百休庵便り

市井の民にて畏れ多くも百休と称せし者ここにありて稀に浮びくる些細浮薄なる思ひ浅学非才不届千万支離滅裂顧みず吐露するもの也

山本直純さんは戦後最高の音楽家さん 。少なくとも己等にとりましては ~ BS朝日さん『ザ・ドキュメンタリー』『山本直純~音楽の底辺を広げた男』より

2019-05-28 18:19:40 | 日記
 ● 次は「オーケストラがやってきた」を主宰、クラシックの普及にご尽力され、オイラにとりましては、社会人になると同時にリリースされ、以来 常に寄り添ってくれてる まさに老生の「座右の歌」であります、森繁久彌さん作詞 ドラマ「7人の孫」主題歌「人生賛歌」、そして「男はつらいよ」主題歌を作曲された「山本直純」さんであります。オイラにとりましては 小澤征爾さんよか 断然 身近で大切な、人生の大恩人と言えるお方であります。ぜひとも再評価 下さりまして、大々的にトリビュート願いたく存じ奉ります。

            オイラの持っている CD の ↓ 曲目リスト部分を撮ったものです
 

 以上は、H30.3.22付 当ブログ『トリビュートしてほしい物故者さんたち』当該箇所のコピペですが・・・・

そうなのです。社会人になって以来オイラは、♫ じんせ~い~とは~い~いものだ~ ♫ というフレーズが繰り返し流れるこの歌を、常に傍らに置いて 生きてきてるのです。


 

 
 それともう一つ 

 ♫ ピ~~、チャララララララララ~、チャララ~ラ ラ~ララララ~ララ~ ♫  
オイラは これが鳴り出しますと、もう ジーンと 涙が滲んで きっちまうのですが・・・・








昭和43年、オイラがもうじき 23になろうとする日、TVで初めて見た時から 今の今まで、この映画と その主題歌は もう ミトコンドリアが如く、オイラの 37兆個の細胞すべてに棲み付いてしまってますので、

森繁さんの『人生讃歌』および『男はつらいよ』の作曲者であられる山本直純さんは、我がココロが 最も親しみ、かつ 尊敬の念を抱いている音楽家さんであると言えまして、その 氏をオマージュする 待ちに待った 2時間弱の特集番組がです、

オイラが 18~56 まで お世話になった会社へ入った その日から、ぴったし 55年という 記念すべき日(?)の H31.3.16 です、BS朝日さん『ザ・ドキュメンタリー』でです、『山本直純~音楽の底辺を広げた男』と題し、オンエアされたのであります。

めっちゃ 嬉しかった !!! 。で 制作して下さった BS朝日さんに感謝申し上げながら、この場に当番組のメモを残したく存じますが、皆様方にもご覧いただけるとなれば、それはもう望外の喜びでございます。


● 最初に 山本直純さん(以下 氏と記します)の遺されたことを記します。
・まず直近の出来事

平成31年2月24日『天皇陛下御在位三十年記念式典』で演奏された楽曲(別項で詳述)は、
当初 皇后さまから依頼を受け編曲した、氏のオーケストレーションが基となっていると

 (実際の演奏は、千住明さんの手による、ピアノとヴァイオリンを用いた編曲でした)

・作曲された他の主な楽曲は ①一年生になったら ②マグマ大使 ③歌えバンバン ④8時だよ全員集合 ⑤森永エールチョコレート ⑥小沢昭一的こころ ⑦3時のあなた ⑧ミュージックフェア ⑨氷点のテーマ など 4000曲以上
・『題名のない音楽会』を立ち上げ、自ら司会を務める
・『新日本フィルハーモニー交響楽団』を創立

・『一万人の第九コンンサート』を立ち上げ、15年間連続で指揮



 一万人を指揮することは、もう 想像を絶する 技術とエネルギー が要ることだと・・



 阪神淡路大震災のあった年も 力を振り絞り、神戸と大阪 2元中継で実現


● 次は 氏の ヒストリーの ピックアップです。
・財閥の御曹司で音楽家の父、ピアニストの母のもと、6人兄弟の第一子として S7.12.16誕生

・ただし最愛の母は 35で病死 → 父 再婚 → 2人の子 誕生 で難しい立場になる、一方
・早く稼ぎ手となって 妹弟たちの面倒を見なければ という強い責任感が芽生える
・小学生時代から氏の音楽的才能は突出してて神童と呼ばれ、目を見張るものがあった

11歳でNHKスタジオで指揮したり・・・下は↓ 同時期に作曲した『子供の連弾曲』楽譜



・中学時代から、後に桐朋学園へと受け継がれるのであるが、自由学園で開講されていた
日本の音楽教育の草分け的存在であられる 齋藤秀雄先生の教室に通い、英才教育を受け
  
終生 斉藤先生の この教え通りの活動を、ダイナミックに やり抜かれた

・声楽が 唯一ダメで 一浪となったが、S26 東京芸術大学 作曲科 に入学

・芸大のマドンナと言われていた同期の岡本正美さん(奥様)と運命的出会いを果たす
・氏は 在学中から売れっ子音楽家になっていて、多方面から 引っ張りだこであった
・弟妹のため および デート代のため、稼がざるを得ない側面もあったとか

