百休庵便り

市井の民にて畏れ多くも百休と称せし者ここにありて稀に浮びくる些細浮薄なる思ひ浅学非才不届千万支離滅裂顧みず吐露するもの也

R6.7.6、人生3度目の『朝の詩』掲載なるも・・・& 文芸春秋 H17.3 臨時増刊『言葉の力』より

2024-09-03 13:46:04 | 日記
 本年3月に引き続き 出るには出たのですが、一目するなりオイラは「(あちゃぱー)なんじゃこりゃ~」と、いっぺんに へたりこんでしまいました。 

と申しますのも、オイラにとっては見過ごすことのできない たいへんな誤植があったのです。新聞社、当地ですと大阪本社さんになるのですが、電話しました。ところが・・・豈図らんや、土曜日ということで完全シャットアウト。「こんなことでは、事件があったときどうするのだろう」と怪訝に思いつつも、とにかく一報だけは入れておこうと、メールにその旨を認めました。

待ちに待った月曜日、『朝の詩』係さんへ電話し その旨 申し立てしました。が、「3人の校正担当を置いて厳重なチェックをしています。葉書に書かれている文字は、3人とも、”つ” でなく ”ら” と認識しています」と。「脈絡から判断すれば 判るでしょう。朝から ”きらい” なんて言葉、使わないですよ~」申し入れるも、どうにもならない雰囲気です。「諦めるほかないなぁ。嬉しくも何ともない後味の悪い掲載になったなぁ・・・」と、まだまだ落ち込んでいた その日の夕方のことです。
『朝の詩』係さんの女性から電話が掛かってきました。「再度 上司と相談した結果ですが、月末の 6月分 月間賞発表記事の中で訂正を出すことにします」と。で、これが R6.7.6、我が人生 3度目の『朝の詩』掲載詩と、7.31に出た『訂正』文であります。

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 『朝の詩』係さんから、上記 詩が掲載される旨 連絡を受けた 6月12日 その日のこと、メルカリさんに出品していた砂原浩太朗さんの本を購入いただいた方の出品物に何となく目が向き、ページをめくっていましたら、この H17年3月 文春臨時特別号『言葉の力 ~ 生かそう日本語の底力』という本が 目に飛び込んできたのです。 
      
 「これは何かの縁や。『これを読んで 日本語のモロモロ 勉強しんさい。アンタは工業高校卒という極めて貧弱な国語教育しか受けてきてないんじゃから』との神様のお告げではないだろうか」と すぐさま購入。

見ましたら、国語に造詣が深い 95名の方々の、国語に対する一家言を取り纏めた内容でありまして、少しづつですが読み始めますと、そこにはオイラにとって たいへん興味深い事柄が多く書かれていることが判って、嬉々として読み進めた次第ですが、以下は、それらを列記したものであります。

