

○一般法則論的なシステム理解
 一般法則論の理解では、私たちが生まれ住んでいるこの世界の成り立ちと仕組みの全ては、創造主である神(一口に言えば、創造主である神の存在は、私たちが生きているこの世界の存在物とこの立ち居振る舞いに関して、その存在理由/存在目的や是非善悪等の唯一絶対普遍かつ至高の判断基準を提供する役割を担っています)+自然法則+エネルギー一体不可分の働きを原理として造られています。
 これは、天然自然の世界には百%当て嵌まります。

○人工のシステムの場合
 天然自然の世界の仕組みをしばしば参考にして作られる非自然的=人工的な文化文明的な諸文物は、それなりに、(創造主である神の所はしばしば)人(或いは天才でも馬鹿でも無い「平均人」や「ユビキタス」のような万人に置き換えられて)+自然法則+エネルギー一体不可分の働きを原理として作られています。

○自然法則+エネルギー一体不可分の働きの役割
 天然自然の存在或いは文化文明的な人工物の仕組み/構造/システムの中核を造っているのは、自然法則+エネルギー一体不可分の働きです。
 そして、自然法則+エネルギー一体不可分の働きは、選ばれ決められた特定の目的/目標を実現する特定の構造物=特定のシステムを造り/作り、この形或いはその状態をその目的を実現することが必要な間、その儘の形/状態=そのシステムでのみ造り/作り得る独自の特別の「秩序」を維持することにあります。

○自己組織化の力の役割
 余談。
 天然自然の存在物に限りますが、自己組織化力や自然回復力が秩序造りとその維持の役割を担います。
 人工物では、人が、システム的な秩序を造り維持する自然法則+エネルギー一体不可分の働きの替わりを努めます。

○原理的な仕組み
 選ばれ決められた特定の目的/目標を実現できるシステムは、自然法則的に既に決まっていて、人工物を作るときにはそれを発見することが必要不可欠なのですが、「そのシステムを他の如何なるシステムでもない、正にそのシステムにする原理(的仕組み)/イデア」を中核にして初めて造る/作ることができます。

 ここまでは、一般法則論のシステムについての原理的な話。

○システム的思考の第一歩
 何かの問題がある、ということは、全て何かのシステム的構造物の形でこの世界の秩序が造られている/作られている中で、何か特定のシステムに異変か起きているとか、本来そこに無くてはならない筈のシステムが未だ存在していないことによる秩序の乱れがある、という意味になります。
 こう考えるのが、システム的な思考の第一歩です。

 続く