・そのため 6年 在学で、卒業後結婚。直ぐ第一子誕生


● 岩城宏之さんとの関係
・芸大で出会って以来、終生 たいへん親密な関係であった  ↓ 芸大時代の写真  
    
・岩城宏之さん著『森のうた―山本直純との芸大青春記 (講談社文庫)』によると、氏は完全無欠な絶対音感を持ち かつ 天才的な感覚を持っていることに驚愕したと。その実例として、芸大教授がピアノを 指10本同時に 無秩序に叩き、「上から3番目の音の 5度下の声を出しなさい」また「下から2番目の音の 6度上の声を出しなさい」との設問に瞬時に正答されたので、震えが止まらなかったと。(もう神業としか申せません。瞬時にフーリエ解析できるって!!!、オーマイガー!!!...100q感想)
・氏にぜひ NHK交響楽団の指揮台へ立っていただきたいと奔走、予定されるまでなっていた

● 小澤征爾さんとの関係
・中3時、齋藤秀雄先生に頼まれ、1年間、新入りの小澤征爾さんを指導

・お互い 才能を認め合い 立場を分かち合った仲とのこと

・上述の『新日本フィルハーモニー交響楽団』は このような経緯で誕生

● さだまさしさんとの関係
・家族同様、ある意味では家族以上に濃密な関係であった

・世界中探してもいないと思うが、氏は ベートーベンの 1~9番までの交響曲の楽譜が総て頭に入っていると(氏のご長男 純ノ介さんによると、ベートーベンさんと誕生日が一緒であることを強く意識されていたと)
・軽井沢コンサート於いて初演予定の『親父の一番長い日』の編曲と指揮をお願いしていたが、次項理由で来れなくなり、代役として それまで面識のなかった岩城宏之さんがいらして下さったと
・その理由は、氏が交通違反を犯し、大きな社会問題となり謹慎(N響指揮も)されたからであるが、今なら本当のことを言ってもいいでしょうとの前置きで、実はハンドルを握っていたのは奥様だったと
・予定が狂おうとも途中下車してまで公演先に降り立って下さり、幾度となく一緒に飲んだと

● 山田洋次監督との関係

しょっちゅう 撮影現場にいらしていたと。何故そんなに早く死んでしまったんだろうねぇ、直ぐにパァーっと閃く 本当の天才だった、酒を飲みすぎたんかねぇ、生きててほしかったなぁ と しみじみ仰ってられたです
・R1.12.27 公開予定『男はつらいよ~お帰り 寅さん~』では

音楽をご長男 純ノ介さんが、その音楽の演奏指揮をご二男 裕ノ介さんが担ってられます 


● 『天皇陛下御在位三十年記念式典』で三浦大地さんが唄った歌について

沖縄海洋博が開催された昭和50(1975)年7月、初めてのご訪問である皇太子(明仁)殿下ご夫妻を待ち受けた沖縄の方々は、『ダンジョカレヨシ(まことにめでたいの意)』という歌の大合唱で歓迎されたそうで、これに感激された皇太子殿下(現上皇様)は

このような琉歌でお返しになられ、これを美智子妃殿下(現上皇后様)が作曲されまして
氏に編曲をご依頼なさったとの由。で、その譜面が見つかったと・・・



当初は、1番だけだったのを、2番をお作りになられたら如何ですか と奨めたのだと

        ↓ 氏の編曲された楽譜
 
で、番組ではこの『歌声の響』を、氏が編曲された楽譜を基に演奏して下ったのです





いつものように、オイラはこれを CD にしますが・・・・・・タカラモノ です

氏のお孫さんである声楽家の 澄奈さんは、この曲を世界中の人に知っていただきたいと


● 氏の ご最期

平成 14(2002)年 6月18日、帰らぬ お人に、、享年 69・・・まもなく 17 回目の ご命日です

      山本直純先生は 老生の恩人です。心から 深く 厚く 御礼 申し上げます

          人々のためになる、めちゃめちゃスゴい お仕事を なされました
                 どうぞ 安らかに お休み下さい  合掌

 < 追 伸 > R1.5.30 記
『歌声の響』の CD を こしらえました。3リピート してます。澄奈さんが仰るように、
素晴らしいです。特に 二重唱部分。格調が さらに さらに 高まって・・・・・
さすが NAOZUMI 先生 !!! 。何も言えないほどに、ただただ Good !!! です。



 < 追 伸 > R1.6.2 記
『歌声の響』の録音レベル および 編集を違えた もう一枚の CD をこさえました。
R1.5.20 BS日テレさん放送『歌謡プレミアム』の中で、堀内孝雄さん ギター弾き語りの『愛染橋』という歌の 後押しもありました。堀内さんが今まで唄われた どの歌よりも素晴らしい歌、ナンバーワンの歌だと オイラは思います。それほど好かった!!! 。で、同じ松本隆さん詞の『静』とペアで収録することを目論んだのです。ふたつ並べ、40年という歳月を感じたかったのです。ヒロインは同じ人だと思うからです。



収録曲ひとつひとつ、チェック下さいますか?。素晴らしい歌ばっかしと思います。



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