● P17 産経新聞特別記者:塩原経央 (つねなか) さん。「仮名は国語の音節を表す記号に過ぎないから、文脈なしでは語として確定しない。仮名は本来漢字で書くべき語を書くには適しない記号なのだ。読みやすく理解しやすい漢字仮名交じりという国語標記を壊す書き方は、語の意味を曖昧にし読解力の低下を招くこと疑いがない」・・・オイラは「そうじゃないですよ。アルファベットのような記号文字とは違って、仮名文字には、日本語には言霊が宿っているように、 ”もじ霊” が宿っているんですよ。産経記者ともあろうお方が、何を仰っているんですか~」と大きな声で叫びたい気分です。
● P32 歌人:尾崎佐永子さん。 ”大名むき” とは大根や馬鈴薯の皮を分厚く剝いてしまうこと。
● P34 ノンフィクション作家:柳田邦男さん。「俳句だけでなく、詩歌や日記や絵や音楽演奏など、その道のプロでなくても、その人なりに自分の内面を表現するものに心を傾注することができた人は、そのことによって生きるエネルギーを獲得することができる」
● P51 作家:井上ひさしさん。「(漱石さんと同じく)宮沢賢治さんも 小さんさんが大好きだったんです。東京に行くたびに聴きに行っています」
● P56 作家:大場みな子さん。「(ある歌人さん曰く)歌の世界では、『一番自分の言いたいことを言葉にしてはいけません』と。自分の一番表現したいことは直接に表現はせず、別の言葉を用いて聞き手の創造力を働かさせて、自分の一番言いたいことを理解させる方がはるかに効果があるということだろうか。詩歌の類は言葉と言葉の間にある空間、表現されていないものを大切にして、聞き手の心を働かせる魔術でもある」。「詩の言葉、歌の言葉の特質のある日本語は、単なる記号としての言葉ではなく、その奥にいわば言霊を持った言葉として、人の心を繋いでゆくに違いない」
● P107 中央大学教授:加賀野秀一さん。「私の知人の多くは、映画『ジョーズ』の題名を登場する殺人ザメの名前だと思っていたのですが、あれは ”顎” の意味でして、また某政治家は宣伝カーから『不倶戴天の決意で!』とやっていたが、こんな恥ずかしい人物に投票してはいけません」
● P113 神戸大学教授:窪園晴夫さん。「 ”おなら” は "お鳴らし” という宮中の女房言葉からきており、”光る” という動詞は ”ピカッ” という擬態語から作られた。また "さざんか" は昔、(漢字の読みどおり)"さんざか” と呼んでいたので、”雰囲気” を "ふいんき” と呼ぶ日がきても不思議ではない」
● P157 日本語コスモス代表:浅田秀子さん。「前近代の下位者が上位者に頼みごとをするとき、上位者を尊敬していたから敬語を使ったのではない。身分を超えて理性的にコミニュケーションするために、そして相手に真の上位者としての自覚を促すために敬語を使ったのである。社会を動かすのは権力者ではない。われわれは敬語を使えば人を動かせる。目の前で頭を下げられれば、日本人は言うことを聞き入れざるを得ないように、民族的心性が働くのである。尊敬する気持ちなど関係ない。とにかくまず勇気を出して丁重な言葉と態度で言うべきことを言い、相手を動かすことが、人間関係の第一歩である」
● P176 早稲田大学教授:中村明さん。「この国では寡黙を尊ぶ美意識が発達し、伝統的に余情を大事にしてきた。極端になれば、ヒント程度の言葉で刺激を与え、あとは考えさせる。少なくとも、書かない部分を残して、上方の完成を読者に期待する。粋な文章はそんな姿をしているように思われる」「相手に伝わるのは、言葉が運ぶ情報とそれに託した表現意図だけではない。心に響くのは、むしろリズムの奥にある息づかい、人のけはいだろう」
● P179 駿台予備学校講師:表三郎さん。「この10年ほど、『私探し』なるものが流行っているらしいが、ボクなどは『私』が見つかってしまったら、その先どうするのだろうと思う。それよりも自己と共に自己の住む社会を問い、この社会を成り立たせている存在一般を問う方が実りあるものではないか」。”有り難い” と" 在り難い”。
● P189 フェリス女学園理事長:小塩節(おしおたかし)さん。コミュニケーションという語は、もとは食卓などをともにすること、語り合うというラテン語である。
● P190 阿久悠さん。私の原稿は手書き縦書きです。なぜなら横書きの文章は全部否定するように首を振って読むが、縦書きの文章は一行一行納得したように、頷きながら読むことができるから。
● P192 エッセイスト:鶴ケ谷真一さん。(紀友則の「ひさかたの光のどけき・・・」の名状しがたい魅力について、高校の古文授業での年配の女性教師さんの解説)「ハ行の音がきれいですね」というひと言に、目をさまされる思いがした。「ひさかた」「光」「春の日」「花」と、一行を点綴(てんてい)するように「ひ」と「は」が繰りかえされ、微妙な効果を生んでいる。光のなかをひるがえり散る花びらが、目に浮かんでくるようだった。
● P194 評論家:海野弘さん。<ことば>は過ぎゆく時をとどめるものだ。一瞬の感動には言葉はいらない。だが、過ぎていってしまう一瞬の感動をつなぐことこそ、ことばの力なのではないだろうか。
● P198 広告文筆家:岩永嘉弘(よしひろ)さん。キャッチフレーズのことを、古来 日本では「惹句(じゃっく)」と呼んでいた。人・心を惹き付ける言葉。今後ますます惹句は ”惹句ナイフ化” してゆくことだろう。
● P208 詩人:平岡淳子さん。産経新聞「朝の詩」2000年年間賞⇒ご本人、2001年⇒娘さんという方。小学1年生の教科書に載ることになった「土」という娘さんの詩。
めがでてくるとき/土はどんな/きもちだろう/ずくずくって/いたいのかなぁ/もこもこって/きもちいいのかなぁ
娘さんの 6歳 と7歳時の詩
「ピンチ」だれが/いちばんすきって/きかれたとき/私は/ピンチになります/そっと/おしえてねって/いわれたとき/わたしは/大ピンチになります
「あやしいくも」あやしいくもって/雨のふりそうな/くものことだよ/こんなにきれいな/いろなのに/あやしいなんて/かわいそうに
● P210 作家:中村彰彦さん。坂本龍馬が斬られたころはまだなかった「暗殺」という語は英語アサシネイトの、「移民」はおなじくイミグレイトの語呂を生かしつつ作られた訳語に違いない。「魔術」はあきらかにマジックからきている。「背広」は英語「市民服(シビル・クロウゼズ)」に由来するから、日本人は「服」ではなく「市民」を着ていることになる。
● 作家:新井満さん。サムエル・ウルマン作 原作詩タイトル「Youth」/岡田義夫訳「青春」・・・青春とは人生の或る期間を言うのではなく 心の様相を言うのだ。人は信念と共に若く 疑念と共に老ゆる。人は自信と共に若く 恐怖と共に老ゆる。希望ある限り若く 失望と共に老い朽ちる。・・・岡田さんが訳したのは、「リーダーズダイジェスト」1945年12月号に載った、戦争中 マニラの連合軍総司令部 マッカーサー将軍の座右に飾られていたという詩であるが、オリジナル版には「人は信念と共に若く・・・」の部分が無いなど、半分以上 改変されているのだと。  

  










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